その異変に一番最初に気付いたのは、幼い少女と少年だった。 一人掛けのソファーにそれぞれ小さく丸くなって眠るという、不自然な格好で良く眠っていたのだが、突然パチッと目を開けた。 「どうしたの、マリンちゃん、デンゼル君」 緊張のあまり、ほとんど眠れずに鬱々と窓の外を眺めていたリリーが、二人の幼子の姿にビクッとしつつ声をかける。 二人は何も言わないまま、小走りに駆け寄ると、ジッと窓の外を見つめて暫く微動だにしなかった。 その所作にリリーの胸に不安が過ぎる。 神経が高ぶり過ぎて、子供達の精神状態に異常が起こったのでは!?と心配したのだ。 だが…。 「「 来る! 」」 声を同時に、二人の顔が輝いた。 「え、え!?な、なにが〜!?」 おろおろとしていると、隣の部屋からムッツリとした顔で若い青年が現れた。 明らかに、早朝と呼ぶ時間よりも早めの時間に気分を害しているらしい。 混乱しながら子供達の様子がおかしいことを説明しようとした矢先。 ドーーーーンッ!!!! 下から突き上げるような衝撃に襲われた。 悲鳴を上げながら子供達を抱きしめつつ床に伏す。 ルーファウスも鋭い視線で身を伏せつつ、三人に近付き覆いかぶさって…。 「あ、あれ…?」 「な…んだ…?」 二人は外の様子がおかしいことに気付き、恐る恐る顔を上げた。 そこで見たものは、大地に溢れるエメラルドグリーンの光。 煌く光の粒子達が寄せ集まり、大河となって大地を覆いつくす壮大な光景だった。 Fairy tail of The World 91女帝に目に見えない攻撃を受けた直後。 眩いばかりの光に包まれたという、確かな実感があった。 それは、胸に何かがぶつかってきた衝撃によって…。 そして同時に広がる温もりによってもたらされた。 そうして湧き上がる激しい感情……。 なにも考えることなく反応した両腕は、その温もりをしっかり抱きしめた。 「………ティファ……!」 きつくきつく抱きしめて…。 髪に顔を埋めると、確かに香る甘やかな香りを胸いっぱいに吸い込む。 「クラウド…!」 幻聴にまで聴いていた、彼女の呼び声。 自分を呼んでくれるその声に、魂が歓喜に震える。 ティファが胸に飛び込んできてくれたその瞬間から、クラウドは自分達が闇から凄まじい勢いで押し出されたのを感じた。 まるで、空気が爆発したかのような荒々しく…猛々しい力が、自分達を一気に光へ追いやる。 どうして、闇一色だった世界に神聖な光の力があふれ出したのかは分からない。 分からないが…。 腕の中にある温もりは確かなもので…。 ほんの少しだけ身体を離して、彼女の顔を見たいと思ったが、強い強い力の渦に奔流されてクルクルと木の葉のように回るしかない今の状況では、僅かに身体を離したその隙間に引き離されてしまいそうで…。 クラウドは彼女の身体を抱きしめ続けた。 良く知る細い腕が、しっかり自分の身体を抱きしめて放さないのが…こんなにも幸せなことだったとは…! このまま死ねたらどんなにか幸福だろう…。 そんなバカな台詞をあまり観たり読んだりしない映画や小説で見聞きした時、死ぬよりも共に生きる事を考えたら良いのに…と、なんとも冷めた目で小バカにしていた。 だが、その台詞が今まさに、湧き上がる感情にピッタリと合う。 本当に、このまま死ねたらどんなにか幸福か。 勿論、そんなつもりはサラサラない。 ようやっと、恋焦がれてきたものが戻って来たのだ。 共に生きる道を選ぶに決まっている! だがしかし…。 自分達に迫る闇の手が、すぐそこまで伸びている気配がする。 もうそこまで…。 クルクルと、まるで大河に漂う木の葉のように翻弄され、自由を奪われている自分達には、その魔手から逃れる術はない。 ただただ、一刻も早く『身体』に戻れるように祈るだけ…。 最悪、彼女だけでも無事に『身体』に戻してやりたい! 己が盾になれるなら…!! だが、その単純な方法ですら『魂』の状態にある今は、分からない。 単純に立ちはだかれば良いのか? 簡単に『クラウド』という『魂』を通り抜けてティファを捕えてしまいそうだ…。 それに、万が一、自分が盾になれたとしても、恐らくティファは絶対に許さないだろう。 自分と一緒に闇に囚われることを選ぶと確信を持って言える。 『考えろ!!』 自分自身に言い聞かせる。 クラウドは目を薄っすらと開けた。 先ほどまでの景色とは一変して、眩い……白一色。 光の洪水に放り込まれ、眩しくて眩しくて…。 それでも目を閉じないように頑張る。 溢れるその光は、確かに先ほどまで自分達がいた『闇』から『命の世界へ』抜け出そうとしている希望の色だ。 どういう状況にいるのか良く分からない。 考えられる余裕もない。 だが、考えなくては! ほら……! ぶれる視界の片隅で、クラウドは確かに見た。 白い光の世界へ進出しようとしている『闇』の触手を! 自分達を押し流す抗い難い力に身を委ねるしかないクラウド達には、それをどうすることも出来ない。 出来ないが……捕まったら最後だ…と、本能で分かる。 闇が迫る。 光溢れる命の世界を黒く塗り替えようとしているかのように、白い世界に真っ黒なものが広がろうとしている。 その先頭を走る姿に、心臓が大きく脈打った。 漆黒の長い髪を持ち、赤い宝石をその双眸に持つ…女帝。 ひた…と、見据えているのは、間違いようも無く…自分達。 もうあと少しで、『身体』に戻れると本能が察知しているのに、それに間に合わないことも本能で悟った。 あとほんの少しだけ…。 小さな力で良い! 軽くで良い、背を押してくれる力があったら、女帝からも『闇』からも抜け出せるのに…! 女帝の白い手が伸びる…。 クラウドの足に女帝の指先が触れた……。 『…!!クソッ、ダメか……!!』 これ以上は入らないほど力を込めてティファを抱きしめる。 もう、引き離されたくない。 引き裂かれたら…生きていけない!! 思わず目を固く瞑って、ギュッとギュッと彼女を抱きしめると、ティファもそれに応えるように強く強く、背に回した腕に…手に、力を込めて返してくれた。 トンッ。 「 !? 」 背に感じた軽い感触に、ハッ、と目を見開く。 視界一杯に広がったのは……。 「ア……!」 あり得ない…!!! 満面の笑みを浮かべながら、光を侵食しつくそうとしている『闇』に真正面から対峙するべく、クラウドとティファを背後に庇う……小さな背中。 「アイ…!!」 初めて見る満足そうな……幸せそうな…女帝の笑顔。 「アイリさん!!」 女帝……………………『アイリ』の姿。 急速に小さくなるその姿に、クラウドは思わず手を伸ばした。 「アイリさん!!!」 虚しい叫び声を残して…。 あっという間に……。 アイリの背中は遠く、見えなくなった……。 英雄達とシエラ号のクルー達は、眼下に広がる光の洪水にただ目を見張った。 三年前がフラッシュバックする。 まさに、あの最終決戦の後の光景そのもの。 サンゴの谷を覆っていた蠢く黒いものが急速にその勢力を失い、エメラルドグリーンの輝きに飲み込まれていく。 その輝く大海の上を、『選ばれし者達』が楽(がく)を奏で、舞を舞う。 光の粒子を纏うように力強く舞う舞い姫達と、白い装束に身を包んで心からの喜びに白い顔を輝かせて楽を奏でる『先人達』の大合奏。 それは、シエラ号に乗っている全員を魅了した。 あぁ…なんと美しく、魂が奮い立つ光景か! かつて、これほどの光景に……『儀式』に出会った者はいないだろう。 大地と選ばれし者達の共振。 その光景をただただ目を見張るばかりだ。 その歓喜に震えている大地の上をシエラ号は飛ぶ。 ゆっくりゆっくりと航行していると…。 「あ!!」 ユフィが目ざとく何かを見つけた。 まさしく『海面から』顔を出したように、プライアデスはキラキラと光の粒子に全身が濡れている。 バサッ!! 大きく……頼もしい羽音。 まるで滑るように言葉に出来ない程優雅な仕草で、シエラ号に辿り着いた彼の腕には…。 「「「「 クラウド!? 」」」 「「「 ティファ!? 」」」 グッタリとはしているが、確かな息遣い。 クラウドとティファの生還に、仲間達もタークスも…。 そして。 「本当にありがとう!!」 ただ…嬉しくて仕方なくて、今にも踊り出しそうな歓喜に包まれているエアリス。 いつの間にこの場に現れたのか。 「うおい!?ツオンさんは!?」 「ツオンさん、まさか置いてきて…」 蒼白になるタークスに、 「そんなわけないでしょ。ちゃんとその前に運んでもらってるもの」 ニッコリと笑ってプライアデスを見た。 「えぇ。ちゃんと安全な場所にお連れしました。ちょっと距離はあるんですけど…」 「え…?」 プライアデスの言い方に、最初はうんうん、と仲間の無事を確認して喜び合っている三人だったが…。 はた……と固まった。 「あの……どこに…?」 恐る恐る訊ねるイリーナに、プライアデスはちょっとだけ申し訳なさそうな顔をして…。 告げた。 「ルクレツィアさんの洞です」 「「「 えぇぇぇえぇえええ!?!?!? 」」」 予想外も予想外。 そんな、この地区からうんと離れている場所を言われて、タークスばかりでなく英雄とクルー達まで素っ頓狂な声を上げた。 その声をBGMに、どんどん状況は変化していく。 宵闇の空が、地面からの灯りによって色を変えているのかのようだったのだが、それが徐々に空自体が変色しているのだと分かった。 夜の帳が明けていく。 朝陽が上ろうとしているのだ。 それに合わせるようにして、段々世界が変色する。 普通の夜明けではない。 新たな時代の夜明けに相応しく、最後の仕上げ…。 その最後に必要なものが………風に乗って星の隅々にまで届く。 ― 喜び踊れ 勇みて集え ― ― 勝ち歌 歌いて 勝利を祝え ― 耳の良いナナキが一番初めに『それ』に気付く。 耳をピクピクさせながら、キョロキョロと見渡す。 「ナナキ?」 どうしたの?と聞こうとするユフィに、「しっ!なんか…聞える…」と、囁いて耳を澄ます。 ルクレツィアの洞を出されて動揺していた仲間達にも、その緊張が伝わった。 息をひそめて、耳をそばだてる。 その様子に、プライアデスは嬉しそうに笑みをこぼした。 ― 闇に堕ちし 魂たちよ ― ― 光を求めし 哀れなモノよ ― ― 勇みて 立てや ― ― 喜び 歌え ― ― いまこそ 汝の 願いが叶う ― ― 今こそ 解放の とき ― 仲間達の耳にも届いたその歌声。 若い女性の…歌声。 その歌声がはっきり聞えた瞬間、カッ!!!!と、辺りが真昼のように明るくなった。 思わず小さな悲鳴を上げながら、シエラ号に乗っている者達は目を閉じ、顔を背けた。 「新時代の到来です」 感極まったように震えるプライアデスの声が遠くで聞えた…。 「な……!」 ツォンは、目の前の女性が光始めたのを見て、絶句した。 ここに一人、置き去りにされてからそんなに長時間は経っていない…と思うが、それでも、一人きりでおかれると時間の感覚が鈍って、まるで何日も放置されているような錯覚に陥る。 自分と…クリスタルの中、穏やかな微笑を浮かべている美女。 ルクレツィア・クレシェント。 かつて、神羅の実験に身を差し出し、『英雄』と呼ばれる男を産み落とした…悲劇の女性。 彼女のしたことは後々、星に多大なダメージをもたらしたが、それを責めるのは酷というものだろう…。 彼女は自分のしたことによって正気を失い、まともな人間としての人生を失い、心まで失って、『死』すら失いこうしてここに『ある』。 その彼女のクリスタルが…! 眩いばかりに光りだした。 強弱をつけて点滅するその光は、まるで鼓動のようだ。 成す術なくその様を見入るツォンの耳に…。 ― ありがとう… ルクレツィア・クレシェント ― 若い女性の声が届いた。 その直後! カッ!!と、クリスタルが一際強く輝き、ガラガラ…という、何かが大きく崩れる音がしたかと思うと…。 美しい笑みを浮かべた女性がほんの少しだけ目を開けて…。 満足そうに溜め息を吐いて…。 ゆっくりと…ゆっくりと…。 その姿を消していった……。 |