「モスール様。シャドウに襲われたクランケの状態、安定しました!」

 白いナース服を着た女性が声を弾ませて赤毛の上司に告げる。
 見事な赤毛を簡単に一くくりにしただけの女性は、花が咲くように顔を輝かせた。

「そう!良かった!!」
「はい!これもみんな…」

 感極まって声を詰まらせた看護師に、モスールは悲しそうに笑いながら目を伏せた。



「えぇ、アイリさんとシュリ大佐のお蔭ね…」



 手にしていたファイルを大事そうにそっと指の腹で撫で、女史はそう呟いた…。







Fairy tail of The World 75







「ライ、メシの間くらいシュリを離しても大丈夫なんじゃねぇのか?」

 食卓に着いたプライアデスが、そのままシュリを膝の上に抱きかかえているのを見て、シドがそう言った。
 ちょっと呆れたようなニュアンスに聞えなくも無いが、声音には少しぎこちなさが残っている。
 プライアデスはそれに気付いているのかいないのか…。

「今はまだ安定していないので離すわけにはいきません」

 にべもなくそう答えた。

「離れると具体的にどうなるわけ?」

 モゴモゴと口一杯に頬張りながら行儀悪くウータイの忍が質問する。
 それを『行儀が悪いなぁ…』と内心呆れながらも、ナナキや他の仲間達は突っ込まなかった。
 ユフィの質問は彼らの疑問でもあったので、大いにその答えに興味がある。
 青年は実に器用に同じくらいの背丈の青年を膝の上に乗せ、片手でその身体を支えながら口を開いた。

「『星の涙』でこの身体はなんとか『生きた状態』を保ってます。ですから、『星の涙』が脱け出てしまったら、この身体は『死んだ状態』になって、腐敗が始まります」

「「「「「 げっ… 」」」」」

 サラリと答えられたその言葉に、中年組みと称される英雄の二人組みとウータイの忍、ナナキにレノが同時に顔を歪めて引き攣った。
 声に出さなかった他の面々もギョッとしている。

「メシどきには聞きたくなかったんだぞ…と…」

 ボソッと呟いたレノに、ルードが小刻みに頷いた。

「それにしてもさぁ…」
「はい?」

 マジマジ…と、ユフィが見つめながらしみじみした口調で言う。
 パンを一口咀嚼(そしゃく)しながら、プライアデスは小首を傾げた。

「なんか…美青年が美青年を膝抱っこしてるって…、すっごく妖しいシチュエーションだよねぇ…」
「はい!?」

 ポト…。

 突き刺していたウィンナーが皿に落ちる。
 よもやそのようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
 ポカンとして固まっているプライアデスは、その場の全員がキョトンとするほどの…間の抜けた顔をした。

「ライ…気付いてないのね…」
「本当に…そういうところは天然だよなぁ…」

 従兄妹が呆れたような……それでいて、ホッとした様な声で呟く。
 妙に冷めた態度を見せられていたので、こんな風にビックリして固まってしまう『知っている顔』を見せてくれたことが嬉しい。

「リト…ラナまで……」

 恨めしそうに見てくれることが…嬉しい。


『『『『でかした、ユフィ!!』』』』


 プライアデスの表情が崩れたことにより場の雰囲気が和んだ。
 珍しく…、ほんっとうに珍しく…。
 シド、バレット、ナナキ、クラウドが内心でユフィの発言を褒め称える。
 褒められている当の本人は当然そんなことなど知らず、
「あ〜、照れてる〜。ヘッヘ〜、可愛いんだ〜〜!」
 などとからかって笑っている。

「…ユフィさん……」

 からかわれている青年は、ムスッとしながらも本心から怒っているわけではないようで、ジト目で睨みながら皿に落っこちたウィンナーを再びフォークに突き刺した。

「ところで、『星の涙』という名称はどこからきたんだ?」

 それまでずっと黙って見守っていたヴィンセントが訊ねる。
「あ〜、私もそれ気になってたんですよねぇ」
 明るい声でイリーナが便乗した。

 プライアデスはチラリ…、と二人に視線を投げたが、すぐに皿に目を戻した。

「星も生きてますからね。泣くくらいしますよ…」

 ボソッと呟くように答えたその言葉に、面々がキョトンと首を傾げる。
 少し機嫌が悪くなったような感じもするが、何故機嫌が悪くなったのかが分からない。

「なに?じゃあ、『星の涙』ってライがつけたの?」
 ナナキが興味津々に目を輝かせた。
「そりゃ、風流で中々良い名前じゃねぇかっと」
 レノが面白そうに笑いながら口を挟む。
「じゃあ、『星の涙』は『慈愛の涙』だな」
「お!?バレット、信じられないくらい良い表現じゃん!」
「ユフィ…おめぇは俺を何だと思ってやがるんだ!?」
「俺もそう思った」
「シド〜…てめぇまで…」
「…悪いが私もそう思った…」
「ヴィ、ヴィンセント…おめぇまで……」

 ガックリと項垂れる巨漢に、笑い声が上がる。

 だが、笑っていない人間が二人いる事にクラウドが気がつき…。
 リーブが気がつき…。
 いつしか全員が気がついて、笑いを引っ込めた。
 笑っていないのは、眠っているシュリと…。

「ライ…?」

 無表情で食事を口に運ぶ青年に、恐る恐るバレットが声をかける。
 プライアデスはコーヒーをコクリ…、と一口飲んで顔を向けた。

「なんですか?」
「あ〜…いや……『なんですか?』…て言われても…よ」

 おどおど…と、周りの仲間達に助けを求めるように見る。
 仲間達やタークスも戸惑ってそれぞれ顔を見合わせていた。

「ライ…なんで怒ってる?」
『『『『『 クラウド、直球かい!! 』』』』』

 聞けなくて困っていたバレット始め、ユフィやレノ、シド達が内心で突っ込みをいれる。
 プライアデスの上司である大将に中将、リーブと従兄妹はジッと青年を見つめた。
 勿論…質問をしたクラウドも。

 プライアデスは「ふぅ…」と、軽く溜め息を吐くと、どことなく諦めたような顔をして皆を見た。

「『星』はね、悔いてるんですよ」
「『悔いている』?」
「えぇ、後悔してるんです」

 クラウドを見つめる紫紺の瞳は、冴え冴えと光っていた。

「宙からくる脅威に対抗するために、生み出したことを…」


「『人型ウェポン』を生み出したことを…ね」
「でも……それはもう何千年も前のことだろ?」
「えぇ、そうですよ。約二千年前ですね」
「なら、今更『後悔の涙』を流すのは…おかしくないか?」
「別におかしくはないですよ。ずっと後悔していて、とうとう我慢出来ずに溢れてきただけなんですから」
「我慢出来なくて…?」

「アルファが狂った原因を星が生み出したために、星は現在(いま)の状態なんですから…」

 意味が分からない。
 困ったように眉根を寄せて青年を見たが、もうそれ以上説明するつもりは無い様で、プライアデスは黙々と食事に戻った。
 隣に座っているヴィンセントが、聞くことを諦めたような溜め息を吐いたのを合図にしたかのように、他の者達も黙々とまた食事に戻った。


「『後悔の涙』ではなく…『贖罪の涙』ですよ…」
「 え? 」
「…なんでもないです…」


 ポツリ…と、こぼされたその言葉に、ハッと皆が顔を上げたが、青年はそれきり口を開くことはなかった。
 しかし、クラウドだけではなくその場にいた全員がその疑問を胸に焼き付けることとなった。


 アルファが狂った原因を星が生み出した。
 だから、星は現在の状態にある。
 そうして…、『贖罪の涙』とは……?


 この三点に、今回のシークレットミッションを成功させる鍵が隠れている。
 そんな気がした…。






「リーブ、メールが着てるぜ」

 食事の後。
 プライアデスは再びデッキにシュリを抱いて出て行った。
 今度は従兄妹も黙ったまま、最初から着いて行った。
 青年はもう、過剰なまでに壁を作ろうとはしていなかったが、それでも透明の壁は完全に取り払われたわけではない。
 それだけ、アルファを葬る意志が固い…という事なのだろうか…?

 デッキへ続くドアの向こうに消えた三人の背中を見ながら、クラウドは暗澹たる気持ちになっていた。

 シュリとプライアデス。
 そしてティファ。

 どちらを選ぶ?と、聞かれたら間違いなくティファを選ぶ。
 当然だ。
 彼女は唯一の女性(ひと)。
 自分にとって、なくてはならない女性。
 だが……。

 迷わずティファを選ぶか…?と問われれば……。

 答えは『ノー』だろう。
 いや、もう既に今も迷っている。
 ティファを助ける。
 それは星の命を助けることにも繋がる。
 それなのに、迷ってしまう。
 あれだけ必死になって傷つきながら生きているシュリ。
 そんなシュリの心を継いで、本当は殺したくなどないはずなのに『殺す』と言い切ったプライアデスの心。
 その二人の気持ちを考えると……居た堪れない。

「他に……何か方法はないのか…?」

 仮に……もしも仮に。
 プライアデスからティファを守れなくて殺されてしまったら…。
 間違いなく自分は狂う。
 そうして、大事な親友だと思っている青年を殺すだろう。
 プライアデス自身、その事は承知しているはずだ。
 大事な人を失った苦しみを、前世でイヤと言うほど味わい、暴走したくらいなのだから。
 だが、それを承知でプライアデスはアルファが宿った瞬間、ティファごとアルファを殺すと言う。

「……?」

 ふと、クラウドはここで一つの疑問にぶつかった。
 大切な人を亡くして暴走するほどまでに狂った青年が、何故あんなにも冷静なのか…?
 確かに、シュリはまだ死んでいない。
『星の涙』で辛うじてその身体は生きている。
 だが…。

 アイリは……死んだ。

 あれだけ愛していた女性が死んでしまった。
 それなのに、その事には触れてこない。
 ヒーリンでグリートにアイリの最期の言葉を聞いた時だけだ、彼女のことについて口にしたのは…。

「 !?……アイツ、まさか…!!」

 クラウドが思わず洩らしたその声は小さなものだったが、
「どうした…?」
 無口なガンマンの耳には聞えたらしい。
 クラウドは、ゆっくりとヴィンセントを見た。
 紅玉の瞳が驚いて微かに見開かれる。
 クラウドの顔が蒼白になり、目が見開かれていた。
「おい…クラウド」
「アイツ……死ぬ気だ…」
「ん?……アイツ……とは……まさか!?」
 徐々に話しが飲み込めてヴィンセントも顔を強張らせる。

 二人は暫し凍りついたまま視線を合わせていた。

「ん〜…なにさ、どったの〜?そんな真剣な顔して見つめ合っちゃって〜。あっやしいんだ〜〜!」

 ひょこっとユフィがからかいながら顔を割り込ませる。
 いつもならここで、
『何でもない…』
『ユフィ…またそんなくだらないことを口にして…』
 とたしなめるのに…。

「クラウド…?ヴィセント…?」

 あまりにも悲しそうな顔をして…。
 あまりにも辛そうな顔をして…。
 そうして、小さな声で
「いや……なんでもない…。なんでも……ないんだ……」
 弱々しく言うから…。

 ユフィは何も言えなくなった。
 そうでなくても、クラウドは精神的にかなり参っているはず。

「ま、良いけどねぇ、私には関係ないし!それよりも、ホラホラ、皆、少しは休んどかないと闘えないぞ!」

 明るく笑いながら暗い顔をする二人の背をバンバンッ!と強めに叩いた。

 ヒラヒラとお茶らけた調子で明るく接してくれた気持が…素直に嬉しい。
 クラウドとヴィンセントは、フッと微笑むと、
「そうだな」
「ユフィの言うことにも一理ある。休むか…」
 そう言って、ユフィの頭を軽くポン…、と一回ずつ叩いてドアに向かおうとした。


「皆さん……ちょっとだけ……良いですか……?」


「「「 え? 」」」

 部屋に帰って休もうと決めたクラウドとヴィンセント、その二人に頭をポンポン叩かれてらしくなく照れていたユフィがキョトンとリーブを振り返る。
 他の面々も、各々寛いでいたがリーブの声が微かに震えていたことに気付き、何事が起きたのか!?と、慌ててテーブルに戻って来た。
「シェルク、悪いけどバルト・ノーブル両中尉、そしてノーブル准尉を呼んで来てくれないか…?」

 シェルクは無言で頷くと、踵を返してデッキに向かう。
 その間、バレットやシドが
「何かあったのか!?」
「おい、どうしんだんた!?」
 と不安そうに訊ねたが、リーブは黙って椅子に深々と座ると膝に肘を立て、手を合わせて疲れたように額に拳を押し当てた。

 その様子に誰もしつこく問いただすことをやめた。
 そう時間はかからないでリーブは説明してくれることになるだろう。
 ノーブル兄妹とプライアデスが戻れば離してくれるだろうから…。

 皆の予想は外れなかった。

 呼び戻された三人に、リーブは椅子に着くように促した。
 そうして、全員が座ったところでようやく重い口を開いた。


「シャドウに襲われた重症患者が……命を取り留めました」
「え!?」
「本当に!?」
「うっそ、信じられない!!」

 次々上がる驚きの声。
 それは勿論、喜びに満たされたもの。
 だが、リーブの浮かない顔を前にして、その声もあっという間に小さくなり…消えてしまった。

「バルト中尉」
「はい」
「アナタは…知ってたんですね…?」
「知ったのは極々最近です」
「最近?」
「僕がシャドウの毒にやられて意識が朦朧としている時に、前世を思い出してから…。正確には記憶を取り戻して『本来の力』を取り戻して…、星の声が聞えてから…です」

 リーブはプライアデスの答えに、
「そうですか…」
 とだけ答えて、また黙り込んだ。

「おいおいおい!なんだってんだよ、わざわざ集めといてダンマリはよしてくれよ!?」

 さほど気の長くないバレットが痺れを切らせてがなり声を上げた。
 リーブはのろのろと顔を上げると、心底情けなさそうな…苦悩の表情で一同を見た。


「シャドウの毒を中和出来るようにシュリ大佐は魂を削って『宴』を開きましたね。でも、彼がしてくれていたのはそれだけじゃなかったんです…」
「それだけじゃ…ない…?」

 珍しく、寡黙なツォンが聞き返す。
 意外と眠り続けている『シュリ』という青年が気になっているのかもしれない。

 リーブは再び俯くと、拳で額を支えた。

「大佐は、解毒薬の研究に貢献してくれていたんですよ。自分の魂を注ぎ込むことで…ね」

 沈黙。
 ティファの身体がシャドウにまだ毒されていた時。
 その時の血液から医療班は血清を作り出そうとしていた。
 だが、未知の毒であるが故にその研究は難航していた。
 そんな時に、フラリとシュリが医療班の元へやって来たのだと言う。

 手にしていたのは、どこでも見つけられるような極々普通の薬草。
 それを煎じて解毒薬を作るよう、簡単に言ってのけたのだ。
 医療班は当然相手にしなかった。
 しかし、モスール女史は違った。
 彼女は、この不思議な青年に賭けてみたくなった。
 何故?
 それは分からない。
 もしかしたら、それこそ『星』が働きかけたのかもしれない。

 モスール女史は、シュリに言われたとおり、出来上がりには決定的に何かが足りない状態にあるその出来損ないに、薬草を煎じて解毒薬作りをしてみることとした。

 そうして研究の再開…という時に、あのWRO本部への攻撃があった…というわけだ。
 事前にアイリが全隊員を退避させることに成功していたので、解毒薬の研究もちゃんと飛ばされた地で続けることが出来ていたのだが…。

 それがやっと、成功してくれたのだ。
 思わぬ土地で。
 思わぬ形で。

 シュリより手渡されていた大量の薬草。
 一見、普通の薬草だが、それにはシュリの魂が注ぎ込まれていた。

 闇の力に対抗するための……力。

 ティファに投与しなかったのは、恐らくもう、間に合わなかったからだろう。
 言っていたではないか。

 もう…身体が魂を受け入れられないくらいになっていた…と。


「バカな奴…」


 呟いたのは……ユフィ。
 声が震えているのは気のせいではない。
 口をグイッとひん曲げて泣かないように強く結んでいる。
 リーブは項垂れたまま顔を覆った。


「こんなにも星のために必死になって闘ってくれていた部下を……、青年を……、私は何度疑ったことか…」


 場が静まり返る。
 リーブと同じ様に悔いた顔をしているのは…デナリ中将。
 何度、シュリを疑った?
 WROを裏切ったと罵った?

 本当は、WROなどという一組織のレベルで計ってはいけないものだった。
 シュリは、『星の命』という壮大なレベルで闘っていたのだから…。


「後悔くらい、これからいくらでも出来ます。今必要なのは、どうするか…でしょう?」


 シンと静まり返った空気を切り裂くように、凛とした声が通る。
 プライアデスの紫の瞳が真っ直ぐ一同を見つめていた。
 その腕には、穏やかに目を閉じている…シュリ。


「僕は、シュリの願いの『一つ』を継ぎます。その為に、ティファさんの身体にアルファが入ることを手伝いもします。でも…」


 言葉を切って息を止めて見つめる面々を強く見据える。


「アナタ方にはシュリの『別の願い』を継いで頂きたい」


「この星を死なせないで、命の輪を繋げていって頂きたい」


 それだけ言い残すと、青年は廊下に続くドアの向こうに消えた




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