星が悲鳴を上げている。
それは、これまで聞えていたものとは比べ物にならないほどの……悲鳴。
悲哀を込めて……助けを求めて、必死に……狂ったように…。
ごめん。
それでも…。
この戦争にどうか、アイツを巻き込まないでくれ。
俺が捧げられるものなら何でも捧げる。
だから……。
どうか、アイツを巻き込まないで。
アイツが『記憶』を取り戻してしまうようなことだけはしないでくれ。
世界中の命あるモノに『裏切り者』と罵られてもかまわない。
憎まれてもかまわない。
むしろ、喜んでそれらを受けよう。
だから……どうか…。
『先の人生で幸薄かった』アイツを起こさないで…。
Fairytail of The World 36
エッジに着いたティファは、一先ず街の入り口に一番近いパーキングへ車を放り込んだ。
そして、その足で一番近い店に飛び込む。
買い込んだのは、カーキ色のカットソーに濃い色合いのジーンズ。
変装用のベージュのキャップ帽を目深に被り、着ていた服はそのまま紙袋の中に入れてもらった。
普段、黒い服ばかりを好んで着ていた彼女からはちょっと想像しにくい『ありふれた格好』。
目深に被ったキャップ帽も手伝って、ティファだと気付く者はいないだろう。
ティファはとりあえず、噂になったと言うジュエリーショップの女性を捜す。
だが、覗いたその店には彼女はいなかった。
いたのは、エッジが出来た当初から細々と営み、愛してきたこの店の夫婦。
「いらっしゃいませ」
落ち着いていて、温かみのあるその声音にティファは思わず顔を逸らし、店を出ようと踵を返した。
だが、ふと視線を転じて一つのアクセサリーを見つめる。
それは本当にシンプルなクロスのネックレス。
シルバー素材のそのクロスのネックレスは、今のこの格好にも良く合うだろう。
何も買わないであっさりと帰ったら、逆にこの店の夫婦に変な印象を与えてしまう。
ティファは、伏せ目がちにそのネックレスを手に取ると、
「まぁまぁ!これは本当に人気なんですよ」
と、嬉しそうに言う婦人に黙って渡した。
「「ありがとうございました〜!」」
無事に清算を済ませ、店を出るときの夫婦の明るい声が……やけに胸に痛い。
「ふふ……なんだか…贖罪したい気分……」
胸元で揺れるシルバーのクロスを指先でいじりながら、苦笑する。
実際、自分は一体何をしているのだろう?
クラウドよりもくだらない噂を信じて…ここまで来てしまった。
しかも、子供達にろくな言い訳もしないで、リリーに子供達の事を押し付けて…。
情けない…。
だが、どうしようもなく胸がざわめく。
彼を信じている。
信じているのに……どうしてこんなに不安なのだろう……?
彼が遠くに行ってしまうという疑念が後から後から沸いてくる。
何故?
どうしてこんなに不安になる?
彼がどれほど自分の事を想ってくれているか知っているのに…。
それでも…何か……何か……引っかかって仕方がない。
今すぐに『噂の女』を確かめたい。
クラウドがその女と一緒にいるわけではないのだと……しっかりとこの目で確かめたい。
噂の女が一人で…あるいはクラウド以外の人といるならそれで良い。
だが…。
もしも……。
もしも、クラウドが一緒だったら?
いや、一緒だったとしてもそれは彼の『仕事』の為かもしれない。
そっと物陰から様子を見ることが出来たら、それが『仕事』なのか『仕事でないのか』はっきり分かる。
見分ける自信がある。
だから…。
ティファは不安で押しつぶされそうな胸を抱えて街を行く。
ひたすら……セブンスヘブンへと足を動かす。
クラウドが自分に話してくれたように『エッジの端から端まで』という仕事内容が真実なら…彼はセブンスヘブンにはいない。
しかし…もしもいたら…?
「……いるはずない…」
ポツリと力なく呟く。
そう、彼は自分にウソはつかない。
セブンスヘブンにいるはずない。
いない事を確認して……彼に電話を入れてみて……。
そうして『あぁ、すまない。今、丁度配達の途中だからまた後でかけるよ』そう言ってもらうのだ。
もう…目の前。
セブンスヘブンが……自宅が幾筋もの通りのはるか向こうに見えてきた。
行き交う人々と車、トラックの隙間にチラチラと見える。
ドクン。
心臓が跳ね上がる。
見慣れた愛すべき『我が家』。
その佇まいを遠めで見ただけで、全身がやけに緊張する。
「大丈夫…大丈夫…」
繰り返し、呪文のように口の中で呟いて…。
信号が青に変わるのをじっと待つ。
待っている間は妙にソワソワとしていて、落ち着かない。
不安にざわめく心を落ち着かせようと、わざと自分の周囲に気を配る。
隣に立つ人の服装がちぐはぐでセンスが無いな…とか、今日は人が多くて前が見にくいな…とか。
それに、匂い。
何だかどこかで何かを燃やしている臭いが鼻につく。
恐らく、この近くの公園で焚き火をしているのだろう。
取るに足らないことを必死になって考えて…。
ティファはパッと変わった信号に従って一歩を踏み出した。
その時…。
え……?
視界の端にチラリと映った影。
雑踏にまみれた中、それは本当に一瞬。
見間違い…?
そう思ってしまうほどの刹那のこと。
しかし、直感する。
ティファは足の向きを変えた。
後ろから歩いてきた人が目の前で急に方向転換したティファに、迷惑そうな顔をして追い越していく。
それすら全く気にならない。
視線は真っ直ぐ……小さな道路を挟んだところにある公園に向けて……。
その……公園の中にあるベンチに向けて……。
ドクン……ドクン……。
鼓動が耳にやけに響く。
街の雑踏が消える。
聞えるのは自分の鼓動と……呼吸だけ。
フラフラと周りを見ずに歩いている為、数人の人とぶつかり、その度に冷たい視線や舌打ちを受ける。
だが……全く気付かない。
ティファの視線は…感覚は…全神経は…。
公園のベンチに座って笑っている愛しい人の姿にしか向いていない。
ウソ…だよね?
他人の空似…だよね?
クラウドじゃ……ないよね?
自分に向けて必死に、念じるようにそう思うそばから、
私がクラウドを見間違えるはずが無い!
そう冷静に言ってくる自分がいる。
なんで…?
なんでここにいるの…?
その女(ひと)……誰……?
ティファのいる場所からは女性は背を向けているので顔が見えない。
薄茶色の長い髪は少しウェーブがかかっていて…ポニーテールにされている。
着ている服は…淡いピンクのワンピース。
風に揺れてフンワリと靡くその後姿は…イヤでも彼女が素敵な女性だと思わせてしまうもので…。
実際、公園の前を通り過ぎる人達がベンチへ視線を送り、後ろ髪を引かれるようにして通り過ぎている。
あと少しで、公園のすぐ傍にある小さなビルに辿り着く。
ビルの陰から……クラウドが女性と何をしているのかを窺う事が出来る。
不安と焦り、そして恐怖がジワジワと脂のように心の中を染みていく。
知らず知らずのうちに握られた拳が小刻みに震え、爪が真っ白になっていた。
もどかしいほどの長い時間を感じつつ、ティファがビルに着いたその時。
一陣の強い風が吹いた。
危うくキャップ帽が飛ばされそうになって慌てて帽子を押さえる。
公園でしていた焚き火の燃えカスがクルクルと回りながら上空高く飛んでいく。
突然の突風が落ち着き、顔を上げたティファが見たものは…。
女性の頬に両手を添えて顔を寄せている…愛しい人。
彼女の後姿に隠れてクラウドがどんな顔をしているのか分からないが…それでも…!!
よろり…。
衝撃のあまり、ふらついてビルの壁に背をつく。
足がガクガクと震え、力が入らない。
今にもしゃがみ込んでしまいそうになる。
大声で悲鳴を上げそうになり、無意識の内に両手で口を押さえる。
今……彼は一体何をしたの…?
誰に…何をしたの…?
私以外の人に…何をしたの……!?
混乱するティファの目の前で、全く彼女の存在に気付いていないクラウドが女性からそっと離れた。
その顔は、遠くからでも微笑んでいるのが分かる顔…。
子供達やティファ、そして仲間達にしか見せない顔…。
その『特別な顔』を…会って間もない人に見せている。
頭の中が真っ白になる。
口の中がカラカラに乾き、全身から血の気が引く。
視界が狭くなり、薄い膜を視覚に貼り付けてしまったかのようだ。
呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息が苦しい。
喘ぐように息をするティファの目の前で、女性が立ち上がった。
そして、必然的に自分を見上げるようになるクラウドに、おどけてクルリとその場でターンをした。
『!!!』
初めてティファは、その女性の顔を見た。
その瞬間、ビクッと身を震わせ、鋭く息を吸い込んだせいで『ヒュッ』と変な音が出る。
そのまま……息を止め……ティファの時間が、思考が、鼓動が……止まる。
彼女の顔しか……見えない。
頭を強く殴られた衝撃がティファを襲った。
華奢な身体。
ほっそりとした顔立ち。
笑みを湛えた口元。
そして、意志の強そうな深緑の瞳。
「エアリス……」
今は亡き、親友がそこにいた。
「…ッ!!」
突然、シュリが小さく呻いて片手で頭を押さえ、グラリと身体をふらつかせた。
テーブルに手を付いて転倒を免れたが、カップが派手な音を立てて床に飛散する。
「おい…大丈夫か!?」
「シュリ、傷が痛むの!?」
ギョッとしてシドとナナキが駆け寄る。
青年は頭を押さえていた手に力を入れながら、なおも前かがみになって苦しそうに呻いている。
シドとナナキ、その他、その場にいたクルーが慌ててシュリの身体を支えてどこか横になれるところを…とオロオロしていると、席を外していたデナリとユフィが丁度帰ってきた。
「どうしたの!?」
「大佐!!」
慌てて二人共苦しそうに身体を折り曲げている青年に駆け寄る。
が、シュリは大きく何度か深呼吸するとフッ……と、身体の力を抜いた。
そして、何事も無かったかのように姿勢をただし、
「すいません…治りました」
涼しげな表情と淡々とした口調でいつも通りを演出する。
「そんな……治ったってアンタ…」
「おいおいおい、そんな短時間で治るのか!?」
「ねぇ、シュリ。無理しなくても良いんじゃない?」
「大佐…君に倒れられたら今回の作戦は遂行出来なくなる。一日予定を見送っても…良いのでは?」
任務を何より優先するデナリでさえ、シュリに安静を取るように勧める。
それほど、青年の様子は尋常ではないように見えたのだ。
しかし、シュリはあっさりと首を横に振ると「古傷が痛んだだけですから、今は何ともありません。問題ないので、作戦を遂行したいと思います」そう頑迷に言い放った。
しかし、当然のことながら仲間達は「はい、そうですか」と言うわけがない。
デナリでさえもそうだった。
シュリが倒れたら任務が出来なくなる…という事実以上に、これ以上の負担をこの青年にかけるという良心の呵責にとうとう耐えかねた。
「大佐。これは命令です。明日まで安静にするように!」
初めての……任務よりも部下の身を優先させた命令に、英雄達が驚いたように振り返り、次いで破顔した。
どの表情も、『見直した!』と語っている。
だが…。
「一刻も早く、エッジに戻る必要があります。これから任務に入ります。もしも、皆さんが強行的に阻止されると言うのなら……」
「「「「 !! 」」」」
青年が掲げたファルシオンに、その場の全員が息を飲んだ。
ただのこけおどしではない事がその眼光から窺える。
「俺一人で任務を続けます。あなた方を排除して」
排除。
この言葉がこれほど冷たく耳に響くとは……想像もしていなかった。
英雄達もデナリも、言葉も無くその場に立ち尽くし、青年を凝視した。
あまりのことに言葉がない。
青年がなにをそんなに焦って行動しようとするのか、その理由が分からない。
いや、分かっては…いる。
ティファが『闇』に狙われていると彼は言った。
恐らく、その事で少しでも早く戻りたいと言っているのだろう。
しかし、一足先に仲間達がエッジに向かっているではないか……。
それに、クラウドもシェルクも…そしてプライアデスもリーブもティファの傍にはいる。
滅多な事にはならないだろう。
勿論、四六時中ベッタリと一緒にいるわけではないだろうが、それでもティファが命を落としかけてからのクラウドの過保護振りを知っているだけに……。
そんな滅多な事になるとは……思えない。
そんな事をグルグルと考えている面々に、シュリは冷たい表情で立っていた。
「あなた方が何を考えているのか…大体は分かります」
冷たいその声音に背筋が凍る。
「ヴィンセントさん達が一足先にエッジに向かったから…、クラウドさんがティファさんの傍にいるから…、ティファさんご自身がお強いから…、だからそんなに心配する事はない……そう思ってるのでしょう……」
甘いですね…。
ゾワリ…。
背筋に冷たいものが走り抜ける。
「『闇』は、人の心の中の『負の部分』に付け入って取り込むことに長けている。ほんの小さな『心の闇』を増徴させる事なんか、簡単なんですよ」
ゴクリ…。
シドが唾を飲み込み、ユフィがブルリと身を震わせ、ナナキが体毛を逆立てた。
「ティファさんは確実に『心の闇』を攻撃されている。『闇』に捕まるまで…そんなに時間が無いんです」
「なんで…そんなことが分かんだよ……」
喘ぐように声を絞り出したシドに、シュリは冷たい眼差しを突き刺した。
これまでにこんな目で彼に見られたことがない面々は、揃って半歩後ずさった。
「今、そんなことを説明している場合じゃありません」
バッサリと…斬って捨てる。
そのモノ言いに、いつもなら激昂するであろう英雄達は…誰一人そうならなかった。
むしろ、言いようのない焦燥感が全身を支配する。
「まだ…邪魔をするつもりですか…?」
否を唱えるものは…誰もいなかった。
「ハッチ、開けます!」
旧ミディール村上空に到着したシエラ号は、密集している木々の為にスカイボードでそれぞれ着陸する事となった。
ハッチが開けられ、次々とメンバーが地上に向かって落下する。
ナナキはシドが背に担いでいた。
風を切って真っ先に目的地へと空に身を躍らせた漆黒の青年に、皆黙ってその背を追った。
第三ミッションが…始まる。
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