「わわわっ!!」 グラグラ揺れる大地に、避難している村人たちが慌てふためく。 WROの隊員達は、最初こそ慌てたものの、すぐに冷静さを取り戻して村人達へ大きな声で呼びかけた。 慌てるな。 とにかく、その場に小さくなれ。 大丈夫、すぐに収まる…。 力強いその声に、混乱しそうになった場は落ち着きを取り戻しかけた。 が…。 何人かの村人達が、蒼白になって悲鳴を上げながら指を差す。 他の人々もその指差す方へ視線を流し、真っ青になった。 隊員達にも緊張が走る。 そこには、ドス赤黒い瞳をランランと光らせた無数のシャドウ。 先ほどまではその姿を見せなかったのに、信じられないくらいの大群だ。 人々の悲鳴が響き渡る。 隊員達もある者は泡を食いながら…、ある者は冷静に、そしてある者は村人達を守るべく敢然と立ち上がり…。 銃を構える。 銃のトリガーを引く。 シャドウが飛び掛る。 村人の悲鳴が一層甲高く、辺りに響き渡る。 と…。 カッ!!!! 大地から突如、眩い光の粒子が無数に飛び出した。 光はシャドウを包み込み、村人と隊員達を包み込んだ。 人々は見た。 光の帯に包まれたシャドウが、漆黒の体躯を小さく変化させ、ポゥッ!と淡い光を発したかと思うと…。 純白の鳩になったその瞬間を。 そして、まるで喜び踊るように、高く高く、空へ舞いあがって……消えたその一部始終を。 無数の純白の鳩達が、羽音を立てながら、明け白む空に溶けていった……世紀の瞬間を。 ― 喜び踊れ 悲しむモノよ 汝の祈りが 叶いし良き日の 訪れに ― 美しい女性の歌声が聞えた気がした…。 Fairy tail of The World 92真っ白。 真っ白な世界がどこまでも広がっている。 そこに……クラウドはいた。 これは『夢』なんだと分かっていた。 自分は…、ティファは…。 無事に『身体』に戻った。 だから…これは…『夢』 どうして『身体』に戻ったことが分かったのか。 それは分からないが……あえて言うなら本能で…だ。 もう、生身の人間になったんだって…。 だから…これは『夢』…。 目の前に立つ女性も……また、『夢』の中だからこそ会えるのだろう…。 クラウドは、目の前の女性を見つめた。 彼女もまた、クラウドを見つめる。 どうして…気付かなかったのか…。 なんでこんな風になるまで……彼女が……女帝が、『アイリ』と同じ顔だったということに。 いくら、髪が長く、その色が違うと言っても…。 もうダメだ!と、覚悟したあの時。 軽く…本当に軽く背中を押されたあの瞬間。 まるで、霧が晴れるように、それまでずっとぼやけて見えていた女帝の顔がはっきりと見えた。 『目から鱗』とは、よくも言ったものだ、まぁ……意味は違うが…。 「ふふ、どうして今まで気づかなかったんだろうって思ってるんでしょう?」 悪戯が成功した時に見せる子供の無邪気な笑顔。 彼女は……本当に嬉しそうだった。 だが、その背には大きな大きな漆黒の双翼。 その大きな翼を羽ばたかせ、真っ直ぐに自分達に向かって飛んでいた。 自分達を闇から出さないように…、閉じ込めて…魂の片鱗さえも残さずに喰らい尽すつもりなんだ…と、あの時は思ったのに…。 まさか。 追って来る闇の勢力の盾になってくれるとは! 「本当に…俺は間抜けだという証明をしてしまったようなもんだな…」 そう言うクラウドは……哀しそうな顔。 もう…否定出来ない…。 女帝はアイリだった。 ティファの弱みに付け込み…。 彼女を闇に引き入れた…諸悪の根源。 その一方で。 彼女はもう一つの顔を持っていた。 魔晄中毒に侵され、苦しむ患者。 プライアデスという青年に愛され…、ほんの微かな笑みを返すだけで精一杯の……。 儚く、脆く…哀しい女性。 どうして? なんで? 聞きたいことは沢山ある。 「分からないようにちょっと術を使わさせて頂いてましたから」 ニッコリと笑って言う彼女に…クラウドは胸が引き裂かれそうになる。 何故なら…。 「アイリさん…あんたは……あんたは……!」 感情が高ぶりすぎて言葉を途切らせる。 「クラウドさん……ごめんなさい」 アイリの謝罪に、クラウドは激しく頭を振った。 「なんで……なんであんたが……!!」 彼女の身体が……少しずつ……確実に透けていっている!! どうして!? 何故、彼女がこんな辛い役目を担わなくてはならない!? 哀しくて…ただただ、哀しくて…。 「クラウドさん…あなたとティファさんには辛い思いを強いてしまいましたね…」 「そんな!!俺とティファの苦しみなんか……!!アイリさん、あんたに比べたら…!!!」 血を吐くような思いでクラウドは訴える。 どうして…? どうして、彼女はまだ『闇』にいる? 本当なら一番幸せになるべきなのに!!! 「クラウドさん…。あなたとティファさんに出会えて本当に幸せでした」 そう言う彼女は、本当に幸せそうで…。 胸が潰れる。 「私は…人型ウェポン。そうであるが故に、潜在能力は皆さんの想像を絶するものです。そんな私が、闇に堕ちたのは…自業自得」 「そんなことはない!!」 アイリの言葉を大声で否定するクラウドの方が、これから確実に消えようとしているアイリよりも辛そうだった。 アイリは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。 「与えられた力が大きければ大きいほど、その使命は大きい。私は…それを果たさなくてはならなかった…」 静かに語るアイリは、とても穏やかで…。 微笑んでいた。 「私はあの日、闇に堕ちるその直前、あまりの苦痛に魂を引き裂いてしまったんです。」 「『兄上とカーフを愛しい』と思う魂と、『このまま闇に堕ちて全ての命に復讐してやる!』という魂に…ね」 「どちらも、私には捨てられない『感情』でした…」 言葉を切って、穏やかな目で見る。 翡翠の瞳が、キラキラと煌いていて……クラウドの胸を抉った。 「兄上とカーフを愛しく思う魂は光に止まり続け、ずっとずっと、二千年以上も星の中を彷徨っていました」 「その一方で、セトラを憎む魂は闇を彷徨いました。どのように復讐するのが一番効果的なのか探りながら…」 「ですが、その魂もじきに『光』に止まる魂に感化され、世界を守るという意志に代わりました」 「まぁ、端的に言えば『心変わり』ですが、それでも私は『自分自身をも偽って』過ごさなくてはなりませんでした」 「私が最後の砦だと気付いたからです」 「闇がもうどうしようもない状態にあったことはもう知ってましたからね。新たな時代を開かなくてはならなかった」 「でも…それには、決定的に力が足りなかった…」 「星はずっと、セトラの儀式に依存していたのに、その儀式の代わりとなるものを見出せないまま主要なセトラを失ってしまったので、どうすべきか分からなかったんです」 「その間も、どんどん人々は悪いほうへ悪いほうへと流れていきました。そしてとうとう、魔晄を吸い上げるという愚かで恐ろしい道へ走ったんです」 「だから、新しい力がどうしても必要だったんです。それも早急にね」 「新しい……力…?」 クラウドの問いに、アイリはニッコリ笑ってクラウドを指し、次に上を指した。 「ただの『人間であるがゆえの力』、つまりティファさんと、あなた…『ジェノバ細胞』を身に宿した人との…絆。それが、闇にとっては、待ちに待った一筋の光」 「これまで闇に無かったものです」 「本当はね、闇に堕ちた魂達は、ずっと光に帰りたがっていて…恋焦がれていたんです。いいえ、今も恋焦がれているんですよ」 「でも……真っ暗で、何も見えない闇の中ではどこに向かい、どうしたら良いのか分からなかった」 「針の先ほどの光すらないんです。出口のない真っ暗な大海に放り込まれてしまったようなもの……」 「それが段々澱んできて…凝り固まってきてしまって、もうどうしようもなかったんです」 「だから、闇に堕ちた哀れな魂たちを救うには、闇に『一筋の光』『光明』が必要だったんですよ」 「ティファさんがクラウドさんを強く想い、クラウドさんがティファさんを愛しているその想いが…どうしても必要でした」 ゆっくりと穏やかに語るアイリに、クラウドは段々目の奧が熱くなるのを抑える事が出来なくなってきた。 「だけど……だからって……」 「そうですね。だからと言って、私が皆さんにしたことは謝って済む問題じゃないです」 「違う!!そうじゃない!!」 声を荒げ、一歩踏み出す。 「どうして一人で抱え込む!?シュリがずっと己を殺してまで探していたのはアイリさんだろう!?ライだってそうだ!ずっとあんたが魔晄中毒で苦しんでるのを傍でみて苦しんでた!知ってたはずだ!!」 「ええ、知ってました」 「じゃあ、どうして一人でまだ『そこ』にいて、死ぬよりも辛い目にあうことを望んでる!?!?」 喉が破れるほどに叫ぶクラウドの頬に、一筋だけ……温かな雫が流れる。 それを、アイリはちょっと困ったように笑って…。 「私は一人で抱え込んでいませんよ」 「え…?」 「いつも…私には傍にいてくれる人がいましたし、その人達が協力してくれました」 アイリは言葉を切ると、フッと上を向いた。 釣られてクラウドも見上げるが、何も見えない。 しかし、彼女には見えているようだ…、穏やかな微笑を宙に投げている。 そして、アイリは顔を戻した。 …とても……穏やかな微笑を浮かべていた。 「クラウドさんとティファさんに協力して頂くまで、この星で一番の協力者は、あなたもティファさんも良く知る名の人です」 「…………………聞いても?」 「えぇ」 回りくどい言い回しに、その人の名を聞くのに大きな勇気を必要とするクラウドに、女帝は笑って頷いた。 「ルクレツィアさんです」 クラウドは息を飲んだ…。 思いもがけないその名に面喰う。 アイリは笑った。 「驚いたでしょう?ヴィンセントさんにバレたらきっと殺されてしまいます」 明るくそう言ってのけるアイリが……哀しい。 もう決して、『殺される』ような状況にならないと暗に匂わせているようだ。 決して……ヴィンセントや自分達に会う事がない……と。 「ルクレツィアさんには、『命の世界』と『死の世界』の架け橋になって頂いていたんです。この星は、『死の世界』と『命の世界』の程良い調和でお互いが成り立っているのに、『闇』の突出でその均衡が崩れていました。彼女は、ジェノバという『この星以外の生命』を身に宿すことで、一種の媒体のような力を得ていました」 難しい言葉の数々に頭がついて行かない。 しかし、そんなことを言って遮るわけには行かない。 もうほんの少し。 あと少しで…。 アイリが消えてしまう!! クラウドの焦燥感などお構いになしにアイリは話を続けた。 「ルクレツィアさんは、自ら『光』と『闇』の媒体になって下さいました。せめてもの償いだと言って。ですが、それは人の身には決してラクなものではありませんでした」 申し訳なさそうに口調に苦いものを織り交ぜる。 「実に彼女はその辛い役目を半世紀にもわたって引き受けて下さいました。やっと……やっとその役目から解放させてあげられて嬉しいです」 そこでちょっと茶目っ気に笑った。 「今、ヴィンセントさんに最期の挨拶に行かれている真っ最中です」 クラウドは目を軽く見開いた。 その様子にアイリは嬉しそうに軽い笑い声を上げた。 「それに、先ほども言いましたが、私は幸せです」 なんとも繰り返される『幸せ』という言葉はクラウドを戸惑わせ、混乱させるばかりだった…。 しかし、それを気にする事無くアイリは幸せそうに微笑む。 「『闇』に堕ちた私の魂は自由でした。でも、その自由は『見張られている』自由。『あってないような自由』です」 そっと背に負う翼を撫でる。 漆黒のその翼は、艶があり非常に美しかった…。 「『闇』に堕ちた私は、すぐに悟りました。自分の犯してしまった過ちの大きさに…」 目を伏せて小さく溜め息を吐く。 クラウドは……黙ったまま待っていた。 アイリが次に話してくれる言葉を。 「私は…力を暴走させ、沢山の命を奪った…」 訥々(とつとつ)と語る口調は…女帝のもの。 表情は……アイリのもの…。 薄っすらとその顔には苦い笑みが浮かんでいた。 「沢山堕ちてきました…同胞達が。私の攻撃の後遺症が悪化して命を落とした卑しむべき同族達。 彼らはこう言っていました。『なんということだ。今度は自分達がアルファを『傀儡』として実権を握る番だったのに!こんなところで人生が終るとは!こうなるくらいなら、さっさとあの歌姫を手篭めにしておけば良かった!』」 言葉を切る。 痛いほどの沈黙が流れる。 クラウドは腸が煮えくり返りそうだった。 そんなくだらない人間…いや、セトラのせいでどれほどの人間が…、アイリが、プライアデスが、シュリが…!! 苦しんでいたか…!! アイリは再び口を開いた。 「その時私は、魂を二つに引き裂いた…と、先ほど言いましたが、平等に二つに引き裂いたのではないんです」 苦い笑いが口元に浮かぶ。 「実は……魂のほとんどが『闇』に傾いていました。死んだ直後だったこともあり、憎しみと絶望が大きかったんです。そうして、闇に堕ちたばかりの私は、自分の愚かさと、本来果たすべき『アルファ』としての役目を果たせなかったという自己嫌悪と、同胞達への憎悪で狂いそうでした。いえ、もう狂っていたんでしょう」 クラウドにはかけるべき言葉が見つからなかった。 いや、クラウドだけじゃないだろう。 一体、誰がかけるべき言葉を持っている? 同じ苦しみ、似たような絶望を味わい、尚且つそこから這い上がって来れたものだけがかけるべき言葉を持っていると思う。 ならば、この場合アイリに言葉をあげられるのは、シュリやプライアデス、そして彼女の前世の親達くらいではないか! アイリは真っ直ぐ顔を上げた。 少しも…その瞳は濁っていなかった。 「でもね。すぐに私は一人じゃないと気づきました。引き裂いてしまった私の『愛しく思う魂』は、ライフストリームで兄とカーフに出会った。兄上とカーフは、ずっと私と一緒にいてくれました。その温もりを、引き裂いてしまった魂を通じて闇に堕ちた魂は感じることが出来たんです」 ニッコリ笑ってそう言うアイリは、とても……誇らしそうだった。 クラウドの胸が…またきしむ。 「兄上たちは私の魂の弱々しさに驚いていましたが、それは私が己を暴走させてしまったためと考えました。だから、兄上たちは最後まで気付かなかったんです」 「私が魂を二つに裂き、その大部分の魂が力を蓄えたまま闇に堕ちたということに」 彼女の顔が一際明るくなる。 しかし、クラウドは対照的に気が気ではなかった。 何故なら、確実に彼女の身体が透明になっていく。 その速度はゆっくりなはずなのに、速く感じてしまって…。 「私の傍に、兄上とカーフはずっと一緒にいてくれました。お蔭で、『狂っていた私』も徐々に己を取り戻し、やがて完全に正気を取り戻したんです。二千年以上もずっと『闇』の中にいて己を失う事無く、狂わずに済んだのは、私がウェポンだから…ではありません。『皆がいてくれたから』です」 そう言って…本当に嬉しそうに穏やかな微笑を顔一杯に浮かべた。 クラウドは…分からなかった。 何故、そんなにも幸せそうなのか…。 「もう、本当にギリギリでした」 唐突に口を開いたアイリに、クラウドは面喰う。 アイリは微笑みながらそっと座った。 そこで初めてクラウドは、彼女の背後に樹齢何千年とも思われる大樹が聳え(そびえ)立っている事に気が付いた。 「この星は、もう限界でした。でも、まだこの星に生きる人達はそれに気付いていませんでした。危機がすぐそこに迫っているのに…」 言葉を切って、大樹の幹をゆっくりと擦る。 「闇もとてもザワザワとして騒がしくなる一方でした。自分達の世界が憎い光の……命の世界に対して大きな影響力を与えうるところまで大きくなっている事に、歪んだ喜びで一杯だったんです」 アイリの身体が…足元から確実に黒く透明になっている…。 「私達…、つまり兄上とカーフと私は一つの賭けに出ました」 「カーフは長老達の放った呪いによって、生まれ変わることも、星の命の流れに溶け込むことも出来ない状態でしたが、唯一、兄上が咄嗟に庇い、死の直前に『左翼』でカーフを包み込んだお蔭で呪いの力が半減したんです」 誇らしげにニッコリ笑うアイリに、クラウドの焦燥感は募る。 しかし、口に出したのは…。 「左翼?」 「えぇ、左翼」 眉間にシワを寄せるクラウドに、アイリは繰り返した。 「左翼は、心臓の位置から背にあるんです。ですから、左翼は『魂』と『身体』をつなぐと言う意味でも、非常に重要で貴重な翼です。その翼を自らの意志でもぎ取り、相手に与えるのは究極の癒しの術でもありました」 あぁ…だから…と、クラウドは納得した。 あの『処刑』で、シュリがプライアデスの身体に左翼をしっかりと巻きつけるようにして抱きしめていたことを思い出す。 クラウドの考えを読んだのかもしれない…、アイリは先ほどとは違う笑みを浮かべた。 ひどく儚くて……苦いものを飲み込んだような笑み…。 「兄上は…いつも自分の身よりも他者のことを気にかける人でしたから」 それはアイリもだろう?と、クラウドは心の中で呟いた。 クラウドの心の呟きを知ってか知らずか、アイリはさっぱりした顔になるとクラウドを見つめ返した。 「さ。私の話はコレくらいです。謎だった部分は分かって頂けたのではないでしょうか?」 暗に、これでもうお別れだ…と言っている。 アイリの身体はもう首の部分まで薄っすらと向こうが透けて見えていた。 何も無い…空虚な空間が広がる真っ白な世界が……。 「……まだだ」 クラウドの絞り出すような声に、アイリは困ったように首を傾げた。 「まだ…ですか?ではまだ何がお知りになりたいんです?」 漆黒の双翼までもが透けてきている。 本当に…時間がないのだろう…。 クラウドは頭にカッと血が上るのを止められなかった。 「なに一人で自己完結して自己満足してるんだ!」 そのまま、声を荒げてアイリに詰め寄る。 あっという間に彼女との距離は縮まり、手を伸ばしたら簡単に触れられる距離になった。 「そんな話し聞いて…俺やティファ、仲間達がどんな思いするか考えたことあるのか!?」 言っていることがむちゃくちゃだと、冷静な一部分で痛感している。 しかし、何か言わなくては。 言って、このまま消えるに任せているアイリを奮い立たせ、生きる道を選んでもらわなくては!! その思いだけでクラウドは怒鳴り続けた。 「はっきり言って、『ミコト様』の方がうんと良かった!こんな風にアイリが俺達の気持を知りながら簡単に踏みにじって死ぬのを選ぶだなんて!!」 「クラウドさん…」 「このまま死ぬなんて、絶対に許さないからな!このまま死んだら……絶対に……!!」 「クラウドさん」 「 !? 」 そっと…。 そっとアイリの指先がクラウドの口元に添えられて…。 クラウドは次の言葉を無くした。 真っ直ぐ注がれる紅玉の瞳が……とても哀しい。 「ありがとう。でも、私はもう逝かなくては」 「 っ!! 」 「闇に堕ちた私は大きな罪を犯しました。沢山の人達の心の闇につけこんで、闇に引き入れたんです。全ては、ティファさんとクラウドさんを巻き込んで星の新たな時代の幕開けの『駒』とするために」 強い眼差しに言葉を封じられ、クラウドはただただ、彼女の顔を見つめ返すばかりだった。 「いくら、結果がより多くの命を救うためであったとしても、決して許されることじゃないんです。一人の命が他の多くの命よりも軽い…だなんてことは絶対に無いんですから」 口に触れている細い指先が……熱い。 「それに、つい先ほどなんですが私の身体も完全に壊れてしまったようです」 「 え…? 」 「『アルファ』として最期の最後、やっと歌うことが出来た『言祝ぎの歌』ですが、やっぱり人の身体には『人型ウェポン』の魂は大き過ぎました」 ちょっとだけ哀しそうに笑うアイリに、クラウドはこの場に相応しい言葉が見つからない。 だから…。 「あんた…最低だ」 「そうですね」 「このまま消えるなんて…」 「ごめんなさい」 「俺達がこれからどんな思いで生きていくか…少しは考えたらどうだ…」 「えぇ…本当に…。でも」 「私はこの星一番のわがままで、自分勝手な『歌姫』ですから」 明るく言ってのけて…。 そっと…クラウドの口元から手を離す。 もう…アイリの顔まで薄っすらとぼやけている。 急速にアイリが遠く感じられ、クラウドは焦燥感を爆発させた。 一歩踏み出し、彼女へ手を伸ばす。 が…。 その一歩よりもアイリが後ろに流れた。 そしてそのまま彼女は翼を大きく羽ばたかせ、大樹から浮き上がった。 クラウドを残して。 「アイリさん!!」 「クラウドさん、本当にありがとう。それから…ごめんなさい、辛い記憶をあなたに残すことを」 「待って!!」 「ティファさんと一緒に幸せになってください。あなたが幸せでなかったら、彼女は不幸だということを忘れないで」 「アイリさん!!!」 ― 闇はあなた方を歓迎しない ― ― だから ― ― あなた方は光を生きなさい ― 彼女の最期の台詞は、彼女の姿を完全に消した後で風に乗ってクラウドの耳に届いた…。 大きな喪失感を胸に、クラウドの世界は急速に色を付け始める……。 |