同胞達からの攻撃。
 それは、少女の身体だけでなく心まで破壊した。
 そのことにより、少女は覚醒した。
 これまで無意識下で抑え込んでいた力の全てを解放させたのだ。
 先ほどの暴走とは比較にならないほどのエネルギーを前に、追撃隊は呆気なく全滅した。
 そして……大きな大陸だったその土地は小さな島々となって点在することになってしまった。

 それが。

 ミディール。


 その事実を知っているものは極僅か。
 そして、そこに至る経緯を知る者は、ミコト様と星以外では……。


 クラウド・ストライフだけだった…。






Fairy tail of The World 85






 クラウドは泣いていた。
 いつの間にか、頬に幾筋もの涙が流れていた。

 哀しいからか?
 それとも悔しいからか?
 少女への同情か…?

 いずれも違う気もするし、そのどれにも当てはまる気がする。

 涙で翳みそうになる視界を腕で乱暴に擦って晴らすと、少女の小さな背中が見えた。
 彼女は地面に落ちた兄と従兄弟の生首をそっと拾い上げ、再び歩き出した。
 地面が歪にボコボコと凹凸になっている。
 本当なら、ここがあの立派な屋敷だったのだ…。
 無残なもので、見る影もない。
 柱すら立っていない。
 あるのは、ただのガラクタ。
 いや、ガラクタにすら分類されない『モノ』。
 かつて、そこに栄華を極めた屋敷があった…と、思わせるにはあまりにも説得力のない『それら』。
 アルファは黙って屋敷の敷地内に足を踏み入れ、迷う事無くどんどん進む。
 壁や廊下といった、屋敷らしきものは一つもない。
 所々、壁土らしきものや、敷石みたいなものが土砂から顔を覗かせているが、それが余計に惨めなものに見えた。

 やがて、アルファは屋敷で言えば最奧の場に辿り着いた。
 そこで、彼女はゆっくりゆっくり腰を下ろし…。
 そっと…兄と従兄弟の生首を置いた。
 そのままそっと手を伸べて、半開きになっている瞼に触れる。
 優しく目を閉じさせてやった彼女の姿は、先ほどまで同胞を皆、返り討ちにしてしまった少女と同一人物とは思えない。

「 ゴーワ…マヌサワリ… 」

 少女が不思議な言葉を口にした。
 しかし、クラウドには不思議なことにその言葉の意味が分かった。
 彼女はこう言ったのだ。


 ― 『どうか…安らかに…』 ―


 何故急に聞いたこともない言葉を理解出来たのだろう!?
 自分で驚きながらも、クラウドはあまり混乱しなかった。

 ここはアルファの過去であり、彼女自身が作り出した『擬似空間』。
 彼女の心や魂にとても近い場所。
 だから、彼女が何を考え、何を感じたのかがよく分かるようになっているのだろう…。

 と、なんだか筋が通っているような、こじつけのようなことを考えて勝手に納得している。

 目の前では、アルファがぼんやりと兄と従兄弟の生首を見つめていた。
 死んだ魚のような目をして…。

 クラウドは…悔しかった。
 ただただ、悔しかった。
 もしも、あの『処刑の場』に自分が存在していたら…。
 もしかしたら、少女はこんな形で兄と従兄弟を失わずに済んだかもしれない。
 もっとも、自分の力がセトラを前にしてどれだけ通じるのか分からない。
 全く通じないで、足を引っ張るだけかもしれない。
 だが、それでも!
 傍にいてやりたかった…。
 彼女と彼女の兄、そして従兄弟はこんな目に合わなくてはならない、という理由が全く無いのに。
 幸せに生きて、幸せな人生を全うし、己の生に満足して死ぬ。
 何故、それがこのような形で無理やり捻じ曲げられ、奪われなければならない?
 なんと理不尽な世界!
 こんなことが許されて良いのか!?
 こんな…こんな横暴なことが許されるくらいなら!!


 ― ダメですよ ―


 ドックン!
 クラウドの頭に直接友人の声が聞える。
 ハッと我に返ってキョロキョロ周りを見渡す。
 しかし……いない。
 だが…。


 ― クラウドさん、このまま闇に呑まれてはダメです! ―

「 シュリ!! 」

 いつも冷めていて、何を考えているのか分からない青年。
 謎が多く、『星の声』が聞ける…WROの若き大佐。
 そして…。
 前世の記憶を持っているが故に、現在(いま)を必死に生き、前世の親友を助けるために、前世の妹を救うために己の持っている全てを費やして戦った…戦士。
 そのシュリが、姿を現さず頭に語りかけてくる。
 これで取り乱さないほうがどうかしているだろう。

「シュリ!シュリ!?どこにいる!!傷は……傷は治ったのか!?大丈夫なのか!?」

 必死に声を張り上げて今もって姿を現さない親友に呼びかける。

 風がそよそよと頬を撫で、まるでそれがシュリの微笑みのように温かかった。


 ― クラウドさん。ダメですよ、もっとしっかりしなくては。アルファの術中にはまってるじゃないですか ―

 苦笑交じりにそうたしなめるシュリに、クラウドはハッとする。
 あぁ…そうだった。
 あまりにも凄惨な過去を見せられて、すっかりアルファの考えに染まる所だった。






「本当に…どうして邪魔をするんですか……」


 ハッと我に返った。
 一陣の風が強く髪をなぶる。

 兄と従兄弟の生首を弔っていた少女が、背を向けたままゆっくり…ゆっくり振り返った



「兄上」



 ゾクッ!
 悪寒が駆け抜ける。
 アルファの殺気。
 アルファの憎悪。
 それらがまともに前から押し寄せる。
 しかし…。



「言っただろ?俺はお前を『人として死なせてやりたい』んだって…」



 温かなオーラに、アルファからの冷気からクラウドの心身が包み込まれた。
 振り返らなくても分かる。

「シュリ…」
「遅くなりました」

 そっと近寄る気配。
 その気配は消える事無く、スッと真横に並んだ。
 チラと横を見ると、穏やかな顔をして立っている……銀糸のような髪を持つ青年。
 いつもは黒髪、黒い瞳の彼が銀髪で深緑の瞳をしている。
 それだけで全く違う人間に見えてしまうのだから不思議だ…。

「アルファ」

 彼女への愛情を惜しみなく溢れさせて、彼女の名を口にする。
 対する妹は、冷ややかにそれを受け流した。
 サラリ…と、長い黒髪を軽く揺すって頭を振る。

「兄上…私は死にません。したい事がありますからね」
「しかし、俺は『それ』をお前にさせたくないんだ」
「でしょうね。それでも私は実現させたいんです」
「みたいだな。それでもやっぱり俺はお前に『それ』をさせたくない。だから、人として生まれ変わることが出来た現在(いま)を捨てて、先の世の名前で生きてるんだから」
「そのようですね。でも、私が頼んだわけではありません。兄上が勝手にやっているだけのことです」
「そうだな。俺が勝手にやってることだ」
「ですから、私も勝手にやらせて頂きます。兄上の許可は求めません。必要ありませんもの」
「仮に、お前にそんな許可を求められても許可なんかやるわけないだろ。それに、俺は勝手に先の世の名前を名乗り、現在(いま)を捨てて生きているということ、それ自体を否定はしないが、だからと言って「はい、そうですか」と諦められるわけがない。絶対にお前に『それ』はさせない」
「勝手ですね」
「ああ、俺は勝手な奴だからな」

 ポンポンとテンポ良く言葉が交わされる。
 二人の間には薄い壁があるかのように、一定の距離を保たれたままなのに、心はとても近くにある。

 …そう、思わせてくれるものだった…。

 しかし、兄妹の会話を聞けば分かるが、二人の目標は異なっている。
 しかもただ異なるだけではなく真逆だ。

 クラウドはただ黙って見つめていた。
 景色がいつの間にか一変してしまっている自分達の周りに、あまり気に留めない。
 それよりも気になるもの。
 いや、気になるどころの話ではない。
 景色が変わってしまったと同時に気付いたものに、心が奪われる。

 二人の……、正確には女帝の斜め後ろには……。


「ティファ…」


 ティファが座っていた。
 地面に直接、崩れた正座で座り込んでいる。
 一見、野花に見入っているようにも見える彼女の姿だが、ティファの瞳に光がない事にクラウドは気付いていた。
 恐らく、ティファは『魂』か『心』が無い状態なのだろう。

 きっと、こんなおかしな体験をしなかったら、クラウドは取り乱し、半狂乱になっていたに違いない。
 ティファが『生ける屍』になってしまった…と、勘違いをして…。

 だが、現時点ではそれも勘違いで済んでいるが、早くしないと『現実』のものとなってしまう。
 急がなくては…と、心の奥底はジリジリと焦げ付くくらいに焦燥感に駆られている。
 しかし、その一方で…。

『シュリの邪魔は…出来ない…』

 前世の記憶を背負ったまま今まで生きてきた青年を思い、自分の気持ちのままに行動出来ないでいた。
 何故、こんな兄妹がこの星にいるんだろう…?
 どうして、ここまで大きなものを、この兄妹が負わなくてはならないのだろう…?
 何故…?
 何故…?

 考え出したらキリがない。
 分かっているのだ、そんなことを考えても仕方ないと。
 考えるだけ無駄なのだと!

 この世はいつも、傍若無人に『運命』という奴がのさばっている。
 そして、それを受け入れられるか、受け入れられないかで、その人の人生が変わるのだ。
『受け入れる』と『諦める』とは全く違うと言う事もついでに述べなくてはならないだろう…。
 クラウドは『諦めて』はいないが、運命を『受け入れて』いる。
 それは仲間達も同様だ。

『受け入れた』のは、『ジェノバ細胞に蹂躙されている身体と、セフィロスに故郷を奪われたという過去』を。
『諦めて』いないのは、『どんなに絶望の局面に立たされても、最後まで悪あがきをして、生ききってみせる生き方』のこと。

 この二つがいかに難しいことか、クラウドはまだ知らない。
 しかし、この二つを乗り越えられたのは、彼女がいたからだ…ということは理解しているから、人間の本質というか、本能というものは本当に面白い。

 ティファが傍にいてくれたから、今日(こんにち)のクラウド・ストライフは存在している。
 仮に、違う人間が傍にいたとしたら、今日のクラウド・ストライフは存在せず、違う『クラウド・ストライフ』が存在しているだろう。
 どちらのクラウド・ストライフが正解で、どちらが不正解、というわけではない。
 どれもこれも『クラウド・ストライフ』であり、どれもこれも『本物』なのだから。
 ただ大きく違うのは、本人が『幸せ』か『不幸せ』かということ。
 きっと、ティファ・ロックハートではない他の人間がクラウドの傍にいて、現在の『クラウド・ストライフ』でない人間が生きていたとしても、可能性の大部分は『幸せなクラウド・ストライフ』を生み出してくれていたはずだ。
 何故なら、現在の『クラウド・ストライフ』が幸せなのは、『ティファ・ロックハート』がいてくれたから…というのも非常に大きなポイントではあるが、自身が『幸せになる』力を持っていたからに他ならない。
 周りの人間と自身の持っている力。
 この二つが上手く溶け込み、出来上がったのが『その人の幸福』だ。
 そして、クラウドは非常に『幸福』な人生を、現在(いま)、まさに送っている真っ最中だ。
 それは、ティファ・ロックハートという『幸せになるために必要な人』と共に歩いているという『無意識下の自覚』によるもので、『彼自身の力』が『彼を幸福にしている』という、非常にややこしいようで、酷く単純な結果によるものなのだ。

 そして。

 彼はまさに『自身の幸福のために必要な人』として認めている『大切な人』を失わないために、命を賭けて戦おうとしている。
 それこそ、『命』や『人生』や『魂』といった、とても大切なくせに酷く曖昧なものを賭けて…である。

 目の前にいる青年と女性は、彼らの『人生』や『魂』を『前世』という不確かな時間の彼方に費やして消えた『経験』を持っている。
 言わば、『真の人生の先輩』だ。
 一度、『人生』を終えているのだから…。
 その終えた人生は、どうやら『失敗』だったようではあるが、そもそも一体、何をもってして『失敗』とか『成功』とかいうのか定義がないのだから、批評のしようは人それぞれ、持っている価値観に委ねられている。
 そのそれぞれの価値観の果てに、最終的に行き着く先は『本人達の気持だよね』という結論に達する。

 クラウドはどうだろう?
 シュリのように、過去を選び、『現在』の時を捨てて生きる事が出来るだろうか…?
 女帝のように、古に果てたはずの時の中にその魂を定着させ、『全てを消す』という大胆な発想に辿り着けるか…?


 否!


 クラウドはギュッと唇を噛み締めた。
 知らず知らずの内に拳を握り締める。

 断じて認めることは出来ない。
 この星に生きる全ての命や『生きてきた記憶』を否定することなど。

 確かに、過ちが多い星かもしれない。
 彼女ばかりではなく、悲しみや怒り、憎しみや絶望に苛まれて命をもぎ取られ、死した後も命の螺旋に加わることすら出来ずに彷徨っている哀れな魂があるかもしれない。
 いや、きっとあるだろう。
 だからこそ、『闇』というものが存在しているのであり、『シャドウ』のように『陽の世界』に生きる命を攻撃するものが存在しているのだから。

 だが、だからと言ってその『哀れな魂』のみに目を向けて、『現在を生きている命』をないがしろにすることは出来ない。
 幾つもの可能性、幾つもの大きな希望を持っている『命の芽』。
 それが『咲く』か『枯れる』か見極める前に『摘み取る』など!
 いや……違う…。
 例え『枯れる』のが目に見えていて…。
 本当に『枯れて』しまったとしても…。
 だからと言って『摘み取って』良いわけは無い。
『枯れた』ものには『枯れた』ものとしての『役割』がある。
『新しい命』の『肥料』として、『枯れた』ものも『存在理由』があるはずなのだから。

 何一つ、無駄なものなどないのだから。

 ティファも…。


 自分も…。



「アルファ!」

 突然大きな声で呼びかけた金髪・碧眼の青年を、兄妹が少し驚いたような顔をして振り向いた…。
 大きく息を吸い込むと、クラウドは一歩、前に踏み出した。


 大きな……大きな一歩だった…。






 それなのに…。







「なぁんだ、まだちんたらしてたわけ〜?」






 吹き付ける冷気。
 神経を逆撫でするしゃべり方。
 その場の空気が凍る。

 クラウドは見た。

 何も無い空間が突如、グニャリと歪んで手が……次に足先が現れて…。



「お前!?」



 狂った道化師が狂気に彩られた哂いで口元を引き攣らせて現れたのを。



 シュリと女帝、クラウドとティファ。
 四人の位置を丁度まとめて半分くらいの場所に現れたボロゾアに、クラウドは目を見開いた。




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