深夜の荒廃したミッドガルに、剣戟の音が響き渡る。
 夜気を切り裂いて響くその音は爆風を呼び、その場にいる者達を風圧だけで傷つけんばかりだ。

 爆風に晒されながら、ヴィンセントとバレットは爆風で足元を取られがちなラナを庇いつつ、クラウドとティファのクリスタルへと近寄ろうとした。

 ゆっくり、ゆっくり…。

 少しでも大切な仲間の力になるために。

 もう…大切な人を失わないために…。





Fairy tail of The World 65






 ― クラウドは…本当は…ずっと、ずっと… ―

 違う!!

 ティファの意識の溶け込んでからというもの、クラウドは必死に戦っていた。
 ティファの意識の中で繰り返されている衝撃のシーン。
 公園でのサロメとのやり取りが、まさかこんな形で見られているとは思いもしなかった。

 ティファ!
 ティファ、違うんだ!そうじゃない!!

 ― クラウドは、優しいから…だから、自分からは彼女のところに行けないね… ―

 ティファ!
 俺は一度だってエアリスを異性としてティファ以上に見た事は無い!!

 ― クラウド……クラウド…… ―

 ティファ、俺はここにいる。
 お願いだから…もう一度チャンスをくれないか?
 どうしてあんな所でサロメに会っていたのか、ちゃんと説明するから!
 俺が一生傍にいて、人生を歩いて行きたいと思ってるのはティファだけだから!
 だから…!!

 ― クラウド……………会いたい…… ―

 ティファ…?

 ― ……どこ…、クラウド……?会いたい…会いたい…! ―

 !?


 ティファの意識に入り込んでどれだけの時間が経ったのかさっぱり分からない。
 分からないが…、一方的だったクラウドの呼びかけに、彼女が応えるような反応を示した。
 初めての…手ごたえ!
 クラウドは必死に握り締めているティファの左手へ更に力を籠めた。

 ティファ、ここにいる…。
 俺は…ここにいるから…。
 だから…お願いだから……。
 目を開けて…。
 俺を見て…!




 一方。
 必死になってティファの闇と戦っているクラウド達へと近付こうとしている仲間達を取り巻く環境にも変化が訪れていた。

 それも…。

 悪い方向に…。


 爆風に紛れて、異臭が漂ってくる。
 それに最初に気付いたのはヴィンセントだった。

 異臭…というよりも……腐臭。
 生き物が腐った臭い。

 背筋をゾワゾワしたものが這いずり回る、そんな感触がする。
 それなのに、心の中はやはりシュリが現れる少し前から感じていた安堵感がしっかりとあった。
 それが一体なになのか未だに分からない。
 分からないが…。


「バレット!!」


 大声を上げて仲間に注意を促す。

 バレットが『それ』に気付くより早く、近くにいたラナがバレットの背中を蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばすと同時に、自身も地面に身体を投げ出す。

 二人の身体ギリギリ上を、『それ』が猛スピードで通過した。
 通過すると同時に、鼻を覆いたくなるほどの腐臭が襲った。

 ギョッとして通過した『それ』を見る二人と、駆け寄ったヴィンセントは固まった。


 先ほど女帝自ら消し去られたバケモノ達を腐らせたような、醜悪極まりない『モノ』。

 地面に着地した『それ』は、ベチャリ…、というゾッとする音を立ててユラユラと揺れている。
 ダラダラと口元からこぼれている液体は、ドロリと垂れ、とてもじゃないが触れる気にはなれない。
 触れたらそこから身体が腐ってしまいそうだ。

 あまりの醜悪さにバレットとラナは金縛りにあったように身動きが出来なくなった。
 その二人を庇うようにヴィンセントが銃を構え、発砲する。


 乾いた銃声。
 上がった断末魔。


 それらに鼓膜が刺激され、二人はハッと我に帰った。
 そして再びギョッとする。


「クラウドさん!」「ティファ!!」


 悲鳴のような叫び声を上げながら二人共銃を構えると同時に発砲した。

 二人を包んでいるクリスタルに、バレットを攻撃したような『バケモノ崩れ』が群がろうとしている。
 どこから現れたのか、疑問に思う間もない。

 まるで…ゾンビだ。
 いや、ゾンビそのもの。

 一体…というべきなのか、一頭…というべきなのか。
 斃すごとに上がる身の毛もよだつような絶叫と鼻をつく腐臭。
 豪胆なバレットやヴィンセントでさえ、吐き気をもよおすほどた。
 ゾンビは崩れかけた身体を引きずるようにフラフラと地面で揺れている。
 かと思えば、信じられない跳躍力、俊敏力で襲い掛かってくる。
 全く気が抜けない。
 休む間もなく発砲し、大地を蹴って跳躍する。
 ミッドガルの崩れた建物の上に降り立つまでの滞空時間の間も、降り立った後も休む間もなく発砲し続ける。
 弾の装填時だけが発砲しない瞬間。

 弾の予備は沢山持ってきていた。
 だが、それがあっという間に減りつつある。

 ゾンビの攻撃をかわし、地面を転げながら反動で起き上がって再びクリスタルに向かう。
 三人は必死に戦った。
 息が上がって激しく肩が上下する。
 それでも諦めなかった。
 こんな風に後から後から沸いてくるバケモノを相手に気が萎えないのは何故?と、問われれば、どう答える?

 勿論クラウドとティファを助けたいから。
 星を救いたいから。
 そして……なによりも上空で戦っているシュリがいるから。

 どうやってここに来たのか謎だが、確かにシュリはここにいて、女帝と戦っている。
 戦っている理由も……正直分からない。



 ― 永遠に味方だって言ったのに? ―
 ― ああ、だから邪魔するんだよ ―



 二人はどういう関係なんだろう。
 気を抜く事無く必死にゾンビから身を守りつつ攻撃して…。
 それでも湧き上がる『疑問』。
 だが、『疑惑』にはならない
 シュリは……闘っているから。
 全身全霊込めて闘っている。
 星の為に……かどうかはもう分からない。
 もしかしたら、全部今日までのことは女帝と対峙するために彼が自分達を利用したのかもしれない。
 だが、それでも結果的に星が救われるなら…それでいい。
 それに、シュリは……もう。


「仲間、だからな!」
「え…?」

 自分の心の中を読んだかのようなタイミングでバレットが大声でがなった。
 ラナはギクッと身を強張らせると、バレットを見る。
 バレットは上空を見上げていた。

 月を背景に空を舞う二つのシルエット。

 一人は片翼。
 もう一人は双翼。

 月を背に負い、闘う二人。
 闘っているシュリに向かってバレットは叫んでいた。
 ゾンビを斃しながら、ヴィンセントも口元を緩める。

「ああ、仲間だ」
「シュリ!!お前は俺達の仲間だ!!だから、だから……負けるんじゃねぇぞ、この野郎!!!!」

 二人の声は届いただろうか?
 届いていて欲しい。
 いつも一人で何でもかんでも背負い込み、自分を責めていた…上司。
 いけ好かない上司。
 その上司が、今、死闘を繰り広げている。
 先ほどから剣戟の音が絶え間なく響いている。
 それに伴い、爆風も。
 そう。
 二つの剣が合わさる時に起こるこの爆風。
 とんでもない力を持つもの同志がぶつかるとこういう現象が起きるものなのだ…。
 ラナは、迫るゾンビを一体一体斃しながら、どこか冷静に考えられる部分が残っており、そんなことを思った。

 何度目かの装填。
 クリスタルに群がるゾンビ共をなんとか排除しようと躍起になっていたが、ふとラナはある事に気がついた。

 自分達残りの弾丸があと僅かになっている。
 そう…弾丸が減っている。
 減っている…ということは…。

「私達の攻撃が…効いてる…」
「「 !! 」」

 ラナの呟きは英雄二人に届いた。
 そして衝撃の事実にようやく気付いて驚きを隠せない。
 鋭く息を吸い込んで慌てて周りを見渡す。

 そこで…気付いた。

 地面が薄っすらと光っている事に。
 光の色は……命の色。
 ライフストリームと同じ色。

「大地が……」

 ヴィンセントの呟きに、ラナとバレットはハッとそれに気付いた。
 胸が…熱くなる。
 そう。
 星が動き出した。
 シュリの儀式が星に通じたのだ。
 星が…応えた!!

 希望が胸に宿る。
 疲れた身体に再び力が戻る。

 何故、女帝を前に…、あの元・通信兵を前に穏やかな…守られているような安堵感を感じていたのかやっと分かった。
 星が動いたからだ。
 やっと…やっと、星が応えたからだ。

 次々襲い掛かってくるゾンビは相変わらずその勢いを保っている。
 だが、気持ちに大きな余裕が出来た。

 勝ってみせる!
 守ってみせる!

 三人は疲れた足に力を込めて、クリスタル目掛けて疾走した。




「本当に私の邪魔を止める気は無いんですか?」
「ない」

 度重なる斬戟。
 寄っては離れ、離れては寄って…。
 幾数回かの攻撃の際、女帝がフッと投げかけたその問いに、シュリは即答した。
 だが、その目はやはり優しい。
 見つめ返す紅玉の瞳は相変わらずガラス細工のように冷たく光っている。

 刃を返して女帝の大剣をねじり取ろうとするが、それをあっさりかわし、逆に突き刺されそうになる。
 宙返りをしてそれをギリギリでかわし、ピタリ…、と空中で身構えた。
 羽ばたき一つしないまま、宙を自由自在に踊る二人は、月光の元でしか生きられない妖精のようだ。
 禍々しいはずの女帝ですら、月明かりの下では儚く、脆く……そして美しく見える。

 そんな彼女と変わらないほど、シュリも儚く、脆く……美しかった。

 瞳はどこまでも温かなままなのに、攻撃は一切手を抜いていない。
 むしろ、女帝に押され気味な感は否めない…。
 華奢な身体からは想像も出来ないような鋭い攻撃に、段々防御にばかり回っていく。
 だが…それでも穏やかな瞳は揺るがない。

 何かを待っているのか…?
 それとも……このまま、女帝に殺されることを望んでいるのか…?

 シュリは薄っすらと笑みを浮かべていた。
 どこまでも穏やかな……笑み。



「大佐……」

 群がるバケモノ達の攻撃をかわし、発砲しつつラナの意識は上空を舞う年下の上司に向けられていた。
 自分の身も危ないのに、己の身の安全よりも年下の上司の方が心配でならない。

 ドクン…ドクン…。

 激しい運動による動悸とは明らかに違う。
 不安で押しつぶされそうになるのは……何故?


「ザックスさん…、エアリスさん……」


 トリガーを引きながらいつの間にか呪文のようにその名を口にする。
 シュリと魂の契約をしたという二人の守護者。
 この命がけの戦いに主が対峙しているというのに、未だにその姿を現さない二人。
 シュリが二人の出現を許していないせいかもしれない。
 もしかしたら、他になにか理由があるのかもしれない。
 だが、この二人がこの場に現れてくれたらきっと、シュリの力になってくれるのに。

 そう…、思わずにはいられない。

 腐りながら動く躯(むくろ)共を斃しながら、目指すのは闇に包まれたクリスタル。
 だが心はシュリに向かうのを止められない。

 ドクン…ドクン…ドクン。

 妙に…不安で胸が締め付けられる。
 誰か……誰か……!!

 心の中でひたすら助けを求めながら叫ぶ。
 声ならぬ声で叫びを上げる。
 叫びながら……バケモノ達を撃つ。

 引き金を一度引くたびに耳障りな断末魔が上がる。
 確実に足はクリスタルに近付いている。
 もっとも俊敏なヴィンセントがもうあと数十メートルにまで近付いているのが見える。
 その後を鈍足なバレットがヨロヨロしながら走っている。
 息が上がっているのだろう、上体が変に左右に揺れている。
 そのバレット目掛けて群がるバケモノ達。
 ラナは必死に発砲を繰り返しつつ巨漢の英雄を援護しながら、自身に牙を向くバケモノ達を撃ち払う。
 バレットの隙を狙うゾンビを撃つその手腕は相当なものだ。

 その時…。
 ラナは気付いた。

 ユラユラとクリスタルの闇色が薄らいでいくのを…。
 ティファの輪郭が徐々にはっきり浮き上がり、クラウドの左手がしっかりとティファの左手を握っているのが見える。
 二人共、微動だにしていないが無事なようだ。

 ヴィンセントのマントがひるがえり、激しく風にはためいている。
 だが、彼から発せられる安堵感はバレットとラナにも伝わった。
 心配していたゾンビの攻撃も二人にはまだ届いていなかったようだ。

 ヴィンセントが数発続けて発砲し、クリスタルに手をかけたバケモノを斃す。
 宙高く舞っていたヴィンセントがクリスタルの目と鼻の先に着地し、あと少し…!というところに来た時、『ソレ』は起きた。


 カッ!!と、地面が発光し、思わず三人は目を背けて顔を覆った。
 ゾンビ達も同じだったようだ。
 耳障りな奇声を発している。
 だが、相変わらず上空からの斬戟の音は鳴り止まない。
 二人の天使達には、地上で起こっている現象は関係ないかのようだ。


 シュシュシュンッ!


 空気が鋭く何かを吐き出した音。
 その音と共に、光の玉が地面から飛び出した。

 光の尾を引きながら宙に舞い上がったその二つの玉は、弧を描きながらヒュンッ!と地面に舞い落ちる。
 地に着くと同時にそれは人の形を取り……。


「ザックスさん!?」「「 エアリス!! 」」


 バスターソードを構えた青年と、ロッドをきつく握り締めているうら若い女性。
 二人の姿にシークレットミッションの三人は驚愕の声を上げた。
 ゾンビ達の濁った赤い目が二人に向けられる。


 シャーーーッ!!!


 声無き怒声。
 空気が洩れる音を口腔から発しながら、バケモノ達はザックスとエアリスに向かって突進した。

 眼光鋭くザックスはバスターソードを振り上げ……大地を蹴る。


「おおぉぉぉぉぉおおおお!!!!」


 青年の口から気合が声の固まりになって吐き出される。
 振り上げた大剣が一閃。
 バケモノ達が一気に数体まとめて霧散した。

 シュンッ!

 ロッドを旋回させ、エアリスは大地の力を一斉の解き放つ。
 幾筋もの光の筋が宙に舞い、上空高くまで舞い上がったかと思ったらそこから急降下した。
 次々にバケモノ達に突き刺さり、闇に還す。
 雄雄しく、力強いザックスの攻撃に対し、エアリスの攻撃は繊細かつ舞を舞う姫のようだ。
 二人の力は凄まじく、ヴィンセント達三人の実に何倍もの力を発揮した。

 圧倒的な力の差を見せ付けられた三人は、一瞬ポカンとしていたが、我に帰ると亡き仲間に感謝しつつクラウドとティファの下へと駆け寄る。




「あら…、良いんですか?」
「 ……… 」
「このままでは、アナタは…」
「俺がどうなろうと構わない…でも…」

 ゆっくりと剣を下げながら、シュリは悲しそうに呟いた。

「やっぱり…、お前をおいていくことは……出来ない…」
「私はアナタと一緒に死ぬつもりはありません」

 にべも無く言い放ったミコト様に、シュリはゆっくりと頭を振った。

「だろうな…」

 言葉を切ってそっと地上に目を落とす。
 クリスタルにヴィンセント達が到着し、必死になってクラウドを励まし、ティファの名を呼んでいる。


 シュンッ!!


 足元の光景に目を奪われている隙を突いて、ミコト様が一閃する。
 それを見もしないでシュリは僅かに体を開いて避けると、至近距離で彼女の顔を見つめた。
 彼女も…黙って…、静かに紅玉の瞳を返す。

 一瞬の……永遠。

 交錯した時間はほんの刹那。
 だが…、そこにあったのは、確かに憎しみでも…恨みでもない感情。

 シュリとミコト様は静かにその立ち位置を入れ替わると、再び宙で静止した。

 地上では、ザックスとエアリスの戦いぶりに星が呼応されたかのように、星の力が溢れ出てきている。
 それに伴い、ゾンビ達を生み出していた『闇』が押されてきている。
 明らかにゾンビ達が劣勢だ。


「良いですね、彼ら」
「そうだろ?」
「でも、アナタは良いんですか?」
「 ……… 」



「ハッ!!」
「はいっ!!」

 気合と掛け声。
 ザックスのバスターソードが光を帯びて闇を打つ。
 エアリスのロッドが弧を描き、クルクルと回されて星の力は彼女の意志通りに闇をなぎ払う。
 それは、心震える光景。
 その光景から視線をそらして、再び目の前にいる女性を見る。

「俺は……お前とアイツの幸せを諦められない…」
 悲しそうに微笑んだ青年を前に、彼女はゆっくりと片刃の剣の切っ先を地面に向けた。
「私もこの星の命を絶つことを諦められません」


 言い終わるか否か…。

 彼女の手首が鋭くしなった。
 放たれた剣を見てシュリの目が驚愕に見開かれる。

 放たれた剣の先にあるのは…。



ノーブル准尉!!!



 叫びながら急降下する。
 名を呼ばれて驚いて見上げた彼女のグレーの瞳とかち合う。
 その瞳に、急速に剣が迫る。

「あ……」

 洩れたその声がとても……か細くて…。

 鋭く吸い込まれた息は、彼女の隣にいたヴィンセントとバレットを振り返らせ……、固まらせるには十分だった。





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