古来より…。
 恵みの大地に感謝し、その証として『祭り』が行われた。

 楽を奏でる者…。
 舞を舞う者…。
 そして、喜びを言葉と音色で表す歌を歌う者…。

 他の者達には持ち得ないほどの『力ある者』と認められた者以外、その神聖な『儀式』を執り行う事は許されなかった。

 そう…。
『祭り』は、聖なる『儀式』であり、星を活気づかせ、生きとし生けるもの全てに更なる恩恵をもたらす為には必要不可欠であったのだ。


 その必要不可欠である神聖なる儀式が失われて、もう数千年が経っていた…。



Fairytail of The World 37




 小型艇がシエラ号を離れて三十分後。
 シークレットミッションのメンバーは深緑に覆われた大地に降り立った。
 旧ミディール村。
 そこには今でもライフストリームが滾々(こんこん)と泉のように湧き出ている。
 溢れ出ないのは、恐らく湧き出る先から星の内部へと戻る為だろう。
 まるで…海の小波(さざなみ)のような光景は、緊張感に張り詰めていたメンバーの心を一時ほぐしてくれた。

 だが、当然のことながら今回のミッションリーダーは、そんな光景に目もくれずに目的地へと足を進める。
 慌ててミッションメンバーはシュリの後に続いた。
 辿り着いたのは……

「なに…ここ……」

 密林の中にぽっかりと空いた小さな草原。
 膝丈ほどに延びた草が風にそよがれている。
 まるで、密林の中で切り取られたかのように出来たその小さな空間に、一行は唖然とした。
 よく、映画やドラマで観るような作られたその空間の中心へ、シュリは躊躇う事無く歩を進める。
 ピタリと止まって、ゆっくりとメンバーを振り返る。

「そこで待機していて下さい」

 それ以外の指示はない。
 シャドウに備えろ…とも、何かの現象に注意しろとも……何も言わない。


 ― そこで待機 ―


 ということは、ここから動くな…ということ。
 メンバーは困惑顔で互いに見合わせながらも、そのままその場に留まった。


 シュリがゆっくりと目を閉じる。
 以前、二つのミッションの際には全てを曝して無防備だったが、今回は…ただ目を閉じているだけ。
 何か異様に…『気迫』のようなものを感じる。

 ザワザワザワ……。

 風が強くなったのは…気のせいか…それとも偶然か…?
 いや……違う。
 シュリの周りの草がシュリを中心として傾いでいる。

 シュリの足元から風が起こっている!!
 その事に気付いた一行は、全身を粟立たせた。

 息を飲む面々の恐怖とも言える視線を受ける中。
 シュリが目をカッと開く。



「……『シヤメ』……」



 呟かれた一言。
 意味は分からない。
 だが、その直後にシュリを青白い光の粒子が大きく膨れ上がって彼を取り巻き、上空高く舞い上がった。
 そして、二筋の光が大地に降臨する。

「ザックス…」
「エアリス…」

 青白い粒子を纏った二つの影。
 いつもは笑みを浮かべている二人の顔にはピリピリとした緊張感しかない。

 ザワザワザワ…。

 風が益々強くなる。
 一行は目を細め、腕を上げて顔を庇う。

 その時……。
 皆は見た。

 黒々と大きな体躯をくねらせ、シュリに向かって突進する影を…。
 そして、その影とシュリの間に立ち塞がる……親友の姿。


「おぉぉぉおおおおおお!!!!」


 ザックスが気を込め、手にしていたバスターソードを閃かせる。
 エアリスはシュリの前にすっくと立ち、ロッドを手に構えていた。

 鋭い斬檄がシャドウを襲う。
 ギリギリのところで身を翻してシャドウは体勢を整え、迫るザックスを無視してシュリへと突進した。
 その先には……華奢な体躯のエアリス。
 仲間が息を飲む。
 思わず一歩、踏み出して駆け寄ろうとする。
 が、その動きに勝ってエアリス、シャドウ、そしてザックスの動きが早かった。
 エアリスが眦を吊り上げてシャドウを見据え、ロッドを勢い良く振り下ろす。
 ロッドの先端からエメラルドグリーンの光がほとばしり、シャドウを捉えた。
 耳障りな雄叫びを上げながらのた打ち回るシャドウにザックスがバスターソードを振り下ろす。


 ― やった!! ―


 誰もがそう思った。
 だが、その喜びも束の間、ザックスの身体が大きく弾き飛ばされる。
 唖然とする面々の目の前では、ザックスを突き飛ばした新たなシャドウの姿があった。
 それも一体ではない。
 一、二、三、四…。
 合計五体。


 愕然とする。
 いつの間にこんなに増えていたのか!?
 だが、シャドウの標的となっているシュリは全く動じる事無く悠然とその場に立っている。
 エアリスの攻撃を受けてのた打ち回っていたシャドウが、その束縛から解放されて仲間達の群れに加わる。
 体勢を整えたザックスがシュリの傍に戻り、エアリスと並んで対峙する。

 数で言えば、六対三。
 二倍の敵に対してザックス、エアリス、そしてシュリの表情に焦りはない。
 鋭い目で睨みつけてはいるが、全く焦りや不安とを感じていないようだ。

 ミッションメンバー達は、グッと拳を握り締めて身構えた。
 いつでも…『盾』となれるように。
 自分達の持つ力ではシャドウには太刀打ち出来ない。
 だが、ザックスとエアリスの攻撃を掻い潜ってシュリに攻撃を仕掛けたときの『盾』くらいにはなれるだろう。


 ジリジリとした緊迫感が辺り一帯を支配する。
 風がどんどん強くなる。
 それは……シュリから発せられる風。
 前の二つのミッションの時、彼は自分の身を敵前に晒すように完全に無防備だった。
 そうしなければ実行出来ない…と言っていた。
 だからこそ、上司と部下、そして『ジェノバ戦役の英雄』にガードを頼んだのだ。
 だが、今は違う。
 真っ向からシャドウを睨み、いつものように無防備な姿を晒そうとはしない。
 その事に気付いた者が果たしてこの場にいただろうか?
 シュリがザックス、そしてエアリスと『魂の契約』を結んでから、彼は強くなった……と言うように見える。
 現に、シャドウを目の前にして真っ向から渡り合える力を持った守護者がいるのだ。

 ふと…。
 その事実にお元気娘が気がついた。
 ナナキも何かを勘付いた。
 お互い目配せをし、小さく頷く。
 恐らく…今の自分達ではシュリの護衛役は不可能だ。
 にも関わらず、この場に…ミッションに継続して残された…という事は、青年には『護衛』という役目よりも、もっと別のものの為に自分達をここに連れてきたのだ。
 その答えは、すぐに分かるはず…。
 だから…。
 ユフィもナナキも…あえて無言で対峙している闇と光を見つめた。
 数で言えば圧倒的に不利。
 だが……。

「「負ける気しないね!」」

 突然、不適に笑ってそう声を合わせたユフィとナナキに、シドとデナリがビクッと身を震わせてバッ、と勢い良く二人を見た。
 その表情は非常に……不機嫌そうだ。
「ビックリさせんな!」
「……お二人とも、お静かに……」

 しかし、二人は妙に感じる高揚感を抑え切れず、緩む顔を引き締められない。
 きっと…。
 シュリはなにか考えがあるのだ。
 それをザックスとエアリスは知ってるのだろうか?
 魂の契約。
 それを交わした三人は、きっと、目に見えない絆というものを手に入れて、互いの考えが分かるようになってるんだろう。
 何しろ、ザックスもエアリスも、見た目は生前と変わっていない。(勿論、ザックスは生前を知らないが…)
 モンスターに対峙する時の表情が、操られているものではなく、己の意思で戦っているという顔。


 ザッ!!

 シャドウが一斉に襲い掛かってきた。
 ザックスが一番前で迎え撃つ。
 ザックスのバスターソードが奇妙にユラユラとした靄のようなものを纏わせている。
 それが、なんなのかは…分からない。
 だが、凄まじい『気力』を感じる。
 ザックスの魂の一部ででもあるかのようなその淡い光。
 バスターソードから放たれる淡い光に、シャドウが引き寄せられるように標的をザックスに変更した。

 上空高くシャドウが跳躍する。
 それをザックスはバスターソードを刃先を下にして構え……そして…。


「おおおぉぉぉおおおおお!!!!」


 空気を振るわせる気合。
 それと共に、思い切り足を踏み出して力の限り武器を一閃させた。
 ソードに纏っていた靄のような『気力』が鋭く放射される。
 上空から襲い掛かっていたシャドウの二体がその攻撃をまともに受けて、黒い粒子となって砕け散った。
 残りの四体は消滅することはなかったものの、重傷を負っているものが三体、ほぼ無傷なものが一体。
 これで形勢は一気に一対二。
 重傷を負った三体は地面をのた打ち回り、シュウシュウ、という異音を立てながら黒い靄のようなものを全身から…特に負傷した部分から立ち上らせている。
 これが肉体を持つものなら…恐らく黒い靄は…シャドウの血なのだろう。

「「「「ッ!!」」」」

 傍観するよう言われた四人は、思わずその異臭から口と鼻を覆った。
 耐え難い腐臭。
 まるで、大量の生肉が腐ったかのような…吐き気を覚えるほどの悪臭。
 だが、ザックス、エアリス、そしてシュリは全く動じない。
 揺ぎ無い姿勢をそのままに、鋭くシャドウを見据えている。

 動ける一体がギラギラとドス赤黒い瞳を光らせ、ザックスを睨みつける。
 避けた口元からは獰猛な唸り声が低く洩れ、まるで仲間の敵を討たんとしているかのようだ。

 と…。
 その時、それまでなんの行動もしなかったシュリがそっと上着の内ポケットに手を入れた。
 あまりに自然なその仕草に、見守っていたメンバーは彼が武器を取り出すのだろう…と、何の疑いも無くそう思った。
 だが…。


「「「「は…!?」」」」


 手にしたものは……オカリナ。
 あまりに場違いなその楽器の登場に、思わず目が点になる。

 対して、シャドウと対峙していたザックスと、恋人と敵の戦いを見守り、シュリを守護すべく凛と立っていたエアリスの顔に緊張が走った。
 緊張……というよりも…むしろ……。

『不安』と『悲しみ』。
『心配』という表現も合うかもしれない。
 それらの感情は明らかにシュリに向けられたもので、仲間達は益々わけが分からない。

 風が…一層強くなる。

 シュリは黙ってオカリナを口に当てた。



 命を賭けた闘いの場に、オカリナの透明感溢れる音色が響く。
 その音色は…とても………とても……。


「「「「場違いだ……」」」」


 ユフィ、シド、ナナキ、デナリは揃って呟いた。
 何故なら、オカリナが奏でる曲があまりにも……『明るく』て…。
 まるで、踊り子が今にも現れ、他の楽器を奏でる者達が楽しげに弦楽器や管楽器を演奏するかのような…そんな『心浮き立つ曲』。
 命を賭けた闘いの場にはあまりにも不似合いなその曲は、奇妙な感情以外、なにも生まなかった。
 だが…。


 ギャーーーーー!!!!!


 身の毛もよだつ獣の断末魔。
 重傷を負っていたシャドウが、ザァッ…と、風に吹かれて粒子となり…消える。
 残りの一体も微かに負っていた傷口からどんどん黒い煙をシュウシュウと上げ、苦しんでいる。

 そして…。
 ザックスとエアリスにも変化が起こっていた。

 二人共、今はシャドウに対峙していた姿勢を保っていない。
 何かに堪えるように……眉根をきつく寄せて必死になって立っている。
 一行は気付かずにはいられなかった。
 シュリがオカリナを吹くことで、ザックスとエアリスから『力』が奪われているのだと。

 シュリは言っていたではないか。


 ― 二人の魂よりも自分の魂が強いから……喰ってしまう… ―


 喰ってしまう…とはこういうことだったのだ。
 シュリが『力』を使った分だけ、魂の契約をした二人から力が吸い取られ、シュリへの負荷がゼロになるようになっているのだ。

 思わず、『ジェノバ戦役の英雄』が止めに入るべく駆け出そうとする。
 その時。


 カッ!!


 シュリを中心に、新たな光が突然あふれ出した。
 その光は草原ばかりではなく、後で知ることになるが、ミディール地帯全域を覆う広範囲に渡っていた。
 そのあまりに眩い光の為に、思わず四人は顔を覆い、眼をきつく瞑る。
 そして、瞼の向こうの光が和らいだのを感じ、恐る恐る目を開けると…。



「なに……これ……」
「………さぁ…」
「なんてこった…」
「……………どこから…」

 呆然とする四人の目の前では、エメラルドグリーンの光に包まれた『透けて見える人間達』。
 その数は……数えるのもバカらしい。
 草原一杯に溢れんばかりのその『今は亡き人達』は、シュリを中心に穏やかな…あるいは悪戯っぽく、そしてあるいは歓喜に溢れて微笑んでいた。
 手には……楽器。
 弦楽器もあれば管楽器もある。
 シュリのようにオカリナを手にした者もいる。
 その誰もが銀髪に…深緑の瞳を持っていた。
 そして…、これが一番信じがたいことがだ、その背には大小異なるものの、白銀の双翼。
 まるで、天使の軍団が地上に降臨したかのような圧巻したそのさまに、ミッションメンバーはただただ呆然と目を見張るばかりだ。
 現実離れしすぎていて頭が全くついていかない。

 そんなメンバーの目の前で、『今は亡き者達』がめいめいがそれぞれの専門分野であろうその楽器を手に、そっと構え……。


 大合奏が始まった。


 空気が振動する。
 大気が……喜びに震えている。
 ミディール特有の密集した木々が大きくその枝を震わせるさまは、奏でる曲にまるで合わせているかのようだ。
 曲を一言で表すなら……『喜び』。
 一体何を喜んでいるのか分からない。
 だが、厳かな部分を含みながらも溢れんばかりのその『喜び』は……星への尊敬の念に満ちているように感じる。

 そして、その大合奏の中、新たな光が地面から跳び上がった。
 そう、まさに『跳び上がった』のだ。


 シャラン…。


 大合奏にあわせるようにして聞える鈴の音。
 新たに現れたのは二人の女性。


 腰まで伸ばした豊かな銀髪に深緑の瞳をしたその女性達は、目を見張るほどの美しさだった。
 神々しい…という表現がピッタリ当てはまる。
 そしてその背には、楽を奏でている者達の中には誰一人いないほどの大きな双翼。
 首筋から袖、そして足の裾までスッポリと覆われるほどの真っ白な長衣を纏い、袖から見え隠れするブレスレットの鈴が涼やかに響く。

 シャラン…シャラン…。
 シャン…シャン…。

 女性達が手をかざし、優美に舞いを舞うたびに鈴の音が合奏の最中に響く。
 合奏を決して妨害するわけではない。
 むしろ、一体となって舞を舞いながら益々その楽の音に力を与え、大気を歓喜で満たしていく。


 気付いているものはいただろうか…?
 その楽の音の前に、いつの間にか最後の一体のシャドウが苦悶の呻きと共に消滅したことに。
 ザックスとエアリスから苦痛の表情が消え、変わりに『不安』『心配』という表現がしっくりくる顔をしていることに。

 そして…。

 シュリの顔から段々生気が無くなっていっているという事実に。


 残念ながら…英雄達も上司も、その事実には気付いていなかった。
 あまりにも幻想的なその世界にすっかり酔いしれ、いつの間にか自分達を包み込んでいるエメラルドグリーンの光と華やかな音楽に心奪われていた。

 気付けばその合奏は終盤を迎えているらしい。
 強弱をつけ、テンポを上げてこれまでにない盛り上がりをみせている。
 舞いもその動きを激しくし、女性の顔には笑みが浮かんでいた。


 この素晴らしい『宴』がもうすぐ終ろうとしている。
 もっと聴いていた。
 もっと見ていたい。
 もっと…この素晴らしい時間を味わっていたい。
 酔いしれていたい。

 四人はそう思わずにはいられなかった。
 しかし、曲には終わりがつきもの。
 最後のファンファーレが角笛から鳴り響き、締めくくりのように竪琴をメインとした弦楽器が何重にもその後を追う。
 そして……。


 宴は終った。


 暫くは、誰も身動きしなかった。
 出来なかった。
 これまでに聴いた事もない素晴らしい演奏と、夢にすら見たこともなかった舞いに、ただただ感動していた。
 そして…。
 忘れていた。
 自分達が一体、何故ここにいるのか……。

 それに気づいたきっかけは、楽を奏でていた『亡き者達』がそっと両膝を折り、深く深く……シュリに向かって頭を下げたこと。

 ハッと我に返って皆の中心に立つシュリを見る。
 途端、それまでの高揚感は一気に失墜し、焦燥感が溢れる。
 全身から冷や汗がドッと吹き出て鋭く息を飲んだ。

 オカリナを口から離したシュリは、だらんとその手を垂らして、フラフラと揺れている。
 真っ青な顔色に、目の下にはクマが出来ており、唇は…紫に近い。
 小刻みに震えているのは寒さからか…それとも…別の何か…からなのか?
 エアリスとザックスが音もなくシュリの傍に身を寄せ、そっと手を伸ばす。
 しかし、その手は彼を捉えることはなく、虚しく通り抜けた。

 何も考えられずにメンバーは駆け寄る。
 いや、駆け寄ろうとした。



 フワ…。



 舞を舞っていた女性の一人が宙を舞い、シュリに向かって大きく両腕を伸ばす。
 そして、シュリの膝くらいの高さで宙にとどまると、そっと胸元に彼を抱き寄せた。
 エアリスとザックスの腕は通り抜けたのに、彼女はしっかりと彼を抱きしてめている。
 その光景に、一行は唖然とした。
 本日何度目かの衝撃の場面に、目が落っこちてしまいそうだ。

《 シュリ 》

 鈴を転がしたような…可憐な声。
 漆黒の髪を持つ青年は、青白い顔をしたままゆっくりと目を閉じた。
 まるで……母親に抱かれている幼子のような安らかな表情に、一行はまたもや度肝を抜かれる。

《 シュリ…シュリ…… 》

 繰り返し、繰り返し……。
 女性は彼の名を呼んだ。
 シュリは黙って天女に身を任せている。
 天女はギュッとシュリを抱きしめ、閉じた瞳から透明の雫をこぼした。
 キラキラと…陽を受けて輝くその涙は宝石のようで…。

《 シュリ……どうか許して…… 》

 青年から少しだけ身体を離し、額と額をくっつける。
 シュリは黙って目を閉じたままそれを受けた。
 一体どれ程の時間が経っただろう…?
 数秒かもしれないし…数分かもしれない。

 やがて、天女はそっと額を離すと再びシュリを抱きしめた。
 シュリは目を開け、オカリナを持っていないほうの腕を持ち上げて天女の背に緩やかに手を回す。

「良いんです……もう、分かってましたから……」

 顔を上げ、天女に微笑みかける。
 その微笑みは、これまで見たことも無い穏やかなもので…。
 一行は不覚にもドキッとさせられた。
 異性であるユフィ、同性であるシド、デナリ、そしてナナキでさえもドキッとさせられるほど、魅力に溢れたシュリの微笑みに、エアリスとザックスが悲しげに顔を伏せた。

《 シュリ……どうか……どうか…… 》

 天女が口元を震わせて目を伏せる。
 キラキラと……新たな雫が陽に反射して輝いている。
 シュリは微笑んだ。

「俺は…生まれてきた事を一度だって後悔していません」

 はっきりと言ったその言葉に、天女は堪らず顔を覆った。
 そっと……もう一人の天女がその天女に寄り添い、肩を抱く。
 シュリはそのもう一人の天女にも穏やかな笑みを浮かべた。

「俺は…アイツと出会えて本当に幸せでした。アイツを世に送り出してくれたこと、本当に感謝してます」
 言葉を切って笑みを深くする。
「叔母上」


 脳内が一切の思考を拒絶する。
『『『『…叔母上……!?!?』』』』
 激しく状況が分からない。
 メンバーはただただ唖然とするほか無かった。
 そんなメンバーに、ザックスもエアリスも…そして誰も説明はしてくれなかった。
 コソコソと耳打ちをして良いような雰囲気ではない。
 目の前で繰り広げられているシーンは…紛れもなく……『別れのシーン』だ。

 顔を覆っていた天女が手をのけると、泣き腫らした目元が現れた。
 その目元にシュリはそっと手を伸ばす。
 そして、宙に浮いているが故に見上げる形になっているその女性につま先立ち、そっとその頬にキスを贈った。


「ろくな孝行も出来なかったこと…お許し下さい」


 そう言って、一歩下がるとふらつく足に力を入れてしゃんと立ち、深く深く頭を下げた。


「アナタは私の誇りです………母上」


 それが合図のように…。
 その場を埋め尽くしていた『亡き者達』はスーッと消えた。
 最後の最後まで、シュリに敬意を払うように頭を垂れて。
 そして…。

《 シュリ…私の愛しい子 私の自慢の子…。いつまでも…愛してるわ 》
《 シュリ…ありがとう そなたを甥と呼べるのは 私の誇り どうか…あの子をお願い 》

 舞姫たちも……姿を消した。


 残されたのは、全く状況についていけないメンバーと…。

 トサリ…。

「「「「シュリ!?」」」」

 とうとう耐え切れずに倒れたシュリだけだった。

 エアリスとザックスもいつの間にか消えていたが、その事に皆が気付いたのはシュリをシエラ号に収容し、エッジに向けて発進してからだった。




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