― 何故だ…!? ―
 ― 何故、主(あるじ)は『かの者達』に肩入れする!? ―
 ― おまけに、この星を消滅させるとは…!? ―
 ― 我らがこの星の主となる為に、どれほど我が君にお仕えしたことか…! ―


 −−−− 何故だ!! −−−−−




Fairy tail of The World 62





 異形の者達が信じ難いものを見るように、『主君』と仰ぐ女を見つめる。
 英雄達も同様だ。
 何故、クラウドを助けるようなことをしたのか…?
 気まぐれか…?
 いや、彼女が初めて見せた『表情』が、ただの気まぐれではないことを物語っている。

 そう。


 異形の者達は女帝の逆鱗に触れたのだ。
 感情などないと思われていた彼女の逆鱗に…。



「我が君……何ゆえ……、何ゆえかようにご無体な真似をなさる!?」

 ボコボコと歪(いびつ)な顔をしたバケモノが震えながら一歩踏み出した。
 震えているのは、怒りからか…?
 それとも……主の怒りに触れたと分かったことによる恐怖ゆえか…?

 ミコト様は『我が君』と呼ばれた瞬間、眉間のシワを一層深くした。
 一目で分かる。
 この異形の者達を彼女は心底軽蔑している。
 嫌悪感の対象以上の存在ではないのだ。

 だが、それなら何故、彼女は自分の部下達を使って世界各地で闇の攻撃を仕掛けるようなことを…!?

 ラナとバレットは混乱の極みに達していた。
 しかし、そんな中、ヴィンセントだけがハッと一つの可能性に思い至った。
 だが、それを口にする暇は少しも無かった。


「何ゆえ……?」


 氷よりも冷たい女帝の声。
 これまで、英雄達と言葉を交わした時には淡々として感情の欠片も無かった彼女が、発したその声音に、バケモノ達だけではなく英雄達も凍りついた。


「うぬらが勘違いをしていることは当の昔に知っておった……」


 口調が……変わる。
 それこそ、完璧な『女帝』。
 多くの者を従え、主として堂々と振舞う威厳に満ちた声。
 それと同時に、どこまでもその言葉は辛らつそのもの。


「だが、私がいつ、うぬらを『下僕』として認めた…?」


 ゆっくりと…。
 威厳たっぷりにバケモノ達を見渡す。
 凍りついたバケモノ達は身じろぎ一つ出来ない。


「うぬらが勝手に私を主として崇拝していたことは知っていた。だが…」

 言葉を切って改めて上から見下す姿勢をとる。



「私が一度でも、うぬらを『僕(しもべ)』と呼んだことがあったか?」



 衝撃が走る。
 それは、英雄達にとってもまさに青天の霹靂。
 ずっと…。
 ずっと思い込んでいた。
 闇の攻撃がミコト様からの命令によって行われていたのだ…と。
 沢山の命が既に闇の手によって失われている。
 それもこれも全て、この目の前の『女帝』の指示だと…、そう思っていたのに…。

「違う…のか…?」

 思わず漏れたヴィンセントの言葉に、ミコト様は若干眼光を弱めて視線を流した。


「折角の予想を裏切って申し訳ありませんが…」

 言葉を切ることで、より一層言葉の持つ力が強調される。

「私はずっと独りです」
「「「「 !?!? 」」」」

 言葉にならない衝撃がバケモノ達の間に駆け巡る。
 女帝はその事に全く頓着しない。
 心底蔑んだ目でバケモノ達を見下ろすのみ…。
「もう一つついでに言わせて頂けば、この『下級妖魔』共に会うのも今宵が初めてです」
「「「 な…!!!! 」」」」


 途端に上がった驚きの声は、英雄達だけではなく醜く歪められた異形の者達からも上がる。

 狼狽し、誰もまともに話が出来る状態ではない。
 そんなことなどおかまいなしに彼女は次々と言葉による攻撃を続ける。


「何をそんなに驚いている?本当の事であろう?これまでに私とうぬらが顔を合わせたことがあったか?言葉を交わしたことがあったか?」
「一度でも、私が『念』を飛ばして命じたことがあったか?」
「うぬらがずっと待ち望み、願っていたことは『この星の主導者に連なるものとなること』であろう?」
「だが…私はこの星の主導者になることなど微塵も望んでおらぬ」
「私の願いは唯一つ」
「この星の完全な消滅」
「新しい星に生まれ変わることもなく、完全な無になること」
「それが、私の望みであり最終目標」



「ゆえに、うぬらの願いは叶わぬ」



 シーン…。
 恐ろしいほどの沈黙が流れる。

 何を言って良いのか分からない。
 理解力が三人の中で一番遅いバレットなどは、混乱の真っ只中でポカーンとした顔のまま固まっている。
 ヴィンセントは驚きながらも、自分達を取り囲んでいるバケモノ達の様子を警戒した。
 いつ、逆上して自分達にまで襲い掛かってくるか分かったものではない。
 だが、頭の片隅では新しい疑問が次々とわきあがってくるのを止められなかった。


「我らは……アナタ様の御為にと…、『魂の消滅』という危険を冒してまで尽力したといいますのに……なんという言い草……」

 下級妖魔と呼ばれた中で、もっとも威厳のありそうなバケモノが低い低い声を搾り出す。
 その声が震えているのは……怒り。
 自分達を全く見もしなかった、『主(あるじ)』と信じていた者からの無情な仕打ちに対する激しい怒りだ。

 だが、女帝はどこまでも冷酷だった。

「勝手に私を『主』に仕立て上げて徒党を組み、勝手に行動しただけのことであろう?」



「かような児戯(じぎ)に付き合うつもりはない」



 静まり返ったのは一瞬。
 その次には、怒涛のような激怒の嵐。
 バケモノ達が一斉に耳障りな咆哮を上げ、醜い顔を更に歪めて欠けた歯を剥き出しに怒り狂った。
 血色の悪い黄土色の肉塊が次々と宙を飛ぶ。
 勿論、バケモノ達の狙いは『主』とつい先ほどまで慕っていた女帝。

 デカイ図体からは信じられないほどの俊敏さと跳躍力は、英雄達の目を瞠らせたが、『あ!』と言う暇など微塵もない。

 重い地響きの音がして、女帝がそれまで立っていた廃材がガラガラと崩れる。
 小山ほどにも積み上げられていたその廃材が、英雄達の方にまで崩れてきて、慌てて三人は身をめぐらせた。
 そして…固まる。


「「「 !? 」」」


 悠然と目の前に立っているのは、たった今まで背後で崩れ去る廃材の小山の上にいた筈の女帝。
 傍らには、クラウドをスッポリと包み込んでしまっている闇のクリスタル。

 それに手をかざしている彼女の姿から、女帝がバケモノ達の攻撃からクラウドとティファを守ってくれた事が分かった。
 何故守ったのか…?
 そんなことを疑問に思う暇など無い。

 背後からは、自分達が仕留め損ねた女帝の姿を確認したバケモノ達が怨念のこもった唸り声を上げて身を翻し、突進してくる気配がする。


「うぬらのような愚者はもう見飽きたわ…」


 ポソリ。

 女帝はそう呟くと、小さく溜め息を一つ吐き出し……、傲然と胸を張って歩き出した。

 殺気を漲らせるバケモノ達に向かって…。



「さぁ……、少しは暇つぶしをさせて下さいね」



 優雅な物腰で腕を伸ばした女帝の細い指には、漆黒の羽が一枚、つまむような軽い持ち方であるだけ。
 それだけ…。


 ヴィンセント、バレット、そしてラナは身動き一つ出来ぬまま、激変する自分達を取り巻く状況の只中、立ち竦むだけだった…。





「シドさん」
「あん?」
 モニターを見たり、シュリの様子をチラチラと見ていたシドは、中途半端な返事を返した。
 見つめ返す漆黒の瞳が、どことなく逸らされ気味な気がしないでもない。
「到着までまだ二時間ほどありますね?」
「ん〜…?ちょっと待て〜。さっきは確か二時間四十分だったんだが……!?」
 言葉を切って感動の面持ちになる。
「すげぇ!本当にあと二時間弱だ!」

 シドの大声に、椅子の上で船を漕いでいたユフィが、ゴンッ!と鈍い音を立ててテーブルに額を打ちつけ、ガバッと起き上がった。
 同時に上がる「痛ーーーい!!!」という悲鳴に、足元で寝息を立てていたナナキがギョッとして目を覚ます。
 そんな二人を尻目に、
「申し訳ないんですが、ちょっとそれまで休ませてもらいます」
 心底申し訳なさそうな顔をして、シュリは席を立った。
 シドが止める筈も無い。
 デナリなどは、シュリを部屋まで送ろうとして腰を上げるほどだ。
 皆、シュリの体調を気にしていた。
 しかし、この頑固な青年は自分達がいくら休むように言っても、
『状況が変わるかもしれませんから…』
 そう言うばかりで少しも部屋に戻ろうとしなかったのだ。

「おう!しっかり休め!!」
「大佐。無理は禁物だ。君にはこれからこそ頑張ってもらわなくてはならないのだから…」

 声を掛ける二人に、シュリはそれぞれしっかりと顔を見て深く一礼した。
 そして、顔を完全に上げきる前に背を向けてドアの向こうへ消える。

 デナリとシドは満足だった。
 ようやく、自分達の意見を聞き入れて休んでくれた…という安堵感。
 だが…。

「なんかよぉ…」
「はい…?」
「……いや…やっぱいいや…」
「………気になりますね…」
「…おめぇもそうか…?」
「はい…」

 何となく、引っかかる。
 そう…本当に何か、小さいものが引っかかる。
 だが、シュリは大人しく部屋に戻ると言っていた。
 しかも、シュリは知らないが彼が眠っている間に現れたエアリスとザックスが言っていたではないか。

 もう、シュリは限界なのだと。

 だから、今更変に無理はしないだろう。
 無言のまま、二人は無理にそう納得させ、すっかり冷め切ったコーヒーを口に運んだ。

 一方、囁くように小声で話すシドとデナリの言葉に反応するように、打ち付けた額を擦っていたユフィは、そっとシュリの後を追うようにして部屋を出た。
 ナナキが足元にピッタリとくっ付いている。
 目指すは当然、シュリの部屋。
 途中、医療班に連絡をしてシュリに栄養剤の点滴を手配することを忘れない。

「ま、気休めにしかならないけどねぇ。しないよりはマシでしょ?」

 ちょっとおどけるウータイの忍に、ナナキは悲しそうに笑った。
 ユフィがどれほど心配しているのか分かっているから。
 何も出来ないことを歯痒く感じていることを知っているから。

 自分も…そうだから…。

「うん、何もしないよりはマシだよ」
「ん…」

 打ち沈みそうになる空気に、ユフィとナナキは顔を見合わせ苦笑した。
 別に、この戦いでシュリを絶対に失うというわけではない。
 それに、現地に到着したら意外と自分達に出来る事があるかもしれない…というか、あるはずだ!
 その為にここまで世界中を走り回っているのだから。

 特に役に立っていないシュリの護衛。
 そして、シュリが行った…あの『儀式』。

 それらに着いて回ったことは、恐らくなにかしらの意味を持つのだろう。
 そう思って…信じていなくては、いたたまれないではないか。


「シュリ、入るよぉ」

 軽くノックをしてドアを開ける。
 シュン、と軽い音がして自動ドアが開けられ、ユフィとナナキは特に躊躇いも無く室内に入った。

 ベッドに潜り込んだ状態で、シュリは上体を起こして座っていた。
 顔は真っ直ぐ壁を向いていたのだが、その姿がまるでユフィとナナキを待っていたかのように思えて二人共ちょっと戸惑う。
 まぁ、今更だ。
 彼が不思議に満ち溢れていることなど…。

「シュリ、医療班の人に点滴お願いしてるからさ。ちゃんと点滴してもらいなよ」
「そうそう。何もしないよりは少しくらいマシでしょ?」

 務めて明るい声を出す二人に、シュリはゆっくり顔を向けた。
 無表情なのに穏やかなその顔。
 二人の胸に不吉なものが込上げる。

「そうですか。まぁ確かに、何もしないよりはマシですかね…」
「むっ!可愛くない言い方〜!」

 いつもの小生意気な口調に、どこか…覇気が無い。
 疲れているせいなのか…それとも…?

 ユフィは殊更いつものように唇を尖らせ、シュリの頭をグシャグシャと撫でる。
 ナナキはそれを見てユフィを止めようとする。
 シュリは「イタタ、はいはい、すいません」と、いつものように生意気に、全く反省の色など微塵も無いあしらいの言葉を口にする。

 全てが…演技を思わせる『いつも』の姿。

 これほどぎこちなくて、悲しい『演技』をユフィは知らない。
 ナナキは……ブーゲン・ハーゲンとの最期のやり取りを思い出していた。

「ホラ、点滴が来るまで私達が見張ってるからね!」
「そうそう」
「ホラホラ、さっさと横になる」
「そうそう!」

 必死に笑ってシュリを無理やりベッドに横にする。
 ユフィとナナキの泣きそうな笑顔は、シュリにバレバレなはずなのに、青年は何も言わない。

「ったく…本当に乱暴な英雄さん達だなぁ…」

『いつも』を装って憎まれ口を叩く。
 それが…また悲しく…、不安に感じさせると彼は知らないのだろうか?

 ユフィもナナキも、点滴を携えた看護師が部屋を訪れ、去った後もしつこく居座った。
 まるで、シュリが大空を疾風のように飛んでいるシエラ号から消えてしまうのを恐れているかのように。
 そして、シュリも口では「傍にいられたら眠れません」と言いつつ、無理に追い出そうとはしなかった。


「この戦いが終わったらさ、皆でバーベキューしよう!」
「…バーベキューですか…?」
「あ、それ良い!オイラ、肉食べたい!!」
「でしょ!?大自然に囲まれて、皆でバーベキュー♪絶対に美味しいし、楽しいって!」
「うんうん、それにデンゼルとマリンも喜ぶよね!」
「…そうですね…」
「でしょう!?」
「だよねぇ!!」
「…ええ…」
「だからさ…」
「…ユフィ…?」
「………」
「…だから…絶対に…、誰も………」
「ユフィ…」
「………」
「誰も……これ以上……」
「……グシ…」
「……そうですね。これ以上は…誰も………。……」
「…シュリ…?」
「…グス…、眠ったのかな…?」
「…ん…。お薬が効いてきたんだよ、きっと…」
「…うん」
「…大丈夫だよ」
「…うん」


 スーッと眠りに入った青年の顔を、二人は顔をクシャリと歪めながら見つめるのだった…。




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