「本来、祭りとは星に還った魂の循環を円滑にするため、『三職種』のセトラによって行われて来ました」

 腕の中の青年をきつく抱きしめながらプライアデスは唐突に口を開いた。
『セトラ』という言葉に、神羅に属する者とジェノバ戦役の英雄、WROの隊員達がピクリ…と反応した。






Fairy tail of The World 70







「シュリが宴を開いたのを見た人は…?」

 青年の問いかけに、シド、バレット、ナナキ、ユフィの四人がハッと顔を見合わせた。
 シュリが起こした信じられない光景。
 あれこそが、プライアデスの言っている『宴』なのだろうと、容易に想像がつく。
 顔を見合わせたものの、自ら名乗り出ることも出来ず、戸惑いながら顔を伏せたりプライアデスを見つめる英雄達に、青年はフッと目を細めた。

「そうですか。その時、『楽(がく)を奏でる者』と『舞を舞う者』はいましたか?」

 四人はおずおずと首を縦に振る。
 確かに、驚くべき光景の中で、シュリを筆頭に楽器を奏でる者と、美しい舞姫が現れた。
 四人以外の人間は、訝しそうに…、困惑に顔を顰めている。
 特に、タークスの面々とリリーはそうだ。
 プライアデスのいわんとしていることが何かさっぱり分からない。
 それでなくても、青年の行った非道な行為に警戒心が煽られている。
 リリーは終始身を縮こませ、タークスはいつでも発砲出来る様に銃に手を伸ばしていた。

 緊張感漂うその中で、プライアデス一人が飄々と床に座っている。

「では、その宴に『歌を歌う者』はいましたか?」

 プライアデスの言う『宴』に参列しなかった者は勿論、参列したバレット達もキョトンとする。
 青年の言う『歌を歌う者』が何を表しているのか分からない。
 いや、分かるのだが…、『歌』を歌っている者は……いなかった気がする。
 戸惑う面々に、青年は土気色をしている腕の中の青年の頬を一撫でした。

「いなかったでしょう?……いるはずないです……」

 打ち沈んだ声で自嘲気味にそう言った。

 いなかったと分かっているのに、そう質問する意図が分からない。
 その疑問を口にする前に、プライアデスはフッと遠い目をした。

「『楽を奏でる者』『舞を舞う者』はセトラの中でも力ある者のみがその任に就くことが出来ました。その数はその時々によって変化してましたが、必ず二名以上いたことは確かです。しかし、『歌を歌う者』はたった一人しか存在しませんでした」


「『歌を歌う者』は、『言霊師』と『楽師』それに『舞師』の力を持つ者でしかなれませんでしたからね」


 全く…何を言っているのか分からない。
 ルーファウスが何か言いたそうに椅子の上で身を捩じらせたが、結局は座りなおした。
 自分がまだ求めて止まない『約束の地』に関して話しが聞けると思ったのか…それとも、もっと別の何かからなのかは分からないが、常の高圧的な態度はなりを潜めている。
 一方、ジェノバ戦役の英雄達も、一様におどおどと立ち竦んでいた。
 聞きたいことは沢山ある。
 それを、青年が話してくれようとしている。
 しかし、いきなり突拍子も無い話しになってしまって頭がついていかない。
 何より、これまで知っている彼からはほど遠い雰囲気と態度に困惑しきりなのだ。
 そんなことには全く頓着せず、プライアデスは口を開いた。

「『歌を歌う者』は、男性の場合『歌の君』、女性の場合は『歌姫』と呼ばれていました。彼らはその時代にたったひとりしか現れない貴重な存在で、セトラの中でも重宝されていました」

「文字通りセトラの『宝』であり、『誇り』の象徴だったんです」

 ふぅ…。

 軽く溜め息をつく。

 物憂げなその表情に、何故か胸が痛む。
 クラウドは、子供達を胸に抱きしめたまま、無言で青年の次の言葉を待った。
 他の面々も口を挟む事無くジッと待っている。

「セトラは…『星の声を聞く者』として古来より、『星の脅威になる存在』と戦ってきた種族でした。どこから敵が飛来し、どのような攻撃を仕掛けるのか…、それを星から聞いて戦う…命を守護する一族だったんです」


 ドックン。


 鼓動が高鳴る。
『星の脅威になる存在』『飛来』という言葉。
 それはまさに、約二千年前に強襲した…ジェノバそのもの。
 ジェノバ戦役を直接見ていないリリーやノーブル兄妹ですら身を硬くする。


「『ジェノバ』がこの星にやって来る少し前…、星はしきりに警告していました。やって来る脅威があまりにも大きく、恐ろしいものだと感じ取っていたのです」

 ギュッ。

 シュリを抱く腕に力を込める。
 そんなプライアデスに数名の英雄がハッとした。
 だが、何も言わない。
 水を差さずに、青年の説明をじっと待つ。


「星はこう言いました。『やがて来る脅威は、これまでのものとは比べ物にならない。故に、これまで以上に結束を固め、やって来る脅威を迎え撃つ必要がある』……と」


 紫の瞳が遠くを見ている。
 遥か過去か…それともこれから来る未来か…。
 今ではないどこかを見ているその瞳に、全員が釘付けになった。


「セトラは……」

 ゆっくりとプライアデスは言葉を紡ぐ…。





 星の声を聞く唯一の種族であるセトラ。
 彼らは類稀なる魔力を有する者達だったという。
 その中でも、特に秀でた力を持つ者が、『宴』を開く際に役目を果たすことが許された。
 その力があるかないか、それはたった一目で分かったと言う。

 銀髪で深緑の瞳を有する者。
 そして、何よりも魂の力を雄弁に証するものが……白銀の双翼。

 白銀の双翼は、魂の大きさによって異なった。
 大きかったり、およそ翼と呼べないような『翼の名残』しか持たなかったり…。
 しかし、たとえ『翼の名残』であったとしても、何かしらの形を背に持つ者は一族の誇りとして称えられた。
 通常のセトラは、星の声を聞くことは出来ても、『宴』を執り行う力が無かったからだ。

 セトラは『選ばれし者達』によって『宴』を開き、魂の流れを円滑にするという重大な役目を担っていた。
 それが、後々の『約束の地』という件になる。
『約束の地』にて『祭りを行う』ことが儀式での最重要ポイントだった。
 その時代、その時代で『約束の地』は場所が違っていた。

 最初、セトラは純粋に星の声を聞けることを喜び、星の喜びを己の喜びとして一心にその務めを果たしてきた。

 だが、セトラは長い年月をかけ、忘れてはいけないことを忘れてしまった。


 自分達も、命の一つなのだということ。
 自分達は『支配者』ではないのだということ。
 命の一つとしての役目を果たしているのだということを…。


 セトラは……。


 慢心した。


 セトラは、一般の人間と比べて『力がある』だけで、決して人間でないわけではない。
 セトラも……ただの人にすぎないというのに…。


 驕り高ぶった人間が辿る軌跡というものは、どの歴史を見ても大差ない。
 即ち……一瞬の栄華と、目を覆うような…没落。
 没落に至るまでには凄惨な出来事があり、人々の血と涙、恨みと苦しみ…、拭いきれない悲しみで溢れている。

 星が警告した『ジェノバ』の襲来と共に、もう一つ星はセトラにしきりに訴えていた。


 驕るな…と。


 だが、それを聞き入れられるほど、セトラを治めている長老達の心は柔らかくなかった。
 むしろ、心は頑なになっており、都合の悪いことは黙殺した。
 即ち、都合の悪い部分は無視したのだ。
 自分達がいなければ星が正常に機能しないと信じきった末の…愚行。

 そうして長老達は、星が決して望まぬことを、『選ばれし者達』への規則として立ち上げた。


 ― 選ばれし者は、選ばれし者以外での婚姻を認めぬ ―


『選ばれし者』同士が結ばれ、子をなした結果、同じ様にその子が『選ばれし者』である可能性が高かったということが一番の理由だった。
 そして、その力をもっと確固たるものとし、セトラを本当の意味で星の主導者にしようと画策した。

 当時から、セトラは普通の人間の僅か数パーセントの人数しかいない少数民族だった。
 それなのに、当時の人間はマテリアで魔法を使う力が現代とは違い、その術を持っていなかったため、セトラが周期的に普通の人間の里や村に赴いてモンスターを退治していたのだ。
 勿論、それは星からの要請を受けて…である。

 どこの村にどのモンスターがいて、どれほどの被害が出ているか…。

 星からの正確な情報を元に、セトラは戦いに赴いた。
 その戦いに勝利し、ひと段落した際、セトラの戦士達は必ず『祭り』を行った。
 それは星への勝利の報告と、モンスターによって命を落とした魂がちゃんと星と一体になり、いつの日かまた星の上に生まれてくるための大切な儀式。

 セトラは……ますます驕り高ぶった。
 自分達がいないと、この弱い人間達はモンスターと戦うことすら出来ずにエサになるだけ。
 星自身でさえも、自分達がいなければ、循環が滞り闇に支配されてしまう…と。

 だが星は……セトラを見限り始めていた。
 その為、既に次の準備に入っていたのだが、それをセトラには告げなかった…。
 ある数人のセトラ以外には。





「何故、お前がそんなに詳しい話を知っている」

 話の腰を突然折ったのは神羅の若き社長。
 瞳はランランと光り、ことの重大さに猜疑心よりも好奇心が渦巻いている。
 青年の話すことが本当なら、神羅の次の目的として青年を利用出来る。
 その目が雄弁にそう語っていた。
 それをツォンがそっと視線でたしなめる。
 愚かな先代の同じ轍を踏ませるわけにはいかない。
 それに、この紫紺の瞳を持つ青年は非常に…危険な香りがする。
 だが、ツォンの制止など吹き飛ばすほどの殺気が突如、部屋を飲み込んだ。
 話の大事な部分で口を出したルーファウスに苛立ちを感じた英雄達でさえも飲み込むような…殺気。

 息をするのも苦しいほどの圧迫感。

 ルーファウスの顔から血の気が引く。
 紫紺の瞳が針のように細められ、真っ直ぐ神羅の社長を睨みつけていた。


「僕の話を最後まで黙って聞く気が無いなら話しません」
「 ……… 」


 まるで、蛇に睨まれた蛙の状態だ。
 ピクリとも動けない。
 それも、ルーファウス以外にも、イリーナやユフィと言った女性陣。
 それに、彼を良く知る従兄妹。
 リリーに関しては、もう目を開けたまま失神状態だ。

 英雄達は彼の劇的な変化に気圧されながらも、胸に巣食っている猜疑心が急速に大きくなっていくのを止められない。

 目の前の紫紺の瞳を持つ青年が、本当に『プライアデス・バルト』本人なのか?
 それとも、ゾロボアと名乗った通信兵のように、身体を乗っ取られているのでは…!?

 だがしかし、その疑問を口にすることは憚られた。
 彼は、今、本当に大切なことを話そうとしている。
 その話の内容如何(いかん)によっては、ティファを救えるかもしれないのだ。

 クラウドを始め、短気なバレットとシドでさえ、グッと唇を噛み締めて青年の話の続きを待った。


「聞く気、あるんですね?本当は、こんなところでのんびり話をしていられるほど暇じゃないんです。一分一秒が惜しいんですから…」

 言葉を切ってルーファウスをはじめ、タークスの面々を睨みつける。


「今度話の腰を折ったら、それ以上話しません」


 ルーファウスはぎこちなく頷いた。





 セトラがモンスターを駆逐し、その土地に平安が戻った際に行われる勝利の報告を兼ねた『祭り』。
 その儀式には、『歌を歌う者』は同席していなかった。
 勝利の報告を兼ねた『祭り』は、簡略的なものであり、大々的な『儀式』ではなかったからだ。

 その時代、その時代に一人しか生まれない『歌を歌う者』。
 むしろ、不在の期間が多い貴重な存在は、セトラの集落から出ることを禁じられていた。
 非常に大切に大切に育てられ、一種の現人神(あらひとがみ)のように扱われていた。

『歌を歌う者』が儀式で活躍するのは一年に一回。
 それこそが、闇を浄化し星の循環を良くする儀式。
 それまでの間、『歌を歌う者』は豪勢な鳥かごの中で、偽りの幸せを与えられていた。

 外の世界から隔離されて、あたかも自分の目に見えるものが世の全てであるかのように育てられ、養われた『歌の君」と『歌姫』。

 彼らの魂は非常に強大で、その翼は神々しかったという。

 誰もが彼らに媚びへつらい、外界からの接触を断ち、自分達の都合の良いように扱おうとした。
 どの時代の『歌を歌う者』達は一様に心が純粋で…穢れの無い魂をしていた。
 そうでなくては、恐らく儀式で一番重要な役目は果たせないのだろう。
 だが、だからこそ常に権力争いに知らない間に巻き込まれ、良いように利用されていた。
 彼らは…何が悪くて何が正しいのかを知ることが出来なかったから…。
 星でさえも、彼らには綺麗なことしか教えなかった。

 星のその弱い部分が、後々の悲劇へと繋がる。





「自分達の私利私欲を追求し始め、腐りきったセトラにある日、双子が生まれたんです」
「双子…?」

 訝しげに誰かが呟く。
 プライアデスは軽く頷いた。

「えぇ。兄と妹の双子」

 少しの沈黙。
 そしてハッと鋭く息を飲む気配。

 プライアデスがしっかりと抱きしめて放さない青年と、抱きしめられたままピクリとも動かない青年を改めて見る。

「それが…シュリとミコト様…か?」
 クラウドが掠れた声で問いかけた。
 フッと目をクラウドに流し、プライアデスはゆっくりと頷いた。

「えぇ、その通りです」
「「「「「 えええ〜〜〜〜〜!?!?!? 」」」」」

 室内が驚愕に揺れる。

 クラウドにしっかりと抱きしめられていた子供達ですら、ガバッと身体を離して目を見開いた。

「じゃ、じゃあ……」
「シュリ…って……」


「人じゃないの?」


 ガックシ。

 ユフィの間の抜けた最後の言葉に、緊張感があっという間に台無しになる。
 ベシッ!と小気味の良い音を立ててヴィンセントがその頭部をはたいた。

「いった〜!なにすんだよぉ!!」
「……アホ」
「アホ!?アホって言ったーー!!!」
「「「 黙れ、ユフィ!! 」」」
「…う……皆…ひどい…」

 シド、バレット、ヴィンセントに睨まれてユフィはいつになくシュンとなって膝を抱えて座り込んだ。
 すっかりいじけモードに入っている。

「ライ、すまない、気にしないで続けてくれ」

 クラウドが溜め息を吐きながら青年に先をねだる。
 しかし、その時に気がついた。
 青年の目が、良く知っている眼差しに戻っていたことを。
 温かくて……柔らかくて……周りにいる人達を包み込む情を持つ…そんな光を放つ瞳。

 しかし、プライアデスはクラウドの視線に気付くと同時にまた冷たい表情に戻った。
「 …… 」

 クラウドは何か言いかけて……結局口を閉ざした。
 何を言って良いのか分からない。
 分からないが…、分かったことがある。
 きっと、プライアデスは『変わっていない』。
 過去を思い出した、と告げてから豹変している部分はあるが、根本的には何にも変わってない優しい青年のままだ。
 それを、殊更隠そうとしている。
 それは…きっと、これから青年がやろうとしていることと、自分達の目標が違うから……。

 だから、わざと…豹変した部分を強調して見せている。

 だが、プライアデスの目標がなにかが分からない。
 ティファを取り戻すのが目標では…ないのか……?


 クラウドは一人、新たに湧き上がった不安と疑問に俯いた。



「そうですね、話を戻しましょう」

 プライアデスは、クラウドに賛同する形で再び語りだした。
 その語り口調は…とても冷たく聞える淡々としたものだった。





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