どうしていつも肝心なことは知らせてくれないんだろうな。 今も…あの時も。 Fairy tail of The World 51「シュリ…、到着までまだまだ時間がかかるから休んでろ」 何度話しかけても反応のない青年にほとほと困り、シドはやや強引に立ち上がらせた。 フラリ…。 「お、おい!」 「ちょっとシド!アンタもう少し労わりの心ってもんを持ちなよ!」 危うく転倒しかけたシュリを支えたシドは、ユフィのキンキン声に顔を顰めた。 自分は精一杯、青年に対して労わりの気持ちを持っている……つもり。 だからこそ、放心状態のシュリを休ませようとしているのに…。 まさか、こんなに弱ってるとは思わなかった…というか…忘れていた…。 言い訳がましい台詞を喉の奥で押し止め、 「うっせぇな……悪かったよ…」 ブスッとしながら謝る。 ナナキがオロオロしながら仲間達を見上げ、シュリの足に鼻先を擦り寄せた。 「シュリ…シドの言う通りだよ。そんな青白い顔してさ…。ちょっとでも休んどかないと、いざって時に動けないよ…」 沈んだトーンで言葉をかけ、フルリ…と尾でシュリの腕を擦った。 ゆっくりとシュリの俯いていた顔が上がる。 ようやく何かしらの反応を示した青年に、仲間達の表情が揺らぐ。 「…すいません…。びっくりしたものですから…」 やっと口を開いたシュリの声は、青白い顔からは意外なほどしっかりとしていた。 ホッと英雄達の表情が緩む。 シュリは自分を支えているシドに軽く会釈すると、再び椅子に座った。 どうやら部屋に戻る気は無いらしい…。 シドの眉間にシワが寄る。 「少し話をしたら休みます」 シドの表情を正確に読み取って青年は皆に座るよう促した。 「まず、局長からのメールですが、本物です」 全員が席に着くと、開口一番にそう告げた。 英雄達に再び緊張が走る。 「どうやって彼女がWRO本部のマザーコンピューターを掌握したのか…。それはシェルクさんと似たような力を持っているなら案外簡単に出来るものです」 あっさりとそう言ってのけたシュリに、全員が目を丸くする。 そんなあっさり、簡単に口に出来る内容ではないはず。 それをこともなげに『簡単に出来る』と言ったシュリにあんぐりと開いた口が塞がらない。 「色々聞きたいことはあると思いますが、今はそれよりも優先させたい話がありますのでそちらから…」 さり気なく皆の質問攻撃を先制し、青年はテーブルの上に両肘を着いた。 軽く手を組んでその上に顎を乗せる。 「本部がシャドウの大群に襲われたのは本当でしょう。…むしろ、全く不思議なことではありません」 静かに語る青年に皆の視線が集中する。 「WROというのはこの星で生きてる人々の所謂(いわゆる)『希望の象徴』です。星のあらゆる敵と戦う組織。それは、『闇』にとっては目ざわり以外の何ものでもないですからね」 「でもよぉ…」 躊躇いがちにシドが口を挟んだ。 静かにシュリがシドを見る。 黙ったまま目だけで、シドに質問を促す。 「その、『闇』にとって確かにWROは目障りだろうけど、はっきり言って『闇』の攻撃を回避したり、逆に『闇』に攻撃することなんかWROの技術を駆使しても無理だろ…?って言うか、攻撃したり回避できるのって…今のところ……」 言いにくそうに言葉を切ったシドに、仲間達は顔を曇らせシュリを見る。 言わんとしていることが分かりすぎる。 そう、『闇』の攻撃であるシャドウ等の襲撃に、今のところ全く自分達は歯が立たない。 全然役に立てていない。 「シドさんの仰る意味は良く分かります。ですが、勘違いしておられる」 言葉を切って自分を見つめている面々をゆっくりと見る。 「闇とは『死後の世界』だけではありません。『生命の世界』でも『闇』は存在する。皆さん、シャドウの印象が今は凄く強いので忘れてらっしゃるようですが、『闇』は人々の心の中に常に存在しているものです」 ふぅ…と、息を吐き出して言葉を切る。 僅かな沈黙。 その僅かな時間は、皆に今言った意味を脳に浸透させるための時間のようだった。 ユフィは考えた。 確かに、人の心は光と闇で構成されている。 光と闇が混在しているグレーな部分も勿論あるが…。 だから…なのだろうか? 生きている以上、人の心は『光』と『闇』を行き来する。 自分達の命が危険に晒された際、人の心はどちらに傾く? 『光』か『闇』か。 どちらの割合が高いだろう……? ナナキもまた考えた。 自分は過去、父親を憎んだことがあった。 だが、それは思い違いの結果だった。 父は勇敢で誇り高い存在だった…、母と同じくらい。 その時、自分の心の変化は…? 父に対する『光』が宿らなかっただろうか? それまでは『憎しみ』という『闇』に囚われていたのに…。 シドもまた考えていた。 シエラがもしも死んでしまったら? 死因は何でも良い。 病死、事故死……他殺。 そのいずれであれ、目の前から永遠にいなくなったら、確実に心は『闇』に覆われる。 他殺であった場合、尚更に! デナリも黙考した。 この仕事…WROに属してからは設立当初からとは言え、まだまだ長い年月ではない。 だがその前も、似たような仕事に就いていた。 だから…分かる。 人の心が『闇』に囚われる瞬間というものを。 己の大切な何かを奪われた時、その人の高潔な心は闇に堕ちる。 あぁ……そうか、だから…。 「ね?分かったでしょう?」 皆の表情を見て、シュリはそっと声をかけた。 「WROとは、生きている人達の『希望の象徴』。『闇』にとってはこの上なく邪魔な存在。『闇』とは『死後の世界』にも『命の世界』にも存在する『魂と心の世界』です」 「魂と心は密接な繋がりを持つ別々のもの…」 「心が穢れたら魂も闇に取り込まれるのに、死した後、星のエネルギーとして循環出来るのは魂だけ…」 「心が弱くなったからといって、魂の力が弱くなった証になるのではなく…」 「逆に魂の力が弱まった時にも、その心が強ければ寿命を延ばす…」 「心は魂に力を与え……、魂を光に生かすか………闇に堕ちるかを左右する……」 「心が弱くなった時、魂は闇に堕ちやすくなる……」 「衰えることなく闇に堕ちた魂は……」 「闇の世界に力を増させる……」 「故に、闇は『強い力を宿した魂』を手に入れる為に、人々の心を不安と恐怖、悲しみと怒りで満たしたがる」 「だからこそ、人々には『希望の光』が必要になる…」 「その『希望の光の象徴』たるWROがもしも壊滅でもしたら…?」 ゾッ…! 全員の背筋に悪寒が走り抜ける。 言いようの無い身の毛もよだつ悪寒の後には、ゾワゾワとした寒気がまとわりついていた。 世界は復興の兆しを色濃くしてきているが、それでもまだまだ落ち着いているとは言いがたい。 特に、先のオメガの事件でエッジやカームは大きなダメージを受けている。 人々の心には、未だに消えない明日への不安が爪痕を残している。 そんな状態でWROが突如、壊滅でもしたら…? どんなパニックが人々を襲うか容易に想像出来る。 「いつか…こうなるとは思ってました…」 どこか遠い目をして語る青年に、今更ながら驚かされる。 そして、それが不思議ともう自分達にとって意外なものとして感じられなかった。 星の声が聞える青年にとって、今回のWRO本部襲撃は、予想されてしかるべき出来事だと自然に思える。 だからこそ、彼は入隊したのではないだろうか? 勿論、シュリがこの星で起きる正確な情報を手にしたい、という理由で入隊したことは知っている。 だが、今こうして彼を改めてみると、このような事態を危惧して入隊した…とも思えるのだ。 星で起きている多くの情報を手に入れること。 人々の希望の象徴となる組織に闇が介入してくる恐れがあること。 もしかしたらこれ以外にも入隊した理由があるかもしれない。 だが…もうそれはどうでも良い事に思える。 シュリが必死になって戦っていることが痛いほど分かっているから…。 何の為に戦っているのかまでは分からないが……。 分からないが…! 少なくとも、私利私欲の為に戦っているわけではない。 「そっか…話は分かったぜ」 シドはタバコを取り出してくわえると、満足そうに紫煙を吐き出した。 ユフィもナナキも、そしてデナリもどこかスッキリした顔をしている。 別に事態が好転したわけではない。 相変わらずシエラ号はWRO本部にもエッジにもほど遠い大陸の上空を猛スピードで飛んでいる。 最初の計算からだと、エッジに到着するのは約9時間後だ。 だが、こうしてシュリが落ち着いて話をしてくれたことで、ざわめいていた心が落ち着きを取り戻した。 『大した奴だ…』 デナリは無表情な顔をしつつ、内心で舌を巻いていた。 リーブからのメールが本物であること。 今回の事態は起こっても不思議ではないこと。 要約したらたったそれだけを説明しただけなのに、あっという間に不安を消し飛ばしてくれた。 何故だろう…? シュリの言葉には力がある。 だからこそ、彼が呆然としたまま話をしたり、力ない目で声を発すると途端に不安に襲われてしまうのだ。 「シュリよぉ。もう、分かったから休んで良いぜ?」 ニッカリ笑った艦長に、シュリはほんの少し怪訝な顔をした。 内情を察してユフィがニカッと笑う。 「リーブ達は大丈夫なんでしょ?」 「そうそう。なんかそう言ってくれてるみたいな気がしたんだよね、オイラも」 ユフィの言葉にナナキが賛同する。 シュリは微かに瞳を揺らせた。 そっと目を伏せて、 「まぁ……最後まで分かりませんけど……多分……」 ボソッと呟く。 ホッとデナリが気付かれないように安堵の溜め息を吐く。 その隣で、ユフィはハッと気が付いた。 「…あ……ならさ……。アイリはどうなんの……?」 恐る恐る問いかけたユフィに、他のメンバーもハッとする。 肝心な事を忘れていた。 彼女がリーブ達を誘導してくれているということはしっかり頭の中に入っていたのに、彼女が一人、魔晄中毒患者療養病棟に残っているということを失念していたのだ。 強張った顔をする面々に、シュリは目を伏せたままそっと席を立った。 「どちらにしろ……ここからじゃあ、何も出来ない……」 ゆっくりと背を向け、ドアに向かう。 「そんな……!」 「ね、ねぇ!じゃあ、リーブ達は助かっても……アイリちゃんは……!?」 ユフィとナナキが悲鳴のような甲高い声を発する。 シドもくわえたばかりのタバコをポトリと落っことしながら立ち上がった。 デナリは……苦渋の表情で顔を伏せる。 「シドさん、あと何時間ほどでエッジに到着出来ますか?」 突然の質問。 シドは、 「あ?……いや、最初に計算した時は十時間だったから……あれからまだ二時間しか経ってないからよぉ…」 戸惑いながら計算する。 シュリはゆっくりと振り返ると、 「再計算して下さい」 はっきりと言った。 怪訝そうな顔をするシドに、シュリはジッと黙って見つめる。 その力強い瞳に、シドは何かを感じ取った。 そう、『希望』を。 慌ててコンピューターを操作して計算するようクルーに命令を下す。 ほどなくして告げられた計算の結果。 「あと……五時間半……!?」 「「「 え!? 」」」 呆然と呟いたシドに、ユフィとナナキ、デナリが驚きの声をあげ、固まった。 二時間半もの短縮。 唖然としながら、自然と視線はシュリに集中する。 シュリはいつもと変わらない無表情のまま、口を開いた。 「皆さんには…聞えませんか?」 何を言っているのか分からず、誰もが首を傾げる。 「あの『儀式』に参加された皆さんなら…きっと耳を澄ませば聞えると思うのですが、心が騒いでいる今は難しいかもしれないですね」 フッと視線を窓の外に流し、遠い目をした青年の言わんとしていることが分からない。 青年の漆黒の瞳には……何が映っているのだろう…? 瞬く星々達でないことは……確かだ……。 「星が…精一杯闇と戦ってる…」 何度目かの驚きに鋭く息を吸い込む。 「星が出来る事を必死にしてくれているんです。俺達を一刻も早くティファさんのところに辿り着けるよう、シエラ号にかかる空気抵抗を最小限に抑え込んでくれてるんですよ」 「な…!?」 目が落ちそうなほど見開いて驚くシドに、今度は視線が集中した。 本当かどうか、確かめたがっているのが言われなくても分かる。 計算したクルーに空気抵抗を計算させると、シュリの言った通りのことがまさに今、起こっていることが判明した。 「ね、だから言ったでしょう?」 「え……?」 穏やかな眼差しを前に、ユフィとナナキ、シド、デナリは困惑した。 何を言われたのか咄嗟に出てこない。 頭がパンクするほど、沢山話を聞かされたのだから、一体どれの事だか……。 「『希望はまだある』…って」 フッと微かに口元に笑みを湛え、シュリは艦長室を後にした。 その背が自動扉の向こうに消える。 皆、引き止めることすら出来ず、黙ってその背を見送った。 「どこだ…?どこにいる!」 クラウドは焦燥感も露わに市場を足早に歩いていた。 何人もの市場の観光客や普通の買い物客達にぶつかりながら、必死に彼女の姿を探す。 神経を研ぎ澄まさせて彼女の気配を追う。 だが、彼女の気配はおろか、全くなんにも見つけられない。 市場の路地裏に繋がっている箇所は片っ端から当たった。 先に頼んでいた八百屋や魚屋、果物屋等、あらゆる得意先に回って、ティファらしき人が現れなかったか訊ねた。 勿論、彼女が着替えた服装を携帯で伝え、自身はひたすら広い市場を歩く。 耳と目、そして全身の神経でもってティファの情報を集めようとする。 だが、不思議と彼女の姿は誰にも見かけられていなかった。 彼女がいくら帽子まで被って変装していたとしても、あれだけの人気者がバレずに市場を行き来出来るものだろうか? クラウドは焦る気持ちを必死に宥めつつも、いつしか小走りになっていた。 もう何往復した? 一回や二回では済まない。 時折、すれ違う人を捕まえては彼女の特徴を説明し、見かけなかったかどうか訊ねる。 そのどれもが……No。 何故!? 一体どうして誰も彼女を見ていないと言う? 本当に…ここで合っているんだろうか…? もしかしたら、ここではないほかの場所からも路地裏に向かうことが出来るんだろうか? 八方ふさがりとはこのことだ。 折角、彼女が変装したことが分かったのに。 その変装した姿を心安い人達にも伝えて見かけなかったかどうか聞いてまわったのに。 何故……誰一人としてティファを見ていない? ふと…。 クラウドの心に何かが引っかかった。 何故、俺はここにこだわってるんだろう…? どうしてここに、『路地裏に繋がる道』にこだわってるんだろう…? それは、『ミコト様』が路地裏以外で現れた話を聞いた事が無かったから。 そして、それはティファも同じはず。 だからこそ、こうして路地裏に繋がる道を徹底的に……。 緩慢な動きで一つの路地を見る。 引きずるように…その路地へとゆっくり…ゆっくり…足を向ける。 腰に下げている武器を片手でそっと確認する。 クラウドの背中が、喧騒溢れる市場からエッジの裏世界と呼ばれている路地裏に消えていった…。 シエラ号がエッジに到着するまであと五時間。 先行隊がWRO本部に到着するまであと…五分。 そして……。 「シェルク殿!!」 「大丈夫です。皆さんは引き続き上空で待機して下さい」 今、まさにWROの小型飛空挺からシェルクが本部目掛けてダイブするところだった…。 |