ずっと…ずっと考えていた。 少女は幸福そうに笑いながらも、心の中ではずっと考えていた…、感じていた…。 何かが違う…と。 本当に自分がしなくてはいけないことがあるのではないか…と。 だが、それを教えてくれる環境にはほど遠かったし、何より…少女は純粋すぎた。 周りの人間が皆、自分のためにしてくれているのだと…。 自分に向けてくれている笑顔が本物だと…。 信じて疑わなかった。 だから。 遠征から帰ってくるたびに傷ついている母と伯母の傷を癒すため、心を込めて歌を歌った。 自分に出来る事はこれだけだ…と、信じて疑わなかった。 母も伯母も、兄も側近も、それで良いのだ…と笑ってくれたから。 だから…。 少女が初めて『現実を目の当たりにして』狂ってしまった瞬間。 ティファはどうしようもなく…悲しくて…苦しくて……胸が潰れそうで……。 闇に堕ちるのを……止められなかった…。 Fairy tail of The World 77「なにがどうなってるってんだ!?」 シドの怒鳴り声が操舵室に響く。 しかし、シェルクからの応答は無い。 聞えてくるのは、 『…セトラが…』 『信じられない…』 といった、独り言のみ。 何かに心をすっかり奪われている証拠だ。 「状況は良く分かりませんが、恐らくバルト中尉がなにかしらのアクションを起こしてくれたんでしょう。我々は予定通り、着陸地点を決めて迅速に行動しなくては」 リーブが指示を出す。 シドは小さく舌打ちをしながらも、クルー達にシエラ号の着陸地点を割り出させた。 だが、その作業を始めると同時に、 「シド。恐らく『忘らるる都』にシエラ号が着陸するだけのスペースは無い。このままシエラ号から飛び降りた方が良いだろう」 そう言いながらクラウドがドアに向かう。 血気盛んなバレットが意気揚々とこぶしを振り回しながらその後に続いた。 ナナキも尾をピンと立てて軽やかに駆ける。 「ま、それもそうか。じゃあ、シエラ号は上空で待機。何かあればすぐに無線で連絡しろ」 そう言って、シドも素早くデッキへ向かおうと身体を反転させて……ハッとした。 気がついたら、操舵室に残っている英雄は自分だけになっているではないか。 タークスやWROの中将、大将、リーブ、更にはシャルアまでいない。 「…うぉい…、いつの間に…」 シドは一瞬呆気に取られたが、仲間達の迅速な動きに遅れを取るまいとバタバタとデッキに駆け出した。 デッキには、既に『スカイボード』を装着し終えつつあるメンバーがいた。 シドも手際良く『スカイボード』を装着すると、タバコをピンッ、と空に放る。 「んじゃ、おっぱじめるか!」 ニッと笑うシエラ号の艦長に、一同が力強く頷いた。 「リーブ、シャルア博士、後は頼んだ」 「あぁ、気をつけて!」 「皆さん…、絶対に生きて戻って来て下さいね…」 「皆様、お役に立てなくて申し訳ない」 「どうか…ご無事で」 後方支援という形でシエラ号に残ることが決まったリーブ、シャルア、スライ大将とデナリ中将が、それぞれ少々悔しそうに…、心からの激励を込めて言葉をかける。 リーブはケット・シーをWROの本部壊滅の際に持ち出すことが出来なかったので、直接戦闘に加わることが出来ない。 無論、一般人に比べたら闘えるのだが、それでも英雄達やタークス達の足を引っ張ってしまうだろう。 「ああ、必ず戻る」 力強く、『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』が言い切り、皆を見渡した。 「じゃあ……行くぜ!」 クラウドの掛け声に威勢の良い声が上がる。 そうして、あっという間に最終決戦に臨む猛者達は空に身を躍らせた。 次々、『スカイボード』を巧みに操り、地面に近付く。 クルクルと宙を舞い、空気を操るかのように身をなにもない空間に委ねる。 クラウドは片腕にナナキを担いで空を舞う。 その姿は流石、『英雄達のリーダー』と讃えられるものだった…。 ところが打って変わり、若干、動きがぎこちないのはバレットとルード。 身体が大きい分、空気抵抗があるせいなのかもしれない…。 などと、いささか失礼な感想を持ったのは、赤毛と金髪のタークス。 無事に地面に降り立って発した第一声が、 「レノ先輩。ルード先輩とジェノバ戦役の英雄の…えっと、バレットさん?でしたっけ…、って意外と不器用なんですね…」 「そんなはっきり言うんじゃないんだぞっと。あれでも二人共、一生懸命なんだぞっと」 だったりする。 なんとも緊張感の欠けるやり取りを、上司であるツォンが苦い顔をして睨みつけ……、その表情が凍る。 「なんだ…これは……」 ツォンの言葉に、赤毛と金髪のタークスもハッと周りを見渡した。 クラウドとヴィンセント、それにユフィとナナキは既に『忘らるる都』へと駆け出している。 まるで…なにか爆弾が幾つも投下されたかのように、地面が歪にボコボコと穿たれ(うがたれ)、変形している。 明らかに大きな力が加えられて削がれた地面。 折れている大木。 散らばる小石に大地に走っている無数のひび割れ。 「なにか…ここで闘った…?」 ナナキが地面に鼻をこすりつけるようにして身震いする。 「行こう」 キッと祭壇へと続く入り口である『貝殻』のような建物を睨みつけ、クラウドは足を踏み出した。 清らかな泉の中にあるその『入り口』。 クラウドは勿論、他の英雄達も複雑そうな顔でその泉の中にある道を進む。 三年前。 ここに『彼女』を水葬した……。 ユラユラと静かに波紋を描く湖面は、荒事などなにもなかったと語っているかのようだ。 ユフィは、水面に映る自分の姿をほんの一瞬見つめ、フルフルと頭を振って仲間の背を追おうとした。 クラウドとヴィンセントは泉を見ようとすらしない。 心が三年前の悲しみに引きずられまいとして、必死に前だけを向いているかのようだ。 シドとバレットはチラッと水面を見て……目をそらしている。 ナナキも同様だ。 すぐに追いついたユフィと目を合わせて、悲しそうに隻眼を細める。 と…。 「……なんだありゃ…っと……」 「……なんですかね……あれ…」 「……なんだ……?」 「 ??? 」 クラウド達もそのタークスの言葉に足を止める。 怪訝に思いながら、悲しい思い出の泉へ目を移して……。 石化した。 「「「「「 は!? 」」」」」 薄っすらと湖面に浮かび上がってきている『靄(もや)』のようなもの。 それが段々、明確に人の形を成していき…。 「「 ザックス!? 」」「「 エアリス!? 」」「「 !?!?!? 」」 驚き過ぎて悲鳴のような声を上げる。 一方、湖面に浮かぶようにして現れた二人は、スーッと目を開けると…。 「 うぉっ!! 」「 きゃっ!! 」 祭壇へ続く道のど真ん中で固まっている面々を見て、ギョッとした。 一瞬の沈黙。 「「「「「「 えぇぇぇぇえええ!?!? 」」」」」」 これから闇の女帝と決死の闘いを…! という、緊張感が粉々に砕け散った瞬間だった…。 「中々、面白い余興をするじゃないか、えぇ?」 「別に…余興じゃないですよ」 「ケッ。つまんねぇ返しだなぁ、おい」 「あなたに面白がられても嬉しくありません」 「本当に、お前といい、あの女の兄貴といい、つまんねぇ存在だなぁ」 「僕の事はさておき、シュリとアルファを侮辱するのは許せませんね」 「へぇ、じゃあどうする?俺を消してみるか?」 エメラルドグリーンに輝く水の壁。 その壁が小波(さざなみ)を立てている上で、プライアデスはボロゾアと対峙していた。 二人の距離はざっと見ても数十メートル。 地面から湧き立つ泉の音が辺りを支配している中、二人のやり取りは普通の会話ほどしかされていない。 しかし、異様に発達しているのかそのやり取りを、二人は一字一句、聞き間違う事無く行っていた。 嘲りの表情を浮かべているボロゾアと…。 氷のような表情の…プライアデス。 プライアデスの周りには、白銀の翼を持ち、銀糸の髪を揺らめかせ、深緑の瞳を鋭く光らせた……『選ばれし者達』。 対するボロゾアの周りには、歪に顔を歪ませ、崩れかけた泥人形のような醜悪さのバケモノ達。 それは、まるで『天使と悪魔の戦い』。 ボロゾアはニヤニヤ笑いながら、足元を軽く蹴り上げた。 エメラルドグリーンの水滴が宙に舞う。 その水滴は消える寸前、ドロリとした黒い雫に変化して……大気に溶けるようにして消えた。 「ほら、見ろよ……この『汚れよう』をよ…」 面白そうに、何度も何度も、チャプチャプ…と、足元を蹴る。 その度に、清浄な雫がどす黒く穢れて……大気に溶けた。 プライアデスの一番近くにいた女性が、眉尻を吊り上げて睨みつける。 ボロゾアの視線が、その女性に向けられた。 嘲笑が更に深くなる…。 「元はと言えば、アンタが禁忌を犯して『人間』の子供なんか産むから、こんな風に星が狂ったんだろうによぉ。怒るなんてお門違いじゃねぇのか〜?」 女性の顔がピクリ…と動く。 しかし、女性が何か行動するよりも…。 ザワッ! その場の空気に凄まじい殺気が走った。 言うまでも無く、その気を発したのは…。 「母を侮辱するな」 庇うようにして一歩、前に進む。 ボロゾアの口が三日月の形に釣り上がった。 これ以上はない程…、狂気に彩られた笑み。 プライアデスの前世の母親が、一瞬、嬉しそうに……そして、悲しそうに……緩む。 青年は振り返らず、ただ真っ直ぐ目の前に立ち塞がる『闇』を睨みすえた。 「お前はアルファの下には行かせない」 ゆっくりと右手を肩口から背に回す。 「ここで……滅せよ」 勢い良く振り下ろされた手には、白銀の大剣が握られていた。 それは、シュリの持っていたものと酷似しており、眩いばかりに光っていた。 そうして、その剣を持つプライアデスの背には……白銀の双翼。 しかも、アルファの翼と同等ほどにもなる大翼だ。 「へぇ〜…『忌み子』なのに、大したもんじゃないか」 ケケケッ。 どこまでも小バカにすると、ボロゾアは控えていたバケモノ達に向かって顎をしゃくった。 「殺れ」 耳障りな雄叫びを上げながら、バケモノ達が突進する。 無言のうちに、『選ばれし者達』が次々と白銀の剣を手に構えて……。 「『闇は闇に、光は光に還すべし』」 ブンッ!と一振りしたプライアデスの言葉を合図に、一斉に戦闘へと突入した。 「え!?じゃ、じゃあ……」 「多分、今頃『忘らるる都』の入り口では戦いが始まってるわ」 エアリスの一言に、バレットとユフィが思わず入り口へと駆け出しそうになる。 それを、フッと現れたザックスが手を広げて阻んだ。 「ダメだ、彼らの戦いは普通じゃない。生きた人間では太刀打ち出来ない」 「『生きた人間では』って…」 「でも、ライは生きてるんだぜ!?じゃあ、ライにもきついだろうがよ!!」 必死になって食い下がる二人に、シドとヴィンセントがバレットを、ナナキがユフィの服の裾を噛む事で抑える。 「私達をこういう形で再び現してくれた人よ?大丈夫」 エアリスの言葉に、バレットとユフィがハッと息を飲んだ。 そうして、そのままの流れでクラウドを見る。 クラウドも、若干動揺している様だった。 前世を思い出したその瞬間から、青年は『人間』ではなく『セトラ』としての力を取り戻した。 ということは……。 裏を返せば『普通』とは言い難いかもしれない。 「そうだな」 「うん、そうだよね」 ユフィが自分に言い聞かせるように繰り返す。 クラウドは真っ直ぐ顔を上げた。 「ああ、ライは俺達の仲間。頼れる仲間だ」 そこで一端言葉を切る。 「例え…、例え……アルファを人として死なせてやりたいがためにティファを利用しようとしていても、それはアイツの本心じゃないはずだ。絶対に、アルファを殺したくないはずだ。だから…」 「俺達は、なんとしても、アルファを止めるんだ!ライのためにも…シュリのためにも…」 「なにより…ティファと星の未来のために…!」 言葉を切って入り口を向く。 「俺達の大切な人達の未来に…繋げるために…!」 仲間達がその言葉に胸を詰まらせる。 タークスのお調子者ですら、グッと来るものがあったらしい。 神妙な顔をして……最後にはいつものニヤッとした笑いを浮かべたが、それはいつものふざけたものではなくて、覚悟を決めたもの。 赤いマントを風になびかせ、ヴィンセントがクラウドの脇を通り過ぎ、先に入り口の中に足を踏み入れた。 通り過ぎ様に、ポン…、とクラウドの肩を叩き、視線を流す。 その紅玉の目が満足そうに微笑んでいたのは、恐らくクラウドの見間違いではないだろう。 ヴィンセントの背中が完全に入り口へと消える前に、ナナキが軽やかにそれを追った。 クラウドの脇を通る間際、ニコッと笑いながら見上げる。 クラウドもそれに応えるように一つ、小さく頷くと力強く一歩を踏み出した。 他のメンバーもそれに続く。 レノはロッドで肩をポンポンと叩きながら…。 ルードは拳をギュッと握り締めて感触を確かめながら…。 イリーナとツォンは銃の弾を装填しながら…。 ユフィ、シド、バレットはそれぞれ自慢の武器を手の中に、しっかりと前を向き……。 それぞれチラリ…と顔を見合わせて大きく頷き、入り口へと踏み出した。 |