― 彼の心…アナタにまだありましたか? ―

 え……?

 ― 折角、彼のところに戻ったのに…ね… ―

 誰…?

 ― 苦しくないですか…? ―

 ………

 ― もしも苦しかったら…私のところへいらっしゃい ―

 ……あなたがどこにいるのか分からないのに?

 ― 大丈夫。アナタは私のいるところが分かってるから… ―

 ……あなたが誰だか分からないのに…?

 ― アナタは私を知ってる ―

 え?

 ― 大丈夫。すぐに…会えますよ ―



 パシンッ!!



 ― ティファさん ―

 !?

 ― ダメです ―

 アイリさん!?

 ― 闇の声に耳を貸してはダメです ―

 『闇の声』って……?

 ― ねぇ、もっと信じて下さい ―

 ………信じてるよ。

 ― いいえ、あなたは信じていません ―

 ……そんなこと……

 ― もっと『自分』を信じて… ―

 !!

 ― 大丈夫ですよ ―

 でも……

 ― あなたに 光の 祝福が あらんことを… ―




Fairytail of The World 32




 ティファは目を開けた。
 視界一杯に広がるのは…黄金色に輝く金糸を持つ愛しい人。

 胸がドキドキする。
 先ほど見た夢が…。
 声が…。
 まだ耳に残っている。

 そっと身体を起こそうとするが、それは叶わなかった。
 しっかりと腰に回された逞しい腕。
 自分を放すまいとする彼の……愛し過ぎる腕。

 ティファは泣きそうになりながら微笑んだ。
 そっと眠っているままの彼の胸に頬を摺り寄せる。
 規則正しく起伏する胸と、彼の寝息に波立っていた心がスーッと落ち着いていくのを感じる。


 ― もっと『自分』を信じて… ―


 心に染み渡る…命の恩人の言葉。
 こうして愛しい人の体温に包まれていると、その言葉がより心の中を潤してくれるようだ。


 こんなに…幸せなのに…。
 どうして疑ったんだろう…?
 どうして……こんなに私は弱いんだろう……。


「どう…した…?」
 ふと、頬を温かくて大きな手の平に包み込まれ、視線を上げると大好きな紺碧の瞳が心配そうに見つめていた。
 掠れたその声に、ドキリとする。
 そして同時に感じる……愛しくてどうしようもないほど幸せな気持ち。

「なんでもない…」

 そう言葉にした途端、涙が一滴頬を伝う。
 紺碧の瞳が驚いたように見開かれ、スッと心配そうに…悲しそうに細められた。
 そんなクラウドに泣き笑いを見せると、益々心配そうに顔を曇らせる。

 胸が…一杯になる。

「ありがとう……」
「え…?」

 唐突なその感謝の言葉に、紺碧の瞳が軽く見開かれた。
 驚くクラウドに、ティファは満面の笑みを浮かべた。

「私…カームに行くわ」
「ティファ…」

 益々目を大きく見開いたクラウドに、ティファはクラウドの肩口に頬を寄せた。

「クラウド…昨日はごめんね?」
「……ティファ、良いんだ。俺は……心配されるような事したんだから……」
「クラウド、そうじゃないの。ちょっと……不安だったの……」
「不安…って…?」
「クラウドが……」
「俺が……?」

 ティファは昨日耳にしたクラウドと若い女性が一緒に楽しそうに談笑していた…という噂話をするべきかどうか、一瞬迷った。
 しかし…。

「ううん、ごめんね。また…どっか行っちゃうかと思って」
「もう…どこにも行かないから」

 結局、矛盾した言葉を口にする事を選んでしまった。
 クラウドは、その点については特に何も感じなかったらしい。
 それどころか、未だに彼女の心に過去の過ちが深い傷を残している事に顔を歪めている。
 後悔しているのだ…心から。
 それなのに、つまらない嫉妬で彼を『過去の過ち』にがんじがらめにしてしまっている…。

 罪悪感が込上げる。

 それは、彼が家出をしたという過去をどれほど悔いているか知っているのに、またその事で責め、苛んでしまったという事と…。
 彼を信じ切れなかったという情けなさ故に…。

 ティファは、そっとクラウドの頬を両手で包み込むと、真っ直ぐに魔晄の瞳を見つめ、涙で霞みそうになる視界を必死に瞬かせて堪え、一生懸命の…精一杯の言葉を口にした。


「クラウド……愛してるよ」

 驚いたように紺碧の瞳が見開かれ、次いで嬉しそうに細められる。


「俺も…愛してる」


 その言葉と共に強く抱きしめられ、彼のぬくもりに包まれた。


 ティファは幸せだった…。





「じゃ、荷物はこれくらいか?」
「うん!」
「へっへ〜!今度の家はどんなとこかな!」
「ライお兄ちゃんが一人暮らし用にって準備された所でしょ?」
「ああ。ライは『四人が住むには狭いかもしれませんが…』って言ってたけど……」
「「絶対大丈夫だって!!」」
「だよなぁ…」

 クスクス笑い合うクラウドと子供達に、ティファも笑みを誘われた。

 そんな自分達を近所のおばさんや子供達が心配そうに…。
 好奇心一杯に…。
 不思議そうに…。

 それこそ十人十色。
 様々な表情を浮かべて遠巻きに見つめている。
 いつもなら気さくに声をかけるお節介なおばさんまでもが、今日はどこか腰が引けているようで話しかけてこない。
 きっと、昨日聞かされた『クラウドの浮気疑惑』が彼女の耳にもしっかり届けられているのだろう。

 ティファは内心で苦笑しつつ、楽しそうに笑いながら一時的な引越しをする為に荷物を運び終えた家族を見た。
 ティファが見る限りでは、クラウドが『浮気をする為に自分と子供達をエッジから引き離そう』としているようには見えない。
 むしろ、こうした『好奇の視線』から家族を守ろうとしているように感じられる。
 実際、自分の傍らで好奇の視線から守るように立っている寡黙な少女は今朝、こう言った。


『ティファ。ティファが今回の引越しを決心してくれてホントにホッとしてます』
『シェルク…』
『皆と離れるのは…寂しいですが、私はWROで働いているお姉ちゃんの補佐をしてあげたいし、なによりまだ魔晄中毒の治療が途中なのでエッジから離れられません』
『…ごめんね…?』
『いいえ!ティファがそうやってすぐに自分のせいにしてしまうから…今回の引越しをする事にしたんです』
『え…?』
『…昨日、クラウドも説明したかと思いますが、瀕死のティファをアイリさんが助けた…という話しが漏れています。勿論、アイリさん自身の名前は出ていませんが、『誰か』が『ティファの身代わりになった』という噂話が囁かれているんです』
『……』
『そんな中で、セブンスヘブンを営むのは…私は反対です。でもだからと言って、エッジにいるのに店を再開させないでいると、その『噂話』が『真実』だと印象付けてしまう。だから、一時的に『療養』という形で引越しするよう話し合ったんです』
『……うん』
『ティファ。アイリさんがティファを助けたのは、ティファに『そんな顔』をして欲しいからじゃない事、忘れないで下さい』
『『そんな顔』って……』
『罪悪感で一杯な顔』
『……そんな顔してる…?』
『してます』
『…そんなはっきり言わなくても…』
『曖昧に言ってもはっきり言っても、結局は一緒です』
『……ごめんなさい』
『ほら、また謝る』
『…プッ!』
『ティファ〜』
『ふふ…ごめんね、だってなんだかシェルクが『お母さん』みたいんなんだもん』
『お、お母さん!?』
『『心配性なお母さん』って感じ!』
『…もう…!』
『ふふ』
『……ふぅ…。でも、やっと笑ってくれましたね。安心しました』
『うん…ありがとう』
『いいえ、どういたしまして』


「ティファ。準備は大体こんなもんか?」

 クラウドの呼び声に顔を向ける。
 どことなく心配したような彼の表情。
 ティファはくすぐったさを感じながら自然に微笑んだ。

「うん。これでバッチリ!」
「そっか」

 ホッとしたように笑みを浮かべ、クラウドはトラックの助手席を開けた。
 軽々とデンゼルを抱き上げ、助手席に乗せる。
 次にマリン。
 小さな子供達は助手席に一緒に座る。
 運転するのはティファ。
 クラウドはフェンリルでトラックの周辺を警戒することになっていた。
 何しろ、ティファはカームとエッジの間でシャドウに襲われたのだから、いくら警戒してもし過ぎるということはない。

「では、気をつけて下さいネ」
「うん!シェルクも無理しないでね?」
「シェルク!毎日電話するからね!!」
「ちゃんと姉ちゃんと仲良くするんだぞ?」

 助手席から身を乗り出すようにして声をかける子供達に、シェルクはティファと一緒に笑った。

「私は大丈夫です。それよりも、デンゼルとマリンはクラウドとティファをよろしくお願いしますね」
「「まっかせといて!!」」
「「……どういう意味だ(よ)…」」

 張り切る子供達とは対照的に、クラウドはムッツリと…ティファは苦笑混じりに呟く。

「「「そのままの意味だよ(です)!」」」
「「………」」

 キッパリ、ハッキリ、子供達とシェルクに頷かれて年長組みは顔を見合わせ、反論の言葉無く肩を落とす。


『『心当たりが多過ぎるな(わ)』』


 そんな二人の心情を察知したのか…。
 デンゼルとマリン、シェルクはまた笑い声を上げた。


 そんな楽しそうな家族を…。
 近所の人達はなんとも言い難い表情で見守るのだった…。





「なんかよぉ、クラウド達がカームに引っ越したみてぇだ」
 真っ青な空を駆ける飛空挺で、シドが困惑気に仲間達に報告した。
 当然のように、シークレットミッションに携わっている面々は目を丸くしたり、素っ頓狂な声を上げたりと、ちょっとした騒ぎになった。

「なんで!?」
「…意味が分からん」
「おいおい、ってことは、マリンもか!?」
「…本当に色々忙しいねぇ…」

 実にそれぞれの個性が表れている反応に、シエラ号の艦長は頭をガシガシ掻きながら苦笑を漏らす。

「さぁ、詳しい事はさっぱりだけど、シェルクの奴がそう無線で知らせてきたんだ。一応、俺達にも報告しとくってよ」
「でもさぁ、ティファってばエッジとカームの間でシャドウに襲われたのに…」
 顔を曇らせるユフィに、ナナキが目一杯同意を意味して頷く。
「だよなぁ、なに考えてやがんだ…!?」
 息巻く巨漢の隣で、寡黙なガンマンがヒョイ…と頭を下げた。
 バレットの野太い腕がブンッ!と唸りを上げて通過する。
 あと少しのタイミングでヴィンセントの顔面を直撃だったその光景に、グリートとデナリはギョッと身を竦めた。
 だが英雄達……特に、被害者になりかけた当のヴィンセントは全く動じていない。

 いつもの事なのだろう…。

 WROの隊員二名はそう納得するしかなかった。

「それにしても、急に引っ越すとは……」
「そうだよねぇ…。何かあったのかな…?」

 顎に指を添えて眉を顰めるヴィンセントを、ナナキが心配そうに見上げた。

「ああ…。多分、なんかあったんだろうな…」
「もしかしてさぁ…、アイリさん絡み…かな……?」

 ユフィはそう言って、ブルッと身を震わせた。
 治療薬が詰まったカプセルに浮いているアイリを思い出したのだろう…。
 仲間達も……バレットでさえも沈み込んだ顔をして俯いた。

「そうかもしれないですね…。あれだけの重態だったのにティファさんは助かった。その代償となった『女の子』がいる。となると……」
「機密が漏れても…不思議はない……か…?」

 グリートの言葉をヴィンセントが引き継いだ。
 デナリが眉尻を上げて部下を睨みつける。
 彼の立場上、WROの『不祥事』に関することを軽々しく口にする隊員をそのままにしておく事など到底出来ない。
 だが、彼が部下を叱責する前にその場の面々が部下の意見を支持してしまった。

「そうだよ…絶対!」
「だよなぁ…あんなことがバレたりしたら、そりゃ、ティファの事を色々言ったりする奴もいるだろうぜ」
「うん…」
「それによぉ、アイリのことがバレたって、アイリはWROの施設にいるわけだから、簡単に見に行けない分、余計にティファにシワ寄せがいくだろうしな…」

 英雄達の中では、すっかり『アイリに命を救われた事がバレた』という話しで決まってしまったらしい。
 口々に、心ない人間に対して怒りの言葉を吐き出している。
 デナリはグリートを叱責するチャンスを逸してしまい、開きかけた口を中途半端に閉じた。

 上司が何とも言えない複雑な顔をしているのを視界の端に認めながら、グリートは苦笑いを浮かべた。
 身を置いている組織の落ち度を口にするのは、何ともイヤなものだ。
 だが、今、自分が持っている情報から考えると、それ以外に思い浮かばない。
 もっと別の事情があるのかもしれないが……だが、さっぱり思いつかないのだから…仕方ない。
 実際、己の立場を利用して『ジェノバ戦役の英雄達』の居場所をWROのコンピューターを用いて、情報をリークしていた愚か者もいたのだから…。

「ところで、あとどれくらいで到着しますか?」

 話題を逸らそうとしたのか…それとも純粋に到着までの時間を知りたかったのか…。
 デナリがシドに声をかけた。

 シドは、タバコを咥えたまま腕時計に視線を落とし、「あと一時間…ってとこだな」と答えた。

 皆に緊張が走る。

 最初の北の大空洞。
 次の目的地であった古代種の神殿跡地。

 最初の目的地よりも次の目的地に現れた『シャドウ』は、明らかに強敵だった。
 それが、ザックスとエアリスを呼び出す事に成功し、事なきを得たが現在向かっている『旧・ミディール村』で待ち受けているであろう『闇』は、単純に考えてもはるかに強くなっているのではないだろうか…?
 いくらザックスとエアリスが加勢してくれているとは言え……。

『太刀打ち出来るのか…?』

 その不安が皆の胸をよぎる。

 正直、上記の二つの地区ではシークレットミッションに就いている自分達は全く何も出来ていない。
 シュリの盾にすらなれていない。
 かろうじて、グリートの実妹であるラナが、ザックスとエアリスを呼び出す『要(かなめ)』になってくれたくらいだ。


 この星を救う為に今回、自分達に何か出来ることがあるのか?


 振り払っても振り払っても…その疑問が頭をもたげる。
 だがしかし…。


「何もしないでジッとなんかしてられるかー!!」


 急に大声を上げて勢い良く立ち上がったユフィに、ビクッと身を竦めたり、ギョッとして目を剥いたり…。
 普段、あまり物事に動じないヴィンセントですら、椅子の上で身じろぎをしてバランスを崩しそうになる。

 シークレットミッションの面々は、破天荒なお元気娘を凝視した。

 そんな奇異な視線を一身に浴びながら、ユフィは鼻息も荒くダンッ!!とテーブルに片足を乗せた。

『行儀が悪い…』

 と、一体誰が注意出来よう…?

 目をギラギラと光らせながら『なにか』を睨みつけているウータイ産の忍に、誰かがゴクリと唾を飲み込む。

「絶対……絶対に助けるんだ!」
 拳を握り、フルフルと身体を小刻みに震わせるユフィに息を飲む。


「誰も…絶対に!!誰も犠牲になんかさせるもんか!!絶対、今度こそ、皆で一緒に『生きる』んだ!!!」


 ドックン!!


 その場の全員の鼓動が跳ね上がった。
 特に、三年前の戦いに身を投じた『ジェノバ戦役の英雄』達の心臓は、激しく脈打った。

 目の前で大切な仲間の命が消える情景が脳裏に蘇える。
 今、再び『仲間』として戻ってきてくれたが……だが、それでも…。


 蘇えったわけではないのだから…。


「ああ…」
「そうだよ…」
「あったりまえだ!」
「……当然だな」


 敵わないかもしれない…。
 今度こそ、この中の誰かが『シャドウ』の餌食になるかもしれない。
 だが…。

 戦う前から『負け』ていたら、それこそ本当に『負け』てしまう。

 いつも破天荒で、向こう見ずで、周りの人間を引っ掻き回して…巻き込んで…。
 そんな迷惑なお元気娘だが、それでも…やっぱり『英雄』なわけで…。
 共に修羅場を潜り抜けてきた『仲間』であるわけで…。

 改めて、この少女の中に宿っている強さを仲間達は見た気がした。
 デナリとグリートは…初めて感じさせられた。


 気分が高揚してくる。
 何とかしてやろう!
 そう皆が強く思った時…。


 シュン。

 ドアの開く音がしたかと思うと、それまで自室で横になっていたシュリが現れた。
 表情が厳しい。


「皆さん…。大変申し上げにくいのですが……」


 言葉を切って唇をかみ締めた青年に、英雄達とデナリ、グリートはギュッと胃が縮こまる思いがした。


「二手に分かれて…エッジに向かって頂きたいのです」


 突然のその申し出に、誰もが戸惑い、顔を見合わせた…。




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