「リーブ!!」

 荒々しく立ち上がり、シェルクは非難の声を上げた。



Fairy tail of The World 24




 大声を上げたシェルクに姉は驚いて顔を向けたが、リーブはプライアデスから視線を外さなかった。
 あたかも、シェルクの抗議を予想していたかのような落ち着き振りだった。

「リーブ、そんな危険人物にバルト中尉を当たらせるのは反対です!」
「残念ですが、『ミコト様』という謎の人物は探し出すのが非常に困難です。これまでにも何名かの隊員に捜索を命じていましたが……結局探し出すことは出来ませんでした。恐らく、数人で組んで捜索させた事が……裏目に出たらしい。そこで、もしもこの任務をキミが受けるなら……キミには単独行動を取ってもらいます。……バルト中尉、どうします?」
「リーブ!!」

 甲高い声を尚も上げるシェルクを無視するようにリーブは話を進める。
 当然、プライアデスの答えは分かってる。

「了解しました」
「バルト中尉!」

 予想通り敬礼を返す青年に、リーブは眉間に深いしわを寄せたまま浅く頷いた。
「では、早速明日から任務に就いて下さい。『ミコト様』に関する情報はすべて資料室のメインコンピューターに入ってます。入室許可証を与えますから、いつでも自由に閲覧して下さい」
「はっ!」
「リーブ!!」
「シェルク、これはWRO局長として部下への命令です。あなたに口出しする権利はありません」
「!!」

 リーブの突き放した言い方にシェルクはカッと目を見開いた。
 魔晄の瞳が怒りで染まっている。
 シャルアがギョッとして妹を宥めようと腰を上げた。


「シェルクさん、ありがとうございます」


 敬礼を解いて穏やかな顔をシェルクに向けたプライアデスに、シェルクは吐き出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
「危険な任務は重々承知してますし、そんな任務に就けてもらえたことが嬉しいです」
「でも!!」
「良いんです。今回は本当に僕はわがままばかり言ってしまって…。それなのに、こうしてまた任務を与えてもらえて…本当に嬉しいんですよ」
「だからって、こんな……」
「だって、仮にも『中尉』という地位を与えられているのに、その責任を放棄してしまった。本当なら、『除籍処分』されても仕方ないのに、汚名返上する機会を与えられたんです。文句なんかあるはずないじゃないですか」

 紫紺の瞳を細めて微笑んだ青年に、シェルクは何を言って良いのか分からなくなった。

「では、もう時間も遅いのでバルト中尉は明日に備えて休んで下さい」
「はっ!」
 再度、敬礼して応えるプライアデスに、シャルアはほんの僅かだけ心配そうな表情を浮かべ、シェルクはキッとリーブを睨みつけた。

 リーブの…青年に対する態度が気に入らない。
 これまではもっと……もっと温かみをもって接していたのに…!

 …と…。

 この時、初めて局長の顔が心配そうに歪められた。

「…………健闘を祈ります…」

 本当は…もっと言いたいことがあったのかもしれない。
 そう思ってしまうような声音に、怒りが薄らぐ。

「ご厚情、感謝します」

 フワッと笑った青年に、リーブの顔が更に複雑なものになる。
 シェルクは困惑した。

 そんな中、プライアデスは踵を返すと背筋をピンと伸ばし、局長室から出て行った。


「シェルク……ほら、もう座りな」
「………」

 プライアデスが去ったドアを見つめたまま、半ば放心状態で突っ立っている妹に、シャルアが苦笑混じりに声をかける。
 脱力したように座った妹に、WRO最高の科学者が嘆息した。
 そして、ゆったりと手を持ち上げて妹の髪を一撫でする。

「リーブは…バルト中尉にこれ以上、甘い顔出来ないのさ」

 姉の言葉に、シェルクはのろのろと顔を向けた。
「今回、バルト中尉は自分でも言っていたように『中尉』という責任を放棄して『私事(わたくしごと)』を優先させた。それが、中尉にとって本当に大切な事で……私や中尉の内情を良く知ってる人間にとっては『当然』と受け入れられる事だとしても、他の大多数の隊員達には関係ない。むしろ、『己の都合で責任を放棄したろくでもない中尉』だと思われてる。実際、不満の声が全くないわけじゃないんだ…」
「…そんな…」
「勿論、不満ばっかりじゃないけどね。バルト中尉が『責任放棄』したって知ってるのは、彼の直属の部下達くらい。他は『遠方へ任務についてる』って話にしてるし」
 苦笑気味の姉の説明に、シェルクはプライアデスに対する『不満の声』を漏らしているのが、『彼の直属の部下達』だと悟らざるを得なかった……。

 チラッとリーブを盗み見ると、局長は複雑な顔をしたままカップを口に運んでいる。
 なにも口出ししないところをみると、シャルアの説明は真実なのだろう…。
 シェルクは「でも……やっぱり……」と、口の中で呟いた。
 シャルアは苦笑しつつ、妹の髪をもう一撫でする。

「だから、『局長』という立場にあるリーブは易々(やすやす)とバルト中尉を復帰させるわけにはいかないんだよ。ある程度の功績を収めないと……ね。それに、甘いばっかりが彼の為になるわけでもない。実際、中尉は本当に嬉しそうだったじゃないか」
「………」
「確かに『ミコト様』とかいう女は危険人物だね。正体が分らない。どんなマテリアを使ったら『体内の心臓だけ』に攻撃できるのか……。それがまだ分かってないんだから……」

 言葉を切って息を吐く。

「でも……だからこそ、中途半端の腕しか持ってない隊員じゃ、この任務には就けられない。むざむざ死なせてしまう結果になりかねないからね。でも……バルト中尉なら……もしかしたら……」
「だけど!だからって一人で『ミコト様』探しなんて…。それに、よしんば『ミコト様』を探し当てられたとしたら、バルト中尉はどうなるんです?無事で済むと思うんですか!?」

「…恐らく……そうは……ならないでしょう……」

 それまで黙っていたリーブが口を開いた。
 シェルクは重く、打ち沈んだリーブの言葉に、言葉を失った。


『なにか……隠してる…』


 リーブの態度。
 そして、落ち着いているシャルアに、二人が自分に何か隠してると直感した。
 しかし、だからと言ってそれを聞き出すのは……不可能だと言う事も悟った。
 恐らく……、恐らく二人が自分に隠している事は、『他の英雄達と隊員達』にも隠している事だと思える。
 そうでなかったら、中尉の従兄妹達が黙っているはずない。

 そこまで考えたシェルクは、プライアデスが『シークレットミッション』について話を聞いているのか疑問に思った。
 が、その疑問にすぐ答えが浮かび上がる。

 何も……知らされてない……。
 恐らく、これっぽっちも、『シークレットミッション』については聞かされてないだろう。
 グリート達がもっとも危険な任務に就いているという事も…。
 シュリを筆頭に『星のツボ』を巡って『刺激』するという内容も…。
 更には、その『星のツボ』にはティファを襲ったものよりもはるかに超越した力を持っている『シャドウ』が襲撃をかけてくる…ということも……。

 なに一つ……。

 そこまでして『彼』に話しをしない理由が分らない。
 そして…。
 どうしてそんなに頑なに『警戒』しているのか……。
 まるで、プライアデスが……。


『スパイだと疑ってるみたいな……態度…』


 リーブとシャルアの態度を見て、漠然とシェルクは思った。
 しかし、彼が『スパイ』だとは当然思っていないし、リーブと姉だってそう思っているわけじゃないだろう。
 それなのに、そういう印象を強く受けたことが…不思議でならない。
 しっくりと来るのだ……『スパイ』という言葉が。


『スパイ……って、WROに抗う組織なんかこの星にないのに……』


 シェルクは脳裏に浮かんだ『スパイ』という三文字を必死に掻き消そうとした。
 しかし、意識すればするほど、WROの局長と科学者がプライアデスを『スパイ』として警戒してる……。
 そう思えてならなかったのだった…。





『ミコト様』
 その存在は、エッジのみならずこの星で有名になりつつある。
 表の世界ではなく…『裏』の世界で……。
 彼女が真っ黒なフードに身を包み、忽然と姿を現すのは……エッジの入り組んだ路地裏。
 路地裏と表現されるにはいささか無理があるその『もう一つの街の姿』は、一般人が想像している以上に広く…大きい。
 ここに何も知らない人間が足を踏み入れたら……。
 五体満足で翌日の朝日を見ることは出来ない。
 そう……言われている。

 ここまで『裏社会』が蔓延る(はびこる)のを、WROはただ手をこまねいて傍観していたのではない。
 しかし、つい数ヶ月前に起こった『オメガの事件』でそこまで手が回らなかったのだ。
 そうして、WROが全精力を上げてオメガにまつわる忌まわしいものを排除すべく奮闘していた間、闇の世界は急成長を遂げた。
 今、もしもWROが足を踏み入れたら……WROの組織そのものが危うくなってしまう……それほどの…巨大組織。
 かつての神羅のような……その力に、リーブが気付いたのは奇しくも『ミコト様』の一件が耳に入った三ヶ月前だった。

 リーブは……愕然とした。
 かつての神羅のように表立って権力を振りかざす事無く、その力でもってジワジワと人々を少しずつ侵食しているその組織に。


 小さな村で、友達と遊んでいた子供達が忽然と姿を消した。

 恋人を待っていたうら若い女性が、街中で声をかけてきた若い美男子に相談を持ちかけられて……『少しだけなら…』と着いて行ってしまって……戻らない。

 仕事帰りに家で待っているであろう新妻に贈り物を買うべく立ち寄った花屋で花束を買った青年が、突然数人の人間に囲まれたかと思うと……その人間達と共にあっという間に姿を消した。
 それを見るものは…誰もいなかった。
 もうすっかり日が暮れて見通しが悪かった事と、その花屋が街の中心から外れた所にあったので、人通りが少なかった。

 更には、『ちょっとご近所さんにおかずをお裾分けしてくるね!』小さな子供達に夕食を食べてるように言いながら出て行った母親が……帰って来なかった。


 これらの事件は、全て星のいたるところで発生している。
 その数は…半端ではない。
 日々、各地に駐屯しているWROの隊員へ、家族が…恋人が…友人が悲痛な声で訴える。
 今では、隊員達の仕事と言えば行方不明の人々を捜索することのみ…。
 他の事に手が回らなくなってきつつある。

 そうして…。
 行方不明の人々が発見されるのは……。

 その村や町、街の華やいでいる部分の裏側に属する場所が多かった。


 ある者は、ただ眠っており…。
 またある者は、恐怖に身体を震わせて正気を失っていた…。

 そのどの『被害者』達に共通しているのは……。


 無傷であること。

 友人や家族が知らない『もう一つの顔』を持っていること。

 そして何よりも、その『もう一つの顔』に非常に縁深い人間が……。



 同じ様に正気を失っていること。



 もう…ただの『失踪事件』とも『不慮の病死』とも『事故に巻き込まれた可能性が……』などという『世間向けの言い訳』が通用しなくなっている。
 WROが出来る事は、『失踪した挙句、精神に大きな傷を負った状態で発見された被害者』の家族や友人、恋人の嘆きを聞くこと。
 そして、裏通りを捜索すること。
 なにより、自分達がその得体の知れない『モノ』に命を奪われないように注意しつつ、情報を集めること。

 たったこれだけ。
 しかし、たったこれだけということが、隊員達の心を確実に弱らせていた。
 毎日毎日、路地裏へ足を踏み入れ、腐ったような臭気に嘔気を押さえ込み、歯を食いしばって『ミコト様』という『被害者が生前口にしていた謎の女』について情報を集める。
 捜索を始めた当初、路地裏に住んでいる荒くれ者達を相手に情報を集めることは困難だった。
 だが、今ではその荒くれ者達も今では大半が『ミコト様』に恐怖心を抱いている。
 彼らの口が硬く閉ざされることはなかったが、開いたとしても大した情報はない。
 ガッカリして駐屯所に戻る途中……新たな『加害者』を発見することが珍しくなくなっていた。

『ミコト様という預言者はエッジの路地裏深くにいる』
『ミコト様って……魔術師みたいだぞ?』
『いやいや、なんでも凄い力を持ったバケモノみたいな女で、誰の願いでも叶えてくれるらしい。その代わり、その願いの代償として『魂』を吸い取られるんだ』
『俺が聞いた話だと、すっげぇ優しい女だってことだなぁ。路地裏で襲われそうになった若い女を助けたらしいから。ただ、その助け方が……ちょっとなぁ…。ガタイの良い男の売人五人を……その……『人間の力とは思えない力』で吹っ飛ばして……とか…なんとか…』
『俺は知り合いがエッジの路地裏にある一つの組織から逃げてきたんだがよ。もうその組織も今頃ないんじゃないのか?あん?なんでかって…そりゃ、『ミコト様』の逆鱗に触れたからよ。『ミコト様』に約束した『モノ』を献上しないで願いだけ叶えてもらおうとしたのがバレたんだ。『ミコト様』は何でも願いを叶えてくれる『神様』みたいな女だけど……でも、あれを『神様』にしたらこの世に『神』は存在しないね。願いを叶える為に『心』と『魂』を要求する奴なんか…神じゃねぇ……』

 このように、エッジから遠く離れた村や町、街にまで彼女の名前が『裏の人間』に広まっている。
 そして……確実に恐怖を植えつけているのだ。
 エッジにいくつかある小さな裏組織から逃げ出した人間からの情報が、入り乱れて混乱を招いているらしかった。
 しかし、それらの様々な情報から分かることは二つ。

 一つは、彼女が姿を現すのは必ず『エッジの路地裏奥深く』ということ。
 それ以外の場所で、彼女を見た者はいない。
 そして更にもう一つは…。


 このまま、『ミコト様』なる女を野放しに出来ない。


 あと数日したら発行されるWROの広報誌に、リーブはその事実を載せるつもりではいる。
 そうすることで、一人一人に危険に備えて心構えを持ってもらうためだ。
 だが……。
 そんな悠長な事を言ってる場合ではない。
 とうとう、『変死体』が発見…いや、目撃されたのだから。
 しかも……考えられない死に方で。

 その『被害者』が亡くなったのは、彼自身の誕生日パーティーの最中。
 彼の家族と友人達に囲まれて幸せな時間。
 その幸せな時間を味わっている彼に、突如、これまで味わった事のない激痛が襲った。
 テーブルの料理をひっくり返しながら胸を押さえて悶絶し、床を転げまわって苦しむ彼に、家族と友人はギョッとし、慌てふためいて救急車を呼んだ。
 が…。
 到着した時には彼は絶命していた。

 彼の死に様を泣き伏す家族と友人から聞いた救急隊員は、すぐにWROに連絡。
『変死』ということで検死することとなった。
 その結果、検視医が失神すると言う前代未聞の出来事をに至った次第である。



「リーブ……。もしかして、『路地裏の闇組織』のリーダーが『ミコト様』だと考えてるんじゃないですか」


 シェルクの言葉は質問ではなく……確認。
 リーブは……否定しなかった……。

「なんで……バルト中尉がアイリにかかりきりで看病することがそんなに『隊員』としての心構えに欠ける行為だったんですか?一人で…そんな得体の知れない『敵』に向かわせるなんて!」
 再び怒りで声を荒げるシェルクに、WROの局長が答える事はなかった…。



「局長…」
「……なんです?」
 あの後。
 業を煮やしたシェルクは、姉の制止も振り切って荒々しく局長室から出て行った。
 嵐が去ってシン…と静まり返った局長室にて、シャルアが声をかける。
 疲れ切った様子で机に両肘を着き、組んだ手に額を乗せて顔を伏せていたリーブの前に、コトリ…とブランデーの入ったグラスを置く。
 僅かに顔を上げて、リーブは部下に謝辞を述べた。

「仕方ないって…局長がバルト中尉に下した命令…私はそう思うよ。あんな話を聞いた後なんだから」
「……ありがとうございます」

 自嘲気味に笑い、シャルアの入れてくれたブランデーを一口啜る。
 アルコール独特の熱を喉の奥に流し込むことによって、胃がカーッと熱くなる。

 ほぉっ……。

 熱い息を吐き出してリーブは同じ様にグラスを傾けたシャルアを見た。



 ― 『忌み子』とは…見た目で判断出来ないものなんですか? ―
 ― 絶対…というわけではありませんが、あまり見かけない容貌をしている人が多いかと… ―
 ― ……それって…アンタが強引に『バルト中尉』を自分の任務に同行させたこととなんか繋がりがあるのかい? ―
 ― 流石、シャルア博士。察しがいいですね。ただ、申し訳ないのですがあると言えばあるし……ないと言えばありません。ただ… ―
 ― ただ…何です? ―
 ― 局長。今回の事だけで彼が『そうではない』という確信も得られませんでした。何しろ、予定外のアクシデントがありましたからね ―
 ― ですが……彼はこれまで、本当に人の為に尽力してくれてました!キミの思い過ごしでは……? ―
 ― それを俺自身も望んでます ―
 ― …そうかい…。アンタも……中尉の事、気に入ってるんだね ―
 ― ま、他の隊員に比べたら非常に扱いやすいですし ―
 ― まったく、キミという人は… ―
 ― ですから、お願いします。今回の『シークレットミッション』はバルト中尉には絶対に漏れないようにして下さい。もしもバレたら、彼は必ず着いてくることを望みます。そうなった時…万が一、彼が『忌み子』だと、俺がしようとしていることが全て逆手に取られて逆に星の寿命を縮めてしまう… ―
 ― ……… ―
 ― 分かりました。絶対に言いませんし、彼がもしも復帰を希望しても…キミ達とは別の任務に就けるようにしましょう ―
 ― ありがとうございます ―
 ― 良いかい?無理すんじゃないよ ―
 ― ええ。最後までちゃんとやり遂げるためにも…ね ―
 ― ………シュリ… ―


 それは。
 ミッションが始まるほんの数時間前に交わされた、三人だけの秘密の会話だった。





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