本当、俺達ってバカだ。
 こんなことしたって、アイツが悲しむだけだって分かってるのに。
 自分が今やっていることが間違っているのか、正しいのか分からないのに、立ち止まって考えることが……出来ない。
 今、していること、これからしようとしていること…。
 それをどうしても止めることが…出来ない。

 どれだけアイツが悲しむか…って分かってるのに…。

 でも。

 もう引き返せないんだ……進むしかない。

 なぁ、お前も…そうなんだろ?

 本当に俺達は…バカだよな…。



Fairy tail of The World 49




 プライアデスが水球の中で漂うその光景。
 衝撃的過ぎて……非現実的過ぎて固まっていた面々は、突然鳴り響いた携帯電話にビクリッ、と身体を震わせた。
 慌てて携帯を取り出したのは、水球の中にいる青年の叔父。

 上ずった声で携帯に出た紳士の会話がやけに大きく耳に響く。
 相手はどうやら紳士の執事らしい。
 予定時刻を大幅に過ぎても帰宅しない主人を案じての電話のようだ。

 隊員達はようやく自分の身体の自由を取り戻したかのように、戸惑いながら顔を見合わせ、自然にシェルクを見た。
 これから先、自分達はティファの捜索を命じられている。
 だが、彼女には…その命令が出されていない。
 そもそも、シェルクは自分達が所属している組織の科学者の妹であり、隊員ではないのだから。
 トップを担っている上司と言えど、彼女に命令は出来ない。

 おずおずと隊員達は水球を食い入るように見つめているシェルクに近付いた。

「シェルク殿。我々は今から任務に移らなくてはなりません」

 その言葉に、シェルクはハッと我に戻って顔を向けた。
 どこか腰の引けている隊員が酷く頼りなく見える。

「それで……シェルク殿はいかがなさいますか?」

 暗に自分達と同行するか、それともこのままここに止まるかを訊ねる隊員に、シェルクは僅かに目を伏せ、考えた。


 本当は…ティファが気になって仕方ない。
 今すぐにでもティファを探しに行きたい。
 だが…。
 このままプライアデスを置いていって良いものだろうか?
 いや、多分大丈夫だろう。
 彼に一体何が起こっているのか分からないが、多分良いことが起こっているのだ。
 彼を助ける為に……この星の中にいる『何か』が働いてくれている。
 自分がここにいても出来る事は何もないだろう。
 もしかしたら……それこそ『シャドウ』の襲撃がジュノンのように突然あるかもしれない。
 だが…。


「分かりました。私も同行します」


 シェルクの決断に、隊員達はどこかほっとした顔をした。
 自分たちだけではティファを探し出すことに不安があったのだ。
 そんな隊員達にゆっくりと背を向けて、再び青年を見る。
 顔色は…水の中にいるので良く分からないが、彼が穏やかな表情をしていることは分かる。


「大丈夫……ですよね……」

 口の中で小さく呟き、顔を伏せながら踵を返した。

 後ろ髪引かれる思いとはこのことだろう。
 ティファもプライアデスも心配でならない。
 だが、少なくとも、ティファにシェルクが出来る事のほうが、プライアデスに出来る事よりも多いはず。
 シェルクは、青年の叔父と叔母に歩み寄ると、飛空挺まで案内するので帰る様に素っ気無く進言した。
 叔母は、未だに高飛車な態度を残していたが、それでも初めて会った時に比べたら随分控えめになった。
 まぁ、それもそうだろう。
 こんなにも衝撃的なことが立て続けに起こったら、誰だってある程度は大人しくもなる。
 それに、身近で死の恐怖を感じたことなど一度も無いはずだ。
 シャドウの襲撃は、別に叔父と叔母を狙ったものではなかったが、それでも目の前で繰り広げられた死闘にはかなりの衝撃となったはず。

 青年の叔父と叔母は、異を唱える事無く微かに頷いた。

 そうして…。
 隊員達に付き添われて教会を後にするその直前。
 叔父は振り返った。
 泉から作り出されている水球に包み込まれている甥を見つめる。
 その瞳は……決して冷たくも、蔑んでもいなかった。

 シェルクには良く分からない紳士の感情は、恐らく……。


 悔恨。

 実の甥への…、そして実の姉への贖罪の気持ち。
 嘲笑の対象として、矢面に立たされていた頃、味方になる事が出来なかった不甲斐ない自分への後悔の念。


 それらが入り混じった表情に、シェルクは初めてこの紳士に対して、僅かに心を許しても良い…と、思えたのだった。

 そうして、彼らは教会を後にした。
 水球に包まれた青年一人を残して…。

 そして、彼らはまだ知らない。
 WROの本部で起こっている事件を。
 青年が愛している少女が一人で戦っていることを…。


 まだ…知らない。
 だが………。


 ピリリリリ、ピリリリリ。

 メールの着信音。

 パカリと携帯を開き、送信者が不明なことに怪訝な顔をする。
 だが、ディスプレイに映し出された文字に、魔晄の瞳が驚愕で見開かれた……。



 ― WRO本部、現在、シャドウの大群の襲撃を受け、陥落寸前。
   リーブ局長、シャルア博士、スライ大将、三名が本部内に取り残されている。
   至急、救助に向かわれたし ―



 足元から、地面が音を立てて崩れるような錯覚に襲われた。






「あと二時間…か…」

 バレットが窓の外へ視線を投げながら呟いた。

 いつの間にか茜空が星空に変わり、半月が白々と闇夜に浮かび上がっていた。
 グリート兄妹と寡黙な仲間は、チラリと視線を窓の外に流したが、すぐに顔を元に戻した。
 俯き加減になってしまう面々に、バレットは暗く沈む気持ちに拍車をかけられたように感じた。

 二時間。
 正確には一時間と五十分ほど。
 まだそんなにかかってしまう。

 可愛い我が子を預かってくれている大切な仲間の笑顔が瞼の裏に蘇える。
 本当に大切な……良く出来た妹のような存在の女性。
 大事で、大切で、愛娘の次に大事な存在といっても過言ではない。
 その彼女に危険が迫っている。
 到底、容認出来る事ではなかった。
 星が危機に晒されていることと同様、いや、それ以上の大事件。
 この星が助かったとしても、万が一のことがティファの身に起こったとしたら…?
 言い知れぬ恐怖が心を支配する。
 今すぐにでも大声で叫びだしたい。
 ティファの心を手にしている金髪の仲間を怒鳴りつけたい。
 WRO一の科学者の妹に、ティファを探し出すよう懇願したい。

 だが…。
 そのいずれもバレットには出来なかった。
 言われずともクラウドは今、必死になってティファを探している。
 恐らく、自分が感じている痛み以上の苦しみで心を引き裂かれながら、ティファを探している。

 そして、シェルクは…。

 ティファを命がけで救った女性の恋人に付き添っている。
 青年が死なないように。
 ティファの命の恩人が悲しまないように…。

 シェルクからプライアデス・バルトが重症であるという連絡があったのはほんの二時間ほど前。
 恐らく、もう旧・ミッドガル5番街にある思い出深い教会に着いている頃だ。


『頼むよ、神さん。これ以上、俺の大事な奴らを盗っていかないでくれ!!』


 知らず、こぶしを握り締めて眉間に押し当てる。
 ジリジリするほどの緊迫感は、突如鳴り響いた携帯の着信音に対し、飛空挺に乗っている全員を必要以上に驚かせた。

 ビクッと肩を揺らせ、珍しく動揺したヴィンセントが慌てて胸ポケットから存在を主張する携帯を取り出す。

「もしもし…」

 グリートとラナ、そしてバレットは勿論の事、操縦しているパイロットまでもが耳を澄ませた。

 一体誰から?
 状況に変化が起こったのか?
 それとも、ティファが見つかった?

 知りたいことが多すぎる。
 緊張で張り詰めた視線を浴びながら、ヴィンセント自身も緊張で表情がいつも以上に強張っていた。


 その強張った表情が驚愕のあまり固まり、頬の筋肉がひくついた。
 紅玉の瞳が見開かれる。


 全員がその表情に息を飲み、ギュッと心臓を絞り込まれたかのような胸苦しさを覚えた。


「……………は!?」


 ようやくヴィンセントの口から漏れた言葉は、これまで彼の口からは聞いたこともない間の抜けた一言だった。








『……………は!?』

 携帯から聞えてきたヴィンセントの間の抜けた一言に、リーブは思わず笑った。
 ヴィンセントの反応は至極もっともだと思う反面、これが他の仲間…、例えばシエラ号の艦長であったらここまで可笑しく感じたりはしないだろうに、それが寡黙なガンマンだとどうにも可笑しく感じて仕方ない。

『ヴィンセントでもこういう『普通』の反応をするんですねぇ…』

 仲間の新しい一面を見た気がして、緊迫した状況であるというのに妙に気持ちがほぐれてくれた。
 お蔭で、傍らにて荒い息を繰り返している部下と科学者に怪訝そうな顔を向けられてしまった…。
 リーブは表情を改めた。

「シャドウが後から後から『湧いて来て』大変ですよ。本部は現在シャドウまみれです…と、言ったんです」

 携帯からヴィンセントが呼吸を忘れる気配が伝わってくる。
 リーブはやれやれ…と、天井を仰いだ。

「まったく不甲斐ない事ですが、現在逃げの一手のみですよ…。よくもまぁ、今でも死なずにこうして話が出来ているもんです」
『……冗談を言うな……』
「本当ですよ。今はアイリさんの指示に従ってちょっと休憩をしてるんです」

 息をゆっくりと吸い、傍らで見守っている二人へ視線を流す。
 シャルアは疲れているものの、隻眼の瞳にはまだ力強い光が宿っており、頼りになるスライ大将も少しの休憩で大分体力を回復させたようだ。
 周りを警戒する姿に、どこか余裕を感じさせてくれる。
 本当なら、こんなところでのんびりしている余裕などないはず。
 電話をかけている余裕など、微塵も無いはずなのに…。


 ― 『闇』の追求を少しそらせる必要が出てきました。
   申し訳ありませんが、少し先にあるフロアーの踊場で待機して下さい ―


 彼女からのメール。
 故に自分達は動けない。
 本当なら不安と焦燥感に駆られてジリジリしてもいいはずなのに、何故かホッとした。
 いつまで続くか分からないこの小休止。
 日頃から身体を鍛えているわけではないリーブとシャルアにはとてつもなくありがたい指示だった。
 身体中の四肢が既に悲鳴を上げていた。
 こんなに走ったことはないのではないか!?と、思えるほどの逃避行。
 無論、大将という肩書きを持つスライは日頃から鍛錬しているのでまだ走っても平気なようだが、自分達は違う。

『はぁ…やっぱり、忙しい毎日だといってもある程度は運動しないといけないってことでしょうねぇ…』

 心の中で溜息を吐く。

 携帯の向こうから、仲間の苛立った気配が伝わる。
 こんな説明では現状が分からないのだから当然と言えば当然だ。
 だが、リーブも暇つぶしに電話をしているのではない。
 30分ほど前にメールをしたが、あれだけでは混乱を招くだけだろうと案じていたのだ。
 だから、少し出来たこの僅かな時間で、出来るだけ自分達の現状を伝え、少しでも憂いを除いてティファの捜索に専念してもらいたい。
 そう思っての連絡だ。

 実際、リーブ達三人は、アイリの指示によって紙一重でシャドウの攻撃をかわしていた。
 よくもまぁ、ここまで無事に死なずに生きていられたもんだと思う。
 彼女の指示が少しでも狂っていたら…。
 また、自分達が彼女の指示に少しでも疑いを持って、行動が遅れていたら、今頃誰かは死んでいただろう。
 三人、誰も欠ける事無くこうして無事に揃っていられるのが不思議で仕方ない。

 魔晄中毒末期患者であるアイリが、何故ここまで事情に精通しているのか…全く分からないが……。
 分からないのだが…。

 魔晄中毒症状の間、もしかしたら『星』と密接に繋がった状態にあるのではないだろうか…?

 シャルアはそう考えるようになっていた。
 それというのも、三年前のジェノバ戦役の旅の途中で、クラウドが魔晄中毒に侵された時の話を聞いたことがあったからだ。


 ― ヤツラガ クル ―


 うわ言のようにクラウドが呻いた直後、ミディールがウェポンの襲撃にあった。
 そして、そのウェポンの闘いの後、ミディールはその闘いの衝撃ゆえかライフストリームに飲み込まれてしまったのだ。
 そうして、英雄は本当の自分を取り戻して仲間の元に戻った。

 何故、シャルアがこの話を知っているかと言うと、アイリを治療するに当たり、クラウドとティファから魔晄中毒療養病棟の総責任者であるモスール女史が、色々話を聞いたからだった。
 その話しを隣室でシャルアは聞かせてもらっていた。

 妹のために…。

 シェルクは幸い…というべきか、現在の治療が上手くいっているので、魔晄の光を浴びなくても生活できるようになってくれた。
 勿論、定期的に診察を受けなくてはならないが…。
 だが、それでもアイリに比べるべくもない。


 カプセルの薬液の中でユラユラと浮かぶ、アイリの姿…。


 酸素マスクを取り付けてユラユラと揺れる少女の姿は、妹と同じくらいに見える。
 本当は、一つ年上なのに…。
 妹ですら、19歳には見えないのに…。

 その彼女が、一体どうやってWROのマザーコンピューターを掌握し、こうしてメールで指示を出してくれているのかさっぱり分からない。
 分からないのだが、確実に分かることが一つ。

 彼女は決して生きた人形ではないということ。

 その身は魔晄中毒に犯されていても、己の意志は失っていない。
 もしかしたら、この星に生きる人間の中で、一番心が強いかもしれない。
 何しろ、魔晄中毒患者というのは、己の意志を侵食されて心が死んでしまうものなのだから。
 それなのに、彼女は『身体が不自由』なだけで、『心』は自由…と言えまいか?

 ぼんやりとそんな事を考えているシャルアの目の前では、リーブが苦笑しながら携帯でヴィンセントと話を続けている。

「本当です。アイリさんが私達を助けようとしてくれてるんですよ」
『………何故、彼女がそんな事を出来ると言うんだ?気は確かか!?』
「いや…全くもって、ヴィンセントの言う通りだとは思うのですが、それでも彼女が私達を誘導してくれたから生きていられるのは事実なんです。どうやって、WROのマザーコンピューターを掌握したのかは全く分かりませんが…」

 言葉を切って、チラリとシャルアを見る。
 シャルアは訝しげにリーブを見た。
 スライ大将も怪訝な眼差しを向ける。

「ほら……ちょっと似てないですか?『センシティブ・ネット・ダイブ』……。シェルクの力と…」
「「 !? 」」

 科学者と大将が息を飲む。
 恐らく、携帯の向こうでも同様の反応があったのだろう。
 リーブは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

「ね?そう考えたらアイリさんがマザーコンピューターを掌握したって考えも、そんなに支離滅裂な考えじゃないでしょう?」

 リーブの意見に、誰も反論出来ない。
 確かに、シェルクはネットワーク内に侵入する力を持っている。
 だがそれは、人体実験の結果、無理やり与えられた力だ。
 アイリは別に人体実験を受けたわけではない。
 わけではないのだが……。


 ピーッ!


 三人が勢い良くメールの音に反応する。


 ― あと十秒後に道が出来ます。
   次のメール音と同時に全速力で走って下さい ―


「ではヴィンセント。あと数秒で全速力で走らないといけないので切ります。また、無事だったら連絡します」
『お、おい!!』
「こっちはなんとかしますから、ティファさんの確保、お願いしますね。くれぐれも、私達を助けに来るという、時間の無駄遣いはやめて下さい」
『リーブ!!』


 ピーッ!!


 三人は全速力で脇目も振らず駆け出した。
 リーブは走りながら携帯を切り、胸ポケットに押し込む。


 ズズンンン………!!


 向かう方向から重く、何かが爆発する音が轟いてきた。
 微かに床が揺れる。
 三人は一瞬顔を見合わせたが、それでも足を止めることなくひたすら真っ直ぐ走った。


 目の前が、白い煙で濁っている…その向こう目掛けて……。





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