「シュリ兄ちゃんとライ兄ちゃんの望みって…なに?」


 それまで黙っていたデンゼルが真っ直ぐ青年に向かって投げかけた。







Fairy tail of The World 73







 微かに震えている小さな身体。
 その姿に大人達は息を飲む。
 小さいのに…大きい。
 青年の信じ難い話しにすっかり呑まれてしまっていたが、確かに知らなくてはならない事柄だ。
 その事実に気づかない程、大人達は混乱していたのだと気付かされた。

 プライアデスはゆっくりと従兄弟の身体を押し戻すと、穏やかな目で少年を見た。
 その眼差しは、良く知る青年のもの。
 マリンがギュッとバレットの足にしがみ付いた。
 怖いからではない。
 ただ…悲しいから。
 何故、こうなったのか分からなくて…悲しいから。

「僕とシュリの願いはね。アルファに『人』として『存在してもらう』ことだったんだよ」
「『人として』?」
 困ったように眉根を寄せるデンゼルに、プライアデスは微かに笑った。

「アルファはこれまで、ずっと『人』として接してこられていなかった。『人型ウェポン』だと知らされていない側近達ですら、アルファの事をずっと『特別なモノ』として扱ってきた」
「……それが、悪いことなのか…?」

 本当に分からなくて首を傾げるデンゼルに、大人達は内心で舌を巻く。
 女帝が狂ってしまった原因。
 その原因と、シュリとプライアデス達が望むもの。
 それが一本の鎖となって絡まっていると、極々自然にこの少年は気付いているのかもしれない。
 あるいは…ただ無意識に、知りたがっているだけなのかもしれないが、少年の言葉でミコト様とシュリ達の魂の傷が分かる気がした。

「デンゼル君。キミはクラウドさんが好きだよね?」
「え?…うん…」

 なんの脈絡もなく投げかけられた質問に、デンゼルは戸惑いながら頷いた。
 プライアデスの質問は続く。

「ティファさんもマリンちゃんも、ここにいる人達皆が好きだよね?」
「うん」

 今度はしっかりと頷く。
 紫紺の瞳を薄っすらと細め、青年は再度口を開いた。

「じゃあ、もしもここにいる大好きな人達が誰かに騙されていて、大切なものを横取りされてるって知ったらどうする?」
「そんなの絶対に許せないし、どうにかして取り戻す!!」

 憤慨して大声を上げるデンゼルに、青年は穏やかなまま再び口を開いた。

「そうだよね。じゃあ、それがどうしても『同じものとして』取り戻せない場合はどうする?」
「え…同じものは無理な場合…ってこと?」
「そう」
「………騙してた奴らの正体をクラウド達に教えて……」
「『教えて…』?」

 考えながら言葉を選んでいる少年に先を促す。
 デンゼルは「う〜ん…う〜ん…」と唸っていたが、パッと顔を上げた。

「きっとクラウド達は悲しんでるから、一生懸命慰める!」
「慰めるの?」
「うん。だって、きっとクラウドも他の皆もさ、怒るとは思うけどそれ以上に悲しむと思うんだ。だからずっと一緒にいて、皆がいつもの皆に戻ってくれるように…横取りされたものに似たようなものを探してきてプレゼントする!!」

 言い切ったデンゼルに、大人達の目が潤む。
 ルーファウスですら、眩しいものを見るかのような目で、いつもの皮肉に満ちた視線ではなかった。

 しかし…。



「そうだよね。僕も同じだよ」



 そう答えた紫紺の瞳を持つ青年に、少年と少女以外が息を飲んだ。

「同じ?」
「なに…それ…???」

 意味の分からない子供達は無邪気にすら見える仕草で首を傾げている。
 しかし、大人達は違った。
 もう明確に聞かなくても分かる。


『人』として死なせてやりたいのだ。
 それが、シュリの最期の願い。


 アルファにとって、どれほど残酷な出来事だったのだろう…同胞達に処刑された兄と従兄弟を目撃してしまった瞬間は。
 それは、自分がそれまで虚偽の平和に包まれていたことを知った瞬間でもあるのだから、言葉には出来ないだろう…。
 どれほどの衝撃だった…?
 どれほどの悲しみだった…?
 もしかしたら、信じられなくて……信じまいとしたかもしれない。
 だが結局彼女は知ってしまった。

 自分がいかに『無知』という環境に身を置かされていたのか…。

 だから…なのだろうか?
 せめて『最期』は『人』として迎えさせてやりたいと思っているのは。
 アルファはシュリやプライアデス同様、星に還っていない。
 ……今も彷徨っている。

 闇の世界を。



「さぁ、僕の話はここまで。これから皆さんに一つ提案があります」


 首を傾げて困った顔をしている子供達にやんわりと微笑んだ後、青年はそう言って大人達を見渡した。


「途中まで手を組みませんか?」


 ルーファウスが集めたマテリア達が、テーブルの上で悲しげに光ったようだった…。








「ちゃんと追って来てくれるでしょうか…貴女の恋人は」

 漆黒のクリスタルを傍らに、女帝は片脚を抱えて座っている。
 真っ直ぐ前を向いたままの呟きには誰も答えない。
 冷たい風が女帝をなぶる。
 しかし、長い漆黒の髪を風になぶらせたまま、彼女は無表情を崩さない。
 寒さも…痛みも…なにも感じない人形のように、ただ座って冴え冴えとした樹木達を眺めるともなく眺めている。

「あぁ、愚問でした」

 誰も答えないのに、彼女は一人で話を続ける。

「追って来ないはずがありませんでしたね。彼はそういう人…。たとえ周りが止めても、勝算がゼロでも…」

「彼は来る」

「貴女なしだと彼は『彼』として存在出来ないんですからね」


「『彼』を失った貴女と同じ様に……ね…」


 そっと傍らのクリスタルへ視線を流し、またすぐに前を向く。


「そうやって…星にまた一つ、悲しみが増える…」

「私は負けませんから」

「私に勝てる者はいませんから」

「貴女が闇に染まった時が…本当のお別れの時…」

「でも大丈夫。その悲しみもすぐ消えます」

「あと少しで…終らせることが出来る」


「誰にも邪魔させません」


 紅玉の瞳がスッと細められた。

 目の前に闇の化身達が殺気を放ちながら地面から現れ始める。
 勝手に彼女を自分達の主(あるじ)だと思い込み、使えていた…『つもり』になっていた哀れな道化達。
 勝手に期待し、勝手に奉りあげ、勝手に裏切られたと逆恨みをしている…道化達。

 泥人形を崩した出来損ないのような闇の化身。
 彼らはそれまで出てくることが出来なかった地上に現れ、主と信じていた女に牙をむく。

 しかし、その化身達にシャドウは混ざっていない。


「本当に…愚か者達…」

 風に乗ってアルファの侮蔑がバケモノ達に届く。
 怒りと憎悪をたぎらせ、各々手に無骨な武器を持って飛びかかった。


「そなた達が蔑んでいるシャドウの方が、よほど賢く純粋…」


 アルファの呟きは、耳障りな怒号によって掻き消された。








「なんでお前達もついて来るんだ…?」

 呆れたようにクラウドは赤い髪を持つ男を振り返った。
 言われた当の本人達はケロッとした顔をして胸を反らせる。
「そんなの、決まってるんだぞっと!」
「そうですよ、星の危機なんでしょう!?」
「他人事では済まされないからな」
「……………」

 にんまり笑うレノに、拳を握り締めるイリーナ。
 涼しい顔をしてサラッと受け流したツォンに無言のままむっつりと押し黙っているルード。

 タークス四人組が当然のようにシエラ号に乗り込むクラウド達の後に続いた。
 クラウドはチラリ…とシドを見たが、艦長は飛行の準備で忙しいらしい。
 その他のメンバーは、意外にもクラウドのように『なんで?』とは思わなかったようだ。

「良いじゃん、腕のたつ人間は一人でも多い方が助かるんだし〜!」

 ぺシンッ!
 クラウドの頭を軽くはたいて、ユフィが軽くそう言った。
 後頭部を擦りながら、クラウドは溜め息を吐くとデッキに出た。
 シエラ号の外では、子供達が心配そうに見上げているのが見えた。
 クラウドの姿に、デンゼルとマリンがリリーの手を離し、一生懸命手を振る。
 それに軽く手を上げて応えながら、クラウドは傍らでブンブンと大きく手を振っているバレットから少し距離を置いた。
 でないと、うっかり当たりそうだ…。

 シエラ号のエンジン音が大きくなり、足元が浮上した感触。
 それに伴って、子供達がみるみるうちに小さくなっていく。


「クラウドー!絶対に死なないで!!」
「クラウドー、父ちゃーん!!みんな、絶対に帰って来てー!!!」


 子供達の泣きそうな声が、微かに聞えた。

「死なない。絶対に…ティファを連れて帰るから…」

 もう見えない子供達にクラウドはそう呟いた。



 艦内に戻ると、リーブが渋い顔をしてパソコンを見ていた。
 クラウドの気配に気付いたらしく、顔を上げる。

「どうした?」
「いえ…それが……」

 眉間にシワを寄せるWROの局長に、クラウドは引き寄せられるようにしてパソコンを覗き込んだ。
 そうして…目を見開く。

「なんだ……これは……」

 思わず洩れた呻きのような声に、リーブは溜め息を吐いた。

「とうとう…星全体がヤバイ、ってことなんでしょうね…」


【報告】
 本日未明、コスモキャニオン地区にてシャドウと思しきモンスター多数が出現し、撃退に成功。
 隊員三名が負傷。
 いずれも重症。
 死者はなし。
 コスモキャニオン地区にある町、村、いずれも被害者なし。

【報告】
 ウータイ地区にてシャドウと思しきモンスター複数が出現。
 隊員一名、ウータイの忍三名の計四名が負傷。
 うち、隊員と忍二名は軽症、忍一名が重症。
 死者は現在なし。
 ウータイ地区にある村、町などに、被害者なし。
 シャドウと思われるモンスターは全て撃退。

【報告】
 ニブルヘイム地区にてシャドウと思しきモンスターが多数出現。
 隊員五名、村人十三名が負傷。
 死者はなし。
 負傷者達はいずれも軽症。
 ニブル村内での突然の出現に混乱があったものの、全てのシャドウを撃退。
 現在、警戒中。


 局長であるリーブへの報告。
 それは、アイリがリーブからの命令と偽って、星の各地へ飛ばした隊員達からのものだった。

 クラウドが驚いたのは、星の各地に出現し始めたシャドウのことだと思ったのだろう。
 だから先ほどのような返事をしたのだが…。

「リーブ…お前、気付いてないのか?」
「はい?」
「どの報告書にも『シャドウを撃退』って書いてある…」
「えぇ…そうですね……………………って、え!?」
「あのシャドウを…だぞ!?」
「な、何故…?」
「それに、今のところ重傷者はいるみたいだが、死亡者はゼロだ」
「………」
「なんで…こんな……」

 大混乱だ。
 これまで一切シャドウの撃退には成功していない。
 それどころか、傷を負っても『死なない』とはどういうことか…?
 シュリとプライアデス、そしてティファ。
 いずれも傷を負って命を削られている。
 それなのに…。


「シュリのお蔭でしょうね」


 ハッと振り返ると、シュリを抱きかかえたままのプライアデスが立っていた。

「シュリが自分の魂を削って『宴』を開いたから、星に生きる命に力が与えられたんですよ」
「な……そうなのか……?」

『宴』のとんでもない『力』に、呆然とする。
 クラウドにプライアデスはフッと表情を緩めた。
「えぇ。だから大切で絶対に欠かせてはいけない儀式だったんですよ、『宴』はね」
「………」

 大切な儀式を執り行える唯一の種族……セトラ。
 彼らが驕り高ぶっても……無理は無いのかもしれない。

「セトラが驕り高ぶっても仕方ない…今、そう思いました?」
「え…!?」

 ドキッとするクラウドに、
「だって、クラウドさんは案外顔に出ますからね」
 プライアデスは笑った。
 イヤな笑顔ではなくて、純粋な……それこそ、自分と子供達が良く知る青年、『プライアデス・バルト』の笑顔。

 とても、先ほどの提案をした青年と同一人物とは思えない。

 ― 「アルファはティファさんが闇に染まらないと『入る』ことが出来ない。だから、それまでに二人に追いつきたいんです」 ―
 ― 「行き先、知ってるのか!?」 ―
 ― 「えぇ、『忘らるる都』です。あそこでシークレット・ミッションの目的地は最後でしょう?」 ―
 ― 「そうだけど…」 ―
 ― 「あそこ、星の各地にある急所の一つです」 ―
 ― 「「「急所!?」」」 ―
 ― 「…そうですよ?だって、今までシュリが言う通りに急所の保護に飛び回っていたじゃないですか…」 ―
 ― 「シュリは『ツボ』だって言ってた……」 ―
 ― 「あぁ、そうなんですか?じゃあ、きっと皆さんに余計な心配かけたくないからウソついたんですね」 ―


 ― 「シュリは……本当に優しいから」 ―

 ― 「でも、僕は違う」 ―

 ― 「アルファとシュリの為なら、利用出来るものは何だって利用します」 ―

 ― 「だから、シエラ号で運んで下さい、『忘らるる都』まで」 ―

 ― 「その代わり、『忘らるる都』やそれまでに出現するだろう闇のバケモノ達は、アルファに辿り着くまでの間だけですけど、僕が相手をして皆さんを守ります」 ―

 ― 「でも…」 ―


 ― 「アルファに辿り着いたら、僕達は敵です」 ―



 ― 「アルファがティファさんに『入った』瞬間、僕はアルファをティファさんごと…」 ―



 ― 「殺します」 ―



 プライアデスは本気でティファごとアルファを殺すつもりなんだ。
 クラウドはその時の彼の目を見てそれを悟った。
 青年にとって、それが唯一、大切な二人に出来る事なのだろう。

 本当は。
 本当は、殺したいはずなどないだろうに。
 してやれる唯一のことが『人として死なせてやること』だなんて…。

 悲しすぎる…青年。

 前の世では蔑まれ、それこそ同族の者と認められないが故に幽閉され…。
 挙句の果てには、たった一人の肉親であり、唯一愛情を注いでくれてた母親と伯母を、同胞達の裏切りで殺された。

 暴走して何が悪い?
 プライアデスのどこが悪い?
 生まれてきて…、セトラ以外の父親を持ったことの何が悪い!?

 プライアデスは話さなかったが、恐らく前の世で、彼は父親をもう既に失っていたんだろう。
 誇り高く、慢心している一族が、顔に泥を塗った人間の男を許すはずが無い。

 前の世は…あまりにも悲しいこと、辛いことが多すぎる。
 だから、シュリはプライアデスに出会っても、前世に関与しないようにするため、ずっと影から見守っていたのだ。

 この現世では…幸せであるように。
 やっと、手に入った『幸せ』が失われないように。
 それなのに。



「それにしても、アイリさんは本当に素晴らしいことをして下さいました…」

 沈黙を破ったのはコバルトブルーの瞳を持つ偉丈夫…、スライ大将。
 落ち着いたその声音にハッと英雄達が顔を見合わせた。

「確かに…」
「アイリさんが私の名前で隊員達を各地に飛ばしていなければ……」

 間違いなく、星の各地に現れたシャドウを前に、非戦闘員である一般人は殺されていたはずだ。
 信じ難い現実。
 彼女は、守られなければ生きていけない人間だったはずなのに…。
 だが、その真の姿は全くの真逆。
 魔晄中毒に侵されながらも、最期のその瞬間までWRO本部に残って闇を引き付け、闘った女性。
 思い出される彼女の姿は、虚ろな眼差しをして宙をぼんやりと見つめているものばかり。
 クラウドだけは、青年と一緒にいるほんの僅かな一瞬、彼女が見せる幸せそうな瞳を思い浮かべることが出来た。

 そっと…紫紺の瞳を持つ青年を見る。
 青年は、相変わらず土気色をした青年を抱きかかえて片時も離そうとしない。

 それは、プライアデスが言うには、シュリの身体に取り込んだ『星の涙』がシュリの魂の変わりに体が朽ちるのを防いでいるから……、というのだ。
『星の涙』とは…教会の泉。

 シュリの身体は、今、魂が無い状態だと言う。
 だから、このままでは肉体が腐ってしまうため、それを防ぐために『星の涙』を一時しのぎとして、代用しているのだそうだ。
 その方法は、前世を取り戻すと同時に魂の力を解放させたプライアデスが直接押さえ込んでいないといけない…とのことだった…。

 だが。
 それだけじゃないような気がして仕方ない。
 小さい子供が、夜の闇を怖がって必死に親に縋りついているように見えるのは…クラウドだけじゃないだろう。

 紫紺の瞳が前髪に隠れてよく見えない。
 スリガラスの向こうで光っているかのような、その遠い眼差しは、『アイリ』の名前にすら反応しない。
 そのことに、クラウド達の心がひどく軋んだ。

『忘らるる都』に到着するまで…。
 あと5時間。




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