Fairy tail of The world 3




 その日の晩。
 ティファが店の片付けをしていると、シェルクが空いた皿を運んでカウンターへ来た。
「さっき、何を盛り上がっていたんですか?」
「え…?さっきって…?」
 首を傾げるティファだったが、すぐにシェルクの言うことに思い当たり、「ああ…あれね…」と呟くと少し間を空けて何やら考える素振りをした。


 どう説明して良いものやら…。


 正直、ティファは『ミコト様』の話の全てを、偶然の嘘話だとは思っていないが、それでもそんなに周りで騒いでいたお客さん達よりも冷めた見解を持っていた。
 そんなティファよりも、更にシェルクはその様な『予言』だとか『占い』の話は信じないだろうし、興味もないだろう…。
 そう考えると、何となく言葉を選んでしまう。
 しかし、考えた所で適切な説明が出来ると言うわけでもない。
 暫く黙り込んでいる自分をじっと見つめるシェルクの視線に、とうとうティファは耐えられなくなって自分が聞いた話をありのまま話して聞かせた。



「ってわけなの。最近、皆こんな話をしたがるのよね…」
 苦笑しながら話し終えたティファに、シェルクは暫し黙り込んた。

『やっぱり興味なかったのかしら…。まぁ、私も信じてるわけじゃないし…』

 そう思っているティファにシェルクは真っ直ぐ視線を合わせると、
「私はその人に会ってるかもしれません」
 と言った。

「ふ〜ん、会ってるんだ……って…?え!?『ミコト様』に!?!?」

 シェルクの意外過ぎる一言に、ティファは目を見開いた。
 驚きのあまり、その次の言葉が出てこない…。
 口をパクパクさせるティファに、シェルクは少し考え込むようにしながら「いえ……直接私が…ってわけではないのですが…」と、話しだした。



 それは、二週間前の事。
 いつものように定期検診の日だった。
 検診は順調に終わり、姉のシャルアと昼食を食べた帰宅の途についた。
 その日はティファにバザーで買い物を少々頼まれていたシェルクは、バザーへの道を急いでいた。
 以前なら、こんなに姉と話をして遅くなる…という事は考えられなかったのだが、セブンスヘブンで生活する内に、少しずつシェルクに良い変化が起きているようだ。
 この日も、本当はもっと早く、姉の元を辞する予定だったのだが、ついつい話に花が咲き、帰宅する時間が遅くなってしまった。

 少々慌てながらもバザーで目的の物を無事に買い揃え、帰宅しようとしたその時、バザーの路地裏から何やら人が言い争う声がした。
 それは、本当に微かなもので、普通の人ならまず聞えないだろう。
 しかし、シェルクの耳なら拾えるその微かな人の言い争う声。
 最初は放っておこうかとも思ったのだが、セブンスヘブンでの生活をしていくうちに、シェルクにも人並みに『感情』が甦ってきており、それに伴って、セブンスヘブンの人間の『癖』が染み付いてきた。
 ようするに、良く言えば『親切』悪くなれば『おせっかい』というセブンスヘブンの人間の感情が染み込んで来ているのだ。
 少々躊躇っていたシェルクの耳に、女性のものらしき悲鳴のような声が微かに耳に届いた。
 その瞬間、シェルクは迷いを断ち切り、風を切って路地裏へと走り出した。

 辿り着いたのは、路地裏特有のイヤなドブ臭い匂いの立ち込める小さな空間。
 女性を数人の男が押さえ込んでいる。
 それを目にした瞬間、シェルクは傍にあった『元は箒』のような棒切れを手に取り、男達に向かって突進した。
 男達がシェルクの姿を間近で見た時には、既に彼女の手にした棒切れで殴り飛ばされている。
 五人の男達をあっという間に片付けたシェルクは、ガクガクと地面に座り込んで震えている女性を助け起こした。
 パッと見た感じ、どこも怪我はしていないようだし、何より服も少々肌蹴ているが未遂のようだ。
 ホッと息を吐き出し、「大丈夫ですか?」と声をかけると、それをきっかけに女性がシェルクにしがみついて大声で泣き始めた。
 その女性の背をポンポンと優しく叩きながら、もう片方の手で携帯を取り出し、WROに所属する姉に連絡する。

 数分後、姉からの直接の命令を受けて、隊員達がその現場に駆けつけた。
 被害に合った女性も、念の為に隊員達に付き添われて駐屯所へ向かう事になる。
「ありがとうございました、本当に……何とお礼を言ったら言いか……」
 泣きじゃくりながら何度も礼を言う女性に、シェルクは戸惑い半分、テレ半分の表情を浮かべて、
「いえ、それよりも早くお元気になって下さいね」
 と声をかけるので精一杯だったという。

 隊員達に縛り上げられ、延びていた無頼漢達が憎々しげにシェルクを睨みつけながら連行される中、たった一人だけ、青ざめた顔でブツブツと何かを言っている男がいた。

「やっぱり、あの『女』の言う通りだった。こんな事、止めときゃ良かった…。あの『女』……何でこうなるって分かったんだ……」

 その言葉に、隊員達が首を傾げながらも引っ張って行こうとする。
 その間際、その青ざめた男とシェルクの視線が合った。
 それがまさに、その男が初めてシェルクの顔をまともに見た時だった。
 そして……シェルクも…。

 男は、シェルクの容姿を目にした途端、『ヒッ!』と悲鳴のような声を上げると、そのまま白目をむいて失神してしまった。
 隊員達は勿論大慌てでその男を取り囲む。
 シェルクもびっくりして思わずその男に近付いた。

 失神している男の顔には全く心当たりは無かった。
 しかし、前を行く男の仲間がこの異変に気付き、後ろを振り返った。
 そして、シェルクに向かって気味の悪い笑みを見せると、鬚で覆われた口を歪めてこう言った。


「この路地裏の先によ、奇妙な『女』があんたの事を言ってたんだ」

『あなた達がこれからしようとしている事は、一人の女の子によって阻まれます』
『あなた達がこれまで行ってきた悪事が白日の下に曝されることになるでしょう』
『その女の子は、華奢な肢体からは想像出来ないほど、力を持ってます……絶対に勝ち目はありませんし、成功もしません』
『あなた方がやって来たこと…それを悔い改めるなら……今、この時をおいて他にはありません』
『あなた方が女の子に阻まれたその後、あなた方は二度と陽の目を見る事は無いでしょう』
『ですから……今すぐ自首することをオススメします』

「ケッ、『そいつ』は結構幽霊とかまともに信じる小心者でよ、今回の事も渋ってたんだ。あ〜あ、でも今回だけは『そいつ』の言うことを聞いてれば良かったぜ」

 気を失っている男を軽蔑した眼差しで見ながら、フンッ…!と、鼻で強がって笑うと、隊員達に連行されて行ったのだという…。



 話を聞き終わったティファは、暫し無言で考えていた。
 客が話していた『バザー裏路地のヤバイ連中が、『ミコト様』に不吉な予言をされ、それが事実となった為に散り散りになった』というのは、十中八九シェルクの話だろう。。

 黙り込んだティファに、シェルクが小首を傾げて覗き込む。
「どうかしましたか?」
「え……うん……」
 煮え切らない返事をするティファに、シェルクは益々小首を傾げるのだが、当のティファは『ミコト様』の真偽について、頭が一杯だった。


 もしかして……本当にそういう『占い』とか『予言』的な力がある人なのかもしれない…。


 まぁ、だからと言って自分達家族には関係のない話なのだが、それでもこの話を子供達が知ったら、きっと面白がって危険地帯であるバザーの路地裏に忍び込もうとするだろう…。
 それだけは何としても避けなければ…!

 ティファは、未だに不思議そうな顔をしているシェルクにワザとしかめっ面をすると、両手を腰に当てた。
 そして、そんなティファにびっくりしているシェルクに、重々しく口を開く。
「どうしてそんな一大事件を今まで黙ってたの?」
「え……でも……怪我とかしませんでしたから……」
 オロオロしながらも、「すいません」と小さな声でシュンと項垂れるシェルクに、ティファはニッコリと笑って見せると、突然ギューッと抱きしめた。
 目を白黒させるシェルクに、
「だって、そんなに凄いお手柄たてたのに、教えてくれなかったら褒めて上げられないしお祝い出来ないじゃない!」
「え……褒め……」
「当然でしょう?シェルクは私達の家族なんだもの!家族がそんなに素敵な事をしたんだから、うんと褒めたいし、パーッとお祝いしたいじゃない!」

 明るいティファの言葉と温もりに、シェルクはジワジワと胸に温かなものが込上げてくるのを感じた。
 そして、自然にティファの背に手を回すと、
「……ありがとう……」
 そう言って、ティファの胸に顔を埋める。


 人とのコミュニケーションが未だに苦手なシェルクにとって、本当に大きな一歩だとティファはシェルクを抱きしめながら満ち足りた気持ちだった。
 しかし…。
 シェルクはティファに抱きしめられながら、一つの隠し事に胸をちくりと痛めていた。

 あの『人身売買』をしていた極悪人達の末路を…。
 そう。あのチンピラ達は『人身売買』を行っている闇組織のグループの一つに所属していた。
 そして…当然、組織は末端であるそのチンピラ達をWROにおめおめ渡すはずがなかったのだ。
 チンピラ達の乗った車が狙撃されたのは…。
 WRO駐屯所のすぐ目の前の事だった。
 運転手と隊員達は奇跡的に命を取り留めたが、闇の住人達は一人残らず息絶えた…。
 しかし、遺体が所持していた組織に関するメモがかろうじて焼け残っており、それを手がかりにそのグループは『預言者』が言ったとおり、『悪事を白日の下に晒される』事となったのだ。
 その話を聞かされたのは、まさに今日…。
 姉のシャルアから定期健診の後で知らされた。
 僅かな動揺を胸に、シェルクは黙ってティファの胸に顔を埋めていた。



「へぇ、シェルクがそんな凄い事を…」
 夜遅く帰宅したクラウドが、目の前に座るシェルクを柔らかな笑みを湛えて視線を流した。
 クラウドの笑顔に、シェルクはドギマギと視線を泳がせている。
 シェルクがセブンスヘブンに来てから、深夜に帰宅するクラウドを起きて待っていてくれる人が一人増えた。
 その事は、クラウドにとってもティファにとっても、家族が一人増えたという喜びを実感させた。
 二人きりの時間を過ごす……その時間が減ってしまったのは正直少し残念な気もしないでもないが、それを上回る喜びを感じている。
「そうなのよ。それを今日までずっと内緒にしてたんだもの、クラウドも怒ってやってよ」
 悪戯っぽく笑いながらそう言うティファに、シェルクが焦って「な、内緒にしていたわけでは」と必死に弁明しようとする。
 その姿がとても可愛くて、二人は吹き出した。
「冗談よ、冗談!」
「シェルクは相変わらず真っ正直だからな。ヴィンセントも心配してたぞ?」
 笑いながらそう言ったクラウドに、シェルクの表情がほんの少し明るくなった。
「ヴィンセントから連絡があったんですか?」

 シェルクはヴィンセントに少なくとも友情以上の好意を抱いている。
 ただ、それが『恋』なのかと言えば、それはそれで微妙なところだ。
『恋心』というよりも、いまはまだ『年上のお兄ちゃん』を慕っている……そう言ったところか……。
 シェルクの嬉しそうな顔に、クラウドは「ああ、帰宅するちょっと前にな」と、頬杖をついた。
「シェルクが俺達に苛められてないか心配してた」
「まぁ!失礼ね。私達がシェルクを苛めるわけないのに!」
 頬をプクッと膨らませるティファに、今度はシェルクがクスッと笑みをこぼす。

 本当に、この時間がクラウドもティファも…そしてシェルクも好きで…大切だった。
 家族との交流の時間。
 その大切な時間をかみ締めながら、今夜もセブンスヘブンの住人は楽しげに今日あった出来事を話し合うのだった。

 そんないつもと変わらない一時が、今夜は途中から少し色を変えた。
 それは、シェルクが話した二週間前の『お手柄』と絡むこと…。

 エッジのバザー裏路地という危険地帯に、いつの間にか現れて不思議な事を言う『ミコト様』と呼ばれる女性。
 セブンスヘブンの常連客達でも話題になっている事をティファがクラウドに話した途端、それまで穏やかな顔をしていたクラウドがピクリと頬を強張らせたのだ。

「あの……?」
「クラウド…どうしたの?」

 ティファとシェルクは、顔を見合わせて眉を寄せた。
 クラウドの真剣な表情に、言い知れない不安がジワジワと胸を侵食する。
 クラウドは、心配そうな顔をする女性二人に気付くと、苦笑して軽く頭を振った。
「ああ、悪い…。俺も、最近配達先でちょっと気になる話を聞いたから…」
「気になる話って……?」
「……まぁ…シェルクやティファが話してくれた事と似てるって言えば似てるんだけど…」
「けど……何ですか…?」

 クラウドは話すべきかどうか悩んでいるようだったが、このまま何も話さないでうやむやに終わらせると、逆に二人を不安にさせたままになると思ったのだろう。
「子供達には言うなよ?面白がってその『ミコト様』の所に行こう…って事になりでもしたら一大事だからな」
 二人に釘を刺して話しだした。


 それはもう一ヶ月以上も前から、配達先で耳にする噂話…。
 配達先はいつも一緒な筈もなく、エッジの街中よりもエッジ以外の地方の方が多いくらいだというのに…。
 それなのに配達に行く先々で聞かされる『エッジの街の預言者』の話し…。

 その『預言者』『占い師』は、エッジのバザーの裏路地という非常に治安の悪い場所……しかもその入り組んで奥まった場所にいつの頃からか現れるようになった。
 初めて『彼女』と会ったのは、やはり『裏世界』の住人。
 彼は、『彼女』を初めて見た時『いつもの様に売りさばこう』と思ったのだという…。
 しかし、その『彼女』に近づこうとした時、突然言い知れない恐怖に見舞われ、そこから一歩も動けなくなったのだ。
 そんな男に、『彼女』はポツリとこぼしたそうだ。

『あなた……このままだと死にますね』

 唐突過ぎる『彼女』の言葉に、男は文字通り蒼白になった。
 わけの分からないその『彼女』の『言葉』。
 それが、何故か『真実』を語っている……と、本能的に感じ取ったのだ。
 実際、彼は『闇業界』の中でも結構マズイ立場に立っていた。
 交わした『契約』を委棄したのだ。
『裏の世界』は、『表の世界』よりもシビアで残酷だ。
 交わした『契約』を委棄する事は、即ちその組織からも、所属していた組織からも命を狙われる。
 契約をした組織からは『委棄した代償』として…。
 そして、所属していた組織からは『自分達の組織に泥の塗った』事と『組織に属する他のメンバー達の牽制』として…。
 双方から命を狙われるのだ。
 彼は、この世界で生きてきた。
 だから、こうなる事は重々承知の上で『委棄』したのだ。
 それは、今所属している『組織』よりも『もっと大きな組織』から声がかかっていたから…。

『交わした契約を放棄してこっちにまわしてくれたら、良い思いをさせてやる』

 そう甘い話を持ちかけられた。
 思慮のない男は、その言葉にまんまと乗せられ、『契約』を委棄する道を躊躇いなく選んだ。
 しかし、実際その『大きな組織』は最初から男を仲間にする気などサラサラなかった。
 約束は見事に反故にされ、男は寄るべき処を失ってしまった。
 そして、行き着いた先が『人身売買』。
 その中でも、最も性質の悪い『臓器売買』だ。
 若い……それも行方不明になっても誰にも悟られないストリートチルドレンを狙うのが彼の仕事…。
 そんな男に『彼女』は、まさに死神の如く『死』を宣言したのだ。

 冷酷に告げられた『死刑判決』。
 いつもなら威勢良くはねつけているであろう他人の言葉。
 それを、男は信じ、受入れたのだった。

 実は、本当はいつも怯えていた。
『人身売買』や『臓器売買』と言った、非道で冷酷な事をしながらも、いつも心のどこかで怯えて震えていた。
 それは、いつかは自分に追いつくであろう追っ手の姿でもなく、自分を恨んで死んでいった多くの命の恨みでもなく…。

『死』に。

 自分がこの世に生きていた証すら残らない『真実の死』に…。

 それを、男はこの上なく恐怖していた。
 そしてその事を『彼女』にズバリ宣言された気がしたのだ。
 イヤ、実際『宣告』されたのだ。
 自分が生きてこの世にいた事を『抹殺』されるということを…。
 そんな言葉の響きが『彼女』から痛烈に感じたのだという…。


「それで……どうなったの?」
 クラウドの話しに引き込まれていたティファが、続きを促す。
 シェルクも無言のまま、ジッとクラウドを見つめていた。
 クラウドは、ほんの少しの躊躇いの後、再び口を開いた。


『彼女』は男にある『契約』を持ちかけた。
 それは、男が本質的に恐れている『生きていた証すら残らない真実の死』を迎えずに済む方法。
 その方法を教える代わりに、男に『ある物』を差し出すように要求したのだという。
 それは、男にとって命の次に大事な物だった。
 当然、男は渋った。
 本当に……それは本当に大切な物だったから…。

 しかし、結局最終的に男はそれを『彼女』に差し出した。
 そして……『彼女』はそれをマントの中にしまい込むと、そっと男の顔に触れた。
 男のその顔には……生まれつき痣があった。
 その右頬から眉間にかけて斜めに走る痣を、彼女はひんやりとした手で数度撫でると、触れていた己の手にフッと息を吹きかけたのだという。
 そして…。
 その男は、『彼女』謎の行動の直後、追っ手の手にかかって命を落とした……。


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