『クラウド!』
『ん?マリン、どうし『ティファが今日は店に泊まるって言うの!』
『は!?なんだそれは?』
『ティファ、お店に忘れ物したって言って、エッジに戻っちゃったの!今、お店に電話したら、今から帰ると夜中になって危ないだろうからこのまま泊まるって!!』
『な!!』
『クラウドは今どこ?』
『俺はエッジを出たばかりだ。すぐに引き返す』
『もしかしたら…』
『なんだ?』
『お店に泊まるって……ウソかも……』
『…な……んで……そう思うんだ…?』
『だって………』



 ― クラウドがエッジに戻ってすぐにティファも慌てて出て行っちゃったんだもん ―



Fairy tail of The World 40





「くそっ!!」

 苛立ちも露わに、クラウドは電話を切った。
 何度も携帯にかけた。
 店にもかけた。
 だが……ティファは出なかった…。

 もしかしたら……いや、もしかしなくても。

「避けられてる……」

 心臓が鷲掴みにされているかのように、胸が痛む。
 これ以上は出ないというスピードでフェンリルを飛ばし、エッジに舞い戻った。
 エッジの入り口からセブンスヘブンは決して近くない。
 だが、このスピードで飛ばしたらものの五分で着くだろう。
 無論……こんな凶悪なスピードで街中を飛ばせるはずもなく。
 苛立ちと焦燥感を抑えてクラウドはスピードを落とした。

 カダージュを追いかけた時はうんと飛ばしたのに……と、心のどこかで苦々しく呟きながら、それでもスピードを落としたのは一重にあの頃から比べてうんと人口密度が増えたから。
 そして、それに伴い往来する車やバイク、自転車などが急増したからだ。
 凶悪なスピードのまま街を疾駆したら、とんでもない大惨事を引き起こしかねない。
 そんなことになったら、一番悲しむのは……。

「ティファ……」

 不安でいっぱいのクラウドの呟きは、フェンリルのエンジン音に掻き消された。


 やがて、目的地まであと数本の大通りを抜けたら到着。
 と言うその時。

 後ろに流れる視界の端にベージュの隊服がチラリと映った。
 思わず振り返り、後方からくる自動車を避けて急回転する。
 反対車線に車が走ってきていないのは勿論確認済みだ。
 後方を走っていた車の運転手がギョッとしたのをチラッと見つつ、クラウドは躊躇わずに目標の人物へと愛車を走らせた。


 クラウドの記憶が正しければ、彼がここにいるのは…おかしい。
 何故なら、彼は……。

「おい!」
「え…、あ…!!」
「どうしてここにいる!?お前、局長専属の通信士だろう!?」
「クラウドさん……」
「なにか…あったのか!?」
「あ……いや……」

 突然現れたクラウドに、目の前の隊員は明らかに狼狽していた。
 クラウドの心が一気にシークレットミッションに赴いている仲間達へと傾く。
 それまでティファの事で頭が一杯だったが、今、仲間達は自分がこうして女一人に右往左往している間も命をかけて星の為に戦っているのだ。
 そのことを一瞬とは言え、失念していた。
 そんな自分勝手な己に腹が立つ。
 そして、そんな苛立ちは狼狽している隊員の態度にますます強くなった。

 シークレットミッションが始まった事は、極々一部の上層部しか知らない。
 そして、目の前の隊員はその少ない人間の一人。
 ミッションメンバーからのやり取りを事細かく局長であるリーブに伝え、リーブの言葉をメンバーに伝える。
 その大役を担っているのだ。
 リーブは……WROという巨大組織の局長だ。
 シークレットミッション一つにかかりきりになることは出来ない。
 ジッとシークレットミッション専用のコンピューターの前に座り、メンバーからの情報を待つことは……出来ない。
 日々、星はその姿を変えている。
 星に点在している支部の隊長から送られる報告書に目を通し、その変動に合わせて的確な指示を送る。
 あるいは、その支部の隊長に全面的な指導権を与える。
 そういう判断をしなくてはならない。
 本当は、こういうことは補佐であるデナリが大半を担っていた。
 だが彼はシークレットミッションメンバーとして任務に赴いている。
 故に、実質、今のリーブにはシャルアとこの目の前の通信士に頼ってWROを動かしているのだ。
 その大役を担っている彼がここにいる。
 勿論、いくら大役を担っているからといって休息をとってはいけないという事はない。
 だが…!
 この生真面目な性格の隊員が、星の一大事にここに…『エッジ』にいるということが理解出来ない。
 もしかしたら、なにか戦局に変動があり、自分を訪ねてきたのではないだろうか!?
 そう思ったのだ。

 クラウドの張り詰めた表情に、隊員は一歩後ずさりながら口をわななかせた。

「いや……その……」
「本当のことを教えてくれ!なにかあったんだろう!?」

 隊員の両肩をガシッと掴んで迫る。
 道行く人達がギョッとしながらも、奇異な視線を投げかけるだけで間に割って入ろうとはしなかった。
 数人が、怯える隊員を気遣い、クラウドが殴りかかろうものなら止めに入ろうか迷いつつ足を止める。
 だが、そんな周りの視線にクラウドは全く気付いていなかった。
 心の中は自責の念と仲間達の無事を願う気持ちで一杯だったのだ。
 鬼気迫るようなクラウドに気圧され、思わず隊員は口を割った。


「あの…大佐からメールが届いて…、それで……ティファさんが『闇』に狙われてるって…それで……』
「え……?」


 魔晄の瞳が大きく見開かれる。
 愕然とするクラウドの手から力が抜けた。
 それでも掴んだ肩は外さない。
 緩んだその手。
 身を捩ったら簡単に抜け出せるだろうに、それなのに……隊員はクラウドの愕然とした表情に驚愕して立ち尽くした。
 まるで、クラウドが衝撃を受けるとは思っていなかったかのようだ……。

「それで!その…ティファさんが心配で…。その、勝手かと思ったのですがティファさんの携帯を走査させて頂いて、お店に様子を見に行ったんです」


 クルッ!


 勢い良く踵を返し、隊員に背を向けてクラウドはフェンリルに飛び乗った。
 そのままエンジンを噴かせて走り出そうとする。
 が。


「ティファさんはいませんでした!!!」


 愛車に跨ったまま、クラウドはゆっくりと振り返った。
 必死な顔をしている隊員を見る。
 隊員はクラウドと目が合うと、落ち着きなく視線を彷徨わせたが、それでもグッと腹に力を込め、一息大きく吸って…クラウドを見つめた。

「ティファさんの携帯は店に置き去りになってました。彼女は……店にはいませんでした」
「………本当に…?」
「…………はい」


 目の前が真っ暗になるとは…こういうことだろうか?

 クラウドは全身から音を立てて血の気が引くのを感じた。
 手が小刻みに震え、指先がチリチリと冷たくなっていくのをリアルに感じる。
 思わず口元を片手で覆い、ギュッと眼を瞑った。
 隊員が気遣わしげに近寄り、躊躇いがちに再び口を開く。

「……例の任務に就いている人達が数人、エッジに向かって来ているそうです。その……ティファさんの護衛に…」

 ゆっくりと目を開いてのろのろと顔を上げる。
「…本当か…?」
「……………はい…」
 返事を発するまでの間がどこか引っかかったものの、それでも今のクラウドにはどれだけの慰めになるか。
「ということは……皆はまだ無事なんだな?」
「ええ……大佐以外は怪我をされていません」
「シュリは……そんなに悪いのか?」
「……連絡によると……任務以外はほとんど眠って過ごしているそうです。起きているとそれだけで力を使うそうで…」
「………そうか…」
 再び片手で顔を覆う。
 その余りな沈痛ぶりは、見ているものの胸を抉るほどのものだった。
 隊員は眉間にシワを寄せ、己の中の何かと戦っているような……そんな表情を浮かべていたが、やがてクラウドに背を向けた。
「私は任務に戻ります。もうすぐ……大佐の任務も終っているでしょうから」
「あ、ああ……そうか……」
「大佐も……」
「え……?」
「大佐も、今回の任務が終ったら……戻るそうです」
「…戻る…?」
「他の大陸への任務を後回しにして、エッジに戻ってくるそうです」

 クラウドがなにか言う前に隊員は雑踏の中へと消えていった。



 隊員は暫く早い足取りで街を歩いていたが、やがてその歩調を緩めた。
 そして、紅に染まる空を仰いで自嘲の笑みを浮かべる。
「何やってんだ……俺は…」
 彼は大声で叫びだしたい気持ちで一杯だった。
 どうしても。
 どうしても諦められなかった。
 彼女を一目見たときから、彼女が彼にとってのたった一人の人になった。
 だが、既に彼女の心は違う男のものだった。
 誰もが憧れる『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』。
 癖のある金糸の髪を持ち、吸い込まれそうな紺碧の双眸。
 整った顔立ちにスッと通った鼻筋。
 誰が見ても美青年なその男。
 嫉妬で…狂いそうだった。
 いや、狂っていたのだ。
 星が瀕死の危機にあり、かつての英雄と自分の上司が命がけの……、勝算の薄い闘いに赴いたというのに。
 それなのに、彼女を手に入れるまたとないチャンスだと思ったのだ。


 ― 闇がティファさんを狙っています。すぐにクラウドさんに連絡を取って、WRO全勢力を上げて彼女を保護して下さい ―


 シュリからのメール。
 生まれてこの日まで、これ以上は味わったことがない程の衝撃を受けた。
 勿論、密かに想っている彼女が狙われている。
 嬉しいはずがない。
 だが!
 チャンスだと思った。
 シュリが『WRO全勢力を上げて保護を』と言っている。
 それを、自分ひとりが成し遂げたら…彼女の心は自分に向くのではないだろうか!?

 そんな盲目的な考えに囚われた。
 そして、それが決して不可能なことではない!そう思えたのだ。

 それに…。
 何よりも気に入らなかった。
 彼女の心を独占している男の存在が。
 それに、つい先日のことだ。
 エッジの街外れにあるジュエリーショップの看板娘と仲睦まじく過ごしている…という情報を入手した。

 許せなかった。
 あんなに素敵な女性を独り占めしているのに、瀕死の重傷を負い、今はまだ精神的に不安定な彼女をほったらかしにして他の女に現を抜かしているその男が。

 だから。


「局長宛のメール…、改ざんしたのにな……」


 リーブに宛てられたメール。
 それをリーブに見せる前にほんの少し手を加えた。
 本当は、クラウドに伝えるのを止めるような内容にしたかった。
 だが、それはあまりにも不自然すぎる。
 だから、代わりにプライアデス・バルトを遠ざけるようにした。
 バルト中尉はクラウドと個人的にも仲が良い。
 二人が連携プレーを組んだら、自分の出番がなくなってしまう。
 そう思って……プライアデスをジュノンで持ち上がっている些細な事件に向かわせるように仕向けた。
 リーブは最近、プライアデスを何故か危険視している。
 だから、自分の立てた計画通りに指示を下す、そう確信していた。
 そして、その通りにリーブはプライアデスを追い払った。
 ここまでは実に自分の計画通り。

 あとは…。

 ティファの携帯を走査し、彼女の傍にずっといて、どんな災厄からも彼女を守ろう。
 そうすれば…きっと…。

 だが。
 傷ついて虚ろな目をしている彼女を見たその瞬間。
 打ち明けるつもりの無かった気持ちを吐露してしまった。

 計画は……あっという間に水泡に帰した。
 だがそれでも、まだ望みはあった。
 クラウド・ストライフがジュエリーショップの看板娘を懇意にしているという話は、ここ数日、僅かの間にエッジの人々の口にのぼっている。
 だから、彼も信じた。
 ティファをほったらかしにして、他の女に心奪われたのだと。
 それなのに…。


「あんなの……反則だよなぁ……」


 見上げたまま歪んだ笑みを浮かべた頬に、一滴の涙が伝う。


 ティファが『闇』に狙われていると知った時のクラウドの顔。
 大きすぎる衝撃に、魂が身体から抜け出てしまったかのような蒼白な顔。

 気付かざるを得ない。
 クラウドにとって、ティファがどれだけ大切な人なのか…。
 恐らく……こんな卑怯な手を使った自分なんかが太刀打ち出来ない程、彼女の事を愛している。


「だったら…なんで他の女と仲良くやってんだよ……」


 信頼する組織を裏切り。
 星を救うべく命がけで戦っている人たちを裏切り。
 そして。
 誰よりも愛している人まで欺いて。
 それでも手に入れたかったのだ………彼女の心を。
 それが無理だと分かった今でも、こんなにも心は彼女を求めて止まない。
 だから…。
 ティファが本当は店にいるのだと…真実を話さないまま背を向けたのは……。
 最後の悪あがき。


「俺って……本当に……」


 こぼれた嗚咽は、通り過ぎる人たちの奇異な視線を集めるだけで、他には何も得られずに虚しく街の喧騒に掻き消された。





「ところで、ここで何をするんですか?」

 ジュノンに降り立ったシェルクは、ヘリの中で固まった身体をほぐしつつ隣に立つ青年に問いかけた。
 プライアデスは紫紺の瞳を海に投げながら、
「行方不明者のご家族と対面することになってるようです」
「行方不明?」
「ええ…」
 苦い笑いを浮かべ、プライアデスはグルリと波止場を見渡した。
 大型トラックが何台も並んでいる。
 次の出港まで待っているのだろう。
 港に船はまだ着いていない。

 そう言えば…。
 海にモンスターが出るって聞いた事ないなぁ…。

 どこかずれた事を考えていると、
「バルト中尉!」
 野太い声に呼びかけられて、プライアデスとシェルクは声のほうを振り向いた。

 いかにも海の男!
 そう言ってしまいそうな風貌の男がドスドスと駆け寄ってくる。
 浅黒い肌は長年潮風に晒されているのか、見ただけでざらついているようだ。
 濃い無精髭は男を強面に見せている。

「よく来てくれました〜!いやあ、WROの期待の若手が来てくれるとは思ってもみませんでしたよ!!」

 ニッカリと笑うと、浅黒い顔に白い歯が浮き立って見える。
 プライアデスは差し出された厚くて大きな手を握り返した。
 なるほど。
 見た目だけではなくて良い力をしている。
 しっかりと握手を交わして、
「どうもお世話になります」
 と、いつものように爽やかに微笑むプライアデスに、男は驚きで軽く目を見開くと、再びニカッと笑った。
「確かに、噂だけではないみたいですな」
「はい?」
「この俺と握手しても眉一つ動かさないどころか、しっかりと握り返せる奴はそうそういないですからなぁ」
 ムキッ!と、握りこぶしを作ってみせる。
 筋肉質な身体から想像以上の力こぶが盛り上がり、シェルクは眉間にシワを寄せた。
 いかにも…イヤそうだ。
 男は大きく口を開けて笑うと、早速二人をジュノン支部へと案内した。

 支部まではさして離れているわけではないので徒歩で行く。
 その途中、男は持っている情報を話して聞かせたわけだが……。


「……ただの家出じゃないんですか……?」


 一通り話しを聞き終えたシェルクが呆れたような声を上げた。
 いつもの無表情に軽蔑の色が混ざっている。
 プライアデスも同意見だったが、それを口にしたり表情に出さない分、シェルクよりも世渡り上手……なのかもしれない。
 男もガシガシと短い髪を掻きながら、
「俺もそう思うんだけどねぇ、相手が財閥の人間だからあんまり無碍にも出来なくてよぉ…」
「財閥…?」
 プライアデスの片眉が上がる。
 チラリと、嫌悪感が顔を覗かせた。
 男はプライアデスに苦笑すると、大仰に溜め息を吐いた。
「まあ、中尉の言わんとしてることは分かってるつもりですよ。自分達の財産とネットワークで家族を探し出せば良いだけなんだから…。でもねぇ…」
 茜色の空を仰ぎ、コリコリと頬を掻く。
「それにもどうやら限界があるらしい。自分達お抱えの探偵とかなんとかを駆使したけど、結局見つからないんだとかで、いくらでも金を払うから見つけ出してくれ!の一点張りでねぇ…。中尉は…その、金持ちと面識があるし、慣れてるだろうからなんとか引き払ってもらえるようにお願いしてもらえませんか?」

 プライアデスは眉間にシワを寄せた。

 彼自身、大財閥の御曹司なのだから、当然金持ちとの面識はある。
 それはもう腐るほど。
 実際、面識を重ねるごとに心と魂が腐る気持ちがする。
 金さえ出せばなんでも手に入ると勘違いしている愚か者の巣窟。
 勿論、そんな愚者ばかりではないが…それでもその数は圧倒的に多い。

 正直、WROに入隊したらそういう人間と接するのは公のパーティーくらいだと思っていた。
 まさか、任務でそんな輩と接しなくてはならないとは。
 おまけに、話を聞けば聞くほど、自分の嫌いな人種であることが想像できる。

 目の前に支部の建物が迫ってくる。
 プライアデスの足取りが一歩ずつ確実に重くなっていく。
 シェルクが心配そうに顔を覗き込んできた。

「…すいません。大丈夫です」
「…そうですか?」
「ええ…任務ですから」

 怪訝そうな顔をするシェルクに、プライアデスは微笑んだ。
 それは、困ったような笑いにしかならなかったが…。


「中尉、シェルク殿。こちらです」
「はい」
「……」

 男はゲートをくぐった先にあるいくつかの曲がり角を通り過ぎ、奥の角を曲がって一番大きなドアの前で足を止めた。
 いかにもな…VIP室。
 プライアデスは溜め息を吐いた。

「ライ、サッサとくだらない任務を終らせてエッジに戻りましょう」
「……そうですね」
「大丈夫ですよ。いざとなったら、ライの実家の名前を出せば良いんです」
「……それは勘弁して下さい」

 実に簡単にあっさりと提案したシェルクに、プライアデスは顔を引き攣らせて懇願した。
 男が声を殺し、身体を揺すって笑う。

 プライアデスは『理不尽だ…』と、内心でぼやきながら大きなドアをノックした。





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