― おお…とうとう 見つけられた… ― ― ああ… お見つけになられた… ― ― 長かった… ― ― 実に長かった… ― ― これでようやく… ― ― ああ…ようやく… ― ワレラ ガ ホシノ アルジ ト ナル Fairytail of The World 33「何故だ?」 次々と上がる疑問の声。 そのちょっとした騒ぎの中、ヴィンセントの落ち着いた声が凛と響いた。 仲間達はその低い声に騒ぐのをやめ、ジッと青年を見つめる。 シュリはゆっくりと口を開いた。 「エッジで『ミコト様』と呼ばれる女性がいることはご存知ですか?」 「「「は???」」」 唐突と思われるその発言に、ユフィ、ナナキ、バレットが素っ頓狂な声を上げる。 逆に、デナリとヴィンセント、シドの三人が眉を寄せた。 WROのトップシークレットに挙げられている『女性の名』に、ザワザワとした不快なものが胸を満たそうとする。 グリートは久しぶりに聞くその名前に顔を顰めた。 正直なところ、彼女の存在を知るきっかけになったそもそもの『事件』というか『原因』というか…。 『闇の世界』から抜け出そうと密航を試みた男の顔を思い出す。 何とも言い難い表情で『ミコト様』の話を聞かせてくれた…あの男…。 話しを聞いた時には『面白そうじゃん!?』と軽い気持ちだった。 しかしその後、彼女に関して入ってくる情報は、気味が悪すぎる。 恐らく、『闇の世界』から抜け出そうとした男と接触しなければ、グリートは『ミコト様』という『危険人物』の存在をWROが密かにブラックリストに挙げたことを知らなかっただろう。 実際、妹や従兄弟を含め、大半の隊員達は知らされていない。 極々優秀な隊員達が彼女の捜索に当たっている。 そんな『最高機密』に値する女性の名がここで出てくる理由が分からない。 問いかけるように見つめる視線の先で、シュリが簡単に『ミコト様』なる人物の説明をユフィ、ナナキ、バレットに話している。 「えっと……ようするに『預言者』とか言われてるけど、めっちゃ危険でヤバイ奴ってわけ?」 簡略的過ぎるような…的を射たような感想をユフィが述べると、シュリは淡々と「その通りです」と頷いた。 「それで…?何故、『ミコト様』の話が出るんだ…?」 それまでシュリが説明し、仲間が理解するのを待っていたヴィンセントが先を促す。 シュリは無表情な仮面を貼り付けたまま、チラリとグリートを見た。 「『ミコト様』の捜索にバルト中尉が任命されました」 「は!?」 ガタンッ!! 驚愕のあまり勢い良く立ち上がったため、椅子が派手な音を立てて倒れる。 英雄達と上司の驚いた視線を浴びるのも気にならない。 グリートはシュリに詰め寄った。 「なんでそうなってるんです!?『ミコト様』の捜索は他の隊員が秘密裏に行っていたでしょう!?」 胸倉を掴むかのような剣幕を見せる青年に、英雄達とデナリはギョッとした。 ここまで取り乱した青年は初めて見る。 誰もが咄嗟に動けず硬直する中で、一番最初に冷静さを取り戻したのはやはり…。 「落ち着け、グリート」 寡黙な英雄が力強くグリートの肩を押し止める。 シュリはその間、全く無防備に突っ立っていた。 グリートが殴りかかろうとしたとしても、恐らくそのまま大人しく殴られたのではないか…?と、思えるほどの無防備さ。 見ている方がハラハラしてしまう。 「ノーブル中尉」 落ち着きを取り戻したデナリが、ヴィンセントの手を振り払おうと身を捩るグリートを諌める。 「よせ。局長の命令だ」 「!?」 カッと目を見開いて上司を見る。 グレーの瞳が怒りに彩られ、ギラギラと光っていた。 まるで……猛獣のようなその気迫に、デナリは思わず後ずさりそうになる。 ユフィとナナキもギョッと身を振るわせた。 しかし、それでもヴィンセントはグリートの肩から手を離す事無く、かといって強引に落ち着かせようとするでもなく、これ以上暴走しないように…グリートをジッと見つめていた。 シュリも何も言わない。 やがて、硬直状態はグリートの大きな溜め息で終焉を迎えた。 ギリリ…と音を立てながら奥歯をかみ締め、己の中に怒りを押し込める。 そして、大きく息を吐き出して顔を伏せ…。 次に顔を上げた時には、自分の怒りにケリをつけていた。 「すいませんでした」 真っ直ぐデナリを見て頭を下げ、次いで同じ様にヴィンセントに…。 最後にシュリに頭を下げて自分の席に戻る。 その潔い青年の姿に、ユフィとナナキはホッと肩から力を抜いた。 バレットとシドのオヤジ組みは感心したように「「ほぉ〜…」」と息を吐く。 ヴィンセントとデナリも、チラリと視線を交わしただけで、あとは何も言わずに席に戻った。 その二人の横顔は、ほんのりと緩んでいた。 「それで、話を戻しますが…」 何事も無かったかのようにシュリは説明を始めた。 「その『ミコト様』と呼ばれている『モノ』ですが…」 シュリの『モノ』という表現に、その場の面々が戸惑ったり…ハッとしたような顔をする。 シュリは構わず続けた。 「動きを活発化させたようです」 「それは…『闇』として…という意味か?」 ヴィンセントの問いは、その場の全員の疑問を現していた。 そして、シュリは否定しなかった…。 「その通りです」 重い…重い沈黙。 何故、その『ミコト様』と呼ばれる『闇』を今まで放っておいたのか…。 何故、そんなにヤバイ存在が具現化しているのに、今までそれを指摘しなかったのか…。 何故、『ミコト様』を放っておいて、こうしてシークレットミッションに『動ける全員』を連れて行ったのか…。 疑問は後から後から沸いてきて…全員の頭をグルグルと取りとめもなく回る。 しかし、誰もシュリを責めない。 どこかで分かっていたのかもしれない。 青年が、『最善と思われる行動』に出た結果なのだと…。 しかし、この場にいるWRO内で局長の右腕と称されるデナリは違った。 グッと拳を握り、部下を睨む。 「何故だ…」 低い声音にははっきりとした怒りと部下への猜疑の念が込められていた。 「何故、『ミコト様』が『闇』の化身だと報告しなかった…」 ユラリ…。 立ち上がって部下に歩み寄る。 屈強な体躯から立ち上る殺気。 英雄達とグリートは思わず腰を上げた。 しかし、当のシュリは相変わらず無表情で全く動じていない。 自分に向けられている殺気をなんとも感じていないように流している。 「『ミコト様』という存在が明らかになって既に三ヶ月。その間、大佐、キミは『ミコト様』に関して何も言わなかった。あえて言うなら『危険な存在と思われるため、腕の立つ隊員を捜索に当たらせて欲しい』とだけだ。それなのに…」 ピタリ。 漆黒の癖ある髪を持つ青年の目の前で立ち止まる。 距離にして…僅か拳一つ分。 「そんな危険な存在だと一言も報告しなかった…!」 ガタン!! バレットとシド、ユフィが椅子を鳴らして険悪な空気を突き刺しているデナリと、その対象となっている青年の元へ跳躍する。 しかし、一番近くにいたヴィンセントが誰よりも早く行動に出た。 あっという間に殴りかかろうとしていたデナリの腕を掴み上げ、自身の身体を割り込ませる。 「よせ!今は言い争っている場合じゃない!」 「あなたは黙っていてもらいたい!これはWROへの裏切り行為だ!!」 激昂するWROの中将と全く引かない『ジェノバ戦役の英雄』。 駆けつけたユフィ達にシュリはそっと後ろに引かれ、デナリとヴィンセントから距離を開けられた。 その間、シュリは相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。 そして、グリートも困惑していた。 そんなにヤバイ相手に、従兄弟がたった一人で『捜索』を命じられている。 その為に、シークレットミッションのメンバーを二手に分けてエッジに戻らせようとしている上司の真意が分からない。 いや、グリート的にはありがたい。 そんなヤバイ相手、大切な従兄弟一人に当たらせたくはない。 出来れば、自分が……そして、腕の立つ『英雄』が何名か戻ってくれたら、従兄弟へ降りかかるであろう危険が少しは減るというものだ。 しかし…。 デナリがいうのももっともだ。 何故、今まで『ミコト様』という『闇の化身』の危険さを局長や中将に進言しなかったのだろう。 それは、デナリが言うように『放置していた』という事に他ならない。 そもそも、今回プライアデスが一人で『捜索に当たる』事になったのは、『人が死んだ』からだ。 これまで、星のいたるところで失踪事件、精神傷害事件が起こり、その度に腕の立つ隊員がエッジの路地裏を中心に『ミコト様』探索を行っていた。 いずれも良い成果を挙げる事は…出来なかったが…。 それなのに、最も最悪とされる『死人』が出た途端、それらの隊員達を引き上げさせてプライアデス一人に任命した…という局長の真意が分からない。 もしかしたら…まだまだ自分の知らない『機密事項』に従兄弟が深く絡んでいるのでは……? その疑念が頭をもたげ、グリートの背筋をゾッとするものが走った。 「中将…。何でも俺が分かってると思うのはやめて頂けませんか……」 一触即発しそうな張り詰めた空気。 その雰囲気の中、疲れたような……けだるそうなシュリの一言がその場の全員を凍らせた。 青年は無表情な仮面をかぶってはいたが、その目は……どこか……空虚感を湛えているようで…。 デナリだけではない。 他の英雄も…グリートも……。 その言葉にハッとする。 無意識に、この青年が何でも知っている…何でも分かっていて『分からない事は何もない』と思いこんでいた。 デナリの怒りがあっという間に消えさり、反対に言いようのない羞恥心が中将と呼ばれる壮年の男性の胸を占めた。 「……す、まない…」 謝罪の言葉が僅かに震えている。 誰も哂わない…。 むしろ、自分に向けられた言葉のような気分がして…項垂れる。 「いえ…構いません。そう思われても仕方ないとは分かってますから…。ただ……」 クシャリ…と、前髪を掴む。 露わになった『シャドウ』に傷つけられた青紫のただれた傷跡に、その場の面々の背筋が寒くなる。 「俺も……『人間』なんです。分からない事もあれば…失敗する事もある。偉そうに言ったり、行動していると思われているならば、それは俺の不徳のいたす所ですが…それでも、俺は中将と変わらない『人間』なんです。『超人』じゃない。『星の声が聞え』たり『星の力を操る』ことが出来たりする以外は……なんにも変わらないただの『人間』なんですよ」 重い…その声とその言葉。 いかにシュリがそう思われている事を嫌悪しているのか……疲れているのかを表すのには十分だった。 そう…感じた。 しかし…。 「だから……『セトラは滅びた』」 「「「「「「「!?」」」」」」」 唐突過ぎるその言葉に、全員がギョッとした。 これまでの話の流れから突飛しすぎではないのか!? 何故ここで『セトラ』という言葉が出てくるのか…!? しかも、『ジェノバ戦役の英雄』達にとっては、その種族は大切な彼女を表している『かけがえのない一族』。 軽々しく口にしていいものではないし、ましてや『滅んだ』ことが『当然』であるかのようなその言い様は…。 「なんだよ…それ……」 「おい……どういう意味だよ…」 怒りを誘うには十分すぎる。 デナリを宥めていた立場から、一気にシュリを非難する立場へ逆転する。 噛み付かんばかりに睨みつけられているというのに、シュリは……。 「ほら…皆さんも分かってない…」 無表情の仮面が剥がれ…。 悲しそうな目で皆を見渡す。 「そうやって『セトラ』を『人間』として『見ない』人間がいたが故に、最後の『セトラ』は『闇』の手にかかってしまった…」 鋭い痛みが胸を刺す。 確かに……そういうことだ。 今は亡き神羅の社長。 そして、狂った科学者。 更には、強欲で己の利益しか追求しない愚かな人間。 それらの人間が、エアリスを『人として扱わなかった』為に、彼女と彼女の両親は死に追いやられた。 押し黙って俯き、苦い思いをかみ締めている面々に、シュリは一つ息を吐いてフッと苦笑した。 「ま、今更言っても仕方ない事ですね…」 そう呟いて顔を上げた青年は、再び無表情の仮面をしっかりと被っていた。 他者を寄せ付けない……そんな思いをイヤでも感じる。 折角……心を開いてくれたのに、自分達の勝手な思い込みが青年の心を閉ざしてしまった…。 後悔の念が押し寄せる。 だが、謝罪を口にする前にシュリが口を開いた。 「『セトラ』を引き合いに出した事は謝ります。しかし、『セトラ』が『ただの人間』だったのと同じ様に、俺も『ただの人間』です。分からない事もあるし、失敗もする。その時、最善だったと思った行動がとんでもない事態を招く事も…ある」 それが……今です……。 誰も何も言わない。 デナリですら……言うべき言葉が見つからない。 謝罪をするべきなのか…。 それとも、『まだ大丈夫!何とかなる!』と励ましの言葉をかけるべきなのか…。 その判別がつきかねて、結局押し黙る。 「すいません。話を戻します」 淡々と本来しなければならない『説明』へと話を戻した青年に、反対する者は誰もいなかった…。 「現在、『ミコト様』は相変わらず捕捉出来ていません。しかし、『ミコト様』が一体何をしようとしているのか…それが漸く分かりました」 一気に緊張が高まる。 身を乗り出すようにして耳を傾ける面々に、青年が口にした言葉……。 それは…。 「『己の器を手に入れること』」 意味が良く分からない。 分からないのだが…。 言いようの無いおぞましさがその場の全員の身体を駆け抜けた。 「ティファ〜!これはこっちで良い?」 「あ、うん。そっちで良いよ」 「ティファ、これは?」 「あ、それはこっちが良いな」 「ティファ…」 「なに?」 「少し…休め」 子供達と笑顔で引越しの荷解きをしていたティファに、クラウドが顔を顰めて声をかけた。 そのあまりにも心配で一杯の表情に、顔が綻ぶ。 「大丈夫!もう、クラウドったら過保護なんだから」 クスクスと笑いながら軽く流すと、金糸の髪を持つ愛しい人は益々渋面になった。 「なに言ってるんだ。ティファはもう少し自分を大切にするべきだ」 そう言いながら、はしゃぐ子供達にも声をかけて一休みするよう促す。 「「はぁ〜い!!」」 元気一杯に返事をすると、パタパタと駆け寄ってまだ片付いていないダンボールの一つにちょこんと二人は腰をかけた。 ブラブラと足を揺らしながら、改めて新居を見る。 「大きいネェ」 「広いよなぁ」 天井を見上げ、部屋を見渡し、しみじみとそう漏らす子供達に、親代わりの二人も感心したように新居を見回した。 「そうだなぁ…」 「流石、大財閥よねぇ」 セブンスヘブンの店内くらいは軽くあるその広さ。 それだけの広さが、全部『居住区』なのだ。 建物は二階建て。 一階はキッチン・リビング・ダイニング。 セブンスヘブンなら、客達が数十人入れるために用意されたその面積が、そっくりそのまま『住んでいる人間のためのスペース』なのだから、その広さは有り余るほど…。 二階も広くて衛生的だ。 部屋数は四つ。 三つは客用と一つがプライアデス用とのことだったが、やはり……広い。 窓も大きく、自然の光がたっぷりと注がれるそれぞれの部屋は、ホント……。 「広すぎて落ち着かないね…」 庶民には…少々……かなり落ち着かない。 こんなにも贅沢な住居に、『無料』で貸し出されたことに、クラウドとティファは難色を示した。 いくらかでも『賃貸料』として受け取ってもらいたかったのだが、頑としてバルト家は拒否した。 曰く。 『『姫』が命を賭けて守ろうとした『大切な人』からお金を取るだなんて、とんでもない!』 だそうだ。 バルト家にはバルト家の思いがあるらしい。 アイリが身を賭して守ったという事が、本当に……嬉しいようだ。 それだけ、周りの世界に目を向け、感じていたと分かったのだから。 結果、今は辛い状況に身を置いているとは言え、これまでも戦ってきた彼女だ。 きっと良くなる! そう言い切ったバルト家の当主の言葉は、クラウドとティファの胸に温かく…そして重いものとして響いた。 そして、アイリの為に出来る事は何でもしたい。 そう言ったバルト家の当主に、二人は頭を下げた。 「それにしても、隣がリリーお姉ちゃんのケーキ屋さんだなんて、ラッキーだよね!」 「そうそう!これからきっと、美味しいお裾分けが期待出来るよな!」 「もう、デンゼルったら喜ぶところってそこ?」 「なんだよぉ、良いじゃん!姉ちゃんのところのケーキ、美味いんだし!」 「そうだけどぉ…」 「ふ〜ん。マリンはじゃあいらないんだ〜。お裾分けがこれからあったとしても、俺とクラウドとティファの三人で食べちゃおっと!」 「あ〜!そんな事言ってないじゃない!」 明るく笑い、じゃれ合う子供達に大人達は笑みを浮かべた。 カームでの生活が明るく、楽しいものであるかのような…。 そんな気持ちにさせてくれる……ひと時だった……。 |