「ケケケ、良いねぇ、楽しいねぇ!」
「………」
「ホラホラ、もう終わりかい?」
「………」
「俺様はまだまだ殺(や)りたりないんだよねぇ!」
「………はぁ…」

 狂気じみた笑みを浮かべ、血を流しながら哄笑するボロゾアを、プライアデスは心底呆れ返った眼差しで見やった。

 二人の周りには、既に星に還ったはずのセトラと、闇の化身達が激しい死闘を繰り広げている。
 そんな緊迫した中、嬉しくて仕方ない、と言わんばかりのボロゾアは狂気に踊る道化師のようだ。
 プライアデスは手にしている白銀の剣を構え、瞳をギラリ…と光らせた。








Fairy tail of The World 79








「私に会いに来る?」

 不思議で仕方ない、そう言外に表す女帝に、クラウドはバスターソードの切っ先を向けた。
 ザックスがその隣でグッと腰を屈め、いつでも攻撃出来るような体勢をとる。
 ユフィ、ヴィンセント、ナナキ、バレットも同様だ。
 ただ、タークスのメンバーがそれに一歩遅れて構える。
 先ほどの女帝の一言が行動の自由を縛ったのかもしれない。

「違う、お前じゃない」

 女帝の質問に、クラウドはにべもなくそう言い放った。
 ザックスがチラッと非難するように見る。
 下手に女帝を刺激するのは好ましいとは言えない。
 だが、ザックスの心配は杞憂であった。
 女帝は、「あぁ…そうですか、なるほどね」と、軽い口調で答え、愁眉を開いた。

「歴代の哀れな『贄(にえ)』達のことなんですね」
「………」

 その一言にはなんの感慨もない。
 相変わらず、事実を事実として淡々と語っているだけ。
 感情を持っているとは到底思えない…存在。
 女帝はゆっくりと立ち上がった。
 女帝が腰掛けていたのが、その時になってようやく一本の大樹の枝である事が分かった。
 祭壇を底から突き破っているその太い枝は、奇妙に捻じれて天に昇っている。
 枝には葉が一枚も無い。
 枯れてしまったわけではない。
 堂々たるその太い枝の表面は、実に瑞々しい。
 勿論、擦ったりすると皮膚に傷を作る事になるのだろうが、それでもその枝には『命』が一杯に詰まっている。
 そう思わせるものだった。

「同情なさってるんですか?歴代の『アルファ』達に」

 捻りも隠しもしないその質問に、クラウドが言葉に詰まる。
 女帝はスーッと目を細めた。

「愚か…ですね」

 ピク。
 クラウドの唇が引き攣る。
 目を眇めて(すがめて)女帝を見据える。
 青白い顔を一層際立たせる漆黒の髪。
 長い…長い髪。
 その髪に負けないくらい、堂々と輝く漆黒の大翼。
 背に両翼を担う女帝は、傍らに控えているシャドウの頭部を軽く叩いた。

「歴代の『アルファ』達はとても穏やかな眠りについています。自分達が『贄』であることを未だ知らず、悟らず、穏やかな眠りについているんですよ」
「………」
「ウソだと思います?」

 軽く首を傾げる。
 サラリ…と、髪が肩から胸元に流れる。

「まぁ、アナタ方が信じようと信じまいと、事実は一つです。歴代の哀れな『贄』達は、その役目を終えた褒美として、星から『事実を知らされないで』眠ることを許されています。そうして、魂の循環を経て再び生命として地上に宿っているんですよ」

「だって、かの者達は『アルファ』と呼ばれていても、所詮は『ただの人間』ですからね」

 ギク。

 クラウド達はたじろいだ。
 女帝が暗に何を言おうとしているのか悟らずにはいられない。

 彼女は自分が『ウェポン』である、と言っているのだ。
 歴代の『アルファ達』がただの人間であったのとはわけが違う…。
 そう言っているのだ、『アルファ』は。

 クラウドは下がりそうになるバスターソードの切っ先を持ち直した。
 怯みそうになる。
 相手は、この星始まって依頼、初めて誕生した『人型ウェポン』だ。
 最初で…最後の究極の星の兵器。
 対ジェノバとして生まれたはずの…『兵器』。
 それが、極一部のセトラのせいで、本来発揮されなくてはならないその時まで、保つことが出来なかった。

 彼女は、同族に殺されてしまったのだから。

 そうして、星を守るはずの究極の兵器は、史上最悪の脅威となってしまった。
 それが…目の前にいる。

 震えずにはいられない。
 ユフィの奥歯が鳴っている。
 ナナキの尾が下がりそうになる。
 バレットの眉尻が下がりそうになり、シドは震える手に力を込めて槍を落とさないように必死だった。
 ヴィンセントも武者震いなのか、恐怖か、はたまた畏怖の念か分からないゾワゾワしたもので震えそうになっている。
 タークスの三人組も同様だ。
 思わず後ずさりしそうになるのをグッと堪える。

 そんなメンバーを前にして、それでも女帝は相変わらず、憎しみも、嘲りも、蔑みもしない。
 ただ黙って目の前の者達を真っ直ぐに見据えている。



「では、お姫様を見事、奪還してみて下さい」



「出来るなら……ね」



 女帝の言葉を皮切りに、カッと目を見開いたクラウドが…。
 ザックスが…。
 ヴィンセントが…!!
 他の仲間達が一斉に斬りかかり、発砲した。

 同時に、女帝の足元で大人しくしていたシャドウが牙を向く。

「「 うおぉぉぉおおおおお!!!! 」」
「 グワァァァアアアアア!!!! 」

 クラウドとザックスの気合と、シャドウの咆哮が重なる。
 まるで、迸る(ほとばしる)闘気がそのまま音になったかのようだ。
 ヴィンセントの攻撃は、相変わらず女帝には傷一つつけることが出来ない。
 女帝は悠然と立っているだけだ。
 イリーナも遅れじと発砲する。
 レノとルード、シドといった接近戦を得意とする者達が、上空高く飛び上がって、一気に女帝の脳天を叩き割ろうとした。
 しかし、その直前に新たに出現したシャドウの攻撃が真横から弾丸のように襲い掛かってきた。

「ゲゲッ!まじかよっと」
「何頭いるんだ〜〜!?」

 レノとユフィが同時に呻く。
 ユフィの手裏剣は、次々生まれてくるシャドウの数体に当たったが、僅かに傷つけることに成功しただけで、致命傷には遠く至らない。
 その間、ザックスとタッグを組んでシャドウと対峙ていたクラウドは、相棒の鋭い視線でのアイコンタクトにハッとした。
 ほんの一瞬、躊躇ったがそれでも決断は早かった。
 小さく頷き、クルリとシャドウに背を向けて……。


「お〜っと、お前の相手は俺だっつうの!!」


 クラウドの前進を阻もうとするシャドウに、ザックスがお調子者の口調そのままに、ギラリとした笑みを浮かべて一気に斬りつけた。

 耳障りな断末魔。
 その断末魔に、あと少しでユフィの喉を噛み破ることに成功していたはずのシャドウや、イリーナを前脚で押し倒していたシャドウ、その他にも信じられないくらい溢れているシャドウ達が一斉に動作を止めた。
 そうして、殺気と憎悪に満ち満ちている毒々しい眼差しを、ザックスに向ける。
 ザックスは一身に注意を集められたこの環境を最大限に生かした。

 すなわち。

「お前らの相手は、俺一人で充分だ」

 軽く指先をクイクイと曲げ、挑発する。


「「「「「 グルルルルルグォォォオオオオンン!!!!!! 」」」」」


 怒りで我を忘れたシャドウが一斉にザックスに飛びかかる。
 クラウドが女帝に大剣を振りかざし、鋭く重く斬りつけたのはその時だ。


 キィーーーーーッン………!!


 澄んだ音。
 クラウド自慢の大剣が真っ二つに折れてしまった音。
 クラウドは呆然と目の前の女を見た。

 自分は今、一体何をした?
 何をされた?
 何をされて、こんな……?

 女帝の細い指。
 その人差し指と中指が立てられている。
 たった二本の指だけで、自慢の剣が折れてしまったのだ。
 信じられない。

 だが、いつまでも呆けてはいられない。
 自分に襲い掛かってくる殺気の塊。
 項(うなじ)が総毛立つ感触に、クラウドはハッと我に返ると、あわや!という寸前でシャドウの攻撃をかわした。
 仲間達の戦況もその時にようやく確認する。
 五分五分…とは言い難い。
 どう見ても押され気味だ。
 ザックスは、一体どうやったのか一斉に襲い掛かったシャドウを上手に避けたらしい。
 一箇所に集まるようになっているシャドウ目掛けて斬激を叩き込んでいる。
 そして、それに倣うようにしてヴィンセント、ユフィ、バレット、イリーナが遠距離攻撃をしている。
 遠距離攻撃にはザックスの援護も含まれているのは明白だ。

 クラウドは一瞬躊躇した。
 自分の置かれている状況は、仲間のことを心配出来るような余裕は微塵も無い。
 目の前にいるのは敵の総大将。
 どちらかというと、自分の方こそが危険に晒されている。
 それなのに、仲間達を取り巻くシャドウの群れを見て、そちらに神経が行ってしまうとは、どういうことか。

『あぁ…殺気がないからか』

 ぼんやりとそんな事を思いながら、身体を回転させつつ折れた刀身で女帝に斬りかかる。
 またしても、女帝は指二本だけでその攻撃を受け止め、クラウドをあっさりと押し戻した。
 軽い動作なのに、信じられないくらい重いその攻撃に、クラウドの身体が吹っ飛ぶ。

「ウゲッ!!」

 吹っ飛ばされたクラウドは、一心不乱にシャドウに発砲しているバレットの背にぶつかった。
 バレットの低い呻き声と共に、二人は地面にもんどりうって転げる。

「クラウド、おめぇなにやってんだー!」

 がなる巨漢の仲間を無視し、クラウドは腰のホルスターから新たなソードを抜き放ち、気合いを声に出しながら再び女帝に突っ込んだ。

 女帝の瞳は相変わらず静かな湖面のように、ただただジッと攻撃してくるクラウドを見つめているばかりだった…。








「皆さん…どうかご無事で」

 シエラ号に残され、星の各地から寄せられてくるWROの報告を前に、リーブが祈るように手を握り締めて、額に押し付けている。
 シャルアも同様だ。
 メガネの奥にある隻眼の光は、ギラギラと焦りや不安、自身の力なさへの憤りをない交ぜにして宿っていた。

「シェルク。もうそろそろ戻ってきたらどうだい?」

 未だに無人型の小型艇と接触している妹に内線で呼びかける。

『いえ、もう少し』

 返ってきた答えに、シャルアは溜め息をついた。


 ピーーーッ。


 新たにメールが送信されてくる。
 その着信音に、ビクッと二人は顔を上げた。
 傍で控えていたデナリ中将とスライ大将も同じ。
 ジッと食い入るように新たな情報に目を通す。


 ― コスタ・デル・ソルより。

 現在、海軍、陸軍、空軍共に、シャドウの撃退及び、非戦闘員の保護を続行中。
 シャドウの攻撃は未だ止まず、不可思議な場所から突然現れ、攻撃してくるものの、現時点で新たな負傷者はなく、既に負傷していたものも小康状態に回復中。
 引き続き、任務に当たる。
 以上。 ―


「「「「 ……… 」」」」


 四人はフーッ…と、安堵の溜め息を吐いた。
 もう数え切れないくらい、各部署から報告が届いているが、今のところ死者がゼロという奇跡が続いている。
 おまけに、シャドウの毒に対抗出来る新薬がモスール女史の手で作り上げられてからまだほんの数十分であるというのに、それらは各地に向かってまさに光の速さで飛んでいた。
 星を一周するには勿論時間が足りないが、それでも既に各部署にある薬品だけで、新薬が届くまではなんとかもちこたえてくれそうだ。

 リーブはそれが心からありがたかった。
 それは勿論、星の誰もがそうであったのだろうが、それでもリーブが一番ありがたいと思っているだろう。

 WROの局長という責任。
 今回の大きな事変の中枢に関わっているという自覚。
 何より、自分の部下を幾度も疑い、信じてやれなかったという…負い目。

 命の大切さも当然身に染みている。

「…本当に…どうやって謝罪をすれば良いんでしょうね…」

 一人ごちた局長に、生真面目な中将と大将が困ったように顔を見合わせる。
 シャルア一人だけが、
「なに言ってんだい!謝罪なんか必要ない。必要なのは…労いと感謝の言葉だろ?」
 呆れたようにリーブの贖罪を吹き飛ばした。

「ハハ、その通りですね」

 力の無い…それでいて、どこかホッとしたような声で笑うリーブに、シャルアは「やれやれ」と言わんばかりに大袈裟な仕草で肩を竦めて見せた。
 シエラ号のクルー達も、どこか強張ってはいるが笑顔を見せていた。
 グッと身体に入っている力を抜くこともなく、自分達の勤めを果たそうとしている。
 帰って来る英雄達のために…。


 そして。

 それは、一人、無人型小型艇に意識をダイブさせているシェルクも…。

『まだ……なにかあるはず……』

 サンゴの谷で繰り広げられている死闘。
 既に世を去っている聖人達と、闇の亡者達の熾烈な戦い。
 その筆頭として戦っているプライアデスとボロゾア。
 早過ぎて二人の攻撃が翳んでしまうほどだったが、それでもシェルクは諦めなかった。
 小型艇には少量ながら弾薬が積んである。
 いざとなったら、小型艇もろとも闇の亡者達に突っ込み、僅かでも隙を作る手助けをするつもりだ。

『でも…』

 下手をすると、プライアデスの集中力を邪魔することにも繋がってしまう。
 それだけは絶対にしてはならない。
 シェルクは必死になって精神を集中させた。
 眉間に深いシワがより、こめかみから頬にかけて汗が伝う。


 …と。


『え……?』

 不思議な感触。
 シェルクのアンテナに何かが引っかかった。
 とても微弱なソレは、本当に微かなもので勘違いかとも思えるもの。
 だが…確かに……。


 シェルクは、プライアデス達の戦いからその微かに引っかかったソレを探るべく、意識をそちらに向けた。







「お前さぁ、なんだってこんなつまんねぇ星なんかのために必死になってんだ〜?」

 完全にバカにしてボロゾアが問う。
 顔には相変わらず嘲笑と余裕。
 しかし、その有している『器』は、幾つもの傷を負い、鮮血で着ているものを染めていた。
 対するプライアデスにもいくつかの傷が出来てはいるが、それでも見た目だけで判断するとプライアデスの方が優勢に見える。

 ボロゾアの愚かな問いに答える気は無いのだろう。
 紫紺の瞳を鋭く光らせ、新たな斬激を繰り出す。
 ボロゾアの肩に、新たな傷が刻まれた。

「あ〜あ、お前って本当に容赦ないんだなぁ。一応、この『身体』はお前の同僚なんだぜ〜?」
「 ……… 」
「あ〜ったくよぉ、つまんねぇ顔だなぁ。こう、もう少し『悼む』とか『悲しい』とかそういう顔が出来ないもんかねぇ」
「 ……… 」
「本当にお前、つまんねぇなぁ。やっぱ、つまんねぇ女から生まれた子供(ガキ)はつまんねぇか」
「 ……… 」

 プライアデスは全く動じず、冷静に間合いを取り、時には激しく攻撃し、サッと後方へ下がって攻撃をかわしている。
 ボロゾアのバレバレな挑発には乗る素振りがない。
 闇の化身はせせら笑った。

「本当に…お前、一体なに考えてこんな星を守ろうとしてるんだ?」

「自分の意地のためか?」

「友人とかいう人種のためか?」

「それとも…」



「あの『女』のためか?」



 プライアデスの瞳がギラリ…と殺気を強める。
 ボロゾアの嘲笑が深まった。
 キュウ、と唇の両端が吊りあがる。
 目が針のように細められる。

「ハッハ〜〜!こりゃいい!本当になんてお人よしだ〜!!」
「 ……… 」
「お前を救うためと装ってずーーーっとお前の事を縛り付けていた『女』のために!?」
「 ……… 」

 ビュンッ!!

 無言のまま、プライアデスが白銀の大剣を振るう。
 間一髪でボロゾアは避けたのに、カマイタチのような現象により、頬がパックリと切り裂かれて鮮血が宙に舞った。
 長い舌で流れる新たな血を舐め取りながら、目は青年を捉えて逸らさない。

「バカだよなぁ。折角『先の世』の記憶が戻ったのに、結局は『呪いが解けてない』んだからよぉ」

 最後の一言で、とうとう青年の鉄面皮にヒビが入った。
 片目尻の筋肉がピクリ…と引き攣る。
 ボロゾアはその表情を見て、嬉しくてたまらない子供のような笑い声を上げた。

 子供のような笑い声にしては、邪気がありすぎるが…。


「その目の色。この星のどこを捜してもいやしない『呪い』の証」

 滔々(とうとう)と語る口調は、それまでお茶らけていたものとは打って変わった厳かさを感じさせるもの。
 表情もどこか道化師から…魔術師の類に変化している。
 つかみどころが無いのに、とんでもない神秘の力を秘めているような…。

「選ばれし者と、『無邪気な無知なる者』との魂を受け継ぐたった一人の…『忌み子』」

「この世に生まれてはいけなかった…魂を持つ者」

「セトラの最初で最後の犠牲者」

「そして」


「今なお、先の世で受けた呪いの刻印をその瞳に宿す…哀れな魂よ」


「もう…ラクになりたいだろう?」


「ワタシがお前をラクにしてやろう」



「『人』として星に還り、再び生まれてくる『命の螺旋』に加えてやろう」



 スッと手を差し出す。

「ワタシの手をとれ。そうすれば、お前を『命の螺旋』に加えてやる」

 プライアデスは、ボロゾアが豹変してから攻撃せず、黙ってその言葉を聞いていた。
 だが、最後の台詞を闇の化身が口にした途端、フッ…と笑った。
 その笑みは、どこか虚無的で、遠く、儚い時の彼方を望んでいる…そんな印象を与えるものだった。



「お前を父とし、アルファを母として生まれてくるつもりなどない」



 一瞬の沈黙。
 眼下では、聖人達とバケモノ達が未だに激しい戦いを繰り広げている。
 しかし、聖人達には今のところ被害は無いらしい。
 …バケモノ達の方も、斃しても次から次へと湧いてくるため、その数は減っていないのだが…。

 そんな彼らの少し上で。
 青年とボロゾアは向かい合っていて…。


「…っくっくっく…あっはっは……あーっはっはっはっは!!」


 片手で顔を覆い、もう片方の手で腹を押さえて狂ったように笑う…狂人。

 プライアデスの前世の母親が心配そうに戦いの合間を縫っては、息子を見上げている。
 プライアデスは静かだった。
 目の前で狂ったように笑い転げるボロゾアを、ただジッと見つめていた。

 ようやく笑い止んだのか、涙を拭きつつ青年に向き直る。
 その顔は、また先ほどまでの道化の顔になっている。

「ホント、流石だねぇ。よく分かったなぁ〜」
 あ〜、笑いすぎて腹が痛い。

 大きな声で一人ごちると、不意にしゃがみ込んで今なお湧き上がり続けるライフストリームに手を突っ込んだ。
 引き出された時には、漆黒の大剣が握られている。
 片刃のその剣は、刃がノコギリ状になっており、見ただけで背筋を凍らせるものだ。

 その剣を愛しそうにうっとりと見つめながら、舌で剣の表面を舐める。
 完全に……狂っている。

「これが真っ赤に染まるのは…本当にいつぶりかなぁ…?」
 呟きながら、ゆっくりと…ゆっくりと…狂気に彩られた目を青年に向ける。



「さぁ、もうそろそろ本腰入れて…あの時出来なかったことをさせてもらおうか」



「シュリがしゃしゃり出てきて出来なかったことを…」



「お前を完全にこの世から………消してやる!」



 今までのものとは比べ物にならない殺気を放つ。
 それに呼応するように、闇のバケモノ達の力が増幅されたようだ。
 聖人達の表情が険しくなる。


 プライアデスはそっと眼下へ視線を流した。
 先の世の母と、母の妹、つまり叔母を見る。
 二人は手に細身の刀身の武器を手にしていたが、息子、そして甥の視線に気付いたのだろう。


 聖母の微笑を青年に向けた。


 青年の頬が微かに緩む。
 小さく頷き、真正面からボロゾアを見据える。
 一抹の迷いも不安も無い。

 手にしている大剣をスーッと持ち上げ、実に優雅な物腰で構えた。


「へへ…じゃあ………行くぜ!!」
「 !!!! 」


 プライアデスとボロゾアの剣が激しくぶつかった。




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