各地で少しずつ星が力を取り戻している。
 それは…あることをこの星に生きる人達がしてくれているから。
 だから、彼らは気付かない。
 自分達が今まさに、闇の脅威に脅かされている星の助けてとなっていることを。
 更には。
 各地……WRO隊員達に保護されながら、その村、町、街の人達はまさか、自分達と同じ事を他の大陸にいる人達がしているとは微塵も思わない。

 ただただ、シャドウの恐怖を紛らわせるために…。
 懐かしさが込上げてつい…。
 話のついでに…。

 理由は色々あり、その内容もさまざま異なっているが、それこそが星が、姉妹の舞姫達が、楽師達が望んできたこと。

 その待ち望んだこと。
 それは。


 星に生きる人間たちが、『セトラ』の代わりとして『儀式』を行うこと。


 星が…『セトラ』を、『選ばれし者達』以外から受ける『儀式』によって、『闇の浄化』を行えるようになること。
 その待ち望んだ姿に、大気は……星は喜びに溢れている。


 しかし、コレではダメなのだ。
 仕上げにどうしても必要なものが欠けている。
 それは…。
 まだ……星の中心で……。






Fairy tail of The World 88








『高度を下げます』
「え…?う、うわっ!!」
「うわわわわわわわ!!」
「ひ〜〜!!」
「お、堕ちる〜〜〜!!!!」
「シェ、シェルク〜!!なんっちゅう操縦の仕方しやがる!」

 シェルクの艦内放送直後、誰もが顔を見合わせる暇など無く、必死になって風圧で吹き飛ばされないように手すりにしがみ付いた。
 シドがシエラ号のむちゃくちゃな操縦をするシェルクに怒鳴り声を上げるが、全くそのことに関心が無いのか、それとも音声を全く拾っていないからこそ、シェルクのところに非難が届いていないのかは分からない。
 分からないのだが…。

「「「「 このままじゃ、ぶつかるーー!!!!! 」」」」

 タークスとジェノバ戦役でのお元気な部類に配置されてしまう面々が悲鳴を上げた。
 もう眼前まで闇の触手が見える。
 あと少しで蠢くそのおぞましいものの中にダイブしてしまう!!

 墜落だ!!!

 誰もがそう思ったが、その手前で急停止した。
 逆噴射による急ブレーキ。

「う…うえっぷ…」

 乗り物に弱いユフィがフラフラとしながらトイレ目指してダッシュする。
 シドは怒鳴り声を上げようとしたが…ハタ…と踏み止まった。

 いつもならこんな乱暴な運転は絶対にしない。

 シドは頭の中に突如浮かんだ『違和感』に首を傾げて……。


 ギョッと顔を引き攣らせた。


 そして慌てふためいてシェルクのいる部屋へ駆け出す。
 シドの血相を見て、バレットとナナキは
「あ〜あ、きっと叱られるぜ…」
「もう少し乱暴でない運転をして欲しいよね…」
 と、実に暢気な感想を口にした。
 しかし、ヴィンセントだけが黙ったままシドの後を滑るようにして追いかけた。



「おい、シェルク!!開けやがれ〜!!」

 ドンドンドン!!
 激しくドアを叩くシドに、ドアはうんともすんとも言わない。
 全く開く様子のないドアに、焦燥感が募る。

「おい!シェルク、大丈夫なのか!?大丈夫なら開けろ!!」
「シド」

 追いついたヴィンセントが真剣な声で話しかける。
 シドは縋るような目でヴィンセントを見た。

「あの野郎……ドアをロックしてやがる。ご丁寧にロック解除のナンバーを変えてやがって、外からじゃ開けられねぇ!!」
 ヴィンセントはその言葉に眉間にシワを寄せ、サッと銃に手を伸ばした。
 そして、キーの所目掛けて数回発砲する。
 シエラ号に傷が出来てしまったことをシドは泣きそうになったものの、それどころではないことと、他に方法がなかったと言うことから、緊急時の為、止む無し…と、涙を飲んだ。

 シェルクは…いた。
 まだセンシティブ・ネットダイブ状態を保っている。
 その彼女がうわ言のようにブツブツと呟いていた。

 ヴィンセントが険しい顔をして銃を構える。


「お前…誰だ…」


 威圧的な言葉に、驚いたのはシド。
 ヴィンセントとシェルクの間に視線を忙しく行ったり来たり、走らせる。
 銃を向けられてても、なおシェルクはブツブツと分からない事を呟くのが止まらない。
 ヴィンセントがジリジリと近付く。
 その時。


 ビーッビーッビーッ!!


 危険な状態を警報が告げる。
 ヴィンセントは迷った。
 今すぐにシェルクを機械から引きずり出さなくてはならない。
 意識を自由に潜りこませることが出来るシェルクだが、やはり性質の悪いものに暫く意識を溶け込ませていればどんなに強くても毒になる。
 そのため、シェルクのための警報音なのだ。
 だから、別段躊躇う事無く引きずり出したら良いのに…。
 それなのに、ヴィンセントは迷っていた。
 恐らく、今、シェルクの中に『誰か』がいる。

 それが『善』か『悪』か。
 それは分からない。
 分からないのだが……。

「発射」

 小さくシェルクが呟き、ヴィンセントとシドは真っ青になった。
 その直後、シエラ号からミサイルが発射された。


 キィプシュ〜〜〜。


 機械が取り外された音がやけに空々しく聞える。
 降り立ったシェルクに、ヴィンセントは銃を構えたまま油断無く睨みつけた。

 カツ…。

 靴音を鳴らしながら、ゆっくりシドとヴィンセントに向かい合って立つシェルクは…まさしくシェルクなのだが…。


「ヴィンセントさん、シドさん、どうか…『シェルクさんを怒らないで』下さい」


 シェルクの言葉に、二人は驚愕した。
 小さく驚きの声を上げた二人の前で、シェルクの身体が突然、糸の切れたマリオネットのように揺らぎ、その場に崩れるように倒れた。
 咄嗟の反射神経でヴィンセントが抱きとめる。
 しかし、腕の中のシェルクはすっかり意識を失っていた。
 さっきまで話をしていたとは信じられない。

 シェルクを抱きしめながら、ヴィンセントはシェルクが倒れこんだその瞬間、銀髪が薄っすらと宙に浮いてい
るように見えたことを思い返した。

 シドは「救護班呼んでくる!」と慌てふためきながら飛び出してしまった…。








 女帝が舞う。
 黒髪を無造作に風になぶらせながら。
 クラウドの大切な…、かけがえのない人を抱えたまま舞う。

 クラウドは支えてくれているシュリの腕を振りほどくようにして身を捩った。
 とてもじゃないが静観など出来ない。
 自分が駆けつけても足手まといにしかならないとは分かっている。
 だがしかし、無駄だと分かっていてもどうしようもならない衝動が全身を支配していた。

「ティファ!!シュリ、放せ!!!」

 喚きながら必死に身を捩り、頑強な腕を振りほどこうとする。
 しかし、突如、自分を押さえつけていた力が違う方向に働き、クラウドはもんどりうって後方に投げ出された。
 一回転…二回転半。
 ガバッと身を起こしたクラウドの目に飛び込んできたのは、刃を合わせているシュリとボロゾア。
 シュリは背を向けているので表情は分からない。
 シュリの肩越しに、ボロゾアの狂喜に満ち満ちた顔が見えた。
 完璧に狂っているその目は、ギラギラとドス赤黒く光り、口角からは涎が垂れている。
 異常に発達した犬歯がまるで牙のようにむき出しになっていた。

 激しい攻防戦。
 シュリの動きもさることながら、ボロゾアの攻撃も凄まじかった。
 ある意味、シュリよりも迫力があるように感じられる。
 それは、狂人独特の迫力。
 何をするか、常識では計れないものを感じさせているからだろう。

 クラウドは女帝を見た。
 未だにボロゾアが作り出した穴から闇の触手が奔流となって襲い掛かっている。
 宙を自由に飛びまわり、闇の触手を奔走している女帝。
 しかし、それだけではない。
 女帝は時折、片腕だけでティファを抱えると、空いた手を宙にかざしている。
 その都度、闇の触手が減っているようだった。
 何をしてるのかまでは分からない…。

 クラウドは迷った。
 いっそ、この混乱に乗じてティファを取り戻すべきか。
 それとも、シュリの加勢につくべきか。
 いや…どちらも自分が出来る事はたかが知れている。
 何しろ、単純に戦闘力を考えても、この場の状態を鑑みても自分に有利なのは何一つない。

 なら…どうしたら良い?
 何をしたら良い?
 大人しく指をくわえてことが済むのを待つべきか?

 否!

 早くしないと、ティファの心が闇色に染め上げられてしまう。
 そうなったら、全てが水泡に帰してしまう。


 考えろ!!


 クラウドは自身に叱咤した。
 自分にしか出来ない事があるはずだ。
 幸い、自分の手には武器がある。
 それに、闇の触手は女帝とティファを追うことに必死で、自分には気付いていない。

 もう一度女帝を見る。
 その時初めて、女帝が片腕で何をしているのかに気がついた。
 彼女もまた、闇を呼んでいるのだ。

 溢れ返り、凄まじい勢いの無数の触手に混じって、幾体ものシャドウが見える。
 シャドウと闇の触手はどうも『質』が違うらしい。
 シャドウは純粋に女帝の手足となって動いているようだった。
 それに対し、触手はただ我武者羅に女帝を追い、シャドウの攻撃に対して無防備だ。
 盲目の生き物が、香りだけを頼りに獲物を追っている…そんな感じだ。
 だから、自分達と同じ匂いをしているシャドウの攻撃には全く気付かないし避けられない。
 気が付いた時が消滅する時なのだから。

 そんな分析をしているうちに、クラウドは一つの事に気が付いた。
 シャドウによって消されてしまった闇の触手が、黒い粒子となって宙に散る。
 散ったかと思うと、その粒子は瞬く間に新たなシャドウとして生まれ変わっているではないか!

「これでは……そう時間がかからないうちに、シャドウで溢れかえる!」

 クラウドは蒼白になった。
 闇の触手が溢れ出ている穴を見る。
 そこからは、まるで無尽蔵のように溢れかえる……闇。
 最初はティファや女帝を狙っていたとしても、結局その勢力は女帝の側へ力となるのなら…。
 一つの事が脳裏に浮かぶ。
 ライフストリームから召喚されたザックスとエアリスの事を。
 二人はプライアデスによって召喚された。
 その力は、生前のまま…、いや、もしかしたらそれを上回っているかもしれない。
 その上、更に空を自由自在に飛んでいた…。


 クラウドは…目を閉じた。

 様々なことが脳裏を過ぎる。
 幸せだったこと。
 哀しかったこと。
 嬉しかったこと。
 苦しかったこと。

 主に瞼に映るのは……この三年間。
 ティファと共に過ごした日々。

 本当に……幸せだった…。

 最後にもう一度ティファを見た。
 愛しい人は、女帝の中でグッタリと目を閉じている。


 最後に…もう一度、ティファの目を見たかったな。


 あたたかな温もりに溢れている…茶色の瞳。
 もう一度、最後に甘やかな笑顔を見たかった。
 もう一度……抱きしめたかった…。
 もう一度……愛していると言いたかった。
 今度こそ、ちゃんと言いたかった…。


 共に歩いて欲しい…と。


「ごめんな…ティファ」


 そう呟いて。
 クラウドは武器を真っ直ぐ己の胸に突き刺した。

 その直前、ボロゾアと激しい攻防戦を繰り広げていたシュリがギョッとしてクラウドを振り仰ぐ。

「ダメだ、クラウドさん!!」

 怒鳴り声と同時に放たれた光。
 それは真っ直ぐクラウドに向かい、包み込んだ。

 震える切っ先がクラウドの身体から抜き取られ、地面に落ちる。
 その間、シュリは大変だった。
 ボロゾアの相手をしながらクラウドの身まで守るために力を使っているのだから。
 ほんの少しの油断も許されない。
 でなくば、この狂人は間違いなく己の喉を切り裂くだろう。
 ギラギラとねめつける狂気の赤。
 シュリは必死だった。

 そのシュリの放ってくれた光に包まれていたクラウドは、ぼんやりと自分の身体から剣が落ちていくのを見つめていた。
 そして、目を見開く。

「なんで……」
「クラウドさん!なに考えてんですか!!あなたが死んだら、ティファさんがどれだけ悲しむか分かってるんですか!?」
 ボロゾアの右胴を蹴り上げ、続けて重く鋭い斬激を浴びせながらシュリが怒鳴りつける。
 しかし、クラウドはそれをどこか遠くで聞いているような心地だった。

「なんで……血が出ない?」

 手をそっと刺したはずの胸に当てる。
 何も無い。
 本当なら血がべっとりと付いているはずなのに…。

「なんで……?…………まさか!?」

 愕然として辺りを見渡す。
 闇を少しずつ自分の手ごまに変えていく女帝を見る。
 戦っているシュリとボロゾアを見る。
 そして…もう一度自分の手を見る。

 あぁ…そうか。

 ようやく合点がいった。
 どうして自分がここに不自然な形で存在しているのか。
 そもそも、最初からそうだったんだろう。

 クラウドは、ずっと生身の状態で女帝の過去、女帝の作り出した擬似空間にいたのだと思った。
 だが…違う、そうじゃない。

 ティファ同様、魂の状態でここにいるのだ。
 ならば…シュリは?
 ボロゾアは?
 分からない。
 だがもしかしたら、シュリとティファの二人は生身なのかもしれない。
 何しろシュリは、ライフストリームにプライアデスの手で委ねられたのだから…。

 なら、シュリが必死になって自殺を止めるわけだ。
 魂が死んでしまったら、本当の…『死』なのだから。



「 グゲッ!! 」



 突如、異音を喉から発し、ボロゾアが身体を引き攣らせた。
 小刻みに身体を震わせ、首を…手を…足を…奇妙に引き攣らせている。
 目をむき出して、鼻の穴を膨らませ、口角を両方ともググッと下に引き攣らせ。
 顎をグッと引き締めて四肢を引き攣らせているボロゾアは……まるで……人間ではない生物が身体を支配している様だ。

 ゴキ…メキ…ミシシ……。

 異音がするたび、ボロゾアの身体がありえない方向を向く。
 そのせいで、骨が飛び出し、顔が恐怖と苦痛、そして激しい憎悪によって真っ赤になった。
 それもただの赤ではない。
 毒によって穢された血のような色だ。

 ボグンッ!!

 思わずクラウドは顔を背けた。
 耳にたった今聞いてしまった異音に、全身が鳥肌立つ。

 シュリがそっと剣を払ってクラウドの傍に舞い降りた。


「きっと、カーフ…いえ、プライアデスが現実世界で彼の『コア』を斃したんでしょう」


 シュリの言葉に、クラウドは振り返った。
 四肢をありえない方向に折り、首を捻じり切って死んでいるボロゾアがそこにいた。
 ゆっくりとその屍が黒い粒子に変わっていく。
 サラサラ…と、まるで風に吹かれて飛ぶ塵のように…。
 そして、その上空ではボロゾアが『完全に死んだ』ことにより、穴が塞がりつつあった。
 そのお蔭で、女帝を追っていた闇は、あっという間にシャドウとして女帝の傍で大人しくなっている。
 必然的にティファが闇に喰われる心配は今のところ先延ばしにされた。

 そう思った…。

 ビュッ!!

 空気を切り裂く音を認知するよりも早く、クラウドは強い衝撃に襲われた。

「クラウドさん!!」

 シュリの叫び声が遠くで聞える。



『あぁ…しまった……』



 ボロゾアの最期の悪あがき。
 完全に霧散する直前、生き物のように残った肢体がクラウドを襲ったのだ。
 クラウドにぶつかった残っていた肢体がそのままクラウドを取り込んで真っ黒に霧散する。
 その残骸…カスのようなものにまみれ、クラウドの意識は飛んだ…。




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