突然なんの前触れも無く、シエラ号の甲板から光の粒子が噴き出した。
 それはまるで水道から勢い良く飛び出した水のよう…。
 ギョッとしたシエラ号の乗り組み員達は、泡を喰いながらそれぞれ銃を構えたり、大型手裏剣を構えたり、自分の得意とする武器を構える。
 それをやんわりと押し止めながら、プライアデスは微笑みながらヴィンセントを見た。
 ヴィンセントがその視線を疑問に思う間もなく、光が人の形に模られ…。


「 ルクレツィア!? 」


 驚き過ぎて、あんぐりと口を開ける英雄達を前に現れたのは、ルクレツィア・クレシェント。


 聖母の微笑を浮かべながら、彼女はただ、紅玉の瞳を持つ英雄を見つめていた…。







Fairy tail of The World 93








 真っ白。
 真っ白な世界が広がっている。
 ティファは、これが夢なんだと分かっていた。
 今までもずっと夢の世界を彷徨っていたわけだからその延長線にある…、と言えばそうなのだが、違うのは自分が無事に『身体』に戻れたと実感があること…。
 そして、この夢が他人の夢ではなく、自分の夢なんだ、と確信が持てることだろうか。

 軽く周りを見渡す。
 何も無い。
 何も無いが、不思議と怖くは無かった。
 いつもなら、出口のない巨大な空間に放り込まれたような不安と恐怖が押し寄せてくるだろうに、それがない。
 不安と恐怖はないが、変わりに大きな大きな喪失感があった。

 立っているのが辛い。

 ティファは力なくその場に座り込み、膝に額を押し付けた。
 瞼の裏に浮かぶのはランランと光る紅玉の瞳…。

『彼女の積年の思いを踏み躙ってしまった……』

 苦い苦い思いで窒息しそうになる。

 と…。

 フワリ……、と風が髪を軽くなびかせた。
 誰かが傍に立っている気配がする。

「綺麗に何にも無いんですね」

 どこか呆れたような感想が頭上から降ってきたが、ティファは黙ったまま身動き一つしなかった。
 見なくても分かる。
 きっと、彼はくせのある漆黒の髪を軽く風に乗せながら、遥か遠くを見るような目で立っている。

「シュリ君」

 青年の黒水晶のような瞳が自分に向けられたのを感じながら、ティファは膝に顔を埋めたまま口を開いた。

「シュリ君は……大丈夫なの?」
「ええ、今のところは大丈夫ですよ」
「そう…?…なら……良いんだけど……」
「ティファさんは大丈夫じゃなさそうですね」
「ううん、そんなことない、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「……無理しないで下さい」
「無理じゃないよ…」
「…嘘吐きですね」
「…嘘じゃないもん」
「ほら、やっぱり嘘吐きだ」
「……嘘じゃないもん…」
「はあ…そうですか?」
「…………そうだもん」
「そうですか。そうであって欲しいですが…」
「………」

 言葉少ない会話。
 ただでさえ寂しいのに、くぐもった声が余計に寂しさに拍車をかける。
 それでもティファは顔を上げられなかった。

「ねぇ…」
「はい?」
「……『アルファ』は……どうなったの…?」
「気になるんですか?」
「うん」
「どうして?」
「……………」
「大丈夫、アルファはもうティファさんやクラウドさんに悪さは出来ませんから」
「…うん、でもね、そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて?」
「…なんて言うか…その…」
「もしかして、心配なんですか?」
「………うん」
「どうして?」
「………ぬか喜びさせちゃったから…」
「ぬか喜び?」
「………うん」

 そう、ぬか喜びさせた。
 大きな喪失感の原因。
 アルファにとって、ティファの身体を手に入れるというのは待ちに待った瞬間だったはず。
 それなのに、ティファは結局自分の『想い』を優先させた。
 アルファにとって、ティファという『身体』を手に入れることがどれほど重く、恋焦がれた…、待ちに待った瞬間だったか。
 ようやっと…長年の願いが叶うと思ったのに、残酷にも結局手に入れる事が出来なかった。

 ティファは戻った。
 アルファを闇に置き去りにして。
 クラウドという愛する男性(ひと)の元に戻った。

 結局……自分一人だけが幸せになった……。

「ティファさん」

 罪悪感で一杯になっていたティファの閉じた瞼にも、視界がフッと翳ったのが分かった。
 顔を上げられない。
 きっと、シュリの端整な顔は間近にあるのだろう。
 一体、どんな顔をしたら良い?
 シュリにとって、アルファは己の全てを賭けても守りたい存在。
 大切で、愛しくて、かけがえのない存在。
 そのアルファのたった一つの願いを叶えるために必要とされたティファの身体を、期待させるだけ期待させて目の前で手の平を返してしまった…。

 最低だ。


「ティファさんに心からの感謝を」


 思いがけない言葉に、ティファは驚愕のあまり、勢い良く顔を上げた。
 その途端、シュリの夜空のような瞳に目が釘付けになる。
 ティファは呼吸も忘れてその瞳に見入った。
 吸い込まれそうになる眼差しをひた…、と注いでいるシュリは……これ以上ない程…穏やかに微笑んでいた…。

「ティファさんに心から感謝を」

 もう一度、今度は目を見てはっきりと言う。
 ティファの瞳に銀の雫が溢れ、ひとしずくこぼれた。

「貴女のお蔭で、アルファはやっと自分の願いを叶えることが出来た」

 思いがけない言葉に、大きく目を見開いたティファの瞳から、次々涙が頬を伝う。
 ただ言葉も無く…。
 ただバカみたいに…。
 ティファはシュリを見つめながら涙をこぼすだけだった…。
 シュリは……軽く笑った。
 清々しい朝陽のような笑顔だった…。

「ティファさんはアルファの願いが全ての命に復讐することだと今でも思ってるんですか?」
「……違うの?」

 質問に質問で返す。
 シュリは微笑みながらそっと立ち上がった。
 視線を遠くに投げる。
 釣られてティファもその視線の先を見た。
 やはり…何も無い真っ白な世界が広がるだけだった…。

「アルファの本当の願いはね。『セトラから普通の人間への時代(とき)の移行』だったんですよ」
「時代(とき)の移行?」
「ええ。星の循環という大きな役割を、セトラという一種族からこの星に生きる人々全員が担っていける世界にする。それがアルファの願いでした」

 シュリの言葉は、ティファにはにわかに信じられないものだった。
 信じたいが…信じられない。
 最後にアルファを見たのは、自分を激しく憎む激昂する姿。
 赤い瞳がギラギラと光彩を放つ……その姿。
 首を絞められたことを思い出し、思わずそっと両手で首に触れた。
 その手に、いつの間にかまたしゃがみ込んでティファと同じ視線になったシュリがそっと触れる。
 その指は……温かかった。

「すいませんでした」
「え……?」
「貴女を追い込んで、本来の目的を果たすためとは言え、アルファがしたことは許されることじゃない」

 アルファが首を絞めたことを暗に言っているのだ。
 何故、その場にいなかったシュリがそのことを知っているのだろう?
 ティファのその疑問に気付いたのか、シュリは片目を細めて小さく笑った。

「俺はアルファにとって、前世の双子というだけじゃないんですよ」
「…?」
「確かに前世の双子ではありますが、俺もアルファも、それにカーフも星に溶け込んで生まれ変わったわけじゃないんです。だから、実質上は『魂』は前のままなんです。『魂』は『記憶』を保ち、そっくりそのまま『身体(うつわ)』を変えただけ。中身は同じなんですよ。だから、アイリとは魂の上での双子という事になりますから、ああいう『内緒話』も、俺にとっては筒抜けなんです」

 シュリの説明にティファはぼんやりとアルファの過去を思い出した。
 確かに。
 シュリはカーフと共に長老達の呪いを受けて死んだ。
 その呪いは今もなお、継続して縛っているのかもしれない。
 だが、それではアルファは?
 アルファの『死』が具体的にどのようにしてもたらされたのか…。
 そこまで詳細なものは見せられていなかったので…分からない。
 分からないが…、セトラの追っ手に殺された…という事は知っている。
 ならば、その追っ手達が長老達と同じ術で持ってアルファを呪い殺したのであるならば、ライフストリームの流れに溶け込む事無く星を彷徨うしかなかったのだろう…。

 そこでティファは、ハタ…と気が付いた。

「アルファは……アイリさんなのよね…?」
「ええ、そうです。さっき、クラウドさんとアルファのやり取り、聞いてたでしょ?」

 ティファは黙って頷いた。
 姿は見えなかったが、風に乗って遠くから彼らの会話が聞えてきた。
 きっと、クラウドもアルファと『夢』で会っていたのだろう。
 アルファは…アイリだった。
 アイリの姿を最期に見たのはクラウド…ということになる。
 ティファは『身体』に戻る時、無我夢中でクラウドにしがみ付いているだけで精一杯だったから、クラウドの背中を押し、追って来る数多の闇からクラウドとティファを守るために盾となってくれたことを知らない。
 知ったのは……つい先ほどだ…。

「じゃあ…どうしてアイリさんは生まれてきたの?アルファはずっとこの二千年以上も闇にいたのに…」

 苦笑いを浮かべ、青年はズボンの後ろポケットに両手を突っ込んで遥か遠くを望むように軽く爪先立ちになった。

「まったく…本当にアルファはとんだ策士でしたよ」
「…策士…?」
「えぇ」

 言葉を切って軽く溜め息を吐く。

「アルファの魂がまさか二つに分かれてるなんて、思いもしませんでした」
「どおりでちょっとおかしいなぁ、と思ってたんですよ、ライフストリームでアルファを見つけたとき。人型ウェポンと畏れられていたわりには、魂が普通のセトラ並みの力しか持ってなかったんですから」
「でも、あの時…。アルファが星に還ってきたとき。凄い衝撃が星の中心に走ったんです」
「ビックリしましたね。意識が朦朧としてて、ただ苦痛しかなかった感覚が、突然他の感覚を呼び起こされるくらいの衝撃が走ったんですから」
「もう、大激震というやつですよ。流石、人型ウェポンの喪失は星にとって大打撃だと、カーフと二人で苦笑したものです」
「でも…」
「今考えたら、あれはアルファの二つに分かれた魂の一つが、闇に堕ちた衝撃だったんですよね」
「はぁ…本当に俺達は未熟者です」
「それで、何でしたっけ?あぁ、アルファがどうして『アイリ』として人と生まれたか…でしたね」
「俺達が死んでからすぐ、沢山の同胞がドロドロの闇を自らまとわり付かせ、まっしぐらに闇に堕ちて行くんです」
「本当に…恐ろしい光景でした」
「でも、すぐに気付きました。星の浄化力が全く備わっていないことに…」
「セトラの儀式にのみ依存していた星にとって、深刻過ぎる問題でした」
「そうこうしているうちに、今度は宙からの災厄が降って来たし」
「弱り目に祟り目とは、まさにこのことでしょうね」
「あの頃から、星はゆっくりと確実に闇に犯されていったんです」
「そんな中、俺達は人として生まれることも出来ず、ただ歯噛みしながら星の流れを傍観するしかなかった」
「あの頭でっかちで無能な長老達の呪いが俺とカーフにかかっていましたから」
「それに、闇に堕ちていない方のアルファは、ずっと俺達と『今度こそ』一緒にいる、と言って離れなかったので、三人とも誰も生まれる事無くただ、星の中を第三者として巡っていたんです」

「そんな時…」

「カーフにかかっていた呪いが何故か少しずつ解け始めたんですよ。原因は分かりませんが、もしかしたら時間が経ちすぎてしまったからなのか、それとも俺の癒しの術が少しは呪い破りに手を貸したのか…」
「呪いが解け始めたことに一番に気付いたのは、アルファでした。アルファはいつにもましてカーフの傍から離れまいとくっ付いていましたね」
「そして…」

 言葉を切って、困ったように笑う。
 ティファは黙って話の先を待った。

「予想できると思いますが、突然来たんですよ」
「…なにが?」
 戸惑いながら訊ねる。
 もう、涙は流れていなかった。

「生まれ変わる時です。魂に相応しい『身体』が生まれると、魂はあっという間に吸い寄せられてしまうんです。そうやって、母親の胎に命が宿るんです」
「……吸い寄せられて…って……。じゃあ…もしかしてシュリ君がライ君と歳が一つ離れてるのは…」
「そう。カーフが『プライアデス・バルト』の身体に吸い込まれた時、無理やりくっ付いていたアルファも凄まじい吸引力に吸い込まれちゃって、そのまま『アイリ』の身体に宿っちゃったんですよ」
 はぁ〜…。お蔭で俺は無理やりこの地上に生まれるためにどんだけ必死になったか…。一つ違いで生まれてこれたことを褒めてもらいたいですね…。

 なんとなく、肩を落とすような溜め息を吐いたシュリに、ティファは思わず噴き出した。
 ティファが笑ってくれたことに、シュリの身体からどこか力が抜ける。
 安心したのが…良く分かる。
 ティファは「ごめんね…」と、小さく口の中で呟いた。
 それなのに、シュリには分かったらしい。
 片眉を器用に上げ、「どういたしまして」と呟き返した。

「それが答えです。要するに、俺もカーフも、アルファが闇に魂の大半を落っことしているのに気付かないまま時を過ごし、そのまま生まれてきてしまったんです。アルファは闇に落っことした魂の、いわば『きれっぱし』状態で生まれ変わってしまった…と言うわけですよ。だから、身体が弱いんです…」
 やれやれ…。

 そう言うかのように、頭を軽く振りながら髪をクシャリとかき上げた。
 整った鼻梁の顔立ちをしている事に、急に気付くような…ドキリとしてしまう仕草に、ティファはクラウドを思い出した。

「かなり焦って、大急ぎで転生しましたが、もしもアルファの魂が二つに裂かれていて、そのうちの一方が闇に堕ちてたと知っていたら、何がなんでもライフストリームに残ってたんですけど……ね」

 その横顔が……苦い。

「まさか……二千年以上も闇にいたなんて…。おまけに、勝手に『闇の皇帝』という烙印まで押されてるし…」
 はぁ……。

 溜め息を吐いたシュリを、ティファはぼんやりと見つめていた。
 そして、思い切って「闇の皇帝って…?」と訊ねる。
 青年は夜空のような瞳を向けて苦い表情に笑みを浮かべた。

「あぁ…。『闇』の世界でずっと『己(おのれ)』を保つことが出来たアルファを、『闇』に堕ちた他の魂達が『崇拝』するようになったんですよ。まぁ、それも当然かもしれません。なにせ、あの『地獄』に正気を保ち、ずっと『本当の自分』を押し殺して『闇』に堕ちた魂を『演じて』いたんですから」

 ツラツラと語るシュリに、ティファは正直付いていけてなかった。
 良く分からない。
 分からないが…。

 フッと思い出す。
 自分が『闇』のクリスタルに封じられている時に見た光景。
 断片的に『現(うつつ)』を見ていた、クリスタルの中から。
 アルファの過去を見ている間、本当に一瞬だけ。
 その時、出来損ないの泥人形のようなバケモノ達が怒り狂ってアルファに突進していた。
 それを、アルファはあっさりと斃していって……。

「分かりました?」

 まるで、心を読んだかのようにシュリが問う。
 ティファは焦点をシュリに合わせた。

「あのバケモノ達のこと…?」
「ええ。シャドウのように、『光への帰依を求める余り、命に激しく嫉妬』した存在とは別です。己の私利私欲にまみれ、己以外の者を蔑み、己を唯一絶対の権力者にしたい。そういう欲にまみれた存在です。あいつらも、結局はアルファを『絶対的存在』とすることで、その権力のおこぼれにあやかろうとバカな夢を見ていたんですよ。そして…、アルファはその気持を利用した」
「利用…」
「はい。アイリとして生まれた『アルファの魂』は、闇の動きを正確に把握していました。何しろ、自分の分身が闇にいるんですからね。それで、『命の世界』と『ライフストリーム』のバランスが『闇』の突出によって狂ってきていることに危機感を持ったんです」

 再び視線を遠くに向ける。
 何故か…。
 その姿がとても遠くに感じられ、ティファの胸に不安が込上げてきた。
 それを表に出さず、ティファは先を促す。

「それで、アイリはある事を考えたんです。少しずつで良いから、歌を歌って、それを星に生きる人々に伝えていこう…ってね」

 ミディールの診療所で出会ったアイリの幼馴染とも言うべき人達を思い出す。
 ストリートチルドレンだった彼らの慰めが、アイリの歌だった…。

「でも、結局それも上手くいかなくなりました。魔晄中毒になっちゃったから」
 やれやれ…。
 肩を竦めて頭を掻く。

「でもまぁ、そのお蔭でカーフは俺よりも遅れてではありますがWROに入隊してくれて、俺の目的の半分は達成出来ましたけど」
 勿論、もう半分はアルファを見つけることです。

「それで、結局アイリは魔晄中毒で苦しみながらも、『魂』の状態で歌を歌う道を選び、『命』と『死』の世界の架け橋的な役割を他の人にお願いして、『闇』の者達の追っ手を一手に引き受けるという、とんでもないことをしてくれました」
「え……え…!?」

 目を丸くする。
 アルファは言っていなかったか?
 身体が無いから歌えない…と。

「あぁ、身体がなくても大丈夫ですよ。勿論、ちゃんとした儀式をするためにはどうしても身体が必要ですけど、儀式じゃなくて『囮(おとり)』になるくらいなら充分です」
「囮…って…」
「ルクレツィアさんに架け橋となってもらったんで、その間、彼女に闇の攻撃が向かないように自分が架け橋であると思わせる行動に出た…ってだけです」
「だけ……って…」

 余りの話に軽いパニック状態になる。
 シュリは笑った。

「ま、今すぐ全部理解しなくても問題ないですよ。肝心なのは、これからどうやって生きるか…でしょ?」

 シュリの一言に、ティファは赤くなった。
 パニックになってしまったことが恥ずかしくなったのと、確かに彼の言う通り、今、考えないといけないのはまさにこれからどう生きるかが問題なのだから…。

「さ、俺も逝きます」

 ドックン!

 ティファはビクッと身を竦めると勢い良く立ち上がった。

「ダメ!!」
「…ティファさん」
「ダメよ!!絶対にダメ!」

 必死になって手を伸ばす。
 しかし、どうしたことか、手を伸ばした分だけシュリの身体が離れていってしまう。
 ティファはまたもやパニックになりかけた。
 それを助けたのは…。
 やはり目の前の青年…。

「早く逝かないと、あいつ一人で突っ走っちゃうし、それに約束したんです」
「約束…?」
「カーフ…、プライアデスと。絶対に『あいつ』を捕まえるって」

 フワッと、柔らかで優しい笑顔を浮かべる。
 胸が締め付けられるような…そんな綺麗な笑顔。

「『あいつ』を捕まえたら、プライアデスに知らせないといけないんです。だからもう逝きますね。でないと約束守れない」
「捕まえる…って…」
「アルファ…、いや、アイリは本当にどうしようもない自己中な奴です。このまま自分ひとりが消えることで、全部片をつけるつもりなんですよ」
 そんなこと、させるわけないのに、本当にアルファは頭が良いんだか、俺達の事をみくびってるのか…。

 肩をすくめながらやれやれ…と、軽く頭を振る。
 ティファはそんな彼に目を丸くするしかなかった。

「じゃあ、皆さんによろしく」
「ちょ、ちょっと待って!」

 思い切り手を伸ばす。
 しかし、やはり届かない。
 そのままフワリ…と、まるで霧のようにシュリは消えた。

「大丈夫…。ティファさんはクラウドさんとしっかり幸せになってて下さい。約束ですよ」

 青年の言葉が風に乗って耳を心地良く打つ。


 それきり、姿は見えなくなったがティファの心に暖かなものを残してくれた。


「また…ね」
 もう見えない青年に、ティファは笑顔を浮かべて軽く手を振った。
 このたびの事件があってから、初めて見せた心からの穏やかで幸福な笑みだった…。




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