もうホラ、ここまであと少し。 その時が来たら、どこで祭りをしましょうか? やっぱり……『あそこ』が良いでしょうね…。 Fairy tail of The World 45ガランとした店内の床に転がっている紙袋。 その中身がこぼれている。 クラウドは、彼女がいつも身につけているその黒い服を抱きしめ、両膝を床について蹲った。 何故、彼女がここに…エッジに来たのか…痛いほど分かる。 彼女は自分を追いかけて来たのだ……不安に駆られて。 変装までして…自分が本当に仕事に行ったのかを確かめるために…。 そうして。 仕事というウソはバレてしまったのだろう。 きっと彼女は、この街で自分を見かけたのだ。 『彼女』と一緒にいるところを……!! 後悔の念で胸が押しつぶされそうになる。 どうしてもっと慎重に事を運ばなかったのだろう…? どうしてもっと、彼女の不安を取り除いてやれるような言葉をかけられなかったのだろう…? ウソをついてまで他の女性と会っていた。 『彼女』…サロメから電話が入ったとき、本当は正直にティファに告げようかとも思った。 しかし、サロメとティファはまだ会ったことがない。 きっと心配性で一人で抱え込み、悩む彼女のことだ。 エアリスそっくりなサロメを見たら、あらぬ誤解を招くことになる。 だからこそ、今はまだ、サロメをティファに会わせるわけにはいかなかった。 だが、一刻も早く彼女を安心させたかった。 幸せにしたかった。 また、あの明るい笑顔を見せて欲しかった。 だから、サロメからの呼び出しに応じずにはいられなかったのだ。 上手くいけば、ティファが再びあの輝く笑顔を取り戻してくれるかも知れない……そう思ったからこそ…! それなのに…。 自分の浅はかな考えはとんでもない方向へ事態を捻じ曲げている。 クラウドは心底自分がイヤになった。 こんなはずではなかったのに。 ティファを想っているからこその行動なのに、全てが裏目に出てしまう。 何故? 一体どこで間違えた? 考えても考えても、答えは見つからない。 分かってる。 考えても仕方ないことくらい。 むしろ、今は考えてへたり込んでいるよりも、立ち上がって彼女を捜すべきだ…という事のほうが重大だと。 分かって……いるのに。 身体が動かない。 どこを捜して良いのかさっぱり見当がつかない。 もしかしたら、カームの子供達のところに帰っているのかもしれない。 いや、もしそうなら子供達から連絡が入るはずだ。 それに、ティファは店に泊まる…と、子供達に連絡をしている。 きっと、彼女はまだ街のどこかにいる。 まだ心の中の整理が出来ずに悶々としているはずだ。 自分よりも周りを、特に子供達を大切にしている彼女のことだ。 そんな中途半端な気持ちで…冴えない表情で子供達のところに帰る事は出来ないと判断したはず。 子供達に心配をかけたくないが故に…。 こんなにも彼女の考えている事が分かるのに、それをひとつも口にしないで、行動に示さないで…。 彼女の事を心から愛しているのに、そのことをちゃんと伝えられずにズルズルとここまできてしまった。 これはその報いなのではないだろうか……? ユフィから連絡を受け、すぐにセブンスヘブンにやって来た。 そこで見つけたもの…。 言いようのない喪失感が押し寄せる。 取り乱した風のユフィを安心させられる言葉など一言も浮かばない。 ― 『ティファ……いない……どこに行ったか…聞いてないか…?』 ― 震える声に返ってきたのは、ユフィの取り乱した声だけ。 八方塞とはこのことではないか? 真っ暗闇にポーン、と放り込まれたように…周りが見えない。 どうしたら良いのか…さっぱり分からない。 こんな時…ティファならどこに行く? 傷ついて…心が死にそうになっている彼女が行きそうな所…。 必死に考える。 だが何も思い浮かばない。 以前なら奇跡の泉溢れる教会を真っ先に思い起こした。 しかし、ティファは今、エアリスには会いたくないだろう…。 そう判断して…またクラウドの心が悲鳴を上げる。 胸が痛くて顔を顰める。 ティファがエアリスの元に行かない…行けない原因は自分だから…。 そうしてハッとする。 こういう心の拠り所が、彼女の場合『エアリスの教会』だけだったという事実に。 他に…行きそうなところ…。 常連客のところか…? はたまたセブンスヘブンを営む上でいつも懇意にしている八百屋か?酒屋か? ……ありえない。 彼女が弱っている心を曝け出して縋れる存在は、この中には一つもない。 エアリス以外の縋れる存在は、過酷な旅を共に乗り越え、一緒に泣いて…笑った仲間達だけだ。 その仲間達の所にも今は行けない。 なら……ティファはどこに行く? …どこにも……行けない。 誰にも縋れない。 なら……ならば! いっそ、誰にも縋れないならば……! 辿り着いた一つの結論に、クラウドはゾッとした。 ガバッと立ち上がり、勢い良くドアに向かう。 ドアの取っ手に手をかけたその時、胸ポケットから再び携帯が鳴った。 ビクッとしながらも慌てて出る。 相手はユフィ。 内容は……自分が今、まさに辿り着いた考えの通り。 『絶対にミコト様とティファが会わないようにして!!』 ユフィの悲鳴のような声に、心が不安と恐怖でがんじがらめに囚われる。 主を乗せた大型バイクが、甲高いエンジン音を轟かせてセブンスヘブンの前から消えた。 ところ変わってWROの局長室。 リーブは一通りの指示を出し終えて一息ついた。 その表情は冴えない。 先ほどの通信からずっと、一つの事が頭に引っかかっている。 考えても分からない事なのにグルグルと止められない己の思考に嫌気が差し、深い溜め息を吐いた。 シュン。 ドアの開く音がして顔を向けると、WRO屈指の科学者が隻眼の瞳に疲労を湛えて入って来た。 部屋の主の許可を得ずにそのままリーブの隣に腰掛ける。 「何か…分かりましたか?」 「……いや…」 「そうですか……」 短い会話の中に織り込まれている重大な内容。 ティファを捜索すべく結成された隊員達からの報告は未だない。 エッジに駐屯している隊員を編成してから小一時間程度なら仕方ないのかもしれないが、それでも何の情報もないというのは…どういうわけか…? 「どこに行ったんでしょうね…」 「………本当にね…」 「それに……」 「……大丈夫さ。ジュノンでの一件を聞く限りでは…バルト中尉は意外と体力があるみたいだし、キズも一箇所だけだし…」 「………ええ」 「シェルクも付いてるし……大丈夫さ…」 「………ええ」 「もうそろそろジュノンに到着する頃じゃないかな?」 「シャルア博士」 「え?」 「どうして…分かったんでしょうね…」 「………」 そう、どうして遠くはなれていたシュリにバルト中尉の危機が分かったのだろう…? いや、それは星に聞いたのかもしれない。 だが、この星で生きていて、今まさに死に直面している人間がどれほどいるというのか…? まさか、シュリがバルト中尉の危機を星に聞いたとき、バルト中尉だけが死に掛けていたわけではないはずだ。 それこそ、数多の命の一つに過ぎないはず。 それなのに、何故? 星にとって、バルト中尉は特別な人間なのだろうか? それとも、『忌み子』の危険があるから特別にシュリが注意を払っていた結果、分かっただけなのだろうか? なら、彼を助ける為に飛空挺を手配して欲しいと…、更には助ける為に旧ミッドガル5番街の教会に運ぶよう指示をしたりするだろうか? そう…。 ジュノンには飛空挺がもう全て出払っていて一隻も無かった。 WRO本部から飛ばさなければならない状況だった。 シェルクからのSOSに愕然とした。 何故……分かったのだろう? まだバルト中尉が『忌み子』であるとはっきりしたわけではない。 わけではないのだが……。 シークレットミッションに関わらないように注意するよう促したシュリらしくない気がする…。 それに…。 よくよく考えてみたら、彼が『忌み子』の可能性があるならば、放置しないでいっそのこと他の有能な大将クラスの人間の下で働かせ、不穏な動きを見せたら即刻拘束すれば良いのではないだろうか…? 一切そうするように提案しなかった。 そればかりか…危険な任務から離れさせようとする気配すら感じられる。 それは何故? そこから先が引っかかって仕方ない。 シークレットミッションにバルト中尉を参加させなかったのは、彼が『忌み子』の可能性があったから。 だからこそ、有能で人手が欲しくたまらないのに彼を作戦から外した上、ティファの警護にも付けずにジュノンへ追いやった。 それもこれも、ティファを闇の手に捕まえさせないため。 正直、本意ではなかった。 闇の目的がティファを手にすることだと分かった瞬間、バルト中尉に彼女の警護をさせようか、と一瞬脳裏をよぎった。 個人的にもバルト中尉とティファは親しくしている。 彼ならば事情を隠したままでも、ティファは奇異に感じないだろう…。 だが、シュリからのメールは、バルト中尉を遠ざけるように…というものだった。 混乱する。 なにかが食い違っている。 メールでは、ミッションを遂行するとあったのに、映像通信での彼は現在エッジに向けて航行中だと告げた。 おまけに既に先発隊としてヴィンセント達、四名が向かっている…と。 その点の矛盾をはっきりさせたかったが、シュリは具合が悪そうだった。 だからこそ、突っ込んで説明を求めることは出来なかった。 一刻も早く休ませてやりたかった。 少しでも長く、休息を取らせなくてはならない……そう思った。 だが、このやり取りの矛盾はどうにも気色悪く頭にへばりついて取れない。 「シュリは……なにか隠してるんでしょうか…?」 ポツリと呟いたその言葉に、シャルアが訝しげな目を向けた。 リーブは溜め息を吐きつつゆっくりと頭を振る。 その姿は疲弊しきっており、常の堂々とした局長のものではなかった。 「シュリは…どうしてバルト中尉のことを特別視しているんでしょうね…」 「局長…?」 「もしかしてシュリにとってバルト中尉は警戒すべき人間ではなくて……もっと別の……」 シャルアが困ったように隻眼を眇める。 リーブは苦笑した。 「すいません。忘れて下さい」 一つ深く息を吐き出し、気持ちを切り替えるように立ち上がった。 「コーヒーでも飲みましょうか?」 その提案に有能な頭脳の持ち主はやんわりと微笑んだ。 と…。 ピー。 メールの着信音。 いつも傍にいる通信士が今日はいない。 リーブは自らの手でコンピューターを開く。 わざわざ音が出るようにしているのは、緊急時に備えての事。 酷い時には一日に三桁もの着信があるので、いつもは通信士にその采配を委ねている。 中には非常にくだらない誹謗中傷が多々混ざっている為、一つ一つを相手していると局長の業務に支障が出るからだ。 眉間にシワを寄せながら開いたそのメールに、リーブの瞳が大きく見開かれる。 息を飲んだリーブに、シャルアが厳しい表情を向け、そっと覗き込んだ。 そうして。 「なに……これ……」 愕然とした声を漏らした。 ― イマスグ ココカラ ニゲテ ジカンガ ナイ スグニ ココカラ ニゲテ ハヤク ハヤク ニゲテ ニゲテ ニゲテ … ― WROのトップに立つ人間、そして世界屈指の科学者はコンピューターを前に背筋を凍らせ、身を震わせた。 そして、二人が固まっているその時。 一人の隊員がインターホンを押し、 「失礼します」 二人が答える前に入って来た。 入って来たのは、白人男性。 年は50代後半だろう。 白いものが混じっている金髪は後ろで短く束ねられ、僅かにえらの張った顔は精悍で、リーブよりも10cmほども背が高い。 驚いて顔を向ける二人の上司に、隊員は一瞬驚いた顔をしたが、それでもピシリ、と姿勢を正し、敬礼する。 「ご命令どおり、撤退準備整いました。急いで「何ですって!?」 最高司令官の驚愕の叫びに、その隊員…大将はコバルトブルーの瞳を見開いた。 自分よりも20も年下のこの上司が、これほどまでに驚き、狼狽する姿を大将は見た事が無かった。 「今、なんと言いました!?」 「え……ですから、その…局長のご命令どおり、全飛空挺は離陸準備が整い、既に三機はコスモキャニオンに向けて発進してます。後は…」 「そんな命令、私は出していない!」 コバルトブルーの瞳が驚愕に彩られる。 シャルアは足早に局長室を後にし、リーブもそれに続いた。 自然と大将も二人に続いて駆け出す。 「一体、いつそんな『命令』を受けたんです!?」 「あ……小一時間ほど前ですが…」 凄まじい剣幕に、大将はしどろもどろになりながら答えた。 自分がとんでもない失敗をしでかしたと気付かざるを得ない。 しかし、今、唯一の上司は自分を叱責している場合ではないようだった。 ギリリ…。 上司から歯軋りが洩れ聞え、背筋を冷や汗が流れる。 WROが誇る科学者が辿り着いたのは……科学者以外は立ち入れないメインコンピューターのある部屋。 大将自身、入室したことは数少なかった。 シャルアは無言のまま荒々しくメインコンピューターを操作し始める。 なにを調べているのか…問うまでもなかった。 程なくして彼女が一体なにを調べていたのかの答えがスクリーンに映し出される。 食い入るようにスクリーンを見つめていた上司と科学者は、そのはじき出された答えに呆然とした。 「発信源……医療施設……!?」 「発信元は………魔晄中毒療養病棟…って!!」 バッ、と音が出る程の勢いで顔を見合わせた二人に大将はただただ息を飲んで立ち尽くすばかり…。 彼の存在を忘れたかのように、科学者はメインコンピューターのキーを叩き、リーブは少将・中将クラスの隊員へ向けて通信を飛ばす。 時間にして僅か数分。 その間、白人の大将はただ黙ってその場で待機していた。 ただ何もしていないわけではない。 勿論、今は何も出来ないが、状況如何によっては迅速に動かなくてはならないのだ。 局長と科学者。 二人を油断なく見つめ、自身がしなくてはならないことを考える。 「なんですって!?そんな命令は出していない!」 「ですから、今すぐにエンジンを切って!」 「待ちなさい!では、医療施設のスタッフはどうしてるんですか!?は!?!?データーを持って既にミディールへ発った!?」 「ウータイに向けて発進した……って……」 リーブの悲鳴のような声がメインコンピュータールームに響く。 その間、シャルアがキーを叩く音は絶えない。 カタカタカタカタカタ!!!! 凄まじい勢いでキーを叩いている。 出鱈目に叩いているわけではないのが、いっそ不思議に思われるほどのスピード。 しかし…。 「…っ!!冗談でしょう!?」 震える声で漏らされたその言葉に、リーブは苛立たしげな顔をシャルアに向けた。 科学者が愕然とした表情のまま、スクリーンに釘付けになっている。 微かに唇が震えているその様は、尋常ではない。 「今度はなんです?どうしたんですか!?」 もう沢山だ! そう言わんばかりの局長と、状況の変化を見極めようと息を詰めて見つめていた大将に、シャルアは振り返りもしないで呟いた。 「のっとられてる…」 その言葉の意味が二人の脳に浸透するのに、暫しの時間がかかった…。 その間も、WRO本部からは続々と飛空挺が飛び立っている。 星の至る所に向けて。 WRO局長ではない何者かの指示により…。 そして、更に混乱する通信が入る。 ピーッピーッピーッ! 映像通信の音がメインコンピューターに響く。 条件反射でシャルアが回線を開いた。 スクリーンに現れたのは、魔晄中毒療養病棟の総責任者である妙齢の女性。 赤褐色の長いウェーブの髪を無造作に一つに束ね、艶の良い唇に髪と同じ口紅を施している。 やや面長の美女は、厳しい顔をして敬礼した。 『局長。ご命令どおり軽度の患者のみ連れてミディールに向かってますが、本当にスタッフを一人も残さないでアイリさんのケアが出来るんでしょうね!?』 怒りの込められたその言葉に、スクリーンを前にした三人は衝撃のあまり絶句した。 リーブは何か言おうと口を開け、シャルアがフラフラと立ち上がる。 後方に控えていた大将は狼狽しつつもスクリーンの中の総責任者と局長、立ち上がったシャルアへ視線を走らせた。 そんな三人の耳に聞きなれない警報音が聞えたのはその時だった。 ビクッと身体を震わせ、三人は一斉にスクリーンの右半面を凝視する。 左半面には訝しげな顔をしている総責任者。 右半面には…。 「緊急装置が作動!?」 WROの広大な施設を表すマップ。 そのマップ上で広がっていくのは…。 各フロアーを遮断する分厚い隔壁が次々とフロアーごとに隔離する赤い点滅。 パパパパパパ。 その赤い点滅はあっという間にWRO本部内にある弾薬庫と隊員宿舎等を隔離し、閉鎖する。 そして……。 医療施設を完全に閉鎖した。 |