沈む…しずむ…シズム………。 怖い…こわい…コワい………。 何が…怖いの……? このまま死んでしまうこと…? このまま子供達を残して逝ってしまう事…? ううん、違う…。 彼が…私を忘れる事 Fairy tail of The world 6ティファの意識は深く…深く沈んで行く…。 それは、どうしようもない事だった…。 命は…。 生まれ出でた時から『死』に向かって歩いているのだから…。 そこに辿り着くのが、早いか遅いかだけの話…。 ティファはただただ、自分を押し流す暗闇に身を委ねるしかなかった。 そうするしか……なかった。 抗う力も、意志も、そこには存在しなかったから…。 『仕方ないよね…』 完全に、ティファは生にしがみ付く事を諦めていた…。 ただ、ボーっと霞む意識の中でも思うことは…。 子供達のこと。 仲間達のこと。 家族になったばかりの少女のこと。 そして…。 彼のこと…。 愛しくて仕方のない彼のこと。 死闘が終わって、エッジに流れ着いて。 漸く彼と…本当の家族になれそうだった…。 今までは、どこか薄い薄い、壁のようなものが自分達の間を隔てていた。 それが、一年前に如実に現れた。 彼が家を出てしまったのだ。 あんなに優しく微笑んでくれたのに…。 あんなに近くに感じたのに…。 あんなに包み込むような言葉をくれたのに…。 あの時の絶望感は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。 でも、彼は帰って来てくれた。 己の中にある全ての事に決着をつけて…。 それなのに……。 いつの間に私はこんなにも変わってしまったのだろう…。 『もう…良いかな……』 死を受入れている自分がいる。 あんなに生きる事に必死だったのに…。 それなのに何故、今、死を受入れているのか、ティファには分からなかった…。 今のティファには生き残る絶対的な気力……精神力が極端に欠落していた。 どこか遠くで何か音が聞える。 声のような……音のような……風が吹きさる時に奏でる空虚な響きのような……。 『まぁ…どうでも良いよね…』 朦朧とする意識の中、それさえも全く自分には興味の無い事で…。 このまま沈んでいくに任せてしまっても良い…と、ユラユラ揺れながら闇に墜ちて行った。 ほんの僅かな恐怖心を抱きつつ……。 しかし、ここで変化が訪れた。 このまま闇に沈んでしまえていたら、きっと死ねただろうに…。 閉じた瞼の裏で、何やら淡い輝きが揺らめいているのを感じたティファは薄っすらと瞳を開いた。 ぼんやりとその輝きを眺めるうち、その光が段々自分に近付いているのに気付いた。 いや、違う…。 自分が光に吸い寄せられているのだ。 徐々にその光に近付くにつれ、その光が何故淡く揺らめいているのか分かった…。 そこには小さな小さな泉があった。 忘らるる都の入り口にある泉よりも小さいその泉…。 その水面が揺らめく度、光が辺りに不思議な模様を描き出している。 泉の周りには光が全く無い暗闇。 その暗闇の中で、泉自身が光を発しているようだった。 何とも幻想的な風景に、ティファは知らず知らずのうちに息をするのを忘れて見入っていた…。 フワリ、と重力を無視した動作で泉の縁に腰を下ろす。 泉の淡いエメラルドグリーンは、まるでライフストリームのようだった。 澄んだその水面を見つめるうちに、ティファは何となく泉に足を浸してみた。 キンと冷たい水を想像していたのに、泉の水はほんのりと温かく……まるで人肌のような安らぎを与えてくれた。 「冷たくないんだ…」 ポツリと呟いた自分の声が、妙に落ち着いていて、他人のような印象を受ける。 実際、ティファは落ち着いていた。 じたばたしても仕方ない…そういう諦めが最初からあったのだから…。 「綺麗ね…」 ユラユラ揺れる水面を見つめ、再びポツリと呟く。 泉は本当に綺麗だった。 浸した素足が、エメラルドグリーン色の中、くっきりと見える。 泉の水がいかに澄んでいるかの証のようだ。 それにしても。 風も無いのに水面が揺れるその様は、まるで静かに泉が生きているようだった。 ティファはふと顔を上げ、泉の向こう岸近くに一本の大樹が根を張っているのに気づいた。 立派な大樹だ。 樹齢何千年だろう…。 太い根が盛り上がり、ずっしりとそびえ立つその様は、何とも言えず圧倒される。 その大樹を、水面の光がユラユラと妖しく照らしていた。 と…。 ティファはその大樹の盛り上がった根の上に、黒い影を見つけた。 泉以外の周りの世界は相変わらず暗闇しかない。 その為、その影が水面に反射する光を受けなければ『それ』に気づくことはなかっただろう…。 相変わらずぼんやりとした頭で『それ』を見つめていると、 「どうしてここにいるんですか?」 突然、『それ』が話しかけてきた。 流石にそれまでぼんやりとしていたティファだったが、声を掛けられた事によって呆けていた頭が急速に覚醒する。 少々慌てて腰を上げるティファに、再び『影』は声を掛けた。 「ここは…貴女が来る所ではないと思うのですが」 抑揚の無いその声は、若い女性のもの。 感情というものを全く孕んでいない、その『影』の囁きに、ティファは戸惑った。 「どうしているのか……って言われても……」 急にソワソワと落ち着かなくなってきた。 先程まで、『このまま死んでも良い』と思っていた自分がウソのようだ。 急速に、生きる事への意欲……生きる使命感が胸を支配する。 そしてそれに伴い、先程までにはなかった『死への恐怖』が込上げてきた。 『影』はそんなティファを前に、静かに大樹から泉へ『降り立った』。 そう。 水面の上に、僅かな波紋を広げただけで、『影』は泉に沈む事無く真っ直ぐに立ったのだ。 『影』は、踵に届く程までも伸ばした長い漆黒の髪を持ち、黒いロングコートを羽織り、コートから僅かに見えるロングブーツはこれもまた真っ黒で……。 コートに隠れて見えないが、恐らく上の服もズボンも……漆黒の闇の色をしているのだろう……。 ただ…黒くない所と言えば…。 透き通った肌を持つ女性の顔。 『少女』から『女性』への途上にあるその顔は、目を見張るほど整っていた。 そして……彼女が己に向けて真っ直ぐ向けてくる紅の瞳…。 寡黙な仲間の瞳とは違う……その赤い瞳は、ティファの心に危険を訴える。 女性は全身に警戒を漲らせたティファに、全く興味がない様な表情……何の感情も浮かべない顔で、一歩水面上を歩み寄った。 「分かったようですね」 またもや、謎めいた言葉を呟かれる。 ティファはざわざわと落ち着かない気持ちを抱えながら、改めて泉に立つ女性の姿を見つめた。 彼女の整った顔は、まるで人形のようだ。 幾つくらいだろう……? 自分よりも三つ程若いかもしれない…。 あまり歳の離れていないその『女性』からは、その華奢な見た目からは信じられない程の存在感を感じる。 決して殺意があるとか、圧迫感があるとか……そんなものではない。 ただ、『そこにいる』という存在感……。 彼女の前に、思わず跪いてしまいそうな……そんな『存在感』が、若いその女性から感じられた。 そう……。 それはまるで……。 『女帝』 しかし、当の彼女は全くと言って良いほど無表情で、一体何を考え、そしてティファをどういう風に見ているのかさっぱり分からない。 だからこそ、ティファは目の前の女性が恐ろしくもあり、興味を持った。 威圧的な要素は何も無いというのに…。 いや、それよりも。 自分がここにいると事を『何故?』と尋ねるという事は、彼女はここがどういったところか知っていると言う事に他ならない。 ティファは、込上げる畏怖の念を必死に押さえながら女性に話しかけた。 「さっき、ここは私が来る所じゃない…って言いましたよね…?それって……?それに、何が分かったって……」 ティファの問いかけに、女性はゆっくりともう一歩歩み寄った。 水面に新たな波紋が広がる。 「言った通りですよ」 淡々とした口調でそう言う女性に、ティファは戸惑った。 何を言われているのかさっぱり分からない。 分からないのだが……。 「ここに……いてはいけない……って事……ですか…?」 途切れがちに口にした言葉。 その言葉に、女性は無表情のまま、 「そうです」 たった一言だけを返した。 「…えっと…でも、ここに来た……って言うか、その…どうしてここにいるのかが分からない……んですけど……」 おずおずと話しかけるティファに、女性は人形のようにその表情を変える事無くゆっくりと首を傾げた。 「本当に…?」 その問いかけは、問いかけであって問いかけではない。 疑問ではなく……確認の為の言葉…。 ティファは戸惑った。 何となく……自分がここにいる理由が分かっている気がする…。 しかし、本当にそれは『何となく』なだけであって、明確なものではない為、 「多分……」 としか返答しようがなかった。 女性の眼差しが真っ直ぐに注がれる。 ティファは落ち着かなかった。 何か酷い間違いを犯している…そんな気にさせられるのだ。 「貴女は有名なんです…」 「え…?」 唐突に発せられたその言葉に、ティファは軽く目を見開いた。 彼女の言わんとしている事がハッキリ分からない。 自分が『ジェノバ戦役の英雄』として『有名』だと言っているのではない事は何となく分かっただけで、では一体何が有名だと言っているのだろう…? しかも……。 一体、『どこで』有名なのだというのだろうか…? 恐らく自分が今いる所は、『命ある世界』ではないだろう…。 そう…。 このままここにい続ければ、確実に『死』を迎えてしまう。 それは何となく分かってきた。 しかし、だからこそ彼女の言わんとしている事が分からない。 彼女が『ここにいてはいけない』と言った事と自分が『有名』であるという事の繋がりが見えないのだから…。 「ごめんなさい…、何を言ってるのか分からないんですけど……」 おずおず口を開いたティファに、彼女はフッと足元へ視線を落とした。 勿論、その視線の先には淡く光る水面があるだけ…。 「この泉…記憶に無いですか?」 「え…?」 またしても要領の得ない問いかけに、ティファは混乱した。 質問しているのは自分だというのに、それを質問で返されてばかりいる。 どうにも先程から答えをはぐらかされているような気がしてならない…。 しかし、彼女の言葉一つ一つが、実は大きな意味を含んでいるのだけは……何となく分かる…。 何故か理由は分からないのだが…、直感でそう感じる。 女性の視線の先にある泉を見つめ、ティファは最初に感じた事を素直に口にする事にした。 「ライフストリームに…似てると思いますけど……」 「その通りです」 「え!?」 あっさりと肯定され、ティファは思わず声を上げた。 意外にその声が甲高かった事に、ティファ自身は驚いて慌てて口を両手で押さえたのだが、目の前の女性は全く気にする事無く再び無表情のままティファに視線を移した。 「この泉…ライフストリームなんですよ…」 「…………」 何と言って良いのか分からない…。 言葉を無くして突っ立っているティファに、女性は一歩近付いた。 水面が淡く揺らめく…。 「貴女は、過去にライフストリームに落ちた人達がどれほどいるか…ご存知ですか?」 「え……いえ…」 またしても突飛な質問。 ティファはオドオドとそれに答えるしかない。 しかし、答えながら脳裏に過ぎった(よぎった)のは、常連客の『幼馴染』の女性。 幼少の頃にライフストリームに落ちて魔晄中毒になってしまったというその女性は、十年以上経った今でも闘病生活を余儀なくされている。 彼女の虚ろな紺碧の瞳に、何が映っているのか……。 彼女を傍らでずっと見守っている青年の穏やかで…それでいて時折見せる寂しそうな横顔を思い出す…。 「過去にライフストリームに落ちた人の数…それは貴女が想像するよりも多いでしょう。そして、それらの人達が決して成し得なかった事を貴女は成し遂げたんです…」 「え…?」 「分かりませんか…本当に?」 全く何を言われてるのか分からない。 女性の紅色の視線が、ティファの瞳を離さない。 知らず知らずのうち、ティファは震えていた。 小さく小さく、その肩を震わせ、目の前に立つその女性から視線を逸らせたくてたまらない。 しかし、それを決して許さないかのような眼差しに、ティファは怯えたような表情を浮かべた。 「貴女だけなんです」 「過去、ライフストリームに落ちて…」 「全く何の影響もその身に受けなかった人は…」 「本当に気付かなかったんですか……?」 ああ…そうだった…。 自分は確かにライフストリームに落ちたのに…。 全く何の影響も受けずに、戻る事が出来た…。 クラウドも、ライフストリームに単身で落ちた時には酷い魔晄中毒を患ってしまっていたのに…。 それなのに…。 ワタシ……ナントモ……ナカッタ……。 全く気付かなかったその事実に、何故か身体が震える。 どうして自分は何ともなかったんだろう…? ううん、きっとエアリスが助けてくれたから…だから、私は何ともなかったの…。 私が特別じゃないの…。 だから……だから……。 「そうですね。貴女が何の影響もなかったのはお友達のお陰です…。でも…」 心を見透かしたようなその言葉に、心の底から震えに襲われる。 「でも…貴女だけではないと思いませんか?」 「な、何が…?」 聞きたくないのに聞き返してしまう自分が憎い…。 しかし、容赦なく女性の言葉が耳に届く。 「他にライフストリームに落ちた人達にも、既に星に帰ってライフストリームで見守っている人達がいた…という事実です。それなのに、貴女だけ…。貴女だけがご友人の力だけで何の影響も受けずに『生の世界』に戻れた……というのは、少々おかしいと思いませんか?」 「だから……貴女は『こちら側の世界』でも『ジェノバ戦役の英雄』と同じ位、有名なんですよ」 ああ…。 確かにそうだ…。 彼女の言う通りだ…。 どうして……どうして……私だけが……? ティファは混乱と言い知れぬ恐怖の只中に放り込まれた…。 |