彼女の人生って…なんだったんだろう…?
生まれてたったの数年で孤児になって…人買いに売られそうになって、ストリートチルドレンの仲間入りをした。
自分と同じような境遇の子供達と身体を寄せ合って生きていて。
自分も辛いはずなのに…一生懸命その子供達を励まして……頑張って生きて……。
そして…身体の自由を失った。
それと引き換えに、彼女はライの心を手に入れたけど…。
彼女もライの事を想っていたんだろうけど…。
でも…。
いくら、自分を大切に想ってくれる人が傍にいても、自由に動けないなら……それは地獄じゃない?
なのに、彼女は生きる事を諦めなかった。
いつでも一生懸命だった。
何も言わなかったけど…。
何も応えてくれなかったけど…。
魔晄中毒独特の発作を繰り返し、苦しみ喘ぎながら、それでも彼女は一生懸命生きていた。
きっと…それは傍にいたライのため。
ライを悲しませたくないから……だから、必死に生きていたんだと思う。
死んじゃった方が…ラクだったろうに。
それでも諦めなかった。
やっと、魔晄中毒の治療が上手くいきかけて、少しずつ人としての自由を取り戻していってたのに、自分の力を使ってティファさんを助けて……結局前より悪くなった。
ねぇ…どうして?
どこからそんな力が出るの?
報われないかもしれないのに…。
でもね。
そう思いながらも、心のどこかで信じてた。
彼女は絶対に誰よりも幸せになる…って。
だって、今までずっと人の為に生きてきたんだもん。
これで不幸のままだったら…おかしいじゃない?
理不尽じゃない?
不公平なんてもんじゃ……ないでしょう?
それなのに、結局彼女は最期まで自分の為に生きることが許されなかった。
ねぇ…この世はどうしてこんなに不公平で不幸が一杯なの?
それなのに……。
どうして貴女はそんなに輝いてたの?
ねぇ……お願い。
最後のお願い。
私にも……貴女のような強さを下さい。
目の前で大切な人を失いかけてる人がいるの。
どうか……この人が…、この人達が不幸にならないために、どうか!
私達に力を下さい。
Fairy tail of The World 58
「針路を変更して下さい」
突然、操舵室に現れたシュリにシドはギョッとした。
それまで放心状態だっただけに、シュリの登場には心臓が口から飛び出るほど驚いた。
「あ、あぁ……?…な、なんでだ…?」
上ずる声に、益々慌ててしまう。
対する目の前の青年は相変わらず静かだった…。
まるで…凪の状態の大海。
「ティファさん達が別の場所に移動しているからです」
サラリと答えたその言葉に、シドは口をパクパクさせた。
何をどう驚いて良いのか、もう分からない。
ウロウロと行ったり来たりを繰り返し、額を押さえたり髪を掻き毟ったりしながら必死に自分の中で整理しようとする。
挙動不審な艦長を、クルー達が心配そうに見つめる。
そして、遅れて操舵室にやって来たユフィとナナキも…不安そうにシュリを見た。
ユフィの真っ赤になっている目元が、シドの視界に映る。
胸がギリリ…と締め付けられた。
それと同時にある可能性…というか、考えが浮かぶ。
「シュリよ…」
「はい?」
「おめぇ……星から何か聞いてないのか…」
「 ………… 」
「聞いて……るんだな……」
沈黙は肯定の証。
視線は逸らされはしなかったが、それでも漆黒の瞳に陰りが走ったのをシドは見た。
ユフィとナナキの瞳に再び銀の雫が浮かび上がる。
「彼女は…自分の望んだ通りに生きた」
クルーを含めて全員がシュリを見る。
非難、軽蔑、猜疑に怒り。
そして……切望。
シュリの言葉を信じたいと思う一握りの人間の願い…思い。
それらいくつもの視線を浴びながら、シュリは真っ直ぐ立っていた。
「彼女はずっと闘っていたんです。身体の自由を失う代わりに、星と極めて近しい存在として…ずっと…」
「だからその分、身体に宿っている時間が極端に限られてしまった…」
「星と極めて近しい存在になれるということは、とんでもない力を宿しているということ…」
「通常、それに耐えられる身体はありません」
「だから、ここ一番という時以外、動くことが出来なかったんです」
「そうして…自分が望んだ通りに…彼女は生きた」
「ある意味、彼女ほど我がままで自己中心的な存在はいませんね」
「だって…」
「ずっと傍にいて、心配してくれて、想ってくれている人がいると知っているのに、その想いに応えることよりも、自分の望むものを優先させたんですから…」
「それが……彼女なりの……彼への愛情だとしても……ね…」
ツーッ…。
ユフィの頬に新たな涙が伝う。
堪えきれずに再び嗚咽を漏らすウータイの忍に、ナナキがスリ…、と身体を摺り寄せた。
ユフィの嗚咽にもらい泣きするクルーも数名いた。
シド自身、込上げてくる熱いものをなんとか堪えようと、天井を睨み上げ、硬く唇を噛み締める。
「では、彼女の存在を大佐はずっと知っていたという事か?」
突然の第三者の声。
いつの間に現れたのか、デナリが沈痛な面持ちで立っていた。
シュリは上司の言葉に首を振る。
「いいえ。星は俺に彼女の存在を隠していたので」
「何故?」
当然の疑問。
星の声が聞ける青年に、星が隠し事をしていた。
それも、闇と対峙するには欠かせないであろうその存在を。
普通で考えたら、闇と対峙出来る存在同士を結託させた方が優勢になる。
ヤバイ状態であるなら、なおのこと、星はアイリの存在をシュリに明かし、共に戦うよう進言したはずだ。
それなのに、星がシュリにアイリの存在をひた隠しにしていた…と、シュリは言う。
訝しげな顔をする上司に、シュリは全く無表情のままその疑問に答えた。
「俺がずっと探していた人だったから」
時が止まる。
ユフィの目から涙が止まり、ナナキの隻眼がまん丸になる。
クルー達は唖然としてシュリを見やり、シドとデナリはあんぐりと口を開けた。
「え……えっと……、つまり……その……」
「彼女が……俺がWROに入隊した理由の一つなんです」
「「「「「 は!? 」」」」」
それまでシエラ号には悲しみと理不尽なものへの憤り、そして目の前に差し迫っている恐怖と不安しかなかった。
それなのに!
シュリの爆弾発言にそれらのものが全部吹っ飛んだ。
対して巨大爆弾を投下した当の本人は至って冷静そのもの。
事実を淡々と語っているというスタイルを崩さない。
「あ〜……その、シュリがWROに入隊したのは、星の…なんだっけ?そのぉ…」
「『星の移ろいゆく正確な姿を知るため』」
「あぁ、それそれ……って!!そうじゃなくてだなぁ!!」
あわあわとパニックに陥って喚くシドに、
「俺が探していた……欲しかったものの一つが彼女の居場所を知ること。その為には星の変化を正確に知っていることが最重要ポイントだった…」
これまた淡々と答える。
すっかりお通夜ムードは消し飛んだ。
今ではシュリの言葉にひきつけられて他のことが考えられなくなっている。
「こんなに近くにいたのに全然気付かなかったのは、それだけ星が必死になって俺に隠してたからです」
「…なんで…?」
「彼女を見つけたら、絶対に『こんなことはさせなかった』から」
ユフィの独り言のような疑問にさらりと答え、苦笑する。
「ま、見つけたときにはどうしようもなく手遅れだったのと、彼女のたっての希望でしたので『この時が来るまで』黙っていました…」
「すいませんでした…」
そう謝罪し、深々と頭を下げる漆黒の髪を持つ青年。
真っ白。
その場にいた全員の頭の中は綺麗に真っ白になっていた。
真っ白な状態の脳に、少しずつ青年の言葉が染み渡る。
個人の差はあれど、シュリがWROに入隊して星の正確な状態を知りたかったのは、アイリを探していたから…ということらしい。
彼女をシュリが見つけたのは、アイリがティファを助けて魔晄中毒末期状態となった時。
その時点で、既にアイリはどうしようもなく手遅れな状態で、おまけに……その………、言葉にはっきりするのは躊躇われるのだが、ようするに『死ぬまでは』自分が星に近しい存在となってずっと『闇』と闘っていたことを伏せていて欲しい…と懇願したから……ということになる。
……いつ、そんなやり取りをしたのだろう……?
というよりも…。
「大佐……君はアイリさんと…もしかして……」
「「「 兄妹!? 」」」
「違います」
即否定した青年に、何人かが胸を撫で下ろした。
いや、別にその人達がシュリとアイリが兄妹だとイヤだ!というのではなくて…なんとなく……だ…。
「じゃあ……親戚」
「でもありません」
「なら……」
「言っときますが幼馴染とか、同じ土地出身とか、そういうものでもありません」
「じゃあ、なんで探してたの…?」
「自分の人生を棒に振ってまで、一人で頑張らせないために」
「いや…そうかもしれないんだけどさ。そうじゃなくて…その、アイリさんとシュリの関係って…なに?」
「秘密です」
「「「 …………え、なんで…? 」」」
「俺にとってもアイツにとっても大切なことなので」
「「「「「 ……………… 」」」」」
ナナキの質問にこれまた清々しいほどキッパリと断った青年に、全員がポカンとする。
シュリの言った『アイツ』というのが、果たしてアイリを指すのか、それとも『他の誰か』を指すのか分からないが、それでも人間、他人に知られたくない事が一つや二つや三つや四つはある。
無理やりそう自分を納得させると、
「だから、アイリのことをこれまで話してくれたとき、赤の他人の振りをしたんだな…」
気を取り直したシドに、シュリは素直に頷いた。
と、ここでデナリが一つの疑問にぶち当たった。
先ほど、彼は『星と極めて近しい存在になれるということは、とんでもない力を宿しているということであり、通常、それに耐えられる身体は存在しない』と言っていた。
だからこそ、ここ一番という時以外、動くことが出来なかった……とも。
サァッと血の気が引いて青ざめる。
「シュリ……君は平気なのか?」
「…平気そうに見えますか?」
淡白なその言葉と同じ様に無表情な青年。
だが、恐らくそれは『無表情』という仮面を被っているから…。
デナリは思わず、頷きかけて、
「あぁ、少しそう見えて……じゃなく!!その、心のことではなくて、その……身体の…」
言いかけて…やめる。
シュリの右半分を覆っている痛々しい包帯。
どす黒くシミが出来てるその部分。
平気なはずが…ない。
きっと、シュリは身体に支障がない範囲で闘う道を選んだ。
それは、アイリとは異なる道。
アイリは『身体の限界を考えないで、己のもっている全てを注いで闘う道』を選んでいたのだ。
だから…。
だけど…。
「…おかしくないか…?」
「なにがです?」
「今の説明では、大佐以上に彼女の力が上だった…という風に聞えるが…」
「魂が持っている力自体で考えると俺の方が上ですね」
「…そ、そうなのか…?」
「ええ。彼女の場合、星に近しい存在として目覚めたのが、ライフストリームに落ちたことでした。
そのことで、本来人間が持っている『星の声を聞く』という力を目覚めさせたきっかけになったんですけど、身体の方は魔晄に耐えられなかったんですよ。
もしかしたら、元々、そんなに身体が強くなかったのかもしれませんしね」
「そ、そうなのか…?いやいや、それよりも、アイリさんに星がかなり依存していた…という風に聞えたんだが…」
「そうですね」
「そうですね…って……」
「勿論、彼女一人くらいが人生全てを投げうって出来る事なんて、ほんの僅かなことです。でも、そのほんの僅かなことでも…星は失うわけにはいかなかった。それに…」
「「「 それに? 」」」
言葉を切って、遠くを見る。
「……いえ…。やっぱり…この質問にも答えられません」
「シュリ…」
その横顔がとても痛々しくて…。
いつもは何が何でもしつこく迫って聞き出そうとするユフィでさえ、それ以上質問することは出来なかった。
「ま、まぁ良いってことよ。何はともあれ……この危地を乗り越えないと話しにならねぇ…」
再び沈み込みそうになるその場を、無理にシドは締めくくった。
仲間達とクルーがぎこちなく頷く。
確かに…彼女の死は悲しい。
苦しい。
やりきれない。
だが、それで立ち止まってはいけない。
彼女のこれまでの人生が無駄にならないように、遺志を引き継いでもう既にマズイ状態に突入しているこの危機を乗り越えなくてはならないのだから。
グシッ…と、ユフィが涙を腕でグイグイ拭く。
ナナキが尾でそっとユフィの背を撫で、自身もピスピスと鼻を鳴らした。
「さぁ…!どこに向かう?」
弱い己を叱咤するように声を荒げてシドはシュリを見た。
「ミッドガル……、四ヶ月前にオメガが飛び立とうとした場所へ」
ピン………。
操舵室に緊張の糸が張り詰めた。
シエラ号がその場所に到着するまで、あと三時間半。
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