Fairy tail of The World 14




 タッタッタッタ…。

 軽快な足音がエッジの路地裏に響く。
 所々ぬかるんで足場が悪くなっているのに、全く関係なく軽やかに駆けていくその少女は、薄暗い路地裏をただひたすら駆け抜けた。

 時々、人相の悪い男達と遭遇する事もあったが、意外と悶着も起きずに奥深い所までやってくる事が出来ている。
 その原因が、彼女のようにまだ少女のあどけなさを持つ女性が、こんなにも物騒で治安の悪い場所にたった一人でやって来ている事に、男達が呆気に取られていたからなのだが、彼女はそんな事には全く気付いていない。

「意外と……彼らは小心者なんですね……」

 少々論点のずれた感想を口の中で呟きながら、シェルクは走った。
 しかし、目当ての『モノ』が見つかる事無く、とうとう路地裏を突っ切って表通りに出てしまった…。
 エッジの路地裏は一つの小さな町のようになっている。
 だから、こうして走り抜けてしまうには少々距離がありすぎるのだが、それでもこうして突っ切ってしまうのは既に五度目を数える。

「……はぁ……。またいませんでしたね……」
「何がいなかったんだ…?」
「!?ヴィンセント!いつからそこに…!?」
 ガッカリして肩を落とすシェルクの背後に、いつの間にかトレードマークの赤いマントを翻し、寡黙なジェノバ戦役の英雄が眉間にシワを寄せて立っていた。
 彼のその表情から、自分が一体何を探していたのか既にバレていた事を知ったシェルクは、一つ溜め息を吐くと諦めたように軽く頭を振った。
 彼女のその様子に、ヴィンセントは渋い顔のまま歩み寄る。
「シェルク……」
「ヴィンセント、貴方の言いたい事は分かってるつもりです……でも…」
 ヴィンセントの言葉を遮るように口を開き、シェルクは俯いた。
 目の前の少女に、ヴィンセントはゆっくりと歩み寄る。
「……シェルクの気持ちも……私は分かるつもりだ…」
「……………」
「しかし、だからと言ってWROが今、エッジの街の中で最も危険視している『人物』に会いに行こうとするのは…やはり見過ごすわけには行かない」
「…しかし……」
 悔しそうに顔を歪めるシェルクの頭に手を置き、ヴィンセントはポンポンと数回軽く叩いた。
「シェルク…。お前の気持ちは本当に良く分かる。私も、もしも私の全てを投げ出して『彼女』が救われるなら……喜んでそうしただろう。しかし、そんな事をしても『彼女』は決して喜ばない。それが分かっているから……だから私はそれをしない。それは…分かるだろう…?」
「…………」
「それに…。もしもシェルク、お前が『願い』を叶える事によって『何かを失う』事になったら…。それが、もしもお前の命だったとしたら……。私もシャルアも……それにクラウドやティファ、子供達も悲しむ。それは…分かるだろう?」

 諭すようにゆっくりと言い含めるヴィンセントに、シェルクは黙って小さく頷いた。
 ヴィンセントは温もりを湛えた赤い瞳を細めると、そっと少女の肩に手を回した。
「さぁ…もうそろそろ帰ろう。シャルアとユフィが待ってる…」
「………はい」


 夕映えに染まる空の下、シェルクは重い足取りで寡黙な英雄と肩を並べ、セブンスヘブンへの帰路に着いた。


 丁度その時。
 WROの医療施設ではティファが薬液に浮かぶアイリと再会していた…。





「たまたま……聞いちゃった……」
「「……………」」

 病室に突然現れたティファに、クラウドとプライアデスは完全に真っ白になった。
 真っ青な顔に無理やり貼り付けた笑顔の仮面が痛々しい…。

「ティファ……あの…」
 そっとドアから身体を滑り込ませ、慎重な足取りでアイリの浮かんでいる薬液の詰まったカプセルに近寄るティファに、クラウドが声をかける。
 何を言っていいのか全く心の準備が無いまま、彼女が勘付いてしまった。
 どんな思いでこの病室のドアをノックしたのか…。
 どんな思いで今、ここにいるのか…。
 人一倍、優しいティファを思い、クラウドは居た堪れなくなる。
 しかし、それでも。
 この部屋のドアから現れた瞬間に気付かざるを得なかったのは、必死に前を向こうと努力している彼女の姿。
 前を……現実を受け入れようとしている……ティファの姿。

 プライアデスもいきなりティファがやって来たことに動揺していたが、それでもクラウドよりは落ち着いているようだった。
 そっとティファに近寄ると、ソロソロと彼女に腕を伸ばした。
 そして、強張る身体を懸命に動かしている彼女の背に手を添え、優しくエスコートする。



 目の前に……エメラルドグリーンに揺らめく……薬液。
 その中にフワフワと小さく漂うように揺れる……少女。
 アイリのその姿を目の当たりにしたティファは、鋭く息を飲み、そのまま呼吸を忘れた。
 カタカタと小刻みに震えるティファに、プライアデスが労わるように背を撫でる。
 その光景を、クラウドは拳を握り締めてただただ見守った。

 本来なら、彼女を気遣って慰めるのは自分であるべきなのに、未だにアイリがこのような状態でいる事に対して心が悲鳴を上げている。
 そんな自分がティファを気遣うなんて…。

 そんなバカげた考えが脳裏をよぎった瞬間。

『違うだろ…。それなら……ライの方が…俺なんかよりもずっと…!!それに…慰めることがティファに必要なんじゃなくて……ライに必要なんじゃなくて……そうじゃなくて………!!』

 グッと唇をかみ締め、小心な自分を振り払うように頭を大きく振る。
 そして、大股で二人に近付き、そのまま大きく両腕を広げてプライアデスごとティファを抱きしめた。



 一緒に……泣くことこそが必要じゃないか……!!



 二人共、クラウドのその行動に驚いて目を丸くしたが、強く自分達を抱きしめてくれるクラウドのぬくもりに、固く強張っていた心がほぐれていく……。
 そのままティファは、クラウドの腕の中で……プライアデスの隣で……静かに泣いた。



「私……アイリさんの声、初めて聞いたわ」
 暫くして落ち着いた時、ティファがポツリとこぼした。
「え…!?」
 紫紺の瞳を見開くプライアデスからは、涙はこぼさなかったもののそれでも深い悲しみと苦しさがほんの少し、癒されたのだと伝わってくる。
 クラウドもティファの言葉に少々眉根を寄せながら、彼女が詳しく話してくれるのを待った。

「私……さっきシュリ君に言われたこと……すごく悲しくて……そのまま…その……」
 言いにくそうに言葉を濁す彼女に、クラウドは「ああ…分かってる。それで?」とサラリと流して続きを促してくれた。
 些細な彼の心遣いに内心で感謝しながら、ティファは「うん……その間にね…」と言葉を続ける。

「なんか……夢を見たの…」
「…夢…ですか?」
「うん…」
 小首を傾げるプライアデスに微かに笑って見せる。
 そして、ゆっくりとカプセルの中でユラユラと小さく揺らめくアイリへ視線を移した。

「ちょっと……疲れちゃったなぁ…とか弱気になっちゃって。夢の中でウジウジしてたの。そしたら…『声』が聞えて…」


 ティファはほんのひと時の間に見た夢について話した。
 二人共、口を挟む事無くじっと最後まで聞いていた。
 プライアデスの瞳が、わずかに潤んだように見えたのは……クラウドの錯覚ではないだろう…。


「多分……あの『声』はアイリさんだと思う……」

 ティファが口を閉ざすと、病室を沈黙が包んだ。
 クラウドもプライアデスも何も言わない。
 クラウドはティファを……。
 プライアデスはアイリを見つめて黙っている。
 それぞれの心に渦巻くもの。
 それは、僅かな混乱と妙に得心した気持ちと、そして何よりも…。


「アイリはやっぱり……ちゃんと生きてたんですよね」


 プライアデスの声が震えている。
「周りから見たら、『無理やり生かされている』ように見えたかもしませんけど、それでも、アイリはちゃんと『自分の意志』を持って生きてたんですね。ちゃんと……自分の周りの人達や出来事を見て、感じて…。ちゃんと、僕たちと同じように…生きてたんですよね…」

 クラウドも…ティファも…。
 何も言わない。
 何も言えない。

 ただ。

 ただ…!!
 やっと、自分が大切に大切にしてきた宝物が…!!

 本当に自分が望んでいたように『生きてくれていた』と知ったそのきっかけが…!!


 彼女が『生きながら死んでしまった』事実に直面した時だと言うことが、辛くて……悲しくて……悔しくて……。



 息が出来ない…。



「大丈夫ですよ…」
「「え…?」」

 顔を歪めて俯く二人に、かけられたその言葉は、考えられない程落ち着いていて……温かかった。

「アイリは…強くて優しいから。きっと、ティファさんを助ける事が出来て、凄く喜んでいると思うんです」
「ライ君…」
「……ライ……」
「だから、これからも彼女の『意志』を尊重しようと思ってます」
「…尊重…?」

 力強くそう言い切ったプライアデスに、クラウドが僅かに首を傾げる。
 ティファは不安そうにキュッと拳を握り締めた。



「絶対に彼女を死なせません。勿論、その為に何をしたら良いのか分からないけど…。それでも、自分に出来る事が何かあるはずですから」



 きっぱりとそう言った青年の瞳は、とても澄んでいた。
 クラウドとティファの胸に、温かく…締め付けるような感情が湧き起こる。
 プライアデスは席を立つと、そっと薬液のカプセルに歩み寄った。
 その瞳は真っ直ぐ少女に注がれている。

「大丈夫……。アイリは……今も一生懸命生きてるから……。『生きる事を選んでくれているから』…。だから…」

 カプセルに手を伸べ、ひんやりとしたガラスの感触に目を細める。

「彼女が『諦めない限り』は、僕も諦めません」


 ティファの瞳に涙が溢れる。
 クラウドはグッと腹に力を入れ…「ああ……そうだな…」必死に笑顔を浮かべた。
 そして、口を覆い、堪えきれずに嗚咽を漏らしたティファを強く抱き寄せる。
 腕の中で小刻みに震え、必死に泣き声を漏らさぬように堪えている愛しい人を抱きしめながら、クラウドはプライアデスの背中の向こうに漂う少女を見た。


 閉じきらずに薄っすらと瞼の開いた紺碧の瞳。
 魚のようなその目が、ほのかに光を灯したように見えたのは…。
 クラウドの願望か……。
 それとも、病室の照明と薬液の波紋の見せた幻想か…。


 出来れば…。
 それが『願望』でもなく『幻想』でもなく…。
 回復の兆しを見せる『希望』であって欲しい…。


 ジェノバ戦役の英雄のリーダーである青年は……。
 そう強く思わずにはいられなかった……。





「それで…?」
「『それで…?』とは…?これ以上、何をお聞きになりたいんですか…?」
「ノーブル兄妹とシュリ、キミから聞いた今の話だけでは、『今回の件について全ての話』とは言い難いでしょう…?」
「「………」」
「……局長…。はっきり言って頂けませんか?抽象的過ぎてよく分かりません」
「そうですか?私はこれ以上ないくらいはっきり言ってるつもりですよ……シュリ」

 WROの局長室。
 決して豪華なつくりではなく、むしろ殺風景で質素ですらあるその部屋では、WROの局長であるリーブと、その部下であるシュリ、グリート、ラナがデスク一つ挟んで向かい合っていた。
 リーブは椅子に座り、三人は両手を後ろに組んで直立し、不動の姿勢を保っている。
 しかし、堂々と自分達の上司を見返しているのは大佐という肩書きを持つ青年だけ。
 兄妹はうっすらと額に汗を浮かべながら、逃げ出したい気持ちを必死に抑えていた。

 ティファに話を聞かれた直後。
 三人は駆け出したティファを追いかけようとした。
 しかし、そこへタイミング悪くリーブの使いがやって来たのだ。
 医療施設の中。
 とりわけ、ICUのある病棟では携帯等の電波の出る機器の使用は禁じられている。
 その為、シュリもグリートとラナも携帯の電源を落としていたのだ。

 シュリだけを呼び出したかったのだが、ティファにアイリの件がバレてしまった原因として……。
 結果的にグリートとラナは巻き込まれたような形でリーブの召集を受ける羽目になった。
 そして、局長室に入った直後、リーブから詰問を受ける事になったのだ。

 @何故、許可無く勝手に飛空挺を動かして舞い戻ってきたのか…。
 A何故、ティファが生きながらえたと知ったのか……。

 以上の二点を重点的にリーブは執拗に問い続けた。
 そのリーブの質問は、傍で聞いているグリートとラナにも異常に感じられるほどだったが、シュリは淡々と、

 @許可を求める余裕が無かった。自分の落ち度である。
 Aティファが死なずに済んだ事は、『星から聞いた』。

 この二つだけを繰り返し、全くもって詳しく話そうとしない。
 素っ気無さ過ぎるシュリの返答。
 普段はおっとりした人柄であるリーブは、最初から苛立ちを露わにしていた。
 それが、シュリの通り一遍等の返答を受けたことにより、更に煽られたらしい…。
 眉間にシワを寄せ、苦々しげに口を開く。

「キミは具体的に質問に答えていない…。私が聞きたいのは、『何故、アイリさんはティファさんを助ける事が出来たのか?』『何故、シュリ大佐は広大な荒野から死に瀕しているティファさんを見つけ出す事が出来たのか?』『何故、北の大空洞探査任務にバルト中尉を必要以上に推して同行させたのか?』。そして…『何故、北の大空洞探査任務に戻り、何の情報も得られなかったはずのシュリ、キミがティファさんが助かった事を知ったのか?』。ということなんですよ」

 シュリの目を真っ直ぐ見つめながら、リーブはゆっくりと指を折りつつ言葉を発する。

 いつにないその眼光に、ノーブル兄妹はただただ黙って突っ立っている他なかった。
 しかし、そんな兄妹の隣に立つシュリは眉一つ動かさない。
 冷ややかに上司を見るその漆黒の瞳は、これまでにない程、冷淡でありとあらゆる感情を捨て去っている。
 青年のそんな様子に、部屋の隅で控えていたデナリ中将は内心、驚愕していた。

『あの『赤の他人』を見るような目は一体……何だというんだ……!?』

 彼の知っている青年は、リーブを実の親や兄のように慕っている。
 決して青年本人の口から聞いた話ではないが、彼を見ているとそれが良く伝わってきたものだ。
 何かにつけてリーブの意見を尊重し、彼の身を案じ、そして……温かい眼差しで薄っすらと笑みを返す。

 そんなシュリが、この部屋に呼びつけられて姿を現した時から、リーブを『他人』のように見つめていた。
 そして、呼びつけたリーブもシュリに対して温かみが欠けている。
 真っ向から冷戦を繰り広げている自分の上司と部下に、デナリ中将は唾を飲み込んだ。

「局長。ティファさんを荒野で救出した経緯はお話ししたはずです」
「そうでしたね。ですが、あの時のキミの説明はひどく不明瞭で要領を得ていない答えでした。私も、彼女が瀕死である事に動揺してその事を追求するだけの余裕がありませんでしたが、今は違います」
 言葉を切り、目を細める。
「『一旦、エッジに帰還する際、その荒野上空を飛行中に私から無線が入った。そして、ティファさんの携帯電波を走査し、その地域を捜索した。彼女の倒れている詳しい居場所は星が教えてくれた…』。ティファさんを発見した経緯の説明はこれだけだったと記憶します。違いますか?」
「………」

 押し黙ったまま、能面のような顔で見返してくるシュリに、リーブは片眉を上げて見せた。
「おかしいですよね。この星にとって、ティファさんは『それほどまでに重要な人物』なんでしょうか…?」
 リーブの言葉に、グリートとラナはそっと視線を合わせた。
 局長の言っている意味が分からないのだ。
 更にリーブは口を開く。

「『星に聞いた…』とはどういうことでしょう?この星にとって、ティファさんは確かに『ほんの少し恩がある人間』かもしれません。三年前のジェノバ戦役の件と、三ヶ月前のオメガの一件で……ね。しかし…それだけのはずです」

 椅子から立ち上がり、ゆっくりとデスクを回る。
 そして、歩きながら尚も話を続ける。

「今、この星に生きてる人達とティファさんを比べて、星にとって彼女が『特別』である理由というのは今言った二件だけなんですよね。それが、この星にとってどれほど特別視される事なのか……。私はそれが不思議なんですよ」

 緊張するグリートとラナの前をゆっくりと通り過ぎ、シュリの前でピタリと立ち止まる。

「今、この星では『シャドウ』が徐々に勢力をつけてきています。小さな村が襲われるのは当たり前になり、今では避難勧告を出すかどうか…。そこまで事態は切迫しています」
「…………」
「これほどに切迫した状況であるのに、星は『シャドウの行方を教える事はないのにティファさん一人の居場所を教えた』という事になる……。ということは、星にとって『ティファさん』というたった一人の人間の方が、『この星に生きているその他、大勢の命』よりも大事…。そういうことになりませんか?」
「「「…!?」」」
「………」
「違いますか?」

 リーブの演説に、グリートとラナ、そしてデナリ中将は驚きのあまり鋭く息を吸い込んだ。
 目を見開き、自分達の上司を見つめる。
 しかし、上司の視線はシュリから反らされる事はなく、鋭い眼光を己が部下に突き刺している。
 一方、シュリは鋭い視線を真っ向から受け止め、能面のような顔を歪めるどころか相変わらず眉一つ動かさない。
 無言で自分の上司を見つめ返す。

「シュリ…。キミがWROに入隊した理由は『この星の移りゆく姿を正確に知りたいから』…でしたね」
「………はい」

 漸く口を利いた部下に、リーブはスウッと目を細めた。

「キミの待っていた『星の移ろいゆく姿』とは……この事ですか……?」
「………」
「こんな風に、わけの分からないバケモノが徐々に勢力をつけ、罪なき命が危険に晒されているというのに、そのバケモノに関しては全く『無頓着』な星が、『たった一人の女性』の居場所へ誘ってくれる……。そういう『現象』を待っていたんですか…?」
「………」
「それとも…。今まで私に『シャドウの行方を星に聞いたけど、星は何も答えてくれない』との報告は、ウソだったんですか?」
「………」
「真剣に星に『シャドウ』の住処を訊ねた結果の報告だったんですか!?」
「………」
「答えろ、シュリ!!」

 声を荒げた局長に、ノーブル兄妹とデナリ中将は思わずビクッと身体を震わせて身を竦めた。
 温厚な人柄で通っている自分達の上司が、こうして部下に声を荒げた場面など、これまでただの一度として見た事も聞いた事もない。
 怒りに目をギラギラと光らせ、眦を吊り上げる局長の形相に、背筋がゾッとする。

 しかし…。
 それでも青年は何も変わらない。
 冷め切った眼差しを上司に向けるシュリの姿は、まるで…。


『マネキンみたい……』


 ラナは心中で呟き、自分の発想に再び悪寒を走らせた。
 その感想が非常に的を射ている事に気が付かざるを得ない。
 手の平がじっとりと汗ばんでくる。
 緊張のあまり、喉がカラカラだ。
 しかし、身体はこれ以上ピクリとも動かせない。
 とてもじゃないが…そんな雰囲気ではない。


 部屋の空気が極度に緊張で張り詰める。
 この雰囲気がいつまで続くのか…。
 果てのない拷問が待っているような錯覚を覚え、ノーブル兄妹とデナリ中将が己の精神力を本気で心配したその瞬間。


「………ティファさんとそれまでにシャドウに襲われた人達………」


 突然、シュリが口を開いた。
 あまりに唐突だった為、グリートは聞き違いかと思って妹を見たほどだ。
 ラナは驚きのあまり、目をまん丸にしている。
 リーブも意表を突かれたのか、僅かに目を瞬かせていた。

「ティファさんとそれまでに襲われた人達とは、決定的に違う事があるのですが……。局長はそれに気づかれてないんですか?」
「え…?」
「「「!?」」」

 冷めた声音の青年の言葉は、それまでリーブが詰問した内容から離れているようにイヤでも感じ、四人の頭は混乱した。

「シュリ…。私の聞きたいのはそういうことではなくて……って……違い……!?」
「ええ…違いです。とても大きな違い…」

 混乱する頭を落ち着かせようと大きな動作で腕を振り上げ、額を押さえたり意味なくウロウロする局長を、部下の四人は決して馬鹿にはしなかった。
 むしろ、四人の内三人はその気持ちが良く分かる。
 イヤ、リーブ以上に混乱しているのだから、分からないはずがない…。

「局長が言った通り、俺はこういう『現象』を待っていました。ですが、『大勢の命よりもたった一人の女性を守ろうとする星の姿』ではなく、『光が闇に侵食される兆し』です」

「『光が闇に侵食される兆し』……?」

 リーブはシュリの言葉を繰り返し、その不気味な響きに思わずブルリと身を震わせた。
 激昂していた熱が一気に引いていく。


 局長室の窓から、地平線に消える太陽が本日最後の陽を投げ……。

 ゆっくりと消えていった。




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