「最近、『ミコト様』という謎の占い師だか預言者だかがエッジの路地裏で噂になっているらしい」
「「「 『ミコト様』? 」」」
「 ……… 」
「ああ。彼女の力を借りることが出来ればあるいは…」
「おお!神羅カンパニーの再建に追い風になるんだぞっと!」
「でもぉ…それってちょっと怪しくないですか〜?」
「 ……… 」
「社長。その『ミコト様』という人物ですが、既にWROが危険人物として警戒している様子です」
「…ふむ。流石はリーブ…といったところか。だが、そのような人物だからこそ、我々にとって大きな力となる可能性が高い」
「その分、リスクも高くなりますが…」
「その程度のリスクは覚悟の上だ。そこで…、…!?」
「「「 な、なんだ!? 」」」
「 !?(眩しい) 」

 WROに隠れ、密かに集めていたマテリア達が煌々と輝きを放つ。
 それと同時に…。

 ― ダメ ―
 ― 彼女に手を出してはダメ ―
 ― 彼女に手を出せば……確実に死ぬ ―
 ― それよりも… ―
 ― 守って ―
 ― あの子達を守って ―
 ― 力を貸して ―
 ― この星は、アナタ方が考えているほど、力はない ―
 ― このままでは… ―


 ― この星は死ぬ ―


 ― 己の利益ばかりを追求するという愚かな考えはいいかげんに捨てて… ―



 ― この星に生きる命として、その役割を果たせ ―



 唐突に聞えてきた複数の人間の声に…。
 神羅カンパニーの社長とタークス達は呆然と立ち尽くした。




Fairy tail of The World 61





 クラウドがティファの囚われているクリスタルに触れてから数分後。
 ふっ…、と女帝が顔を上げた。
 何かをジッと見つめているその表情からは何も読めない。
 ヴィンセントとバレット、そしてラナはクラウドがティファの心を闇から救い出すまでの間、ただ手をこまねいてじっと見守っている…という愚かな時間の潰し方をするのはどうか…?という話し合いを小声で先ほどから行っていた。
 意見は二つに分かれている。

 一つは、無駄だと承知しているが女帝に攻撃を仕掛け続けるというもの。
 もしかしたら、何かの拍子で打開策が見出せるかもしれない。
 もう一つは。
 女帝が退屈と思っている時間の費やし方を利用し、彼女から何かしらの情報を聞きだす…というもの。

 現在、バレットが前者を支持し、後者をヴィンセントとラナが支持していた。
 一対二で、後者の意見が通りそうなのだが、それでもバレットはチラチラとクラウドとティファへ心配そうに視線を向けながら、
「そんな都合よく、あの女がしゃべってくれると思うか…?」
 声を潜めて反対の意見を強調する。
 その考えにラナは少なくとも「まぁ、そうかもしれませんが…でも…」と、その可能性を認めつつも後者を支持していた。
 だが…。

「いや…大丈夫だろう…」

 常になくヴィンセントは成功論を口にする。
 訝しげに見つめてくる二人に、
「恐らく、彼女はティファ以外に執着していることがない。ティファを手に入れられると確信しているのは確実だ。その上で、あえてクラウドにチャンスを与えたのも……暇つぶしだ。だから…」
 そう小声で説明していると…。


「そうですね。確かに他はどうでも良いことですから。何が知りたいですか?」


 三人はギョッとして振り向いた。
 相変わらず、何を考えているのか、全く読み取れない無表情の女。
 小声での会話が聞き取れるような距離ではないのだが、筒抜けだったらしい。
 三人の全身からイヤな汗が噴き出す。
 だが、原因である彼女は仮面を被ったかのような顔。
 それは全く初めて会った時と変わらないのにも関わらず、先ほどとは何かが違う。
 醸し出しているオーラが、どこか不透明になった気がするのだ。
 元々…人間のものとは思えない不可解で掴みどころがなかったのではあるが。
 それが、何かが変わっている。
 そう、強いて言えば掴みどころのないという不気味さに磨きがかかったかのような…そんな印象を受ける。


 強大な…敵。


 バレットが無意識にゴクリ…、と唾を飲み込んだ。
 ラナが未だ手にしている銃を握り締める。
 ヴィンセントは眼光を鋭くしながらゆっくりと向き直った。


「お前のしたいことはなんだ…?」
「先ほども言いましたが、命の連鎖を絶つことですよ」
「なら、何故オメガの時に私達の邪魔をしなかった…?」

 ピクリ。
 バレットとラナの眉が寄る。
 ヴィンセントの台詞に、改めて女帝の謎が増えてしまった。

 確かにそうだ。
 つい四ヶ月ほど前のオメガの事件の時、女帝がヴィンセントやWROの邪魔をしていたら、オメガはこの星のエネルギーを根こそぎ奪い取って広大な宇宙へ飛び立ち、この星は『死』を迎えたのだ。
 邪魔をしなかったということは、傍観していた…ということになる。

 絶好のチャンスであったはずなのに…。

 女帝はゆっくりと頬杖を外すと目を細めた。
 紅玉の瞳が真っ直ぐヴィンセントに注がれる。


「何故、と聞きましたか…?」

 無表情の仮面から僅かに洩れる…驚きの感情。
 ヴィンセントは戸惑った。
 眉間にシワを寄せ、じっとミコト様の次の言葉を待つ。
 女帝は目を細めたまま色のない唇を開いた。


「オメガが飛び立ってしまったら、この星を終らせることが出来ないからですよ」


 意味が分からない三人は戸惑いながら視線を合わせる。
 星を終らせることが出来ない…という意味が分からない。
 オメガが飛び立てばこの星は死ぬというのに…。


「オメガが飛び立つと、この星は確かに死ぬかもしれません。ですが、オメガは『新しい星』として生まれ変わるんです」
 知らなかったんですか?


 三人は固まった。
 知らなかったのか…?と最後に問うた彼女の言葉には、これまで含まれていなかった呆れが僅かに混じっていた。
 しかし、それよりもなによりも、三人が驚いたのはその事ではない。
 ミコト様が言わんとしていることがやっと分かったからだ。


 どんな形になったとしても、この星が存続していくことが許せないのだ。


 オメガはこの星に死をもたらす。
 しかし、それは同時に全く新しい命を広大な宇宙に生み出す力となり、新たな星が誕生する。
 その誕生することすら許せない…、彼女はそう言っているのだ。


「オメガは『アルファ』。『アルファ』とは『始まり』。オメガより生まれた『アルファ』は、オメガが持っている全ての記憶を受け継ぎ、真新しい命として生まれる。それこそ、この星が滅んだ経緯を明確に記憶し、同じ轍を踏まないように…、意志を持って新たな人生を歩む」


 呼吸の仕方を忘れたように、三人は息を飲んだまま固まった。

 女帝の言葉一つ一つが途方も無く、信じ難いことばかりで、思考がついていかない。
 そもそも、オメガのことだって『ルクレツィア博士』が残したレポートを見るまで知らなかったのだから。

 ヴィンセントの父親の助手をしていた彼女のレポートを見るまで…。
 その息子であるヴィンセントですら知らなかった。
 その星の最大の神秘を彼女があっさりと口にした。
 どう信じろというのか…?
 しかし…。

 否定出来るものが…何も無い。
 それに、否定することなど出来るはずがない。
 ルクレツィアのレポートでは、確かに『新しい星として…』という件があった。
 新しい星が生まれるためのエネルギー。
 それがオメガ。
 オメガが飛び立てばこの星は死ぬが、新しい星が生まれる。


「忘れてたんですか?それとも、知らなかったんですか?」


 最初の言葉はヴィンセントに、後の言葉はバレットとラナに向けて発せられる。
 まるで、ヴィンセントがレポートを見たと知っているかのような女帝の仕草に、ゾッと悪寒が走る。

 聞きたいことはまだまだある。
 ティファの身体を乗っ取って『この星を完全に終らせるために唄を歌う』と彼女は言った。
 何故、そんなにもこの星を消し去りたいのか…?
 そんなことをしたら、魂の状態であるというミコト様自身だって消えてしまうだろうに。
 それに、そもそも現在蠢いている闇達がそんなことを承知しているのか?
 闇の侵食が始まっている…と、シュリは言った。
 闇達は陽の世界である命の世界に侵食し、星を蝕んでいるのだと…。
 その主たる者が…ミコト様。
 闇が蠢いているのは、この星の主導者になりたいからではなかったのだろうか?

 だがしかし、思い返してみると『闇が主導者になりたがっている』とは青年は明言していない。
 それに、正直に言ってしまうと、シュリはあやふやにしか説明していない節が多々ある。
 しかし、それを聞き出すことが出来ないまま、ここまできてしまっていた。
 聞いては…いけない気がしたのだ。
 この星が危険な状態にあり、その迫る危機を回避する方法を彼が指し示してくれた。
 それだけで…十分だと思ったのだ。
 闇が…、ミコト様の最終目標をシュリが知っていたのかどうかは分からないが、それでもそんな事を知るよりも、目前に迫っているという星の『死』を回避する方が先だ…。
 そう納得させ、青年の抱えている『本音』を聞き出すことを遠慮した。

 もしかしたら…。
 その『本音』に目の前のミコト様は触れるようなことを話せるのではないだろうか…?

 突然その考えが浮かび、ヴィンセントとラナの全身に力が入った。
 聞きたくない…と言えば嘘になる。
 しかし、聞いてはいけないと思うのだ。
 それは、今日まで彼が生きてきた根幹に触れるから…。
 それに触れて良いのは…恐らく青年と縁の深い者だけ。

 …そんな人間がいるのかは知らないが…。

 それでも…。
 それでも、自分達が触れてはいけない。
 …そう、思っている……。


「本当に…お人好しばかりなんですね」

 実にタイミング良く、またもや女帝が口を開いた。
 ヴィンセントとラナが身を硬くする。
 バレットはイライラと「なに言ってやがる!」とがなっているが、二人は自分達の心が読まれたかのような心境になり、今更ながら戦慄した。

 その間も…。
 クラウドはティファの過去を見ている。


 ティファの左手から伝わってくる記憶は、どれもクラウド…クラウド…クラウド。
 幸せそうに笑っているクラウド。
 ちょっと拗ねたような顔をしているクラウド。
 仕事で疲れて帰ってきたクラウド。
 そして…。

 甘やかな瞳で微笑んでいる…クラウド。

 ティファの心がいかに自分のことで占められていたか、クラウドは初めて思い知った。
 胸が締め付けられる。
 愛している人にここまで想われていたという喜びと、それを上回る後悔に…。

 クラウドだって愛しているのに。
 ティファの事を誰よりも愛しているのに。
 それなのに、どうしてこんなにすれ違ったのだろう?
 クラウドは空いている方の手でそっと胸を押さえた。

 そして、必死になって心の中で呼びかける。


『ティファ…ティファ!』
『お願いだから…俺を見て!』
『もう一度、俺を見て!』
『頼むから……どうか、俺にチャンスをもう一度くれないか?』
『今度こそ…、今度こそティファに伝えるから!』
『ちゃんと……ティファに伝えるから…』

『俺を見て!!』

 ピクリ…。

 ティファの閉じられた瞼が小さく動いた。

 だが、目を閉じて必死に願っているクラウドにも…。
 女帝の言葉に頭が真っ白になっている英雄達にもそれは気付かれることのない小さな変化。

 と…。
 その誰にも気付かれなかった小さな変化を合図にしたかのように…。


 ゾクッ!!


 ヴィンセント、バレット、ラナは自分達を突如襲い掛かった凄まじい殺気に全身が総毛だった。
 反射的にバッ!!と銃を構える。
 三人とも、方向がてんでバラバラだ。

 ヴィンセントは背後斜め上方に。
 ラナは真正面やや下方に。
 バレットは右真横に。

 それぞれ自分の武器を構えて、警戒する。

 自分達が誰一人統一しないで銃を構えている事に、三人は勿論気が付いていた。
 しかし、それを咎めようとはしない。
 何故なら…。



「主(あるじ)よ…」
「何ゆえ、このような下賎な輩とお言葉をお交わしになる…?」
「何ゆえ、この者達を速やかに消されぬ…?」
「何ゆえ……。折角お見つけになられた『お身体』にかのような下賎な者が触れることをお許しになられる!?」


 地の底から這い出る様な…おどろおどろしい声。
 夜の闇から切り取られたようにドロリ…、と現れた輪郭。
 それは、人のようであり……人ではないようであり……。


 知らず知らずのうちに、三人は完全に囲まれていた。
 月光と星の光によって浮かび上がった異形の者達の姿に、ラナは危うく悲鳴を上げそうになる。
 鋭く息を吸い込んだのは、悲鳴を押し殺したラナだけではない。
 いつもは動じないクールなヴィンセントは、今日でその肩書きを返上しなくてはならないらしい。
 目を見開いて固まっているバレットと大差ない驚きようだ。

 構えた銃はジリジリと近寄る異形の者達を捉えて離さないくせに小刻みに震え、発砲されることなくただ英雄達の手の中でその役目を待っている。

 銃口を向けられている事になど、異形の者達にはどうでもいいことのようだ。
 むしろ、震える銃口を見て唇を吊り上げ嘲笑を浮かべている。
 それらの異形の者達に、三人はミコト様からは決して感じなかった『安堵感』を得た。
 嘲笑されて『安堵』を感じるなど可笑しいだろう。
 しかし、この目の前の異形の者達の反応こそが本来あってしかるべきものだった。
 自身を優れたものと自負している者達が、自分達よりも劣っている者が反抗の意志を表している。
 それを目の前にして嘲笑しない下郎はいない。

 ようやく自分達の理解の範疇が現れた…。

 そう言った意味での安堵感。
 だが、安堵感を得たからと言って、状況が好転したわけではない。
 むしろ…。

「おい……どうする…?」
「…………さぁな…」
「さぁ…って……!」
「……覚悟は…出来ています」

 いつしか背中をピッタリとくっ付けた状況になっている。
 小声でやり取りする三人には、もうなぶり殺しの道しか残されていない。
 チラリ…、と視線をクラウドとティファへ向けると。

「 !! クラウド!!」
「「 !? 」」

 クラウドの背後に数体の闇の化身がにじり寄っていた。
 手には、野太い木槌のような武器。
 大きく振り上げ、今にもクラウドを殴り殺そうとしている。
 三人はバッ!!とクラウドの背後に迫っているバケモノに向けて銃を構えた。
 同時に、三人を囲んでいた化身達がボコボコの皮膚をした顔を醜い嘲笑で歪めつつ踊りかかる。



 シュッ。



 風を切る短く鋭い音がして…。
 三人に迫る異形の者達と、三人の目の前で…落下したもの。

 胴体と首を切り離されたバケモノが、ゆっくり…、ゆっくりと地面に倒れる。
 一体ではない、にじり寄っていた全てのバケモノが、断末魔の叫びを上げる事無く、自分の身に何が降りかかったのかも分からないまま、地面に倒れた…。
 地に着くと同時に、ボフッ!!と、黒い霧になって霧散する。

 一瞬。
 バケモノ達も、英雄達も、誰一人状況を把握出来なかった。
 ピクリとも動けなかった。
 信じ難い光景に、その場に居合わせた者達がただただ目を見開いて……。



 女帝を見る。



 彼女の手が何かを放った後のような角度で止まっている。
 バケモノが霧散した後に残っているのは、彼女がそれまで弄んでいた漆黒の羽根。
 彼女の背に広がる、彼女自身の大翼。

 バケモノ達の醜い顔がポカン…、と間抜け面になり、主(あるじ)であるはずの女帝を見る。
 ゆっくり……、ゆっくり……。
 彼女がヴィンセント達を取り囲んでいる闇の化身達へと向き直る。


 出会って初めて、ヴィンセント達は彼女の『不快な表情』を見た。


 月光に照らされたその部分だけが切り取られたように闇に浮かぶ白い顔。
 その美しい顔が表している『感情』に、ヴィンセント達以上にバケモノ達が狼狽する。
 細く整った眉が寄せられ、目は蔑みを宿して眇められており、白磁の肌がその不快さをより際立たせている。

 視線の先には…異形の者達。
 自分を主と慕う者達。

 奇妙な緊迫感が、廃墟のミッドガルに張り詰めた……。




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