― ねぇ、こっちに来て。私を助けて ―

 …こっち…って…どこ?

 ― こっち…こっちよ… ―

 どこか…良く分からないよ。だって、周り真っ暗なんだもの…

 ― こっち…そう、そのまま…真っ直ぐ ―

 そう、分かった。すぐに ― 待て!! ―

 !?…誰?



「あなたは…どうしていつまでもここにいるんですか?」

 え……?

「どうして!?」

 それは…。

「『彼』が本当にあなた以外の人を求めているって思ってるんですか?」

 ………。

「もしも、あなたの考えている通りの人なら………信じられないくらい失礼な男ですね」

 な!?どうしてそうなるの!?

「だってそうじゃないですか。今まであなたの傍にいて、愛の言葉も囁いた事があるのに、似た人が現れたらさっさとその人のところに行ってしまったんでしょう?」

 ……それは…。

「本当に、男としてもそうですけど、人として最低です」

 ……でも…仕方ないから…だから…私は……。

「あなたにとって、『彼』は自分の存在をこの世から消し去ってしまえるほど、大切な人なんですね」

 ………うん。

「……………………」

 …あの……?

「もしも、あなたのその言葉が本当なら…」

 な!ウソじゃないわ。本当に私にとってクラウドは大切な…。

「あなたも本当に失礼な人です」

 ………え…?

「あなたは『彼』のことを信じようとしなかった」

 …だって。

「信じず、確かめず、安易に逃げ出した。だからあなたは今ここにいる」

 …安易にだなんて…そんなこと!

「なら、話し合ったんですか?」

 え……。

「彼と真っ向から向き合って話し合ったんですか?」

 ………。

「ちゃんと向き合う勇気もなく、安易にあなたは『死』に逃げた」

 ………。

「俺…そういう『自己犠牲』で『自己満足』する人は、キライです」

 ………。

「あなたが『いらない』と思った命を救うために、全身全霊かけて戦っている『彼』に失礼です」

 !?

「見えませんか、『彼』の戦っている姿が。聞えませんか?『彼』が必死になってあなたを呼んでいる声が」

 ……………クラウド…。

「まだ…見えるはずです。まだ…聞えるはずです」


「見たい、聞きたい、と、本気でそう思っているなら」


 ……私は…。


「彼は決死の覚悟で『こんなところ』までやって来た。あなたはそれにどう答えるんですか?」


 …私は…。


「さぁ、今こそが…決断の時です」


 私は…。



「…………逃げないで、答えを見つけて…」



 私は。





Fairy tail of The World 83







 クラウドは進む。
 荒涼たる大地をひたすら進む。
 前方には心を激しく傷つけられた…少女。
 少女が独りでブツブツと呟いているのが風に乗って聞えてくる。
 しかし、一つの単語を口にするばかりで、明瞭な一文になっているわけではない。
 フラフラと頼りない足取りで、時折むき出しの岩にぶつかって転び、柔肌を傷つけ、白く肌理の細かい肌に鮮血を滴らせている。
 虚ろな眼差しで、何事も無かったかのように、フラフラと立ち上がり、あてどなくさ迷い歩く様は、まるで亡者のようだ。

 信じていたもの…大切なものを目の前で失ってしまった…奪われてしまった哀しく哀れな少女。

 クラウドは、抱きしめてやりたかった。
 ただただ、抱きしめて…一緒に泣きたかった。
 彼女の小さな胸に刻み込まれた深い傷を思って一緒に泣きたかった。
 もしも『この時』の彼女に一緒に泣いてくれる人が一人でもいたら、もしかしたら彼女はここまで追い詰められなかったかもしれない。
 だが…。
 遠い未来から来たクラウドにはそれが出来ない。
 ましてやこの世界はアルファの記憶から成り立っている『擬似空間』なのだ。
 一緒に泣くことも…。
 抱きしめることも叶わない。
 ただこうして、無力に打ちのめされながら少女の後を追うだけ…。

 どこに向かっているのか…?
 クラウドがヤキモキし始めた頃。

 ザワザワザワ…。

 なにかの気配に取り囲まれているのを感じた。
 クラウドでさえ気付いたのだ、少女が気付かないはずがない。
 しかし、彼女は立ち止まることをしないで、そのまま歩みを進める。


「お戻りを!!」


 突如、鋭い声が響いた。
 周りを見るが、見晴らしの良い小高い丘に到達しているクラウドの目にも、その声の主を見ることは叶わない。
 少女は全く気にした様子も無く、おぼつかない足取りのまま、歩を進める。


「お戻りを!!」


 再度、鋭い男の声がした。
 そして、今度は威嚇であろうか…?少女の足元の土が何かによって小さく抉られた。
 なにによる『攻撃』であるのかまでは分からない。
 分からないが、咄嗟にクラウドはその身を少女の前に曝け出した。

「やめろ!!」

 クラウドの制止と威嚇の声が空虚に響く。
 歩くことをやめなかった少女が、簡単にクラウドの身体をすり抜けてしまった。
 ハッと我に返って自分が無力である事を思い知らされ、唇を噛み締めたその時。

「 ッ!! 」

 少女が声にならない悲鳴を小さくもらし、腕を庇って蹲る。
 次いで、足元に生首がゴロゴロ…と転がって……止まった。
 ガラス球のような黒と緑の目が、瞼から半分、虚ろにクラウド見上げていて……。


 クラウドは思わず絶叫した。









「あわわわわわわわ…」
 階段から飛び出したユフィが、おっかなびっくり、片足立ちで踏み止まる。
 後ろから上ってきた仲間達が、次々とぶつかりそうになって抗議の声を上げた。
 しかし、ユフィの蒼白な顔を見て、イヤな予感へと摩り替わる。

 背後からそっと顔を覗かせたヴィンセントが、悔しげに舌打ちをした。

「くそっ。ここももう…」
「あわわわわ…どうしよ、どうしよ!!」

 眼下に広がるのは、もうすぐにでも階段の部屋に突入しようとしている闇の触手。
 薄っすらと入り口が青く光っており、その光のせいで触手が入れないようだ。
 しかし、その光が徐々に圧されてきているのがイヤでも分かる。
 階段の下からも、闇の触手がジュクジュクと、イヤな水音を立てて迫っていた。

「おい、どうにかしないとまずいんだぞっと…!」「でも、どうにかって…」

 レノとイリーナの戸惑ったやり取りは、そのままこの場にいる英雄達と同じ心境。
 どうにかしないと、確実にここで死んでしまう。
 いや、まともに死ぬことが叶うのだろうか?
 もしかしたら…。

「死ぬよりも…きっついことになるんじゃあ……」
「ユフィ!余計な事言うな!怖くなるじゃねぇか!!」
「シド、だって〜!!」

 泣き出しそうな顔で取り乱すウータイの忍に、ヴィンセントがクシャリ…と、髪を乱暴に撫でた。

「私達に出来ることは限られている。無駄だと分かっても『アレ』に攻撃してみるか、それともこのまま大人しく奴らに取り込まれるか…」

 そう言いながら、愛用の銃を構える。
 ヴィンセントの静かな言葉に、取り乱していたメンバーが少しだけ冷静さを取り戻した。

「ヘヘッ…そうだよな…」
「おいら達、覚悟決めたんだもんね」
「そうだぜ!俺様は、マリンとデンゼルの未来のために!って、腹括ったんだ!!」

 次々、自分の武器を構える。
 階段から最後尾のルードが踊場に上がったと同時に、闇の触手が入り口の結界を破って流れ込んできた。

 死に物狂いで発砲する。
 効いて…いるようには全く見えない。
 ウネウネと、気味悪くうねる幾万もの触手が、ノロノロと英雄達へ近付いていく…。

「あ〜ん!!死ぬ前にもう一度、チーズケーキが食べたかった〜!!」

 ユフィの言葉に、仲間達が苦笑する。

「ほんっとうにおめぇはよぉ…。もうちっと色っぽいこと言えねぇのかぁ?」
「あ〜、そんなユフィはユフィじゃないよ。気持ち悪い」
「まったくだ」
「ナナキー!シドもヴィンセントも、何て事をー!!」

 いつものやり取り。
 これが…最後のやり取りになるかもしれない。

 誰もが漠然とそんな事を頭に過ぎらせながら、ほんの数メートル先まで迫った触手を、どこか別の世界のような感じで見つめながら攻撃を繰り返して……。




 カカッ!!
 ジュシャーーッ!
 グジュグジュグジュグジュ。


 突如、辺り一帯が目も眩むほどの光に包まれた。
 思わず顔を覆って顔を背ける。
 小さな悲鳴は、イリーナか…ユフィか…それともバレットかもしれない。

 光が照らした瞬間、何かが溶けるような音や、鼻をつく腐臭に胸が悪くなる。
 一体何が起こったのか…?
 ヴィンセントが腕を交差させた隙間から薄目を開けて見てみると…。


「ライ!?」
「皆さん、ご無事ですか!?」

 神殿へと続く小さな小屋のような建物。
 その建物の屋根を全て吹き飛ばしたのか、空が見える。
 その空と地面の間に…。
 正確にはより英雄達に近く、プライアデスが立っていた。
 立っていた…という表現は正しくないかもしれない。
 なにしろ、足は地に着いていないのだから。

「「「「 ライ!! 」」」」
「遅くなりました。申し訳ありません」

 白銀の翼を大きく羽ばたかせ、残っていた闇の触手の残滓を吹き飛ばす。

「た、助かったよぉ〜!!」

 へなへな…と、へたり込んだユフィにナナキが同じく座り込んだ。
 バレットとシドも身体全体を使って安堵の溜め息を吐く。
 レノ、イリーナ、ルードも同様だ。
 周りを一応見渡して、触手がないことに脱力してへたり込んだ。

 しかし、ヴィンセントは一瞬安堵の溜め息を吐いたものの、すぐに冷静さを取り戻し、
「ツォンとエアリスを知らないか?」
 その言葉に、タークストリオがギョッと立ち上がる。

「大丈夫です。既にエアリスさんの手でこちらから脱出しておられます」
「あの……ザックス…は……?」

 エアリスの名前を聞いてユフィがハッとする。
 魂の状態で自分達と一緒に戦ってくれたもう一人の仲間。
 自分達を逃がすために単身、女帝と対峙してくれた彼。

 プライアデスは、その質問にすぐには答えなかった。
 逆に違うことを口にする。

「新手がまた来ます。それまでに、ここを脱出して下さい」
「脱出って…どこに!?どうやって!」

 一つの問題が解決したら、すぐに次の問題が湧き出てくる。

 この場を脱出したとして、あの『闇の触手』は恐らく全世界に及ぶだろう。
 それをどうしたら良いのか?
 それよりもなによりも、この場をどうやって脱出したら良いのか?
 脱出したとして、この星に安全な所など、もうどこにも無いのではないのか?
 今、この場をしのいだとしても何の解決にならないのでは…!?
 ならば…!

「ここに残って…何かするべきじゃないのか?」

 ヴィンセントの言葉に、紫紺の瞳が驚きで見開かれた…。

「もう、この星に安全な場所などないのだろう?それならば、どこに逃げても一緒だ」
 唖然としている仲間達を振り返る。
「ならば、ここで踏み止まって少しでも『闇』を抑える方が星のためになるのではないのか?」
「でも、アタシ達に何が出来るのさ…」
「確かに…何も無いかもしれない。しかし、ここに残って闇をひきつけるくらいは…出来るだろう…?」

 ヴィンセントの言葉に、仲間達は言葉を失った。
 確かに、この星にはもう安全な場所などない。
 ならば、とことんまで戦って戦って。

 きっと、クラウドやティファ、それに星に生きる者達が遺志を継いでくれる。
 クラウドとティファにそれを望むのは、少し都合が良すぎる解釈かもしれないな…と、ヴィンセントは胸中で苦笑した。
 しかし、やはり頼りにしているのだ。
 自分は、あの青年と青年の恋人を。
 不可能だと諦めて神羅屋敷の地下で悪夢を見ることこそが、愛した人への贖罪だと思い込み、戦うことから逃げていた自分を引きずり出してくれた…あの青年を。

「私は…もう逃げるのはやめだ」

 そう一人ごち、黙って自分を見つめている紫紺の瞳の青年に向き合う。

「私は残る。少しくらいは『囮』になれるだろう。その間に体勢を整えて、再度闇との攻防戦に持ち込めるように頑張ってくれ」
「ヴィンセントさん」
「すまない…こんな形でしか…私は力になれない…」

 少し俯いて自嘲気味に笑うヴィンセントに、
「なぁに、一人でカッコつけてるのさ〜!」「そうそう!おいら達も残るよ!」「おめぇ一人だけ、カッコつけさせてたまるかよ!」「おうよ!マリンとデンゼルの為なら俺はやるぜ!!」
 次々に、賛同の声を上げた。

 ヴィンセントはゆっくりと振り返り、黒髪を少し揺らせて……微笑んだ。
 それは、仲間達ですら初めて目にする孤高のガンマンの微笑だった…。







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