癖のある漆黒の髪と同じ色の瞳を持つ美男子。 それが…『シュリ』。 WROの一番の出世頭で、星と会話が出来る青年。 Fairy tail of The World 〜その後 二人 (中編)〜「シュリ」 「敵の狙いは俺です」 「だから何故!?」 敵から『首を差し出せ』と要求されている当の本人は、周りの人間がイライラさせられるほど平然としていた。 まるで、『ちょっとそこでお茶しませんか?』と言われたくらいの軽さしか感じていないかのような態度に、青年のことを良く知っている上司は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「シュリ、敵に覚えがあるんですか?」 「はい」 これまたあっさりと頷いた青年に、周りの隊員達も目を剥いて振り返る。 リーブも目を見開いてポカン…と口を開けた。 シドも同様。 クラウドだけは、なんとか紺碧の瞳を軽く見開く程度で止まり、 「どういうことか説明してもらおうか?」 上ずりかけた声を整えることに成功する。 シュリはゆっくりとした歩調で立ち入り禁止区域へ歩きながら、 「あいつらは、俺が隊に復職して一番最初に取り締まった組織の人間です」 「は!?ということは、あの…」 リーブがギョッと仰け反った。 クラウドとシドには分からないが、シュリがWROへ『新兵』として志願し、最初に片付けた『事件』があったことは知っている。 あと少しで大変な惨事が引き起こされる一歩手前だった…と聞いていた。 その事件解決に一番尽力したシュリは、『中佐』の階級へと一気に上り詰めた。 WROから姿を消した一年前の『大佐』の地位へ返り咲くのも時間の問題だろう。 「ということは、『お礼参り』ってやつか…?」 シドが何とか言葉をひねり出しながらそう問う。 「そうみたいですね」 「そうみたいですね……って、お前なぁ…」 あっけらかん、と言ってのけたシュリに、シドは頭をガシガシと掻き毟った。 「シュリ、お前落ち着いてるがあそこには…」 ティファが人質の中にいることで冷静さを欠いているクラウドが苛立たしげに口を開いたが、青年はスッと片手を上げてそれを制した。 そのまま、足を止めずにゆったりと立ち入り禁止区域へと入っていく。 隊員達は勿論、リーブは焦って引きとめようとしたが、シュリは背を向けたまま手をヒラヒラと軽く振った。 「大丈夫です、まぁ見てて下さい」 何の気負いもなくそう言ってのけた。 * 「げっ!マジで一人で来たんだけど!」 小声でユフィが唸った。 ティファも目を見張る。 完全に無防備であることが、遠目からも良く分かった。 シュリは、タンクトップとジーンズというラフな格好で、両手を軽く上げている。 どこにも武器を隠せる場所などない。 男達がせせら笑うのが聞えてきた。 「バカじゃねぇのか、あいつ」 「凄腕らしいけど、やっぱこんだけ人質がいればなぁ」 下卑た笑い。 黄色く濁った歯をむき出しに、赤ん坊を胸に抱く若い母親へサバイバルナイフを押し付けた。 小さな悲鳴が漣(さざなみ)のように人質達へ広がる。 女性は小さく息を飲み込んだまま、小刻みに震えて固まった。 数ミリでも動いたら、我が子共々殺されてしまう恐怖に雁字搦めに縛られている。 ティファとユフィの中を激しい怒りが駆け抜けた。 あと少しで飛び掛ってしまいそうだ。 だが、ここで軽挙な行動に出るわけには行かない。 なにしろ、ここには軽く100名を越す人質がいるのだ。 その大半は、小さな命を抱えている。 まだ体内に宿した状態の女性も数多くいるのだ。 余計なストレスは早産などの危険を生んでしまう…。 敵の行動の隙を突いて、一気に突破するしかない。 ユフィはギリリ…と奥歯を噛み締めながら男達をピンクのサングラス越しに睨みつけた。 ティファも、帽子のつばから睨みあげる。 敵の男達は、二人の殺気に気づいたようだが、数多くいる人質の誰が放っているものか分からないようで、ティファとユフィの付近にいる赤の他人達へ威嚇の視線を投げた。 「よく来たな、シュリ」 スピーカーを通し、男の野太い耳障りな声が響く。 ティファとユフィの周りでは人々がその大声に身を竦めた。 二人はもっと良く見ようと、そっとその人々の間を移動する。 ティファ達が囚われている被服店の周りには、沢山のビルがにょきにょきと生えるようにして建っており、人通りが激しい一角なのだが、今は交通規制等がしかれ、まるで切り取られた空間のようにポッカリとそこだけが空いていた。 そのポッカリと空いた空間に、シュリが立ち止まる。 ティファとユフィの心臓が大きく跳ねた。 青年の強さは知っている。 しかし、このビルに控えている敵達だけでも大変な数なのに、隣のビルやはす向かいのビルからも敵の狙撃手が狙っているのが陽光の反射で見て取れた。 このままでは射殺される。 二人の心配は、取り囲んで責めあぐねているWRO隊も同じだろう。 立ち入り禁止区域ははるか彼方にそのエリアを止めているのだが、それでもティファの目にはその最前列にクラウドが臍を噛みながらジッと見守っているのが分かった。 不安でざわめく心がほんの少し和らぐ。 ほんの少しの幸福感は、男の声で断ち切られた。 ティファは顔を上げ、細い体躯の人質を野太い片腕に抱き、残忍な笑みを浮かべている男を見た。 顔は浅黒く、その目は獰猛な光を湛えている。 瞳の色はシュリやユフィと同じ漆黒なのに、こうも違う印象を抱かせるとは、改めて驚いてしまう。 ユフィはサングラスを突き破って視線だけで射殺してしまいそうな殺気を漲らせていた。 そっと腕に触れ、『ダメよ…』、唇の動きだけで伝える。 ユフィも充分分かっている。 しかし、堪え難い怒りは凄まじく、ティファの制止に辛うじて唇を引き結ぶことで応えた。 「一人で来た、その勇気は褒めてやろう」 「別に、アンタに褒められてもちっとも嬉しくないし、自慢にもならない」 相変わらずの毒舌がフル稼働する。 ティファとユフィは、思わず苦笑した。 「ねぇ、コレって人質の交渉として正しい『話術』なわけ?」 ユフィのもっともな意見にティファは苦笑いを深くした。 「俺達の要求は分かってるだろう」 「当然だ、それくらい分からなくてどうする」 男のこめかみ部分に青筋が立っているのをティファとユフィ、数名の人質が見た。 ティファとユフィは、ガタガタと震えている人質ほどではないが、シュリの交渉の仕方に不安を感じた。 交渉役の男は、自分の中に湧き起こる激しい怒りを抑え、冷静になって交渉できるように数回深呼吸をして間を置いた。 「お前がぶち込んだ俺達の同胞を返してもらおうか?こいつ等と引き換えにな」 どうやら、落ち着きを取り戻すことが出来たらしい。 ギラリ。 片刃のナイフが人質達を指し示す。 恐怖のあまり、小さな悲鳴が上がる。 交渉の主導権が敵側に傾いてしまった。 人々の悲鳴と、恐れおののく姿を前に心から愉しそうに、男達はニヤニヤと笑って眺めている。 「騒ぐな、騒ぐとマジ、殺しちまうぜ〜?」 ゲラゲラと、弑逆心をむき出しにしながら人質達の恐怖を煽る。 数人の男達が、人質達の輪の中へ大股で入り込み、 「お、こいつ、モロ好み〜」 「俺はこいつ、けけっ、たまんないねぇ〜」 髪や首を掴んで無理やり立たせる。 中には妊婦もいる。 伴侶や親が、必死になって縋り、あるいは反抗しようと腰を上げるが、それみよがしに蹴倒し、ナイフや銃を振りかざして更に恐怖と混乱を煽った。 ティファとユフィは、目の奧がカーッと熱くなる感覚に見舞われた。 まるで、エアリスを失った時のような激しい怒りに身が焦げてしまいそうだ。 「さぁ、返事を聞かせてもらおうか?それとも、こいつを第一号の被害者にしてやろうか」 せせら笑いながら、掴んでいた人質をグイッと前に押し出す。 あと半歩で屋上から地上へ落下してしまうその危険な足場に、人質の間で何度目かの悲鳴が上がった。 ティファとユフィの位置からは、その人質は男の筋肉質な体躯に隠れており、腕や髪がチラチラとだけしか見えない。 だが、背丈からしてどうやら女性であることだけは分かった。 着ている服は、カーキ色のカットソーに黒のパンツ。 いたってシンプルで目立つものは何も無い。 彼女が人質として選ばれてしまったのは、なんという運の悪さだろう…。 女性は全く抵抗することも、悲鳴を上げることも無かった。 恐怖のあまり、声帯が麻痺しているに違いない。 「そんなの…断れるわけないじゃん」 悔しそうに歯軋りしながらユフィが呻く。 男が手を離したら真っ逆さまに地上に落ちてしまう人質を前にして、シュリが要求を呑まないはずがない。 ティファも同意見だった。 だが、ここで敵の要求を呑んでしまうと、後々大変なことになる。 『どうするの…!?』 一人、のこのこと敵の要求に応えてやって来た青年を、祈るように見つめる。 何か策があるはずだ。 そうでなくて、バカ正直に呼びかけに応じるはずがない。 いや、もしかしたら自分とユフィが人質の中に紛れていることを計算し、内部と外部から攻めるつもりなのかも…。 ティファはその『合図』を見逃すまい…、と目を凝らした。 しかし、青年の瞳は自分達の方へは向けられない。 ただ一点のみに注がれている。 人質を盾にとって嘲り笑う男、ただ一点を。 「好きにしろ」 一瞬の静寂。 その場に居合わせた人間全員が唖然とする。 人質達も…。 そして…。 傲岸不遜な態度を崩さなかった敵達も。 凍りついた表情をなんとか取り繕い、交渉に当たっていたリーダー格の男は口を開いた。 酷く歪(いびつ)で強張った顔になった。 「はっ…、なに言ってんだ?お前、もう一度言ってみろ」 「好きにしろ」 たった一言で、男の要求をあっさりと蹴り飛ばす。 ティファとユフィは勿論のこと、ジッと見守っていたWRO隊員達の間にも衝撃が走った。 リーブとシド、クラウドは言葉も無くポカン…と口と目を開けて呆然と突っ立つ。 次いで、シュリの発した言葉の意味に脳が鈍く動き出すと共に、驚愕と怒りがない交ぜの感情に襲われた。 「ちょ、ちょっと!?」 「うぉい!!」 「ちょっと待て、シュリ!?」 慌てて駆け出そうとするクラウドとシドを、WRO隊員達が制止する。 数人の隊員達が突き飛ばされて派手に転倒したが、転倒しながらもそれぞれ足にしがみ付いたりして何とか引き止めた。 リーブが拡声器でシュリに呼びかけようとして、デナリ中佐に羽交い絞めにされながら止められる。 WROまでもが混乱していると敵に知られるわけにはいかない。 シャルアが銃を引き抜きながら、 「三人とも、しっかり!シュリを信じるんだろ!?」 その一言で、クラウド達はグッと押し止まった。 「だけどよぉ、アイツ、なんにも武器持ってねぇじゃねぇか!」 「それに、あのまま奴が逆上したら本当に人質が落とされてしまう!」 「分かってる!分かってるさ…」 なんとか三人を押し止めたシャルアだが、シドとクラウドに負けないくらい焦燥感に駆られている。 だが、それでもなんとか一人の犠牲者も出さないように、と懸命に今、激情に負けまいと踏ん張る女性を前に、男性陣達はようやくなんとか自制心を取り戻した。 敵がシュリの態度に混乱しているのは確かだ。 この隙を突けば、シュリを後ろから狙っている狙撃手達くらいは片付けられるだろう。 クラウドの右斜め前と左斜め前に立っているビルからは、それぞれ数人の敵が銃を構えて狙っている。 当然、そのことはリーブ達WRO隊員も気づいているので、狙撃手に対し、こちらも狙撃手で応戦しようとしていたところだった。 だが、敵味方ともに混乱している今なら、クラウドとシドが敵の後方へ速やかに移動し、直接攻撃した方がより確実であるように思える。 「シド」 頭をガシガシ掻いてこの混乱した状況に苛立っていたシドは、クラウドのしっかりとした声音にハッ、と振り返った。 そこには、あの旅の頃、リーダーだった男が立っていた。 魔晄の瞳は強い意志に輝き、確固たるものを宿している。 安心出来る…強い眼差しだ。 シドは、紺碧の瞳を前にして一気に頭に上っていた血が冷めた。 冷静に周りの状況が見えてくる。 クラウドと同じ結論に達するのにそうは時間を費やさずに済んだのは、やはり『仲間』という信頼関係の強さゆえであろう。 「シド、おれは右の方を叩く」 「よし、じゃあ俺様は左だ」 小声でのやり取りはものの5秒で終った。 英雄二人が身を翻して駆け出そうとしたその時。 「俺はなにもしない。するのはお前だ」 「はぁ!?」 嘲ったような、拍子抜けしたような…そんな敵の声に、クラウドとシドはゾッとして振り返った。 シュリが放った今の台詞の意味。 それは…。 「バカか、おめぇ。こいつが死んだら要求に呑まなかったてめぇのせいだろうが!」 その怒鳴り声とともに、敵達が一斉に爆笑した。 腹を抱え、嘲り哂う。 当たり前の反応だ。 シュリは『自分が人質を殺したことにはならない。殺した罪はお前達にある』と言っているのだから。 意味だけは正しい。 当然だ、シュリが要求に応じなかったから人質が殺されたとしたら、その罪はシュリよりも、命を奪った直接の犯人の頭にこそ被るべきもの…。 だが、この場合は全く意味を成さないではないか。 相手は、人を殺すことになんの抵抗もない最低・最悪の蔑まれるべき人種。 『良心の呵責』など微塵も持ち合わせていない人間に向かって話をしても無駄な内容だ。 「冗談はお前の存在だけにしてもらおうか!?」 嘲笑に侮蔑の言葉が加わる。 だが、シュリは全く動じない。 「いや、違う、本気で言っている」 これまた見当違いの言葉。 敵達の嘲笑が大きくなる。 シドはイライラしながら、 「俺は先に行くぜ!!」 斜め左の位置にあるビルへと、木や他の店、そして野次馬達に紛れてスルスル〜…と移動を開始した。 見た目からは想像出来ないほどの素早い身動き。 出遅れたクラウドの目にはもうどこまで行ってしまったのか分からない。 分からないのだが…。 クラウドはシドが気づいていないことに気づいたのだ。 『なんだ…さっきから…』 シュリは敵をバカにしている様な態度を取ったのかと思ったら、次には真剣な顔をして語りかけている。 それは…何故? 敵の混乱を招き、ティファとユフィが人質の中で一斉に攻撃に転じることで、人質の近くにいる敵を内外から一掃するつもりなのか…? それにしては、シュリは何もしないで、手を上げた状態で無防備に自分の身体を敵の前に晒している。 もしかしたら、目配せでティファやユフィに合図を送っているのかもしれないが、それだと敵に悟られるだろうし、それ以外に彼女達とコンタクトを取る手段を彼は持っているのか…? …まさか…。 星にお願いして、ライフストリームの人達に出てきてもらう…とか…、そんな『幽霊騒ぎ』で敵の戦略を完全に掻き乱すなんてそういうバカみたいな計画は……。 立ててないよな…? 堂々と敵の前に姿を晒している青年の背中を見つめる。 遠く離れているから、まるでジャガイモサイズに見える…などと思ってしまう辺り、クラウドはシドよりも冷静なのか、それともうんと混乱しているのか分かりづらい。 そんな様々な思いや考えが飛び交う中、シュリと敵の交渉…らしきものは続いていた。 「へ〜、そうかい、同胞を返す気は無いんだな」 「俺は手を出さない」 「じゃあ、この可愛いベッピンさんには悪いけど、『BB(ダブルB)事件第一号死亡者』になってもらおうか」 前に突き出されている女性が殺されるかもしれない、という恐怖と、本気で自分達は見殺しにされるかもしれない、という二重の恐怖にとうとう、人質達が堪えきれずに大きな悲鳴を上げた。 甲高い悲鳴、か細い悲鳴、必死に孫を守ろうとする老齢の紳士。 皆が皆、まだ幼い子供達にこれから起こるであろう惨状を見せまいと、それぞれ胸にきつく抱き寄せ、ますます背を丸くして身を縮こませる。 そんな中。 「どうやるのか、楽しみに見させてもらおう」 止めとも言えるシュリの言葉。 その場が恐怖と混乱に突き落とされた。 |