― 裏切り者! ―
 ― お前さえいなければ!! ―
 ― ねぇ、あの人を返して!! ―
 ― お母さん、どこ〜!? ―
 ― 痛いよぉ、苦しいよぉ!! ―
 ― あぁ…死にたい、死にたい…! ―
 ― 誰か、助けとくれ…私の孫が…! ―
 ― 寂しい…寂しい…… ―
 ― あ〜あ、くだらねぇ…、この世の中、みんなクソだ! ―
 ― なんで…アタシがこんな目に… ―
 ― イヤ、イヤーー!!!!助けて、助けてー!! ―
 ― 殺してやる…あいつらみんな殺してやる…!! ―


 ヤメテ…、コワレル…!!


 ― なぁ、アンタでも良いや、その身体…俺にくれよ ―
 ― 死にたくない…死にたくない!! ―
 ― なんで…アンタは生きてるの…!? ―
 ― 許せない……こんな不公平、認めない!! ―


 アァ…ヤメテ、アタマガ……ワレル…!!


 ― お前も死ねよ! ―
 ― 何で…私だけこんな目に…!? ―
 ― ねぇ、その身体…私に頂戴! ―


 ヤメテ!!ワタシノ、ナカニ、ハイッテ、コナイデ……!!



 パシンッ!!!!


 ― 大丈夫か!? ―

 え…?

 ― しっかり!! ―

 誰?

 ― なぁ、無理を承知で頼む! ―
 ― 私達を呼んで… ―

 え…?誰…?

 ― 早くしないと…シュリが…! ―
 ― シュリ君はもう…限界なの!一人じゃどうしようもないの! ―

 大佐が!?

 ― 頼むから…俺達を呼んで… ―
 ― そうしたら、私達は『力』になれるから… ―

 呼ぶ…?そしたら、大佐は……助かるの……?


 ― ああ。大丈夫だ。きっと、アイツは『見捨てられないから』 ―
 ― うん、優し過ぎるから… ―
 ― 俺達を呼ぶと…ちょっと苦しい思いをするけど…我慢してくれるか…?

 ええ、勿論!!

 ― ありがとう…。 俺は… ―
 ― 私は…。 ―



Fairy tail of The World 28




「ほら、早くしないとラナちゃんの魂が消えちゃうでしょ!」
 焦ったように…せっつくようにエアリスがシュリを急き立てた。
 対するシュリは、まだ迷っているらしい。
 エアリスとザックス、そしてボーっと自我のない瞳を宙に漂わせているラナへ視線を走らせる。
「おい……俺達はさ、自分達から『契約』を望んでるんだ。それに、お前なら俺達が『消滅』するようなへまはしないだろう?」
「……そんなの…分からないじゃないですか…」
 宥めるように言ったザックスに、シュリが初めて苦悩に満ちた声で返した。
 その声に、どれほどシュリは苦しんでいるのかが分かる。
 英雄達は何も言わずにシュリがどの道を選ぶのかを見守っていた。
 しかし…。
 みな、心の中では彼がどうするのか薄々分かってもいた。
 ただ…その選択をする時、どうやって彼の支えになったら良いのか…。
 それが分からず戸惑ったような視線を互いに絡ませている。

「ほらほら、早く!」

 焦れたように両腕を伸ばしてエアリスがシュリへ一歩踏み出した。
 シュリは一歩下がる。

「こら、お前いい加減腹括れ!」

 眉間にシワを寄せてザックスが大股で歩み寄った。
 もしも生きていたら……幽鬼の存在でなかったら、ザックスはシュリの肩を無理やり抱いて、シュリの髪を乱暴にグシャグシャと撫でただろう。
 だが、ザックスもエアリスも身体を持たない。
 シュリの耳元に顔を寄せて何事かを囁くだけに止まった。
 シンと静まり返った深夜でも、その囁き声は周りで見守っている仲間達には聞えなかった。
 だが…。
 シュリの困惑した瞳が驚愕で見開かれたのを見て、良い話しではないのだろう…と誰もが察し、不安で顔を見合わせる。

「本当……なんですね……?」

 仲間達には一体なんの話なのかさっぱり分からないが、青ざめたシュリと深刻な顔をして頷いたザックス、そして真剣な眼差しでシュリを見つめるエアリスに、その場の空気が一気に緊張した。


「………分かりました……」


 シュリがデナリの命令に服したのは、その数十秒後という短い時間だった。

 あんなに嫌がっていたのに、考えを変えたシュリ。
 一体何をザックスに言われたのか……知りたいと思う気持ちと、知りたくないと思う気持ちが仲間達の胸でせめぎ合う。
 十中八九、良い話ではない。
 現状は困窮しているのに、これ以上の悪報は耳にしたくない。
 だが、同時に知っておかないと…という気持ちもある。
 自分達だけなのだから……この星が危険な状態にあると知って、それを阻止すべく動けるのは…。

 だが…。

「聞いても…教えてくれなさそうだなぁ…」
「そうだね…」

 ユフィの独り言にナナキが返事をする。
 二人以外誰もしゃべらなかったが、思うところは一緒だ。
 恐らく……今は何も話してくれないだろう。
 自分達にはまだ聞かせられないことだから、ザックスは小声でシュリに伝えたのだろうから。
 それが一体何なのか……?
 いつ、打ち明けてくれるのか…?
 それは分からないが、少なくとも今、知らなくてはならない話ではないらしい…。
 それに、優先しないといけない事がある。

「じゃ、気が変わらないうちにさっさとやっちゃいましょう!」

 エアリスがシュリの前にザックスと並んで立った。
 未だに複雑そうな顔をしながらも、シュリはけじめをつけるかのように大きく一つ息を吐き出した。
 そして……。
 自分の前に並んで立つ二人の『英雄』を真っ直ぐ見つめる。

 そっと左腕を持ち上げ、『英雄』に伸ばす。

 途端。

 シュリの足元から蒼い光の粒子がヴェールのように立ち上った。
 ライフストリームの色とは違うその光のヴェールに、見守っていた皆の口から驚きの声が小さく漏れる。
 そのまま光のヴェールはユラユラと…しかし確実な意図を持っているかのようにシュリとザックス、エアリスを柔らかく包み込んだ。
 緩やかな渦に包まれるように立つ三人の姿は、この世のものとは思えないほど幻想的で…。
 誰も目を離せない。


「我、汝らに誓約す。命の理を守護すべく、我の命を星に捧ぐことを…」

 シュリの言葉が非常に重い…。
 そう感じたのはデナリだけではない。
 その場の全員が息を飲んで目を見開く。

「汝らに請う。命の理を守護すべく、我の手足とならんこと」
「「シュリを我が主として認(みとむ)」」

 瞬間。
 蒼い光のヴェールはザックスとエアリスを大きく包み込み、その姿がやがて光の中に溶け込むようにして見えなくなった。
 そして、そのヴェールはフワリと宙に浮いて球状になると、真っ直ぐシュリに向かって放たれた。

 カッ!!

 辺りに閃光が走る。
 眩しくて誰もが目を強く瞑り、顔を背けた。
 そして、瞼の向こうで光が収まったと感じて恐る恐る目を開けると…。

「お、おい…」
「あの二人は……?」

 ザックスとエアリスの姿は見えなくなっていた。
 先ほどまでいた筈の大切な人達。
 それが、もうその姿すら見えない……。

 バレットとユフィの困惑と悲しみが混ざった声に、シュリはそっと顔を向けた。
 その顔に、皆がこれまた驚愕に目を丸くする。
 昨日、傷つけられたシャドウの傷跡が全くない。
 それに、何と言うか……。
 彼の纏っているオーラが強くなってる…気がする。

「お二人は…俺の魂の中にいます」
「「「「「え…!?」」」」」
「本来、死者がその力を命ある世界で使えるようになるには、マテリアに己の力を注ぎ込むのが常套手段であり、一つのルールのようにもなってます。ですが、あのお二人が仰ったようにマテリアにこめている時間はもうない。ということで、取るべき道は一つだけ……」

「主従の関係になって、主の魂の中で憩うこと。彼らは必要時以外、俺の魂の中で眠る事になります。いつも姿を現す事は出来ません」
「なんで!?」
 ユフィが食って掛かる。
 折角…折角エアリスと会えたのだ!
 会う手段が出来たのだ!
 この場にいないクラウドやティファだって会いたいと思うに決まってる…。
 会わせてやりたい!!

「彼らが姿を現し、力を使うということは、それだけ俺の魂の力が働いてしまいます。さっきも説明をしましたが、彼らの魂は…俺よりも弱い。姿を現す度に……力を使う度に彼らの魂は契約した俺の魂に喰われてしまうんですよ」
「あ……」
「お二人を消滅させたくない。だから、本当に申し訳ないのですが、クラウドさんとティファさんには、このことは……」
「ああ…そうだな」
 ヴィンセントが頷いた。
 恐らく、クラウドとティファは悲しむだろう。
 死してなお、平穏なまどろみを味わえない大切な親友たちを思って…。

 シュリは悲しそうな顔をしたり、まだ良く分かっていなくて困惑している英雄達にそれ以上話をする事無く、未だに兄に抱きかかえられて放心したように…虚ろな眼差しをしているラナの顔を覗き込んだ。
「大佐…。妹は……」
「大丈夫だ…もうすぐ目が覚める」
 素っ気無いほどの口調だが、グリートはホッと安堵の息を吐いた。

 と…。

「…うぅ…ん……」

 兄の腕の中でラナが身じろぎをした。





「……あれ…?」
 ぼんやりと重たい意識が浮上すると、目の前には不機嫌そのものの年下の上司。
 そして、自分を抱き抱えてくれている兄が見えた。
 その後方では、憧れの英雄達が心配そうに眉根を寄せている。

「大丈夫か?」
 グリートの心配そうな声に、ラナは目を瞬いた。
 途端、頭に鈍痛が走る。
 思わず顔を顰めて小さく唸ると、英雄たちが心配げにおろおろとするのが見えた。

「大丈夫…ちょっと頭が痛いけど……」
 そう言って身体を起こそうとするが、鉛のように重くて指一本動かせない。
 グッタリと兄に身を預け、緩慢な動きで周りを見渡そうとする。
 だが、それすらもままならない。

「今は無理だ。このままノーブル中尉に運んでもらえ」
 不機嫌極まりない声音で冷たく言い放つシュリに、ラナは訝しそうな視線を向けた。
 そして、「あ…!」と小さく声を上げると自分を抱きかかえている兄を見上げる。
 苦笑混じりに頷くグリートに、ラナは何とも言えない複雑な顔をした。

「その……大佐……」
「さ、皆さん、次の目的地に向かいます。時間が勿体無いですから」

 詫びるように声をかけたラナを完全に無視し、シュリはサッサと背を向けた。
 その態度に英雄達は呆れたように…グリートは苦笑いを浮かべた。
 デナリは何か言うべきと口を開いたが、結局何も言わずに押し黙った。
 そしてラナは…。


 ズキリ。


 完全に拒絶されたことに、胸が軋む。
 自分の行動がシュリを追い詰めることは分かっていた。
 あえて……そうした。
 こうでもしなければ、ライフストリームの光に包まれた時に聞えた声の『願い』は叶えられなかっただろう。

 あの時。
『シャドウ』にシュリが狙われ、シュリを庇って共にエメラルドグリーンの光に包まれたあの一瞬。
 ライフストリームの中に落っこちたのと同じ事がラナの身に起きた。
 多くの死者達の無念の声。
 命ある者への……激しいまでの嫉妬。
 そして…。

『彼ら』の願いと『シュリが今、どういう状態か』を知った。
 それらを聞いた時、ラナはこの道を選んだ。
 何もかも、自分一人で解決しようとしているシュリに腹が立った。
 自分の命を大切にしないシュリに…悲しくて仕方なかった。
 そして、何よりも自分の命を削ってまでして一人で星に接触をし続け、『闇』と戦ってきた青年の姿が……居た堪れなかった。
 今回のシークレットミッションだけではなかったのだ。
 シュリがこうして星を活性化させる運動をしていたのは…。
 一度や二度ではなかった。
 WROの任務が入っていない時。
 任務中でほんの少し出来た空き時間。
 それらの僅かな時間も惜しんで星を何とかしようと一人で戦っていた。

 しかし、もうどうしようもない所まで来ていたのだ。
 シュリ一人では…どうしようもない。
 そんな中、『彼ら』はシュリと出会った……術中のライフストリームの『光の欠片』の中で。
『彼ら』はシュリに『自分達を戦う道具』にするよう要求した。
 そうすることで、少しはシュリの負担が軽くなる。
 なにより、自分達の魂を取り込むことでシュリの本来の力が発揮出来る……と。

 だが…。
 頑なに彼はそれを拒んだ。
 ザックスとエアリスにもその理由は分からないらしい。
 簡単な理由からではないことは察しがつく。
 しかし、このままでは唯一の術者が命を落とす危険が高い。
 何より、たった一人で今日まで戦っていたという、シュリの本当の姿を知ったとき、ラナは躊躇わなかった。

『シュリを生かす』

 その為に、一時的に彼らの魂と自分の魂を契約し、地上に呼び出して戦えるようにする。
 その手段が…。

『シュリが術をしている間に立ち上るライフストリームの欠片の中に入って、私達の名前を呼んで。それだけで…私達は『簡易的な契約』を結べるから』

 ラナは『彼ら』の申し出を受けた。
『彼ら』自身が『シュリを主として星の為に戦う』ことを望んでいたのに……。
 戦える力はあるのにその『手段』がないのは……どれだけ苦しいだろう…。

 シュリの不興を買うと分かっていたが、『彼ら』の声に従った。

 結局…。
 自己満足でしかないのかもしれない。
 いや、そうなんだろう。
 自分の『役に立てない歯がゆい思い』をなんとかする為だけに…今回の愚行を犯してしまった。
 兄まで巻き込んで…。

 そっと兄を見ると、慰めるように微笑み、ラナの額に唇を落とした。
 小さい頃に良くしてくれた……そのキスは、いつも両親や姉に怒られて泣いていた時に兄がくれたもの。
 泣きそうになりながら、「ありがと…」と一言呟き、グリートの胸に頬を寄せた。

 と…。

 怒りながら先頭を切って歩いていたシュリが、クルリと踵を返した。
 ビックリする英雄達の視線を受けながら、スタスタとノーブル兄妹に近寄るとどまん前で立ち止まる。
 顔を引き攣らせてビックリするグリートと、今度は何を言われるのだろう…と身を硬くしたラナをジトッとねめつけると…。


 バチンッ!
「イタッ!!」


 ラナのおでこに『デコピン』一発。
 唐突過ぎるその行動に、全員が目を丸くしてポカンと口を開ける。

「本当はビンタの一発でもお見舞いしたいところだけど、力を消耗してヘロヘロになってる女性にそれはあまりにも酷いからな。今の一発でチャラにしてやる」
「え……?」

 額を押さえて涙目になりながら、ラナは今の言葉を信じ難い思いで聞いた。
 驚いて兄を見上げると、何とも言えない嬉しそうな顔をしている。
 視線を転じて上司の後ろにいる英雄達を見ると…。

 ホッとした顔、温かい笑顔、嬉しそうに尾を振る姿、柔らかな笑み……。

 ラナの胸に温かいものが込上げる。
 視線をシュリに戻すと、彼はクルリと背を向けた。
 だが、その顔が柔らかかったことにラナは気付いた。

「次の目的地は『旧・ミディール村』です。到着できるのは…?」
「おう…明後日の昼間…くらいだなぁ、今から出立するなら」
 シュリの視線を受けてシドが顎に手を添えつつ答える。
「そうですか。ではすぐに出立しましょう。思わぬことで時間を喰ってしまいましたから」

 言い残し、サッサと大穴から地上目掛けて跳躍する。

『『『『『ゲッ!!』』』』』

 その跳躍力に英雄達はギョッとした。
 たったの一蹴りで大穴の淵に辿り着いてしまった。
 ありえないその力に、ヴィンセントですら目を丸くする。

「なぁ…」
「なに、バレット」
「あいつ、エアリス達と契約っつったか?してから力が強くなってねぇか…?」
「……だよねぇ…」

 バレットとナナキの会話に、ユフィがコクコクと頷く。

「それなのに…やっぱりお二人の魂を消滅させたくないから…って一人で今まで頑張ってきたとは……」

 畏怖に近い思いを抱きながらデナリが呟く。
 シドが、
「大した奴だよな…」
 髪をガシガシと掻きながら溜め息混じりにそう評した。


「だから……死なせたくなかったの……」


 ポツリと呟いたラナの声は、兄の耳にだけ届いたのだった……。





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