悲しい音色。 こんなに悲しくて綺麗な音楽……聴いた事ない…。 オカリナ。 オイラの大好きな笛。 その笛の音が聴こえる部屋の前で、ユフィが膝に顔を埋めて泣いていた。 あぁ……本当に星に還ったんだ…。 オイラはまた、大切な人をなくしちゃったんだ…。 いつも元気でめちゃくちゃなユフィの隣に座り込んで…。 オイラも……泣いた。 Fairy tail of The World 57「 …… 」 何かを言いかけて口を閉ざした目の前の女帝に、クラウドは警戒した。 なにをしようとしているのか分かったものではない。 もっとも…彼女に対峙してから一瞬たりとも警戒しなかった瞬間はないのだが…。 中途半端に言葉を引っ込めるようなかたちになった女は、再び溜め息を吐いた。 ひどく……投げやりな感じの溜め息。 「折角、最高の舞台に…と思っていたのに…」 「え…?」 表情は能面のままなのに、その口調がひどく残念そうで思わず聞き返した。 ミコト様はクラウドを見ると、軽く首を傾げた。 「実は、これから移動しようと思ってたんです。折角素敵な『器』が手に入ろうとしているのに、こんなところで『術』を完成させるなんて勿体無いじゃないですか」 ティファを『器』扱いする女帝に憤りを感じるよりも、彼女がどこか他の所へ興味を持っていたことに驚く。 ミコト様というこの女が何かに執着する…という概念を持っているとは到底思えないのだ。 勿論、ティファを狙っていたことは別だ。 だが……こうして対峙してもう三十分以上が経過している。 その中で、彼女の中に宿っているものが分からない。 感情や思考、その他、人間として持っているものが欠落しているように感じられていた。 だから、ティファ以外のものに『興味』を持っていたことが非常に不可思議なことに思えたのだ。 「どこに……行くつもりだった…」 押し殺した低い声。 ミコト様はやはり微塵も動じない。 「WRO本部ですよ」 動揺したのはクラウドの方。 別段、何でもないかのようにあっさりと答えられ、その答えにギョッとする。 「な!?」 「WROはこの星に生きる人々の『希望の象徴』。人々の心を闇で満たすと、私も何かと動きやすいんです。ですから、希望の象徴であるその場所で、『術』を完成させる。そうしたら、希望は絶望に変わるでしょ?」 こともなげに恐ろしい台詞を口にする。 月光と宵闇とのコントラストに美しく彩られた…絶世の美女。 その美女が無表情に語るその言葉はおぞましいはずなのに……なのに、『おぞましい』とは思えない。 それどころか、クラウドは妙に納得した。 確かにその通りだ。 星痕症候群の恐怖、オメガの脅威。 数々の危機に直面した人々の心には、WROはまさに希望の象徴。 人々の心を絶望に、闇に陥れるにはこの希望の象徴を叩き潰せばいい。 それも、ただ単に叩き潰すのではなく、闇の『儀式』か『術』か……、よくは分からないがそのような『場』に選ばれて壊滅したほうが……より効果的だ。 だが、彼女は『行くつもりだった』と言っている。 という事は……? 「何故…行けなくなった……?」 声が震えそうになる。 聞きたくない…、知りたくない事実を突きつけられる……。 そう確信するのに…聞いてしまうことをやめられなかった。 「あぁ、愚か者達が壊してしまったんですよ」 ドックン! 壊してしまった…? なにを…? 本部を…? では、そこにいた隊員達や……リーブ達は……どうなった…? 「あぁ、大丈夫ですよ。貴方の大切なお仲間は無事に脱出されてます」 ドクン! クラウドの不安をあっさりと看破してそれに応える……女帝。 全然興味のないことを口にしている感が拭えない。 実際、リーブや隊員達がどうなろうが彼女にはどうでも良いのだろう。 本当は、WRO本部でティファの身体を完全に手中に収めることも…どうでも良いことなのかもしれない。 そう思ったクラウドの考えは、あながち的外れではなかった。 「仕方ないので、別の場所にしましょうか…」 全く『仕方ない』と思っていないかのような口調でそう一人ごちた女帝に、クラウドはなんの前触れもなく斬りかかった。 ただただ……悔しかった。 自分が大切にしてきたものを『否定』されているようで。 『無価値なもの』として言われているようで…。 これまでの自分の人生を、そこらへんに転がっている小石程度にも見ていない女帝に、悔しさが込上げて…。 そしてなによりも、そんな女帝に何も出来ない無力な自分が……情けなくて…。 こんなおぞましい存在にむざむざとその身を引き渡すような『愚行』に走ったティファを止められなくて…。 そこまで彼女を追い込んでしまった自分が……情けなさ過ぎて…!! 「うあぁぁぁぁああああ!!!!!」 これまでのことが脳裏をよぎる。 自分を助ける為に死んだ親友の最期。 目の前で散った仲間であり、姉のような存在だった彼女の最期。 いつも温かく育んでくれた…母親の亡骸。 焼ける故郷。 星痕症候群に侵され、道端で死んでいく人々の……虚ろな瞳。 今にも飛び立とうとしている『オメガ』の姿。 それらが時間枠など無視し、走馬灯のように脳裏をよぎる。 悲しみと悔しさ、憤り…。 それら、『負の感情』を込めて…クラウドは斬りかかった。 「おい…大丈夫かよ……」 「はい…。先ほどはすいませんでした」 バレットは心配そうにラナに声をかけた。 ようやく…本当にやっとの思いで先行隊はエッジに着いた。 エッジの中心部に飛空挺を降ろすことは出来ない。 だから、三人はエッジの中心部上空からダイブしたのだ。 パイロットはエッジの街外れに着陸するつもりだったようだが、 「それでは遅すぎる!」 という、ヴィンセントの一言で急遽、予定を変更した。 パラシュートも持たずに無事に着地した三人は、街の人達の度肝を……………抜くことはなかった。 誰もいない。 数人が、飛空挺の音に窓から覗いているくらいだ。 時刻は既に深夜近い。 空には満天の星と見事な月。 こんな事態でなければ、バレットやシドあたりは『月見酒』としゃれ込むだろう。 無論、そんな余裕など微塵もない。 「それにしてもよ、どこだと思う?」 「市場の路地裏……という情報しかないからな」 街を疾走しながらバレットが問う。 いささか足取りが重く、息が切れているのは…仕方ない。 それでも、常人の走るスピードよりも速いのは、流石英雄といったところか…。 あっという間にエッジの市場に到着し、シンと静まり返るテントの群れを黙々と走り抜ける。 と…。 ラナがハッと顔を強張らせ…立ち止まった。 数歩先を走っていたヴィンセント、そしてラナの後ろをいつの間にか走るような形になっていたバレットが足を止める。 「どうした?」 立ち止まった所から戻らないでヴィンセントが声を投げる。 もっと先にある角から路地裏に入るつもりだったからだ。 だが…。 「あれ…って…何ですかね?」 「『あれ』?」 ヴィンセントはラナの指差す方へ視線を流した。 特に何も見えない。 バレットは肩で息を繰り返しながら、「ぜぇ……なんも……はぁ……ないぞ……ぜぇ…」と、息も絶え絶えに答える。 「え…でも、ほら。何だか黒い霧みたいなものがあっちに流れてるじゃないですか」 ヴィンセントはラナの立っているところに戻り、改めてじっくり見つめる。 月明かりと星明りで、夜の闇が照らされて懸念していたよりも周りが良く見える。 しかし…。 「何も見えないが…」 いくら目を凝らしても見えない。 バレットも幾分か呼吸が整ってきているらしい。 先程よりもしっかりと「やっぱり…なんもねぇぞ?」と答えた。 だが、二人のその言葉を無視してラナはその路地裏に続く道へと歩き始めた。 「きっと…こっちです」 戸惑う二人に一度だけ顔を向け、あとは振り返らずにズンズンと進んでいく。 二人は顔を見合わせると、ラナに従って後を追った。 二人に見えないものがラナに見えている。 それは恐らく、一瞬だけとは言え、ラナがザックスとエアリスの魂と触れたからだろう。 そのことによって、何らかの力が宿ったのかもしれない。 そうヴィンセントは推論した。 だが、それを口には出さないで、ひたすらラナの後に続く。 最初、彼女は慎重に歩みを進めていた。 だが、段々その歩調が速くなり、いつしか小走り、駆け足へとスピードを上げた。 ヴィンセントの後ろでバレットが再び息切れを起こす。 いくつもある路地裏内の曲がり角。 それを無視したり、曲がったり…。 まるで何かに導かれているかのように迷う事無くラナは進む。 それにつれて…段々ヴィンセントとバレットの背筋が寒くなってきた。 近付いている。 禍々しいものに…確実に近付いている。 ラナもそれを感じ取っているのだろう。 額に汗が浮かんでいるが、走っているからではないだろう。 路地裏に足を踏み入れて約五分。 とうとう三人は辿り着いた。 目の前の曲がり角を曲がった瞬間、三人の目に飛び込んできたのは…。 「「「 クラウド(さん)!!!! 」」」 吹っ飛ばされたのか、壁に背を預け、胸を押さえて荒い呼吸を繰り返している英雄達のリーダー。 三人は駆け寄り、背を支えたり、傷の具合を確かめたり……そうして気付いた。 悪寒が走る気配に。 クラウドと対峙する位置に視線を流す。 それは…一体何と言えば良いのだろうか? 闇と月光によって身体をすっぱりと別けられたかのように見える…その女。 彼女こそが『ミコト様』だと瞬時に察する。 そして、彼女から少し離れたところにある黒い水晶らしきものの中にいるティファ。 三人はギョッと目を見開いた。 「随分、遅かったんですね」 ゾクッ!! 冷ややかな声音。 一言だけで三人の背筋が凍りつく。 それでも、ヴィンセントとバレットは、銃を構えてクラウドとラナの前に立ちはだかった。 「……み、んな…?」 掠れた声にラナが「大丈夫ですか!?」と、慌ててその背を擦る。 ゴホゴホッ!と、数回むせこむクラウドに、 「よぉ、遅れて悪かったな」 「クラウド、大丈夫か?」 ミコト様から視線を外さないで声を掛ける。 「………あばらが…折れた…みたいだ…」 ラナは勿論、ヴィンセントとバレットは驚きのあまりミコト様から視線を外し、クラウドを見た。 信じられなかった。 『あぁ、問題ない…』 そう言ってくれると思ったのに…。 事態はより深刻である事がイヤでも分かる。 恐らく、クラウドの攻撃が効かないとなると、バレットとヴィンセントの攻撃も意味がないだろう。 例え、シュリが渡してくれた『気』の込められた武器でも…。 それでも…。 二人は攻撃態勢を取り続ける。 ここで、ティファを…クラウドを…、失うわけにはいかない。 儚く散ってしまった……彼女のためにも…。 ヒュー…ヒュー…という呼吸に混じってゴボボ…という不気味な音がクラウドの口から洩れる。 折れた肋骨が肺に刺さり、出血しているのだ。 青くなって、ラナは大急ぎでポシェットを漁った。 中には回復アイテムが入っている。 隊員達は全員、こういう非常事態に備えていくつかの回復アイテムと攻撃アイテムを携帯するよう義務付けられていた。 「エリクサーです。飲めますか?」 胸を押さえて苦しそうに喘ぐクラウドに、そっとアイテムを渡す。 何とかそれを一口、また一口と強引に飲み下す。 次第に顔色と呼吸音が元に戻る。 その間、対峙する両者は微動だにしない。 もっとも、英雄達が緊張に張り裂けんばかりになっているというのに、女帝はまるで気に止めていない風だった。 クラウドが回復することなど、取るに足らないことだと言わんばかりに…。 「全回復、出来ました?」 感情の欠片もこもっていない声で訊ねるミコト様に、回復したクラウドはギッと睨み付けた。 ギリギリと、歯を食いしばり、自然とヴィンセントとバレットの前に出る。 だが、攻撃しようとはしない。 もう、目の前に立つマネキンのような女に攻撃が一切効かないことが分かってしまったから。 だが、だからと言って…!! 「ティファを返せ」 「それは無理です」 「ティファはモノじゃない!」 「当然です。ただのモノなんかに用はありません」 「ティファはお前の『器』とやらになる為に今まで生きてきたんじゃない!」 「そうでしょうね」 「ティファの身体はティファのものだ!ティファの魂も…心も…全部ティファのものだ!」 「ええ、ですから彼女の願いを叶える為に、『彼女のモノ』をもらったんです。彼女の願いを叶えるのに、彼女以外のモノが対価になれるはずがないでしょう?」 平行線。 クラウドとミコト様のやり取りは全くの平行線だ。 それまで二人のやり取りを黙って聞いていたヴィンセント達だったが、ミコト様の最後の言葉にピクリ…、と反応した。 「ティファの願いを叶える…?」 「おいおい、ティファの願いって……なんだよ……?」 ビクリ。 クラウドの背が震える。 だが、振り返ることもなく…二人の質問に答えようともしない。 「『自分の存在を消すこと』ですよ」 答えないクラウドに代わるようにして、女帝があっさりとその答えをばらした。 三人に衝撃が走る。 「クラウドさんには説明しましたが、人々の記憶から彼女の存在を消すんです。『過去に既に死んだ人間』として…ね」 実に簡単な説明。 しかし、その内容は恐ろしく……先行隊の三人はギョッとした。 「記憶の改ざん…というわけか…」 「ええ、その通りです」 飲み込みの早いヴィンセントが苦々しげに呟く。 バレットは未だに信じ難いものを見るかのような顔をしているが、次第にそれが現実味を帯びてきたらしい。 浅黒い顔が、段々紅潮してくる。 「ふざけんなよ!!なんつうことを……この………テメェ!!!!」 「よせ、バレット!!」 怒りに任せて発砲しようとするのをクラウドが止める。 反論しようと口を開いた仲間に、 「攻撃は…全部効かない…だから…やめろ」 心底悔しそうな顔をした。 「効かねぇって…どういう意味だよ!!」 元々気性の激しい性分だ。 簡単な説明だけでは、怒り狂う胸のうちを消化しきれない。 「攻撃してみたら分かりますよ」 あっさりとそう提案したのは……女帝。 まるで興味がない…、と言わんばかりの淡々とした口調。 それが益々バレットの怒りの炎に油を注いだ。 「この……すかし野郎が!!」 怒鳴ると同時に義手のマシンガンを発砲する。 夜気にその爆音が響き渡り、思わずラナは耳を塞いだ。 パラパラパラパラ。 乾いた音を立てて……ミコト様の足元に弾丸が落ちる。 バレットは衝撃のあまりよろめいた。 弾丸はミコト様に当たった。 だが…。 バサッ! 漆黒の闇を模ったかのような…大翼。 立派な双翼が彼女の前に掲げられ、バレットの攻撃を全て受け止め、衝撃を吸収してしまった。 だから…彼女は相変わらず白い顔をマネキンのように無表情のままで、何事もなかったかのように立っている。 「な、なんだよ……ソレ……」 「これですか?羽ですよ」 「見たら分かる!なんだってそんなものが……そんなものが……てめぇの背中から生えてんだよ!!今まで無かったじゃねぇか!!」 「あぁ、これは魂の大きさを表してるんですよ。魂の力を使うときに形として現れるので…ね」 別に何でもないことを口にしている様な女帝に、四人は改めてこの巨大な敵に戦慄を覚えた。 「さぁ、おしゃべりはもう良いでしょう。そろそろ行きます」 フワリ。 立派な大翼を広げると、羽ばたく動作をしないで宙に浮き上がる。 そして、ティファの入っている水晶の真上で止まると、そのままスッと指を伸ばして……上げた。 フワッ。 黒水晶が上がる。 「「「「 !! 」」」」 途端に、クラウドは水晶目掛けて飛び掛った。 何が何でも、絶対にティファを助ける。 それ以外、クラウドの頭には何もなかった。 だが…。 バリッ!! 雷のような音と共に、弾き飛ばされる。 ダッ!と、駆け出し、クラウドが地面にたたき付けられるのを、ヴィンセントとバレットが阻止した。 それに感謝の言葉をかける余裕などない。 ひたすらクラウドの目は、ティファを追っていた。 もう一度飛び上がろうとするのを両脇を抱えていた二人が必死に止める。 クラウドの顔に、軽い火傷のようなあとが出来ていた。 もう一度、同じ事になったら今度は大火傷をするかもしれない。 「本当に諦めたくないんですね。じゃあ、頑張って着いて来て下さい。なるべく低く飛んであげますから」 そう言い残すと、女帝はヒュンッ!という音と共に、ティファを連れて飛んで行った。 一番最初に駆け出したのは…クラウド。 半瞬遅れてヴィンセント、ラナ。 そして、最後にバレットがあんぐりと口を開けていたのを引き締め、慌てて仲間の後を追いかけ始めた。 大切な人を賭け、深夜の鬼ごっこが始まった。 |