「『封殺』っていうのは、文字通り『殺し』て『封印』することです」

 プライアデスの話は続く。






Fairy tail of The World 72







 正直。
 誰一人として、プライアデスの話しにはついていけていなかった。
 そのことに、プライアデス自身気付いているだろうに、全く気にもしないでただ自分の話を淡々と続ける。

「暴走した僕に危険を感じた長老達は、僕を殺すだけではなくて『ライフストリーム』に溶け込めないように呪いをかけたんです」

「セトラの汚点である僕が、星に正常に還り、再び大地に生まれることが許せなかったんでしょう」

「だから、絶対に使ってはいけないとされる禁忌の術を施したんです」

「その術は星の声が聞けるセトラにしか使えないもので、未だかつて、その術を使ったことはありません」

「言葉通り、僕が最初で最後ですよ」

「使ってはいけない禁忌の術をどうしてセトラが知っているのか…。それは、説明出来ません。知ってるから知ってる…、ただそれだけです」


「でも…」


 言葉を切ってフッと笑う。
 その笑みが蔑みとは待ったく違い、悲しみで満ち満ちていた。


「僕に『封殺』を施そうとしたその一瞬、シュリが戻って来たんです…」






 満身創痍で戻ったシュリは、目の前で暴走する従兄弟を見た。
 そして、その従兄弟に向かって禁忌の術を施そうとしている長老達をも見た…。

 咄嗟の行動。

 何も考えずに身体が勝手に動いた。


 プライアデスと長老達の間に割り込み、禁忌の術をまともに喰らってしまった……。






「満身創痍だったシュリにとって、長老達の術は強すぎました。シュリを飲み込んだ術は、そのままシュリもろとも僕にまでしっかり届いたんです」

「そうして、僕とシュリは死にました」



 心が凍る。
 話の内容は十分の一も分からない。
 だが、ひとつだけはっきり分かったことがある。
 シュリとプライアデスは、同族に殺された…ということ。

 その記憶を、シュリはきっと覚えていたのだろう。
 逆に、プライアデスはずっと忘れて生きてきたのだ。
 それが、シャドウとの戦いで負傷し、教会の泉に守られたことで記憶が蘇えってしまった。

 心を凍らせたまま、身じろぎ出来ないほど衝撃を受けている面々を前に、プライアデスは相変わらず休む事無く話を続けた。


「長老達は、シュリを巻きぞえにしたものの、それでもセトラの汚点を葬り去ることに成功しました。でも、大きな誤算が二つありました」

 キラリ。
 プライアデスの瞳が光る。

 クラウドは、彼がこれから言うことこそが重要なのだと本能的に察した。
 仲間達もそれに気付いたらしい。
 打ち沈んだ表情から、ハッと表情を改める。


「一つはシュリと一緒に僕を処刑する場面を、アルファが見ていたことです」


 クラウドはようやく納得した。

 何故、女帝が『あんな目に合ったのに』と言ったのか…。
 プライアデスは同族に虐げられて生きてきた。
 その人生は、結局、力を暴走させたという理由から、前々から目障りだったこともありあっさりと処刑されることで終った。
 それも、一番むごい方法で。


「そしてもう一つの誤算」

「それは、僕とシュリが処刑されたのを見てしまったアルファが、我を失ったことです」

「要するに、僕と同じ様に暴走したんです」

「ただ、僕と違う点がありました」

「彼女の力は、僕の力をはるかに上回っていたことです」



「なにしろ、彼女はこの星で最初で最後の『人型のウェポン』ですからね」



 誰か…。
 ウソだと言ってくれ…。


 クラウドは呆然とそう思った……。


「人型のウェポンだと…?そんな話、聞いた事も無いし伝承ですら残っていない…」

 ルーファウスが口を開いた。
 声が震えていないのは流石だったが、それでもいつも込められている皮肉が全く無いことが、彼の動揺振りを表していると言えよう。

 プライアデスは、薄っすらと目を細めた。

「当然ですよ。そんなの残ってるわけ無いじゃないですか」
「何故?」
「彼女が人型ウェポンだと知っていたのは、極々一部の上層部…、つまり禁忌の術を施した長老達と、彼女の母親とシュリに僕、僕の母親だけでしたからね。全員死んでるんですから、残すも何も無いですよ。それに…」

「彼女が暴走した時に、セトラの里を含め、里のあった大陸のほとんどが海に沈んじゃったんですよ。残ってるのは僅かな土地だけ…。今もあるでしょ、世界地図に孤島が群集していて、ライフストリームが噴き出している地方が……ね」



 世界の地理に詳しくない者でも、ジェノバ戦役を直に体験した英雄達と神羅にはすぐに分かった。
 ハッとして顔を見合わせる。
 常にライフストリームが噴き出している地方。


「ミディールかよ……」


 シドがゾッとしながら呟いた。

 プライアデスは軽く頷いた。

「えぇ、そうです。元々、セトラはミディール地方にいました。あそこは他の大陸から離れていましたし、なにより星の声が聞きやすいところだったんです。なにしろ、ライフストリームは星の声をより良く聞かせてくれる『媒体』のようなものですからね」
「それで……今みたいに孤島が集まっているような状態になったってのは……」
「暴走したアルファが、長老諸共、里を壊滅させたからです」

 場が静まり返る。

 タークス達の脳裏に移るのは、魚類の形をしたウェポン。
 あれを斃すのにどれだけのパワーを使ったか…。
 ジェノバ戦役の英雄達が思い出したのは、アルテマウェポンを中心とした四対の巨大ウェポン。
 いずれも、とんでもない力を持っていた。
 その力が、人間を『器』として宿る事が出来たとは到底考えられない。

「アルファが人型ウェポンとして生まれたのは『ジェノバの襲撃』に備えた、星の苦肉の策です」

 皆の考えを読んだかのように、プライアデスは話を続ける。

「元々『アルファ』とは名前ではなく『務め名』です」

 聞きなれない『務め名』という言葉に、顔を見合わせる。

「この場合の『務め名』とは、先ほどの『楽士』『舞の君』『舞姫』といった、役職名のようなものです。そして、『アルファ』と呼ばれるものは『歌姫』『歌の君』に与えられる『務め名』でした。ただ。他の『楽士』とかと違うのは、『アルファ』という『務め名』が、彼らに与えられる唯一の名前で、他に名前を与えられなかったことです」

「…名前って、そんなに大事なのか…っと?」

 おずおずとレノが口を挟む。
 プライアデスの話に割り込むと、いつへそを曲げて話をしなくなるか、という恐れもあったが、青年の口調があまりにも『名前が特別』と言っている様に聞えて、好奇心が抑えられない。
 イリーナがギョッとして、『話の腰を折っちゃダメです!』と、小声で囁いたが既に遅い。
 だが。

「えぇ、名前はとても大事ですよ。何しろ、名前には『呪い』がかかってますから」

 ギョッとその場の人間が身じろぎした。
 サラリと何でもない会話の流れを口にしているかのようだが、その内容は何でもなくはないだろう。

「名前を呼ばれることで返事をする。相手の名前を呼ぶことで、自分に気付いてもらう。そういう当たり前のことも、名前がなかったら出来ないし、名前があるから相手を『固定』出来るんです」

「「「「 ??? 」」」」

 言っていることの半分も分からない。
 だが、これ以上話の腰を折るわけにはいかない。
 興味津々でウズウズしているユフィですら、グッと我慢をした。


「『アルファ』は『オメガ』の対を成す唯一の存在です」


 ドックン!

 大きく心臓が跳ねる。
 そう、誰かが言っていた。
 誰が…どこで……?


「『オメガ』は星のエネルギーを根こそぎ吸い取り、真新しい全く別の星となるべく広大な宇宙に飛び立つ存在。いわゆる、この星の終わりを告げるものです。対する『アルファ』は、オメガが新たな星として生まれ変わったその瞬間、それは『アルファ』となります」




 ― オメガは『アルファ』。『アルファ』とは『始まり』。オメガより生まれた『アルファ』は、オメガが持っている全ての記憶を受け継ぎ、真新しい命として生まれる。それこそ、この星が滅んだ経緯を明確に記憶し、同じ轍を踏まないように…、意志を持って新たな人生を歩む ―




 女帝の言葉が唐突にクラウドとヴィンセント、ラナとバレットの脳裏に蘇えった。
 が鋭く顔を見合わせて呆然とする。

 だが、まだ分からない。
『歌姫』『歌の君』に『アルファ』と名づけられることになんの意味がある?


「星は終らせたくないんですよ、この世界を…、この命を…。どんなに酷い人で溢れていたとしても、それでも大切で、愛しい命ですから…ね…」
 プライアデスはそっとシュリの髪に頬を寄せた。
 まるで…その仕草は子供が親友に甘えるような仕草で…。
 今まで気づいてやれなかった初めての親友を、今、出来るだけ大切にしたい、そう思っているように思える。

「だけど、いつの日か、遠い未来か、それとも近しい未来か。それは分かりませんが、いつかはこの星も『オメガの時』を迎えてしまう。だから、『オメガの時』を迎えなくて済むように立てられた役目が『アルファ』」


「『アルファ』による再生の儀式です」

「『アルファ』と名づけられた時から、『歌を歌う者』は『アルファ』として、世界を一度壊してから発動する『アルファ』をしなくて済むようにしたんですよ。星がとった苦肉の策のもう一つ…ってところですね」

「なぁ…その『アルファ』ってのは、女でも男でも、『歌を歌う者』なら皆『アルファ』って呼ばれるのか…?」

 薄気味悪そうにバレットが訊ねる。
 プライアデスは笑った。
 その笑みは……決して楽しいものではなかった。

「えぇ、そうですよ。『オメガ』を察知した時、セトラの中でも一番魂の力ある者、それが『歌を歌う者』ですからね。彼ら以外には務まりません…」



「生贄など…」



 え?

 誰かによって呟かれたそれは、酷く空虚で…。
 無力だった。

 信じたくない。
 一体何を過去のセトラは…人間はしてきたのだろう?
 星は一体何をさせてきたのだろう?

「ずっと…一人を必ず生贄にしてたのか…?」
「えぇ、そうですよ。だから、この世界はまだここにある」
「…他に…道はなかったのか…?」
「あの頃はありませんでした。セトラ以外にモンスターと戦う事も出来る人間もいませんでしたし、星自身が人々が星に還った後、『負の感情』を浄化して再生するという力が足りてませんでしたから」
「そんな!!」

 最後の質問で、あっさりと答えてしまったプライアデスにクラウドが大声を上げる。
 子供達がビクッとしてクラウドから少し距離を置いた。

 だが、当の怒鳴られた青年はどこまでも飄々としていた。

「暴走したアルファは、全世界に散って討伐に当たっていたセトラによって、処刑されました。勿論、処刑に当たったセトラの大多数が星に還されましたがね」


「セトラの歴史上…最も悲惨な過去です」


「更にサイアクだったのは……、もうお分かりかと思いますが……」


 言葉を切った青年に、大人達は悟らずにはいられなかった。

 空からの災厄『ジェノバ』
 奴が降って来たのだ。
 絶妙のタイミングで…!
 もっと…もっと早い時期なら、アルファも暴走しなくて済んだかもしれない。
 シュリもプライアデスと一緒に死ななくて済んだかもしれない。


「あとはもうご存知でしょう?セトラの歴史は約二十年前に完全に耐えた」
 あ、勿論、純潔のセトラは…という意味ですからね。


 付け加えられた言葉が痛い。
 誰も…何も言えない。
 女帝の過去を知った今、この星を壊したがっている彼女の気持ちがほんの少し分かる。
 だが、過去に酷い目に合ったからといって、なにもこの星全部を壊したいと思うなど、いささか度が過ぎているではないか!


「暴走した挙句、同族の手によって殺されるまで、アルファは人間の汚さとは無縁の世界で育てられました。そして、同族に殺されたアルファの魂は余りにも巨大過ぎて、シュリ以上にライフストリームでの出来事をつぶさに記憶し、星に溶け込めずにずっと漂い続けたんです…。それも、浄化出来ていない『闇の世界』で」

 言葉を切ってゆっくりと面々を見渡す。

「これが一体何を意味するか…分かりますか?」
「「「「 ……… 」」」」

「まさに、生きたまま地獄に突き落とされたのと同じ様なものです。周りには、苦しみと恨み、辛み、悲しみしかない。たった髪一筋の光すらない世界で彼女はずっと『あった』んです、そこにね」


 誰も想像できない。
 そんなの出来るはずがない。
 そんな世界に一日でもいたら、恐らく気が触れてしまうのだろう…というのは漠然と想像できる。
 だが……実際に本当に分かるのか…?と訊ねられると…。


「想像出来ないでしょう?」

 青年の声音に悲しみが混じる。
 そして、彼はそっと溜め息をついた。


「さぁ、僕の話は以上です。ここからが本題です」


 プライアデスの言葉に、一同は面喰った。
 今までの話は、これから話される前振りに過ぎなかった、ということなのか?

 青年は、英雄達の戸惑いなど全く無視したまま、口を開いた。


「僕は、アルファの暴走を止めます。それが、シュリの最期の願いでしたから」
「!!出来るのか!?」

 クラウドが真っ先に飛びついた。
 ティファを助ける手立てがあるかもしれない!と期待に胸が膨らむ。
 仲間達もそうだ。
 先ほどとは打って変わって、身を乗り出すようにしてプライアデスを見ている。
 ただ、ヴィンセントとリーブだけは、なんとなく…不吉なものを感じているのか、眉根を寄せてていた。

「えぇ、出来ますよ。アルファを止めるやり方が」
「どうするんだ!?」



「アルファがティファさんの身体に乗り移ったと同時に、彼女が『滅びの歌』を歌う前に……」



「殺します」



 希望を抱いた面々は、耳を疑った。
 呆然として、プライアデスが口にした言葉を必死に理解しようとするが、頭が固まって動かない。

「ティファさんに乗り移ったその一瞬、恐らくアルファの結界は崩れるでしょう。その一瞬を狙ってティファさん諸共、殺します」

「な…!!」
「ふざけんなよ、てめぇ〜!!!」

 絶句したユフィがよろけ、バレットが真っ赤になって青年に詰め寄る。
 だが、詰め寄られた青年は全く動じる事無く冷静…いや、冷めていて。

「当然でしょう?彼女は『器を持っていない』んですから、殺しようがない」
「だからって、ティファまで一緒にってなに考えてんだ!?」

 胸倉を掴もうとしたバレットを、マリンが慌てて足にしがみ付いてとめようとする。
 しかし、勢いのついたバレットは止められずにそのまま…。


「「「 !? 」」」
「僕に…簡単に触れられると思わないで下さい」

 まるで目に見えない壁があるかのように、バレットの拳が青年の顔の直前で止まっている。
 ブルブルと震えているその腕が、バレットが渾身の力を振り絞っていることを証明していた。

「仕方ないでしょう?そうでもしないとこの星は滅んでしまう。それに、シュリの望みを叶えることが出来ない」
「シュリの望みを無視したら…他に方法がある…ということか…?」

 冷静にヴィンセントがプライアデスの言葉の揚げ足を取る。
 青年の冷たい目がスッと細められてヴィンセントに向けられた。
 そうして、フッと笑みを浮かべると、
「えぇ、その通りです」
「なら、その道を選べ!」
「出来ませんよ。その道はシュリの……、そして僕の願いとも離れていますから…」
 がなるバレットに、青年はどこまでも冷静に撥ね退けた。


「ライ、頼む!ティファを…助けて欲しい」


 ソファから勢い良く降り、青年に深く頭を下げる。
 ここまで自分を低くしたクラウドを…仲間達は知らない。
 それに倣うようにして、一人、また一人…と、英雄達が頭を下げた。

 だが、返ってきた応えは…。
「出来ません」
「どうか!!」
「お断りします」

 冷たい拒絶の言葉ばかり。
 流石のタークスも、怒りの形相になってにじり寄る。



 と。


 カチャリ。

「「「「 リト!! 」」」」

 聞きなれた銃を構える音。
 ハッと振り返ると、震えながら従兄弟に拳銃を向けているグリートの姿。
 震えながらも、真っ直ぐに向けられている銃口に、紫紺の瞳はどこまでも冷めていた。


「お前は…ライじゃない」
「…そう思えたほうがラクだろうね」
「お前は…誰だ…?」
「…………認めたくないだろうけど、プライア「ライなら!!!

 プライアデスの言葉を遮り、声を荒げる。
 その瞳は悲しみで一杯で。
 今にも涙がこぼれそうで…。

「ライなら……真っ先に聞くはずだ…」
「 ……… 」
「お前が、お前が本当にライなら!!!!」

 従兄弟の張り裂けんばかりの言葉に、冷めた表情のまま、プライアデスはそっと顔を伏せた。
 そして…呟かれた言葉は…。

「アイリ……最期に何て言ってた……?」
「 !!! 」
「なぁ、リト?最期に…なんて言ってた?」

 弱々しく訊ねる声は、良く知っている従兄弟そのもので。
 気がついたら、グリートはダランと腕を垂らし、銃を落として、力なく従兄弟の前にふらふらと歩いていた。
 そのまま従兄弟の前でガクリと膝をつく。

「い、ままで……ありが…とう……って……」

 言いながら、こぼれ落ちる涙を止められない。

 フワッ…。

 グリートはバランスを崩して従兄弟の肩口に顔を押し付けられた。


「ありがとう…」
「 !! 」
「最期を…見届けてくれて…」
「 ……っ! 」
「彼女、喜んでた。上官に盾突いてまで助けに来てくれたこと…」
「 …っく… 」
「 ありがとう 」


 最後の『ありがとう』が、少し震えていて…。
 それだけで、英雄達と彼の従兄弟達は、プライアデスがプライアデス本人だと悟った…。




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