「本当だって!すっげー美人が働いてるんだ!!」
「本当か〜?お前の情報はいっつも嘘くさいからなぁ…」
「マジマジ!今回は本当だっつうの!あそこのジュエリーショップ、めっちゃ良い女が働いてんだって!」

 喧騒溢れるセブンスヘブンで、その客達のやりとりだけが妙に耳についた…。



Fairytail of The World 29




 リーブから『古代種の神殿跡地』でのミッション成功の報を受け、ホッと息を吐いたクラウドは、ティファにバレない様に携帯をポケットにしまいこんだ。
 彼女に、仲間達が秘密裏に行っているミッションを勘付かれてはならない。
 危うく、一昨日バレそうになったところだ。
 シェルクが機転を利かせてくれなかったらどうなったことか…。

 そのシェルクだが、今夜は何だか様子がおかしい。
 どこか……心ここにあらずといった様子だ。
 もっとも、彼女はまだまだ『人としての表情』があまり表れる方ではないので気のせいなのかもしれないが…。


「でもよぉ、そのジュエリーショップってあんまり流行ってなかったよなぁ…。お前、一体なにしに行ったんだ?」
「え……あ〜、その…」
「怪しいな…。お前まさか、まだティファちゃんに…」
「シーーーッ!!今夜は旦那がいるんだぞ!?」

 しっかり聞えている……とは勿論言えず、クラウドは素知らぬ顔を装いながら、さり気なくその不埒な客をチェックした。

「それで?結局お前は何が言いたいんだ?」
「おっと、そうだった!そのジュエリーショップだけど、美人がめちゃくちゃセンス良いみたいでな。アクセサリーがめちゃくちゃ良くなってんだよ!」
「「へぇ〜!!」」
「あ、でも高くなってんじゃねぇの?」
「いやいや、それが驚け!値段は前と変わらず、エッジの中ではこれ以上ないほど良心的なままだ!それに、アクセサリーのデザインが可愛いこと!絶対にあれは女心をくすぐるぜ!!」
「「「へぇ!!」」」
「やっぱ、大切な人にはそれなりに良いもんを…って思うだろ?」
「まぁな。でも、その店のアクセサリー、安いって今言ったじゃねぇか」
「だ〜か〜ら!それはその品によるっつうの!高いやつは一つ五十万ギルもするやつがあった…」
「「「え〜〜!?」」」
「な?あの店ってそんな物、置けるだけの店じゃなかっただろ?でも、美人さんが店の外で売り子するようになって、一気に客が増えたんだってよ。店主のオヤジが嬉しそうに言ってたから間違いないね」
「「「はぁ…すっげー」」」

 素っ頓狂な声が賑わっている店内でも一際響き、クラウドはなんとなくティファを見た。
 彼女が今見につけているもの…。
 それは、一年以上も前に贈った無骨なリング一つだけ。
 しかもそれは、彼女の『右手の薬指』にはめられている。
 本当なら、『左手の薬指』にはめるリングを贈りたい。
 だが…。
 自分達の犯した『罪』を思うと、どうしても人並みの幸せを手にする事が躊躇われる。

『でも…』

 瀕死のティファを目にした時の衝撃を思い出す。
 あの時ほど、何も彼女にしてやれなかった事を悔いた事はない。
 誰よりも…愛しい人。
 その人に…何もしてやれなかったという絶望感は、とてもじゃないが言葉に出来ない。


『ティファを大切にしないで『罪の意識』を優先させるのは……もう終らせても…良いだろうか…』


 クラウドは一人、胸の中で誰に問うでもなく呟いた。



 翌日。
 何故か早朝から『用事がある』と朝食もそこそこに出て行ったシェルクを、ティファと二人で心配そうに見送ったクラウドは、自身も『少し出てくる』と言い残して家を出た。
 目指すのは…昨夜の客が話していたジュエリーショップ。
 エッジには沢山のジュエリーショップがある。
 しかし、品の良いという評判の店にはセブンスヘブンの常連客が良く出入りをしているし、ジュエリーショップで働いている店員自身がセブンスヘブンの常連であるパターンが多い。
 また、常連客が出入りをしていないショップは…正直言ってあまり良い物は置いてない。

「どうせなら…最高のものを贈りたいしな」

 ポロリと零れた本音に、自分で照れる。
 本当は、北コレルで産出される宝石や、コスタに流れてくるアクセサリーが上質でそっちで手に入れたいのだが、今はティファの傍を離れる事は出来ない。
 ならば…。
 エッジで最高と評判で、しかも常連客にあまり知られていない店を選ぶしかない。
 となると…。


「ここか…」


 エッジの街外れにある小さな店。
 隠れた名店…という雰囲気が漂うその佇まいを前に、クラウドは一つ深呼吸をした。
 何しろ、ジュエリーショップに一人で入るのだ。
 しかも、世界で一番大切な人に贈る、たった一つの『誓いの証』を。
 緊張するな…と言うほうが無理だろう…。

「………よし!」

 気合を一つ入れ、ドアを開けようとしたその時。


「あら、お客様ですか?いらっしゃいませ」


 店の中から若い女性がニッコリと現れた。


 クラウドの魔晄の瞳が最大限に見開かれる。
 呼吸が止まる。
 全ての音が鼓膜から消え、視界は女性以外を映さない。

 固まったクラウドを、女性は不思議そうに緑の瞳を瞬いた。





「あの、本当に僕一人で…」
「………」
「シェルクさん…」
「………」
「はぁ…」
「………」

 エッジにいくつも存在する路地裏の一つに、青年の溜め息が重く落っこちる。
 プライアデス・バルトは、自分が今回命じられた任務に先行きの不安を強く感じていた。
 WRO自慢の科学者、シャルア・ルーイの実妹、シェルク・ルーイが何故か自分の任務に首を突っ込んでくるのだ。
 今回の任務を命じられて本日で三日目。
 初日に見せた彼女の追い詰められたような……激昂した様子はあの日以来なりを潜めているが、それでも全く手を引こうとしないその姿勢に、プライアデスはすっかり困惑していた。
 何故、シェルクがここまで『ミコト様』捜査に力を入れているのかが分からない。
 彼女に何度か訊ねたが、まるで深海の貝のように口を閉ざしてしまう。
 今では理由を聞き出す事は諦めたが、それでも『ミコト様』捜査から手を引くように促す事だけはやめられなかった。

 WROの資料室に保管されている『ミコト様』絡みの事件を知れば知るほど、自分以外の人間が今回の任務にタッチする事は容認出来ない。

「不気味過ぎるんだよ……」

 資料室に保管されている数々の不可解な事件は、プライアデスの常識を軽く飛び越えていた。


 闇商人の悲惨な結末からその後、その闇商人の実父に辿り着くまで。
 愛人との間に出来た子供を正妻に奪われた女が果たした復讐の方法。
 恋人のいる女性に横恋慕した男の浅ましい思いが成就した経緯。

 そして、ごく最近起こった事件。


 離れた場所にいた女によって殺害された中年の男。

 路地裏の片隅で息絶えていた女は、哄笑を模ったままの形相で冷たくなっていた。
 血塗れた両手は男の血液。
 女の死因は…男と同じ。


 心臓が握りつぶされていた。


 プライアデスはそれらを思い出してブルッと身を震わせた。
 どうにもおぞましい力が働いているとしか思えない。
 まだ、この情報は一部の人間しか知らない。
 当然だ。
 こんなことを知られたら、どんな犯罪が起こるか分かったものではない。
 今、エッジでは『ミコト様』という『占い師』とも『預言者』とも言われている女が街の人達の間で密かに話題になっている。
 声を大きくして話題になっていないのは…。
 恐らく『畏怖の念』から。
 軽々しく口にしてはいけないという気持ちが大多数の人間の心理に働いているようだ。

 何故、その推論に達したかと言うと、実際に『ミコト様』と接触したことのある人間を当たった結果だ。

 ある男は、『その道を行かない方が良い』という言葉に従って他の道を帰り、そのお蔭で命拾いした。
 またある男は、『生物(なまもの)は食べない方が良い』という言葉を無視して刺身を食べ、家族全員が酷い食あたりになってしまった。
 さらにある女は…。


『アナタ、婚約している男性とは結婚しない方が良いですね』


 突然、声をかけられた……らしい。
 年頃の女性が何故、路地裏などという物騒な所へ足を踏み入れたのか…。
 それは聞くことは出来なかったが、その女性は声をかけられるまで、『ミコト様』という存在がエッジにいるとは知らなかったと話した。
 それは、彼女が『ミコト様』に会う為に路地裏に踏み込んだのではないことを裏付けている。
 彼女は、初めて会う『女性』に不躾な言葉を投げかけられて最初は腹を立てた。
 しかし、実は彼女は迷っていた。
 婚約者とこのまま結婚するべきかどうか…。
 愛していない…わけではない。
 しかし、本当に『この人が生涯の伴侶で良いのか…?』と他人に問われると、はっきり『そうだ』と答えることが出来なかった。
 何と言うか……何かが違う……そう感じるようになっていた。
 最初は…本当に愛しくて…愛しくて…。
 婚約者がプロポーズしてくれた時には、天にも昇る気持ちだった。
 だが、実際婚約してからと言うもの、何か……違うのだ。
 それが一体なんなのかは…分からないまま、モヤモヤとしたものを抱えて結婚まであと数日…という時。

 出会った………『女』。

『なんで……そう思うの?』
『アナタに相応しいとは思えなかったので』
『だから……どうしてそう思ったの?それに………』
 初めて会ったのにどうして私が悩んでるって分かったの…?

 その疑問を口にする事はなかった。

 ガサッと背後から音がして条件反射のように振り返る。
 汚いゴミ袋が風に吹かれて地面すれすれを飛んで行くのが見えた。
 顔を戻したら……。

『ウソ…』

 もういなかった…。


 結局、その女は婚約を破棄した。
 当然、相手の男とその家族、更には自分の家族にまで猛反対された。
 しかし、一旦『婚約破棄』を口にした女は、それまでの躊躇いがウソのように、『結婚しない』という決意が固かった。
 その『婚約破棄』から数日後。
 元・婚約者とその家族が失踪した。
 多額の借金を背負っていたらしい。
 借金の取立てとして家に押しかけてきたガラの悪い男達に真相を聞かされ、女と家族は心底震え上がった。

 もしも…結婚していたら……。
 女と家族は全員、借金の肩代わりをさせられるところだったのだ。

『本当にネェちゃん達、運が良いねぇ〜』

 鼻先で笑った男達の目の前で、女の母親は失神した。


『だから、『ミコト様』は私だけではなく家族全員の恩人です!』

 目を潤ませて恍惚とした表情で語る女に、冷静さを装って礼を言ったプライアデスだったが、頭の中は混乱していた。

 WROの資料として保管されているそれらの情報は、『ミコト様』という存在がもたらした結果をきっちり二つに分けていた。

 一つは、『ミコト様自身が声をかけた』というケース。
 そしてもう一つは『自分からミコト様を探し、依頼をした』ケース。

 前者はいずれも『良い結果』、後者はどれも『誰かが傷つく結果』となっている。
 しかも、後者の場合は必ず『依頼人の何かが失われている』のだ。
 それは、物であったり…はたまた『大切な記憶』であったり…。
 正直、そんなものを『依頼の報酬』として受け取ったとしても『ミコト様』にとっては何の価値もないであろうと思われるものばかりだ。
 しかも…『物以外』の……『大切な記憶』や『自分の今いる居場所』を差し出すなど……。
 それを『受け取る』など…。


「人間が出来るはずがない…」
「え?」


 前を歩いていたシェルクが怪訝そうに振り返った。
 ポロリと零れた無自覚の言葉に、プライアデスは「あ、ごめんなさい…」と引き攣った笑みを浮かべた。
 そしてふと気が付いた。
 路地裏特有の薄暗さの代わりに、明るい光が自分達二人を包んでいる事に。

 結局、また『ミコト様』を見つける前に路地裏を通過してしまったらしい。

 自分がどれだけ考え込んでいたのかに気付き、
「はぁ…」
 深い溜め息を吐いた。

 隣でシェルクも小さく息を吐く。
 またもや接触出来なかったことで落ち込んでいるようだ。
 だが、シェルクの内心を知りながらもプライアデスはホッとしていた。
 どう考えても…『ミコト様』はヤバイ。
 危険過ぎる。
 そんな存在とシェルクを接触などさせられない。
 彼女はシャルア博士の大事な肉親なのだから。
 それに、自分にとってそれ以上の存在でもある。
 アイリと同じ『魔晄』の瞳を持つ同年代の女性。
 時折、アイリを見舞ってくれる優しい人。
 大切な存在なのだ…自分にとっても…アイリにとっても。
 だから、危険な目にはあわせられない。

 というのに…。

「諦めません」
「え…?」

 気落ちしていたのかと思っていたシェルクが顔を上げ、紺碧の瞳に強い光を宿している。

「絶対に諦めません」
「シェルクさん…」

 引き止める言葉を探す暇も与えてもらえず、プライアデスは背を向けて歩き始めたシェルクを追いかけた。
 少しの差しか空いていなかったのですぐに追いつき、並んで歩く。

 チラリ。

 斜め下に視線を落とすと、整った小さな顔を無表情で飾っている少女。
 固い決意を思わせるその瞳に、プライアデスは再び溜め息を吐いた。

「シェルクさん。もしかしなくても、『ミコト様』に会ったら何かお願いするつもり……なんでしょう…?」
「………」

 真っ直ぐ前を向いて歩く少女は何も言わない。
 しかし、否定もしない。
 むしろ…沈黙は肯定の印。

 プライアデスは少々乱暴にシェルクの肩を掴み、足を止めさせた。
 紫紺の瞳を細め、驚いた顔をしているシェルクを見据える。

「ダメです」
「………」

 シェルクは黙って視線を逸らした。
 力を入れて振りほどこうとするが、プライアデスは更に力を入れてそれを拒んだ。

「分かってると思いますが、『ミコト様』にお願いをするには『何かを差し出す』必要があるんですよ」
「………」
「お金では済まないんです」
「………」
「シェルクさん。アナタが何をお願いしようとしているのかはっきり分かりませんが、でも『誰かのために』お願いするつもりなんでしょう?」

 逸らされていた魔晄の瞳が驚きで見開かれる。
 顔は…横を向いたままだ。

「シェルクさんは優しいからそれくらいは分かります。でも、その『誰かのために』お願いしたとして、その願いが叶えられた時、シェルクさんが何かを失ってしまった事を『その誰か』が知ったら…どう感じると思うんですか?」

 顔を背けたままのシェルクがゆっくりとプライアデスを見る。
 魔晄の瞳が微かに揺れている。
 プライアデスはそっと彼女から手を離した。

「僕も…シェルクさんが何かを失ったら……悲しいです。きっと、シェルクさんが『ミコト様』にお願いしたい『その誰か』はもっと悲しむと思います」

 プライアデスの言葉に、シェルクは俯いた。
 向かい合って立つ二人を、怪訝そうに街の人達が見ながら通り過ぎる。
 その雑踏の中。

「……そうでしょうか……」

 シェルクの小さな声がプライアデスの耳に届いた。

「そうですよ」

 はっきりと答える。
 シェルクは俯いていた顔をそろそろと上げ、困ったように…はにかむように微笑んだ。

 その笑顔にプライアデスも笑みを浮かべる。
 だが…。


「あ……」

 視線が一点を見つめてシェルクの顔が驚愕に彩られた。
 首を傾げながらシェルクの視線を追って身体を捻った青年の目に飛び込んできたもの。
 それは…。


「クラウドさん…」


 大きな道路を挟んだ向かいの通りで……。

 ティファ以外の女性と楽しそうに話をしているクラウド・ストライフの姿だった。





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