「放して!放してください!!!」 リーブ達が荒野に倒れているグリートとシェルクに駆け寄った途端、グリートはすぐに目を覚ました。 そして、意識を取り戻した青年は、一・二度軽く瞬きをしたかと思うとガバッと跳ね起き、遠くに見える赤い炎を見て狂わんばかりになった。 「よせ、もう間に合わない!!!」 はるか上の上司であるリーブの制止を振り切り、大将であるスライに羽交い絞めにされて激しく身を捩る。 「お願いですから放して!!アイリ、アイリ!!!!」 ドスッ! 鈍い音がして、グリートの鳩尾に隊員の拳がめり込む。 羽交い絞めにされていたことによりまともにくらったグリートは、そのまま顔を歪めてズルズルと地面に倒れこんだ。 その直前に、大将がそっと肩に担ぐ。 未だに意識の戻らないシェルクをリーブがそっと抱き上げ、気まずく重い空気を身に纏ったWROの幹部達は、飛空挺に戻ったのだった。 Fairy tail of The World 68ガックン!! プシューッ…!!! 人体に影響を及ぼすような殺人的スピードで駆けていたシエラ号が、突如その動きを止めた。 床にへばりつくようにしていた乗組員達全員が、床を滑って壁やテーブル、機材に激突する。 艦長であるシドも例外ではなかった。 強かに背を打ちつけて苦痛に顔を歪める。 それと同時に、身体にかかっていた負荷から解放され、全身から一気に力が抜けた。 ドクドクと血管に血がハイスピードで駆け巡る音が大音量で聞える。 頭がクラリ…、としたが、数回頭を振ってゴツゴツと額を殴る。 「くそっ!今度は何だ…!?」 翳む視界に、赤いランプの点滅が映る。 シドはギョッとした。 緊急ハッチが開いた証の赤い点滅。 慌てて駆け出そうとし、ガクリと膝から力が抜けて転倒しかける。 持ち前の運動神経でそれを回避すると、フラフラしながらコントロールパネルへと向かった。 パネルの下では、クルーが蹲って呻いている。 過剰な負荷にすっかりやられてしまっている。 部下を踏まないようにパネルを操作し、監視カメラをハッチの内部と外部に切り替える。 映し出された映像にシドは絶句した。 「おいおいおい…!なんだよありゃ…!!」 シドの愕然とした声音に、フラフラしながらデナリが顔を上げ、同じく絶句する。 「…ミッドガルが……。それに…なんだあの大量の水は…!!」 「ま、まじかよ!!こっちに流れ込んで…!!…って、あれは…!?」 崩れゆくミッドガルの廃墟。 そのミッドガルのはるか上空にあるシエラ号目掛けて巨大な水柱がまるで意志を持っているかのように真っ直ぐ、迷う事無く向かっている。 そうして、あっという間に勝手に開いたハッチの中に流れ込んできた。 その大量の水の中に紛れている者に、シドとデナリ、意識を取り戻した数人のクルー達は絶句する。 こんな光景、ジェノバ戦役のときにもお目にかからなかった。 ホーリーを取り込みながら大地にめり込んでいくメテオをフッと思い出す。 だが、今回は違う。 突如湧き上がった大量の水が自分達の乗っている船に飛び込んできたのだ。 悪夢と思いたいその映像が、現実だという証拠のように、艦内が不可思議に揺れた。 まるで、水の上を走っている船のように上下左右に揺れている。 シドは血相を変えてハッチを閉めようとしたが、操作を全く受け付けない。 舌打ちをしながらキーを叩くシドの耳に、 「シドさん!あれを!!」 デナリの切迫した声が響く。 「あん!?なんだよ今度は……って………」 ハッチの内外部を映しているスクリーンの隣のスクリーンに映っているもの。 月を背景に夜空へ飛んでいく鳥と球。 違う。 背中に翼を持つ人と……巨大なマテリアらしきもの。 悟らずにはいられない。 「おい、あの変な奴を追え!!!」 ポカン…としているクルーに怒鳴り散らす。 ビクッと部下達が身体を震わせ、現実に帰ってきた。 慌てて自分達の持ち場に戻り、懸命に操作をし始めるが、やはりどのクルーの命令も受け付けない。 その代わりに、どんどん水が艦内に入り込んでくる。 シエラ号がバランスを崩して傾き始める。 「このままじゃ…墜落しちまう!!」 女帝と思しき怪しいものと、恐らくティファと思われる謎の球体を追う以前の問題だ。 自分達の命の方が危うい。 おまけに、 「艦長!!下から別のものが!!!」 クルーが更なる災難を告げる。 シエラ号の真下に広がるミッドガル。 崩れ行く広大なその大地から、闇の触手が次々とうねりながら伸び上がってくるではないか。 直感する。 今、ハッチに流れ込んでいる水よりも、真下から伸びている奴の方がヤバイ! だが、シエラ号は全く言うことを利かない。 恐らく、最後まで水を艦内に収めるまでは、コントロール出来ないだろう。 シエラ号を誰よりも知るシドの全身から汗が噴き出した。 その時。 「あれは……!?」 デナリの驚く声。 クルー達の息を飲む気配。 それらがどこか非現実的に感じる。 シエラ号に向かって伸びる闇の触手に立ちはだかる……人……。 人…と、言ってよいのだろうか? 何の機械にも頼らずに宙に浮ける人間など、いやしない。 だが…、浮いているその青年は良く知っている人間で…。 スッと青年が腕を突き出す。 直立不動の姿勢を崩さないで、腕だけ突き出す姿は、どこか……ガーディアンエンジェルのように神々しい。 パリパリパリ…。 そういう音が聞えそうだ。 青年の身体をエメラルドグリーンの細い稲妻が取り巻く。 闇の触手が肉薄する。 あと少しで青年が囚われる。 と…!! 青年は両腕を交差させて……鋭く振り下ろした。 カッ!! 眩い光がスクリーンから放たれる。 いや、正確には青年の攻撃から光が放たれたのだが、闇夜を映していたスクリーンにはその光はあまりにも強烈だった。 まるで、陽の光のようだ。 思わずシド達は顔を覆いながらスクリーンから目を背ける。 どれほどの時間が経ったのだろう…? 数分間かもしれない。 あるいは、たった数秒かもしれない。 瞼の向こうの光が薄らいだ気配に、そろそろと目を開ける。 スクリーンには、大地に沈んでいく廃墟が遠くに映し出されているだけだった。 どんどんその映像が遠くなる。 いつの間にか、シエラ号はミッドガルから猛スピードで遠ざかっていたのだ。 どこかで…誰かの声がする。 誰だろう……? ……ティファ? 浅い眠りの中、人の気配を間近に感じながらクラウドはゆっくりと意識を浮上させた。 完全に覚醒するまでの極々短い時間の中で…。 ティファが最後に見せた涙が脳裏に鮮明に蘇える。 「 !!! 」 ガバッと身体を起こすと、心配そうに覗き込んでいたデンゼルとマリンに危うくぶつかるところだった。 「「 クラウド!! 」」 「「「「「 !? 」」」」」 子供達が泣きそうになりながらしっかとクラウドにしがみ付く。 同じ部屋にいた仲間達が一斉にクラウドを見た。 子供達に抱きつかれても尚、暫くクラウドの動悸は治まらなかった。 汗が後から後から噴き出してくる。 ティファは…どうなった? ここはどこだ? 仲間達は無事なのか? どうしてあんなところにサロメが来たんだ? いや、普通に考えたらあんな場所にサロメが来れるはずがない。 では……夢だったのだろうか…? 色々な思いが頭をグルグルと回り、半分パニックだ。 そんなクラウドに、ヴィンセントがそっと…、だが少々力を込めて肩に手を置いた。 自然とヴィンセントを振り仰ぐ。 紅玉の瞳が、複雑そうにチラッと部屋の一点を見た。 そちらへ視線を移すと…。 「ルーファウス!?」 「久しぶりだな、クラウド。ようやくお目覚めか?」 ニヒルな笑みを口元に湛えた神羅の若き社長。 両隣に控えているのはお馴染みタークス四人組。 その四人が、どこか緊張気味にある一点をチラチラと盗み見ている。 怪訝に思いながら室内をグルリと見渡す。 子供達をしっかりと抱きしめながらゆっくり…ゆっくりと。 まず、自分が寝かされていたのがソファーだと知った。 そのソファーに対し、垂直に設置してされているソファーには頭を抱え込んで項垂れているラナとグリート兄妹にリリー、そして固く唇を結んだシェルクが腰を掛けていた。 自分の傍らに立っているヴィンセントの隣には、ウータイのお元気娘。 窓側にはシドとバレット。 その足元には…ナナキ。 そっと視線をドアの方に移すと…。 「あ…」 一人掛けのソファーには、怯えた顔をしているサロメ。 彼女の視線の先にいるのは…。 「ライ…!シュリ!?」 床に座り、片足を伸ばし、もう片方の足は膝を立てて壁に背を預けている紫紺の瞳の青年。 その青年の腕には、土気色のシュリが抱きかかえられていた。 まるで、誰にも触らせまいとするかのように…しっかりと。 「どこか具合の悪いところはないですか?」 静かな問いかけ。 クラウドは自分の驚きと反比例して冷静な青年に虚を突かれ、咄嗟に答えられなかった。 モゴモゴと口篭もっているクラウドを尻目に、赤髪のタークスが口を開いた。 「さぁ、約束どおり話して貰おうか…と…」 「そうですね」 いつもはおちゃらけた口調なのに、低い声音でまるで威嚇するようなレノに、クラウドは益々混乱した。 仲間達を窺い見ると、一様に奇妙な顔をしてプライアデスを見ている。 混乱。 その一言に尽きる。 そもそも、『説明』とは一体なんだ…? ティファはどうなった? 聞きたいことは山のようにあるのにどれひとつ言葉にならない。 大混乱のクラウドに紅玉の瞳を持つ仲間が、 「お前が目を覚ましたら今回のことについて全部話す…。そう言ったんだ…」 目を見開いてプライアデスを見る。 床に座ってシュリをしっかりと抱きしめている青年は、タークス達の猜疑の眼差しと、仲間達の困惑した眼差しを全身で受けながら、平然とそこにいた。 まるで、全く何も感じていないかのようだ。 妙に落ち着いた…というよりも、冷めた表情。 これまでこんな冷たい表情は見たことがない。 シェルクは複雑そうに眉根を寄せている。 彼女にとって、こんなにもプライアデスが冷たく、自分の周りに壁を作っている姿は、ジュノンで叔父夫婦と対面した時だけ…。 叔父夫婦はずっと、彼を蔑んできていた。 だから、プライアデスがあんなに頑なになっても仕方ない、むしろ納得出来ると思ったのに、今、自分達に対してまで壁を作っている彼が………哀しい…。 青年の従兄妹にとってもその感情は似た様なものだろう。 いや、むしろシェルクよりも強い疎外感…、悲哀感に苛まれているはずだ。 二人の兄妹は、黙ったまま頭を抱え、互いの頭部を寄せ合って項垂れている。 その姿は…胸を抉るものだった…。 「えぇ、そうだったんですが、こっちの用事の方が先に片付きそうなのでちょっと待ってて下さい」 プライアデスの言葉が終るか否か…。 荒々しい足音がしたかと思うと、ノックもなくいきなりドアが開いた。 呆気にとられて皆が見つめる先には…。 「「 ルーン叔父上に叔母上!? 」」 乱暴に開けられたドアに驚いて顔を上げた兄妹が目を見開く。 他のメンバーも、彼らの親戚であることに驚いて非難の言葉を舌先からグッと喉の奥に押し込んだ。 突然現れた叔父夫婦は、一瞬自分達に突き刺さる視線にたじろいだものの、直接血の繋がりのない甥と姪に気付き、眉を顰めた。 更には、直系の甥に気付き、妻の眉が釣り上がる。 「プライアデス・バルト!!」 「…落ち着け…」 夫であり、甥達の叔父である紳士は控えめながらも妻を制した。 だが、そんなもので引き下がる妻ではなかった。 シュリを抱きかかえて床に座り込んでいる甥にツカツカと歩み寄ると、胸倉に手を伸ばした。 「娘はどこ!?あの子はどこなの!?」 婦人の言葉に英雄、タークス、隊員達が顔を見合わせる。 だが、一部の人間は顔を強張らせた。 「医者が必要だと言ったわね!?どういうこと!?!?いないじゃないの!!!!」 ヒステリックな声が響く。 胸倉を強く揺さぶられながら、プライアデスは冷たい表情のまま、婦人のさせたいようにさせてやっていた。 「いないと…思います?」 「は…!?」 「本当に?」 「…っ!アンタという子は…!!私達をどこまでバカにすれば…!!」 甥の一言にカッと頭に血が上る。 片手を離し、思い切り振り上げた。 …が、その細い手首を夫が掴んだ。 婦人は噛み付かんばかりに夫を睨みつけ、怒鳴りつけようと口を開いた。 「叔母上……本当に分かりませんか…?」 冷たい声音。 婦人は怒鳴る機会を逸した。 その声音に、英雄とタークス達の背筋に悪寒が走る。 ゾワゾワする不安と不快感。 一方、苛立ちながらも黙ってプライアデスを見つめ返した婦人は、流石に気付かずにはいられなかった。 気に入らない甥ではあるが、なんの理由も無く『意味深なメール』をしてくるほど愚かではないと。 夫を見る。 夫は、大きな戸惑いの中に放り込まれているようだった。 その視線の先には…。 「プライアデス。アナタ、まさかこのお嬢さんが…」 震える声でそう問う。 夫は相変わらず何も言わない。 そして、注目されている茶色の髪と深緑の瞳を持つ女性は、椅子の上で益々怯え、顔を背けていた。 ジッと……見つめる。 「ふざけないで頂戴」 震える声は……気位の高い貴婦人から…。 「この子は……私達の娘じゃない…。どこも……似てないじゃない!!」 怒りに満ちたその台詞に、グリートとラナがギョッとしてプライアデスを見る。 子供達も同様だ。 プライアデスの従兄弟にはこれまでに一度だけ会ったことがある。 非常に……いけ好かない人だった。 金髪で……けばけばしい化粧をした美人。 決して目の前にいる、エアリスに似ていると言える様な人じゃない…!! プライアデスは怯えきっている女性に静かな……、だが、確かな怒りを込めて口を開いた。 「分かってるだろうけど、闇と取り引きしたからにはそれ相応の報いを受ける」 ビクッ! 身体を震わせ、青ざめた顔を青年に向ける。 初めて、彼女はまともに青年を見た。 「やめて…」 「キミのしたことは絶対に許されないし、許さない」 懇願するサロメを無視し、冷酷に口を開く。 「ここにキミの居場所は無い」 「お願い……許して…!」 「自分のあるべき場所に帰れ」 「イザベラ・ルーン」 耳を劈く(つんざく)悲鳴。 何かが床に倒れた音。 そして…。 肉の焼ける臭い…。 一瞬、その場の全員が硬直した。 目の前でのた打ち回って苦しんでいる女性が、徐々にその姿を変えていく。 茶色の髪が金色に変わり、顔の輪郭も、腕も、脚も、別のモノに変わっていく。 中でも全員が目を見張ったのは、両手で顔を覆ってのた打ち回っている彼女の顔から立ち上る…薄紫色の煙。 間違いようも無い。 肉の焼ける臭いと…焼ける音が彼女からしているのだ。 我に返ったヴィンセントがいち早く駆けつける。 次いでツォン。 だが、のた打ち回って暴れ、苦しむ彼女に手が出せない。 駆け寄ったは良いが、途方に暮れて見守るしかなかった。 クラウドは真っ青になりながらも、子供達を咄嗟に胸に抱きしめていた。 サロメ…、いや、イザベラの悲鳴からはどうやっても子供達の耳を守ってやれない。 せめて彼女の苦しむ姿を見せないようにきつく抱きしめる。 「大丈夫ですよ、顔がただれるだけで死にませんから」 クラウドに抱きしめられている子供達以外の全員が…。 冷たい言葉を平然と発した紫紺の瞳を持つ青年を振り仰いだ…。 |