みんな…。

 ねぇ、みんな…。

 さぁ、起きて。

 眠ってる場合じゃないよ。

 まだ寝てるお寝坊さん達。


 あの子達だけに頑張らせるのは…もうやめよう。


 今こそ、目を覚まして……闘う時。



Fairy tail of The World 53




「折角、彼女は安らぎを手に入れたのに、貴方は自分のエゴで彼女を辛い現実に引き戻すんですか?」

 ビクリ。

 冷めた声音にクラウドの身体が震える。
 武器を持っている手が微かに震える。
 酷く動揺して青ざめているクラウドを、ミコト様は無感情な眼差しで眺めていた。

「彼女が何を願ったのか…知りたくないですか?」
「え……」

 ミコト様に言われて、クラウドは初めてティファが何を願ってこうなっているのか知らない事実に気が付いた。
 ミコト様はこう言っていた。

 ティファ自身がここに来たのだと…。
 自分が彼女を『闇』に追い詰めたのだと…。

 だが、よくよく考えてみたら、ティファは『何か』をミコト様に願ったからこそ、こうして闇のクリスタルに囚われているのだ。

 いや…何となく分かる。
 きっと………。


「俺の……ことだろう…?」


 声が震えそうになるのをなんとか堪える。

 本当は…否定して欲しかった。
 ちょっと小バカな顔をして『違いますよ』と言われたかった。
 だが…。


「ええ、その通りです」


 願いは何一つ叶えられることはなく、冷たい現実となってクラウドの心に突き刺さった。
 せめて、この目の前の忌まわしい女が冷笑でも、嘲笑でも浮かべてくれたらまだ良かったのに…。
 その嘲笑を憎むことが出来たのに。
 それなのに、彼女は全く表情というものがない。
 まるで能面のようだ。
 全く表情に変化がない。
 自分を見下している風でもない。
 ただあるがままを淡々と口にしている……話すマネキン。
 血の通わないロボットのよう…。


「彼女の願いはただ一つ。貴方の幸せでした」

 スッと視線をクラウドからティファに流す。

「貴方の心の奥底に決して消えない女性がいることを彼女は知っていました」

 女帝が誰を指し示しているのか容易に想像がつく。
 改めて言われるまでもない。
 ティファがエアリスを気にしていることはなんとなく知っていた。
 だから…。
 だから、エアリスに瓜二つのサロメをすぐに紹介できなかったのだ。
 きっと……ティファは動揺する。
 動揺して……悪いほうへ悪いほうへと己を追い詰める。

 だから!!

「貴方がどうして彼女のことをティファさんに言わなかったのか……」

 いつしか唇を噛み締めていたクラウドへと視線を戻す。

「その理由、知ってます」

 ハッと顔を上げる。
 相変わらず無表情な女に、心の奥底から震える。

 誰にも言っていないのに……何故知っていると言い切れる?
 ティファが一番愛しくて、ティファ以上に大切な人は後にも先にも存在しない。
 だからこそ、サロメにティファを会わせることは出来なかった。
 だから!
 こそこそとウソまでついてバレない様に会ったというのに…。

 マネキンのように無表情な女の紅玉の瞳が真っ直ぐクラウドを見ている。
 心の中まで見透かされているとしか思えないその……瞳。


「でもね、クラウドさん…。本当に貴方は貴方が想っているようにティファさんを愛せていたんですか?」
「な……!」
「貴方がティファさんに『どうしたかったのか』知っていますが、それは『諸刃の剣』だと気付いていたはず……、違いますか?」


 ズクリ…。

 クラウドの胸が抉られる。
 女の静かで容赦のない攻撃は続く。

「そうでしょう?貴方が最初からティファさんと彼女を会わせていたら良かったんです」
「……だが…だがまだその時では…!」

 言い訳…。
 自分でも分かっている。
 くだらない言い訳にしか過ぎないと。
 だが、『それ』を決めた時、『この方法が一番良い』と信じた。
 そして、その『方法』がもたらしてくれた結果、彼女が満面の笑みを見せてくれると信じて…。
 不安そうな彼女の姿に何度も本当は言いたくて…。
 不安そうな彼女にサロメを合わせて種明かしを…と思ったが、その時にはまだ肝心なものが無くて…。
 だから…。
 だから………。


「それはただの貴方のエゴですよ。ティファさんへの愛情ではないでしょう」


 スーッと血の気が引く。

 違う!!!
 そうじゃない、誰よりもティファの事を思ったから、だからこうすることが一番だと判断したのだ。
 決して自分のエゴなんかではない!!!!

 そう叫びたいのに…。
 手にしている武器を振り上げて、切り裂いてやりたいのに…。


 何一つ……出来ない。
 それは……二つの事実に気が付いたから。
 女帝から言われていることが、たとえクラウドからみたら全く違うことであったとしても、ティファにとっては…それこそが真実だということに。
 そしてもう一つ。
 確かに……己のエゴだったということ。
 彼女の喜んで安心してくれる…、その時見せてくれるであろう笑顔が見たかったから…。

 だからこそ。

 自分が何を考えて、どうしてサロメの事を隠していたのかを知らないからこそ、第三者から自分と彼女が会っているという話を聞かされたときの彼女の不安と恐怖。
 そして、今日、公園でサロメと会っていた自分を見たときの…絶望。

 あぁ……だから……。
 彼女はここに……『死神』に身を委ねるという最悪の道を選ぶしか出来なかったんだ…。

 己の未熟さに…自分勝手さに腸(はらわた)が煮えくり返ると同時に、どうしようもない後悔に見舞われる。

 そんなつもりじゃなかった。
 誰よりも笑って…幸せになって欲しかった。

 自分の隣で!

 だから……。


「ところで彼女のお願い、具体的にはなんだったのか…興味は無いですか?」

 いつの間にか俯いていたクラウドは、彼女の声にハッと顔を上げる。
 ミコト様は無表情のまま、淡々と口を開いた。

「貴方の幸せを誰よりも願ったからこその…彼女のお願い。なんだったと思います?」

 クラウドはうろたえた。
 全く見当が付かない。
 ミコト様に言われて初めて、ティファがクラウドにとって一体何が最も幸せになれると思ったのか。
 それを聞いていないことに気が付いた。

 仮に。
 ティファが目の前から消えて、残されたのがサロメだとして…。
 自分はエアリスに瓜二つの彼女をティファ以上に愛せるのか…と問われると。
 そんなの分かりきっている。


 答えはノーだ。


 過去(むかし)も現在(いま)も、エアリスは自分にとって親友の恋人であり、また親友そのものでもあり…心許せる…姉のような存在だった。
 だから、異性として心から愛しているのはティファだけ。
 だから、ティファがこうして闇の手に己の身を差し出して目の前から消えたとしても、クラウド自身に残されているのは幸せな未来ではなく…『生き地獄』。
 穏やかな顔をして眠っているティファを見る。
 心が軋む…。


「ティファさんはちゃんと知っていました」

 クリスタルで眠るティファを混乱の眼差しで見つめていたクラウドは、女帝の言葉に顔を向けた。

 相変わらずの無表情。
 全てを見透かす冷めた紅玉の瞳。
 闇にその身を溶かせた姿が月光によって切り取られた美しい……肢体。
 全てがゾッとさせる。

「ただ貴方の目の前から消えるだけでは、貴方は悲しむということに…」

「例え、かつての親友の姿をした女性が貴方の心を再び捉えたとしても、それでも貴方自らは決して彼女の元へ走ることはしないと…」

「かつての親友以上に愛されていなくとも、自分は貴方に愛されている事実…」


「ちゃんと分かってましたよ」


 だから……。


「それが逆に貴方の枷になると彼女は思ったんです」


 ミコト様の語る全てがクラウドには信じがたいことだった。
 まさか、彼女がそこまで自分のエアリスへの思いを勘違いしているとは…。
 苦しんでいるとは思いもよらなかったのだから。


「貴方の真の幸せを自分が邪魔することは出来ない。だからと言って、ただ単に姿を消すだけでは貴方は苦しむし、子供達も悲しむ…。だから…」



 彼女を知る全ての人々の記憶の改竄(かいざん)。

 自分という存在が既に死んでいるというものに摩り替えること…。

 それが彼女の願いです。



 クラウドの魔晄の瞳が驚愕に見開かれた。






「シェルク殿…ご無事ですか!?」

 閑散としている飛空挺の発着場に着地したシェルクに、WRO隊員が無線で呼びかける。
「大丈夫です、いまのところシャドウの影はありません。本部内に潜行します」
 シェルクは簡潔にそう応えると、本部内へと疾走した。
 彼女のスピードは未だ衰えないばかりか、魔晄の光を浴びなくても生活出来る様になった今では、その力が増しているようにすら思える。

 いつもは隊員達と飛空挺技師で喧騒溢れる飛空挺発着場がウソのようだ。

 階段を一段飛ばしで駆け下りる。
 途中、いくつか遮断壁が降りていたため仕方なく遠回りをする羽目になった。
 だが、何故かシャドウの気配は感じない。
 それどころか……まるで無人の廃墟のようだ。
 ところどころ、スプリンクラーが水を撒き散らし、焼け焦げた床や壁にぶち当たることがあったが、それ以外は特に見慣れた建物内部。
 それにその焼け焦げた場所は、よくよく考えてみると厚い壁によって内部と外部を遮断されていたはずだ。
 まだ燻っているヘリの残骸が壁にめり込んで大きな穴を開けている。
 そこから中に入り込んだわけだが、ヘリが壁にぶつかっただけでは壁に穴は開かない。
 他にも何か、大きな力が加えられたのだろう…。
 その事実にゾッとしながら、シェルクは足を速めた。

 人がいないだけでこうもまったく違う建物内部に来たような気がするのか…、と驚きを禁じえない。

 ほどなくしてシェルクは、飛空挺発着場と本部内を繋ぐ通路に到着した。
 そこは、ガラス張りのトンネルのような作りになっており、飛空挺が飛び立ったり逆に着陸する様子が中から見えるようになっている。
 更には、本部内のエントランスも見えるような作りになっていて、隊員達が家族や仲間と別れを惜しんだり、逆に再会を遠目からも喜ぶことが出来る様になっていた。

 そのトンネルの中で…。
 シェルクは見た。


「お姉ちゃん!!」


 姉がWRO局長であるリーブ、そして白人隊員と共に駆けて来るのが。
 姉達にも自分の姿が見えたらしい。
 驚愕に見開かれた目が六つ、自分を凝視しているのが分かった。

 思わず姉達に向かって駆け出したシェルクを、三人がなにやら必死になって止めようとジェスチャーを送ってくる。

「え……、なに……?」

 三人のあまりに必死な形相に眉を顰め、足を止める。
 そして、三人の後方へと視線を流して……ギョッとした。
 何もないはずの空間から黒い靄(もや)が集まっているではないか。
 まるで、空間に滲み出てきたシミだ。
 それが、意志を持って一つ一つに寄り集まって………。


「シャドウ!?」


 驚きの声と共に、数体のシャドウがその姿を現した。
 床に降り立つと共に、一斉に三人めがけて突進する。
 白人の隊員が振り向き様に発砲し、幾体かが断末魔を残して再び黒い靄(もや)へと還った。
 しかし、まだ半数以上が残っている。
 一番足の遅い姉を庇いながら、隊員が必死になって駆けてくる。
 シェルクは突進した。

 扱い慣れていない拳銃を手に、今まさに隊員と姉、そしてリーブを切り裂こうとしているシャドウ目掛けて発砲する。


 ギシャーーーーーッ!!!!


 耳障りな断末魔と共に、発砲した数だけのシャドウが消えた。

 よくもまぁ、無事に退治出来たものだ…と、後になって思うことになるのだが、その時はそんな事を思う余裕などない。
 シャドウが闇から現れる瞬間を初めて目の当たりにしたシェルクは、激しく動揺しつつも、駆け寄って姉に飛び込むようにしてその肩を掴んだ。
 頭の天辺から足の先までくまなく視線を走らせ、
「大丈夫、怪我一つしてないよ」
 と、息を切らせる姉に、ホッと表情を緩める。

「どうしてここにいるんです!?」

 横からリーブが同じく息を切らせながら問いかけた。
 その口調が切羽詰っていて…、シャドウに追われている以上のものを感じたシェルクは、とりあえずこの場から飛空挺の待っている発着場に三人を誘導しつつ説明した。


「「「 え…!? 」」」


 送信者不明のメールの事を手短に説明を終えた瞬間、三人の足が止まった。
 数歩先を走って振り返ったシェルクは、姉達が酷く悲しそうに…悔しそうに顔を見合わせているのを見て、眉間にシワを寄せた。

 だが、その意味を問う前に三人はそれぞれ自分の気持ちにけりをつけたらしい。
 無言でシェルクに追いつき、追い越し……シャルアはシェルクの肩を抱き寄せて再び発着場へと走り出した。

「お姉ちゃん…?」

 悲しみに顔を歪めている姉に心がざわつく。
 姉達が無事であった喜びがあっというまに消えていく。
 だが、その理由を問う余裕はなかった。
 全身がビリビリとするほどの殺気。

 恐らく、新たなシャドウが生まれるのだ。

 シェルクは手にした拳銃の弾薬を確認しながら後方を警戒した。
 スライ大将も同じだ。

 二人同時に後方へ向けて拳銃を構える。
 その時だった。

 先頭を走る形になっていたリーブの手にしていた小型コンピューターからメールの着信音が響いたのは。

 慌てて開くと…そこには。


 ― もう大丈夫でしょう。飛空挺に速やかに乗船し、すぐここから脱出して下さい ―



 ― ここは爆破します ―


 驚愕に目を見開き、息を鋭く吸い込んでリーブは足を止めた。
 追いついた大将と科学者がそのメールを読み、同じ様に息を止める。
 勢い良く振り返って、思わず走り出そうとするシャルアを、まだメールを読んでいないシェルクが慌てて引きとめ、チラリと画面を見て……絶句した。

「これ………なんですか…?」

 声が震えるのは仕方ない。
 初めて目にする…その内容。
 プライアデスの事件があったため、シェルクは知らなかった。
 魔晄中毒末期患者が姉達をここまで誘導したと言う事実に。

 唇を噛み締める姉達に、眉根を寄せて問いただそうとしたシェルクの瞳が星の瞬く空の一点へと吸い寄せられた。


「あ……」


 驚いた妹に、自然とシャルアの意識もそちらへと流れる。


「「「 え… !? 」」」


 小さな一点はやがてその姿を明確に現し、大きくなって……。

 突然現れたその飛空挺のハッチが開けられた。
 続いて、間髪いれずに風に短髪をなぶらせながら躊躇いなく空に身を投げ出した人影。
 パラシュートも着けずに医療施設へと舞い降りたその姿に、四人は目を見張った。
 だが、誰が飛び降りたのか見て取ったのは魔晄の瞳を持つシェルクだけ…。


「リト!?」


 シェルクの悲鳴のような驚きの声が、自分達を迎えに下降してきた飛空挺のエンジンに掻き消された。




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