この日。 この時。 まさにこの星にとって幾度目になるのかもう誰にも分からないが…。 ……大いなる災厄が幕を開けようとしていた……。 それは…。 これまで果たす事が出来なかった己が望みを今度こそ達するべく…。 ひたすらジッとその時を待ち望み…。 息をひそめ…。 決して焦る事無く…。 ゆっくりと…。 ゆっくりと…。 その時が満ちるのを待っていた…。 息をひそめて…。 ジッと…。 闇の中から…。 Fairy tail of The World 12「ここですか?」 「ああ」 アイリの特別治療室を前にして、クラウドとシュリは何やら緊張した面持ちになった。 ここに来るまで、ティファの病室からは五分ほど。 それほど歩かずに辿り着く事が出来たのは、ティファ自身が特別な部屋にいたからに他ならない。 死を待つしかないと思われていた彼女に、特別な部屋が宛がわれたのはリーブの配慮からだった。 今となっては、その配慮も無駄に済んで一安心……と言ったところだ。 が……。 心から素直に喜べない原因に直面する事になったクラウドは、シュリと同じ位緊張していた。 二人共無意識に隣に立つ人物が、ドアをノックするなり、インターホンを押すなりしてくれると期待していた。 しかし、一向に動こうとしない相方に、ソロソロと視線を向けた二人の視線がバチッ!!と合う。 相手が同じ事を自分に期待していたと知ったクラウドとシュリは、苦笑し合うと溜め息をこぼした。 結局…。 「ライ…?良いか……?」 ドアをノックしたのはクラウドだった。 冷静に考えてみれば、プライアデスの上司がいきなり名乗りを上げてドアをノックしてきたら、彼は何と思うだろう…? それこそ。 ― 彼女に構ってばかりいるとは、なんて責任感の無い部下だ!と思われてるんじゃ…!? ― そんな余計な心労を抱えてしまうかもしれない。 まぁ、クラウドがノックしたからと言って、クラウドの背後にはしっかりシュリが控えているわけだし、あんまり意味は無いのかもしれないが…。 「はい……どうぞ…」 小さな声で中からプライアデスが返事をした。 クラウドはシュリをチラリと見ると、軽く頷いて静かにドアを開いた。 まだ一度しか訪れていないアイリの病室には…。 暗い『死』の臭いが立ち込めていた。 その『死』は無色透明なくせに、やけに重く圧し掛かってくる。 クラウドは、昨日までティファに迫っていた『死』の帳が今では『形を変えて』目の前のアイリを覆っているのを見て堪らない気持ちになった。 中途半端に生かされるとは……どんな気持ちなのだろう……? そう考えたクラウドの脳裏に、突如、ニブルヘイムの神羅屋敷で実験体として過ごした過去が甦った。 思わず口を押さえ、込上げる吐き気をやり過ごす。 「クラウドさん…大丈夫ですか…?」 「え……大佐!?」 クラウドの背を擦りながら困惑した声を上げたシュリに、漸くプライアデスは気が付いた。 クラウドが病室に入ってから、それまでと変わる事無く薬液に浮かんでいるアイリを見つめていたので、シュリが一緒に入って来た事に気付かなかったのだ。 そして、上体を屈め、額にびっしりと汗を浮かべているクラウドを見て慌てて病室にあった洗面所へ連れて行こうとする。 しかし、クラウドは数回大きく深呼吸をすると、シュリとプライアデスに片手をあげて見せた。 「……すまない……大丈夫だ……」 「……どうしたんですか…?」 「具合が悪いんですか…?」 心配そうに眉を顰める二人に、苦笑しつつ「ちょっと……昔を思い出して…な」と何とかそれだけを口にする。 二人共それ以上は詮索しようとせず、それぞれ軽く頷いて見せた。 クラウドが少し落ち着いたのを見てホッと息を吐き出したプライアデスは、顔を上司に向けると落ち着いた表情で敬礼をした。 黙って敬礼する青年は、既に何かの覚悟を決めているようだった…。 シュリは軽く手を上げて敬礼を解かせると、ゆっくりと口を開いた。 「別に今日は、キミの上司として来たんじゃない。クラウドさんとティファさんの友人として、命の恩人へ感謝を伝えに来た」 「あ……はい…」 シュリの言葉に、プライアデスは紫紺の瞳を軽く見開き、次いで悲しげに伏せた。 そうして、ゆっくりと身体を引いて彼女の浮かんでいる薬液がつまったカプセルの足元に着いた。 クラウドは再び込上げてくるかもしれない嘔気を恐れながら…。 シュリは何やら決意めいた面持ちで…。 ゆっくりとカプセルに近付いた。 魔晄の光に黄緑色に彩らた彼女の姿は、見ていて気持ちの良いものではなかった。 ユラユラと光の波紋が彼女の全身を飾っている。 その光の飾りは決して美しくなかった…。 むしろ、彼女が無理に生かされているという現実を浮き彫りにさせるその光景。 クラウドはその光景に、彼女がティファの命の代償としてカプセルに身を委ねないと生きていけない身となってしまった現実に、憤りすら感じた。 あそこまで回復した彼女以外、ティファを助ける事が出来なかったのだから。 あの時のティファは、沢山の仲間達に囲まれ、世界でも最先端の医療技術に囲まれていたのに…。 ティファを救ったのは、そのいずれでもなかった。 「ライ……少しは休んでるのか?」 「………する事……ないですから。休んでるようなものですよ」 クラウドが漸く口にした言葉に、プライアデスは力なく笑った。 その笑顔は…どこまでも空虚で。 胸が抉られる。 深い悲しみと現実に絶望した青年の顔をこれ以上見ることが出来ず、クラウドは先程から黙ったままの友人へと視線を移した。 そこでクラウドが見たものは…。 「シュリ…?」 「……?大佐…、どうされましたか?」 アイリを見つめる青年の血の気の失せた顔。 真っ青になり、身体が小刻みに震え、半開きになった整った口が、僅かにわなないている。 そして、漆黒の瞳は…。 これ以上はないほど大きく見開かれ、目の前の女性に釘付けになっていた。 ティファが死を免れた事を知った時以上に強い衝撃を受けたその表情を前にして、クラウドはうろたえた。 「おい、シュリ?どうしたんだ、大丈夫か?」 「あの……大佐…?」 クラウドがシュリの肩に手を置き、プライアデスが心配そうに近付く。 シュリはぎこちなく顔を上げ、最初にクラウドを、次にプライアデスを見た。 そして、そのまま……目を見開いたまま、シュリの視線はプライアデスの顔の上で止まったまま微動だにしない。 その時の青年の表情を何と表現したら良いのか…? 今にも泣き出しそうな…。 深い悲しみと……やりきれない怒りがない交ぜになったその顔(かんばせ)。 クラウドとプライアデスは息を飲んだ。 かつて、これ程までに複雑で悲哀な表情を浮かべた人間に出会ったことが無い。 しかも、その相手が…。 いつも無表情・冷静沈着な青年なのだから、驚かずにいられようか…。 「…大佐……あの……」 「シュリ…?」 一体どれ程の時間、そうして過ごしたか。 恐る恐る声をかけた二人に、漸くシュリはハッと我に帰った。 その瞬間、自分がどういう状態だったのかに気付く。 「…っ…すまない…」 漸く逸らされたその視線は、硬い病室の床に落とされた。 顔を伏せた彼の表情を、漆黒の前髪が覆い隠す。 沈黙が、暗い空気を生み出す。 クラウドとプライアデスの瞳は目の前の青年に釘付けだ。 特にプライアデスは尚更だった。 ジッと凝視する視線の先には、かつてない程弱々しく見える年下の上司。 年下の上司の心は今、一体何に支配されているのだろう…。 そう考えたその直後。 たった一つの可能性が脳裏に閃いた…。 「大佐……?もしかして……アイリに会ったことがあるんですか……?」 その問いかけにさっと全身に緊張が走る。 次いで、思わず上げられた漆黒の瞳が、深い悲しみで彩られるのをクラウドとプライアデスは見た。 そして、そんなシュリに二人は全く着いていけない。 ますます混乱し、戸惑う二人を余所に、青年はサッと片手で顔を覆うと数回大きく深呼吸を繰り返した。 まるで、自身に何事かを言い聞かせて、波立つ心を落ち着かせているかのようだ。 そして、その印象は正しかった。 再び顔を上げた青年は、先程までと打って変わって、いつもの無表情の仮面を完璧に被っていた。 そう……。 これ以上は何も聞くことを許さない……そんな雰囲気を醸し出した冷たい表情と、感情の一切を切り捨てた能面のような……顔。 クラウドとプライアデスはそんな彼を目にして再び息を飲み、言葉を失った。 アイリに会ったことがあるなら『ある』とただ一言口にすれば済む話。 それなのに、シュリは肯定するどころか『無表情の仮面』を被る事でこれ以上の詮索を許さない…そう暗に匂わせているのだから。 しかし。 だからと言ってシュリがアイリを知っているらしかった事実は今更消えようはずもない。 アイリを見て、こんなにも動揺しているのだから…。 それなのに、青年が口にした言葉は…。 「話しに聞いていただけで、会ったのは今日が初めてだ」 その一言だった。 『あぁ、そう言えば…。シュリとアイリが会ったという話は聞いた事が無かったな…』 クラウドは少々ずれた頭でそう思った。 シュリやプライアデス達とよく顔を合わせるが、プライアデスが個人的にシュリと親しい間柄である…とは聞いた事が無かった。 もしも親しい間柄なら、二人一緒に…もしくはプライアデスの従兄妹達や親友のリリーと一緒にセブンスヘブンを訪れるだろう。 今までにたった一度だけだった。 プライアデス達とシュリが一緒にセブンスヘブンで顔を合わせたのは。 しかもそれは、完全に『偶然』であり、待ち合わせをしていたわけではない。 むしろ、プライアデスの従兄妹であるラナは、この青年が『人生で一番苦手な人物bQ!!』と断言しているくらいだ。 プライベートの事では親しくないだろう。 しかし、クラウドにとってシュリとプライアデスは個人的に親しい間柄にある。 その為、シュリとプライアデスが『あくまでWROの隊員』であり、『その上司と部下』という関係でしかない事に気が付けないでいた。 その新しい発見は決して心地よいものではなく…。 何とも言えない不快な気分……落ち着かない気分へクラウドを落とし込んだ。 「あの……大佐…」 明らかにシュリの返答に納得していないプライアデスが躊躇いがちに異を唱えようとする。 しかし…。 「急に押しかけてすまない、バルト中尉。暫くは彼女の看病に尽きっきりなる気だろう?長期休暇をとらせてもらえるよう、直接リーブ局長に直談判してやるから、ちゃんと彼女の看病をしてやってくれ」 「大佐!?」 「それじゃ……突然すまなかった」 プライアデスが手を伸ばす。 しかし、それを避けるように上司は身を翻し、プライアデスの手は宙を掴んだ。 そしてそのまま…。 まるで逃げるように、上司は足早に病室を後にした…。 残された二人は呆然としながら、その背が見えるまで突っ立ってその後姿を見送るしかなかった。 「全く……なんなんだ……」 「………………」 呆然と呟くクラウドに、プライアデスは無言のまま閉まったドアを凝視していた。 「僕は……何か気に障るようなことをしたんでしょうか……」 暫くの間黙りこくって俯いていたプライアデスが、ポツリとこぼした。 決して大きくは無いその呟きは、それでもシンと静まり返った病室にやけに響いて聞える。 クラウドは顔を上げると、苦労してどうにか笑みらしきものを浮かべた。 「ライは何もしてないさ。実際、ここに来るまでシュリはライに対して何も不満めいた事は言ってなかった…」 「じゃあ……さっきの様子は何なんでしょう………」 「………さぁ……な…」 暗く沈んだまま床の一点を見つめている青年に、苦労して貼り付けていた笑みらしきものがあっさりと剥がれ落ちてしまう。 「あれって……どういう意味なんでしょうね……」 「『あれ』…とは…?」 「『アイリに会ったのは初めてだ』ってウソをついたことです」 「………」 明らかにウソだと分かる『ウソをついた』青年の言葉。 その直後、逃げるようにして病室を後にした言動。 そのいずれも腑に落ちない。 「大佐は……アイリと何か関係があるんでしょうね…」 暗く沈んだプライアデスに、クラウドは肯定の言葉も否定の言葉も口にする事は出来なかった…。 ただでさえ、彼がこの十年以上の歳月の間、心を痛め続けてきた女性が生き地獄を味わう羽目になってしまったというのに、新たな謎が浮上したのだから。 いつも冷静沈着で無表情、何事にも動じずに冷静に対処し、時にはその落ち着き振りが小憎らしくさえ思えるというのに、あの取り乱し振り…。 あの姿を目の当たりにした今、シュリにとってアイリが『特別な存在』である事は疑うに難くない。 そして、その事実がプライアデスの心を深く傷つけたことも……疑う余地は無かった。 何しろ、アイリは十年以上も魔晄中毒で苦しんでいるのだ。 その前は、ミディール地帯でストリートチャイルドだったらしい。 それなのに、シュリと何かしら関係がある……という事は、それ以前の知り合いなのか……それとも…。 どちらにしろ、アイリが魔晄中毒を患ってからというもの、ただひたすら己の持っている全てを賭けて彼女に尽くしてきたプライアデスにとって、シュリと何らかの関係があるという事実は非常に痛い。 自分の知らない彼女。 その彼女を知っているかもしれない『若い男』の登場。 それが自分の上司…ときたら……もう……辛い…とか、苦しい…などという言葉では到底追いつけるものではない。 この時ほど、口下手な自分を呪った事は無い。 目の前で打ち沈んでいる青年にかけるべき言葉がない無力な自分に苛立ちつつ、ついさっき逃げるように病室を後にした親友のことも気になって仕方がないのに、何一つ言葉や態度でそれを表し、労わる事が出来ないのだから。 胸にもやもやしたものを溜め込み、黙りこんだままクラウドは考えた。 先程のごたごただけを見る限り、シュリがプライアデスに対して怒っている……という風に見えなくも無かったが、それ以上に彼はプライアデスになにか……言葉に表せないとても深い悲しみを……傷を負ったように見えた。 それが一体何なのか…? 決して、シュリはプライアデスを責めていたわけではない……と思う。 それを証明する確かなものは何も無い……が。 それでも何となく、そう思った。 もしかしたらそれはクラウドの思い込みであり、むしろ願望に近いものなのかもしれないが…。 だがそれでも、クラウドは目の前で暗い目をしている親友に『お前を責めていたわけじゃないと思う』と言ってやりたかった。 だが結局。 口を開いたものの、なにも言葉に出来ないまま口を閉ざした。 ほとほと情けなくなる。 こう言う時にこそ、何か気の利いた台詞を……と思うのに…。 ふと、自分の盾となって星に還った親友の笑顔が脳裏に浮かんで消えた。 アイツなら……。 なんて言って励ましただろう……? 「それにしても……大佐とアイリはいつ知り合ったんでしょうね?」 沈黙を破ったのは紫紺の瞳を持つ青年。 何も言わなかったクラウドの代わりのように呟いたその一言は、意外にも暗い声音ではなかった。 その事にほんの少し、胸を撫で下ろすと、 「さぁ…。今までシュリに親しい人間がリーブ以外にいるなんて聞いたこと無かったし…。それに、シュリは自分の過去をあまり話したがらない感じだったから、俺もティファも…それに多分、リーブも聞き出そうとはしなかったんだ。だからシュリの子供の頃の話は誰も知らないと思う…」 そう返答した。 「そうですか…」 何やら考えるようにそう相槌を打ったプライアデスに、クラウドは何とも言えない居心地の悪さを感じつつ、チラリと薬液の詰まったカプセルを見た。 この部屋に入ってから極力見ないようにしていた…アイリの姿。 フワフワと薬液に浮かぶ彼女の華奢な身体が酷く儚く見える。 確かにここに彼女は存在するというのに、スゥッと溶けて消えてしまいそうだ。 三日前。 彼女がティファを救ってくれた時に見せた、あの強い意志の宿った瞳。 他者を圧倒する威圧感。 そのどれもが全て夢だったのではないかと思える。 しかし、実際に彼女は己の意志でティファを救ってくれたのだ。 でなければ、ティファは今頃死者の列に加えられ、彼女の葬式を執り行っているはずだ。 そこまで考えてクラウドはブルリと身を震わせた。 想像しただけで全身に悪寒が走り抜ける。 ティファをあと少しで永遠に失ってしまうところだったのだ。 たとえティファを救う方法が、一人の女性を『生ける屍』に追いやる道しかなかったとしても、やはり感謝せずにはいられない。 「クラウドさん…」 「…あ…ああ…なんだ?」 「ティファさんは……今どうされてますか?」 「え…」 ぼんやりと物思いに耽っていたクラウドは、プライアデスの意外過ぎる一言に一瞬言葉を詰まらせた。 どう答えて良いのか分からない。 この場合、『元気だ、感謝している』と言えば良いのだろうか? それとも『ティファにはアイリさんの事は話していないんだ…』と真実を告げるべきなのか…? クラウドは迷った。 しかし、結局真っ直ぐに自分を見つめる眼差しにウソやごまかしの言葉の一切を封じられてしまう。 「…元気だ。後遺症もないし。それに………ティファにはまだ、アイリさんが助けてくれた事を話していない…。本当に……すまない…」 椅子に腰掛けたまま、深く頭を下げる。 プライアデスは慌てた様に「やめて下さい、別に責めてたり恨み言を言いたいわけじゃないんです」と早口でそう言うと、中々頭を上げようとしないクラウドの肩に手を置いて、強引に上体を押し上げた。 至近距離で真摯な眼差しに覗き込まれ、クラウドは僅かに目を伏せた。 「クラウドさん。クラウドさんがアイリや僕に気を使って下さってること……凄く良く分かります。いえ、分かっているつもりです。ですから……ですからどうか、もう……」 言葉を切り、悲しげに微笑んで見せた青年に、クラウドの胸がまた抉られた。 もしも自分が彼の立場だったら……果たしてこんな風に相手に言葉をかけたり、笑みを浮かべて見せたり出来るだろうか…? クラウドは居た堪れない気持ちになり、再び軽く頭を下げた。 プライアデスは大きく一つ息を吸い込むと、ゆっくり吐き出し…。 「クラウドさんに……お願いがあるんです」 意を決したように口を開いた。 クラウドは緊張した。 イヤな予感がする。 だが、話の腰を折る事無く、ただ黙って一つ頷いて見せた。 「ティファさんに……本当の話をして欲しいんです」 ああ……やっぱり……。 自分の予想が外れなかった事に、クラウドはグッと腹に力を入れた。 アイリが十年以上もかけて取り戻してきた大切なもの全てを捨て、ティファを救ったのだから、その事実をティファに知ってもらいたい。 知ってもらった上でアイリの事を忘れずに生きて欲しい。 言葉にはしなかったプライアデスの意志が、クラウドには痛いほど伝わってきた。 逆の立場でも恐らくそう願っただろう。 しかし、今のティファは非常に情緒不安定だ。 果たして、プライアデスの願いを聞き入れられるだけの余裕がティファにあるだろうか……? いや……無理だ。 「……ライ、すまないが……時間をくれないか?」 苦渋の決断。 もう少しだけ。 もう少しだけ、ティファに猶予を与えてやって欲しい。 せめて彼女が退院して、少し落ち着いてから…。 プライアデスはクラウドの懇願に、ゆっくりと頷いた。 「ええ、勿論ですよ。ティファさんにも受け止めるだけの余裕が今は無いでしょうから…」 「…ライ……本当に」「はい、その先はもう言いっこ無しですよ」 謝罪の言葉を遮り、少しおどけた口調でそう言ったプライアデスに、クラウドは再度頭を深く下げた。 プライアデスが苦笑しつつ、そんなクラウドの頭を上げようと手を伸ばしたその時。 コン…コン…コン…。 躊躇いがちなノック。 クラウドとプライアデスは顔を見合わせた。 この病室にやって来る人間は、看護師か医師くらい。しかも滅多に来ない。 来てもすることが……処置が出来ないのだから…。 それに、極力プライアデスとアイリを二人きりにしてやりたい…というプライアデスの親族や友人といった周りの人間の懇願もあり、見舞い客もプライアデスの従兄妹が二人、一度来たきりだ。 「はい……どちら様ですか?」 ノックはしたが、一向に開けられる気配のないドアに向かって、プライアデスが声を掛ける。 「……ごめんなさい、私……ティファです」 「「!?」」 クラウドとプライアデスはギョッとして目を剥いた。 そんな二人の目の前で、ドアがゆっくりと横へ滑り開く。 真っ青な顔をし、微かに震えているティファがドアの陰から現れた。 |