重苦しい空気が漂う中。 WROの隊員が兄妹に声をかけた。 「これで完了です!」 若干上ずっているその声も、ムッツリと押し黙っている難しい顔を崩すにはいささか力不足だったらしい。 隊員は気負っていた分、なんの返答もない事に肩透かしを喰らったような顔をして立ち尽くした。 ソレに気づいた兄の方が、 「あ、あぁ…ごめん。ご苦労さん」 ニッコリと作り笑いではあるが、一応労い、すぐにコンピューターに目を落とした。 モニターには、 ― 離陸準備完了 ― と、なんとも素っ気無い文章が一文のみ。 「兄さん…」 躊躇いがちに妹が声をかける。 グリートは真剣な…というよりも深刻な表情そのままに、立ち上がると、 「では、速やかに出立する。良いか!?火事場ドロボーなんて大バカ野郎の出現があって、例え一人でも村の人が被害に合っていたら…その時はWROの威信に関わる。バッチリ監視カメラはとりつけたんだろうな?」 「「「 ハッ!万全であります!! 」」」 部下達の堂々としたその返答に、深く頷き、 「では、ただいまよりウータイ地方へ避難を開始する。全速前進!!」 ビュンッ!と、指揮棒を振り下ろし、アイシクルロッジに住んでいる人間の移住作戦の開始を宣言した。 Fairy tail of The World 80ギーーーーッン……!! 耳障りな剣戟の音。 一戟目の音を合図にしたかのように繰り返される鈍い音は、途切れる事無くサンゴの谷に響いている。 それを掻き消すように響き渡る幾千万とも思える轟く声は、聖者達の気合と亡者達の雄叫び。 血で血を洗う…というのはこういう事を言うのかもしれない…と、シェルクは思った…。 その意識もすぐに新たなものに囚われる。 魂と魂のぶつかり合いを表す様な激しい戦いを繰り広げているプライアデス達よりも、シェルクの意識はもっともっと下層に引き寄せられていた。 一瞬。 あるはず無いのだが、プライアデスがボロゾアに渾身の一撃を繰り出そうとした刹那、通り過ぎるシェルクの意識に気付いたようにハッと手を止める。 驚愕に見開かれた視線とかち合った気がした…。 しかし、実際はボロゾアから繰り出された鋭い斬激をかろうじて受け止めている。 シェルクの意識は、その刹那の瞬間が確かかどうか、確認する暇もなく地下へ地下へと引き寄せられていった…。 「…へぇ〜」 「 …… 」 ビュンッ!! 恐ろしい空気を切る音を上げながら、プライアデスの大剣が空を斬る。 普通の人間なら、とっくに気がふれそうなほどの殺気も、ボロゾアには心地良いものでしかないようだ。 禍々しく歪んだ顔を狂気に彩らせ、半月上に唇を吊り上げて…笑う。 「面白くなってきそうじゃあないか、ええ?」 キャッッハハッハッハ〜ッハッハッハ〜〜!! 癪に障る笑い声を上げるボロゾアには、正気が微塵も残っていない。 心底蔑んだ目で、プライアデスは新たな斬激を繰り出そうとして……凍りついた。 その異変に気付いたのは、プライアデスだけではなかった。 古に去ったはずの聖者達も気付いていた。 どの顔にも戸惑いが濃厚に浮かんでいる。 亡者達も同様だ。 手に血塗られた斧や歪な形のこん棒を持ち、振り上げたままの腕で戸惑い、固まる。 ザワザワザワ…。 いつしか、聖者達と亡者の激しい死闘である地獄絵図が変化する。 まるで水面に描かれた波紋のように、戸惑いが伝染する。 誰しも、自分の周りにいる仲間と不安そうに顔を見合わせ、目の前の敵に攻撃することが出来なかった。 そんな事をしている場合ではない…。 言い知れぬ焦燥感と恐怖が魂を支配する。 聖者達を召喚しているプライアデスですら目の前のボロゾアよりも、地中深くに潜むものに意識を奪われた。 真逆にボロゾアが愉快でたまらない、と言わんばかりの耳障りな笑い声を上げた。 まるでその笑い声に導かれたかのように…、大地からドロドロとしたヘドロのような漆黒の『闇』が湧き出してきた。 とうとう今の今まで、必死に残る力を振り絞って押さえつけていた星の力が綻んでしまったのだ。 既に死者であるはずの聖者達が蒼白になる。 バケモノ達ですら自分達の故郷でもあるはずのその『闇』を前に、言葉にはとても出来ない恐怖に支配された。。 先ほどまでは闘いの雄叫びだったものが、恐怖による悲鳴に変わる。 ズブズブとヘドロのような『闇』に翼を持たないバケモノ達が足をとられる。 耳を劈く(つんざく)悲鳴がサンゴの谷を揺るがした。 「な、なんだ…」 「今…なにか…」 シャドウと女帝への攻撃、隙を見てのティファ奪還を絶え間なく繰り返しているクラウド達は、何やら地響きのようなものを感じて顔を見合わせた。 その間も、シャドウが襲い掛かってくるため気は抜かずに身体を動かし続けている。 言い知れぬ恐怖が身体だけではなく心を侵食するかのように、英雄達の動きが鈍くなる。 このままこの場に止まることが非常に危険であると、本能がそう告げている。 女帝を相手にすると決めたときからそんな事は百も承知しているのに、覚悟が揺るぐほどの……危機感。 「あぁ…始まりましたね」 能面の表情で飄々と女帝が呟いた。 クラウドの攻撃を軽々避けながら、視線はサンゴの谷に向いている。 「始まった…?」 不吉な予感を伴いながら女帝の視線を追う。 特に変わったものは見えない。 だが…。 なにか……なにかが来る。 目に見えないなにかが来る…。 全身が総毛立つ。 バスターソードが微かに震える。 クラウドは自分の手がいつの間にか震えている事に気がついた。 仲間達も、鈍くなっている己の動きに混乱と不安をない交ぜにしたもので頭と胸が一杯になっていた。 シャドウを数体まとめて片付けたザックスが、ハッと顔を上げた。 魔晄の瞳が驚愕に見開かれる。 「全員逃げろ!!」 魂の状態にあるからだろうか。 その場の全員が戸惑いながらもシャドウと対峙している中、ザックスがそれを遮るように叫んだ。 戸惑いながら、それぞれ不安で一杯の顔で見合わせる。 その間も、シャドウの攻撃が止まらないため身体は動いたままだ。 ただ、その動きが攻撃から守りの一手に変化している。 「このままここにいては全滅だ!早く逃げろ!!」 「どうやって?」 ザックスがもう一度怒鳴り、躊躇っている仲間達を促したが、戸惑う仲間達の疑問を口にしたのは女帝だった。 憎らしいほど涼やかな表情。 目の前でなにが起こっても決して動じないのではないか?と思われるほどの能面ヅラ。 言葉に詰まってザックスが女帝を睨みつける。 氷のように冴え冴えとした魔晄の瞳。 クラウドですらゾッとせずにはいられないその色を前にしても、女帝は全く動じなかった。 怒りも…蔑みすらしない。 なにも感じない……マネキン。 堂々たる大樹の枝に再び腰を下ろし、悠然と戸惑う英雄達を見下ろす。 傍らには……ティファを包んでいる黒い巨大マテリア。 クラウドは、ザックスと女帝を交互に見やり、傍らの黒いマテリアへ視線を止めた。 …ティファ…!! 「…皆は逃げてくれ」 「「「「 クラウド!? 」」」」 囁くような小さい声。 だが、決して揺るぐことのない決意の言葉。 仲間達が抗議の声を上げる。 ザックスも同様だった。 迫る脅威から仲間達を守るべく、シャドウを一手に引き受けながら他の仲間達を祭壇の階段へ押しやろうとする。 しかしそこにもシャドウが控えており、バレット、ヴィンセント、イリーナが同時に発砲した。 三体のシャドウが黒い粒子となって飛散する。 「クラウド、ここはひとまず体制を整えてからにしろ!お前が闇に呑まれたら誰がティファを助けるんだ!?」 ザックスが苛立ちながら怒鳴りつける。 それと同時に、サンゴの谷から溢れ出ていたドロドロと具現化した『闇』が侵食してきた。 英雄達がギョッとして二の足を踏む。 流石のシャドウも、そのヘドロのような『闇』からは身を庇い、遠く、遠くへ逃れる。 その背を見ながら、レノが、 「こりゃ…マジでヤバいんだぞっと…!」 そう言ったのをきっかけに、ルードとイリーナ、そしてレノとナナキが祭壇と地上を繋ぐ階段へと身を廻らせた。 鈍足なバレットを引っ張るようにしてヴィンセントがマントを翻し、腕を掴む。 それに続こうとして、ユフィやシドが佇んで動かないクラウドを両脇から捕まえる。 しかし、クラウドは身を捩ってそれを拒むと、 「今を逃して、ティファを救い出すチャンスがいつあるんだ!?」 自分を心配してくれる仲間達を睨みつけ、一喝した。 悲鳴にも聞えるクラウドの言葉。 その血を吐くような想いに仲間達は硬直した。 その一瞬の隙をつき、クラウドは空高く跳躍した。 目指すは……女帝。 そして、女帝の傍らに囚われている…ティファ。 「 ティファ!! 」 手を伸ばす。 ただひたすら真っ直ぐに、愛しい人へ…。 ザックスが慌ててそれに続く。 クラウドを助けるために、女帝に辿り着く前に阻止するために…。 だがしかし…。 「申し訳ありませんが彼女は返しません」 機械仕掛けの人形のように何の感情もないその言葉と同時に、女帝は瞬きする間もない程の一瞬で突然目の前に現れ…。 「…ッ!!!!」 ゴキッ!という骨が折れるイヤな音。 クラウドが激痛によって、宙でバランスを崩す。 折られた右肩を左手で抑えながら、真っ逆さまに落下する。 「「「「 クラウド!! 」」」」 仲間の悲鳴をクラウドは激痛と共に女帝から受けた『攻撃』によって、薄れゆく意識の中、ぼんやりと聞いていた。 ― そんなに彼女と一緒にいたいなら、いらっしゃい ― クラウドの意識が、女帝の闇に囚われる…。 どこかで声がする。 どこで…? それに…誰の声だ? クラウドは懸命に目を凝らした。 しかし、いくら目を凝らしても……誰も見えない。 見えるのは…。 「…綺麗だ…」 思わずこぼれた言葉。 見渡す限りの大自然に心が震える。 クラウドは、小高い丘に立っていた。 背中には広大な敷地を思わせる森。 眼下には、豊かな草原。 その草原には所々、背の高い堂々たる大樹が大地に根を下ろしていた。 背の高い大樹達の木陰にクラウドは人影を認め、ハッと目を見開いた。 茶色の髪をした深緑の瞳を持つ人間達。 セトラだ。 皆、楽しそうに笑ったり、なにやら口ずさんでいる。 今の生活からは想像も出来ないほど、原始的な生活だが、心は今よりも豊かだろうと思わせる光景。 どの顔も幸せで華やかに色づいている。 だが。 その人達を見ているうちにクラウドはある事に気がついた。 彼らは一緒に大樹の木陰にいて笑っているのに…。 全く会話が成り立っていないのだ。 風に乗って聞えてくる言葉が、どうにもおかしい。 まるで独り言を楽しそうに声高に話しているようだ。 クラウドは首を傾げつつ、そろそろとそちらへ足を向けた。 「まぁ!じゃあ遠征隊は無事に戻るのね!?」 「あらあら、また歌姫様が家出を?本当に外の世界がお好きですこと」 「ふふ、そうなの!私、やっぱり最初の赤ちゃんは女の子が良いなぁ」 まるで関連性がない。 一瞬、クラウドは彼女達が精神病患者ではないのか…と思った。 だがその考えが過ぎった途端、瞬間的に彼女達の話し相手が『星』であることに気がついた。 あまりにもはっきりと受け答えしている姿は、一種の『精神病患者』の妄想のようなのに、彼女達が嬉しそうに話をしている相手が『星』だと気付いたきっかけは………エアリス。 あの旅の最中、時折見せていた嬉しそうな表情、穏やかな雰囲気がとても似ているのだ。 だがしかし、エアリスでさえ星の声ははっきりとは聞えなかった。 古代種の神殿で、彼女は『ごめんね…分からない…』と、古代種の残留思念に悲しげに謝っていたではないか…。 純粋なセトラなら、ここまではっきりと星との対話が出来るのか…。 初めて知ったその事実に気持が沈みかけるが、ハッと我に返った。 そんなこと、今はどうでも良い。 ティファを救い出すことが先決だ。 恐らくここにティファもいるだろう。 「アルファの記憶の世界……か…」 アルファ…女帝。 ライフストリームで、ティファが救ってくれた時と似通っているこの状況に、クラウドは歯軋りをした。 きっと、この世界のどこかにティファとアルファがいるはずだ。 恐らく、女帝は自らが闇に堕ちる瞬間を彼女に見せるだろう。 何故そう思うのか? それは、ティファの性格を思っての事。 ティファは優しい。 本当に、優しくて…だから脆い。 アルファが闇に堕ちた瞬間を見せられたら、きっとティファは自分の身体を喜んで差し出してしまう。 アルファに…同情して。 断固阻止しなくてはならない。 アルファに身体を差し出されたら、もうこの星には未来がない。 ティファの身体に入り込むことに成功したら、アルファはすぐにでも『滅びの歌』を歌うはずだ。 「ティファ!!」 クラウドは女帝の造り上げた『過去という闇』の中を、愛しい人の姿を探して駆け出した。 |