Fairy tail of The world 5「あ……」 「どうしました?」 カウンターの中で作業をしていたティファが小さく声を上げた。 首を傾げるシェルクに、バツの悪そうな顔を向ける。 「すっかり忘れてたんだけど、リリーさんの実家のケーキ屋さんに行く約束してたんだったわ」 セブンスヘブンの常連客の一人で、カームに住んでいるケーキ屋の一人娘の名を言うと、シェルクは「ああ、そうだったんですか」と頷いた。 彼女とシェルクはまだ数回しか会っていないが、それでもそれなりに良い関係を築けているのではないかとティファは思っている。 薄茶色で少々癖のあるショートヘアの可愛い女性。 その女性が数ヶ月前の惨劇の犠牲にならなくて本当に良かった…そう心から思う。 『たまたま、お祭りの日に家族揃ってゴンガガ村のおばあちゃんの家に行ってたんです』 そう言って悲しそうな……寂しそうな彼女の笑顔を思い出す。 彼女のご近所さんが何人も犠牲になったのだ…。 彼女が自分達一家の無事を心から喜べない気持ちは良く分かる…。 「シェルク…、悪いんだけどお留守番お願い出来る?デンゼルとマリンもまだ帰って来ないだろうし…」 店の時計に目を走らせると、丁度十一時になったところだった。 約束の時間は正午だったので、今から店のトラックを走らせれば少しの遅刻で済むかもしれない。 「はい」 「あ、それからお昼ご飯は冷蔵庫に下ごしらえしてあるから、焼いて先に食べてて」 「分かりました。あ、でも、くれぐれも急ぎ過ぎて事故を起こしたり、モンスターに突っ込んだりしないで下さいネ」 「はいはい。分かってますよ〜」 軽口を叩いてくるシェルクに口を尖らせて見せる。 そして、二人はクスッと笑みをこぼした。 以前から考えられないほど、自分達に心を開いてくれているシェルクに、ティファはどうしようもなく嬉しくなる。 弾む心を胸に、ティファはシェルクの見送りを受けながら軽快にトラックを走らせた。 今日はシェルクがセブンスヘブンにやって来て丁度三ヶ月になる。 そのお祝いに…と、クラウドとティファ、それにデンゼルとマリンがこっそりリリーの実家のケーキ屋にケーキを注文していたのだ。 シェルクには『リリーさんが新作のケーキを味見させてくれるんだって!』と言ってある。 リリーには、『祝・シェルク!セブンスヘブン三ヶ月目♪』とメッセージの書いたチョコプレートを飾って貰えるように頼んであった。 ケーキを持ち帰り、それを家族揃って開けたその時に見せてくれるであろうシェルクの驚いた顔…。 そして、彼女の笑顔を想像し、ティファは頬を緩ませた。 「ごめんなさい、遅くなりました!!」 「あ、ティファさん!」 カームに無事到着し、勢い良くケーキ屋さんの扉を開けると、そこにはピンクのエプロンと三角巾を頭に巻いたリリーがショーウィンドーの向こうに立っていた。 ティファを見て満面の笑みを向ける。 「良かった。丁度携帯に電話をしようかと思ってたんです」 ホッとした顔をするリリーに、ティファは店の時計に目を向けた。 十二時を三十分以上過ぎている。 「ごめんなさい。すっかり忘れてて…」 「ああ、良いんですよそんな事。ご無事だったんですから」 「でも、せめて電話をするべきだったわよね。あ〜、そこまで頭が回らなかった〜」 頭をコツコツと叩くティファに、リリーはブルーの瞳を細めて微笑んだ。 ティファは、リリーのこの瞳の色が好きだった。 クラウドのような魔晄の色では無い、極々自然で穏やかな瞳。 ……勿論、クラウドとシェルクの瞳は大好きなのだが、他のソルジャー達の魔晄の色は好きになれない。 それは仕方ないと言うものだ。 これまでのティファの人生を振り返ってみたら……。 「はい。これで良いですか?」 「わ〜!最高よ!!本当にありがとう」 既に出来上がったケーキを見せてもらったティファは、その出来栄えに感嘆の声を上げた。 流石本職なだけはある。 色とりどりのフルーツをふんだんに使い、それを実に綺麗に盛り付けてある。 ケーキの縁には生クリームが綺麗な波模様を描き、見ているだけで心が躍る。 そして…。 ケーキの真ん中には…。 『祝・シェルク!セブンスヘブン三ヶ月目♪』 チョコプレートにはメッセージの他に、何と、クラウド、ティファ、デンゼル、マリン、そしてシェルクの似顔絵がチョコペンで実に上手に描かれていた。 「すっご〜い!!これ、誰が描いてくれたの!?」 感嘆の溜め息を漏らすティファに、リリーが照れ臭そうに微笑んだ。 「エヘヘ、実は私なんです」 「え!?リリーさんが!?!?」 目を丸くしてケーキ屋の娘を見つめる。 ティファに見つめられて、耳まで真っ赤になったリリーに、心が温かくなる。 「本当に素敵!!もう、何て言ったら良いのかわからないくらいよ!!本当にありがとう!!」 「エヘヘ…私こそありがとうございます。ちょっと迷ったんですけど、私もシェルクさんのお祝いをしたかったので、ちょこっとだけプレゼントと思いまして…」 あ〜、でも、本当に緊張しちゃいました。 そう言ってはにかむリリーに、ティファは堪らずキュッと軽く抱きしめると、 「本当にありがとう。シェルクも喜ぶわ!!」 そう言って、すぐに身体を離した。 思わぬティファからの抱擁に、リリーは首まで真っ赤になりながらも、心から嬉しそうに微笑んだ。 「それじゃ、慌ただしくて申し訳ないけどこれで失礼するわね」 「はい。あ、帰りも気をつけて下さいね。最近、モンスターが活発化してるって言いますし…」 少々心配そうな顔をするリリーに、ティファはニッコリ笑って頷いた。 「うん。この素敵なケーキを無事に持って帰らないといけないもんね!」 茶目っ気たっぷりにそう言うと、リリーは再び笑顔を見せた。 「ティファさん、色々お忙しいと思いますけど、頑張って下さいネ。皆さんにもよろしくお伝え下さい」 「うん、ありがとう。リリーさんもまたお店に遊びに来て。私も今度は家族皆で美味しいケーキを買いに来るわ」 「はい、是非!」 店先まで見送りに出てくれたリリーに、ティファは手を振ると、慌ただしくトラックのエンジンを吹かせて走り出した。 リリーがティファのトラックが見えなくなるまでずっと手を振っていてくれたのを、ティファはバックミラーでしっかりと見ていた。 「本当に、素敵な女の子よね〜」 しみじみと言いながら、次に会えるのを楽しみに心に思い描きながら、ティファはカームの街を抜けた。 カームの街を出た辺りは問題なかった。 しかし、エッジとカームの丁度中間地点辺りで、ティファはバックミラーにモンスターの姿を確認した…。 それも、一頭、二頭ではない。 明らかに群れを成し、ティファのトラック目掛けて追ってきている。 ティファは全身に緊張を走らせた。 そして、脳裏にほんの数週間前にふらりと店に現れた仲間を思い浮かべた。 『最近、どうもモンスターが活動的になっているんです…』 そう言っていたWROの統括を担っている仲間の疲弊しきった顔……。 三ヶ月前のオメガの悲劇から救われたこの星で、今、何かが静かに…そして急速に変化しつつあるようだ…。 そうリーブは深い溜め息を吐いた。 世界各地で、何故かモンスターが急速に増えており、折角安定してきた交通網を妨げたり、小さな村を襲うようになっているという…。 各地にWROの駐屯所を設け、その対策に乗り出しているリーブだったが、どこからその大群のモンスターが現れているのか未だに不明なのだそうだ。 モンスターの生息地さえ分かれば、シエラ号などの飛空挺により、上空から一掃出来るというのに…。 モンスターは、どこからともなく現われ、そして散々暴れた後、現れた時同様、どこへともなく消えてしまうのだそうだ…。 いくらなんでも足跡くらい残っていそうなものなのに、それも忽然と途切れているとの事だった。 まるで…。 幽霊のような…そんなモンスターの大群。 その奇怪な現象の為、世界の復興はオメガの悲劇以前に比べて亀の歩みのようになっている。 むしろ、復興どころかモンスターをどうにかする方が切実な問題になってきつつあるというのだ。 『本当に……この星で一体何が起きているんでしょう…』 弱り果てている仲間に、ティファはかける言葉が見つからなかった。 リーブの話し…。それは、クラウドも言っていた。 最近、配達の仕事中にモンスターに襲われる率が高くなった…。 そう言って疲れきって帰宅する事が多くなっているのだ。 勿論、クラウドに敵うモンスターなどいるはずもなく、今の所は無事に配達の仕事を続けている。 しかし、他の同業者達はそうはいかない。 途中で配達の荷物を落としたり、怪我を負う事は珍しくなくなった。 それでもまだ、その程度なら良い方だ…。 最近では、負傷者の数も多くなり、それに伴ってとうとう行方不明者まで出てしまった。 生存の可能性は低いだろう…。 荒野でモンスターの大群に襲われたら、クラウドのように腕の立つ者でなくては生きて帰る事は出来ない。 彼らに出来る事はたった一つ。 逃げるだけだ…。 そして今。 ティファも逃げの一手のみの選択肢しかなかった。 もしかしたらティファの腕なら一掃出来るかもしれない。 しかし、生憎ティファはクラウドや他の仲間のように武器を使って闘うのではなく、己の拳で戦うのだ。 つまり、完全な接近戦になる。 接近戦という点においては、クラウドとシドも同じなのだが、違うのは乗り物に乗ったまま闘えるか否か…という事だ。 そして、トラックを運転しながらティファは闘う事が出来ない。 トラックを停止させ、完全にモンスターと向き合わなくては闘えないのだ。 残念な事に、周りには岩肌がごつごつと突出した小さな岩山に囲まれており、モンスターの群れにとって有利な地形といって良いだろう…。 たった一人、マテリアの力も借りずにモンスターと対峙するのはいくらティファでも自殺行為と言える。 囲まれたら……アウトだ。 いくつかの打開策を考えながら猛然とアクセルを踏み込み、サイドミラーを見る。 モンスターの群れは、軽く見ても二十頭はいるだろう……。 『どこからこんなに大群のモンスターが!?』 ティファの全身が総毛だった。 これまでの経験から、ここまでの大群に出くわした事は無い。 勿論、あの旅の最中、連続でバトルに突入した事はあった。 しかし、初めからこんな大群にお目にかかったことは一度も無い。 『本当に……この星で一体何が起きているんでしょう…』 リーブの言葉が脳裏を再びよぎる。 確かにこれは異常だ。 この星全体で何か悪いことが起こっている…。 漠然とそんな不安が胸に広がった。 そうこうするうちに、モンスターの大軍の先頭が、トラックに追いついてきた。 決して遅くないはずのこのトラックに追いついて来るモンスターの脚力に、ティファはゾッとした。 ティファの目と、モンスターの真っ赤な瞳がぶつかる。 それを合図に、モンスターが運転席の窓に向かって体当たりをしてきた。 咄嗟にハンドルを切ってそれを避ける。 急なハンドルさばきに、タイヤが軋み、助手席に乗せていたケーキが無残にも足元に落ちてしまった。 『あ〜、折角のケーキが!!』 などと落ち込んでいる余裕など無い。 助手席の足元に落ちたケーキの箱へ視線を移したティファの目に、反対側からもモンスターが迫っているのが見えた。 大慌てでハンドルを反対に切り、その攻撃も紙一重で避ける。 しかし、完全に避けきる事が出来なかった。 トラックの後輪に、モンスターがぶつかったのだ。 バランスを崩し、ハンドルを取られるが、それを何とか立て直す。 『な、何て力なの!?』 トラックのバランスを崩すほどのモンスターの力に、ティファはギョッとした。 アクセルを踏み込もうとするが、もう限界まで踏み込んでいる為これ以上はスピードが出ない。 おまけに、今走っているのは舗道された道ではない。 ごつごつとした岩肌が剥き出しになり、乾燥した大地……荒野を走っているのだ。 満足のいくスピードを出すのは不可能だ。 ハンドルを握る手が、汗でべたつく。 額にも汗が滲み出ていた。 これほどまでの危機を感じたのは、日常生活の中で初めてだ。 ティファはギリッと歯を食いしばると、必死になってモンスターの追撃をかわしていった。 折角のケーキを無駄にしてしまったが、それを悔やむのは無事にエッジに着いてからだ。 しかし……。 ある考えがティファの脳裏をかすめ、幾度目かの戦慄を走らせた。 もし…。 もしも、このまま街に逃げ込む事が出来たとして……。 そこでこのモンスターの大群は諦めるのだろうか……? もしも、諦めずに街になだれ込む事にでもなったら一大事だ。 ティファは迷った。 このまままっすぐに突っ切れば、何とかエッジに逃げ込む事が出来るかもしれない。 しかし、この狂気に満ちたモンスターの目が、このまま街に逃げ込む事を躊躇わせる。 狂ったようにトラックに突撃してくるモンスターを必死にかわしながら、ティファは唇をかみ締めた。 恐らく、街に逃げ込んだとしてもこの狂った大群は街の中まで追って来るだろう…。 勿論、街の中心部までなだれ込む事は無いと思うが、街の外に程近い場所に住居を構えている人達が沢山いるのだ。 その人達が、モンスターの犠牲になる可能性は……非常に高い。 『ダメ…』 ティファは進路を変えた…。 ひたすらエッジとカームから遠ざかる様にトラックを走らせる。 急ハンドルにタイヤが軋む。 それに伴い、ティファの身体も運転席で大きく傾いた。 片輪が浮き上がる。 それでも、急ターンに成功したトラックは、モンスターの大群を引き寄せたまま、猛然と荒野を走り続けた。 どこに行けば良いのか分からなかったが、とりあえず、エッジとカームから離れる事しか考えていなかった。 エッジよりも小さな町であるカームに、こんなモンスターの大群がなだれ込んだらとんでもない大惨事になる。 絶対にそんな事は出来ない。 激しく揺れるトラックの中、ティファは必死になってハンドルを握り締め、運転し続けた。 モンスターの群れは、全く諦める事無く執拗に追ってくる。 この群れを相手にしてもう既に三十分以上が経っていた。 ティファは、焦りと不安、そしてどうしようもない恐怖と闘いながら、ポケットに入れている携帯に手を伸ばすかどうか迷っていた。 助けを求める相手は……飛空挺を持っているシド。 恐らく、ティファからのSOSならすぐにでもシエラ号を飛ばしてくれるだろう。 しかし……。 シドも最近はリーブの手伝いで忙しくしている事を知っているだけに、どうしても躊躇われる。 『陸路が安全じゃないからな。飛空挺がどうしても大量に必要になってきてんだよ』 そう言いながら、リーブと同じく疲れた顔をして酒を煽っていた無精髭の男を思い出すと……。 『どうしよう……』 携帯に手を伸ばしかけては踏み止まってしまう…。 『モンスターの大群に襲われてるから…』と助けを求めて良いものだろうか…? 仮にも、世間では『ジェノバ戦役の英雄』と謳われている自分が…。 勿論、ティファ自身にとって、その称号は重荷でしかなかった。 しかし、それでもそう言われ続けている内に、そうでなくてはならない…という強迫観念が無意識に備わっていたようだ。 だがしかし…。 そんな風に迷っている場合ではなかったのだ…。 刻々と迫る危険に……状況に……ティファは全く気付いていなかった…。 気づいた時には…。 「え………?」 突然、大地が途切れた。 トラックが宙に浮かぶ。 そして、運転席にいたティファの身体も、シートベルトに固定されていながらも浮き上がる感触に包まれた。 はるか下方に、大地が広がっている。 ティファは咄嗟にシートベルトを外すと、ドアを思い切り押し開け、トラックから飛び出した。 落下するトラックを踏み台にして、力一杯上空へ跳躍する。 その時、ティファの目に映ったのは…。 狂気に彩られたモンスターのドス黒赤い瞳。 落下するトラックを追って、モンスターの大群が次々と崖から飛び降りてくるではないか。 『狂ってる!!』 普通、獲物が崖下に転落したからといって、後を追って崖から飛び降りる獣がいるだろうか!? 何に執着しているのか、そのモンスター達は躊躇う事無く、後から後から崖から飛び降りてくる。 そして、目標は…漆黒の髪をなびかせ、薄茶色の瞳を驚愕に見開いた女性……ティファただ一人…。 空中でモンスターと真正面から対峙する形になったティファは、襲い掛かってきた牙と爪から身をかわしつつ、必死になって攻防戦を繰り広げた。 次々降ってくるモンスターを蹴り倒しながら、そのモンスターを踏み台にさらに崖の上を目指していたティファだったが、あまりの多さにあっという間にそれが困難になってしまった。 そして…。 背中に強烈な痛みを感じ、ティファはバランスを崩してそのまま落下しそうになる…。 「くっ……!」 痛みで視界が歪み、頭の中が真っ白になる。 それでも、ティファは長年の経験から全身でモンスター達の殺気を感じ取り、残るモンスターの攻撃をかわしながら……いくつかかすり傷を受けつつも、それらの獣を足場に崖の上まで跳躍する事に成功した。 崖の上に飛び上がることに成功したティファの目に、最後の一頭が崖下に身を躍らせるのが見えた。 そのモンスターとティファの視線が空中で絡み合う。 狂気に彩られたドス赤黒い眼と、痛みの為霞む薄茶色の瞳。 そのまま両者は、一方ははるか下方の大地へ向けて、もう一方は崖の淵ギリギリの所で身体を横たえた…。 「ハァ、ハァ、ハァ……!」 荒い息を整えながら、額に張り付く髪をかき上げつつ、崖下を覗き込む。 はるか彼方にしか見えないその大地から、モクモクと黒煙が上がり、視界が悪い。 トラックが炎上したのだ……。 危なかった……。 身に迫っていた危機が、とんでもなく大きかった事に改めて戦慄する。 ヨロヨロしながら、とりあえずその崖から離れようとする。 が、思うように身体が動かない…。 ティファは、背中の傷を中心にモンスターから受けた傷がどんどん熱を持ち、痛みを増し、思考力を奪っていく段階で初めて気付いた。 モンスターの牙と爪に、強い毒が宿っていた事に…。 生憎、毒消しの類は全て炎上するトラックの中だ。 持っているのは……。 膝から力が抜け、ドサッと冷たく荒い大地に倒れこむ。 毒の為、急激に上昇する体温が、逆に体中から熱を奪い、悪寒を走らせる。 寒さの為、震えて思うように動かない手で、必死にポケットから携帯を取り出す。 リダイヤルボタンを押し、通話ボタンへ指を宛がう。 ドクン、ドクン……。 背中の痛みが大きく脈打ち、ホンの少し身じろぎするだけで激痛を走らせた。 「ク…ラウド……」 何度目かの呼び出し音が、目の前の携帯から漏れ聞える。 耳に当てる力はもう無い…。 カチカチカチ……。 寒さがひどくなり、奥歯が鳴る。 段々、背中の痛みが薄らいでいく感触と共に、どうしようもない倦怠感が全身を蝕んでいく…。 視界が狭まり、耳の奥からキーンという耳障りな音が鼓膜を刺激する…。 その時。 『どうした、ティファ?』 やっと聞きたかった人の声が、携帯から微かに耳に届けられた。 しかし…。 『クラウド…』 最愛の人の名を口にする力すら既に残されていなかったティファは、そのまま意識を手放した。 手放すその瞬間まで聞えていた、 『ティファ…おい!ティファ!?』 己の身を案じて名を呼んでくれる愛しい人の声に、うっすらと笑みを浮かべて……。 |