*若干グロテスクな表現があります。 ご注意下さい。 WROの広い廊下を慌ただしい足音が響く。 それも…二組分。 時間は既に深夜に突入しているが、二十四時間緊急体勢をいつでも張れる様にしているこの巨大組織では珍しくもなんともないことだ。 だが、それが『一般兵』の滞在している棟であるならば…という話し…。 今、二組の足音が響いているのは…所謂(いわゆる)上層部の所属している『司令塔』なる棟。 こんな時間にこのような慌ただしい足音が響くということは、緊急事態が発生したことに他ならない。 だが…。 広い廊下を足早に行くのは…足音同様たったの二人。 見る者が他にいれば少し奇異な視線を向けたであろう。 だが、その二人以外に廊下に人はおらず…。 程なくして目的の部屋に着いた二人は、ノックもしないで『局長室』へ足を踏み入れた。 その非礼を咎める言葉は部屋の中にいる人間からは発せられず、逆に足を踏み入れた二人の内一人が、 「一体、どういうことです!?」 と非難とも言える言葉をぶつけた。 この部屋の主。 リーブ・トゥエスティ、その人である。 Fairy tail of The World 23椅子に腰掛けて主の帰還を待っていた二人の部下が、立ち上がって一人は恐縮したように敬礼し、もう一人はリーブの剣幕に苦笑で返した。 「どういうこと…って言われても、電話したとおりだけど…?」 荒々しい足取りのまま、部屋の中央まで闊歩してきた上司に肩を竦める。 リーブは混乱と苛立ちの篭った眼差しをその部下、シャルアに向けると、 「だから、どうして『彼』が職務復帰という事になったのかを聞いてるんです!」 敬礼の姿勢を保ったまま、上司の苛立ちの源であると再認識した『彼』ことプライアデス・バルトは緊張した面持ちで最高司令官を見た。 「まぁまぁ。詳しくは直接本人から聞いたらいいと思うけど?何の為にわざわざ電話で呼び戻したのか意味がないでしょう」 リーブの苛立ちをサラリとかわし、リーブの後ろから入ってきた妹に目を細める。 シェルクはコックリと無表情のまま頷くと、流れるような動作で局長室に備え付けてある小さなキッチンへ向かった。 人数分のカップを取り出し、手際よくお茶を煎れ始める。 彼女の手際のよさは、セブンスヘブンの女店主直伝のものだ。 味もしっかり保障されている。 いつもなら、シェルクがWROの医療施設で治療を受けた後、シャルアと食事を摂って尚且つ余裕があったら、忙しい思いをしているリーブを労わるべく煎れてくれる心休まるひと時。 だが、今は当然そんな気分を味わえるはずもない。 プライアデスが直立不動なまま敬礼を解かずにジッと立っている姿に、流石にリーブは頭が冷えてきた。 一つ頭を振って敬礼を解くように促し、傍の椅子に腰掛けるよう指示する。 プライアデスは紫紺の瞳を不安そうに揺らめかせながら、恐縮しきりに腰を下ろした。 彼にとって、職務復帰がこんなにも『大事(おおごと)』になるとは夢にも思っていなかったのだから当然だ。 アイリの病室で弱い心にケジメをつけ、職務に復帰することを決めたのだが、どうも周りは……特に最高司令官殿はお気に召さないらしい…。 プライアデスは『自惚れ』からほど遠い心の持ち主ではあったが、それでも自分に誇りを持てるよう、懸命に職務をこなしてきたつもりだ。 それが認められたが故に、二度も異例の『二階級特進』という栄誉を与えられたのだと自負している。 だが…。 局長であるリーブと、その前に話しをしていたシャルア博士は自分の職務復帰を望んでいないようだ。 『もしかして……。任務よりも一人の人間を大切にするような隊員は戦力外…って思われるのかな……』 プライアデスの胸中に不安が募る。 シェルクのお茶を入れるカチャカチャという陶器のこすれる音と、カチカチ…という時計の音以外、なにもしない局長室は、どんよりと重苦しい空気に支配されていた。 その中でも一番居心地の悪い思いを味わっているのは、言うまでもなくバルト中尉。 視線は壁の一点を見つめたままで…、直立不動の姿勢を崩していないが、内心は激しく動揺している。 イライラと落ち着かない最高司令官のピリピリした雰囲気にイヤな汗が全身から噴き出る。 ツー……。 額から頬にかけて汗が流れた。 WROの有能な科学者がそれを見て苦笑する。 「ま、局長の気持ちも分かるけど、可愛い部下をこれ以上苛めるのはどうかと思うね…」 やれやれ……と言わんばかりに肩を竦めたシャルアに、リーブは一瞬カッとなった。 だが、苛立ちを口にする前に、 「はい、どうぞ」 ズイッと目の前にカップを差し出されて吐き出す機会を逸する。 「あ、ああ……どうも……」 吐き出せなかった苛立ちをグッと飲み込み、カップを受け取るべく手を出した。 シェルクはリーブがしっかりとカップを受け取るか否かという実に微妙な刹那、さっさと手を離して姉に次のカップを渡している。 危うくひっくり返すところだったカップを、おっかなびっくり手の中に収め、局長はハァ……と安堵の息を吐き出した。 それをまたまた見ていたシャルアがクククッ…と肩を揺らす。 「シェルク、ありがと」 片手の自分にしっかりとカップを手渡した妹に、謝意を述べる。 シェルクは目を細めるだけでそれに応えると、直立不動でガチガチになってる隊員にも同じ様にカップを差し出した。 「どうぞ」 「は、いえ…自分は……」 すっかり縮こまっているプライアデスは、差し出されたカップを受け取れる心境ではなかった。 狼狽しながら断りの台詞を口にする。 だが、シェルクは差し出したままの状態でカップを下げることなく、ジーッと黙ってプライアデスを見つめた。 拒否する事は許さん。 そう言わんばかりの眼力に、プライアデスの額から新たにもう一筋の汗が伝い落ちた。 だ、ダメだ……!! 耐えられない!! どう考えても……勝てないって……!!! この眼力には!!! 「い、いただきます…」 「ええ、どうぞ」 プライアデスが白旗を揚げたのは、シェルクがカップを差し出して僅か数秒後の事だった……。 「それで、一体どうして急に…?」 四人とも腰をかけ、一つのテーブルを囲んでいる。 同じテーブルに着くことに対しプライアデスは恐縮仕切りであったが、シェルクに再び沈黙の攻撃を浴びせられ、あえなく敗北した。 お茶の効果だろうか? 幾分落ち着きを取り戻したリーブだったが、口調にはいささか棘が残っている。 それでも、プライアデスの話しをまともに受け止めようという姿勢を持てるような状態になっただけましだろう。 そうプライアデスは考える事にした……。 カップを置き、立ち上がる。 そして、 「…勝手な事ばかりで本当に申し訳ありません」 深く頭を下げた。 「いや…別に咎めているわけじゃ…」 潔いその姿勢に、リーブは落ち着かなげに身じろぎした。 シャルアとシェルクが苦笑する。 「ほら、バルト中尉。謝罪は良いから復帰する理由」 眼鏡越しに励ましの眼差しを送りながらWROの最高科学者がプライアデスを後押しした。 頭を上げると、真っ直ぐリーブを見つめて口を開く。 「アイリは…僕を守って魔晄中毒になりました。そして、今はティファさんを助けてその症状は重症化しています」 言葉を区切って一呼吸する。 口にすべき言葉を間違えないよう……。 自分の想いをきちんと言葉に出来るよう……。 真摯な紫の瞳がそう語っていた。 「自分の事よりも周りの人を第一に考える。そんな彼女が悲しむ事は、きっと僕が彼女の傍にいて果たすべき役目を果たさないことだと気が付いたんです」 「………」 「彼女の傍にいて、彼女に話しかける……。それも必要かと思いましたが、きっと彼女は僕がそうするよりも、復帰して星の為に働く事を望んでいる…。そう思ったんです」 リーブは黙って聞いていた。 青年の誠実な言葉。 腕の立つ人間が必要であるこの状況で、プライアデスの復帰は非常に有り難い……はずなのに。 「……キミの果たすべき役目…とは一体なんです?」 硬質の声音。 プライアデスの決意を試しているのか……それとも崩そうとしているのか……。 シェルクには判別しがたいその様子も、隣に座ってる姉には予想の範疇だったらしい。 戸惑っている自分とは違って落ち着いて静観している姉の姿に、シェルクは眉を顰めた。 正直、リーブも姉も、プライアデスの復帰を喜ぶと思ってたのだ。 プライアデスは一見、のんびりおっとりしていて戦闘の役に立ちそうにない。 しかし、外見とは違って彼が非常に戦闘能力に長けた戦士である事は、数ヶ月前に催した『英雄のリーダーと隊員達の手合わせ試合』で証明済みだ。 それ以前に、一般隊員から抜きん出た『モノ』がなければ二回も続けて『異例の二階級特進』など出来はしない。 そんな秀逸した人材が自ら復帰すると言ってくれているのだ。 すぐにでも『シークレットミッション』に参加してもらうべきではないのか? 『私は……今すぐにでも飛んで行きたいのに…!』 遠い地で命がけで戦っている『英雄達』と『隊員達』を思うと、居た堪れない気持ちになる。 デナリ中将こそ親しくはないが、その他のメンバーは皆、シェルクにとって大切な人達だった。 人間らしい表情を見せることが出来ない自分に、それでも差別なく接してくれた。 話しかけてくれた。 笑ってくれた。 ……嬉しかった……。 初めに自分を対等に扱ってくれたのはヴィンセントだった。 そして、次にはユフィ、ナナキ、ティファ、クラウド……。 次々と大切な人達が増えていった。 その大切な人達が、またもや星の存続を賭けた戦いに巻き込まれている。 自分もそのメンバーに加わりたい。 それが出来ないのなら、せめて他の部分で彼らのサポートをしたい。 だが、残念ながら今回の『シークレットミッション』では遠方からのサポートは出来ないと、事前にシュリに言われている。 シェルクに出来る事は……ティファの傍にいてアイリの事で胸を痛めている彼女を支える事。 それだってティファにとって特別な人間にしか出来ない事なので物足りない…というわけではない。 だが…。 切迫している事態を考えると、どうしても優先順位が『シークレットミッション』に傾いてしまう。 ティファを疎かに考えているわけで無論ない。 だが、この星の存続がかかっているのだ。 この星がなくなったら元も子もないのではないだろうか…? この疑問と矛盾は、この二・三日の間で、シェルクの胸で急速に膨らんでいた。 特に、『北の大地』での報告を受けてからは格段に…!! それなのに、リーブは『ティファの精神面でのサポートには関係ない』人材であるプライアデスを歓迎していない。 その異様とも思える彼への拒否反応…とでも言うのだろうか? プライアデスへの態度に疑問と苛立ちが募る。 一方。 プライアデスはプライアデスで戸惑っていた。 それまで割りと目をかけてくれていると思っていた上司が、手の平を返したような冷たい態度をとっている。 一人の人間を任務よりも重んじたのが原因だろうか……? それにしても…こう……。 疑われている感がするのは…どういうことだろう…? なにか期待を裏切る事をしただろうか…? いや、確かに隊から一時期抜けることを申請したのだ。 それだけでWROという組織に相応しからざる人間…そう取られても仕方ないかもしれない。 だが、それにしても……。 …いや。 それこそ『甘え』なのだろう…。 もっと……もっと自分はしっかりした人間にならなくてはならない。 そうでなくば、今日まで自分を可愛がってくれた沢山の人達に顔向けできない。 何より、こんな甘ったれた自分では、『彼女』に合わせる顔がない。 今度…。 『彼女』の病室を訪ねる時は、もっと……。 もっと、しっかりとした……一人前の人間になっていたい…! 「僕の果たすべき役目は、アイリの分まで『助けを必要としている人達の手を取ること』だと思ってます」 一瞬の逡巡を押し隠すように口をついて出た言葉は、プライアデスの本心。 それを実に良く表していた。 リーブは…。 黙って目を閉じると目頭を押さえた。 その姿が……とても苦悩している様でプライアデスだけでなくシェルクも驚きを禁じえない。 シャルアだけが……静かに見守っている。 一体なにを悩んでいたと言うのだろう…? リーブは目頭を押さえたまま、 「では…バルト中尉」 低い声を押し出すようにして言葉を紡いだ。 「エッジの路地裏に出現すると言う『ミコト様』という『殺人者』の捜索を命じます」 シェルクの魔晄の瞳が驚愕で見開かれた。 そもそも。 WROにその正体不明の『女』が報告されたのは一人の『闇組織』の人間がもたらした情報だった。 ジュノン港に着いた貨物船の荷物に紛れて密航していたこの男をWROの隊員が捕縛した。 その男から聞き出した話しは……突拍子もなさ過ぎて最初は誰も取り合わなかったのだが……。 「へぇ…なんかそれが本当なら凄い話しだな」 興味を持ったのが……グリート・ノーブル中尉。 たまたま、この港の駐屯所で次の任務への骨休めをしていたグリートは、面白がって早速男の行き先へ向かうことにした。 他の一般隊員達は、この『道楽的』な判断に目を剥いた。 今すぐにでもエッジ近くにあるWROの本部に連行し、男を尋問して闇グループの壊滅を図るべきだ。 そう主張して止まない声を、 『まぁまぁ。大丈夫だって、このおっさんなら逃げないから』 そう軽い調子で流してしまうと、呆気に取られる隊員達を尻目に、さっさと男を道案内にして性能の良い軽トラックを荒野に発進させてしまった。 結果は……。 男の話した『ミコト様』なる人物の言う通りとなった。 犯罪組織に身を落としていた男の最期は、その実父の元へと届けられた。 一つの指輪と共に。 そうして、この男は自らの持ちうる『闇組織』についての情報を流す条件で、WROの一番低いランクの隊員として入隊した。 勿論、周りは猛反対したが……。 『大丈夫だろ?だって、こいつここを追い出されたら本当に行く所ないし。それに、『闇組織』から抜け出すってだけでも既に命がけだからな。折角手に入れた居場所をみすみす失うようなバカなことは流石にしないだろ』 これまたあっけらかんと言ってのけたグリートは、周りの白い目などものともせず、シュリ大佐に上申書並びに男の身上書を添え、男と一緒に送りつけた。 周りの隊員は、 『こんなことが通用するはずない』 『ノーブル中尉はちょっと頭がおかしいんじゃないのか?』 などと陰口を叩いたものだが、すぐにシュリから返事が来た。 曰く。 ― 『承諾』 ― たった一言だけであったが、隊員達の驚きは凄まじかった。 そんな中、グリートだけが 『ま、そういうこった!』 と、満面の笑みを残して次の任務に赴いたのだと言う。 それが…。 今から約三ヶ月前の事になる。 クラウドがこの話をリーブから聞いたのはつい最近。 だが、実際にはこれだけの時間が経っていたのだ。 何故、こんなに時間が空いているのか…? それは、まだそんなにも重要視されていなかったから…。 だがそれからと言うもの、実はクラウドには話していない『ミコト様』絡みの事件が相次いで起こっている。 それは、命に関わるものであったり……そうでなかったりと様々であった。 だが、どちらにしても『彼女』が何らかの『力』を持っており、それが『星や人に良い影響』を及ぼすものであるのか…そうではないのか。 判断がつかなった。 だが…。 とうとう、『ミコト様』絡みで『死人』が出た。 被害者は普通の中年男。 加害者は普通の専業主婦。 世間ではそう評される極々平凡な二人。 だが、この二人は世間が知らない面を持っていた。 被害者の男は……加害者の女にとって元婚約者だった。 だが、この中年の男は彼女を捨てて、他の女と結婚した。 何故そうなったのかは分からない。 なにしろ…。 加害者の女も命を失っているのだから。 この二人の死因が、『ミコト様』絡みの事件となっているかと言うと、それこそ『特別な力』が働かなくては被害者を殺すことは出来ない状態にあったのだから…。 被害者の死因。 それは『心不全』。 普通なら『病死』であり、『被害者』という表現は相応しくない。 それに、彼女が『加害者』になりようがない。 彼女は被害者が『心不全』で命を落とした時、傍にいなかったのだから。 だが……。 検死医が記した『心不全』という死因は、本当は『心不全』ではなかった……。 それこそが『被害者』『加害者』が存在してしまう理由になる。 心不全…と診断された男。 その本当の死因は……一体何と命名したら良い? 体内の心臓が…。 握り潰されていただなど。 検死医は『死んだ男』の胸を開き検視した時、あまりのことに失神した。 見たことなどあるはずがない。 心臓を覆うっていた肋骨はそのまま無事なのに、心臓だけが衝撃を受けるなどまずありえないじゃないか。 『得体の知れない力が働いたとしか考えられません!!』 真っ青な顔をしてそう検死医がリーブに報告したのは…。 ティファがシャドウに襲われるたった三日前の事だった。 そして、『加害者』とされる女が変死体で見つかったのは、その翌日。 場所はエッジの路地裏。 哄笑の形相で息絶えていた異様な……ゾッとする死体。 外傷はない。 ただ、外傷はないのに女の両手がベッタリと血で染め上げられており、その血液は女のものではなかった。 検査の結果…。 検死医が蒼白になった検体の男のものと百パーセント一致した……。 |