「うわわわわわ、シェ、シェルク〜!?」 「ちょ、ちょちょちょっと、シェルク〜〜!?!?」 シエラ号が急発進、急回転するせいで、乗り組み員達があっちへフラフラ、こっちへフラフラする中、WROの局長とWRO自慢の科学者が声を上ずらせた。 WROの大佐と中将は、もう目を白黒させてあわあわするだけだ。 『大丈夫です。シエラ号に損壊は見られません。このまま『忘らるる都』の祭壇入り口へ向かいます』 無情なコンピューターのような声音で告げるシェルクに、乗り組み員達全員が真っ青になった。 Fairy tail of The World 84「ヴィンセントさん…」 プライアデスが声をかけた。 それは、歓喜とも呆けともとれる声音。 しかし、青年を良く知る仲間達は、彼が言葉に出来ないほど感激しているのだとすぐに分かった。 照れ隠しのように笑いながら、 「ま、俺達もそれに賛成ってことで」 「最初から覚悟してたわけだし、今更じゃん?」 「おうよ!俺様はやるぜ!!」 「バレット、うるさいよ…」 それぞれが、それぞれの表情で自分達の覚悟の程を表した。 誰一人として、青年を責めない。 こんな戦いに巻き込まれた不運を嘆く者もいない。 青年にとって、それは信じられないことだったようだ。 「皆さん、僕を責めないんですか…?」 唖然とした声でポツリ…と呟く。 これには青年以上に仲間達が驚いた顔をしてプライアデスを見つめた。 タークスの面々もそうだ。 あんぐりと口を開けて、プライアデスが一体何を言ったのか、理解しようと考えた。 「アホか…てめぇ…」 シドが呆れ返って高い声を出した。 「なんだっておめぇを責めないといけねぇんだよ…」 「ライ〜…すっごく失敬だよぉ!」 「そうだよ!なんだっておいら達がライやライのお母さん達を責めないといけないんだよぉ!!」 「お前…すっげぇ不本意だ…」 「………撃つ…」 プライアデスは…笑った…。 声を立てないで笑った。 満面の笑みは、英雄達とタークスの三人の心を打つには充分すぎるものだった。 「ありがとう……皆さん……」 笑ったせいか、それとも…別の何かのせいか…。 そう言いながら深々と頭を下げた青年の声が震えているのは、皆の気のせいではないだろう…。 顔を上げた時、青年が背を向けながらそっと片腕で顔を拭っているのに、誰もが黙って温かく見守ってた。 「皆さんに…お願いがあります」 クルリ…と、メンバーを振り返った青年がいつもの真摯な態度を取る。 自然と緩んでいた頬を引き締めながらメンバーは小さく頷いた。 「これからシエラ号が迎えに来ます。シエラ号に乗ってからが勝負だと思ってください」 ゴクリ。 誰かの喉が鳴る。 「シエラ号に戻ってから…、どうか声をかけて下さい」 「クラウドさんに…」 「ティファさんに…」 「既に星へ還っている、皆さんの大切な人達に…」 「大切な人達が『闇』に飲み込まれないように…」 「声を限りに呼んで下さい」 「それが、新しい星の力になります」 紫紺の瞳が紳真に訴える。 メンバーはゴクリ…、と再度唾を飲み込むと、決意を新たに力強く頷いた。 と、同時に…。 「『こちらシエラ号。皆さん、応答願えますか?』」 シェルクの声が外一杯に響き渡った。 『シェルクさん、全員搭乗終りましたよ』 「はい、ご苦労様でした」 プライアデスの温和な口調に、シェルクはどこまでも堅苦しく応えた。 そして、そのままプライアデスをシエラ号の外に残して発進する。 仲間達がギョッとして口々に青年も乗せるように叫ぶが、それを全て無視する形でシェルクはシエラ号を飛ばした。 あっという間に背に翼を負う青年が小さくなる。 モニターでその光景を呆気に取られながら見ていた仲間が、猛然とシェルクに抗議をしたが、それすらもシェルクは無視をしてシエラ号を飛ばした。 ひたすら上空目指して…。 途中、選ばれし者達とボロゾアらしきものの影を見た気がしたが、何しろあっという間だったのでなんだったのか正確には分からない。 そのままシエラ号はシェルクの操縦の元、上空高く舞いあがった。 「ったく!シェルクの野郎、なに考えてやがる!」 シエラ号艦長のシドが悪態を吐きながら椅子の背もたれを支えに身体を起こした。 他の面々も、一様にへたり込みながらようやく安定した機体に安堵の溜め息を吐きつつ身体を起こす。 何しろ、むちゃくちゃな上昇をしてくれたものだから、変に気圧の変化等が身体にかかってくれて、まともに立っていられなかったのだ。 乗り物酔いをしやすいユフィなどは、口元を両手で押さえてひたすら丸くなっている。 乗り物に強い人間でも酔ってしまうような運転に、シドの苛立ちは大きかった。 何しろ、最愛の妻の名前を機体につけるほど大切に思っているのだ、この飛空挺を。 それなのに、こんなむちゃな操縦をされたら、どこかに余計な負荷がかかってしまい、後々困ったことになる可能性がある。 「この戦いが無事終ったら、みっちり説教してやる!」 唸るようにそうもらしたシドに、リーブとシャルアが苦笑した。 「うっし、それじゃあ甲板に出るか!」 バレットが義手を叩きながら仲間達に呼びかける。 プライアデスが言った様に、クラウドに…、ティファに…、そして既に星に還っている大切な者達へ呼びかけるため。 闇に呑みこまれてしまわない様に…。 『陽の当たる世界』にこの星を導くために…。 愛する者達と一緒に未来を生きるために…。 乗り物酔いが甚だしいユフィが一番最初に部屋を飛び出した。 恐らく、バレットが呼びかけなくても真っ先に飛び出しただろう。 その後を、軽く苦笑しつつ頭を振ってナナキが続く。 バレット、シド、ヴィンセント、タークスの面々がその後に続いた。 WROの隊員である大佐と中将、局長であるリーブもそれに倣った。 シャルアはシェルクが気になる為、とりあえずシェルクの様子を見てから甲板に合流することにした。 甲板に出た一同は、当然強い風になぶられ、身体が吹き飛ばされそうになった。 しっかり手すりを持って振り落とされないように踏ん張る。 遥か下方には、サンゴの谷がある。 その谷を奇妙な楕円形でエメラルドグリーンに輝く光が包み込んでいた。 恐らく、あれはプライアデスが張った結界だろう。 その結界を飲み込まんとするかのように、収縮を繰り返しながら漆黒のヘドロがうねっている。 小さく銀色に輝く点滅は、きっと『選ばれし者達』。 その銀色の点滅が、少しずつ…少しずつ……減っているように見える。 「ねぇ、あれってやっぱりヤバイんじゃない?」 「う……どうだろう…おいら良くわかんないけど…なんかイヤな予感がする…」 ユフィとナナキがゾッとしながら言葉を交わす。 それを横で聞いていたバレットがギョッとしながら身を乗り出した。 そのタイミングで機体が大きく揺れ、おっかなびっくり、放り出されそうになる。 泡を喰って手すりにしがみ付くバレットを、シドとヴィンセント、リーブの三人がかりで引っ張った。 「あ、あぶねぇ〜〜」 「てめぇ、バレット!」「バレットさん!!」「バレット…」 三者三様、仲間に怒られたり白い目で見られて巨漢は小さくなった。 「俺が悪いんじゃなくて運転してるシェルクだろうが…」 小さなその抗議の声は、強い風によって掻き消され、誰の耳にも届かなかった…。 「よし…では始めよう」 ヴィンセントが静かに仲間達に声をかけた。 甲板に出たメンバー全員が、手すりをしっかと握り締めて遥か下方に広がる大地に向かって声を張り上げた。 「へぇ、中々やるじゃん?」 キャラキャラと哂う狂人は、自身を睨み据える美しい姉妹を舐めるように見やった。 姉妹の身体には、幾つもの傷が出来ていた。 その傷からこぼれているのは、エメラルドグリーンの光。 小さな粒子が輝きながらこぼれて消える。 本当ならその傷からあふれ出すものは真っ赤な鮮血であろうに、肉体を…、『器』を持たない姉妹はそれすら流すことが出来ない。 代わりに、鮮血よりももっと大事なものを溢れさせている。 魂そのもの。 姉妹がこぼしているのは、まさに彼女達自身の魂。 息子と甥に召喚された時点で既に身体が透けていた姉妹は、もうその存在が目視出来るギリギリのところまで薄くなっていた。 これ以上、魂を…、『存在の源』を流してしまえば、彼女達は完全な『無』になってしまう。 それは『死』を超越した恐ろしい状態。 『地獄』に堕ちるよりも恐ろしいこと。『地獄』に堕ちることさえ許されない状態。 どれほど恐ろしいことか…。 魂の存在である『選ばれし者達』は、既に大半が再び星に還っていた。 幽鬼としても存在出来なくなる前に彼らは星に戻っていた。 そうしなければ、真に消えてしまうのだから。 しかし、姉妹達は星に戻った『選ばれし者達』よりも、もっと酷い状態であるにも関わらず、再び星に戻ろうとはしなかった。 仲間の『選ばれし者達』が必死になって『戦闘離脱』を勧める。 しかし、姉妹は頑として聞き入れなかった。 『器』を持つ頃より、姉妹は頑固だった。 『これ!』と決めた道をひたすら進んだ姉妹。 だからこそ、彼女達は同胞に殺されるという末路を歩むことになったのだが、死んだ今でもその頑固さは治らなかったらしい。 「『あの子』が戻ってくるまで…」 「『あの子達』が帰って来るまで…」 「「 私達は退きませぬ 」」 手にした細身の剣を構え、ボロゾアに飛び掛った。 鋭い斬戟はまるで鏡のように対称的に左右からボロゾアを襲った。 狂人は、唇を吊り上げて哄笑すると、大の字になりながらまっすぐ後方へ倒れこんだ。 そのまま真っ逆さまに落ちていくのを姉妹が追いかける。 クルクルと、まるで針金の軸を持つ人形が大の字で落ちていくようにボロゾアは地面に向かって真っ逆さまに落ちた。 地面に激突する寸前、ピタッ!と宙で停止すると、信じられないスピードで地面すれすれをギリギリで平行に飛ぶ。 姉妹は危うく地面に追突するところだったが、寸前で方向をを変え、ボロゾアを追撃した。 空気を切り裂く音と共に、姉妹の剣戟が飛ぶ。 その姉妹を嘲笑いながら、ボロゾアは地面すれすれを飛び続ける。 もう少しでサンゴの谷が終る!と言うとき、ボロゾアが再び宙で制止した。 大の字のまま、嬉しそうに狂喜に顔を歪ませて手の平を広げる。 姉妹はそのまま光のような速さでボロゾアに肉薄した。 その姉妹を闇の触手がザワザワと蠢きながら追いかける。 ビュビュッ!! 「「 ッ!! 」」 姉妹の片翼が消える。 『選ばれし者達』が悲鳴を上げた。 両手に漆黒の大剣を握り締めたボロゾアに、翼を切り落とされたのだ。 「ア〜ッハッハッハッハ〜!!キャ〜ッハッハッハッハ〜!!」 身体全体を揺すって狂人が笑う。 大口を開けて、苦痛に顔を歪める姉妹を哂う。 「痛かった〜?痛かったよねぇ〜?あ〜あ、大人しく還ってたら良かったのにさぁ〜。そうしたら、このまま『無』になることもなかったのにさぁ?バカだよねぇ?本当にバカだよねぇ?」 腹を抱えて哂うボロゾアを、憎しみと怒り、そして苦痛で顔を歪めながら睨む姉妹は、自身の傷よりも互いの傷を心配しあった。 残っている翼へ、それぞれが手を伸ばす。 そして、お互いそれを押し止めようとする。 そんな姉妹を『選ばれし者達』が取り囲んで、押さえつけた。 姉妹が己の翼をもぎ取ろうとするのを必死にやめさせている。 ボロゾアの哄笑が大きくなった…。 「良いよねぇ、互いを思いやる気持ってさぁ〜?ホラホラ、どっちかが翼をあげないと、二人共消えてなくなっちゃうよぉ?あ、お姉さんの方がやっぱりヤバイかなぁ?やっぱ、左翼の方が右翼よりもパワーがあるんだよねぇ。フフヘヘヘヘェヘヘへ〜!!ほらほら、美人姉妹を止めてる『選ばれちゃった人達』は良いのかい?自分達はまだ綺麗な翼が二つ、ちゃんと残ってるのに、どっちかの翼、お姉ちゃん達にあげないの〜?ま、そりゃそうだよねぇ、こんだけ『純度の高い闇』に取り囲まれてるんだから、少しでも『魂』は残しておきたいもんねぇ。でも、本当にあんたたちって…」 「俗物だよね」 言葉の最後でガラリと口調が変わり、冷え切った声音になる。 「選ばれし者達」と、姉妹がハッと顔を向ける。 ボロゾアは氷のような顔をして腰に手をあて、そこに立っていた。 そこに…。 闇の触手の上に。 もう今にも消えそうな姉妹と、姉妹を囲みながら闇の触手から遠ざかろうとしている『選ばれし者達』が目を剥いた。 ボロゾアの背に、大きな翼が生える。 漆黒の闇の色。 『選ばれし者達』が、透き通る肌を青ざめさせた。 「アンタ達って本当につまんないね。いっぺん死んだらちょっとは考えが変わるかと思ったけど、やっぱり死んでもバカは治らないんだなぁ〜」 クックックック。 手を顎に添えて哂う。 屈辱的なことを言われているにも関わらず、『選ばれし者達』は誰一人反論しなかった。 口を開いたのは…。 「そなたこそ、変わらぬではないか」 「人の事を偉そうに言えたものではあるまい」 辛らつな口調でピシャリと言ったのは、やはり『舞姫』の姉妹。 ボロゾアは仰け反って哂った。 「あ〜、本当にねぇ。この性分だけは、たとえ『殺されても』治らないみたいでねぇ」 ヒ〜ヒ〜、と涙を拭いながら哂う。 「でもまぁ、そのお蔭でまたこうして会い見える(あいまみえる)ことが出来たんですから上々ですよ」 ふふふ…。 最後を締めくくるかのように、小さく哂って…。 「でも、もうそろそろお遊びは飽きました。それに、もう良い頃合でしょうからね」 ゆっくりと上体を前へ倒し、思い切り腕を後方へ伸ばす。 突撃体勢だ。 「では皆さん、さようなら」 『選ばれし者達』と姉妹に緊張が走った。 ヒュッ!!! 空気を切り裂く音が高く短く鳴る。 誰も目を瞑る暇などない。 二本の大剣が『選ばれし者達』を切り裂いた…。 と思った…。 澄んだ高い音がして、ボロゾアが止まる。 ギチギチギチギチ。 剣が競り合う音。 パリパリ…と、静電気のような音は、紫紺の瞳を持つ青年が発するオーラから。 「言ったでしょう?お前はここまでだ…と」 「………『カーフ』!!」 ボロゾアのドス赤黒い瞳がギラリ、と光る。 それを真正面から見つめ返し、プライアデスは力の限り目の前の敵を蹴り飛ばした。 剣が丁度、隠れ蓑の役目を果たしたお蔭で、ボロゾアはまともに顎へ蹴りを喰らい、空に向かって蹴り飛ばされた。 それをプライアデスが息つく暇も無く追う。 白銀の翼を大きく羽ばたかせ、あっという間にボロゾアよりも少し高い位置まで上昇すると、今度は力一杯ボロゾアの腹を蹴り落とした。 ボロゾアの口からくぐもった呻きが漏れる。 「皆さん、早くここまで!」 蹴りを入れると同時に、プライアデスは仲間を急かした。 急降下するボロゾアと、青年に促されて慌てながら上昇を試みる『選ばれし者達』が、空中で交錯する。 「クッ……この……!」 「 !! 」 ボロゾアの手が、舞姫の姉にかかる。 だが…。 ビュッ!! ザンッ!!! 上がるドス赤黒い血。 耳障りな悲鳴。 プライアデスの放った白銀の剣は、的を外す事無くボロゾアの右腕を切り落とした。 ボロゾアは耳障りな悲鳴を上げながら落下する。 落下して…。 闇が蠢く真っ只中に飲み込まれ…。 漆黒の暗闇の中へ取り込まれて見えなくなった…。 |