Fairy tail of The World 11




「ティファさん…。正直言って、貴女が生き伸びる可能性はゼロだった」
「黙れ!!」

 重苦しい沈黙が漂う病室で、シュリは唐突に口を開いた。
 ティファはビクッと身を竦め、クラウドは思わずシュリの胸倉を掴んで壁にたたきつける。
 それでも、シュリは全く表情を変えず……ティファから目を逸らさずに言葉を続けた。
「ティファさん、あの時…。貴女が生死を彷徨っているあの時。俺は貴女を助ける為に自分が出来る『最大限の一歩手前』までやってみたんですよ。それでも、貴女は全く反応しなかった…」
「え…?」
 シュリの言葉にティファは勿論、クラウドも困惑する。
 彼の言わんとしている事がさっぱり分からない。
 クラウドの腕が自然と緩み、シュリは壁に身を預けたままの状態になったが、それでも青年は全く表情を変えなかった。
 まるで、たった今まで締め上げられてなど無かったかのように…。

「『最大限の一歩手前』って…何の事だ…?」

 威嚇するような低い声を絞り出したクラウドの言葉に、ほんの僅かな怯えが含まれる。
 もしかしたらティファにアイリの事がバレてしまうかもしれない。
 その可能性が脳裏をよぎり、クラウドは戦慄した。
 一瞬、シュリをこのまま病室の外へ叩き出そうかとも考えたが、そこまで決心がつかない。
 シュリを病室から叩き出したところで、ティファから詰問を受ける事は明白だ。
 それに何より、自分自身がシュリの言葉の先を聞きたいと思っている。

 それらの葛藤、逡巡の間に青年は再び言葉を紡いだ。



「あの時…俺は『俺が死なない程度』に貴女に『命の源』を注ごうとした」
「でも……貴女の身体はそれを受入れる事が出来なかった。それだけ貴女の身体が『死』に染まっていたから…」
「いくら『命の源』を注ごうとしても、身体が『死』を受入れてしまっていたら……『魂』が『死』を受入れてしまっていたら……もうどうにもならないはずなのに…」
「それなのに、貴女は死んでいない…。一体…何故…?」
「貴女は……何故生きている…?」



 シュリの言葉を聞いているうちに、知らず知らず己を抱きしめ震えていたティファは、青年の最後の言葉に身を竦めるほどの衝撃を受けた。



 ― ナゼ……イキテ、イル……? ―



 まるで……。
 まるで、今ここにいることが許されない存在のような…青年の痛烈な言葉。
 クラウドが再び怒りに任せてシュリを壁に叩きつけたことも…。
 シュリが、やはりどこまでも無表情なことも…。
 そうしてここに自分が存在していることも…。

 全てが非現実的に思えてくる。

 本当は…本当は…。
 自分は死ぬべき人間だったのでは…?
 ここにいるはずのない人間だったのでは…?
 そもそも……生まれてきた事それ自体が……。



 間違いだった……?



 足元がスーッとなくなる感覚に見舞われる。
 世界が暗転する。

「ティファ!!」

 愛しい人の張り詰めた声。強張った顔。そして…。
 何よりも恐怖に見開かれたその紺碧の瞳。

 それらをやけにゆっくりと聞き、見つめながら…。
 逞しい腕とぬくもりを感じながら…。


 ティファは意識を手放した。







 不快。
 混乱。
 困惑。
 不安。
 そして……恐怖。
 それらの感情がない交ぜになって、クラウドの心は侵食されていた。

 目の前の白いシーツが張られたベッドには、真っ青な顔をした愛しい人が横たえられている。
 そうして、そのベッドを挟んだ向かいには、彼女を言葉でもって追い詰めたポーカーフェイスの青年。
 昨日までは友人と思っていたこの青年が、今は憎くてたまらない。
 それは勿論、ティファを気絶させるほど追い詰めた事と。
 なにより自分には分からない事を口にしたという事実。

『一体…『最大限の一歩手前』って…何の事だ……?』

 心の中で、もう何十回も繰り返すこの疑問。
 ティファを助ける為にシュリが行ったと言う『自分が死なない程度に命の源を注ごうと、最大限の一歩手前の事をした』という言葉。

『意味が分からない…』

 クラウドは、胸を支配する様々なマイナス分子に頭痛すらしてきた。
 しかし、当然そんな素振りは微塵も出さない。
 ただ黙ってジッとティファを見つめる無表情な青年を睨みつけるだけだ。


 元々、シュリは謎が多い青年だ。
 彼がWROに入隊した理由から考えてもそれが窺える。


 ― 星の変わっていく姿を正確かつ迅速に知りたい ―


 一体誰が、このような理由で入隊するだろう?
 恐らく、こんな不可解な理由で入隊する人間は、後にも先にもシュリだけではないだろうか?
 だが、これまではそんなに自分達と異質な人間だとは思っていなかった。
 勿論、常識では考えられないような豊富な知識。
 多方面に渡り、幅広く習得している技術。
 そして………彼の操る『気』の力。
 そのどれもが、自分達にはないものだ。
 どれか一つくらいなら、彼と張り合える分野はある。
 しかし、全部はとてもじゃないが無理だ。
 それでも、彼がどんなに無愛想でも、無口で、口下手でも…。
 彼はやはり『仲間』であり『親友』であると思っていた。
 そう思えていたのに…。


「クラウドさん」
 この病室を訪れた時同様、シュリは突然口を開いた。
 そのいささか場違いにすら思える落ち着いた口調に、クラウドはどう応えて良いものか咄嗟に反応出来なかった。
 しかし、青年は全くその事を気にする事無く、淡々と話し出した。

「ティファさんの身代わりになった人は…今どこにいるんですか?」
「な…!?」

 思わず勢い良く立ち上がった為、椅子が派手な音を立てて後ろに倒れた。
 不快な音を立てて転がった椅子には目もくれず、クラウドはベッドを荒々しい足取りで回り込むと、相変わらず静かに座っているシュリに詰め寄った。
 理不尽な怒りが込上げる。
 ティファを助けるべく廃人になってしまったアイリが目の前にちらつく。
 ティファを助ける為に、何も出来なかった不甲斐ない自分が思い出される。
 ティファにしがみ付いて泣く子供達の姿が脳裏に甦る。
 それらをシュリは…、何も……何も知らないくせに……。
 それなのに。

「何故、知ったような口を利く!?」
 怒鳴り声を上げながら、シュリの胸倉を再び掴んだクラウドは、その次の瞬間ギョッとして固まった。
 魔晄の瞳が映したもの…。
 それは……。
「シュリ……」
 ゆっくりと伏せていた顔を上げた青年の…。
 漆黒の双眸に宿る光は……。
 悲しみの為に張り裂けんばかりだった。

 それが何を意味するのか、クラウドには分からない。
 分かるのは…。

「お前……何故……何故、誰かがティファの身代わりになったと……知って……?」

 震える声で訊ねる碧眼の青年に、シュリは悲しみで彩られた瞳を逸らす事無く、真っ直ぐクラウドを見た。

「『何故』…とは…もっともな質問です。でも…それを説明するのは難しい…」
「…………」
「いや…。難しくは無いですね…。説明は簡単です。ただ、それをクラウドさんが信じてくれるかどうか…貴方が受入れてくれるかどうか……それが難しい…」
 ゆっくりと頭を振りながら、そっとクラウドの手を握り、掴まれている襟元から手を離させて。
 シュリは倒れた椅子を拾い上げにベッドを回った。
 そして、椅子を携えて戻ってくると、それに座るように無言でクラウドに示し、自身も腰を下ろした。



 今度はベッドを挟まずに向かい合って座ったクラウドに、シュリはゆっくり口を開いた。
 その表情は……まるで三年前の旅の最中、大切な『親友』であり『仲間』であった『彼女』を失った直後の仲間達のようだ……そうクラウドは思っていた。
 沈痛な面持ちでベッドに横たえられているティファを見てすぐに視線を逸らせたシュリの姿に、クラウドは何故かごく最近にも似たような場面に遭遇したような錯覚に見舞われた。
 しかし、それを思い出す間もなく、シュリは言葉を続けた。

「あの日、ティファさんの頬に触れたことをクラウドさんは覚えていますか?」
「え……あぁ……いや…」
 問いかけられて、クラウドは視線を彷徨わせつつ少し言葉を濁したが、結局は肩を竦めて見せた。
 シュリは淡々と「そうですか」とだけ答えると、クラウドが覚えていない事を追求しなかった。
 ただ、
「ティファさんの頬に触れた時に、俺は『俺の中に流れる命の源』を彼女に分けようとしたんです」
「…『シュリの中に流れる命の源』…?」
「はい」
「……………」
 困惑顔になるクラウドに、シュリは少し苦笑すると、
「良いんですよ、別に詳しく分からなくて」
 そう言って、再び視線をティファに向けた。
 相変わらず青い顔をして横になっているティファに、シュリは申し訳なさそうな顔をした。
「すいません」
「え?」
 本日何度目かの唐突な言葉に、クラウドは目を瞬かせた。
「…ティファさんを追い詰めるような事を口にしてしまった…」
 その言葉に、シュリはシュリなりに自責の念に駆られている事を知った。
 そのことで、クラウドの中でわだかまっていた理不尽な怒りがほんの少し和らぐのを感じ、クラウドはホッと息を吐いた。
「……いや、俺こそ、余裕が無かったから……」
 視線を足元に下げ、口篭もるようにそう言うと、目の前の青年が自分へ顔を戻した気配を感じた。
「……クラウドさん。何故俺が『誰かがティファさんの身代わりになった』事を知っているのか…というと……」
「…………」
 ゆっくりと顔を上げる。
 そこには、たった今まで見せていた悲しみよりも一層強い負の感情。
 今にも壊れてしまいそうな……そんな瞳をしているのに、青年の表情はポーカーフェイスだった。
 言いようの無いアンバランスな彼の態度に、クラウドは眉間にシワを寄せ、思わず手を伸ばした。
「シュリ…?」
 クラウドの手が青年の肩に触れるその寸前に…。



「俺にも出来たからですよ……」



 クラウドの手が宙で止まる。
 驚愕で目が見開かれる。
 口の中が渇く。
 頭の中がボーっとして思考が定まらない。


 今…、この目の前の男はなんと言った…?
 なにが『出来た』と……?
 一体……何を言ってるんだ……?


「俺にも同じ事が出来た。ティファさんに『俺が死なない程度に出来る最大限』のことが通じないと分かった時点で、『俺が身代わりになる』ことを選択出来たんです…。でも………」



「俺は……そうしなかった……」

 悲しみで一杯のその言葉に…。
 深い後悔の念で彩られたその瞳に…。
 クラウドは、シュリへの不信感が一気に払拭された。

「良いんだ…」
「ですが…」
「良いんだ…シュリ、キミがそれを気にすることはない」

 キッパリとそう言い切ったクラウドに、シュリはグッと言葉を詰まらせると深々と頭を下げた。
 その青年の姿に、クラウドは涙が出そうになったのだった。
 あまりにもこの目の前の青年は分かりにくい。
 いや、己の本音を隠すべく、『偽りの自分』を演じる事に長けている。
 そのせいで、シュリを誤解し、挙句、敵対視までしてしまった。
 本当は彼自身、こんなにも苦しんでいたと言うのに…。

 出来る事をしない…。
 それがどれ程辛い事か。
 シュリはきっと、アイリと同じ様にしたかったのだろう。
 しかし、シュリには目的がある。
 その目的が何なのかは未だに誰も知らないが、その目的の為に、シュリが命の危険も省みず、己の自尊心を捨てて生きてきた事は知っている。
 だからこそ、今、目的を達していない今は、何があっても『死ぬ事は出来ない』のだろう。
 それほど、彼にとっては大切な事なのだ。
 そしてそれは、クラウド自身がティファと子供達をかけがえの無い存在として…、何にも変え難いものとして…、己の全てを賭しても守りたいと思っている事と同じだろう。
 だから…。
 だから、引き裂かれんばかりの自責の念に駆られながらも、こうして前を向いて…、己が『見殺しにした』人を見つめるのだ。

 全ての非難を真正面から受け止める為に。

「クラウドさん。俺が『星の声を聞くことが出来る人間』だと知ってますよね?」
「…ああ」
 顔を上げたシュリに、クラウドは短く一言だけ答えたが、その声音は先程とは打って変わって温かさを伴っていた。
 その事に気付いたシュリは、再び目を伏せて一礼すると、話の続きを語りだした。
「ティファさんが誰に助けられたのか、正直、今の俺には見当がつきません。でも、ティファさんを助けた方法は、決して正しい方法ではないんです」
「え!?」
 意外過ぎるその言葉に、驚いて声を上げる。
 シュリは深く息を吐き出した。
「『自分の命と引き換えに他人の命を救う』のは、この世の『理(ことわり)』に反する行為です。その方法で相手を救う事ができても、結局自分は助からない…。言い換えればそれは『自殺』になってしまうでしょう?『自殺』は『この世の理(ことわり)』の中で侵してはならないことの一つですからね」
 そう言うと、シュリはクラウドに横顔を向け、そのまま再び口を開いた。
「ティファさんが助かった事を知ったのは、局長や隊員の誰かから聞いたわけじゃないんです」
「じゃあ…誰から………、!?」
 そう言いながら、クラウドはハッと気が付いた。
 この会話の最初にシュリは自分に質問したではないか。


「まさか……『星』に……!?」


 ありえない。
 本当はそう口にしたい。
 しかし、実際はどうだ。
 ありえないと思う自分は、青年の言葉を信じる自分に完全に負けているではないか。
 そして、シュリはクラウドの困惑を前に、あっさりと肯定して見せた。
「ええ、星から聞きました」
「………なんで…、なんでティファの事だけ……」
 そう言いながら、段々クラウドは焦りを感じ始めた。
 この星の上で、命尽きるものは一体どれくらいいると言うのか…?
 一秒間に一人がどこかで死んでいる…。
 そうWROが統計を取っていたことを思い出す。
 そんなにもこの星の上では『死』を迎えている人間がいると言うのに。
 それなのに、何故ティファだけ、星が……大地がシュリに教えたと言うのか…!?

「クラウドさん、混乱するのも最もです。ですが、俺がこの部屋に来てからティファさんが気を失うまでに話したことを考えたら…自然と分かると思ります…。良く…思い出して下さい…。そして、考えて下さい」
「そ、そんな事言ったって…。だって、シュリ、キミは……キミは………」
 最初は勢い込んで、そうして段々力なく…声を落とし……最後は尻すぼみで言葉を中途半端に終らせた。

 シュリがティファに浴びせた言葉の数々。
 それは、一見彼女が生きていることがありえない…と言うものばかり。
 そして、ティファが誤解するような『生きているのは…何故?』といった酷いものだった。
 そうして、そこでまた考えてみる。
 シュリがティファを助ける事は出来たが、それでも彼がしなかったのは、今死ぬわけには行かない果たすべき目的があるからという事と、『この世の理に反する』から……という言葉…。


「ティファが……『この世の理に反して助かった』からか……?」
「……」
「だから……だから、星はわざわざシュリに教えたんだな……?」
「……」
「それじゃあ……それじゃあ!やっぱりティファはあのまま死んだ方が良かったって……あのまま死ぬべきだった……そう星は言ってるのか!?」
 自分なりの結論に達した時、クラウドの胸中にあるのは、ただただ星への怒り。
 ティファが助かった事を、星は喜んでいなかったのだ。
 それを、どうして許す事が出来る!?
 クラウドの思考が星への怒りに染まろうとする。
 しかし、それを押し止めたのも、やはり漆黒の癖のある髪を持つ意志の強い青年。
「クラウドさん、違います。貴方が勘違いしても仕方ないでしょう。星が俺に言ってきたのは、『どうか…助けて。可愛い私達の子供が消えてしまう』だったんです」
「『可愛い私達の子供が消えてしまう』って……」
 シュリのまたしてもわけの分からない言葉に、クラウドは混乱した。
 しかし、その混乱した事によって、少なくとも星への理不尽な怒りは吹き飛んだらしい。
 眉間にシワを寄せ、不快感を露わにする彼の表情には、どこか不安げな色が浮かんでいる。
「星にとって俺達人間も動物も、命を与えられているものは皆、星にとって可愛い子供なんですよ。ただ…」
「…ただ…なんだ?」
 困惑しながらも、クラウドはシュリに説明を求めた。
 しかし、シュリはゆっくりと横に首を振ると、
「いえ…。ティファさん自身も『星にとっては可愛い子供』のはずなのに…。何故『可愛い子供が消えてしまう』と言ったのか……」
「……」
 クラウドは口を噤んだ。
 シュリの言葉を理解するには、自分はこの星の事を知らなさ過ぎる。
 クラウドは力なく再び椅子に座りなおすと、黒髪の青年から顔を背けた。
 シュリもそのままクラウドに話しかけることはしない。
 暫く静かな時間が病室を支配した。
 クラウドは胸に湧きあがる不安を必死に拭い去ろうとしていた。
 それは、星が『ティファの命よりもアイリの命を気にかけていたという事実』。
 しかしそれでも…。
 現にこうしてティファは助かった。
 アイリの力によって。
 その現実に目を向けるうちにシュリの『思い』に意識を傾けることも出来た。

 自分なら…。
 もしも自分が『彼』の立場だったら…。
 自分にしか救えない『命』が目の前にあるとして、しかもそれが親しい人間の命だとして…。
 その命を救う代償が己の命だとしたら…。
 自分はいったいどうしただろう…?
 考えずにはいられないはずだ。
 子供達のこと、ティファのこと。
 そして結局はその助けられるかもしれない命を『見捨てる』という選択をするのだ。
 己の命を代償にする事で助かる命に詫びながら…。

 そうして先程見せた青年の苦悩に満ちた表情も思い出す。

 一体どれ程の命を『見殺しにしなくてはならなかったのか』……?
 どれ程の苦渋を舐めて生きてきたのか…。
 そして、まさに今、その状況に身を置いているのか…。
 それは何故?
 我が身の保身の為ではない事は既にはっきりしている。
 彼の生きる目的。
 その目的こそが、彼の生きる原動力になっている。
 その原動力は青年に良い影響を与えているだろうか?

 とてもじゃないが、そうは思えない。
 むしろ、彼の人生そのものを縛っている『呪い』としか思えないではないか…。
 それでも…。
 それでも彼は、必死にその『原動力』を求め、己の心を押し殺してまで、今を生きる事を選んでいる。
 それを口出しする権利は誰にも無い…。

 そこまで考えたクラウドは、急に頭が冷えてきた。
 そして、ベッドに横たわる愛しい人に目を注いでいる青年に対し、先程まで感じていた感情とは別のものが込上げるのを押し殺す事ができなくなった。

「シュリ……」
 クラウドの瞳に感謝の灯が灯る。
 シュリはやや強張った顔をゆっくり向ける。
 その漆黒の瞳が悲しみと疲労で彩られているのをクラウドは見た。
 その色に気付き、クラウドの中でシュリに対する憤りが完全に消え去った……。


「さっきは悪かった…。ティファを見つけてくれて……心配してくれて…ありがとう…」


 その一言で、シュリの身体から力が抜け、無表情だった彼の顔には、柔らかな笑みが薄っすらと浮かんでいたのだった。



「そう言えば…」
「はい?」
 もうそろそろ隊に戻る…と告げるシュリに、クラウドはドアの外で見送る事にした。
 ベッドで眠っているティファがいつ目を覚ますか分からない。
 そして、彼女が目を覚ました時に、自分がいなかったらさぞ不安だろう。

「シュリが言ってた『この世の理(ことわり)に反する行為』ってやつで思い出したんだけど…。ティファを救ってくれた人は一応死んでないんだ。だから完全には理に反しては無いと思うんだが……」
「!?」
 クラウドの言葉に、勢い良くシュリは振り返った。
 その瞳は、驚愕で見開かれている。
 病室へ駆け込んだとき同様な彼の姿に、アイリが死んでいない事がありえない事なのだとクラウドは悟らずにはいられなかった。
「その人……どこにいるんですか!?」
「え…!?」
「お願いです!!教えて下さい!!!」
 必死な面持ちで懇願するシュリに、クラウドが断れるはずが無い。
 暫しの逡巡…。
 クラウドはティファの枕元にメモを残して、シュリを伴い、アイリのいる特別治療室へと向かう事となった。

 気が逸る青年の隣で、クラウドは憂鬱な気持ちとアイリとプライアデスに対する申し訳ないという気持ちで一杯だった。
 アイリを見世物にする気などサラサラ無いが、もしかしたら情緒不安定なプライアデスはそう解釈してしまうかもしれない。

『まぁ……シュリはライの上司だし……シュリが部下の心配をして訪問した……って説明したら良いか…』



 アイリのいる特別治療室に辿り着くまで…。
 あと少し。




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