「古(いにしえ)に果てし、理(ことわり)の守護者達よ…」

「生命(いのち)の螺旋(らせん)を紡ぐため、いま一度その力を貸したまえ」

「生命、育む大地のために」

「その力を示せ」



「 闇を…殲滅せよ 」







Fairy tail of The World 78








「また会えて…嬉しいわ」
「本当になぁ。まさか、こうしてまた姿を取り戻して参戦出来るとは思わなかった」

 エアリスがいつの間にかスッとクラウドの横に並んで声をかけた。
 クラウドを挟んで反対隣には…ザックス。

 クラウドは大切な二人に挟まれながらゆっくりと歩く。
 過剰な緊張がほぐれていくのを感じずにはいられない。
 思わず目元が柔らかになる。

「俺も…二人に会えて本当に嬉しい。だが、ライは大丈夫なのか…?二人を召喚したまま戦っているみたいだが…」
「大丈夫よ。むしろ、私達を召喚して力を使った方が、彼の場合は好都合なの。彼は『セトラ』の魂の力を解放したばかりだから力が有り余ってるのよ。だから、『器』である身体にはちょっとキツイ状態なの」
「というわけで、俺達をこうして実体化させることが逆に過剰にかかる身体への負荷を弱めることになるんだ」

 エアリスとザックスの説明にクラウドが首を捻る。
 シュリが二人と魂の契約をしていたことを教えていなかったことに、仲間達が思い出した。

「シュリに止められてたんだけど、エアリスとザックス、シュリと魂の契約してたんだ」

 首を傾げてユフィを見る。

「魂同士の繋がりを持って契約することで、召喚獣みたいに自由に登場させるってところかな?」
「えぇ、そんなもんね」
「…なんだよ、聞いてないぞ…」
「「「 だから、口止めされてたんだって 」」」

 不機嫌そうに仲間を見るクラウドに、ユフィ、バレット、シドが口を揃えた。
 ヴィンセントが溜め息を吐きながら、
「戦いが終わってから説明してやる」
 一言そう言った。

 その一言で、皆に緊張が戻る。

 そう。
 じゃれている場合ではない。
 祭壇に近付くにつれ、段々空気が重くなっていくのは気のせいではない。
 外で戦っているというプライアデスのことも気になるが、目の前に差し迫っていることへ意識を向けることの方が大切だ。

「絶対に後できちんと教えてもらうからな」

『後で』を強調させたクラウドの真意。
 それは、必ず勝って戻るという決意の表れ。
 その決意に、エアリスは花のように、ザックスは太陽のように…笑うことで応えた。
 仲間達もそれぞれ笑って力強く頷き合う。
 タークスとWROに所属する者も同様だ。
 絶対に生きて帰るのだから。

 その為には…。


「こんなところで、足止め食らってる場合じゃないんだぞっと…」

 レノがニヤッと笑いながらロッドを一振りする。
 背筋がざわざわとする感触。
 ザックスとエアリスがキッと左後方を睨みつけた。
 そのまま、クラウドの隣からあっという間に一番後方に現れる。

 まだ何も見えないが……何かいる。
 びりびりとした殺気が、たった今、通った道から放たれている。
 ぼんやりとした薄明かりが前方にはまだあるのに、何故か今まで通ってきたはずの後方には、漆黒の闇が広がっている。
 その闇が、徐々に周りを侵食していっている事に一同は気がついた。
 少しずつ…少しずつ、通ってきた道を這いずるようにして闇が侵食し、道が消えていく……。
 周りの風景も…少しずつ闇色に変色している!!


「私一人で充分だわ」
「エアリス!!」

 ユフィの悲鳴のような抗議の声が上がる。
 しかし、
「そうだな、じゃあそいつは頼む」
 あっさりとザックスはそう言って、エアリスの隣からスーッと離れた。
「ザックス!?」
 非難するような声を上げたクラウドに、ザックスとエアリスが呆れたような顔をした。
「お前は…まったく…」
「ク〜ラ〜ウ〜ド〜〜!まずどれよりも、なによりもティファ!でしょう!?」
「だが…」
「私も残る」
「「「「 え!? 」」」」

 言い合うクラウド達に割って入るようにして、静かにタークスのリーダーが銃を抜きつつエアリスの隣に並んだ。
 瞳は真っ直ぐ闇に向かっている。
 赤い髪の部下とサングラスの部下。
 そして金髪の部下が口々に自分たちも残る!と言い張ったが、ツォンは頑として譲らなかった。

「恐らくここだけじゃないだろう。行く先々でバケモノ達がてぐすね引いて待っている。こんなところで全員が固まってどうするんだ?」

 相変わらず静かな物腰。
 静かな口調。

 部下達を黙らせるには…充分だった。
 エアリスが何か言いたそうに口を開けたり閉じたりしていたが、結局何も言わないでザックスへと視線を流す。
 片眉を器用に下げながら肩を竦めて見せた恋人に、決心を固めたのだろう。

「じゃ、パートナーよろしく、ってことで」

 ツォンに向かって茶目っ気たっぷりに笑って見せた。

「エアリス!」「エアリス…」「…絶対に追いかけてこいよ!?」
「ツォンさん…」「ったく…美味しい所を譲るんだから、絶対に戻って来るんだぞっと!」「………」

 仲間達はそれぞれ後ろ髪を引かれる思いで、エアリスとツォンに背を向けた。
 クラウドもヴィンセントとザックスに促され、やや引っ張られるようにして前へ歩き出す。

「大丈夫だってば。心配性ねぇ」

 紺碧の瞳に不安を浮かべる仲間に、エアリスは母親が小さい子供をたしなめるような…そんな口調で笑って手を振ったのだった…。


「さてと」
「………」
「まさか、こんな形で共闘するとは思わなかったなぁ」
「私もだ…」
「ふふ…でも…」
「…なんだ?」
「…ちょっと…、ううん、かなり嬉しいかなって」
「…そうか…」


 仲間達が曲がり角に消えると同時に、二人は闇と真っ向から向き合った。
 もう既に、闇が二人をグルリと包み込もうとしている。
 その暗闇の中でツォンは、隣に立っているエアリスから放たれているエメラルドグリーンの光を頼りに、そっと銃を構えた。

「その銃じゃきっと効かないわ。ちょっとこっちへ」
「 ? 」

 ツォンは少し不思議そうな顔をしながらも、言われるままに銃を差し出した。
 エアリスは銃に触れられない。
 かざした手が薄っすらと透け、銃が見える。
 その光景は、ツォンを悲しくさせた。
 彼女が本当に星に還ってしまった『先人達』だと、改めて思い知らされたからだ。

「私、不幸じゃなかったわ」
「え…?」

 驚いて顔を上げると、深緑に輝く瞳が真っ直ぐツォンを見つめていた。

「不幸じゃなかった。血のつながりは無いけど母さんがいた。ザックスと出会って恋もした。クラウド達に出会えて仲間が出来た。冒険の旅にも出られた!そして…」

 腰に装着していたロッドを取り出し一振りする。
 眩いばかりの光が、ツォンに襲い掛かろうとした闇の触手を打ち払った。
 ツォンがハッとして周りを見る。
 すっかり…囲まれている。
 だが、全く怖くない。
 その理由を彼は実に正確に知っていた。

「私はセトラとしての役目を果たすことが出来た。そして、今、こうして再びセトラとしての役目を果たすことが出来る」

 両腕を伸ばしてロッドを地面に対し、水平に構える。
 クルクルクルクル…。

 大きく円を描くように右手だけで回し、次いで左手で回す。
 腕一杯に伸ばし、ロッドを回す。
 ロッドが回るたびに辺りの闇がざわざわと苦しげに蠢いた。
 月の光を隠している厚い雲が、徐々に空を流れて月光を地上に降り注ぐことを許すように、段々周りの闇が薄らいでいく。
 エアリスを中心として、エメラルドグリーンの光が薄いヴェールのように漂いながら溢れ出てくる。

 なんと幻想的な光景。
 ツォンは迫っている闇の脅威も忘れ、ただただその美しさに目を奪われた。

「ちょっと〜、ダメよ、もうすぐ怒った大物が飛び出してくるから、ちゃんと『その銃』で仕留めてね!」
「 ! …フッ…そうだな。まったく、私としたことが…」
「ふふ、本当に。でも………」

「そんなツォンは……キライじゃないよ」

 エメラルドのヴェールに包まれたエアリスの微笑み。
 彼女が生きているときには決して向けられなかったものだ。
 欲しくて……欲しくてたまらなかったものだ。

 ツォンはガラにもなく、鼻の奧がツンとするのを感じながら、ゆっくりと銃を構えた…。






 ズズズズズズ………。

 遠くで何か…大きなものが倒壊した音がする。
 先行隊はビクッと足を止めた。
 しかし、
「行こう」
 クラウドの一言に、また歩き出す。
「大丈夫だ。エアリスとツォンは無事みたいだからな」

 お通夜のように沈みきった空気を払拭するには充分な効果を持ったザックスの一言。

「「 マジ!? 」」「「 本当!? 」」「「 いよっしゃー!! 」」

 それぞれ、嬉しそうにガッツポーズをしたり、飛び跳ねて喜んでいる。
 だが、浮かれ騒げたのはほんの束の間だった。

 もうすぐで全員が祭壇の入り口をくぐる。
 その時だった。
 ザワッと全身が総毛立つほどの…殺気。
 思わず、全員が何も言われなくても…地に身を伏せた。

 ビュンッ!!

 クラウド達全員の髪の毛が強い風になぶられ、激しく揺れる。
 全身が総毛立つ。
 間違いない。
 とんでもない大物だ。

 クラウド達は全身のばねを使い、地に伏せたままの状態で祭壇に続く扉の向こうへとダイブした。
 そして…見た。
 祭壇がすっかり様変わりしているのを。
 その祭壇の中央で、女帝が悠然と座っているのを。
 女帝の傍らにある……クリスタルを!!


「ティファ!!」
「「「「「「「 クラウド!! 」」」」」」

 闇色のクリスタルを目にした途端、クラウドは、真っ直ぐティファのいる祭壇目掛けて光りの螺旋通路から飛び降りた。
 仲間達は当然だが、ザックスもギョッとしている。
 しかし、ザックスがギョッとしたのは、仲間達の心配…、『女帝と一人で対峙すること』とは少し違った。

「バカ、クラウド周りを良く見ろー!!」

 叫びながらクラウドに続いて力の限り、宙を切るように飛び出した。



「「 クラウド、 ザックスー!! 」」


 仲間の悲鳴が床に到着する寸前にクラウドの耳に届いた。
 と、同時に自分へ迫ってきている闇のバケモノにも…。

『しまった!!』

 そう…バケモノの存在に気付くのが遅すぎた。
 ティファがそこにいる、と思った瞬間、全てが吹っ飛んでしまった。

 女帝からどうやってティファを取り戻すのかとか…。
 もしもダメなら刺し違えてもとか…。
 だが、きっとそんなことをしたら間違いなく彼女は闇に身を落とすだろうから、やっぱり絶対に生きて帰らなくては!!などなど。

 そう言ったあれこれの葛藤、不安、心配。
 それらをバカみたいに頭に叩き込んだはずなのに、クリスタルが見えたその刹那、全てが吹っ飛んでしまった。

 強く眼を瞑り、両腕を交差させて身体と顔の前面を守る。

 ドンッ、グイッ!!

 ハッと目を上げると、紺碧の瞳を持つ…ちょっと怒った顔の親友。
 二人もつれるようにして、女帝の目の前にストン…と、着地した。
 着地した途端、
「このバカ!だから、冷静さを失ってどうす………る…………」
「 !! 」
 硬直。

 紅玉の瞳を冷たく輝かせ、女帝は足を組んで片手で頬杖をついてゆったりとした格好で座っていた。
 やや……呆れたように。

「なんとも…緊迫感に欠ける雰囲気ですね」
「そりゃ…どうも」

 ピリピリとザックスの緊張が伝わってくる。
 仲間達も慌ててクラウドとザックスの傍へダイブした。
 シャドウの攻撃があるかもしれない…と、数名は危惧したが、意外にもシャドウは攻撃してこなかった。
 空を自由に飛べるかのように、何もない空間を悠然と駆ける姿に、どこか雄大で荘厳な……そんなものを感じるのは、おかしいだろうか……?
 シャドウは、半ば放心状態で見つめる面々を尻目に、悠々と空を駆けるシャドウは女帝の足元にフワッと着地すると、そっとその身を擦り寄せた。
 女帝の真っ白で血の気の無い手が、シャドウの毛並みに触れ、ゆっくりと撫で始める。
 まるで、忠実な部下以上の存在として扱っている…そんな雰囲気。

 一瞬、その光景に気を呑まれる。
 だが、ハッとクラウドは我に返ると…、
「ティファを返して貰いに来た」
 低い声音で静かに話しかける。

「えぇ、知ってますよ」
 何の抑揚もなく淡々と答えた女帝に、クラウドも落ち着いた声で
「勿論、すんなりと返すわけ…無いんだろう…?」
「当然です」
 あっさりと返されたその言葉は、やはりこれまで通り、ほんの少しも蔑みとか憎しみとか、そういう感情を一切感じさせない。
 まさに、ありのままの事を当然として口にしている。
 そしてそれだけではない。
 自分のしようとしていること自体、『どうでもいい』と思っているような…感情がないかのような…印象を受けてしまう。
 クラウドは眉間にシワを寄せ、睨みつけた。


「 アルファ 」


 ピタ。

 シャドウを撫でていた手が止まる。
 真っ直ぐにクラウド達を見る。
 ただ黙って見る。

 最初に視線を逸らしたのはレノとイリーナ。
 続いてルード。

 三人が目を逸らした時、女帝が口を開いた。

「アナタ方には、この場の空気に耐えることが出来ないようですね。すぐに戻られることをオススメします」

 実にあっさりとそう言ってのけた女帝に、タークスのメンバーが顔を真っ赤にしてキッと睨みながら、
「とんでもないんだぞっと!」「ここで帰るだなんて、ツォンさんに呆れられちゃいます!」「………」
「ですが、一番最初に死にますよ?」
「「「 え… ??? 」」」
「どういうことだ!?」
「まさか、今更もっと卑怯な真似をするってぇんじゃねぇだろうな!」

 血気盛んなバレットが怒り心頭で怒鳴りつける。
 ある意味、このバレットの行為は『挑発させてボロを出させる』とも言えるものだったかもしれない。
 だが…。
 そんなことが、この目の前の女帝に……しかも『闇』の女帝に通用するはずもなく。
 ただ招き寄せた結果は…。

「私が…?人質を…?」

 心底、分からない…といったもの。
 そうして、一瞬遅れてから…見る見るうちに冷たい表情に戻る。

「私がティファさんを人質にした…って仰るんですか…?」

「何のために?」

「アナタ方をおびき寄せるために?」

「アナタ方をおびき寄せる理由は?」

「アナタ方が私にとってどれほどの価値を持った存在だと言うのです?」

「私にとってはアナタ方という存在は、別にどうでも良いんです」


「だって…」


「私に対して脅威となりうる可能性はゼロなんですから」



 ギリリ…。
 クラウドの奥歯が鳴る。
 仲間達もガチガチに緊張と恐怖で身体を強張らせていたが、後方で戦ってくれていたエアリスとツォンの事を思い出し、挫けそうになる気持ちにカツを入れる。



「確かに…俺達はお前には勝てないかもしれない」
「勝てないかもしれないじゃなくて、勝てないんですよ」
「だが、それでも!!」

 女帝の訂正になど全く気付かなかったかのように、クラウドは大声を上げた。

「ティファが必要なんだ。俺には、これから先、一生!ずっと…ずっとティファが必要なんだ」

「ティファもそうだ。俺がいないとティファはダメなんだ。俺達は一緒に生きていきたい。生きて、生きて生きて!!!アルファの分まで幸せに生きて、いつか星に還った時、沢山の幸せを持って会いに行くんだ」


「アルファに…会いに行くんだ!!」


 氷のような女帝の表情に、かすかな驚きが走った…ような気がした。




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