笑っている顔。
 ちょっと寂しそうな顔。
 嬉しそうな顔。
 照れた顔……。


 どの顔も、ティファを見て、ティファから与えられた感情に溢れた顔。


 それが……少しずつ色を変える。


 何かを考えている顔。
 別のものを見ている顔。

 そして…。



 公園で、『彼女』と会っている衝撃のシーン。



 俺は……。

 なんてバカだったんだ…。





Fairy tail of The World 64





 荒れ果てたミッドガル。
 まだ建物の骨組みや金属、破片がそこら辺に転がっている。
 風に吹かれて、どこからか紙切れや埃、元は服だったのであろうボロ布が地面すれすれを飛ぶ。
 そんなゴミと遜色変わらない言葉が元・通信兵の口から吐き出された。


「妻…?」


 大理石のように滑らかな肌。
 眉間にシワを寄せる事無く、ただ淡々と繰り返して問う女帝に、元・通信兵は唇を吊り上げた顔をそのままに、
「えぇ、その通りです」
 芝居がかった動作で頷いた。

 その所作に、ミッションメンバーは鼻白むものを感じた。

 つかみどころが無く、超然とした『女帝』に対し、この男は……いや、男と言っていいのか分からないが、とにかく不釣合いにしか見えない。
 ひどく……俗物的で……粗野で。
 おまけに、とてもじゃないが信じられないほどの力に満ち溢れた彼女を手にすることなど不可能としか思えないのに、なんとも横柄な態度…。

 男の纏っている雰囲気。
 その全てに対し、三人は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
 特に、通信兵と接する機会が他の二人よりも多かったラナは、その気持ちが強い。
 元・通信兵の魂を喰ったことといい、こうして身体を乗っ取ったことといい…。

 許し難い怒りを感じる。

 人間をどこまでも小バカにし、否定しているようなこの『愚昧』。
 フツフツと怒りが込上げる。
 それと同時に、女帝に感じていた恐怖心が薄らいでいるのだが、それに気づくだけの余裕はない。
 ただ、元・通信兵を睨みつける。


 一方。
 求愛された筈の当の本人は、無表情のままそこに『あった』。
 バケモノ達を一瞬のうちに一掃してしまった傑物とはとても同じと思えない程の…『静』の姿。
 ヴィンセントは、元・通信兵に注意して視線を注いでいたが、視界の端ではしっかりと女帝の動きを見ていた。
 しかし、彼女はまったくもって…動じていない…というか…。


「そなたの語る『夢物語』には全く興味がない」


 バレットが僅かに顔を顰めた。
 なんとなく…・
 その口調が初めて出会った時の『何でも屋』を思い出させたからだ。
 だが勿論、あの当時は自分も彼の事を知ろうとしなかったのだし、なによりクラウドは今はしっかりとした絆で結ばれた大切な仲間なのだ。
 一緒にするなどどうかしている。
 だが…。

 あまりにもその『興味ない』という口調と雰囲気が似ていて……。
 自分の考えに虫唾が走る。

 ブンブンと頭を降ったバレットに、ヴィンセントとラナが訝しげに顔を見合わせた。


「そう言うと思いましたよ」


 いやに明るいその声に、三人の表情が引き締められた。
 この頭のおかしい男が、これからなにを言い出すか……なにをしでかすか、気が抜けない。
 もしかしたら、ティファを救おうとしているクラウドへ攻撃を仕掛けるかもしれない。
 ヴィンセントは武器をしっかりと握り締め、いつでも発砲出来る様にさり気なく身構える。
 不思議と……先ほどまで感じていた緊張感は無かった。

 そう……なぜか…。
 気がついたら…緊張していない。
 そのことにヴィンセントは驚きつつも、その理由が分からなかった。
 緊迫した状況は変わらないのに、とてもリラックスしている。

 自分は、あまりの恐怖に出会い過ぎて心が麻痺してしまったのではないだろうか?
 それが本当だとしたら……非常にまずい。
 咄嗟の判断が鈍るし、機敏な動きが取れないだろう。

 だが……それなのに……。

 焦りが生まれない。
 なんとなく…『大丈夫』という安堵感が胸に広がっていく感じがする。
 安堵感…というか…。
 まるで『母親に抱かれている子供のような心地』がする。
 大きな力が包み込んでくれているような…そんな温かさを感じる。

 ヴィンセントはさり気なくラナとバレットを見た。
 二人共、緊張してはいるものの、先ほどまで感じていた絶望感が消えているのが分かる。
 絶望感が消えて、どこかリラックスしている二人からは、その理由を疑問に思う気持ちがあるのかは分からない。


「でも、俺はやっぱりあなたには人の身体を手に入れてもらって、人間として生まれてもらいたいんですよ」
 男の愚かな発言が続く。
「そうしないと…」
 一歩…、踏み出す。
「俺の魂とあなたの魂の流れを汲む最強の魂が生まれないでしょう?」
 手を広げて大仰な動作。


 魂の流れを汲む……魂……。


 初めて耳にするその言葉。

 普通なら、『親の血を引く子供』という表現をする。
 しかし、『魂の流れを汲む』とは…?


 三人の疑問は、

「くだらぬ」

 女帝の一言で掻き消された。
 疑問よりも女帝の言葉の方へ意識が流れる。

 彼女は……無表情のままだった。
 話す…マネキン。

「そなたごとき忌まわしい魂を継ぎし子を、この私に孕めと言うのか?笑わせるでない。これ以上、世迷言をこの耳に入れるな」
 それに…。

 言葉を切って溜め息を吐く。
 相手にするのも億劫だと言わんばかりだ。

「私は器を手に入れたらこの星を完全に終らせる。魂の循環を完全に絶ち、この星を文字通り『無』に帰せしめる。そなたの望みが叶うことは絶対無い」
「あぁ、そうでしたね」

 女帝の言葉に男はニヤニヤ笑いながらあっさりと頷いた。
 彼女の話をまるで聞いていないかのようだ。

 クツクツクツ。

 狂人じみた笑いが夜気に響く。

「でもねぇ、アナタが『滅びの歌』を歌う前に喉を潰してしまえば歌えないでしょう?」


 ゾワリ。


 三人の背筋に新たな悪寒が走る。
 思わずビクッと震えてラナは女帝を見た。
 バレットとヴィンセントも見る。
 しかし、『喉を潰す』と言われた本人は全く動じていない。
 呆れた顔すらしていない。
 まったく相手にしていない証拠だ。


「私がそなたごときに『声』を奪われるとは到底思えぬな」
「そうですかね。やってみないと分かりませんよ」


 けだるそうな声と、空々しいまでに陽気な声。
 不釣合いな声が言葉を交わす。
 奇妙で不気味な空気を孕む場に居合わせている三人は、知らず知らずのうちにゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 女帝の表情がわずかに動く。
 男の不遜な言動に不快感を感じたのだろうか?

「あぁ、でも……」

 言葉を切って片眉を上げる。
 どこか……小バカにしたような、呆れたような…、そんな蔑みの表情。

「そなた、まことに私を妻に迎えたくば、我(われ)が死して後、その躯を妻にするが良い」



「狂人のそなたには似合いであろう」



 風が吹けば飛んでしまいそうなか弱い容姿をしている女帝から吐き出されたこれ以上ないというほど似合わない豪胆なその台詞。

 よもやそのような言葉を聞くことになるとは思いもしなかった三人は、ただただ固唾を飲んで事の成り行きを見守るばかり。
 一方、暴言を吐かれた男は、いやらしい笑みを引き攣らせた。
 まさか、ここまで相手にされないとは思っていなかったのだろう。

「躯…?」

 声が震えている。
 先ほどまでの余裕はない。

「私に喉を潰されて目的が達成出来なかったら死を選ぶと?」
「そなた如きには躯ですら……『彼女の身体』は非常に惜しいが、そなたと我の魂の流れを汲む忌まわしい魂を生み出すことなどとてもじゃないが容認できぬからな」
 もっとも…。

 一旦言葉を切って再び口を開く。
 少し間を空けたことにより、より次の言葉が強調される。


「そなた如き下賎な輩に『彼女の身体』をみすみす渡すくらいなら、『彼女の伴侶』に返す道を選ぶ。それにそなた如き愚昧が我に触れることなど到底不可能」

 目を細め、ギラリと光らせる。

「身の程を知れ」


 三人は、女帝のその言葉にハッと息を飲んだ。
 彼女が初めて『蔑みの言葉』を口にしたからだ。

 先ほど、バケモノ達に吐き出した言葉とはわけが違う。
 本物の嫌悪感が溢れている。
 表情こそは淡白そのものなのに…。

 それを男も感じ取ったのだろう。
 醜く顔を歪めると、歯を剥き出して怒りの形相になった。
 そう。
 もう既に、その顔は見知っている『通信兵』のものとは違う。
 唇の両端を吊り上げ、狂った笑みを作る。

「その言葉、この『ゾロボア』、忘れませぬぞ。必ずやアナタを妻にしてみせます」

 負け惜しみではない台詞。
 本気で女帝を狙っている狂人の言葉。

 三人と女帝は何も言わず、その男を見つめている。

 と…。


 女帝が顔を上げた。
『ゾロボア』と名乗った男からも、ミッションのメンバーからも分からない『何か』を感じ取った……そんな表情。

 ただ一点だけを見つめている。





「それは無理だな」





 突然その場に第三者の声が響いた。
 その声に、三人の頭がフリーズする。
 信じられない。
 その一言で尽きる。
 互いに顔を見合わせ、女帝の視線の先を追う。

 ゆっくり…ゆっくりと建物の廃墟からその人物が姿を現す。

「「「 !!!!! 」」」

 雲の切れ間から差し込む月光に照らされて現れたのは…。

「「 シュリ!? 」」「 大佐!? 」

 三人が同時に声を上げる。

 淡い微笑を浮かべた青年。
 見間違いようも無い、若きWRO隊員。
 そして、今回のシークレットミッションの…リーダー。

 三人は混乱した。
 まだ彼がミッドガルに到着するまで時間がかかるはず。
 その証拠に、シエラ号の姿は無い。
 他の仲間の姿も…ない。

 それよりもなによりも、三人が困惑したのは…。

 何故、そんなに穏やかにそこにいる!?
 何故、そんなに優しい目で女帝を見る!?
 それになによりも…。


 どうして眩しいほどに輝く純白の服を着ているんだ。


 白銀の絹糸で織られた上質の生地であつらえたかのような服。
 いつも、ベージュの隊服か、黒い私服しか見たことが無かったため、彼のその出で立ちに呆然とする。
 ゆったりと身に纏っているその服は、どこか神話に出てくる神々のようだ。
 違うのは、ウエスト部分にはちゃんとベルトが三重に巻かれてあり、スラリとした肢体を無駄にゆったりと覆っていないこと。
 元々、やや痩身な体型の彼に対し、程よいゆとりを持たせた服。
 純白の上着に純白のパンツスタイル。
 そして、膝下からあるブーツは白銀に輝いている。

 どこからどう見ても、常の彼からは想像出来ない。


「もっと時間がかかるかと思っていました」


 シークレットミッションの三人と『ゾロボア』と名乗った男が驚いて女帝を見る。
 先ほどまでとは一変し、親しい人に語りかけるような、柔らかな口調。
 表情は相変わらずマネキンのようなのに、纏う雰囲気がまるで違う。

 赤い瞳はシュリしか見ていない。

「ここまで無茶をするとは…」
「ちょっと間に合いそうにないからな。仕方なかった……」
「それにしても、無茶しすぎじゃないんですか?」
「まぁ…な」
「いつまで経っても、本当に無茶なことばかりするんですね」
「そうか?」
「そうですよ」

 少し呆れたような女帝にシュリが困ったように笑う。

 言葉の端々に感じるシュリの温もり。
 それを当然のように受け止める女帝。

 シークレットミッションに携わる三人は混乱を極めた。

 ミコト様が敵であると言ったのは、他でもないシュリ。
 それなのに、こんなに親しげにお互いが言葉を交わしている。
 穏やかに語りかける女帝にも驚かされる。
 急に『人形』が『人間』になったような…そんな感じを抱かせる彼女の変化に、全くついていけない。

「それで…?」

 小首を傾げる女帝に、シュリは微笑みで応える。
 これまでに見たこともないほど温かな笑み。
 彼女のことが大切で……、可愛くて……、愛しくて仕方ない。
 そう…言っているような…笑み。

「やっぱり、私の邪魔をしにきたんでしょう?」
「まぁな」
「そんな姿になってまで邪魔を?」
「まぁな」



「永遠に私の味方だと言ってくれたのに?」
「だから邪魔するんだよ」



 噛みあっている様で噛みあってない会話。
 衝撃過ぎるその内容。
 敵であるはずの女帝。
 それなのに、『永遠に味方』だと約束を交わしていた仲。
 これだけのやり取りでは、二人が一体どういう関係なのかさっぱり分からない。

『味方』だと言いながら彼女の邪魔をするという青年の本意が分からない。

 自分達を欺いていたのか?
 星を救うためにミコト様を斃す。
 そう言っていなかったか?


 いや。


 ヴィンセントはこれまでのシュリとのやり取りをザッと振り返り、一つの事実に気がついた。

 シュリはこれまで一言も『ミコト様を斃す』とは言っていない。
 星を救うために世界をめぐり、星を活性化させる…とは言っていた。
 星を滅ぼそうとする闇の化身が『ミコト様』だとも…言っていた。
 だが。

 一言だって、シュリは『ミコト様を斃す』とは言っていない。
 闇を消し去るとは言っていない。

 呆然と二人のやり取りを見つめている四人の目の前で、シュリはゆっくりと右腕を上げた。
 孤を描くようにゆったりと持ち上げたその右腕が、月明かりのせいかキラキラと輝いて見える。

 いや。
 違う。
 月明かりのせいじゃない。

 頭上にまで持ち上げたその手をシュリが勢い良く振り下ろす。
 四人は息を飲んだ。
 何も無かったはずのその手に握られていたのは、白銀に輝く大剣。
 諸刃のその剣は、月光を受けてキラキラと輝いている。

 どこから出したのかまるで分からない。
 分からないが……。

「なんだ…あの『気』は…」

 震える声でヴィンセントが呟く。
 シュリの手に現れた剣から、ほとばしる清浄なオーラに驚愕する。
 まるで意志を持っているかのようなその剣。
 白銀を溶かし、月光によって力を得たかのように思える見事な剣は、シュリの存在を儚いものに見せて、三人の胸に不吉な影を落とした。

 そんな三人にシュリは突然現れたその時から一度も視線を流さない。
 漆黒の瞳は、女帝しか映さない。
 まるで、彼女以外、なにもここにはない、と言わんばかりに…。


 ゆっくり…ゆっくり……。
 シュリは剣を持ち上げる。
 剣の切っ先を真っ直ぐ女帝に向けて…。

 女帝もそれを当然のこととして受け取り、見つめていた。

 そして、先ほどシュリがしたと同じ仕草をする。
 すなわち、右腕をゆっくり弧を描くように持ち上げて…、勢い良く振り下ろしたのだ。

 手には…シュリの剣とは真逆に輝く漆黒の大剣。
 刀身が少し反った形になっているその剣は、シュリのものとは違って片刃。


 ゾクッ!!


 三人は総毛だった。
 女帝の手に現れたその大剣から放たれる禍々しい気に、吐き気を感じるほどだ。

「なんてぇ、代物だ…」

 バレットが半歩退く。
 触れたら、心が真っ黒に侵されてしまう。
 魂の全部が闇に取り込まれる。
 そう思わせるほどの禍々しさ。

 シュリの手にある清浄なオーラと比べると、禍々しいゆえか、シュリのそれよりも…。


「 …… 」


 言葉には出来ない。
 口にしてしまったら現実になってしまいそうで、三人とも黙り込む。
 ただ黙って、二人の姿を目に焼き付けた。

 微笑を浮かべたまま女帝に剣を向けるシュリ。
 同じくゆっくりと剣を持ち上げ、その切っ先をシュリに向けた女帝。

 一瞬の静寂。

 英雄達の本能が危険を察知する。
 ヴィンセントは反応の遅れたラナの身体を横抱きにして後方に飛んだ。
 バレットも慌ててそれに倣う。


 ガキーン!!!


 剣が交わった音と共に、爆風が巻き起こる。


 爆風をギリギリで避け、バレットとヴィンセントはどこかぼんやりとしているラナをそっと地面に下ろすと、改めて斬戟を繰り返す二人を見た。

「「 !? 」」

 月光に照らされたシュリ。
 その背には……片翼。
 たった今まで無かったその見事な右の翼。
 白銀に輝くそれは、まるで…。

「セフィロス……!」

 ジェノバ戦役で最後に闘ったときのセフィロスのような…片翼の天使。
 月明かりに照らされて輝くそれが、どこか酷く儚く、脆く感じられる。

 三人は二人の戦いの凄まじさにただただ圧倒し、気付かなかった。
 いつの間にか元・通信兵の姿が無いことと、代わりに近付いてくる者がいるということに…。

 そして。

 月光しか照らすものが何も無かった廃墟に、淡い光が少しずつ…少しずつ、大地から滲み出るようにして現れてきたことに…。



 星が……動く。





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