― ねぇ…酷いと思わない? ― うん……酷すぎる……。 ― 私…もうイヤなんだ… ― うん……分かる、分かるよ…。 ― ずっとずっと、いつかは星は良くなるって信じてたの。でも……やっぱり何千年経っても人間は変わらないのね ― …………そう…みたいだね…。 ― ねぇ…だから…ね…。私はもう終わりにしたいの… ― ………終わりに…? ― うん、そう。もう全部『なし』にしたいの ― ……悲しみを? ― うん ― ……憎しみを? ― うん ― ……恨みも…? ― うん。 全部 ― ………。 ― だから、協力してくれるよね? ― ― ティファ・ロックハート ― Fairy tail of The World 81「クソてめぇ〜!クラウドまで取り込みやがってーー!!」 バレットの怒鳴り声を織り交ぜながら、タークス達とヴィンセントの銃声、ユフィの手裏剣が女帝目掛けて飛ぶ。 ナナキやシドのように、接近戦を得意とするメンバーは、ひたすら階段の上で歯噛みするばかりだ。 階段から女帝の腰掛けている太い枝に飛び移ろうと腰をかがめたが、自分達の脚力と持っている力では女帝まで届かないと分かっていたからだ。 女帝の座っている枝に飛び乗ることが出来なければ、既に目の前まで侵食が進んでいる『闇』のヘドロの中に頭から突っ込むことになってしまう。 そう言ったシド達の判断が正しいことを証明するように、ヴィンセント達の攻撃は全く届いている様子がない。 女帝の周りに透明の壁があるかのようだ。 「クラウドー!!負けんじゃねぇぞーー!!!」「クラウドー!!」 シドやバレット、他の仲間とタークス達が必死になって闇に飲み込まれたクラウドへ声をかける。 新しく女帝の手から放たれた漆黒の光は、クラウドをすっぽりと包み込み、球状になって宙に浮いている。 そうして、まるで歯軋りする英雄達へ見せ付けるかのようにティファの隣に置かれた。 まだ闇に取り込まれたばかりだからだろうか? 薄っすらと透けてクラウドが見える。 折られた肩を庇っている姿のまま、小さく丸くなっている。 長い睫が下りていて、まるで象牙で作られた人形のようだ。 「アルファーー!!」 魂の状態であるザックスが怒鳴りながら斬りつける。 女帝は、手にしていた漆黒の羽……つまり、自分が背に負う翼から一枚抜き取ったものをクルクルと指先で遊びながら頭上に掲げた…。 ギーーンッ!! 鈍い金属の音は、ザックスの持っているバスターソードから。 女帝の指先に挟まれている漆黒の翼は緩やかにしなっているだけで、何の損傷も見当たらない。 だがそれでも、他の仲間達の攻撃は一切通用しないのに、ザックスのだけは攻撃が届くのなら、ザックスに任せて自分達は足手まといにならないうちに、この迫り来る脅威からとりあえず退避するべきだろうか…? 「ここは俺が!早く!!」 鋭い剣儀を披露しながら、ザックスが必死に躊躇っている仲間達へ避難を訴える。 タークスの三人はあたふたとザックスの指示に従って転げるように階段を上り始めた。 しかし、英雄達の方はまだ躊躇っている。 何しろ、生死を分けた戦いを共に潜り抜けてきた大切な仲間が二人も捕まっているのだ。 それを見捨てろというのか? 見殺しにして……自分達だけが生き延びろと? そもそも、ここで女帝がティファの身体を手に入れたら、それこそもう完全にこの星は終わりではないか!? 次々浮かんでくる疑問と想定される予測。 仲間達の足は、自然と階段を下りはじめようとした。 だが、それをザックスが咎める。 「バカ、良く見ろ!!もうそこまで迫ってんだ!!生きたままあの中に取り込まれたら、魔晄中毒になるよりももっと酷い状態になるんだぞ!?だから早く!!!!」 「あら…それは、むしろ貴方のほうではありませんか…」 ザックスの必死の説得を阻むように、淡々と女帝が口を開いた。 ギッと睨みつけると、これ以上女帝が余計なことを話さないように…と、もう攻撃を仕掛ける。 しかし、それに対して女帝は優雅に腰を下ろしたまま、たった一枚の羽でバスターソードをしのいでしまった。 仲間達の耳が女帝の次の言葉を待っている。 タークスの三人は、中途半端に階段を上っていたが、信じがたいスピードで迫る闇の侵食に、蒼白になった。 もう階段の一段目までヘドロが迫っていた。 形容し難い悪臭が鼻を刺激する。 仲間達のうちで一番鼻の良いナナキが、半瞬ほど失神し、慌てたヴィンセントによって抱きとめられた。 「みなさーん!!本当にまずいです!!」 「このままだったら全員マジで死ぬっつうんだぞっと!!」 「 ………急げ! 」 タークスの三人に急かされ、ジェノバ戦役の英雄達はもう一度女帝とザックスを見た。 女帝は相変わらず悠然と腰をかけた状態。 ザックスは魂の状態であるためか、ヘドロの海に着地する事無く宙で態勢を整え、手を変え品を変えて攻撃を繰り返している。 …全く…通用していないが…。 だがそれでも、身体を持っている自分達は、翼が無いために空を飛ぶことは出来ない。 結局…この場にいても何も出来ない。 援護射撃ですら、女帝がちょっと座っている位置を変えてしまうだけでザックスに当たることだって考えられるのだ。 …まぁ、魂の状態にあるザックスに銃弾が通用するかは疑問だが…。 何も出来なくて、ただ無駄に喚きたてるだけなら…。 ザックスの集中力を削ぐだけの存在でしかないなら…。 英雄達は悔しそうにギュッと眼を瞑ったり、唇が切れてしまうのではないかと思われるほど噛み締めたりしながら、猛スピードで階段を上り始めた。 もう、闇のヘドロが階段の五分の一も侵食してきている…。 最後尾を守っていたヴィンセントが、最後にチラリ…と背を振り返って……消える。 女帝に攻撃を間断なく繰り返していたザックスがようやくそれを止めた。 諦めた…と言った方が良いかもしれない。 宙に浮いたまま、大樹の中程までも溢れているヘドロの中に悠然としたままの女帝に、 「アンタ…、なんで行かせたんだ?」 投げ捨てるように問いかけた。 問いかけに答えがもらえるとはさほど思っていなかったのだろう。 だから…。 「たまには気まぐれも起こすんですよ、私でも…ね」 そうあっさりと返されて目を丸くする。 驚くザックスには興味が無いかのように、女帝は段々と自分の身にも迫ってくるヘドロを見た。 「本当に…よくもここまで抑えていられたものです」 彼女が何を言っているのかはすぐに分かった。 そう、この星を褒めているのだ。 きちんと定期的に『儀式』をしないと、魂の循環が滞ってしまうのに、星はその大切な儀式を二千年以上も絶やした状態で、それでも持ちこたえてきたのだ。 ザックスは呆れたように笑った。 「中々やるもんだろ?アンタが嫌ってるこの星もさ〜」 笑っているザックスの足先にも、ヘドロが到達しそうだ。 ザックスはそのまま動かない。 もっと上空に飛び上がることも出来るだろうに…それをしない。 ザックスは、ティファとクラウドの閉じ込められているマテリアと同じ高さで止まっていた。 恐らく、例えヘドロに取り込まれようともその場から動かないつもりなのだろう…。 大事な親友と同じ高さでいたいから…。 「あなたは愚かですね」 ザックスの考えを察した女帝が、チラリと視線を流しながら口を開いた。 「友達と同じ高さでいたいから…って結構カッコイイと思うんだけどな」 先ほどまで躍起になって攻撃をしていたとは思えないほど、軽い口調で返す。 「でも…」 「ん?」 「あなたのような愚かさは…嫌いではありません」 ザックスが驚いて目を見開いたのと…。 嵩(かさ)を増したヘドロが生き物のようにうねり、ザックスや女帝、そしてティファとクラウドが取り込まれているマテリアを飲み込んだのとが重なった…。 地中深くに潜ったシェルクの意識は、まるで磁石のように一点に引き寄せられていた。 土や砂、砂利に粘土質が層になっている地中深く。 星の中心には熱くたぎるマグマがあることは知識としては知っている。 それが星のエネルギーのひとつであることも…。 その熱いマグマとは別に、流れるエネルギーがある。 それが……ライフストリーム。 真に星のエネルギーとして称されるそれ。 ジェノバが…、セフィロスが狙っていた星の命の源。 そのライフストリームにまで意識を溶け込ませたのは初めてだった。 これまでは、コンピューターに意識を溶け込ませて情報を入手するばかりに能力を使っていた。 いや、一度だけ違う方法で能力を使ったことがある。 ヴィンセントにエンシェントマテリアを取り戻した時。 その時以来、シェルクは自らの能力を使っていなかった。 使う必要が無かったし、使えば使うほど、自分の魂や心が削られていく気がしたのだ。 事実、魔晄中毒の治療に際し、姉や医師からは強く止められていた。 ― 身体だけではなく、まず精神に異常をきたすのでやめなさい ― その指示に、シェルクは否とは言わなかった。 だから…。 『…信じられない…』 初めて感じたエネルギーの雄大な流れにただただ、圧倒される。 自分が星に還ったとしたら、この流れに溶け込むことになるのだと考えると、魂が震える。 恐怖なのか…畏怖なのか…。 良く分からないが、凄まじいほどの衝撃を受けずにはいられなかった。 『アイリさんが…魔晄中毒になったのも分かる…』 こんなにも膨大なエネルギーに身体を沈めたりしたら、あっという間に脳が破壊される。 そして、心は身体と引き離されて狂ってしまうだろう。 シェルクが神羅に施されたものは、狂う寸前にまで薄められ、幾つもの工程を経たものだ。 こんな純粋なライフストリームになど、とてもじゃないが浸かれない。 精神を切り離しているからこそ、こうしてライフストリームの間近に迫ることが出来ている。 ミディールで噴き出しているライフストリームが、実は地表に現れるまでにある程度薄められていることが今回で分かった。 『こんなに深い色をしていたなんて…』 まるで…大海だ。 それも、エメラルドグリーンの色ではない。 濃厚な一見サファイアにも取れる緑と紺碧が入り混じったような色。 その滔々と流れるライフストリームに、ある一部分から濁りが混ざっているのが見える。 その濁りが徐々に広がりを見せているではないか。 あれこそが、星の結界が切れてしまった『闇』の浸出! シェルクは魂を恐怖で震わせた。 そして、懸命に『作業』を進める。 恐らく『この作業』が出来るのは…自分だけだ。 『早く…早く!!』 懸命に『作業』を進める。 必死になって…。 焦燥感で手元が狂いそうになるのを必死にコントロールして。 ― おい、シェルク!なにしてる!? ― シエラ号に残っている身体に姉が呼びかけているのを聞きながら、説明している暇が無いのを良い事に、聞えない振りをして必死に『作業』を進める。 あと少し…。 あと少し…!! 精神の状態で必死になって『ソレ』に手を伸ばす。 どうか…どうか間に合って!! どうか…。 神様!!! これまで神に祈ったことは……神羅に拉致をされた直後くらいだ。 神羅に拉致されて、何度も目に見えない神に祈った。 でも、結局自分を…他の誘拐された人達を、目に見えない神は救ってくれなかった。 だけど!! 祈らずにはいられない。 なにしろ、コレが成功するかしないかで、恐らくこの星の運命が決まる。 どうか…どうか…!! お願い、間に合って!! シェルクの精神が手を伸ばす。 その時、横合いから突如、『闇』の触手が襲い掛かってきた。 信じられないその攻撃に、あと少しで手が届いたのに、急速に視界……と言うよりも魂が包み込まれる。 シェルクの精神に『闇』がモロに攻撃を仕掛けた。 誰のモノかは分からない幾つもの負の感情。 憎しみ。 妬み。 殺意。 苦しみ。 悲しみ。 そして…。 未だに自分が死んでいると気付いていない者達の魂の叫び。 「あ、……あぁ、ああああぁぁぁああああ…!!!!! シェルクは悲鳴を上げた。 身体から抜け出しているので心に『闇の攻撃』が直接攻撃を受けてしまう。 あっという間にシェルクの精神が闇に沈んだ……。 そのシェルクの意識に、汚染されていないライフストリームが包み込む…。 「シェルク!?シェルク!?!?」 機械を頭に装着した体勢のまま悲鳴をあげ、その直後にグッタリとして動かない妹を、シャルアが必死になって揺さぶっている。 しかし、なにも応えない。 ただただグッタリと、「あ、あぁぁああ、うぁぁぁあ、あ……あぁう…」と、言葉にならない声を上げるのみだ。 シェルクのただならない状態に、シャルアと様子を見に来てギョッとしたリーブとで、彼女の機械を外しにかかる。 しかし、その手がそっと押さえられて…。 「「 シェルク!? 」」 「ごめんなさい、大丈夫です」 トロン…と目を開けたシェルクに、二人は安堵の溜め息を吐いた。 「ビックリさせないで!」 そして、そのままシェルクを機械から解放しようとする。 しかし、それをもう一度シェルクは拒んだ。 怪訝そうに顔を見てくる姉と局長に、シェルクはゆっくりと首を振った。 「これから『闇』の本格的な侵食が始まります。精神を切り離すことが出来る私が皆さんを誘導すべきです。そうでないと、あっという間に『忘らるる都』に突入した皆さんを助けることが出来ない」 しっかりとしたその言葉に、リーブとシャルアは言葉を失った。 「『闇』の…?」 「『侵食』…?」 リーブとシャルアはゾッと顔を見合わせた。 二人は急いで操舵室へ向かう。 そこには、大佐と中将がコンピューターをチェックしていた。 すぐに二人もコンピューターをチェックする。 大佐達の使っているノート型ではない。 大型のメインコンピューターだ。 膨大な情報はノートパソコンに届くには時間がかかる。 二人は最新の世界に放ったWRO隊からの連絡をチェックした。 しかし、今のところ『闇』からの侵食らしきものを報告したものはない。 ホッと一息ついた時、 『これから高度を上げます。そのままサンゴの谷へ急行し、シークレットミッションに就いている人達を救助します』 四人は顔を見合わせて…。 「「「「 えっ!?!? 」」」」 シェルクの報告に、驚愕して固まった。 |