かつて壮大な神殿が建っていたそこには、それがあったという証のように巨大な穴が穿たれている状態だった。 Fairy tail of The World 26飛空挺からのライトに照らされたそこを、英雄達は複雑な表情で、そしてWROに所属する隊員は厳粛な面持ちで見つめた。 深夜。 飛空挺からのライトがいくら明るく周囲を照らしているからと言って、不気味な雰囲気を払拭させることは出来ない。 鬱蒼たる森林の影に突如として現れるその巨大な穴。 隊員達と英雄達は何とも言えないまま顔を見合わせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。 そんなシークレットミッションメンバーに囲まれるようにしてその穴をぼんやり見つめていたシュリは、フラリとその穴に身を躍らせた。 誰も止める間もない。 『あ!!』と声を上げる暇すらない。 フラリと宙に投げ出したその身体は、まるで羽根のように穴の底にフワリと舞い降りた。 そして…。 昨日のように…。 無防備にその身を空(くう)に晒す。 全てを捧げるように…。 持っているものの全てを……捨て去るように…。 そっと開かれたその腕(かいな)。 目を静かに閉じて宙(そら)を仰ぐその姿は…まるで……。 己が身を進物にする………贄(にえ)のようだ。 「このまま……死なせたりしない…」 女性隊員のその呟きは、ナナキはギョッと身を竦ませた。 耳の良いナナキにしか聞かれなかったその呟きを残し、躊躇う事無くラナは身を躍らせる。 その大胆な行動に、残されたメンバーは目を剥いた。 慌ててその後に続こうとするのを押し止めたのは、他でもないラナの実兄。 大きく両腕を広げて穴に飛び込むのを阻み、ゆっくりと頭(かぶり)を振る。 その兄妹の行動にメンバーは眦を吊り上げたが、グリートは断固としてその場を譲らなかった。 「さ、シュリ大佐の傍を守るのはラナに任せて俺達は俺達のすべきことをしましょ?」 陽気な口調に見え隠れする真剣な思い。 誰もがその青年に言葉を無くす。 青年と女性の上司であるはずのデナリでさえも言葉を失って……気を呑まれる。 「では、私は反対側につこう」 最初に言葉を発し、行動したのはヴィンセント。 言うが早いか軽やかにその場を離れ、言った通りの場所に向かう。 「じゃ、アタシも〜」 ウータイ産の忍も明るくそう言うと、寡黙な仲間の後に続いた。 しかし、どこまでも納得しないまま苦い表情をしているのは……デナリ、シド、バレットのオヤジ組み。 自分もシュリの傍で守りたい…! その思いが強くその瞳から訴えている。 しかし、頑としてグリートはその場を譲らなかった。 「皆さんまで降りてしまったら、上からの攻撃とかいざと言う時、咄嗟に身動き取れなくて一網打尽にされちゃいます。だから、大佐の傍らにいるのはラナだけに……」 そう言って、まだ納得していない上司と英雄に頭を深々と下げた。 「お願いします」 オヤジ組みは……そこまでしてラナのみをシュリの傍に置こうとするグリートに納得できないものを感じつつ、結局は来るべき敵に備えて配置につくことにした。 『思い上がるな』とも、『己の立場を考えろ!!』とも罵倒せず、ただただ黙って従ってくれた英雄と上司に、グリートは少しだけホッと緊張を解くと、改めて頭を下げた。 視線を穴の底に落とすと…。 シュリは術を始めていた。 ユラユラ揺れ、エメラレルドグリーンに輝く……ライフストリーム。 極上の絹で造られたヴェールのようにユラユラと立ち上るその幻想的な光景に立ち会うのは二度目だが、やはり目を奪われる。 シエラ号からのライトに若干その輝きが薄らいで見えるものの、それでも周りは漆黒の闇。 エメラルドグリーンの輝きは…際立って美しい。 そして、そのヴェールに包まれるようにして佇む青年も…。 ラナはそのヴェールには触れない位置で佇み、辺りを警戒していた。 銃は既に繊手に握られ、いつでも発砲出来るようになっている。 ヴィンセント、ユフィ、シド、そしてグリートにデナリも既に己の武器を構えていた。 やや遅れてバレットが義手を叩く。 チラチラとエメラルドグリーンのヴェールに包まれた青年を見やりながら、漆黒の闇を警戒する。 『シャドウ』がどこから襲ってくるのかが分からない。 どれ程の時間が経っただろう…。 ジットリと湿った風が身を包む。 汗が滴り落ちる。 そのくせ……寒い。 湿った空気に包まれているのに身体が言いようのない冷気に震えているという異変に最初に気づいたのはヴィンセントだった。 ゾクリ…!! 言葉に出来ないような…感触が背筋を走り抜ける。 咄嗟にヴィンセントは後方を見た。 正しくは…その下方を。 シュリを! 「!?」 半瞬。 身体が強張る。 次いで、ヴィンセントは大穴に身を躍らせた。 仲間達が驚いて赤いマントを翻した仲間を見る。 そして自然にその落下する仲間の行く先を見て愕然とした。 夜の闇の溶け込むようにして『そこに在る』漆黒の……影。 どのようにして『闇』がそこにやって来たのか……現れたのか吟味する暇などない。 ヴィンセントの赤い瞳に苛立ちと焦燥感が宿る。 その瞳がシュリに向けられた瞬間と、『闇』に向かってWROの女性隊員がトリガーを引いたのは同時だった。 『闇』とシュリの間に立ちはだかるように身を躍らせ、立て続けに発砲する。 自然と、ラナの身体もエメラルドグリーンのヴェールに包まれる。 乾いた銃声の音が夜気に響く。 一発でない。 幾つもの銃声はラナとヴィンセント、そしてラナの兄から発せられたもの。 ヴィンセントはギリリと奥歯をかみ締めながら、落下しつつ発砲を続けた。 『確実に…巨大になっている…!』 昨日退治した時よりも手強く…その力を増している『敵』を目の前に、戦慄が全身を走り抜ける。 だが、怯むわけにはいかない! 視線を転じなくとも、後方では無防備な姿を晒して『星を覗いている』シュリがいるのを感じる。 そして、そんな彼を守ろうと身を張る女性がいることも…。 振り返らず…。 その『闇』以外を視界に映すことを許さないまま、ヴィンセントは発砲し続けた。 仲間達が自分の周りに集まる頼もしい気配を感じながら…。 ドンドンドン!!!! 夜気に響き渡る済んだ音。 空気を切り裂くその銃声と、獣の殺気が入り混じって大気を澱ませる。 ヴィンセントはもとより、他の仲間達も一斉に『闇』に向かって攻撃を仕掛けていた。 ただ一人…。 ラナだけが脱力したように地面にへたり込んでいる。 いつの間にか、エメラルドグリーンのヴェールから離れた所にしゃがみ込んでいる。 先ほどまで強く握られていた銃が、力なく膝の上に転がっていた。 明らかに様子がおかしい。 しかし、それにかまってやれるだけの余裕がない。 視界の端に土気色をして呆然としている女性隊員を認めながら、その場の全員が『シャドウ』を退治すべく必死になっていた。 彼女の実兄であるグリートですら、放心状態の妹の傍らに駆け寄っただけで『シャドウ』への攻撃を緩めない。 それだけの余裕がないのだ。 気を抜けば、『シャドウ』に切り裂かれそうになる。 眉間には深いしわが刻まれ、『シャドウ』に対して激しい怒りと嫌悪が現れていた。 まるで、自分の妹が『シャドウ』に汚されたかのような……そんな憎悪。 仲間達は一瞬、ラナが『シャドウ』の攻撃を受けたのかと思い、血の気が引いた。 だがしかし、ラナは『シャドウ』に髪一筋ほども汚されていない。 今のところは…まだ。 だが…。 「おいこら、嬢ちゃん!!」 「しっかりしやがれ!!」 ボーっと虚ろな目をして座り込むラナに、シドとバレットが焦燥感も露わに駆け寄り、声をかけ、腕を掴む。 しかし、ラナは身動き一つしない。 虚ろな目をしてぼんやりしているだけだ。 傍らでは実兄が休む暇なく撃ち続けていた。 妹に『英雄』が駆け寄ってくれた事でますます『シャドウ』への攻撃に力が入る。 しかし…。 「危ない!!」 夜気を引き裂くようなユフィの叫び声に、シドとバレットは振り返った。 眼前に迫っている『闇』にギョッと目を見開く。 「ゲッ!!」「うおっ!!」 顔面すれすれを『シャドウ』の爪が伸びる。 バレットとシドの全身からドッと汗が噴き出す。 シャドウはクルリと方向転換すると、慌てて義手を構えたバレットに目的を変更したらしい。 脇目も振らずに突進し、構え終わらないバレットに向かって牙を突きたてた。 「「「「バレット!!!」」」」 幾つもの銃声と仲間の悲鳴。 だが、不幸中の幸い。 『シャドウ』の牙はバレットの義手を噛んだだけだった。 「くっ、この野郎ー!」 ブンッ!! 大きく腕を振り上げ、義手に喰らいついている『シャドウ』を振り払う。 同時にヴィンセントとデナリ、グリートの撃った弾が『シャドウ』にヒットした。 くぐもった唸り声を上げ、漆黒の巨体が宙に放り投げ出される。 その瞬間、バレットの腕に激痛が走った。 『シャドウ』が義手から口を離さなかった為、義手がもぎ取られたのだ。 「バレットさん!!」 腕を押さえて蹲るバレットにグリートが駆け寄り、崩れそうになる身体を支える。 額に脂汗を浮かべながら、バレットはそんなグリートを押しのけた。 「お、俺…のことは…良いから!…お前は妹の事、心配してろ!」 その言葉を言い終わらない間に、ゴトン…という音がしたかと思うと、バレットの義手が地面に落とされる。 そして、獰猛な赤い瞳に殺気を漲らせて『シャドウ』が再び突進してきた。 「こんのーー!!!!」 ユフィが怒りを込めて自慢の最強武器、『不倶戴天』を投げつける。 空を引き裂く鋭い音を上げながら、『不倶戴天』が突進する『シャドウ』に突き刺さる…。 かに見えた…。 バシッ!!! 「いっ!?」「うわっ!!」「ゲッ!」「なっ!?」 『シャドウ』の尾の一振りで『不倶戴天』はあっけなく弾き飛ばされ、その針路を強制変更されてしまった。 方向を変えた『不倶戴天』は、持ち主目掛けて矢のように飛ぶ。 「ユフィ!!」 ナナキが自慢の脚で駆けつけ、ユフィの襟首を咥えて地面に引き摺り下ろす。 間一髪。 半瞬前まで頭があった場所を『不倶戴天』が唸りをあげながら飛んでいき、はるか彼方にある岩肌に深く突き刺さった。 その圧倒的な力とユフィの危機に全員の肝が冷える。 バクバクと激しく心臓が打ち付ける。 ユフィは肩で息をしながら同じく息を切らしているナナキに「あ、あんがと…」と震える声で謝意を伝える。 フルフルと首を振りそれに応えた赤い獣は、キッと『シャドウ』に視線を戻す。 視線の先では、ユラユラとエメラルドグリーンに揺らめく光のヴェールと言う幻想的な光景と、仲間達が必死に戦っている現実が混在していた。 非現実的な目の前の状況に眩暈がする。 だが、放心している場合ではない。 ナナキとユフィは、再び闘いに舞い戻った。 『シャドウ』との闘いが始まってから数分か…それとも数時間が経つのか。 時間の感覚が完全に狂う。 そんな苦戦を強いられているメンバー達は、いつしか『敵』が昨日とは違う事に気付いた。 引き締まった闇の体躯が巨大になっていることではない。 能力が格段に上がっている事でもない。 「おい、一体どうなってんだ!?」 「嬢ちゃん、しっかりしろ!!」 「何故、彼女が標的になってるんだ!?」 そう。 昨日はシュリ一人を狙い、他は取るに足りない存在と言わんばかりだった『シャドウ』が、何故かラナを標的にしている。 ラナは未だ、原因は不明だが放心状態でぼんやりと宙を見つめている。 まるで…その表情は…。 「こんな……こんなのってよ、魔晄中毒患者みてぇじゃねえか…!」 武器を失ったバレットが、片腕で彼女の身体を包み込んで庇いながら悲鳴のような声を上げる。 虚ろな瞳はクラウドやシェルク、アイリのような色はしていない。 だが、表情が…アイリと重なる。 仲間達はバレットの言葉に顔を引き攣らせ、ある者はビクリと身体を震わせた。 しかし、実兄であるグリートだけは『シャドウ』を睨みつけ、攻撃の手を緩めない。 妹の傍を片時も離れず、攻撃する青年の姿に兄妹の上司とヴィンセントがハッと目を見開いた。 一つの事実が脳裏に浮かぶ。 しかし、今はその真偽について問いただす余裕は微塵もない。 投げかけたい疑問をグッと飲み込み、二人は再び『闇』を睨みつけた。 ユラリ…。 どれほどの時が経っただろう。 その変化は突然だった。 それまでエメラルドグリーンの光は一定の空間のみを漂っていただけだった。 それが急に動きを変化させたのだ。 ユラユラと波のように揺れていたヴェールが、さながら噴水のように地面からあふれ出す。 眩しいその光に、攻撃していた英雄達は思わずその手を止め、目を覆う。 ヴィンセントは目を細め、顔を顰めながら必死に『シャドウ』への攻撃を続けようとした。 しかし、『シャドウ』までもが動きを止め、まるで怯えたように光を見上げている姿に息を飲む。 『シャドウ』が怯えている!? ヴィンセントの驚愕は一瞬という刹那の時だけだった。 何故なら、神殿跡地上空で止まったかと思うと、一斉に『シャドウ』目掛けて急降下したからだ。 まさに『急降下』という表現が相応しい。 『『光陰矢のごとし』って本当なんだななぁ…』 などと、ユフィがズレた事を感じるほどの劇的な変化。 『闇の化身』である『シャドウ』が耳障りな悲鳴を上げ、空中で大きく身を捩じらせる。 そして…。 昨日同様、黒い光の粒子になって霧散した。 残されたのは、呆然とその変化を見つめる英雄達。 そして…。 「…何故…」 英雄達以上に驚いているシュリ。 その漆黒の瞳が驚愕に見開かれているのを見て、今の『攻撃』がシュリの意志ではないことを知る。 英雄達が何か言おうと口を開いたが、誰かが言葉を発する前に更にその場の状況が変化した。 『シャドウ』を攻撃したエメラルドグリーンの光がユラユラと揺れ、一箇所に集まり始めた。 それはあっという間に『ある形』になって…。 「みんな…久しぶり!」 現れたその『人物達』に、英雄達は目を見開いた。 最期に見た時と同じ様な穏やかな笑みを浮かべた彼女と、彼女の肩を抱くようにして悪戯っぽく笑っている青年の姿。 エアリスとザックスの登場。 その衝撃過ぎる出来事に、深夜の『神殿跡地』に英雄達の驚きの声が響き渡った。 |