溢れかえる闇の中へ、男が消えていく。 それを肩で呼吸を整えながらプライアデスは注意深く見守っていた。 その青年よりも少し上空では…。 「負けるなー!!」「クラウドーー!!」「ティファーー!!」「頑張れーー!!」 声を大にして叫ぶ…この星の英雄達。 彼らの必死の呼び声に…。 「………フッ…」 紫紺の瞳を細め、プライアデスは柔らかな笑みに唇を模らせ(かたどらせ)た。 だが、それもすぐに引き締まったものに変わる。 新たな気配に気付いたからだ。 「バカバカしいったらありゃしない。なぁ〜、そう思わねぇ?」 プライアデスへ喜びながら駆けつけようとしていた『選ばれし者達』が驚愕に目を剥いた。 青年の背後の空間がグニャリと歪み、そこからたった今、闇の濁流に飲み込まれたはずの男が現れた。 片腕を失った姿のままで…。 紫紺の瞳をスーッと細めながらプライアデスはゆっくり振り返り、 「思うわけがない」 キッパリとそう言いきった。 Fairy tail of The World 86「ったく、本当に暑苦しくてバカバカしい人間達ですねぇ」 小バカにした口調が僅かに揺らいでいる。 闇に飲み込まれたはずなのに、ボロゾアはそこにいた。 いつもなら、プライアデスは待っただろう。 ボロゾアの準備が整うまで。 しかし。 「うおっ!」 皮肉屋が皮肉をそれ以上言えないくらいのスピードで、攻撃を仕掛ける。 それでなくても、余裕ぶってはいるがボロゾアは必死だった。 片腕で凄腕の人間を相手にしているのだから、皮肉屋でもその舌の回転が鈍って当然だ。 プライアデスは、ボロゾアを睨みつけながら唇の片端を持ち上げて…笑った。 「彼らは負けない。どんな困難も、彼らが『彼ら』として存在している限り、彼らは負けない。絶対に勝つ!」 最後の台詞と同時に、ボロゾアの胴を蹴り上げる。 重く、容赦ないその攻撃に、ボロゾアの顔が醜く歪む。 とうとう、『道化の仮面』を被っていられる余裕がなくなったのだ。 片目を眇め(すがめ)、片目を大きく見開くという奇妙な顔をしながら、必死になって反撃を試みる。 しかし、片腕を失っている上に出血が止まっていないので本来持っている力が半分も出ない。 力が出ない上に、身体のバランスが悪いので、宙に浮いたままバランスを崩してひっくり返らんばかりだ。 当然だが、宙でひっくり返ってしまっては、どちらが上下か分からなくなると言うことになり、『上昇している』と思い込んで突っ込んだ先が『地面』ということもありえる。 下手な行動は取れないのだが、じっくり考えて動く余裕などない。 苦し紛れに繰り出した剣は、あっさりと白銀の剣によって受け止められ、払いのけられ…。 ギーーーンッ!!! ついには、空高く跳ね飛ばされてしまった。 手から消えてしまった愛剣の感触に、ボロゾアの顔が凶悪に歪む。 プライアデスは攻撃の手を緩めなかった。 ボロゾアの目がランランと憎悪に光っている。 武器を失い、敗北は明白であるのに、全くもって事実をその目は受け入れていない。 否。 まだ『敗北』していないのだ。 プライアデスも『勝利』を手にしていない。 まだ『武器がなくなってしまっただけ』で『決着がついた』わけではない。 姉妹が苦しげに身を捩りながら、仲間達に支えられて闇の触手から逃れている。 その間も、ずっと姉妹は目を離さなかった。 大切な甥が…。 愛しい息子が…。 口にするのも厭わしい存在と剣を交えて戦っている。 全身全霊を賭けて…戦っている。 それなのに、どうして自分達がおめおめ、退散出来るものか! 仲間達の勧めを全て聞き流し、姉妹はひたすら祈った。 祈って…祈って……呼びかけた。 なにに? 星に。 この星に生きる全ての者達に。 この星に生きた全ての記憶達に。 この星を愛している全ての魂達に。 プライアデスが前世(過去)を取り戻したその時点で、彼女達は密かに行動に移していた。 星に呼びかける…ということを。 『舞姫』として与えられた使命を果たすために。 その祈りは、今では星の流れに溶けて加わり、光の速さで星を巡っている。 星を巡るその流れは、各地に生きる命の力を得、逆に自分達の『記憶』という大きな価値ある物を与えるにまで至ろうとしていた。 ストレートな過去の『記憶』ではない。 無意識下に継いでいくべき『魂の記憶』。 それを、星達は与えた。 『あること』をしてもらうことによって『命の力』を得ることにより。 『その対価』として『魂の記憶』を与えた。 それは、いわゆる『等価交換』。 ものを売り買いするうえでは、破られてはいけない法則。 その『やり取り』こそが、ずっと星が望んできたことだった。 もう、二千年も前から祈られてきた願い。 それが…もうすぐ現実となる。 いや、それを今こそ実現しなくてはならない時。 今こそ…積年の願いを現実のものとする時に他ならない! 「「 カーフ!! 」」 姉妹は大きく一声、愛しい息子へ…、甥へ、呼びかけて…。 支えてくれる仲間達の腕をすり抜けて…。 フウワリと宙に浮いた。 まるで、陽炎のように儚く、命を燃焼させるが如く。 姉妹は大きく仰け反り……。 シャンッ! シャン、シャン、シャン、シャン! シャラララ、シャン、シャン! スゥーッ…と、薄物(うすもの:ショールのようなもの)が現れ、姉妹の身を包み込んで美しく飾る。 手首と足首には複数の鈴。 手を翻し、身を大きく開き、そして宙でクルリと回転する。 その度に鳴る鈴の音は、まるで……。 葬送曲。 いや、『葬送曲』で終らない。 力の限り生きてきた魂を悼みつつ、新たな命へ繋げていく力を感じさせる。 そう、『再生』を思わせる力強いものだ。 死して、また蘇える…、生まれ変わる…、それを現すかのような力強い舞い。 天上の舞の姫君達。 かつて、そう称された姉妹の、最後の舞いが始まった。 その美しい舞いに合わせるように、引き止めようとしていた『選ばれし者達』もグッと言葉を飲み込み、顔を見合わせ決意を固めた表情で頷きあい…。 それぞれの楽器を手に手に。 壮大な演奏を奏で始めた。 ― 【 コスモキャニオン地帯 】 ― キャンプファイヤーの周りで村人達が暖を取っている。 本当ならそれぞれの家に帰り、夕食を食べ終わっている頃なのに、村にはいつもの陽気さはなかった。 村人全員が、村の中心のキャンプファイヤーに集まり、シャドウの攻撃に対して備えている。 「こんなに星がざわついて落ち着きがない夜は久しぶりだねぇ…」 一人の老婆が夜空の星を見上げてそう呟く。 傍らに膝を抱えて小さくなっていた子供が、興味津々に祖母を見上げた。 「ばあちゃん、それっていつくらい?僕が生まれる前の話し?」 「あぁ、そうだよ。お前の母ちゃんがまだちっさい頃の話さ」 「あ〜、それだったら俺もかろうじてしってるかな?大異変の事だろ?」 「ああ、もうそんなになるんか〜…あの大異変から」 大異変。 実は、他の大陸などでは全く知られていない出来事。 星が実に二千年ぶりに悲鳴を上げた日がそれに当たる…。 その日。 あまりの激痛に星が大きな悲鳴を上げたがために、星を取り巻く数多の綺羅星達が歪んで見える現象が大地で起こった。 大地から綺羅星達を見上げるしか出来ない人間達は、自分達が根ざしている大地に異変が起きているのではなく、周りの星達に異変が起きたものだと解釈した。 実際は、数多の綺羅星達に起こった異変ではなく、まさに自分達の母なる大地が大きくのた打ち回っているという事実は、ついに知られることが無かった。 それほどの大激震が起きた日。 それは…。 かつて、『英雄』と称えられた男が生まれた日…。 名は……セフィロス。 宙から来た災厄を母と呼ぶもの。 彼がいつ生まれたのか。 その詳しい時期を知る者は母親であるルクレツィアと父親の宝条。 そして…。 彼女をずっと近くで断片的にではあるが見ていた……ヴィンセント。 それだけだった…。 老婆は笑う。 大丈夫だ…と。 この星には大きな力があるから…と。 その力を得るために必要なこと…。 それが…。 「確か、こんな曲だったかね…」 そう前置きしてゆっくりと口ずさむ。 それは、軽快で小さな妖精たちが泉の周りで跳ねて遊んでいるような印象を受けるメロディー。 そのハミングに合わせて、老婆の周りにいる年寄り達が顔を見合わせて軽く笑った。 昔々、自分達の祖父母に教えてもらった民謡を口ずさむ。 その小さなハミングが、段々大きな輪になっていき、やがてその輪はシャドウから避難している者達全体にまで及んだ。 シャドウの恐怖は完全に払拭されたわけではない。 むしろ、最後の襲撃から半日ほどが経過している。 その為に、中途半端な緊張状態にあった村人たちにとって、この音楽は一種の慰めともなっていた。 歌詞はない。 ただメロディーだけ。 元々、歌詞があったのかなかったのか、もう遥か昔の話なので真相は分からない。 伝えられているのは音楽と…。 踊り。 村人達のハミングに合わせ、民族舞踊を覚えている小数の村人が立ち上がり、いつしか踊りだしていた。 警護に当たっているWROの隊員達も、いつしかその陽気な雰囲気に呑まれ、笑顔をこぼしていた。 ― 【 ゴンガガ地帯 】 ― 小さな村。 それでも、村に住む者達全員が集まると、決して少ない人数ではない。 その決して少なくはない人達を守るために、WRO隊員達が村の出入り口を固めている。 村の中心ではかがり火がたかれ、物々しい雰囲気を醸し出していた。 村人達はその急ごしらえの避難場所に肩を寄せ合い、身を小さくしていた。 その中に、かつてソルジャーに憧れて村を飛び出してしまった息子を持つ老夫婦がいた。 彼らは、自分達の最愛の息子が既に星に還ってしまったことをここ数年でようやく知るに至った。 初めてその知らせを受けたとき、後を追って死のうかとも思ったが、息子の死を知らせてくれた金髪・碧眼の青年の真摯な『死を悼む姿勢』を前に、もう一度頑張ろうと心に決めた…。 そんな…夫婦の周りには、子供に先立たれた村人達が意外にも多くいた。 彼らの子供達もまた、病気や事故などによって幼くして命を落としていた。 「こんな歳まで生きてきたんだもの…もう充分よね」 「そうだな…。あの子がもういい加減、待ちくたびれたんだろうよ…」 「ふふ…そうね」 『シャドウ』という未知の恐怖を前にして穏やかにそう会話をしている。 死の恐怖は確かにあるだろうが、それ以上に昔失った我が子との再会を心待ちにしている風にもあるその夫婦達に、「まだ早いでしょう?」「そうそう。これからうんとこの星は凄くなっていくんだから、その土産話しを持っていけるようになるまでは頑張らないと」などと、まだ年若い夫婦が話しに加わった。 小さな村だから、皆、気心が知れている。 老夫婦は苦笑しながらその若夫婦に頷いた。 ふ…と、年若い夫婦の妻が夜空を見上げた。 「そう言えば、母さんが星空を見ながらおばあちゃんに歌ってもらった子守唄があるって、昔、言ってたな」 「子守唄?」 夫が不思議そうに問い返す。 妻は夫の片腕にすっぽりとくるまれながらニッコリ笑った。 「そう。こんな風に星空の綺麗な晩に、おばあちゃんに教えてもらったんだって」 そう言って、静かで心が穏やかになるような歌を口ずさんだ。 歌詞はない。 ただ音楽だけ。 そのハミングに、老夫婦が顔を見合わせると懐かしむように目を細めた。 「あぁ、そう言えばそんな歌があったわねぇ」 「歌詞を持たない『子守唄』だな…」 そう言うと、自分達もそのハミングに加わり、うっとりと目を閉じた。 その歌は、村人達の懐かしくも愛しい時間を思い出させ、あっという間にハミングの輪が広がった。 WRO隊員達はその『ゴンガガの子守唄』に心を寄せ、緊張で張り詰めている神経をホッと慰められたのだった。 「あぁ…ほんっとうにいつまでダラダラとしてるんですかねぇ。さっさと『入っちゃって』下さいよ」 突然現れたボロゾアに、クラウドが身構える。 それに対し、シュリと女帝は酷く冷静だった。 冷たい目で道化を見やる。 「そなたをここに呼んだ覚えはない」 受け入れるつもりなど微塵も持ち合わせていない。 そんな態度を崩さない女帝に、 「あはは〜、呼ばれてはいませんが、私があなたに会いたかったんですよぉ」 どこまでもふざけた『道化師』はキャラキャラ笑いながらゆっくりと近寄った。 スッ…とシュリが身体を滑らせるように女帝の隣に立つ。 女帝は…シュリの行動に対し、特に何も感じていないかのような顔で黙ったままボロゾアから視線を外さなかった。 実に奇妙な構図。 女帝を止めるべくこの場にいるクラウド。 女帝を人間として死なせてやりたいと願うシュリ。 星を消滅させるためにティファの身体を欲している女帝。 クラウドの幸せのために身を引き、女帝に魂も身体も差し出した…ティファ。 それぞれ目的が全く違うのに、こうして道化師が一人出現したことによって共通の敵が出来た…そんな感じだった。 シュリが極々自然に背中に女帝の傍に佇むのを見て、クラウドはぼんやりとこの場の奇妙さを感じていた。 シュリにとって、あくまで女帝は『妹』なのだ。 なら、その『妹』を大切に…慈しんで思う心を知りながら、それでもティファを取り戻したいと願い、実行する自分は果たして『正しい』のだろうか…? ティファは勘違いをして女帝に身体と魂を譲り渡した。 いや、魂はまだ完全に譲り渡せていないのだろう。 だから、女帝はまだ『入れていない』んだから。 …。 ……シュリは…。 この青年は、本当に『妹』を死なせたいのだろうか? 本当なら、『人として生かせてやりたい』はずだ。 もしも…。 もしもその可能性が少しでも残されていたら…? 迷わず、その道を選ぶだろう。 …あぁ、だから! クラウドは達したその答えに溜飲が下がる思いがした。 同時に、この場に居合わせられた幸福を感謝したい気持で一杯になった。 誰に感謝を? それは分からない。 分からないが、あえて言うならここまで導いてくれた『星』に。 クラウドは愛剣をゆっくり、ゆっくり抜きながら構えた。 「おやぁ?ただの人間が何かしようとしてますねぇ」 敵は…。 「クラウドさん…」「………」 ボロゾア…。 「ティファも、ミコト様も、シュリも…」 一言一言、重みを置きながら口にする。 「仲間達も…、この星も…」 「なんだって言うんだぁ?たかだかただの人間ごときが〜?」 「絶対に譲らない!」 腰をギリギリまで落として…。 クラウドはボロゾアに斬りかかった。 |