忘れる事など出来ない大切な仲間の微笑みに、英雄達はあんぐりと口を開けた。 Fairy tail of The World 27ほんのりとエメラルドグリーンに淡く輝きながら微笑むエアリスとザックスに、二人がやはり故人であるのだとグリートとデナリはぼんやりと思った。 目の前の出来事があまりに非現実的過ぎて頭が付いていけない。 そしてそれは、驚き固まっている英雄達も同じなのだが…。 いや、英雄達の方が混乱している…。 「な、な…」 「『なんで』って言いたいの、ユフィ?」 「そ、そ…」 「『そんなの当たり前だ』って言いたいんだろうなぁ……ナナキだっけ?」 「ど、ど…」 「『どうして知ってる』かな、シド?」 先ほどからたった一文字しか口に出来ず、口をパクパクさせている英雄と言葉もなく呆然としている英雄。 そのどちらかにスッパリと分かれていた。 そして、そんな仲間達に『故人』となっているはずの『親友』で『仲間』の二人は悪戯っぽく…明るく笑ってそれらの反応を楽しんでいる……ようにしか見えない。 「って言うか、本当にエアリスだよね!?」 ブブブブン! 大きく頭を振って混乱している気持ちを振り払い、目の前の事だけに意識を向けようとしたのか…。 ユフィが大声を上げた。 仲間達がその大声にビクッとして仰け反り、グリートとデナリがギョッと目を見開き、そして。 「うん」 満面の笑みで頷く花のような女性(ひと)。 ブルリ…。 身体を震わせ…、涙を目に一杯溜めて……。 「エアリスー!!」 感極まって彼女の名を呼びながら駆け出すユフィ。 それに続くナナキと男泣きをするシドとバレット。 驚きながらも優しい目をしているヴィンセント。 その光景にデナリの涙腺がつい緩みそうになる。 が……。 「ストーップ!」 「へ?」 感動の再会に水を差したのは他でもないエアリスその人で。 必死の形相で両手を前に突き出し、ユフィが駆け寄ろうとするのを止める。 まるで……コントのようなその行動に全員の…いや、ラナとシュリ以外の全員がキョトンとする。 エアリスとザックスは顔を見合わせて苦笑すると、 「ほら、私達には触れないから…」 「そのままの勢いで飛びついたら通り抜けて転んで怪我するぞ」 残念そうにそう言った。 「え……通り抜けて……って……」 その言葉にショックを受けたのか、ユフィがフラフラと二人に近寄り、震える手をそっとエアリスに向けて伸ばした。 「あ………」 ユフィの手は、エアリスの頬を通り抜けて……向こう側に突き出してしまった。 しかも、近付くと彼女とザックスが半分透けている事に気が付いた。 「エアリス……」 新たな涙がユフィの目に浮かぶ。 しかし、それを拭おうと反射的に伸ばしたエアリスの手もまた、ユフィの身体の中に吸い込まれるようにして通り抜けてしまった。 複雑な思いが胸を占める。 エアリスの微笑みをこうして再び会えて喜びが胸に一杯だったのに。 エアリスの声をこうしてもう一度聞けたことで本当に…本当に嬉しくて仕方なかったのに。 やはりエアリスは……『故人』なのだ…。 でも…! 袖でグシグシと涙を拭くと、ユフィはニッカリと笑った。 「でもやっぱり、こうして会えてスッゴク嬉しい!!!」 ね!! そう言って、仲間を振り返ったお元気娘に、仲間達は破顔した。 曇っていたエアリスとザックスの表情が明るくなる。 久しぶりに心の奥底から明るい気持ちが湧きあがる。 大きく頷きながら、やはり目元を潤ませて巨漢が鼻を啜った。 それをからかうようにニッと笑ってくるシドの目も心なしか潤んでいる。 「私も…本当に皆に会えて嬉しい。それで、みんなに紹介したいんだけど…」 「ザックス…だな」 エアリスがザックスを振り仰いで紹介しようとした時、それまで黙って微笑んでいただけのヴィンセントが口を開いた。 ザックスとエアリスが軽く目を見開く。 「ああ、ザックスだろ?」 「クラウドの野郎から『親友』で『命の恩人だ』って言ってたからな!」 シドとバレットが快活にそう言った。 その言葉に、ザックスは目を丸くしたが、 「そっか……アイツが…」 本当に嬉しそうに破顔した。 ナナキが軽快な足取りでやって来ると、隻眼を細めて二人を見上げた。 「どんな姿になっててもやっぱりおいら、嬉しいよ!これからも一緒にいられるの?」 この言葉に、エアリスとザックスから笑顔が消え、真剣な顔になった。 二人の表情に仲間達の顔が不安で曇る。 「それは……」 「アイツ次第だな」 そう言ってそれまで一言も口を挟まなかったシュリに二人が顔を向けた。 英雄達は驚いて短く声を上げ、二人に倣ってシュリを見る。 皆の視線に曝される今回の作戦のリーダーは、これまで誰も見たこともない冷たい目をして二人を見つめていた。 その表情に……英雄達が息を飲む。 シュリは…。 ゆっくりと二人に歩み寄った。 「言ったはず…。俺は誰も『召喚獣もどき』にするつもりはない」 「「「「「「召喚獣もどきーー!?!?」」」」」 深夜の『神殿跡地』に幾度目かの大声が響く。 こうして目の前に故人が姿を現したことだけでも十分過ぎるほど衝撃的なのに、それに加えてシュリの発言は皆の頭を大混乱の渦に巻き込んだ。 そのあまりの内容に頭が全く付いていけない。 そんな混乱只中にある皆を尻目に、シュリはエアリスとザックス二人と真っ向から睨みあった。 「あのな、ハッキリ言ってもうお前、限界だろうが?」 「そうよ。それに、私達だってこの星の一部なのよ?出来る事はなんだってしたいって思うのが当然じゃない?」 腕を組んで斜に構えるザックスと一緒に説得するエアリスに、シュリは冷ややかな目を向けるだけだ。 「俺の部下に余計な事を吹き込んだのは…あんた達か……」 押し殺した低い声でそう言うシュリに、二人は気まずそうに顔を顰めた。 「まぁな…。だって、お前は絶対に『俺達を呼ばない』だろ?」 「私達、あなたに何度も話しかけたのに、全然聞く耳もってくれなかったじゃない…」 気まずそうなままそう言ったザックスとエアリスの言葉に、その場のメンバーが目を剥いてシュリを見る。 対するシュリは冷ややかな眼差しの中に怒りを込めて二人を睨みつけていた。 「彼女が『シャドウ』の標的になることが分かってて……か?」 シュリの追求にザックスとエアリスは一瞬言葉に詰まったが、真っ直ぐシュリを見返すとコックリ頷いた。 もう…数え切れない程の驚愕の事実に、英雄とデナリは目がこぼれんばかりになっている。(勿論、ヴィンセントは別) しかし、グリートは落ち着いた静かな表情でその場を見守っていた。 青年のその姿に、漸くシド、バレット、デナリ……その他のメンバーは、グリートが何故ラナ一人をシュリの傍に置くよう望んだのか悟った。 理由は良く分からないが、恐らくシュリの傍にいることでエアリスとザックスをライフストリームから呼び出せたのだろう。 そして、自分達が傍にいることで『二人』を呼び出すのに何らかの障害があったのだ…。 静かな瞳に怒りを宿して睨んでいるシュリを、グリートが黙ったままジッと見つめている。 その姿にヴィンセントは、昨日…正確には既に一昨日になるのだが…その事を思い出した。 傷を負って昏々と眠るシュリの傍に、ラナが兄だけを引き止めて部屋に止まった事を…。 恐らく、その間に二人でかなり話し合ったはずだ。 お調子者で妹に押され気味に見えるグリートが、本当は妹を心から大切にしているのだと少し一緒にいただけでも十分過ぎるほど伝わってくる。 そのグリートが妹の身を危険に曝してまでエアリスとザックスを呼び出す作戦に同意したのだ。 静かに『二人』と睨みあっているシュリを見つめているが、内心はどれほど荒れ狂っているだろう…? 恐らく、ラナがその身を賭けて『二人』を呼び出したのだから、エアリスとザックスの申し出を拒む事は絶対に許さないと思っているはずだ。 それを微塵も出さず、ただ黙って行く末を見守っている青年に、ヴィンセントは内心で舌を巻いた。 「まぁ、ラナを巻き込んだのは悪かった」 「えぇ……なんの『力』もないのに『術士』の真似事させちゃって…」 『『『『術士???』』』』 エアリスの発した耳慣れない言葉に、全員が首を傾げる。 だが、誰も三人の会話を遮るというバカなことはしなかった。 「それが分かってるなら、大人しく還って下さい。これ以上この状態を続けているとノーブル准尉の命に関わる」 シュリの鋭い非難の言葉にその場の面々はギョッとし、身を振るわせた。 ガバッと自我を失ってボーっとしている彼女を見る。 兄に抱き支えられているラナは、虚ろな瞳はいまだ視点が定まらず、魂が抜け出ているかのようだ…。 いや、実際そういう状態なのだろう。 そして、その状態からラナが元に戻る為にはエアリスとザックスが再びライフストリームに戻るしかないのだ。 いや……。 そうじゃない。 「シュリ、何故二人の提案を拒む?理由はなんだ?」 それまで黙っていたヴィンセントが初めて口を開いた。 英雄達とデナリの視線がヴィンセントとシュリ、そしてエアリスとザックスの間を忙しく彷徨う。 シュリはグッと言葉に詰まり、そのままフイッと視線を逸らして黙り込んだ。 これまで、そんな風に黙り込んだりごまかしたりした事のない青年の態度に、皆の表情が困惑で彩られる。 普通、こんなにも緊迫した内容の話にこんな態度を取られると、立腹してもおかしくない。 それなのに、誰も腹を立てなかった。 気の短いバレットですら、義手を失って痛む腕を押さえながら、おどおどとシュリとヴィンセント、エアリス達を見比べている。 ただ単に、目の前で繰り広げられている問答についていけていないだけなのかもしれないが…。 「シュリ、悪いけど悩んでる暇、ないんだぜ?」 「私達は…このまま還るつもりはないわ」 重みのあるその声音に、シュリはキッと二人を睨みつけた。 エアリスとザックスは目を逸らさない。 逸らしたのは……またもやシュリ。 唇を噛んで忌々しそうに顔を背ける。 僅かに…。 そう、ほんの僅かだけ、青年の頑なな意志が崩れようとしている。 もう……あと一押しで…。 「シュリ…。俺達は…ずっと見てきたんだ。星の中から…」 「今、どんな状況かちゃんと分かってる。シュリがどうして私達の…ううん、『星の申し出』を断り続けているのかも…」 『『『『『は!?』』』』』 もう、数え切れない衝撃の真実に、その場の人間はまたもや固まった。 頭がこれ以上ない程パンク状態で、まともに考える事が出来ない。 まるで、口の中に食べ物を一杯詰め込みすぎてまともに咀嚼出来ないのと同じだ。 咀嚼出来ないから飲み込めないのだ。 飲み込めないから……わけが分からない。 唯一つ、分かったことは…。 「お、おい…シュリよ。お前、今、星が大変な時だって……そう言ってたよな…?」 「………」 「もう…間に合わないかも…って……いや、もう既に『焼け石に水』かもしれない…って……言ってたよな?」 「………」 「それなのに………本当はまだ『打つ手があった』のか…?」 震える声で言及するシドに、シュリは顔を背けたまま答えない。 それが、肯定であると了解するのに時間など必要なく…。 大きく息を吸い込んでシドが怒鳴り声を上げようとした。 が、それを遮ったのは星の為に命を落とした『仲間』。 「シド…。気持ちは分かるけど、シュリを責めないで」 「…!でもよ!!」 「なぁ、おっさん。シュリがどうして星の提案を受け入れなかったのか知りたくないか?」 ニッと笑って自分を見るザックスに、「おっさんじゃねぇ!」と反論しながらも、当然、シュリが拒んだ理由には興味がある。 というか、知る権利をこの場にいる全員が持っているはずだ。 「よせ!!」 カッとなって顔を上げ、遮ろうとするシュリを無視してザックスは口を開いた。 「星が申し出てたのは、俺やエアリスのように、『一定以上の魂の力』を持つ人間を『召喚獣』のように使役すること」 「やめろ!!」 「だけど、バハムートやラムウみたいにマテリアを介して現れるには…時間がない。何しろ、マテリアの原石に自分の魂を込めて浸透させるのにはアホみたいに時間が必要だからな…」 「言うな!!」 「だから……。私達はシュリの魂と『契約』を結ぶの…」 「っ!!」 「そうすることで、俺達はたった今、『シャドウ』を斃したみたいな戦い方が出来る」 「でもね……そういう戦い方を繰り返すと……」 「俺達は……魂の力を使い果たして…消えるんだ」 大声を上げて二人の言葉幾度となく遮ろうとするシュリを無視し、ザックスとエアリスは静かに語り終えた。 静寂がその場の全員を包む。 エアリスとザックスの説明の途中では、シュリが何故頑なに拒むのか理由が分からなかった面々が、こんなに良い話はないのに…と、シュリに向かって非難の眼差しを突き刺していた。 しかし、最後の二人の言葉に……言葉を無くす。 そして、何故シュリが最後まで星の申し出を拒み続けたのかも…漸く理解した。 だから……拒んだのか…。 星に還った魂が……力ある魂がシュリの魂と契約を結び、シュリの武器となって『闇』と戦う。 そうすることで、契約を結んだ魂は……徐々に失われてしまうのだ。 サイアクの場合、最後には消えてしまう。 魂が消える。 それは文字通り『正真正銘の死』。 だから、シュリは拒み続けたのだ。 もしも…。 もしもサイアク、この星が『闇』に呑まれたとしても、死後の世界は存在する…星の中で。 だが、それは魂があってこそ! 魂がなくなったら……それは……本当の意味での消失……! 「ね?だからシュリを責めないで?」 静かにそう言ったエアリスに、誰が反論できようか!? そして……。 一体誰がシュリのような選択をしないと言えるだろう。 シドは…俯いた。 バレットも……ユフィも……ナナキも……ヴィンセントですら、何が正しいのか分からず…項垂れる。 しかし、WRO隊員の中将は違った。 シンと静まり返り、重苦しい空気が支配する中、そっとシュリに近寄って目の前で立ち止まる。 顔を伏せたまま唇をかみ締める部下にたった一言。 「シュリ大佐。命令だ、このお二人と契約を」 途端に、弾かれたように英雄達が顔を上げ、デナリに食って掛かった。 「おい…!!」 「なんて事言うのさ!!」 「そりゃ、星を救う為にとは分かってるがよぉ!いくらなんでも酷すぎねぇか!?」 「そうだよ!!エアリスとザックスはもう既に、星の為に一生懸命生きてきたんだ!それなのに、また星の戦いに巻き込んで、サイアク魂の存在すら亡くなるかもしれないだなんて!!そんなの……酷すぎるよ!!」 「俺は……俺は反対だ!!!」 「皆…落ち着いて…」 「みんなの気持ちはありがたいんだけどよぉ……でも、こうするしか……」 「もう一つ、方法があるじゃないですか」 喧々諤々と喚き散らしていた英雄達と、そんな英雄達を宥めていた故人が驚いてその声の主へ振り向く。 グリートは己を失ったままボーっとしているラナを大事そうに抱きかかえながら穏やかな顔をしていた。 「ラナがしたようなことを俺もしたら良いんですよ。そうしたら、最低でも残り一回のシークレットミッションは成功するでしょう?」 「な!?」 「それはダメよ!!」 「ノーブル中尉!なんて事を!!」 ギョッとして反対を猛然と口にする三人に、グリートは穏やかな眼差しで見返した。 「ラナと……妹と約束したんです。シュリ大佐はきっと、お二人の申し出を受け入れるを良しとしない。だから、そうなった時には俺が次に『マテリアの代わりにお二人の仲介人』になるって…」 「グリート!!」 「ダメだってば!!」 怒鳴り声を上げたのは、何故かザックスとエアリス。 シュリは言葉もなくギュッと拳を握り締めて佇んでいる。 何故、シュリには『星の申し出』をエアリスとザックスは勧めているのに、グリートとその妹のすることには反対なのだ? 皆の胸に新たな疑問が湧き起こる。 「大丈夫ですよ。仮に俺達の魂が食われそうになったとしても、まぁ、何とかなるでしょう?」 「「「「え……?」」」」 わざとおどけて明るくそう言ったグリートに皆は全くついていけない。 エアリスとザックスは困惑仕切りで、シュリに至っては言葉もない程の衝撃を受けている。 「俺もラナも知ってるんですよ、大佐。『お二人』から妹がしっかり聞いてますから。人にはそれぞれ『魂の持つ力』があって、それが強かったり弱かったりするって。俺達の……俺と妹の魂の力が『お二人』よりもうんと弱いから、もしも『お二人』と魂の契約を交わしたら、逆に時間が経てば経つほど……『お二人』を『命の世界』に呼び戻している間、契約を交わした俺達の魂が『お二人』に『食われてしまう』って……」 ああ…。 だから、シュリは拒んだのだ。 だから、エアリスとザックスは急いでシュリと『魂の契約』をする事を望んだのだ。 このまま二人が姿を保持して目の前にいる間、ラナはどんどん魂を『食われている状態』なのだ。 逆に、シュリと『二人』の場合は……。 シュリの方が『魂の力』は上なのだろう。 だから、シュリは『契約』する事を拒んでいるのだ。 それは…。 星の中に『自我が残っている数多の魂達』が『シュリの魂の力』に比べて弱いことを示唆しているではないか。 だからこそ、シュリは危険極まりない『シークレットミッション』なのに『無防備な姿を晒し』、英雄達に助力を求めるという手段しか選べなかった。 「……おめぇは……バカだなぁ……」 優しすぎる…。 あまりに優しくて……悲しい青年に、バレットが顔をくしゃくしゃにしてそう言った。 |