銀白の翼が陽の光を受けて輝いている。
 その大翼を背に持つ可憐な少女は、いつも笑っていた。
 幸せそうに笑っていた。
 笑って……歌っていた。
 楽しそうに……嬉しそうに……。
 その少女の笑顔は、疲れた心を癒し、歌声は傷ついた身体を癒した。

 まさに奇跡のような存在。


 ― ねぇ、私、大きくなったら    のお嫁さんになりたいな ―


 無邪気にそう言って笑う少女を、銀髪で深緑の瞳を持つ少年が一瞬、悲しそうに見て…。

 ― あぁ、そうだな。じゃあ、その時は俺が『言祝ぎのしらべ』を奏でてやるよ ―

 そう言って、少女を柔らかく…優しく抱きしめた。
 少女は少年に抱かれて心から幸せそうだった…。


 ティファは兄妹のそんな姿に、涙を流した…。







Fairy tail of The World 76







「あと30分で着きます。皆さん、準備は良いですか?」

 リーブの言葉に、緊張が走る。
 誰もが神妙な面持ちをしていた。
 これから起こる戦いはこれまでのものとは違う。
 最初から最後まで、仲間ではいられない者がいるのだから。

『途中まで手を組む』

 そう提案した青年を意識してしまい、士気が下がりそうになる。
 可能ならば、青年と最後まで共闘したい。
 この先も…ずっと『仲間』でありたい。
 しかし、それは青年の望むものではない…。
 彼は、皆が救おうとしている命を『滅ぼす』と宣言しており、その直後に『己の死』を望んでいる。

 その青年は…。

 黙って上司の言葉を部屋の隅で聞いていた。
 腕には相変わらず意識の無い青年を抱いている。

「ライ、シュリはどうすんの…?」

 ナナキが気遣わしそうに訊ねた。
 そっと見事な赤毛を摺り寄せるように近寄る英雄に、青年はチラリ…と視線をやると、すぐに目をそらせるかのように真っ直ぐ前を向いた。

「恐らく『忘らるる都』は今、ライフストリームが溢れやすい状況にあるはずです。ですから、ライフストリームをわざと溢れさせてその中にシュリの『器』を投じます」

 一同がギョッとして息を飲む。
 青年はその様子を無視して話を続けた。

「シュリの魂は完全に闇に溶け込んでいないと思います。ですから、『器』を星の体内に投じることで『魂』が『器』に引き寄せられるはずです」
「…そうじゃなかったら…どうなるんだよ…」

 ユフィがゾッとしたように呟く。
 プライアデスは微苦笑した。


「そうでなかったら……きっとシュリはそのまま死ぬでしょうね。でも…」
 それ以外、もう方法がありませんから…。


 そう言って青年は立ち上がった。


「ライ、どこに行くんだ?」

 青年がデッキに続くドアに向かうのを見て戸惑いながらクラウドが声をかける。
 プライアデスは振り向きもしないでドアの前に立った。

「もうそろそろ『歓迎』されそうなので、こちらも準備をしないといけません」
「歓迎…?」

 ブルリ…、と身を震わせながらラナが呟く。

「そう。もうとっくにアルファのテリトリーに入ってるからね」
「「「「「 え…… 」」」」」

 ゲゲッ!!と、タークスの漫才コンビと英雄の中年組み、ウータイの忍が仰け反った。
 表情と態度に出さなかったが、冷静沈着と言われているヴィンセントとツォンも内心では大いに動揺している。
 シエラ号には今のところ、なんの異常も無かったので、まさか既に敵の懐に入っているとは思わなかったのだ。

 プライアデスはそのまま『手を使わないで』ドアを開けるとゆっくり一歩を踏み出した。

「「「ライ!!」」」

 声を掛けたのは三人。
 彼の従兄妹と……シェルク。
 一番俊足なシェルクがあっという間に隣に立つ。

「シュリも連れていくんですか…?」

 意識の無いシュリの服の裾をギュッと握る。
 まるで、置いていけ、と言わんばかりにその手に力がこもっていた。

「はい。闘いが始まるまでにシュリを星の体内に戻さなければ。きっと『魂』が『器』に戻るには時間がかかるでしょうからね」
「…魔晄中毒にはならないの…?」

 ラナがそっと歩み寄って紫紺の瞳を見上げた。
 すぐ後ろにはグリートと……英雄達。
 プライアデスは、それぞれ不安や心配そうな顔をしている面々に、フッと目元を柔らかくした。

「大丈夫。『星の涙』がシュリを守るから」

 そう言い切った従兄弟にラナはホッと安堵の溜め息を吐くと、従兄弟の腕での中で眠り続ける上司を見た。
 ジッと……黙って……。



 ―  ノーブル准尉!!! ―



 顔色を変えて自分の危機に、唯一の武器を放って救ってくれたときの事を思い出す。
 耳について…離れない、シュリの悲鳴のような声。

 不謹慎かもしれない。
 だが…ラナは……嬉しかった。

「大佐…。ちゃんと戻ってきて下さい。話したいこと、沢山あるんです」

 そっと眠る上司の……命の恩人の頬を撫でる。
 もうとっくに気付いていた。
 自分の中に芽生えていた感情に。
 年下の癖に出世頭で…。
 いつも冷めたような顔をしていて、小バカにしたような態度で…。
 でも……本当はとても優しくて、周りを見て、細やかな配慮が出来る人。
 だが、気の強い性格が災いして、ずっと気付かない振りをしていた。
 認めたく…なかった、自分の感情を。

「聞いてもらいたいこと…あるんです…。だから……」
「大丈夫。戻ってくるよ」

 顔を上げると、そこには良く知る従兄弟の温かな瞳があった。
 優しくて、温かいその目は間違いなく自分と兄の従兄弟のもの。
 ラナはクシャリ…、と顔を歪ませて笑った…。
 その頬に一滴の涙が伝う。

「じゃあ、ちょっとだけ先に行ってます。皆さんは予定通り、『忘らるる都』の祭壇へ。それまでに合流出来るようにしますから」
「あぁ。待ってる。『仲間』としてな」

 クラウドがそう言って、青年の髪をクシャリと撫でた。
 頭を撫でられた事で青年は俯いてしまったので表情は分からない。
 だが…。

「……行ってきます」

 そう一言残してデッキから宙に身を投げ出した青年の声は……ほんの少しだけ震えているようだった…。


 どこまでも白い雲の中へ、青年の姿があっという間に吸い込まれていく。
 暫くそのまま雲を見つめていた英雄とタークス、そして隊員達だったが…。


「「「「「 あれ……? 」」」」」


 ハタ、と一つの事に思いついて顔を見合わせた。


「なんかさぁ…」ユフィが額を押さえて顔を顰める。
「そうなんだよなぁ、なんか…よぉ〜…」バレットも首を捻る。
「忘れてることがあるような…ないようなっと…」レノも顎をつまんで思案顔。


「「「「「 途中まで手を組んでシエラ号で運ぶ代わりに、闇のバケモノ達から俺(アタシ)達を守る…って言ってなかった…?」」」」」


 シーーーン。


「ま、まぁ…先に行ってバケモノ退治をしてくれている…ということで、約束の反故にはならないんじゃないですかね…」
「そ、そうだな…」

 リーブがとりなすように引き攣りながら笑う。
 クラウドもそれに便乗してコクコクと頷いた。
 他のメンバーも、
「そ、そうだね」「うん、そうだよ…うん」「だな…」「ま…そういうことにしておくか…」
 等々、少々無理に納得しようとしたが、中には、
「…まぁ…それでもいいかもしれないが……なんだか納得行かないんだぞっと…」
「ん〜…どうなんですかねぇ…。でも、まぁ結果オーライってことになれば良いんじゃないですか?」
「…………」
 と、少々納得し難い意見を持つ者もいた。


「局長。では…ご指示を」


 一つ咳払いをしてスライ大将が上司に声をかける。
 リーブは表情を取り繕うと、シドに視線を流した。

「シド。30分後には確実に到着出来るんですね?」
「おうよ。今のところなんの障害も無いからな」

 シドの答えに一つ頷く。

「では、雲の下に潜って外部モニターに切り替えて下さい。どこに着陸すべきか検討します」

 リーブの指示に、クルーがサッと反応する。
 下降を始めたシエラ号に、乗り物に弱いクラウドとユフィが、
「「 うぇ…… 」」
 と、小さく呻いて気持ち悪そうな顔をした。

 大画面に外の様子が鮮明に映し出される。
 見えるのは昼間だと言うのに薄暗い風景。
 厚い雲に覆われているため、陽の光が射さない。
 葉の無い樹木が林立している様は、まるで……死んだ森。

 一見、青白くも銀色にも光って見える樹木達。
 淡い光が無数に点滅しているその様は、まるで死の世界と命の世界の狭間のようだ。
 猛スピードで樹木達が後方に流れるその様は、シエラ号がどれほどのスピードで飛んでいるかを物語っている。

「「 ……気持ち悪い…… 」」

 画面の中で樹木が流れる映像は、乗り物酔いの二人にはキツイ映像だったらしい。
 レノとバレットが呆れたような顔をして、
「なら見るなよっと…」「ったく、しょうがねぇ二人だなぁ…」
 と、ぼやく。

 その時。

 スクリーンが一瞬、チカッと光を映した。
 しかし、猛スピードで飛行しているためにその光はあっという間に画面から消えてしまった。

「おい!」「今のは!?」

 シドとイリーナが同時に声を上げる。
 シェルクがサッと身を翻して部屋を出た。
 自分の能力を活かして光の正体を探るためだ。
 本当は、センシティブ・ネット・ダイブの力を今回は使うつもりは無かった。
 実戦で戦うつもりだったからだ。
 しかし、そうも言っていられない。
 己の中の何かが、たった今目にした光を逃すな!と言っている。

 シエラ号の一室に設置されている機械に飛び込み、素早く装着する。

『おい、シェルク!?大丈夫かよ!!』

 スピーカーからシドの焦った声が流れてくる。
 その後ろにいる姉の声も…。

「大丈夫です。そのまま飛行を続けて下さい」

 一言、そう言うとシェルクは無人型の小型艇を発進させてネットワークの世界に精神を飛び込ませた。
 そうして…。
 無人型の小型艇からもたらされた情報に、驚愕した…。



『シド……聞えますか…?』
「おう!どうだった!?」

 スピーカーから聞えるシェルクの声に、一同が身を乗り出す。
 人としての感情が表れるようになったとは言え、まだまだシェルクは感情の表出が乏しい。
 その彼女の声が震えている。
 シャルアがやや取り乱し気味に、
「シェルク!大丈夫かい!?」
 と、声を上げる。
 他のメンバーも固唾を呑んでシェルクの答えを待った。

 ほんの僅かなタイムラグ。
 少し乱れた息使いがスピーカーから聞える。

『私……こんな光景、見たことありません』

 震えている声は、恐怖からか…?
 いや…違う。
 恐怖ではなく…。

『星が……躍動してます』

 シェルクの言葉に皆が顔を見合わせる。
 スクリーンには、相変わらず樹木が林立しているだけ。
 あと少しで『忘らるる都』の入り口に到達するだろう…。

 そこで、一行は大地が酷く歪(いびつ)になってきている事に気がついた。
 ハイスピードで飛んでいるのにも関わらず、大地が変形している事に気がつくとは、よほど大きな変化がないと難しいはず。
 一行に緊張が走った。
 しかし、シェルクからもたらされた報告は、大地が変形している原因の裏づけとなるものとはほど遠いものだった。



『ライフストリームが溢れてきています!』



 全員がその言葉に目を見開いた。






 シェルクはただただ目を…、心を奪われた。
 小型艇から見える光景。
 それは、にわかには信じ難いもの。
『忘らるる都』をグルリと囲むようにして存在している『サンゴの谷』。
 その『サンゴの谷』から、泉のようにライフストリームが湧き出てきている。

 あぁ…、だから『サンゴの谷』に生息するモンスターは、水の中の生き物に形が似ているんですね…。

 シェルクはなんとなく的の外れたような…、それでいて的を射たような感想を抱いた。

 そのエメラルドグリーンの水面の上を、まるで地面に立つようにして佇む人影。


「ライ!?」


 思わず上がった驚きの声は、スピーカーを通してしっかりと操舵室にいる全員に届いたが、仲間達の呼び声などシェルクには聞えなかった。

 漆黒の髪をユラユラと湧き上がる泉の勢いによって起こる風に乗せ、青年はそっとその勢い止まらない泉の中に腕の中の青年を託した。

 固く瞼を閉じた青年が、あっという間に急流に呑まれる様にしてその姿を消す。
 それを最後まで見守っていたプライアデスは、溢れ出るライフストリームにそのまま持ち上げられるようにして地面から遥か上空へとその身を預ける。
 そのまま、まるで目に見えない壁の上に乗っているかのようにライフストリームに呑みこまれること無く、『サンゴの谷』を見下ろせるほどまで上空へと浮き上がった。
 チャプチャプ…という音が青年の足元からするかのようだ。

 まるで…水の壁。
 エメラルドグリーンの水が、そのまますっぽりと『忘らるる都』を覆っている。
 結界のようなその光景は、小型艇を通してシェルクを魅了した。
 全身が総毛立つほどの……雄大な光景。
 星の力をまざまざと見せ付けられたかのようだ。
 そして…。

 プライアデスの隠されていた力の大きさも。


 ライフストリームに沈む事無く真っ直ぐ立つ青年は、大きく両腕を広げて軽く空を仰いだ。


 水の壁から次々銀白に輝く光の玉が現れる。 
 それが『忘らるる都』の入り口近くに着く頃には、人の形を成していた。


「……セトラ……」


 銀色に輝く双翼を背に負った、今は亡き『選ばれし者達』の姿。

 シェルクは、リーブ達に状況を報告することも忘れ、その信じ難い光景に心を奪われた。




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