Fairy tail of The World 7




 時間の感覚は無いものの、『彼女』とこうして対峙してからかなり経った気がする…。
 ティファはその間、ただただ、混乱する頭で必死に考えていた。

 どうやら…。
 自分の全く予想していなかった『所』でも不本意ながら自分は『有名』らしい…。
 それは、自分の力ではないのにも関わらず、何故か『自分という存在』だからこそ、何の影響もなくライフストリームから帰還するという奇跡の偉業を成し遂げた……と『誤解』されているからだ。
 しかし…。
 一体『誰に』に対して『誤解』されているというのか…?
 そもそも『誰に』なのか『何に』なのかハッキリと分からない。
 分からないのだが……。
 それはどうも…。
 想像すればする程、全身が総毛立つ結論にしか達しない。

 その達した結論のせいなのか…。
 ティファはそれまで感じていた『悪寒』が妙に『リアル』に感じられるようになってきているのに気付いた。
 それまでは、『心』が寒かったのに今では『身体』が寒く感じる。
 まるで、自分の身体から『熱』が急速に失われているような…。
 真冬の空の下、薄着一枚で放り出されたかのような『寒さ』を感じるのだ。

 カタカタ…。

 先程から震えていた身体が、段々強くなっていっている。

 寒くて仕方ない。
 思わずしゃがみこみそうになる。

 そんなティファに、『彼女』は再び一歩水面を歩くと、
「早くここから帰らないと、今度は寒さを感じられなくなりますよ」
 そう言った。

「寒さを感じられなくなる?」
 己の肩を抱いて震えるティファには『彼女』の言葉が咄嗟に理解出来なかった。
 この寒さから解放されるなら望むところではないか…?
 しかし…『彼女』の口調だと、このまま『寒さを感じられなくなる』のは良くない事らしい…。
 それは…どうして?

「え……?」

 ドクン…。

 唐突にその答えは出た。
 心臓が恐怖で鷲掴みになる…。
 彼女の紅色の瞳が、肯定するように閉じられ、すぐに開かれる。
 ティファは目を見開いて辺りを見渡した。
 どこを向いても、目に映るものは何も無い。
 上を見ても、漆黒の闇が広がるだけで、何も……ない。
 ここが外なら、星の一つや二つ見えるかもしれない。

「ど、どうやったら…帰れるの…?」

 震える声で…縋るように目の前の女性を見る。
 冷たい氷のような寒気が、確実に身体を侵食してきている。

 早く…。
 早くしないと…!!

 この暗闇に放り込まれた瞬間…この暗闇に気付いた時にはなかった『生への執着』が胸を支配する。
 このままだと、彼女の言う通り本当に『寒さを感じなくて済む』事になってしまう…。

 いや…。
 絶対にいや…!
 もう一度……もう一度皆に……彼に会いたい!!

「お願い!教えて、どうやったらここから出られるの!?」
 必死に訴えるティファに、彼女は紅の双眸を僅かに細めると首を傾げた。
「本当に分からないんですか?」
 その仕草は、ティファが混乱しているのが本当に不思議で仕方ない…そう言わんばかりだった。
「分からないわよ…だって、こんな所に来た事ないんだもの!」
 泣きそうになりながらティファは混乱しながら辺りを見渡した。

 真っ暗な闇…。
 どこまでも暗黒の世界。
 右も、左も、上も……。
 ただ唯一足元には……黄色と白い花々。
 そして、眼前にはライフストリームだという小さな泉と一本の大樹。

 こんな所に……来た事など一度も無い。

「そうですね。貴女は『ここ』には来た事は無いですが…」
 言葉を切ると、また一歩彼女は歩みを進めた。
 ティファの立っている岸辺まで残り数歩……。

「それでも、貴女は『ここ』ではないですが『ここ』と『同じ場所』に来た事があるじゃないですか」
「え…?」
「そこから帰れたから…貴女は『この世界』で有名なんですよ」

 彼女の言葉に、ティファは虚を突かれて暫し呆然とした。
 しかし、すぐに全身を覆う寒気に我に返る。

 もう、ティファは立っているのも難しいくらい、寒くて全身がかじかんでいた。

「お願い…そんな謎かけみたいな事はもう良いから…!お願いだから戻る方法を…帰る方法を教えて…!!」

 ヒステリックに叫んだティファを、やはり目の前の女性は人形のようにその無表情な顔を変える事無くジッとティファを見つめる……。
 吸い込まれそうなその紅い瞳に…。
 ティファは益々ザワザワと胸が騒ぐのを抑えられない。


 コノママデハ……カエレナイ……。


 言いようのない焦燥感に心が支配される。
 縋るような眼差しを向けるティファに、女性は一つ溜め息を吐いた。
「やっと気付いたんですか?」
 淡々としたその言葉からは、安堵の溜め息だったのかそれとも呆れ返った溜め息だったのか判別出来ない。
 それでも、彼女がティファに対して『悪意』を持っていない事だけは伝わって来た。

 寒さと『死』への恐怖から震えるティファに、彼女は自分の羽織っていたコートをフワリと投げて寄こした。
 まだ、ティファとの間は数歩分あるというのに、その真っ黒な闇色のコートは、意思を持っているかのようにスッポリとティファを頭から覆った。
 その途端、体中を支配していた『寒さ』が潮のように静かに引いて行き、変わって春の日差しのような温もりが全身を覆った。

 目を丸くして驚くティファに、女性は一歩近付いた。
 彼女の足が、水面から離れる…。
 ティファの予想通り、コートの下に隠されていた彼女の服は、黒一色で統一されていた。
 イヤ……上服には所々金糸と紫糸で上品に袖口などを中心に刺繍が施されている。
 ヴィンセントが好んで着ている服に似ているその大きな襟ぐりの服は、彼女の小さな顔と同じ位の大きさでゆったりとしていた。
 ゆったりとした襟ぐりは、黒皮のバンドで三箇所止めるようになっているので、益々ヴィンセントを髣髴とさせた。
 両肩口から襟元にかけてラインが入っており、そこから脱ぎ着をするのだろうか…?そのラインも、黒皮のバンドで止められている。
 両手の袖口は絞っておらず、少々広くなっている。
 細身の身体にフィットしたその服は、一見ワンピースの様に膝上までもあるが、ウエストの部分で大きくスリットが入っており、腰には……黒水晶だろうか…?黒水晶らしき赤ん坊の拳ほどもある宝石を中央に飾ったベルトを帯びていた。その宝石の周囲の皮にも繊細な刺繍が施されている。
 ベルトを固定しているのは、間違いなく本物の銀だろう…。
 ズボンにはこれと言って装飾らしいものは何もない。
 膝の真下まである漆黒のブーツもしかり…。
 ただ…。
 ライフストリームの淡い光を受けて光沢を放つそのブーツが、そこら辺にある安物などではあり得ない事くらいは分かった…。
 薄そうでいてそれなのに全く薄っぺらさを感じさせないそれらの衣服を身に纏っている彼女を見て、やはり『女帝』の様だとティファは思った。
 しかも、屋敷の奥深くでゆったりと時を過ごし、贅沢な暮らしをしている『女帝』ではない。
 戦いに自ら赴く『軍神』の様な気迫を身に纏い、豪奢な暮らしからは縁遠いまさに『闘う皇帝』。
 腰に剣を帯びていないのがむしろ不自然にすら見える。


「貴女は本当に帰りたいんですね?」
 暫し見とれていたティファに、女性は唐突に声をかけた。
 一瞬、何の事かピンとこなかったティファは、呆けたように女性を見た。
 しかし、再度同じ事を問われてハッと我に返り、
「え、ええ!帰りたいわ!」
 と、慌てて頷いて見せた。

 身体が温かくなると同時にコートに隠れていた女性の服装に、自分の置かれている状況を忘れてしまった事が何とも情けなく思えてくる。

「では…私と契約して下さい」
「契約?」
 突然の話しに、頭がついていかない。
 鸚鵡返しに繰り返すティファに、女性は軽く頷いた。
「あなたが望む場所に帰る事が出来たら……その時は貴女の大切なものを一つ、私に下さい」
「え……大切なもの……って……」

 ティファはその条件に戸惑った。
 彼女に差し出せるような『大切な物』とはなんだろう……?
 クラウドから貰ったネックレスか…?
 それとも、子供達が描いてくれた自分の似顔絵か…?
 はたまたお客達が『お土産』と称してプレゼントしてくれた品々か……?

 どれもこれも、優劣の差は勿論あるがそれでも自分にとっては『大切な物』だ。
 しかし…。
 この目の前の女性が言っている『大切なもの』はそれらではない気がするのだ。

 そう考えるティファの心を読んだかのように、彼女は再び頷いた。


「あなたにとって、『価値』あるものを……一つ頂きます」


 その言葉に、コートによって温められた身体が再び震える。
 言いようのない恐怖が心臓を鷲掴む。
 バクバクと激しく脈打つ鼓動に、ティファは胸を押さえながら一歩後ずさった。
 それに合わせる様に一歩、『女帝』が近付く…。
 差し出されたその白い繊手。
 ティファはその手から視線を上げ、怯える瞳を『女帝』の紅の瞳と合わせた。
 決してその眼差しは強要していないのに…。
 決してその手はそれ以上、自分へ近付こうとしていないのに…。
 それなのに…。

 身体が動かない。
 まるで蛇に睨まれた蛙。
 あたかも目の前の女性が自分を取って喰らうのではいか…?そう思ってしまうほどの恐怖。
 だが、だからと言って他に自分が縋れるものは……この暗闇の中には存在しない。
 そう…。
 自分にはこの白い手を取るしか他に道は……。


 震える手を彼女の白い手にそろそろと伸ばす…。
 あと少し…。
 あと少しで……。


 その時。
『女帝』はスッとその手を引っ込めた。
 そうして、戸惑うティファに肩を竦めて見せると、
「残念ですが今回の私の出番はここまでのようです…」
 そう言って軽く地面を蹴った。
 その身体が、たった一蹴りで泉の向こう岸にある大樹へストン……と着地したのを驚いて見つめるティファに視界に、次の瞬間泉の水が大きく波打ち、盛り上がった。

「え!?」

 あまりの出来事に、目を大きく見開き固まるティファに、盛り上がったその泉が……。
 ライフストリームが……。
 ドッと押し寄せ……。



 ― ティファ…!! ―



 懐かしい親友の呼び声が聞えた。



「エアリス!?」



 たった今まで暗闇しか存在しなかったその空間に、頭上から光が眩く差し込んでいる。
 そこへ向けてエメラルドグリーンに輝く命の煌きに包まれたティファは、そのまま一気に上昇した。
 あっという間に小さな泉とそこに存在していた大樹、そして『女帝』姿が足元遠く………。

 見えなくなる。



 ― 頑張れ!!これ以上ここにいたらダメだ!! ―



「ザックス!?」



 クラウドの親友の励ます声がする。



 ティファは二人の親友の存在を急に身近に感じた。
 薄っすらと二つの人影が、ライフストリームに包まれたティファの視界にぼやけて見える。
 懐かしいその人影に、ティファは涙が溢れ、流れ出すのを止められなかった。
 手を伸ばせば届きそうなのに、自身を包み込んで光へ導いてくれるその命の輝きの『薄い膜』のせいで触れられない。
 もどかしい気持ちで一杯になるティファに…。



 ― ティファ……絶対にもうここに来てはダメだよ… ―
 ― ここに………『闇』に堕ちるんじゃないぞ… ―



 親友達の声が段々遠くなる。

「待って……お願い待って!!」

 光に近付くにつれて二人の影も不確かになってきた。

「待って!!」

 必死に呼び止めようとするティファの左手が、ふいに懐かしい……愛しいと感じる温もりに包まれた。
 その温もりは、涙が出る程愛しくて…切なくて…。

「クラウド…?」

 左手が誰かに引っ張られるように強く持ち上げられる。
 その瞬間、ティファは大切な人の元へ帰れるのだと分かった。
 友人二人と引き離される悲しみから、愛しい人に再び会えるという喜びへ一気に胸がときめく。
 そんなティファの耳に最後に聞えてきたのは…。





 ― また……お会いしましょう…… ―


 聞きたかった親友達の声ではない『女性』の声。


 それきり、ティファの意識は光に包まれ遠のいた。






『これ以上、私達の大事な友人には近付かせないわ』
『…それを決めるのは私でもあなた達でもありません』
『お前が近付かなければ良いだけの話だ!』
『…私が彼女から遠ざかろうとしても…彼女が私を求めるでしょう……今のように…』
『そんな事、絶対にさせない!』
『ああ…俺達の魂をかけてもな!!』

 ライフストリームの澱んだ空間で、三つの意識がぶつかり合っている。
 正確には、二対一。
 二つの意識は、もう一つに対してはっきりとした敵意を抱いている。
 しかし、残りの一つは全くと言って良いほど何の感情もその二つの意識に対して抱いていないようだった…。

 まるで、『相手にならない』とでも言わんばかりだ。
 そして、その事を表したかのようにその意識は二つの意識…。
 エアリスとザックスにこう言った。



『あなた達程度の魂で……一体どれほどの事が出来るんですか…?』



 エアリスとザックスがその言葉に怒気を漲らせたが…。
 既にそこに『女帝』の姿は無かった。
 それと同時に、泉も大樹も…そして『暗闇』さえも跡形も無く霧散し、辺りは『通常』の命の安らぎの場に戻っていたのだった。


『……ティファ……』
『えらいもんに目を付けられたもんだな……』
『…ティファは……絶対に渡さない…!』
『ああ…。ティファだけじゃない。アイツも……な…』
『ええ…。クラウドも…それに他の皆も……星に生きる人達も皆…絶対に…誰一人!!』


 強い決意を言葉に表した二つの眠れる魂は…。
 そのまま星の命の流れを巡るべく、意識を溶け込ませたのだった。
 星に還る為ではない…。



 ― 大切なものを守る為に ―

 ― 『暗闇』と戦う為に… ―



 再び力を結集すべき時が来たと、眠れる魂達を目覚めさせる為、星を巡る。



 まだ生ある者は気付いていない星の命の中心で…。
 静かに闘いが始まろうとしていた。
 その闘いは…。


 まさに…。



 陽(ひかり)と陰(かげ)の闘い…。



 この闘いの歴史を知る者は、むき出しの魂となった命だけ。
 つまり……死者の列に加わった者だけ。
 既に幾度も繰り返されてきた決して表舞台には現れなかった闘い。
 その闘いが、今まさに表舞台で繰り広げられようとしている。

 そして…。
 この星にとって、恐らく最後になるであろう闘いだった…。




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