「もうすぐプレジデント神羅がバカンスから帰還するらしいですよ。彼の誕生パーティーを盛大に行うためにね」 のんびりした口調で男が言った。 しかし、その内容は決してのんびりと出来るものではない。 その場に集まっていた面々は一様に表情を引き締めた。 「私たちのこと、まだバレてないと思う?」 凛とした雰囲気を纏う隻眼の女が足を組んだ状態で一同に問いかける。 軽く肩を竦めたのは豊かな茶色の髪を頭頂部で括り、横髪を垂らすというヘアスタイルをした美しい女性だった。 「さぁ、どうかしら。でも、もしバレていたとしてもすぐに粛清、と言う形では動かないと思うわ」 「今のところ証拠もないはずですからね」 頷いてその意見に賛成を示したのはショートヘアの少女だ。 体にピタリとした紺色の服に身を包んでいる。 神羅グループの特殊班の隊員が身に着ける隊服、戦闘服だ。 「疑われているのは確実だけど、まだ時間が必要だからな。せいぜい俺たちで出来るだけ時間稼ぎをしないと」 腕を組んでそう言ったザックスに隻眼の女がフッと笑った。 「そんなに気になるのか?クラウド・ストライフのことが」 「当然。俺にとって可愛い弟みたいなもんだし」 「そんなことを言ってるのはザックスだけじゃないの?」 クスクスと親しみの篭った笑みを浮かべた茶色の髪を持つ女がからかった。 ザックスはわざとむすっとした顔を作ると、いじけたようにそっぽを向く。 「全く、シャルア博士もルクレツィア博士も意地が悪いよなぁ。黙ってたら顔はいいのにさ」 「「お黙り!」」 図らずも声を揃えた2人に少女が笑みをこぼす。 その場の中心的な立場にいる男、リーブもにこやかな笑みを浮かべると皆を見回した。 「まだ時間はあるはずです。その間に少しでも同志を集めましょう。それから、シェルク。クラウドを逃がした細工である神羅ビルとその周辺の防犯カメラの件ですが、今現在も追及の手は大丈夫ですか?」 「えぇ、まだバレてない。私の力が神羅ビルから離れたところにまで影響するとは思っていないみたい」 「それは重畳」 満足げに頷くと、リーブは表情を改めた。 「この星のためにも、この星に生きる全ての命のためにも、最後まで気を抜かないように」 一同は表情を引き締めて頷くと、席を立った。 Fantastic story of fantasy 12ふざけんな! どの面下げてそんな恥知らずな台詞が吐ける!? 今まで散々、俺たちのような反・神羅を掲げる人間をその手にかけてきながら…! 大体、そんな状態のお前に何が出来る!? バカにするのもいい加減にしろ! エアリスやヴィンセントが認めても”俺たち”は認めないからな!! 足音も荒く、罵声を浴びせて出て行ったエルダスの後をティファが追う。 それらを見送ったエアリスとヴィンセントが、呆けた表情でクラウドを見ると、青年は『アバランチに入れてくれ』と言った時の静かな面持ちのままだった。 だが…。 まったくだ。 なんでこんなバカなことを言ったんだろう…。 実は激しく動揺していた。 冷や汗が背中を滝のように流れ、心臓はバクバクと激しく鼓動を刻み、頭の中は己が口にしてしまった有り得ない台詞について『何故?』『俺はバカか?』と己を呪う気持ちと、そのバカな発言をしてしまった理由を探すので一杯だった。 大体、なんでティファにあの男が触っているのを見てイラッとしたんだろう…? ”ティファ”なんていう幼馴染なんか知らないし、全くこれっぽっちも気になんかなってない。 そうとも、気になんかなってない。 知らない、記憶にない、ウザイから関わってくるな。 とか、思ってたくせに…(実際にそう言ったこともあるくせに)それなのに。 ティファがあの男に肩を触られ、あんなに顔を寄せられてもこれっぽっちもイヤそうにしていない姿に腹が立った。 いや、腹が立ったというよりも焦りを覚えたという方が正解かもしれない。 それに、その前にエアリスが言ったあの言葉も、バカなことを口走ってしまった理由の1つだ。 ― そんな状態じゃあまだ戻れない ― まだ戻れない…ということは、いずれ戻っても構わないと言われていることになる。 それはまさに、エアリスたちにとってはその程度の存在でしかない、ということを意味しているに他ならない。 その程度の存在でしかないのか…?エアリスにとっても、ティファにとっても…。 それがこんなにも腹立たしい…というか、無性に悔しい。 今まで散々お節介を焼いておきながら、元気になったら「はい、サヨウナラ」とあっさり別れられる程度の存在でしかないのか…俺は? そのことにショックを受けたことが示すもの、それはクラウドがエアリス、ヴィンセント、それにティファへ心を寄せているということなのだが、動揺しているクラウドは気づかない。 気づかないまま、グルグルと己の思考にはまり込んで抜け出せない。 今の状態で神羅に帰ったとしたら…。 グルグル状態でふと考える。 ”死神”として役には立たない自分は恐らく実験漬けにされるだろう。 暫くメンタルケアを受けていないから、それこそ兵士として志願した最初の頃のようにビーカー漬けにされるかもしれない。 そうなったら、きっとこんな風にいろいろ考えることも出来なくなるだろうし、食事が美味しいと思うこともなくなるだろう。 それこそ、ザックスが今までどんなに気にかけてくれていたのかをまた忘れてしまうことになる…。 −!? クラウドは息を呑み、目を見開いた。 たった今、自分が気づいたことに衝撃が走る。 心配そうにエアリスが声をかけたが耳に入らない。 ヴィンセントが眉間にしわを寄せて「メンタルケアの禁断症状か?」とエアリスに問うたのも、彼女が困惑したように「禁断症状と言うよりも…なんかショック受けてるように見えるんだけどなぁ…」と自身の頬に手を添えたのも見えていなかった。 神羅にいた頃、記憶が非常に曖昧でザックスに「おい、本気で覚えてないのか?」と心配そうに突っ込まれたことが何度もあった。 そのたびに『そんなことがあったのか?』と困惑した。 しかしそれも一瞬で、『取るに足らないこと』『興味がない』として、すぐに『どうでもいいことだ』として取り合わなかった。 しかしそれらの『どうでもいい』と処理していたことを、この10日ほどの間で随分思い出してきている。 思い出した記憶の大半は神羅グループに兵士として志願してからの時間だったが、その前のことは未だに頭の奥底に封じ込められている状態で、全く思い出せていない…。 その思い出せていない記憶とは、自分が故郷を飛び出す前の時間、幼少期も含め、故郷で過ごした時間だった。 どうして神羅に入ろうと思ったのか。 何故、故郷は消えてしまったのか。 母親はどうやって死んだのか。 …あんなに元気で病気知らずだった母。 それなのに、死んでしまった。 死んだということは知っているのに、その死因を知らない、思い出せない。 どうして思い出せない? 思い出せない過去の中に、本当は”ティファ”という女の子がいたのだろうか? だから、焦ったのだろうか、アバランチの男に触れられ、近くに立つ姿を見て…。 遠い記憶の歪んだ映像を探る。 満天の星空、待ち合わせ、村の給水塔。 遅れてきた……”誰か”。 ズキリッ!と、突然頭痛に襲われ、意識を戻す。 顔を顰め、片手で頭を押さえたクラウドにエアリスとヴィンセントがハッと駆け寄った。 「俺は…どうして記憶がないんだ…?」 横にしようとするエアリスと、駆け寄ったはいいが結局見守るしか出来ないヴィンセントに、気がつけばクラウドは問うていた。 胸を衝かれたように押し黙る2人の前で、クラウドは激しい痛みを押さえ込もうと髪を掴んで荒い息を吐き出す。 「ティファは…本当に俺の幼馴染なのか?俺が忘れているだけなのか?なんで?」 「クラウド、今はまだダメ。落ち着いて…ゆっくり息を吸って…今は何も考えないで」 エアリスが手を伸ばし、頭を抱えている腕ごとクラウドの頭を抱きしめた。 途端、頭痛が潮のように引いていったがそれでもしぶとく頭の奥の奥でジクジクと鈍い痛みが居座る。 クラウドは、その治まらない頭痛の原因をようやっとなんとなくだが察した。 エアリスが『考えるな』と言ったその言葉に秘められている意味…。 それこそが、この消えない頭痛の答えではないか。 「”これ”は、失くした記憶を取り戻そうとする…拒絶反応なんだな…」 「…そうだよ」 「俺にとって、大切な記憶なんだよな…?」 「うん。神羅兵を”死神”にするために一番重要なことはね、いかにその人の一番大切なものを綺麗に排除出来るかにかかってるの。排除する大切なものには、その人自身の自己防衛も含まれてるんだけどね。人間は、生命を維持していくために身体に過剰な負担がかからないよう、自然とセーブするように出来てるの。そのブレーキを壊して死なないギリギリラインの状態で戦えるようにする…それが神羅が目指す”死神”という兵士の姿…。余計なことは一切考えず、命令の遂行だけを考えるようにしてしまうんだよ」 「なんで…そんなこと、エアリスが知ってるんだ…」 「ザックスも同じだったから」 でも、ザックスの方がクラウドよりもメンタルケアを受けている時間が短かったから、ここまで酷くなかったよ。 優しい笑みを含んだ声でそう言われ、クラウドはゆっくり目を閉じた。 ザックスがあんなにメンタルケアに頼るな、と言っていたのか、ようやく分かった。 自分の本当に大切な記憶を失ってしまう代償に得るモノ、それが”死神”の力。 どうしてその記憶が失われてしまうのかは今のクラウドには分からない。 分からないが分かったこともある。 それは、封じられた記憶の奥底には彼女との思い出が存在しているということ。 そして、それは恐らく自分にとって、とてもとても重要な位置を占めているということだ。 彼女のことを思うと心がざわついて仕方ないくせに、少しでも深く考えると襲ってくる頭痛が何よりの証拠だ。 取り戻したい。 自分の過去を…。彼女との記憶を。 クラウドはゆっくりと息を吐いた。 * すごい勢いで階段を駆け下りたエルダスは、1階のセブンスヘブンの店舗スペースでエアリスの逆鱗に触れてしまったために鬱々としていたアバランチの面々のギョッとした視線を全身に受けながら、そのまま外へと飛び出した。 「エルダス、待って!!」 ティファの声が追い縋ってきたが、それに構わず狭い路地を怒りのまま走る。 陽の光が差し込まないミッドガルのスラム街は、いつでもジメジメと地面は泥濘んでいた。 泥を跳ね飛ばしながら浮浪者を突き飛ばさんばかりの勢いで疾走し、ようやく止まった彼はすえた匂いのする路地の突き当たりで荒い息を繰り返した。 冗談ではなかった。 神羅に親兄弟を無残にも殺され、己1人が残された彼にとって、どんな理由があろうとも神羅に属した人間は憎むべき敵に過ぎない。 ただ、神羅に属していた者の中でもヴィンセントは別だ。 彼は、神羅の中心にいながらその許しがたい行為に嫌悪し、己の命の危険も顧みず、離反したのだから。 だが、あのクラウド・ストライフは違う。 どういう理由でかは知らないし分かりたくもないが、自分の意思で神羅を出たのではないことくらい、この10日ほどの時間を振り返ると分かる。 それなのに、急にアバランチに入れて欲しいと言いだした理由はたった1つしかない。 「エルダス!」 近づく足音にゆっくり振り返る。 息を切らし、真っ直ぐ目を向けるティファ・ロックハート。 アバランチに加えて欲しいとあの男が願う理由は彼女しか考えられないではない。 「エルダス……お願い、聞いて欲しいの」 縋るような瞳、懇願する声音。 これが、あの男に関わること以外ならいくらでも耳を傾けるし、どんなことでも力になれるのに…とエルダスは苦々しく思った。 「あのね、クラウドは」 「聞くことなんか1つもない」 彼女の口からあの男の名を聞きたくなくて突き放すように吐き捨てる。 ティファは一瞬、その言葉の激しさにグッと言葉を詰まらせ唇を引き結んだが、それでも必死な顔で口を開いた。 「お願い、エルダス。クラウドも被害者なの。やっと自分を取り戻そうとしているところなの!だから」 「だから、アイツが今まで仲間にしてきたことを水に流せとでも!?」 ティファが泣きそうに顔を歪める。 エルダスはずっと密かに心に誓っていたことがある。 彼女を泣かせる奴は誰であろうと許さない…と。 それなのに、彼女が今、目の前で泣きそうに顔を歪めているその原因は間違いなく自分。 それが、エルダスの傷ついた心を更に抉り、痛めつけた。 しかし、口にした言葉は言わなかった事には出来ないし、例え出来たとしても取り消す意思はこれっぽっちもない。 アバランチと言う組織だけではなく反・神羅を掲げている世界に数多ある小さな組織。 その組織に与(くみ)する人間が一体どれほど傷つけられ、尊いその生涯を奪われたか。 勿論、”死神”という兵士によってではなく、神羅の一般兵やタークスと言った特殊部隊によって摘まれた命の方が多いかもしれない。 ”死神”はあくまで神羅の力の象徴として、神羅本社ビルに攻撃を仕掛けてくる敵を排除したり、プレジデント神羅の護衛に着くといったトップシークレットの任務が主だった。 しかし、それが一体どれほどの言い訳になるだろう? 現に、ティファは”死神”によって瀕死の重傷を負っている。 命を落とさなかったのは一重にエアリスにお陰だ。 「ティファ、冷静になれ!」 「私は……冷静よ…」 「違う!俺が言ってるのはそうじゃない!!」 どう考えても冷静でないのは自分の方だと理解しながら、激する心を抑えられずエルダスは畳み掛ける。 「良く考えろと言ってるんだ!お前はどうしてアバランチにいる?神羅に復讐するだけじゃない、この星を食い物にしているあらゆる敵から星を守るためにアバランチに入ったんじゃないのか!?『神羅に復讐するだけで良いなら他の組織に入る』、『神羅を倒した後もこの星を守るために働きたい、だからアバランチに入った』。そう言っていたのはウソだったのか!?」 「…ウソじゃ…ないわ」 「なら答えは決まってるだろ!?アイツは敵だ。それも、神羅の最高機密レベルを握っている重要人物だ。あぁ、分かってる、言うな!アイツも被害者だろうさ。だが、ただの被害者じゃない、言ったように重要人物なんだぞ?そいつが行方をくらませてもう1週間以上だ。神羅が探していないはずがない!もしかしたらアイツの身体の中に発信機か何か埋め込まれていて、とっくに俺たちは目をつけられているかもしれないんだぞ!?」 エルダスはハッと口を閉ざした。 自分が今、口にした言葉にギョッとする。 勢いで言っただけで決して考えた結果の台詞ではなかったのだが、よくよく考えると『口からでまかせ』ではなく、本当に『身体に発信機』でも埋め込まれているのではないかと思ったのだ。 人間を実験の材料としか見ていない神羅グループの科学者たちの悪評は聞き及んでいる。 発信機を身体に埋め込むことくらいどうということはないだろう。 ゾッと血の気が引いていく。 「待って、どこ行くの!?」 血相を変えてティファの脇をすり抜けようとしたが、腕を掴まれエルダスは苛立たしげにその手を振り払った。 ティファがまた傷ついた顔をしたが、チリッとした胸の痛みを無視し、逸る気持ちを抑えてティファに向き直る。 「もしかしたら本当に発信機を身体に埋め込まれているかもしれない」 「え…」 「いや、分かってる。身体に埋め込まれていなかったとしても、エアリスが持っていた携帯電話、あれはあの男のものなんだろ?携帯を走査されていたとしたら?俺たちの居場所はとっくにバレていることになる!」 「待って、待ってエルダス!!」 言うだけ言って、背を向ける青年の腕をティファはもう一度掴んで引き止めた。 しかし今度は、その手を振り払われただけでなく苛立ち混じりの怒声が飛んだ。 だがティファは怯むことなく素早く正面に回りこんだ。 エルダスの両腕を掴み、「それはおかしいわ!」と彼が耳を傾けざるを得ない台詞を口にする。 「だって、クラウドはザックスという人に言われてセブンスヘブンに来たのよ!?ザックスはエアリスの恋人なんだよ?エアリスがあれだけ信頼して、想っている人なのよ?そんな人が恋人を危険に晒すと思う!?」 半ば悲鳴のような声でそう説くティファに、エルダスは踏み止まった。 よくよく考えればそうかもしれない。 ザックス…という男がどういう人間かは知らないが、あのエアリスがあそこまで信頼を置いているのだから変な人間ではないだろう。 いやしかし…。 「…ザックス…という男、そいつも神羅の人間なのか…?」 ゆっくりと手を離しながらティファは俯いた。 その姿だけで十分だった。 エルダスは苛立たしげに溜め息を吐き、前髪をクシャリと掴んだ。 「何故…神羅に属する人間をエアリスは…」 「…私も1週間前くらいに聞いたばかりなんだけど…、元々はエアリスを監視していたタークスって部署の人なんだって。それが縁で知り合って…。エアリスも最初はすごく警戒してたみたいなんだけど、その…オーラが違うって思ったんだって…」 「…またオーラかよ」 うんざりしたようにエルダスは天を仰いだ。 セトラという種族の最後の生き残りであるエアリスは、一般の人間にはない能力をいくつか持っている。 1つは怪我を負っていたりや病に臥せっている人間の治癒能力を高めること。 もう1つは彼女自身の治癒力を分け与えること。 自然の力を集め、それを己の力へ変換し、他のモノへと分け与えること。 更に、人間が放つ魂の色を見分ける眼力。 悪人か善人か。 ざっくりと分けるだけで良いなら特になにも考えず、その人の魂の放つ色で分かると彼女は語る。 勿論、悪人が善人になることだってあるし、善人が悪人へと堕ちる場合もあるが、そうなるには様々な要因が織り交ざった過程を経てという”結果”になるので、そのような”将来(さき)”までは分からない。 だが、現時点で悪人か善人か、それを見分ける眼があるだけで普段は十分だ。 だから、アバランチのメンバーは全面的にエアリスに信頼を置いている。 彼女が大丈夫と言えば大丈夫なのだ…と。 そして、彼女の持つ能力を神羅は狙っている。 どうしてアバランチにエアリスがいるのか。 それは、アバランチのリーダーであるバレットとその娘、マリンをタークスにしつこく狙われていたエアリスが助けたことがそもそもの始まりだった。 以来、アバランチはエアリスを神羅の魔手から守ることをも目的の1つとして掲げている。 「だから…ザックスを信用するようになって、気がついたら好きになってたんだって…」 「なら、どうしてザックスとかいうやつは神羅を出ない?本当にエアリスを想っているなら敵対するなんておかしいだろう」 「神羅にいる方がエアリスを守ることが出来るから…って…」 「なんだよそれ」 憮然として路地の壁を睨みつける。 釈然としないことが多すぎた。 神羅に属する人間が信頼していた仲間の恋人だったという衝撃の事実も、クラウドが”死神”だったということも、そして、クラウドが反・神羅組織にとっては”加害者”であったと同時に神羅の”被害者”であったという事実。 なにより、ティファが必死になっていることがクラウドという男のためだと思うと、嫉妬と悔しさで胸が焼け焦げそうだ。 治まりのつかない荒れ狂う胸中を、エルダスは必死に宥めようとしていた。 このままでは目の前の女を感情のままに傷つけてしまいそうだ。 今すぐ、彼女に自分から離れ、暫く一人にしてくれるよう忠告すべきだと分かっていた。 だが、その忠告に従ったティファが行き着く先が金髪碧眼のあの男のところだと思うと、それすら出来なかった。 自分の思い、ティファへの想い、それらの狭間で苦しんでいるエルダスに最後の一押しとなる言葉がかけられた。 「お願い、まだバレットたちにはクラウドのことを言わないで…」 目をむいて路地の壁からティファへ視線を戻し…、後悔する。 必死に懇願して潤む瞳、微かに震える唇。 強く握り締められた両の手。 それらの全てがクラウドという男のためだけの…、クラウドを想う気持ちただそれだけから出た彼女の姿。 目の前が嫉妬と怒りで真っ赤に染まる。 気がつくと、エルダスはティファの腕を掴み、壁に押し当てるようにしてその身体を閉じ込めていた。 鳶色の目が大きく見開かれているのを見下ろしながら、エルダスはもう止まれなかった。 「ティファ、頼むからもうあいつのことでそんなに必死になるのはやめてくれ」 酷く掠れて弱々しい声、情けない台詞。 それを口にしているのが他ならぬ自分であることが惨めさに拍車をかける。 しかし、それを上回る嫉妬と独占欲がエルダスを突き動かした。 頭の片隅に残っていた理性がそれ以上言うな、と警告を発するが、それはあまりにも力なく、弱い声だった。 「俺はずっとティファを見てた。ずっと…ずっとだ。」 思いを吐露するエルダスにティファは息を呑む。 呼吸すら忘れ、驚愕に目を見開いてエルダスを見るその鳶色の瞳に、彼自身が映っていた。 それは彼自身ですら1度も見たことがないほど、切なさと恋慕、そして嫉妬で歪んだ顔だった。 「俺は…本当はずっと、アバランチから抜けて欲しいと思ってた。復讐なんかに人生を費やすのではなくて、もっと普通の…、女としての人生を歩いて欲しかった。そうして幸せに生きて、笑って欲しいってずっとずっと思ってた。でも、言わなかった。なんでか分かるか?」 ティファは答えなかった。 胸を締め付けられるほどの激しい想いを言葉にするエルダスに、ただただ圧倒されているように見えた。 吐息がかかるほど顔を寄せて語るエルダスに、硬直したように動かない。 「ティファにとって、神羅に復讐することを諦めることは幸せに繋がらない、そう思ったからだ。復讐さえ果たしたら、きっと普通の幸せを手に入れることが出来る。だから、そのためにも一番傍でティファを守ってやろう、そう誓ったんだ、自分自身に。でも…」 言葉を切ってティファの肩を掴む。 ビクリッ!と肩を震わせたティファに構わず、エルダスはそのまま引き寄せると思い切り抱きしめた。 「他の男に譲るために今まで思いも告げず、傍にいたわけじゃない!!」 彼女の細い首筋に顔を埋めるようにしながら思いのたけを舌に乗せる。 全身で感じる彼女の柔らかさと温もりに、胸が切なさに締め付けられると同時に、えも言われぬ喜びに震えた。 しかし、その甘美な感触はほんの一瞬に過ぎなかった。 次の瞬間、エルダスは思い切り突き飛ばされて仰け反った。 尻餅こそつかなかったがバランスを崩してたたらを踏む。 踏ん張ったとき、彼が見たのは自分自身を抱きしめるようにして青ざめ、小さく震えている愛しい女の姿だった。 激しい後悔と、やはり受け入れられなかったという絶望にも似た感情が怒涛のように押し寄せる。 しかし、エルダスがなにかを言う暇も与えず、ティファは踵を返して走り去った。 後を追おうとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かない。 俊足の彼女の姿はあっという間に路地の彼方に消え、見えなくなった。 燃え立っていた心が急速に冷え、絶望と悲哀が胸を支配した。 ティファの泣き出しそうな顔が網膜に焼き付いて離れない。 「くそ…っ!!」 苛立つ理由は、愛しい女を傷つけながらもその心を手にしているクラウドという男の存在か、それとも想いを受け入れてくれなかったティファへか、はたまた己を抑え切れなかった自分自身へ…なのか…。 あるいは全部ごちゃごちゃに混ざり合っているのかもしれない…。 エルダスは拳を握り締めると路地の壁を思い切り殴りつけた。 ズキズキと痛むのは手か…それとも心か…? おりしも振り出した雨すら気づかないように、エルダスはその場に立ち竦んでいた。 |