「皆さん、本当によくついて来られましたね」
台詞の内容は褒めているのか、それとも嘲っているのか判別しにくいもの。
ある者は道端に止まっていた車を『ちょっと失敬』し、クラウドは愛車に跨って見失う事無くティファを…。
そして、女帝を追い続けることに成功した。
「ティファを返せ」
クラウドが、愛車から武器を全て抜き取り、合体させて構えた…。
Fairy tail of The World 59
漆黒の大翼を夜の闇に大きく広げているその姿は圧巻。
悪魔か天使か…。
その醸し出すオーラは、クラウド達の気を飲み込む勢いだ。
だが、誰も引かない。
ゴクリ、とバレットが唾を飲み込んだが…それだけだ。
睨み付けている眼光は、いささかも怯んでいない。
いやむしろ、強大な敵であることが、目で認識できる姿になってくれたことで、迷いや臆する気持ちを捨てることに成功したらしい。
ヴィンセントが銃をゆっくりとホルスターから抜き取りつつ…、
「ティファの身体をのっとって何をするつもりだ…」
初めての質問。
女帝は瓦礫の上に優雅に腰を下ろし、片膝を立ててその上に肘を置き、頬杖をついた。
「あぁ…、その事をお話ししてませんでしたね」
悠然と構えるその姿は、まさに『女帝』。
たとえ、多くの家臣に跪かれて(ひざまずかれて)いなくとも、その醸し出しているオーラは極上だ。
ゆえに、英雄達とWRO隊員は膝を崩折られそうになる。
目に見える圧倒的な力の差を見せ付けられたわけではない。
そんな目にあったのはクラウドだけだ。
だが、いつもは豪胆なバレットでさえ、意地を張ってでも鼻先で笑い飛ばせる相手ではなかった。
「歌えないんですよ」
独り言を言うように遠くを見るような目で答える。
ヴィンセントは眉間のシワを一瞬開いた。
クラウドでさえそうだ。
ティファの身体を執拗に狙っていたその理由が『歌えない』とは意味が分からない…。
「身体は『魂の器』」
「敵を消し去る際、身体は邪魔になるんですよね」
「でも、攻撃の際には邪魔になる『器』も、防御の面では優れています」
「まさに、『魂の盾』というわけです。ですが、私に敵う『力』を持つものはいないので、今までこうして過ごしていたわけなんですが…」
言葉を切って、喉元にそっと繊手を添える。
「身体がないと『歌えない』んですよ」
「こんなにくだらない命の螺旋(らせん)を断ち切る為にどうしても必要な、歌を歌えないんです」
「だから、ティファさんの身体が必要なんです」
「この星を完全に終らせるために…」
沈黙。
本当なら、恐怖で震えるべきところなのだろうが…。
「なんだ…そりゃ…?」
間の抜けた表情で口を開けているのはバレットだけだが、他の者達もバレット並みに『拍子抜け』している。
こう…もっと『命の世界に地獄を』とか『阿鼻叫喚(あびきょうかん)が私の喜び…』等々を想像していただけに、彼女の答えがあまりにもスッキリし過ぎていて……。
「それだけか…???」
窺うように再度声を発したバレットを、誰も止めなかったし非難もしなかった。
誰もが思った事だから…。
まさに…。
たったそれだけのことで、ティファの身体が必要なのか…?
そうバカバカしく感じられた。
星の命を終らせるなら、四ヶ月前のオメガの事件の時がまさに絶好のチャンスだったのに、それを活かそうとしなかった彼女の判断が分からない。
あの時、本当に星の命を終らせるつもりがあったなら、ヴィンセントの邪魔をしたら良かったのに…。
ミコト様として、世にその存在を知らしめるという回りくどいやり方をとるなど、不必要だったのに…。
本気で星の命を終らせる気があるのか…?
一種の疑いすら沸いてくる。
嘲りを伴って……。
一方、ティファを傍らに瓦礫の上で悠然と腰を下ろしている女帝は、英雄達の反応にこれまた何にも感じないようで、
「ええ、そうです」
ゆっくりと頷いた。
自身の目的をある意味小バカにされたのに…全くそれについて関心がない態度。
たとえ、己の存在を否定されようが全くそれこそ『どうでも良い』と思っているとしか思えない…態度。
余裕…という言葉とはまた違う飄々とした彼女は、一種の『超人』のようだ。
人…、として分類して良いのかは、分からないが…。
「そんなことくらいで…ティファの身体が必要なんておかしいじゃねぇか…!」
やはりここで真っ正直に自分の思った事を口にしたのはバレット。
野太い腕をブンブン振り回しながら、彼のがなり声が夜気に響く。
耳障りにすら感じられるバレットの怒鳴り声は、結局今回も止められなかった。
皆が思っていることだったからだ。
ヴィンセントとラナはそれぞれ銃を油断なく構え、クラウドは武器を握る手に力を込める。
一瞬たりとも…女帝から目を離さない。
「おかしいですか?」
小首を傾げる様にしてバレットに問う彼女は、マネキンが表情を変えないで首を傾げたようだ。
質問しているくせに、本当に聞きたいと……関心があるとは思えない。
ならば、無視をしたらいいのに。
こちらがどういった反応を見せようが、それにいちいち合わせる必要などないはずなのに。
ただ事務的に話を合わせている…そう思わせる女帝の本当の狙いは…?
ヴィンセントがそう自問自答している間にも、仲間と彼女のやり取りが続く。
「おかしいから言ってんじゃねぇか!」
「何故?」
「何故…って…、そりゃおめぇ……」
一瞬口篭もって仲間を見る。
しかし、誰も自分を見ておらず、助け舟を出してくれそうに無かったので、仕方なくまた口を開いた。
「おめぇくらいの力があんだったら、別にティファの身体を乗っ取らなくたって、皆殺しくらい出来んだろうが…!…ってまぁ、勿論そんな事俺達が許しゃしないけどよ……」
尻切れトンボのようになるバレットに、女帝は頬杖をやめてしげしげと見やった。
禍々しく赤黒い瞳が僅かに細められる。
「そうですね…、人間を皆殺しにすることはわけないです」
ですが…。
膝に乗せていた方の手をそっと自身の背に伸ばす。
宵闇に紛れても尚、艶やかな光沢を放っている漆黒の双翼。
その翼から白い手がそっと抜き取られた時、繊手には数枚の黒い羽。
指の間に挟まっているその一枚を抜き取って、そっと唇に当てる彼女の仕草は、なんとなく無邪気に…そして幼く見えた。
が、彼女の放つ言葉は決して無邪気とか、幼いとか、そう言ったものからは隔絶されている。
「それだけだったら、意味が無いんですよ」
「は…?」
意味がない…と言った女帝に、バレットの眉間に刻まれていたシワが消える。
まさに呆けた表情。
ラナが一瞬女帝からバレットに視線を流し、その滑稽な表情に片眉を下げた。
それくらい、バレットは呆けていた。
そして、ある意味同じくらいクラウドとヴィンセントは………戦慄していた。
背筋にイヤな汗が伝う。
全身がゾッと総毛立つ。
女帝が何でもないことのように言ってのけた『それだけだったら、意味がない』との言葉に込められた本当の意味を悟ってしまったからだ。
言葉を無くして立ち竦む二人の英雄に、女帝はバレットから視線を移す。
紅玉の瞳がゆっくりと閉じられて…、
「お二人は分かられたみたいですね」
どこか…満足したような…安堵したような声音。
「は?何だよ、どういう意味だコラ〜!」
「バレット…お前……本当に分からないのか…?」
がなるバレットに声をかけたのは寡黙なガンマン。
女帝から話しかけられるものとばかり思っていたため、少しビックリして自分を見つめる仲間に、ヴィンセントは視線をよこさず、女帝を睨むのをやめない。
「人間を殺しても……、その死んだ命は星に還り新たな命として生まれる」
「その命の輪を断ち切るつもりなんだ…」
ヴィンセントの言葉を次ぐように、クラウドが呻くように声を押し出した。
ラナとバレットがギョッとして身じろぎする。
言い当てられた女帝は、相変わらず口元に己の羽をサワサワと弄びながら、
「半分だけ正解です」
「半分…?」
「ええ、半分です」
これ以上ないほど眉根を寄せるクラウドに、女帝はどこまでもマイペースだった。
対する、ジェノバ戦役の英雄達は、余裕など微塵もない。
女帝の目的が半分だけとは言えはっきりした。
とんでもなくおぞましい…目的。
まさに、未来など握りつぶすかのような目的だ。
それなのに…。
先ほどからヴィンセントとクラウドの胸に込上げてくるどうしようもない『疑問』が、ジリジリする焦燥感に拍車をかける。
何故、自分達を相手にして『無駄』としか思えない『時間』を費やしているのだろうか?
最終目標である『星の命を終らせる』ために、必要だという身体を手に入れたのなら、サッサと行動に移したら良いのに…そうしない。
行動に出たのは、エッジの路地裏からここ、ミッドガルの廃墟に移動したことだけ。
あとは、くだらない問答を繰り返してゆったりと時間を過ごしている。
そう…ゆったりと…。
時間を……。
クラウドとヴィンセントの脳裏に一つの可能性が閃いたのはほぼ同時だった。
その考えが浮かんだ瞬間、二人は鋭く息を吸い込んで目を見開き、愕然とした。
そして半瞬、目を合わせて自分達二人が女帝の目論見に気付いたことを確認すると…。
ドンドンドンッ!!
ヴィンセントが突然発砲した。
同時にクラウドが放たれた矢のような勢いで駆け出し、ミコト様に斬りかかる。
驚いたのはラナとバレットだ。
攻撃が効かないのはもう分かっているのに、それでも攻撃を仕掛けた二人に大いに戸惑う。
無論、攻撃が効かないからといって手をこまねいてただ見ているだけでいるつもりはなかった。
そんなつもりがないからこそ、こうして窃盗まがいのことまでして追いかけたのだから。
だが…。
「…ッ!!」
斬りかかったクラウドの武器が、ミコト様に届くことは無かった。
ヴィンセントの攻撃を翼で防御し、クラウドの攻撃は…………。
「ゲッ!!マジかよ!?」
「…うそ…」
彼女がたった今まで弄んでいた羽根一枚で受け止められていた。
空中で一瞬静止する形になったクラウドの瞳が驚愕に見開かれる。
ギリッ…!と、歯を食いしばりながら、
「アアアァァァァァアアッ!!」
宙で回転しつつ、もう一戟振り下ろす。
だが、やはりそれも羽根一枚で防がれた。
黒い羽根の繊毛が愛器を完璧に捕らえている。
一戟。
二戟。
三…、四…、五……。
ことごとく、黒い羽根で防御される。
その間、ミコト様はクラウドを一瞬たりとも見ていない。
見ているのは……誰でもない。
何も無い宙に視線を彷徨わせている。
ヴィンセントの攻撃も、全く歯が立たない。
いつしか、ラナも応戦し、次いでバレットも分からないなりに発砲していた。
クラウドに誤射しないのがいっそ不思議なほどだ。
「ねぇ…本当にどうしてそんなに滑稽でいられるんです?」
「…ック!」
「そうは思いませんか?あなた方は私には敵わないともう知ってるのに…」
「…ハッ!」
「それに、この星の命が絶たれたとしても…死への苦しみや恐怖は一瞬ですよ」
「……だ…」
「死んでしまったらもう……こんなに苦しまなくて済むのに」
「……ま…」
「それに」
「……れ…」
「理不尽な怒りや悲しみに苛まれることもなく、平等に死が訪れてくれるだなんて、むしろ歓迎ものではないですか?」
「…黙れ!!!」
渾身の一戟。
ビキ……ッキーーン!!!
澄んだ音を立てて、クラウドの武器が折れた。
クルクルと旋回して、折れた刃が宙を飛び、我武者羅に発砲していたバレットの鼻先を掠めて、瓦礫に突き刺さる。
「ひっ!」と、首を竦めて半歩後ずさったのをきっかけに発砲をやめ、バレットは信じられない思いでクラウドと女帝を見た。
仲間は息を切らせながら女帝の前に何とか立っている。
対する女帝は全くの無傷。
息一つ切らしていない。
もっとも、身体がないらしいので、息をするとかそういうことはしないのだろうが…。
「時間を……かけて……何を狙っている…!!」
息を切らせるクラウドに、女帝がようやっと視線を流した。
紺碧の瞳と紅玉の瞳がカチリ…と合う。
細められたのは…紅玉の瞳。
「バレましたか…?」
どこか面白がるような口調。
表情は相変わらずのマネキン。
女帝はゆっくりと立ち上がると、大きな双翼をバサリ…と一度だけ羽ばたかせた。
パラパラパラ…。
銃弾が乾いた音を立てて地面に転がり落ちる。
月光に浮かび上がる女帝。
大翼をその背に背負い、大きな月を背景に悠然と立つその姿は…『女帝』と呼ぶに相応しい堂々たるものだった。
しかし、何故か同時にとても儚く見えたのは……月明かりのせいだろうか…?
サラリ…と流れる漆黒の髪は、膝裏まで伸びており、身体は真っ黒いコートで全身を覆われているのに華奢な体躯をしていることが分かる。
月光によって闇から切り取られて浮かぶ半身は、いっそ神々しく輝いていて……だからこそ……。
恐ろしい。
「まだ、ティファさんの身体に入ることは出来ないんです。彼女の身体が私を受け入れられるだけ、『闇』に染まってないのでね」
当然だ!!
クラウドはそう叫びたかった。
ティファは誰よりも高潔で…美しい人なのだから、『闇』を受け入れられるはずがない!
だが、同時にそんな彼女をここまで追い詰めてしまった己に、言葉では言い表せられないほどの怒りと……失望を覚える。
「だから、あなた方の話しに付き合ってたんです」
「だって、退屈ですもの」
「それに、何も知らないで死ぬのは…やっぱりイヤでしょう?」
「ここまで着いてきたあなた方には、知る権利もあるでしょうしね」
ザワッ!!!
全身に震えが走る。
怒りで目の前が真っ赤になる。
ドクドクと耳元で、自分自身の心臓が脈打っているのではないか…、と思えるほど、不快な心臓の音が聞える。
壊れた武器を重力に委ね、新たに壊れていないものを持つその手に必要以上の力が入る。
「ふざけるな…」
女帝が涼やかな顔で真っ直ぐクラウドを見る。
「ふざけてなどいませんよ」
「黙れ!!」
クラウドの激昂振りに、仲間達は表情を変えこそしなかったが、内心では驚いていた。
ラナにとっては初めて目にするクラウドの怒りに、ただただ…賛同し、心の中で称賛していた。
まったくふざけている。
何が『平等な死』だ。
この星に生きている人達は、誰もが皆……とはいかないが、それでも一生懸命前を向いて生きている。
その人達の未来を摘み取ることが『平等』だとは…。
「別に私の考えをあなた方に理解してもらおうとは思っていませんから、怒ったり、理不尽に思われても構いません。それに私も…」
あなた方の考えを理解しようとは思っていません。
完全な平行線。
このままでは確実にティファが『死ぬ』。
そして、その後には確実に星の人間が…命が絶えるだろう。
目の前の巨大な敵に、英雄達は手にしている武器を握り締め、怒りに身を振るわせるだけで、他に打つ手がなかった。
ラナは知らない内に武器を手にしたままギュッと両手を握り締めていた。
キリキリと……心が軋み、悲鳴を上げる。
『誰か…』
瞼の裏に、従兄弟の顔が浮かぶ。
『誰か…!』
兄の顔が浮かぶ。
『どうか…力を…!』
死んだ…と、報告された…従兄弟の思い人の姿が浮かぶ。
『どうか…誰か…!!』
この地に向かっているであろう、普段はいけ好かない上司の姿が……浮かんだ。
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